最新下級審裁判例

東京高裁判決平成20年04月23日

【事案】

 Aが中央本部の事務所等として使用する原判決別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件各不動産」という。)につき,平成15年度,平成16年度及び平成17年度の固定資産税及び都市計画税の賦課期日における所有名義人であった控訴人が,被控訴人らに対し,本件各不動産については過去長年にわたり固定資産税及び都市計画税の全額減免が行われていたものであって,被控訴人東京都千代田都税事務所長がした本件各不動産に係る上記各年度の固定資産税及び都市計画税の賦課決定処分及び固定資産税の減免申請に対して一部の金額の減免のみを許可し,その余の減免を不許可とする処分は,固定資産税の減免の要件を定める東京都都税条例(昭和25年東京都条例第56号。ただし,平成18年東京都条例第27号による改正前のもの。以下「都税条例」という。)の解釈適用を誤った違法があり,信義則及び平等原則にも違反するなどと主張して,これらの各処分(ただし減免許可に係る部分を除く。)の取消し及び減免申請に対する全額減免の許可決定処分の義務付けを求めた事案。

【判旨】

 憲法30条は納税義務に法律の根拠を求め,地方税法は,地方団体の課税権を認め(同法2条),課税客体,課税標準,税率その他賦課徴収について条例で定めることとしているから(同法3条),地方税である固定資産税の賦課処分については厳密な租税条例主義が妥当する。また,地方税は地方団体の財政の基礎を形成するものであるから,賦課処分を前提とし,これにより生じた地方債権を放棄することで徴収を行わないこととする減免処分については,減免の要件を満たさない場合に減免を許すべきではなく,減免の要件の判断に課税主体の裁量の余地がある場合でも,その判断は厳格に行うべきであるという意味で租税条例主義の趣旨が及ぶものと解すべきである(同法367条の文言によれば,減免が許される者の拡張解釈は予定されていない。)。
 固定資産税は,固定資産に対し,賦課期日における所有者に課されるものであり,非課税の範囲は法定されているが(同法348条),控訴人は,これらの賦課要件の違法又は本件各不動産が非課税の対象に含まれることを主張するものではない。また,課税標準は賦課期日における価格であるが,これに対する不服は固定資産評価審査委員会の決定に対する抗告訴訟によるべきものであり(同法432条,434条),また,控訴人は,本件不動産が免税点(同法351条)以下であると主張するものでもない。そうすると,本件各賦課処分(固定資産税,都市計画税)に違法はないというべきである。
 固定資産税の減免事由については,その要件が課税庁の判断,評価に係る場合であっても,既に述べたとおり租税条例主義の趣旨が及ぶものと解すべきであるから,減免事由に該当する要件はそれに関する規定の文言に即して理解されるべきであり,要件該当性の判断の前提となった事情が事実的基礎を有し,その判断が社会通念に照らして,当該要件に該当するとき(要件判断の裁量に合理性があるとき)に限り,減免処分が許されるものと解すべきである。

 

那覇地裁判決平成20年06月26日

【事案】

 被告が日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に基づきアメリカ合衆国に対して同国軍隊の使用する施設及び区域として提供している沖縄県宜野湾市所在の普天間飛行場の周辺に居住し,若しくは居住していた者又はその相続人である原告ら合計392名(訴えの提起時は第1事件及び第2事件を併せて404名であったが,そのうち8名が訴えを取り下げ,死亡した4名が他の原告に承継されている。)が,普天間飛行場において離着陸する同国軍隊の航空機の発する騒音等により精神的被害等を含む広義の健康被害を受けていると主張して,被告に対し,@人格権,環境権又は平和的生存権に基づく夜間の航空機の飛行差止め等,A国家賠償法1条1項又は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法」(昭和27年法律第121号。以下「民事特別法」という)1条若しくは2条に基づく昭和47年5月15日(沖縄の復帰の日)から平成20年1月31日(口頭弁論終結の日)までの損害及び同年2月1日(口頭弁論終結の日の翌日)から平成21年1月31日までの将来の損害の賠償並びに遅延損害金の支払並びにB人格権,環境権,平和的生存権又はAの不法行為に基づく騒音測定等を求める事案。

(参照条文)民事特別法

第1条 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に基き日本国内にあるアメリカ合衆国の陸軍、海軍又は空軍(以下「合衆国軍隊」という。)の構成員又は被用者が、その職務を行うについて日本国内において違法に他人に損害を加えたときは、国の公務員又は被用者がその職務を行うについて違法に他人に損害を加えた場合の例により、国がその損害を賠償する責に任ずる。

