最新下級審裁判例

大阪地裁判決平成20年09月26日

【判旨】

 就業規則の不利益変更にあたっては,その合理性が要求される。ここにいう合理性とは,就業規則の変更によって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい,特に,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は,具体的には,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。

 

名古屋高裁判決平成20年09月30日

【判旨】

 一般に,不法行為によって物が毀損した場合の修理費等については,そのうちの不法行為時における当該物の時価相当額に限り,これを不法行為との間に相当因果関係のある損害とすべきものとされている。
 しかしながら,愛玩動物のうち家族の一員であるかのように遇されているものが不法行為によって負傷した場合の治療費等については,生命を持つ動物の性質上,必ずしも当該動物の時価相当額に限られるとするべきではなく,当面の治療や,その生命の確保,維持に必要不可欠なものについては,時価相当額を念頭に置いた上で,社会通念上,相当と認められる限度において,不法行為との間に因果関係のある損害に当たるものと解するのが相当である。

 近時,犬などの愛玩動物は,飼い主との間の交流を通じて,家族の一員であるかのように,飼い主にとってかけがえのない存在になっていることが少なくないし,このような事態は,広く世上に知られているところでもある(公知の事実)。そして,そのような動物が不法行為により重い傷害を負ったことにより,死亡した場合に近い精神的苦痛を飼い主が受けたときには,飼い主のかかる精神的苦痛は,主観的な感情にとどまらず,社会通念上,合理的な一般人の被る精神的な損害であるということができ,また,このような場合には,財産的損害の賠償によっては慰謝されることのできない精神的苦痛があるものと見るべきであるから,財産的損害に対する損害賠償のほかに,慰謝料を請求することができるとするのが相当である。

 自動車に乗せられた動物は,車内を移動して運転の妨げとなったり,他の車に衝突ないし追突された際に,その衝撃で車外に放り出されたり,車内の設備に激突する危険性が高いと考えられる。そうすると,動物を乗せて自動車を運転する者としては,このような予想される危険性を回避し,あるいは,事故により生ずる損害の拡大を防止するため,犬用シートベルトなど動物の体を固定するための装置を装着させるなどの措置を講ずる義務を負うものと解するのが相当である。

 

京都地裁判決平成20年09月30日

【事案】

 控訴人が,被控訴人との間で締結した賃貸借契約に基づいて,被控訴人に礼金18万円を交付したが,同賃貸借契約には,賃貸借契約終了時に礼金を返還しない旨の約定が付されており,被控訴人から礼金18万円が返還されなかったことから,この礼金を返還しない旨の約定が消費者契約法10条により全部無効であるとして,被控訴人に対し,不当利得に基づき,礼金18万円及びこれに対する約定の礼金返還期日の翌日である平成16年11年3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案。

【判旨】

 本件礼金は,少なくとも賃料の前払としての性質を有するものというべきであるところ,このことは,建物賃貸借において,毎月末を賃料の支払時期と定めている民法614条本文と比べ,賃借人の義務を加重していると考えられるから,本件礼金約定は,民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する約定であるというのが相当である。

