最新下級審裁判例

横浜地裁判決平成20年05月14日

【事案】

 川崎市の住民である原告が,川崎市が所有する別紙物件目録記載1及び2の土地(以下「本件土地」という。)がこれに隣接する同目録記載3の土地(以下「隣接地」という)。の所有者である訴外aによって不法に占有されているにもかかわらず,被告が本件土地について境界確定の訴えの提起又は筆界特定の申請をしないこと,また,訴外aに妨害排除請求(又は所有権確認請求)及び使用料相当損害金の賠償請求をしないこと(以下,これらの行為を「本件各行為」という。)は財産の管理を違法に怠るものであると主張し,地方自治法242条の2第1項3号に基づき,当該怠る事実の違法確認を求めた事案。

【判旨】

 原告は,被告が本件土地と隣接地との境界確定訴訟を提起しないこと又は不動産登記法131条に基づく筆界特定申請をしないことが,地方自治法242条1項所定の財産の管理を怠る事実に該当するとして,その違法の確認を求めている。
 そこで検討するに,同法242条の2所定のいわゆる住民訴訟の対象となるのは,同法242条1項所定の普通地方公共団体の執行機関又は職員による一定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実に限られる。そして,住民訴訟制度が,上記財務会計上の違法な行為又は怠る事実を予防又は是正し,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としていることに鑑みれば,財産の財産的価値に着目し,その価値の維持,保全を図る財務的処理を直接の目的とする行為に限り,財務会計上の行為としての財産管理行為に当たり,住民訴訟の対象となり得るものというべきである(最高裁平成2年4月12日第一小法廷判決・民集44巻3号431頁参照)。
 そして,境界確定訴訟及び筆界特定制度において確定される境界とは,国家が行政作用によって定める公法上の境界であり,土地の所有権の範囲を画する財産境界とは概念を異にするものである(不動産登記法123条1号,同2号,最高裁昭和43年2月22日第一小法廷判決・民集22巻2号270頁参照)。
 そうすると,境界確定訴訟の提起又は筆界特定申請により公法上の境界を確定することは,当該土地の財産的価値に着目し,その価値の維持,保全を図る財務的処理を直接の目的とする行為ということはできず,財務会計上の行為としての財産管理行為には当たらない。
 したがって,被告が本件土地と隣接地との境界確定訴訟を提起しないこと又は筆界特定申請をしないことは,財務会計上の行為としての財産管理行為を怠る事実ということはできないから,地方自治法242条1項所定の住民訴訟の対象事項には該当せず,その違法の確認を求める請求1は,不適法な訴えといわざるを得ない。

 原告は,訴外aの所有する1 本件住宅が本件土地の一部を不法に占有しているとして,被告が,訴外aに対して妨害排除請求又は本件土地と隣接地との財産境界を確定させるための所有権確認請求を行わないことは,財産管理を違法に怠る事実に該当する旨主張する。
 ところで,地方財政法8条は「地方公共団体の財産は,常に良好の状態においてこれを管理し,その所有の目的に応じて最も効率的に,これを運用しなければならない」と定め,また地方自治法138条の2は,「普通地方公共団体の執行機関は(中略)当該普通地方公共団体の事務を,自らの判断と責任において,誠実に管理し及び執行する義務を負う」と定めている。これらの規定によると,普通地方公共団体の執行機関は,公有財産たる土地(地方自治法238条1項1号)が第三者に占有され,時効取得等によってその財産的価値を減少するおそれが生じている場合には,これを阻止する義務を負い,これを行わないことが,不法占有開始の事情,交渉の経緯,放置期間の長さなどの諸要素を総合的に考慮し,当該執行機関の裁量権の逸脱又は濫用と認められる場合には,地方自治法242条1項所定の財産管理を違法に怠る事実に該当するものと解することができる。
 これを本件について見るに・・・現在,本件土地と隣接地との財産境界について川崎市と相続人らとの交渉が継続しており,三角地が本件土地に含まれて川崎市に帰属することを前提とした解決の可能性が存在し,また直ちに訴外aに対する訴訟を提起しなければ本件土地の財産的価値が毀損されるという状況にもないことからすれば,被告が現段階において同人に対する妨害排除請求や所有権確認請求を行わないことをもって,公有財産の管理について被告が有する裁量権の逸脱又は濫用があるとはいえず,財産管理を違法に怠っていると認めることもできない。

