平成20年度新司法試験論文
考査委員採点雑感&ヒアリング検討(憲法1)

法務省のHPにおいて、平成20年度の新司法試験論文式についての考査委員の採点実感等に対する意見(以下「採点実感」)と考査委員に対するヒアリング(以下「ヒアリング」)が公表されている。
平成20年度については、まず採点実感が公表され、さらにそれについてヒアリングを行うという形になっている。
参考にできる情報が増えたという意味で、良いことだと思う。
今回は憲法について、その内容を検討する(試験問題出題趣旨)。

要求に対応できた答案は1割

まず、全体の印象についてであるが、総じて良くはない、という印象のようである。

(採点実感より引用)

 答案の中には,@出題趣旨に沿って問題点を正確にとらえ,的確に資料を分析し,法論理的思考力を発揮しているもの,A岐阜県青少年保護育成条例事件判決伊藤補足意見に示された判断枠組みを正確に理解した上で解答しているもの,B情報の受け手が自由に当該情報を閲覧できない状況がA自身の表現の自由とどのようにかかわるかという基本的な問題について問題意識を持ち,知る自由や違憲主張適格などの問題を意識的に論じているもの,C積極的な表現行為に対する表現内容規制の合憲性という基本的な問題について,資料を相応に分析し,反対説を踏まえながら,自らの見解をしっかり展開し,多少荒削りなところもあるが,考え方の筋道に法的思考のセンスを感じさせるものもあった。そのような答案は,受験生が法科大学院での実務を見据えた理論教育において「学び,そして問う」作業をしっかりと行ってきた成果と評価し得る。しかし,そのような答案は,少数にとどまった。
 憲法学という視点からは,基礎的理解が不十分で,設問の具体的事情を離れて表現の自由に関する論証を記憶に従って並べただけの答案が多く,事案の内容に即した個別的・具体的検討の不十分さや応用力という点で課題を残すものであった。また,いわゆる論点主義の解答に陥っている答案が多く見られた。それらは,残念ながら,憲法の基礎理論を生きた知識として身に付けていない,また,法的思考力ないし論証力が十分に定着していない,と評価せざるを得ないものであった。

(引用終わり)

(ヒアリングより引用)

 きちんと出題の趣旨,意図や出題者側が想定しているような問題点を的確にとらえ,資料も的確に分析して,筋道を通して考えているという答案もあった・・・が,残念ながら,そのような答案は1割程度にとどまった。

(引用終わり)

ヒアリングによると、考査委員の要求に応えた答案は、全体の1割程度だという。
平成20年度における論文試験の採点対象者は、4654人である。
その1割とは、概ね465人程度である。
平成20年度の合格者数は2065人。
そうすると、46÷2065=22.5%。
従って、合格者の22%程度、すなわち5人に1人程度しか、要求に応えられていなかったことになる。
合格者全体の8割程度は、考査委員の要求に応えることなく受かっている。

演習不足

その出来の悪さの原因としては、演習不足があると思われる。

(採点実感より引用、下線は筆者)

 答案の書き方について,採点に当たった委員から問題が指摘されているので,受験生に注意を促す意味で,若干述べておきたい。答案用紙の左側,行頭を4分の1ほども空けて記載している答案がある。多くの字数分を空ける書き方は,場合によっては奇異な印象を与え,特定答案とみなされる可能性もあるということに留意すべきである。また,誤字,脱字,判読不能な文字,意味の分からない文章などが多く見られた。法的な能力以前の問題として,他人に読まれる文章であることを意識して,客観的な立場で自分の文章を見て修正する習慣を身に付ける必要があると思う。

 答案を採点して気が付いたのは,第一に,法的三段論法が身に付いていないと言わざるを得ない答案が余りにも多かったことである。こういう事案であるから,この規範が問題になり,この規範はこのような理由でこんな内容になっている。そして,この規範を事案に当てはめてみると,この事実があるからこの規範が適用できてこの効果が出てくるという形が整っていない,というか,意識していないような答案が多い。思い付いた規範から書きなぐったり,重要な事実の検討・当てはめを飛ばしたまま,全体として何の論理も理由もなく,あるいは淡白な理由で結論を導いている答案が多かった。もしかすると,時間がなくて省略したのかもしれないが,それが非常に気になった点である。
 この点は,法律家・実務家として命の部分であり,そこがなぜできていないのか,ということを考えさせられた。こういった能力のかん養を限られた法科大学院の憲法の講義の時間だけでやるべきだということはできない。しかし,何らかの方法でこれを強化しないと,なかなか法的に物事を考えるということ,法律家に求められる切り口で物を分析するということができないままになってしまうのではないかと思う。そこに危惧の念を抱いた。したがって,そこが法科大学院に望むことの一つにもなる。