 控訴人は,礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が一方的に支払を強要されている金員であるから,本件礼金約定は,不合理で,その趣旨も不明確なものであると主張する。
 しかし,賃料とは,賃貸人が,賃貸物件を賃借人に使用収益させる対価として,賃借人から受領する金員であるところ,民法614条は,建物賃貸借において,毎月末を賃料の支払時期と定めているが,これは任意規定であり,賃貸借契約成立時に賃料の一部を前払させることも可能であり,また,上記のような賃料の性質からすれば,賃料という名目で受領したか否かにかかわらず,賃貸人が賃貸物件を使用収益させる対価として受領した金員が賃料に該当する。
 そして,本件賃貸借契約のように,一般消費者に居住の場を提供することを目的とする建物賃貸業においては,賃貸物件が物理的,機能的及び経済的に消滅するまでの期間のうちの一部の期間について,賃貸物件を使用収益することを基礎として生ずる経済価値に,賃貸物件の使用収益に際して通常必要となる必要諸経費等を加算したものを賃料として回収することにより,業務が営まれるが,賃貸人は,月々に賃料という名目で受領する金員だけでなく,契約締結時に礼金や権利金等を設定する場合には,これらの金員についても賃貸物件を使用収益させることによる対価として,建物賃貸業を営むのが通常である。
 他方,建物を賃借しようとする者は,立地,間取り,設備,築年数などの賃貸物件の属性や,当該賃貸物件を一定期間使用収益するに当たり必要となる経済的負担などを比較考慮して,複数の賃貸物件の中から,自己の要望に合致する(又は要望に近い)賃貸物件を選択するのであるが,その際,礼金や権利金,更新料が設定されている物件の場合には,月々に賃料という名目で受領する金員だけでなく,礼金などの一時金も含めた総額をもって,当該賃貸物件を一定期間使用収益するに当たり必要となる経済的負担を算定するのが通常である。
 このように,礼金は,賃貸人にとっては,賃貸物件を使用収益させることによる対価として,賃借人にとっては,賃貸物件を使用収益するに当たり必要となる経済的負担として,それぞれ把握されている金員であるから,このような当事者の意思を合理的に解釈すると,礼金は,賃貸人が賃貸物件を賃借人に使用収益させる対価として,賃貸借契約締結時に賃借人から受領する金員,すなわち,賃料の一部前払としての性質を有するというべきであり,一件記録を検討しても,この判断を妨げるに足りる証拠はない。
 なお,被控訴人は,本件礼金が賃借権設定の対価であるとも主張しているが,礼金が賃借権設定の対価であるということは,借地借家法による賃借権の保護・強化や賃貸目的物の需要供給関係に基づいて,賃料に加算されるプレミアムにほかならないから,結局のところ,賃料の前払としての性質に包含されるというべきである。
 また,控訴人は,Aは,本件賃貸借契約締結後である3月20日になって初めて,重要事項説明書を控訴人に交付していることからわかるとおり,礼金の法的性質や趣旨について,全く説明を受けていなかったと主張する。
 しかし,敷金と異なり,礼金が賃貸借契約終了時に返還されない性質の金員であることは一般的に周知されている事柄である。
 さらに,本件賃貸借契約の契約書には,賃貸借契約締結後は賃借人に礼金が返還されないことが明記されており,また,3月20日の重要事項説明の際,Aは,控訴人に対し,賃貸借契約終了時に礼金が返還されないことを説明しているところ,仮に,控訴人の主張どおり,控訴人が礼金が返還されないことを知らずに本件賃貸借契約を締結したのであれば,控訴人は,Aないし被控訴人に対し,何らかの抗議をするのが通常であるが,一件証拠を検討しても,控訴人がこのような抗議をしたという事情は認められない。
 そうすると,本件賃貸借契約締結に当たって,控訴人に対し,本件礼金条項について説明があったというべきである。
 したがって,礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が一方的に支払を強要されている金員であるという控訴人の主張は理由がない。
 控訴人は,情報力・交渉力の点において圧倒的優位な立場にある賃貸人は,あらかじめ契約書に礼金条項を組み込ませておくことで,不当に利益を得ることができる一方で,賃借人は,礼金条項も含めて契約全体を承諾して締結するか,これを拒否するかの自由しか有していなかったと主張する。
 しかし,本件礼金は賃料の前払としての性質を有するものであるから,これをあらかじめ契約書に明記して,本件賃貸借契約締結時に徴求したとしても,被控訴人は不当な利益を得ることにはならない。
 また,建物を賃借しようとする者は,立地,間取り,設備,築年数などの賃貸物件の属性や,当該物件を一定期間賃借するに当たり必要となる経済的負担などを比較考慮して,複数の賃貸物件の中から,自己の要望に合致する(又は要望に近い)物件を選択するのであるが,その際,礼金や権利金,更新料が設定されている物件の場合には,月々に賃料という名目で受領する金員だけでなく,礼金などの一時金も含めた上で,経済的負担を算定するのが通常である。賃借人は,礼金などの一時金も含めた上で算定された経済的負担を負うとしても,当該賃貸物件が,複数の賃貸物件候補の中で,自己の要望に最も合致すると考え,賃貸借契約を締結するのであり,そして,控訴人にしても,これと異なる意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,控訴人は,自由な意思に基づいて,本件礼金約定が付された本件賃貸物件を選択したというべきであり,本件礼金約定を含む本件賃貸借契約の契約内容について控訴人に交渉の余地がなかったことは特段問題とするに足りない。