 最後に,被告が訴外aに対して使用料相当損害金の支払請求を行わないことが財産管理を違法に怠る事実に該当するか否かについて検討する。
 本件において,川崎市が訴外aに対して本件土地について使用料相当損害金の請求権を有しているかどうかは,本件土地と隣接地との財産境界いかんによって定まる。そうすると,当該財産境界について川崎市と相続人らとの交渉が継続しており,同交渉による解決が図られている現状において,被告がその解決に先立って訴外aに使用料相当損害金の請求をしなかったとしても,それをもって,財産管理について被告が有する裁量権の逸脱又は濫用があるとはいえず,財産管理を違法に怠っていると認めることはできない。

 よって,本件各訴えのうち,原告の請求1は不適法であるからこれを却下し,その余の原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却する

 

東京地裁判決平成20年05月23日

【事案】

 製造たばこ小売販売業の許可申請をしたところ,いわゆる適正配置規制によることを理由として関東財務局長からこれを不許可とされた原告が,その不許可処分について,@上記規制に係る要件が存在しないにもかかわらずされたこと,A上記規制が違憲であり無効であるにもかかわらずされたことを主張して,上記不許可処分の取消しを求める事案。

【判旨】

 たばこ事業法(昭和59年法律第68号。以下「事業法」という。)22条は,たばこ専売法の下において指定を受けた製造たばこの小売人には零細経営者が多いことや身体障害者福祉法等の趣旨に従って身体障害者等についてはその指定に際して特別の配慮が加えられてきたことなどにかんがみ,たばこ専売制度の廃止に伴う激変を回避することによって,事業法附則10条1項に基づき製造たばこの小売販売業を行うことの許可を受けた者とみなされる上記小売人の保護を図るため,当分の間に限り,製造たばこの小売販売業について許可制を採用することとしたものであり,上記許可制の採用は,公共の福祉に適合する目的のために必要かつ合理的な範囲にとどまる措置ということができる。そして,事業法23条3号,たばこ事業法施行規則(昭和60年大蔵省令第5号。以下「施行規則」という。)20条2号及びこれを受けた大蔵省告示による製造たばこの小売販売業に対する適正配置規制は,上記目的のために必要かつ合理的な範囲にとどまるものであって,これが著しく不合理であることが明白であるとは認め難い。したがって,製造たばこの小売販売業に対する上記規制が,憲法22条1項に違反するということはできない(最高裁平成3年(行ツ)第148号同5年6月25日第二小法廷判決・裁判集民事169号175頁参照)。
 これに対し,原告は,前掲最高裁判決以降,製造たばこ小売販売業の主な業態がコンビニエンスストア等に移行するなどの社会経済情勢の変化が生じていることなどからすれば,現在では,前掲最高裁判決の判示するところは妥当しない旨主張するところ,確かに,平成18年度において,@財務省近畿財務局が取り扱ったたばこ小売販売業許可件数1413件のうち,業種としてコンビニエンスストアが432件,飲食料品小売業が251件,スーパーマーケットが202件であるのに対し,たばこ専業は74件にすぎず,また,A同省四国財務局が同じく取り扱った許可件数343件のうち,コンビニエンスストアが132件,スーパーマーケットが47件であるのに対し,たばこ専業は18件にすぎないことを認めることができる。
 しかしながら,上記各件数は,一定地域の平成18年度における単年度の許可件数の内訳を示すものにすぎないところ,他方において,財務省理財局総務課たばこ塩事業室たばこ塩第2係が5年に1度の割合で実施しているたばこ小売販売業経営実態調査結果によると,@たばこ小売販売業の許可がされた時期が昭和20年以前である店舗数について,平成5年度は1036店,同10年度は1038店,同15年度は1005店であり,また,昭和21年から同59年までの時期に許可がされた店舗数は,平成5年度が合計1528店,同10年度が合計1557店(ただし,昭和58年までの数),平成15年度が合計1565店であって,その数にはほとんど変動がないこと,A総従業者数が零である店舗数について,平成5年度は1463店(回答数3346件中の43.7%),同10年度は2231店(回答数3762件中の59.3%),同15年度は1919店(回答数5165件中の37.2%)であり,引き続き相当の数と割合であること,B店舗の経営者の平均年齢について,同5年度は62歳,同10年度は63.3歳,同15年度は63.9歳であり,ほとんど変動がないこと,C営業形態がたばこ専業である店舗数について,同5年度は805店(回答数3289件中の24.5%),同10年度は1052店(回答数3688件中の28.5%),同15年度は1461店(回答数5165件中の28.3%)と引き続き相当の数と割合であること,なお,コンビニエンスストアのチェーン加盟店及び非チェーン加盟店の各店舗数については,同5年度は114店(回答数3289件中の3.5%)及び40店(同1.2%),同10年度は88店(回答数3688件中の2.4%)及び79店(同2.1%),同15年度は759店(回答数5165件中の14.7%)及び68店(同1.3%)と大きく伸びてきていること,Dたばこの年間粗利益が50万円未満及び50万円以上100万円未満の各店舗数について,同5年度は744店(回答数2893件中の25.7%)及び755店(同26.1%),同10年度は907店(回答数3125件中の29.0%)及び867店(同27.7%),同15年度は1381店(回答数5165件中の26.7%)及び1044店(同20.2%)であって,引き続き相当の数と割合であることなどを認めることができる。
 上記の実態調査結果によれば,確かにコンビニエンスストアが営業形態に占める割合は増加傾向にあると認めることができるものの,その一方において,たばこ専売法の下で製造たばこの小売人の指定を受け,事業法附則10条1項に基づき製造たばこの小売販売業を行うことの許可を受けた者とみなされる者の数,店舗の営業規模,経営者の平均年齢,営業形態がたばこ専業である店舗の数又は割合,店舗全体の粗利益の金額等の上記各数値に照らすと,前掲最高裁判決以降,本件不許可処分がされた時までにおいて,適正配置規制の立法の基礎を成す事実が著しく又は明白に変化したものと認めることはできない。