第2条 合衆国軍隊の占有し、所有し、又は管理する土地の工作物その他の物件の設置又は管理に瑕疵があつたために日本国内において他人に損害を生じたときは、国の占有し、所有し、又は管理する土地の工作物その他の物件の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じた場合の例により、国がその損害を賠償する責に任ずる。

【判旨】

 普天間飛行場は,米軍が占有し,又は管理する土地の工作物であると認められるので,民事特別法2条の土地の工作物であるといえる。
 ところで,国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいう。ここにいう安全性の欠如,すなわち,他人に危害を及ぼす危険性のある状態とは,当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的,外形的な欠陥ないし不備によって一般的にこのような危害を生ぜしめる危険性がある場合のみならず,その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合も含み,また,その危害は,営造物の利用者に対してのみならず,利用者以外の第三者に対するそれをも含むものと解すべきである。すなわち,当該営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りにおいてはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくても,これを超える利用によって危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には,そのような利用に供される限りにおいて,当該営造物の設置,管理には瑕疵があるというを妨げず,したがって,当該営造物の設置・管理者において,かかる危険性があるにもかかわらず,これにつき特段の措置を講ずることなく,また,適切な制限を加えないままこれを利用に供し,その結果第三者に対して現実に危害を生ぜしめたときは,それが当該設置・管理者の予測し得ない事由によるものでない限り,国家賠償法2条1項の規定による責任を免れることができないと解される(最高裁昭和51年(オ)第395号同56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁参照)。そして,民事特別法2条が「国の占有し,所有し,又は管理する土地の工作物その他の物件の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じた場合の例により,国がその損害を賠償する責に任ずる。」と規定しており,「例により」とは,ある事項について,他の法令の下における制度又は手続を包括的に当てはめて適用することを表現する用語として用いられるものであるから,民事特別法2条に基づく国の賠償責任についても,国家賠償法2条1項の規定が包括的に適用することとなるので,民事特別法2条にいう土地の工作物その他の物件の設置又は管理の瑕疵についても,国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵と同様の解釈となるというべきである(最高裁昭和63年(オ)第612号平成5年2月25日第一小法廷判決・訟務月報40巻3号452頁参照)。
 原告ら主張の普天間飛行場の設置又は管理の瑕疵は,普天間飛行場に多数の米軍機が離着陸等をするに際して発生する本件航空機騒音等が原告らに被害を生ぜしめているという点にあるところ,上記のとおり,このような第三者に対する危害も民事特別法2条の設置又は管理の瑕疵に含まれ,また,物件がその供用目的に沿って利用されている状況のもとにおいてこれから危害が生ずるような場合もこれに含まれるというべきである。そして,普天間飛行場は,宜野湾市の中央部に所在し,多数の住民の居住する地域に極めて近接しているなど立地条件が劣悪であって,多数の米軍機が離着陸等することにより普天間飛行場周辺住民に本件航空機騒音による影響を与えることは避けられない状況にあることからすると,普天間飛行場の供用が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となる限り,普天間飛行場に民事特別法2条の設置又は管理の瑕疵があるというべきである(なお,上記の要件のうち,当該営造物の設置・管理者において,特段の措置を講じ,また,適切な制限を加えることや,当該設置・管理者の予測し得ない事由によるものであることは,抗弁にすぎないと解すべきである。)。
 そして,普天間飛行場の供用が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかについては,@侵害行為の態様と侵害の程度,A被侵害利益の性質と内容,B侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,C侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,Dその間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察して判断すべきである(前掲最高裁昭和56年12月16日大法廷判決,各最高裁平成5年2月25日第一小法廷判決参照)。