 控訴人は,「賃貸住宅標準契約書」の体裁や,「賃貸住宅標準契約書」の作成に関与した政府委員の答弁から,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると主張する。
 確かに,「賃貸住宅標準契約書」の作成に関与した政府委員は,礼金の慣行のない地域にまで礼金を広げることは好ましくないと答弁しているが,その一方で,既に礼金等の一時金を徴求する慣行のある地域においては,その地域の実情を受けて,礼金等の額を記入する欄として,「その他一時金」という記入欄を設けた旨の答弁をするなど,現行の礼金制度を容認するような答弁をしている。そうすると,「賃貸住宅標準契約書」の体裁や,政府委員の答弁から,被控訴人が本件礼金約定を設けて,礼金を徴求することが特段の非難に値するということはできない。
 控訴人は,公営住宅法や旧公庫法などにより,礼金が禁止されていることをもって,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると主張する。
 しかし,借地借家法を制定するに当たって,礼金の徴求を禁止する旨の規定が設けられなかったことは明らかであるし,また,上記のとおり,「賃貸住宅標準契約書」の作成に関与した政府委員も,現行の礼金制度を容認するような答弁をしていることに鑑みれば,公営住宅法や旧公庫法などが礼金を禁止していることをもって,本件礼金約定が非難に値するとまでいうことはできない。
 控訴人は,本件礼金が賃料の2.95か月分であること,控訴人は,わずか7か月あまりで退居したため,結局,7か月間で9.95か月分(約1.42倍)の家賃を支払わされたこととなることから,本件礼金が著しく過大な負担であると主張する。
 しかし,本件礼金は,賃料の前払としての性質を有するところ,控訴人が礼金として前払をしなければならない賃料の額は,18万円(賃料の2.95か月分)であり,これは,京滋地域の礼金の平均額(賃料の2.7か月分)からしても,高額ではない。
 そして,本件賃貸借契約は,期間が満了する前に解約されているが,前判示のとおり,控訴人は,敷金と異なり,礼金が賃貸借契約終了時に返還されない性質の金員であることを認識していたというべきであるから,中途解約の場合であっても,礼金の返還を求めることができないことを承知しながら,自ら,本件賃貸借契約を中途解約したといえる。
 他方,被控訴人は,中途解約の場合であっても礼金を返還しないことを前提に月々の賃料を設定しており,このような被控訴人の期待は尊重されるべきである。
 これらの点からすると,本件礼金の額や,賃借人からの中途解約の場合であっても礼金が返還されないことをもって,本件礼金約定が非難に値するということはできない。
 控訴人は,本件礼金の額(18万円,賃料の2.95か月分)は,首都圏(賃料の1.5か月分)や愛知(賃料の1.1か月分)の平均に比して,突出して高率であり,しかも,京滋地域における礼金の平均額(賃料の2.7か月分)を上回っていると主張する。
 しかし,礼金を少額に抑えて,その分,賃料を高額に設定することが可能であるから,首都圏や愛知においては,一般的に礼金を少額に抑えて,その分賃料が高額に設定されている可能性があるため,一概に本件礼金が他の地域と比較して,不当に高額に設定されているということはできない。また,本件礼金が,京滋地域における礼金の平均額(賃料の2.7か月分)を上回っているとしても,その程度は非常に軽微である。
 したがって,他の地域における平均礼金額との比較や,同じ京滋地域における平均礼金額との比較からしても,本件礼金が不当に高額に設定されているということはできない。
 控訴人は,礼金は,本来毎月の賃料に含まれているべき自然損耗の修繕費用を二重取りするものにほかならないと主張する。
 賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の性質上当然に予定されているから,建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する自然損耗に係る投下資本の回収は,通常,修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そして,自然損耗についての修繕費用を月々の賃料という名目だけで回収するか,月々の賃料という名目だけではなく,礼金という名目によっても回収するかは,地域の慣習などを踏まえて,賃貸人の自由に委ねられている事柄である。そして,前判示のとおり,本件礼金は,賃料の一部前払としての性質を有するというべきであるから,被控訴人は,自然損耗についての必要経費を,月々の賃料という名目で受領する金員だけではなく,賃料の前払である礼金によっても回収しているものである。
 したがって,被控訴人は,本件礼金により,本来毎月の賃料に含まれているべき自然損耗の修繕費用を二重取りしているといえないから,控訴人の上記主張は理由がない。
 以上のとおり,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるような事情は認められないから,本件礼金約定が消費者契約法10条に反し無効であるとの控訴人の主張は理由がない。