 

東京地裁判決平成20年05月16日

【事案】

 国土交通大臣の権限の委任を受けた関東運輸局長が,道路運送法(平成18年法律第19号による改正前のもの。以下同じ。)9条の3第1項に基づいて,一般乗用旅客自動車運送事業者であるP1株式会社ほか7社に対し,運賃及び料金の変更を認可する処分をしたところ,原告らのうち,これら8社のタクシー会社に勤務するタクシー運転者らが,上記各認可処分のうち営業的割引(いわゆる大口割引)の認可に係る部分は,同条2項の認可基準に違反するなど違法な処分であるとして,被告に対し,各々の勤務会社を処分の相手方とする上記認可処分のうち営業的割引(いわゆる大口割引)の認可に係る部分の取消しを求め,また,これら8社を含むタクシー会社13社に勤務する原告らが,これらの違法な処分によって精神的損害を被ったとして国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案。

【判旨】

 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するところ,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである(最高裁平成17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。
 そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(行政事件訴訟法9条2項)。
 上記の見地に立って,一般乗用旅客自動車運送事業に従事する運転者が,その労働条件の適正を保護される利益を有する者として,一般乗用旅客自動車運送事業者を処分の相手方とする運賃認可処分の取消訴訟を提起する原告適格を有するか否かについて検討する。
 まず,本件各認可処分の根拠法規である道路運送法9条の3第1項及び2項について検討する。
 道路運送法9条の3第1項及び2項は,一般乗用旅客自動車運送事業者が旅客の運賃及び料金を定め又はこれを変更しようとするときは,国土交通大臣の認可を受けなければならないとした上で(1項),国土交通大臣が当該運賃認可処分をしようとするときの基準を定めている(2項)。そして,同条2項が定めている運賃認可の基準は,(1)能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであること(1号),(2)特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものでないこと(2号),(3)他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること(3号),(4)運賃及び料金が対距離制による場合であって国土交通大臣がその算定の基礎となる距離を定めたときはこれによるものであること(4号)の4つである。そして,このような運賃認可基準は,一般乗用旅客自動車運送事業の高度の公共性に鑑み一般公衆に与える影響が重大であることから設けられたものであることが認められるところ,道路運送法1条が,同法の目的について,「道路運送事業の運営を適正かつ合理的なものとすることにより,道路運送の利用者の利益を保護するとともに,道路運送の総合的な発達を図り,もって公共の福祉を増進することを目的とする。」と規定していることを考え合わせれば,1号は,利用者の利益を保護するために,不適正に高額な運賃又は料金の設定を許さないことを,2号は,事業の公共性に鑑み,全ての利用者に対してサービスの提供が公平に行われることを,3号は,不公正競争を防止し,道路運送事業全体の健全な発達をはかることを,4号は,利用者の利益を保護するために,運賃及び料金の設定を適正なものにすることをそれぞれ規定したものと認めるのが相当である。
 そうすると,本件各認可処分の根拠法規である道路運送法9条の3第1項及び2項から,直ちに,一般乗用旅客自動車運送事業に従事する個々の運転者の賃金等の労働条件を保護するという要請を見出すことはできないといわざるを得ない。