 原告らの本件損害賠償請求は,原告ら各自の受けている被害につき,それぞれ固有の権利として損害賠償の請求をしているから,各原告についてそれぞれの被害の発生とその内容が確定されなければならない。
 もっとも,原告らの主張は,原告らはそれぞれ様々な被害を受けているけれども,本件では各自が受けた具体的被害の全部について賠償を求めるのではなく,それらの被害の中には本件航空機騒音によって原告ら全員が最小限度この程度までは等しく受けていると認められるものがあり,このような被害を原告らに共通する損害として,各自につきその限度で慰謝料という形でその賠償を求めるというのである。それは,結局,原告らの生活妨害,睡眠妨害及びこれらに伴う精神的苦痛等を一定の限度で原告らに共通するものとして捉え,その賠償を請求するものと解することができ,例えば,生活妨害についていえば,その具体的内容において若干の差異はあっても,静穏な日常生活の享受が妨げられるという点では同様であって,これに伴う精神的苦痛の性質及び程度において差異がないと認められるものが存在し得るので,このような観点から同一と認められる性質・程度の被害を原告ら全員に共通する損害として捉えて,各自につき一律にその賠償を求めることも許されるというべきである(前掲最高裁昭和56年12月16日大法廷判決参照)。このような場合,各原告らは,それぞれが受けている被害を個別具体的に主張立証するまでもなく,上記の意味における共通被害の内容,程度を主張立証をすることをもって足りると解される。
 この点,原告らは,生活妨害全部及び精神的被害と身体的被害(狭義の健康被害)とはせつ然と区別することはできないなどとして,これらを一体と捉える「広義の健康被害」をもって原告らの共通被害であると主張する。
 WHOが,昭和21年(1946年)に署名され昭和26年に我が国にも効力を生じた世界保健機関憲章において「健康とは,身体的,精神的及び社会的に完全に良好な状態をいうのであって,単に病気や虚弱でないことをいうのではない」と健康概念を定義していることは,当事者間に争いがなく,また,生活上に生じた被害が身体的被害にまで及び得ることや,身体的被害が生活上の被害や精神的被害を伴うことがあることも想定することができる。
 しかし,原告らのこの主張は,民法が生命,身体,自由,名誉,財産権を別個のものと捉えている(民法710条,711条参照)ことと整合していない上,原告ら主張の生活妨害全部の被害,精神的被害及び身体的被害は,それぞれ性質を異にする被害であり,健康概念をどう捉えるかということや,原告ら主張の生活妨害全部の被害,精神的被害及び身体的被害が相互に影響を及ぼす可能性があることと,損害賠償請求における被侵害利益をどのように捉えるかということは,異なる問題であるから,これらの性質を考慮することなく,これを一体と捉えることは相当でない。
 したがって,原告らのこの主張を採用することはできず,原告ら主張の「広義の健康被害」に含まれるとする生活妨害,睡眠妨害の被害,精神的被害及び身体的被害を個別に検討すべきである。
 原告らが主張する共通被害のうち,聴力損失,高血圧及び頭痛などの身体的被害は,個別性の高い被害であって,個々の生活条件等にかかわらず各原告に共通して生じていると想定することができるものとはいえない。もっとも,このような身体的被害についても,ある一定のレベルの騒音に暴露されることによって,普天間飛行場周辺に居住するある一定範囲の住民に対し一定の身体的被害が生ずる危険性があると認められる場合には,身体的被害の発生する危険性がある状況で生活しなければならないことから生ずる身体的被害の発生に対する不安感等の精神的苦痛は,普天間飛行場周辺に居住する原告らに共通して存在し得るものと考えることができる。そうすると,このような精神的苦痛をもって原告らに共通する精神的被害として認める余地はあるというべきである。
 身体的被害に関する原告らの主張は,本件航空機騒音による健康被害の発生は,地域住民全体にとって極めて重大な関心事であるので,狭義の健康被害の発生又はその危険性の存在は,地域住民にとっての共通の精神的被害であるので,原告らの共通被害となるとするものであり,例えば,難聴についていえば,原告らの中には難聴を訴ている者がいるけれども,そのような難聴になったこと自体を原告らの共通被害と捉え,これに対する慰謝料を請求しているのではなく,嘉手納飛行場周辺に居住する者12症例に航空機騒音に起因すると強く疑われる騒音性聴力損失が生じていることなどから,普天間飛行場周辺に居住する原告らにおいても,騒音性聴力損失の被害が発生し,又は発生する危険性があることが,地域住民全体にとって極めて重大な関心事であるので,原告らの共通被害となるとするものといえる。このように,原告らの主張の中には,身体的被害発生そのものが地域住民全体にとって極めて重大な関心事であることから原告らの共通被害となるとの部分も含まれているが,このような身体的被害は,上記のとおり,個別性の高い被害であって,個々の生活条件等にかかわらず各原告に共通して生じていると想定することができるものとはいえないので,共通被害としてみる余地がないというべきである。一方,原告らの主張のうち,身体的被害の発生の危険性があるということが地域住民全体にとって極めて重大な関心事であるとの部分は,原告らが身体的被害が発生する危険性がある状況で生活することを等しく余儀なくされており,そのことから生ずる身体的被害に対する不安感等の精神的苦痛が原告らに共通する被害であるとの趣旨の主張であると解することができる。