(引用終わり)

論文式試験の答案には、ある一定の形式がある。
それを守っていないと、奇異な印象を与え、印象点で損をする。
最悪、特定答案とされてしまう可能性もないわけではない。
また、答案の最後に「以上」を書いていないと、途中答案とみなされる、という話もある。
こうしたことは答練等の添削を受ければ、ほぼ間違いなく指摘されることである。
そうした指摘を受けることによって、事前に修正されるはずのものだ。
本試験においてもなお、このような答案を書いてしまうということは、事前の演習が不十分だということである。

それから、誤字脱字、判読不能文字、意味不明な文章などは、時間不足の場合に起こる。
また、自分で書いていることに自信が無くなって、精神的に動揺している場合にも生じる。
これは、時間配分をミスしたり、答案構成が不十分なことが原因である。
そして、時間配分ミスや構成不十分が生じるのは、事前の演習が不足しているからである。

また、法的三段論法の形式を守れていないことも演習不足が原因だ。
一つには、答案を書いた経験が少なく、論点指摘→論証→規範→あてはめの手順がわかっていないということがある。
もう一つは、わかっていても、時間や紙幅の関係でまとめ切れない。
これは、前述した時間配分や答案構成の問題である。

さらに、新試験になって若干気になることは、過度に予備校答案が忌避されている点だ。
予備校答案は、限られた時間で、かつ、書き直しの効かない状況において答案を書くことに特化された形式である。
その形式に従うと、それ程文章力の無い人でも、ある程度の答案を書くことができてしまう。
その意味で、優れた答案フォーマットだ。
現在、ロー等における予備校批判の一環として、この形式は批判の対象とされている。
考査委員も、予備校答案に対して嫌悪感を抱いていることは間違いないようだ。

(採点実感から引用)

 受験生にとっては論じやすい積極的「表現の自由」がテーマであったためか,逆に,パターン化された答案が目につき,「型にはまった論述」が少なからず見られた。

(引用終わり)

(ヒアリングより引用)

 今年は,表現の自由をテーマとして出題した。法科大学院では多く,必ず学習しているテーマで,学生にもなじみがあるはず,ということで出題した。しかし,それが,かえって逆の方向で出た部分もあり,パターン化された答案が目につき,型にはまった論述がかなり見られた。

(引用終わり)

「パターン化された答案」や「型にはまった論述」というのは、予備校答案を指しているのだろう。
明示的ではないが、そういう答案は悪い、というニュアンスである。
もっとも、具体的に何が悪いか、という点には触れていない。
パターン化されたために、論理的に何か誤りを犯しているというような指摘は無い。
内容的に間違っているわけではないが、 同じ形式なので気持ち悪いということだろう。
予備校答案に対する否定的な感覚は、ロー等でさかんに言われているために、ロー生にも浸透している。
「あんなものを書いていたら受からない」というようなイメージを持っている人は多い。
しかし、これに替わる答案フォーマットは、今のところ提示されていない。
そのため、予備校答案を書くわけにはいかないが、かといってどう書いていいかわからない。
その結果、答案の体を為していないようなものしか書けない受験生が増えた可能性がある。