 この点につき,原告らは,タクシー運転者の賃金は歩合給であるから,道路運送法9条の3第2項の基準に基づいて運賃及び料金が認可されるならば,それは,タクシー運転者の賃金をはじめとする労働条件に直接に影響を及ぼすものであり,その内容いかんによっては低賃金,長時間乗務などの劣悪な労働条件の下での運行を余儀なくされるのであって,運賃及び料金の認可は,タクシー運転者の賃金等の労働条件に直接的に連結するものであるから,タクシー運転者は,運賃認可処分について法律上保護された利益を有する旨主張する。
 しかしながら,・・・認可処分がされた新たな運賃又は料金の内容と,それに伴うタクシー運転者の賃金等の労働条件の内容が,直接的に連結する関係にないことはもとより,むしろ,各企業ごとに,労使間の交渉等などによって賃金等の労働条件が決定されることから,運賃認可の内容と運転者の労働条件の内容の関係は,その意味で制度上明確に分断されているということができる。
  したがって,運賃及び料金の認可が,タクシー運転者の賃金等の労働条件に直接的に連結するから,タクシー運転者は運賃認可処分について「法律上の利益を有する」(行政事件訴訟法9条1項)旨の原告らの主張は理由がない。
 以上によれば,本件各認可処分の根拠法規である道路運送法9条の3第1項及び2項が,個々のタクシー運転者の賃金等の労働条件という個別的利益を保護すべきであるとする趣旨を含むと解することはできない。
 そこで次に,道路運送法及び関係法令の趣旨や目的等について検討する。
 道路運送法の目的を定めた同法1条は,「この法律は,貨物自動車運送事業法と相まって,道路運送事業の運営を適正かつ合理的なものとすることにより,道路運送の利用者の利益を保護するとともに,道路運送の総合的な発達を図り,もって公共の福祉を増進することを目的とする。」旨規定する。このように,道路運送法の目的を定めた1条には,道路運送事業に従事する運転者の労働条件の保護という内容は直接規定されてはいない。
 ところで,道路運送法は,輸送の安全及び旅客の利便の確保のために一般旅客自動車運送事業者が遵守すべき事項を国土交通省令で定めるべきものとした上で(同法28条1項),一般旅客自動車運送事業者が上記の国土交通省令で定める事項を遵守していないため輸送の安全が確保されていないと認められるときは,国土交通大臣は,当該一般旅客自動車運送事業者に対し,その是正のために必要な措置を講ずべきことを命ずることができるとし(同条2項),これを受けて制定された国土交通省令である旅客自動車運送事業運輸規則(平成18年国土交通省令第78号による改正前のもの。以下「運輸規則」という。)は,事業用自動車の運転者の勤務時間及び乗務時間,乗務員の休憩,睡眠又は仮眠のための施設の整備,乗務員の健康状態の把握等に関して旅客自動車運送事業者が遵守すべき事項を定めている(同規則21条等)。
 また,道路運送法は,一般旅客自動車運送事業に従事する運転者に対しても,国土交通省令で定める運行の安全を確保するための事項を遵守すべきものとし(同法28条3項),これを受けた運輸規則が,旅客自動車運送事業者の従業員は,その職務に従事する場合は,輸送の安全を確保することに努めなければならないと定めるとともに(同規則2条4項),旅客自動車運送事業者の事業用自動車の運転者が遵守すべき事項として,疾病,疲労,飲酒その他の理由により安全な運転をすることができないおそれがあるときは,その旨を当該旅客自動車運送事業者に申し出ること,旅客の現在する事業用自動車の運行中重大な事故が発生するおそれがあると認めたときは,直ちに,運行を中止することなどと規定している(同規則50条1項)。
 しかしながら,これらの運輸規則の規定は,委任規定である道路運送法28条が明記するように,「輸送の安全及び旅客の利便の確保」(同条1項)又は「運行の安全の確保」(同条3項)のための遵守事項として定められているものであり,あくまで,輸送や運行の安全等を確保するために,事業者及び運転者に一定の事項を遵守させることによって,道路運送法1条に定める,道路運送の利用者の利益の保護や道路運送の総合的な発達を図るという目的を達成するための規定であると解され,これらの規定から,道路運送法及び運輸規則が,個別のタクシー運転者の賃金等の労働条件の保護自体をその趣旨ないし目的としていると解することはできず,他に,道路運送法及び運輸規則等関係法令において,個別のタクシー運転者の賃金等の労働条件の保護自体がその趣旨又は目的とされていると解すべきものは見出し難い。