 

京都地裁判決平成20年10月28日

【事案】

 平成14年4月1日に西日本旅客鉄道株式会社(以下「本件会社」という。)に入社し,駅の改札業務等に従事していたB(昭和59年3月10日生。)が,平成15年7月20日午前10時25分ころ,C駅の駅ホームから列車に飛び込み,死亡したところ,Bの両親である原告らが,Bの死亡は,業務による心理的負荷により発症した適応障害によるものであるとして,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき,遺族補償給付及び葬祭料を請求したのに対し,京都下労働基準監督署長が平成17年3月30日付けで行った不支給決定処分(以下「本件処分」という。)の取消しを求める事案。

【判旨】

 労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の保険給付は,労基法79条及び80条所定の「労働者が業務上死亡した場合」に行われるものであるところ(労災保険法12条の8第2項),精神障害による自殺がこれに当たるというためには,精神障害が労基法施行規則別表第1の2第九号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当することを要し,精神障害につき業務起因性が認められなければならない。
 そして,労災保険法に基づく労働者災害補償制度が,業務に内在し,又は通常随伴する危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた場合には,使用者の過失の有無にかかわらず労働者の損失を補償するのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであることに鑑みると,業務起因性を肯定するためには,業務と死亡の原因となった疾病との間に条件関係が存在するのみならず,社会通念上,疾病が業務に内在し,又は随伴する危険が現実化したものと認められる関係,すなわち相当因果関係があることを要するというべきであり,業務が単に疾病の誘因又はきっかけにすぎない場合には相当因果関係を認めることはできないのであって,この理は,疾病が精神障害の場合であっても異なるものではない。
 ところで,現在の精神医学においては,精神障害の発症について,環境由来のストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神破綻が生ずるかどうかが決まるとする「ストレス―脆弱性」理論によって理解することが広く受け入れられているところ,個体側要因(反応性・脆弱性)については,客観的に把握することが困難である場合もあり,これまで特別な支障もなく普通に社会生活を行い,良好な人間関係を形成してきていて何らの脆弱性を示さなかった人が,心身の負荷がないか又は日常的にありふれた負荷を受けたにすぎないにもかかわらず,突然精神障害に陥ることがあるのであって,その機序は,精神医学的に解明されていない。このように個体側要因については,顕在化していないものもあって,客観的に評価することが困難な場合がある以上,他の要因である業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷が,一般的には心身の変調を来すことなく適応することができる程度のものにとどまるにもかかわらず,精神障害が発症した場合には,その原因は,潜在的な個体側要因が顕在化したことに帰するものと見るほかはないと解される。
 したがって,業務と精神障害の発症との間の相当因果関係の存否を判断するに当たっては,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性とを総合的に考慮し,業務による心理的負荷が,社会通念上,客観的に見て,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合には,業務に内在し,又は随伴する危険が現実化したものとして,当該精神障害の業務起因性を肯定することができると解すべきである。
 これに対し,業務による心理的負荷が精神障害を発症させる程度に過重であるとは認められない場合には,精神障害は,業務以外の心理的負荷又は個体側要因(もともと顕在化していたもののほか,潜在的に存在していた個体側要因が顕在化したものを含む。)のいずれかに起因するものといわざるを得ず,精神障害の発症につき業務起因性を認めることはできないと解すべきである。
 そして,前記のとおり,労働者災害補償制度の趣旨が,業務に内在し,又は通常随伴する危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた場合には,使用者の過失の有無を問わず,労働者の損失を補償するものであることに照らせば,業務による心理的負荷の有無及びその強度を判断するに当たっては,当該労働者と同種の労働者,すなわち職場,職種,年齢及び経験等が類似する者で,通常業務を遂行できる者を基準として検討すべきである。

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