確かに、予備校答案の文章は不自然であり、ああいう答案ばかり読まされると嫌になるだろう。
しかし、時間的にも精神的にも、紙幅の面でも制約された中で、あれを越える答案を書くのは意外と難しい。
どう書いていいかわからない場合は、予備校答案でもいいから書けるようになるべきである。
予備校答案レベルは書ける、という自信がついてから、自分なりの答案スタイルを身に付ければよい。
要は中身の問題であり、形式はそれ程重要ではないからだ。
確かに、予備校スタイルだと、若干考査委員の印象は悪くなるかもしれない。
しかし、構成を答案化する作業をほぼ自動的に行えるため、時間切れ等が生じにくい。
そして、書くべき事項に触れてあれば、当然点はもらえるはずである。
自分流で書こうとすると、構成を答案化する段階でトラブルが生じやすい。
その都度考えて筆を進めることになるからだ。
その際、慎重に考えすぎると時間切れになる。
他方、あまり考えないで筆を進めると、書くべき事項を飛ばしてしまったり、書く順序などのミスが生じやすい。
その結果、時間に追われて書きたいことが書けなくなる。
あるいは、脱落を生じさせたり書く順序を誤って、法的三段論法がわかっていないと判断されてしまったりする。
それは、もったいないことである。
なお、予備校の解答例の問題点は、書くべき事項の選択を誤っていることの方にある。
予備校答案の形式を使うにしても、予備校の解答例の中身については、疑ってかかるべきである。

答練等の演習を繰り返し行うなかで、上記のことはわかってくる。
とにかく、あれこれ悩むよりも演習の数をこなすことが重要である。

三者形式について

本問の特徴として、弁護人、検察官、自説(裁判官)の各立場に分けて書かせるという点がある。
ここでは、これを便宜上「三者形式」と呼ぶ。
この三者形式は、新司法試験始まって以来、3年連続で採用され続けている形式である。

(平成18年度新司法試験公法系第1問より引用)

〔設問〕
1. あなたがたばこ会社であるT社から依頼を受けた訴訟代理人であった場合(T社からの相談内容については,資料3参照),損害を回復するためにどのような訴えを起こしますか。2つの訴えを挙げなさい。そして,訴訟代理人として,警告表示法に対して憲法に基づいてどのような主張を行うか,述べなさい。
2. あなたが国側の代理人として請求の棄却を求める場合,上記の主張に対応して,憲法に基づいてどのような主張を行うか,述べなさい。
3. 設問1及び2で提起された憲法上の争点について,あなた自身はどのように考えますか。あなたと異なる考え方を批判しつつ,あなたの結論とその論拠を述べなさい。

(引用終わり)

(平成19年度新司法試験公法系第1問より引用)

〔設問〕
1. あなたがB教団の訴訟代理人だとすれば,この訴訟において,どのような憲法上の主張を行うか,述べなさい。
2. 設問1で述べられた教団側の主張に対する市側の反論を想定した上で,憲法上の諸問題を検討し,あなた自身の見解を述べなさい。

(引用終わり)

(平成20年度新司法試験公法系第1問より引用)

〔設問〕
1. あなたがAの弁護人であったとして,裁判においてどのような憲法上の主張を行うか,具体的に論じなさい。
2. Aの主張に対する検察官の主張を想定しつつ,憲法上の問題点について,あなた自身の見解を述べなさい。

(引用終わり)

どれも三者形式を採っている。
この傾向は、今後も続く可能性が高い。
従って、この形式には慣れておく必要がある。

もっとも、平成18年度と平成19年度以降とでは違う部分がある。
一つは、訴訟類型を訊かなくなったこと。
もう一つは、一方の主張について、「想定」すれば足りるとされたことである。
このうち、後者の点については、受験生の負担を軽減することが明確に意図されている。

平成19年度ヒアリング公法系より引用、下線は筆者)

 出題形式に関する点であるが,昨年の出題形式は,原告の訴訟代理人,国側の訴訟代理人,それから回答者の三つの立場,三様の立場からそれぞれ論述させる出題形式になっていた。こういった出題形式は,実務家となるための試験にふさわしいものと考えているが,昨年のような形で出題すると,それぞれ三様の立場で,いわばフルスケールで論述をしなければいけないようになってしまう。例えば,国側の主張に沿ったような考え方を自分も採るという場合には,どうしても重複した部分が出てくる可能性があり,それをどこまで書き込むかということもあるが,書き方によっては受験生の負担も大きくなってしまうのではないかと考えた。そして,もう少し簡略にというか,コンパクトな形にした方がいいのではないかということを,考査委員の中で議論した。それで,今年は,教団の訴訟代理人の主張についてはフルスケールで述べさせることを前提にして,教団と反対側になる市側の主張については,自分の見解を展開する前提として踏まえればいいという形にし,そこはよりコンパクトで,ポイントを絞った形で記載してもいいという形にした。どこまでそれが伝わったかという問題はまた別にあると思われるが,出題者の意図としては,そういった観点で昨年とは違った形での出題形式を試みたものである。