 そして,利用者の利益を保護する等の道路運送法の目的を達成するために,利用者の安全を確保する必要があり,それゆえにタクシー運転者の労働条件を一定以上に保持すべく求められるとしても,それは,輸送の安全,利用者の安全を確保することの反射的利益として事実上一般的に保護されるものであり,労働契約によりその内容も千差万別となり得るタクシー運転者の個々の労働条件を個別的に保護しようとするものであるとは解されないから,道路運送法1条はもとより,道路運送法28条及びその委任を受けた運輸規則の規定が,個々のタクシー運転者の労働条件を保持する利益を,個別的利益として保護しようとするものであるということはできない。
 また,道路運送法1条が同法と目的を共通にする関係法として掲げる貨物自動車運送事業法(平成18年法律第19号による改正前のもの。以下同じ)においても,事業用。自動車の運転者は,運行の安全を確保するため,国土交通省令で定める事項を遵守しなければならないと規定されているが(同法17条4項),同法1条は,貨物自動車運送事業の健全な発達を図ること等を目的に掲げるにとどまり,他に運転者の賃金等の労働条件の保護自体をその趣旨又は目的としていると解すべき規定は見受けられないのであって,同法の趣旨又は目的を参酌しても,道路運送法が,一般乗用旅客自動車運送事業に従事する運転者の賃金等の労働条件の保護自体をその趣旨ないし目的としていると解することはできないといわざるを得ない。
 さらに,一般乗用旅客自動車運送事業者に対する運賃認可処分が道路運送法9条の3第2項の認可基準に違反してされた場合に,一般乗用旅客自動車運送事業に従事する運転者が,その適正な労働条件保護等の利益を害されることとなるか否かという観点から考察するに,そもそも前記のとおり,運賃認可処分の内容は,タクシー運転者の賃金等の労働条件の内容と直接的に連結する関係を有するものではなく,両者は明確に分断されているものであるから,認可基準に反する認可がされたからといって,直ちにタクシー運転者の利益が害されるという関係にならない。また,仮に一般乗用旅客自動車運送事業者の申請した運賃及び料金が認可基準に違反してされ,運転者の賃金等の適正な労働条件が害されることになるとしても,タクシー運転者は,労使の交渉等を通じて,認可された運賃及び料金を前提とした上での賃金等の労働条件の適正化を求めることができるのであって,一般乗用旅客自動車運送事業者に対する運賃認可処分が道路運送法の認可基準に違反してされた場合に,当該一般乗用旅客自動車運送事業者の従業員である運転者が,直ちにその労働条件保護の利益を害されることになるとはいえない。
 すなわち,そもそも原告らが問題とするような,タクシー運転者らの賃金等の個別的な労働条件の内容については,それぞれの企業内の問題として,当該企業の実情等に応じた労使交渉等の中で,協議して決着していくべき問題であって,それを運賃認可処分の違法事由に連結させることには無理があるといわざるを得ないのである。
 以上のとおりであって,運賃認可処分に関する根拠法令の内容やその趣旨及び目的,関係法令の趣旨及び目的,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容等や害される態様等を検討しても,運賃認可処分に関する道路運送法の規定が,一般乗用旅客自動車運送事業に従事する運転者の適正な労働条件を保護するという具体的な利益を,専ら一般的公益の中に吸収解消させることなく,運転者個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むとは到底解することができない。
 そうすると,本件各認可処分の取消しを求める原告らの主張する,運賃認可処分によって不利益な労働条件を強いられないというタクシー運転者の利益は「法律上保護された利益, 」であるということはできず,他に,上記原告らについて,本件各認可処分の取消しを求めるについての原告適格を基礎付けるに足りる法律上の利益(行政事件訴訟法9条)を見出すことはできないから,上記原告らは,本件各認可処分の取消訴訟を提起する原告適格を有しないものというべきである。
 したがって,本件訴えのうち本件各認可処分の一部の取消しを求める部分はいずれも不適法である。