 したがって,原告らの身体的被害に関する主張は,この趣旨で理解することにができる部分に限り,共通被害に関する主張として,欠けるところはないというべきである。
 これに対し,被告は,身体的被害については,現実の身体的な影響が生じた原告に特有の事実であって,その事実を他の原告と共有することはあり得ず,また,身体的被害の発生の危険性は慰謝料請求権の発生原因である現実の被害に当たるということはできないなどと主張する。確かに,身体的被害そのものは現実の身体的な影響が生じた原告に特有の事実であって,身体的被害の発生の危険性も慰謝料請求権の発生原因である現実の被害に当たるということはできないといえる。しかし,原告らは,上記のとおり,身体的被害やその危険性そのものを慰謝料請求権の発生原因であると主張しているわけではなく,身体的被害が発生する危険性がある状況で生活しなければならないことから生ずる身体的被害の発生に対する不安感等の精神的苦痛といった身体的被害の発生の危険性を帯有する心理的現象をもって慰謝料の発生原因である被害と主張していると解することができる。そして,身体的被害やその危険性そのものとは異なり,身体的被害の発生の危険性を帯有する心理的現象をもって慰謝料の発生原因であると主張することは許されると解される(前掲最高裁昭和56年12月16日大法廷判決参照)。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
 他方,原告らの主張の子供の被害には,身体的被害としての性質又はこれに類似する性質を有するものを含み,個別性の高い被害であって,各原告の年齢や生活条件にかかわらず原告ら全員が等しく受けていると想定することができるものではない。そのため,原告らが子供の被害として主張する「低出生体重児の出生」及び「幼児問題行動」の被害については,このような被害によって精神的苦痛を受けるのは,その性質に照らし,これらの乳幼児自身に限られ,また,原告らが子供の被害として主張する「学習環境の破壊」の被害についても,このような被害によって精神的苦痛を受けるのは,その性質に照らし,その被害を受ける就学中の子供自身に限られると考えられる。そして,民法は,他人の権利に対する侵害については,生命を侵害した場合に限り,被害者の父母,配偶者及び子に損害の賠償を認めている(民法711条)にすぎず,生命の侵害又はこれに比肩し,若しくはこれに比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けるような身体に対する侵害であり,かつ,同条所定の身分関係又はこれと実質的に同視することができる身分関係がある場合でない限り,他人の権利に対する侵害についての損害賠償は否定されているものとみるべきである(最高裁昭和43年9月19日第一小法廷判決・民集22巻9号1923頁,最高裁昭和49年12月17日第三小法廷判決・民集28巻10号2040頁等参照)。そのほか,仮に他人の権利に対する侵害により間接被害者が精神的苦痛を受けることがあるとしても,直接被害者からの請求が認められることによって間接被害者の精神的損害も同時に償われるのが通常であるから,当該侵害行為と間接被害者の損害との間の相当因果関係が認められることがないのが通常であると考えられる。そのため,直接被害者と間接被害者とが経済的に一体であるなどのために当該侵害行為と間接被害者の損害との相当因果関係がある場合(最高裁昭和43年11月15日第二小法廷判決・民集22巻12号2614頁参照)でない限り,当該侵害行為と間接被害者の精神的損害との相当因果関係を認める余地はないというべきである。そうすると,原告ら主張の子供の被害については,原告らの主張のように地域住民全体にとって極めて重大な関心事となっているとしても,その性質上,身体的被害の危険性を帯有する心理的現象が原告ら全員に生ずる可能性があり得るのと異なり,上記子供の被害が当該乳幼児又は就学中の子供にしか生ぜず,原告ら全員に生ずる可能性があるとはいえないから,他人の権利に対する侵害によって原告らにも間接的な損害が生じているとの主張であるとみるほかなく,かつ,そのような関心事となっているということだけでは,普天間飛行場の供用と原告ら主張の子供の被害を原因とする精神的損害との間に相当因果関係があるという余地はないというべきである。
 したがって,原告らの子供の被害に関する主張は,これを原告らの共通被害と主張している以上,主張自体失当であるというほかない。
 もっとも,原告ら主張の子供の被害のうち,幼児問題行動や学習環境の破壊の中には,生活妨害,睡眠妨害及び本件航空機騒音を直接の原因とする精神的苦痛の一つの現れとしてみる余地があるものも含まれており,そのようなものについては,別途,生活妨害,睡眠妨害及び同精神的苦痛の一態様として検討することとする。