(引用終わり)

一方当事者の主張と自説はしっかりと書く。
他方で、「想定」される他方当事者の主張はコンパクトに書く。
これが、考査委員の意向に沿った書き方である。
従って、最初に書く一方当事者の主張は、それなりに筋の通った(本筋の)議論でなければならない。
自説部分に本筋の議論を配置し、当事者の主張を瑣末な主張の箇条書きにするやり方は歓迎されない。

(ヒアリングより引用)

 最初に弁護人としてどのような主張をするか,という問いに対し,判例やどの主要な学説によっても全く筋の通らない主張や,認められる可能性がほとんどない主張にウエイトを置いて書くというのは,やはりいかがなものかと思う。実務と理論の架橋という視点からは,思い付いたことを何でも言えばよいというわけではないと考えている。

(引用終わり)

同時に注意すべきは「想定」の意味である。
「△△を想定した上で○○を述べなさい」とか「△△を想定しつつ○○を述べよ」というと、○○を述べれば足りるようにみえる。
△△は、○○を述べる上で念頭におくべきものに過ぎない。
これが、自然な日本語の用法である。
「雨が降ることを想定して傘を持っていく」という文章において、「持っていく」の客体は傘だけである。
そもそも、「想定する」という言葉は、仮定的にイメージするという程度の意味である。
従って、答案上に明示的に述べることを意味するとは考えにくい。
しかし、本問での「想定」とは、「簡潔に述べる」という趣旨である。
素直に「想定」の文言を解釈して、自説だけを述べてしまうと、論述の欠落と評価されてしまう。
本問の設問2では、検察官の主張を簡潔に述べ、その上で自説を述べなければならなかった。
それも簡潔すぎては駄目であり、それなりの根拠を付す必要があった。

(出題趣旨より引用)

 設問2では,まず,設問1での主張とは対立する,すなわち,本問の仮想する法律を合憲とする理由付けを想定することが求められる(この部分の記述は,簡潔でよい)。次いで,このような憲法上の問題点に関する相対立する主張を踏まえて,「あなた自身の見解」を述べることになる。

(引用終わり)

(採点実感より引用)

 問題の形式に応じて答える必要がある。問われているのは,弁護人,それに対して想定される検察官の主張と自説であり,まずは,弁護人の立場にたった論述が必要である。設問2で,検察官の主張又は自説の一方しか書いていないのは不十分であり,誰の見解を述べているのか判然としないものは不適切である。設問1で挙げた論点について設問2で全く触れていないものも,不適切である。

 訴訟の両当事者の主張を書かせている意味を理解することが必要である(立場の使い分けができてほしい。)。また,弁護人の主張として,「Aの行為を規制することは憲法○条に違反する。」,検察官の主張として,「制約のない人権はなく,事案では合憲な制約をしている。」などと抽象的な記載をするにとどまる答案は,主張の根拠に関する内容が乏しく,不十分である。

(引用終わり)

なお、この「想定」のような言い回しに似たものとして「〜を踏まえて」というものがある。
本試験で「Aを踏まえてBを述べよ」といわれた場合、Bだけを書くと論点落ちとなる。
まずAを書き、それとリンクさせてBを書くというようにしなければならない。
Bを書く際の理由づけとしてAを挙げるというだけでは、不十分とされるようである。
このあたりは本試験独特の言葉遣いなので気をつけたい。

三者形式では、答案構成が重要だ。
構成不十分なまま書き出すと、当事者の主張と自説が重複してしまいやすい。
また、最初の当事者の主張で色々な項目を挙げすぎることも多い。
そうすると、後の反論や自説で対応する論述をしなければならない。
これが予想以上の負担になって個々の論述が薄くなったり、紙幅切れ、時間切れになったりする。
従って、事前に答案構成の訓練をした方がよい。

旧司法試験時代の本試験問題や問題集には、三者形式のものはほとんどない。
ただ、これらの素材を使って訓練することは可能だ。
合憲の主張、違憲の主張、自説というように整理して答案構成する方法である。
毎年採用されている形式だけに、事前準備してくる受験生は少なくないはずだ。
自分だけ準備が不足していると、それだけで差が付いてしまいかねない。

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