 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであり,国又は公共団体の公務員が行った行政処分が適法要件を欠く違法なものであったとしても,そのことから直ちに当該処分を行った公務員の行為に同項にいう違法があったと評価されることにはならず,公務員による公権力の行使に同項にいう違法があるというためには,公務員が,当該行為によって損害を被ったと主張する者に対して負う職務上の法的義務に違反したと認められることが必要である(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁,最高裁平成17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁,最高裁平成19年11月1日第一小法廷判決・民集61巻8号2733頁,最高裁平成20年4月15日第三小法廷判決・裁判所時報1458号1頁参照)。
 これを本件についてみるに,まず,原告らは,行政処分が違法であれば,当然にその行政処分を行った公務員の行為も国家賠償法上違法となると解すべきであると主張する。しかしながら,このような主張が失当であることは上記に説示したところから明らかである。
 また,原告らは,仮に国家賠償法上の違法について職務義務違反が必要であるとしても,国土交通大臣又はその権限の委任を受けた地方運輸局長は,道路運送法の規定に基づいて運賃認可処分をするに当たり,タクシー運転者の適正な労働条件の保護について十分に配慮しなければならず,それは個々のタクシー運転者に対する法的義務でもあると解すべきであると主張する。
 しかしながら,前記に説示したとおり,運賃認可処分に関する道路運送法の規定は,一般乗用旅客自動車運送事業に従事する個々の運転者の適正な労働条件を保護する趣旨を含むものではないと解されるから,国土交通大臣又はその権限の委任を受けた地方運輸局長は,道路運送法の規定に基づいて運賃認可処分をするに当たり,一般乗用旅客自動車運送事業に従事する個々の運転者に対する関係で,その適正な労働条件の保護について配慮すべき職務上の法的義務を負わないものと解するのが相当である。したがって,本件各認可処分を行った関東運輸局長が,原告ら個々人に対し,その適正な労働条件の保護について配慮すべき職務上の法的義務を負っていたとは認められず,本件各認可処分を行った関東運輸局長の行為に原告らが主張するような国家賠償法上の違法があったということはできない。
 以上によれば,本件各認可処分の適法性及び原告らの損害等その余の点について判断するまでもなく,原告らの国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は,いずれも理由がないものというべきである。

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