 原告らの本件航空機騒音による被害が生活妨害,睡眠妨害及びこれらに伴う精神的苦痛,イライラ感や不快感という本件精神的被害又はストレスによる身体的被害の発生に対する不安感等の精神的苦痛のようなものであって,直接生命,身体に係わるような重大なものであるとはいえず,また,普天間飛行場の供用には公共性ないし公益上の必要性があることに照らすと,・・・,本件航空機騒音の存在を認識しながらあえてそれによる被害を容認して居住したと認められる場合には,入居後に実際に受けた被害の程度が入居の際その存在を認識した騒音から推測される被害の程度を超えるものであったとか,入居後に騒音の程度が格段に増大したとかいうような特段の事情が認められない限り,その被害は当該原告において受忍すべきであり,その被害を理由として慰謝料の請求をすることは認められないと解するのが相当である(前掲最高裁昭和56年12月16日大法廷判決参照)。

 継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については,たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であっても,損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,具体的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができ,かつ,その場合における権利の成立要件の具備については債権者においてこれを立証すべく,事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生として捉えてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものは,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものと解するのが相当である。そして,飛行場等において離着陸する航空機の発する騒音等により周辺住民らが精神的又は身体的被害等を受けていることを理由とする損害賠償請求権のうち口頭弁論終結の日の翌日以降の分については,将来それが具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成立の有無及び内容を判断すべく,かつ,その成立要件の具備については請求者においてその立証の責任を負うべき性質のものであって,このような請求権が将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないと解すべきである(前掲最高裁昭和56年12月16日大法廷判決,前掲最高裁昭和62年(オ)第58号平成5年2月25日第一小法廷判決,前掲最高裁昭和63年(オ)第611号平成5年2月25日第一小法廷判決,最高裁平成18年(受)第882号同19年5月29日第三小法廷判決・裁判所時報1436号1頁参照)。
 そうすると,本件航空機騒音により精神的又は身体的被害等を受けていることを理由とする原告らの被告に対する損害賠償請求権のうち口頭弁論終結の日の翌日以降の分については,その性質上,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものというべきである。
 これに対し,原告は,本件航空機騒音による被害については,口頭弁論終結時と同一の内容,程度の状況が,口頭弁論終結後1年の間,継続する蓋然性が極めて高く,口頭弁論終結後1年間であるので,その予測可能性が確実に高いから,一義的に明確になっているなどと主張する。
 確かに,普天間飛行場については,沖縄に関する特別行動委員会(SACO)が,平成8年12月2日,今後5年ないし7年以内に,十分代替施設が完成し運用可能になった後,返還するなどの内容の最終報告をして,日米安全保障協議会において,この最終報告を了承された後,現在まで,日米政府が関係地方公共団体を加え普天間飛行場の移設に向けた所要の努力を続けているといえるものの,口頭弁論終結の日である平成20年1月31日の翌日から平成21年1月31日までの間に,普天間飛行場の返還がされる見込みがあるとはうかがわれない上,本件航空機騒音の実態・推移に加え,被告が新しく騒音コンターを作成することは予定されていないことなどに照らすと,平成20年2月1日から平成21年1月31日までの間に,原告らが,本件コンター内の同一の居住地で居住している限り,口頭弁論終結の日に受けている本件航空機騒音による被害の程度と格別異ならない被害を受けることとなると推認することができるとする余地もある。
 しかし,そもそも,本件コンター外や本件コンター内のW値の異なる区域に転居するかどうかということは,専ら原告らの個人的な事情にかかわるから,客観的に予想することが困難である。しかも,原告らの中には,居住経過表のとおり,本件各訴えの提起後において,本件コンター内から本件コンター外に転出した者が63名,本件コンター内での転居をした者が29名(そのうち,本件コンターのW値の異なる区域へ転居した者は14名)おり,また,平成18年7月1日から平成19年7月1日までの1年間に限ってみても,転居の事実が認められる原告が19名いる。そのため,口頭弁論終結の日である平成20年1月31日において本件コンター内に居住している各原告は,翌2月1日から1年間までであっても,本件コンター外や本件コンター内のW値の異なる区域に転居することがあると想定することができるから,同期間において,本件コンター内の同一の居住地で居住し続けると推認することはできない。
 そして,原告らのW75区域又はW80区域における居住の事実は,請求原因の一部として原告らが立証すべき事実であるところ,当該原告において立証することが容易である一方,被告において原告らが口頭弁論終結の日に居住していたW75区域又はW80区域から転居したとの事実を立証すべきとすることは,口頭弁論終結の日の翌日から1年間にわたって,被告が同各原告全員についてその転居の有無を常に把握しなければならないことになるものの,このようなことは,本件各訴訟における原告の合計が400名近くに上ることに照らせば,困難を伴うといえるのみならず,個人情報の保護という観点からも不当であるといえる。そうすると,原告らの本件コンター内における居住の事実という点だけからしても,本件各訴えのうち,将来の損害の請求に係る部分については,損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,具体的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができ,かつ,その場合における権利の成立要件の具備については債権者においてこれを立証すべく,事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生として捉えてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるものというべきである。
 したがって,原告らの上記主張は採用することができない。

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