平成20年度新司法試験論文
考査委員採点雑感&ヒアリング検討(憲法5)

平成20年度の採点実感及びヒアリングのうち、前回に続いて憲法について検討する(試験問題出題趣旨)。

判例の引用

採点実感は、判例の引用ができていないことを指摘する。

(採点実感より引用)

 関連する先例がきちんと挙げられて,検討されていない(本問では,岐阜県青少年保護育成条例事件判決,第三者所有物没収事件判決等)。このことは,それぞれの領域の重要判例を当該事案との関係でただ覚えているだけで,問題を本質的に理解していないことの現れであるように思われる。

(引用終わり)

考査委員は、覚えているだけで理解していないせいだと思っているようだ。
しかし、むしろ逆だろう。
わかってはいても、正確に覚えていないことが原因だ。
イメージとして理解していても、キーワードや言い回しを覚えていないと、文字情報に変換できない。
だから、答案上に文章化できないことになる。

学術論文のような引用方法は無理

同時に、論文式試験の形式による引用の困難さもある。
学術論文等では、まず冒頭で関連判例を一通り概観する。
そのやり方は、箇条書き的整理である。
事案の概要と判旨をそのまま引用していることが多い。
その後に、「検討」などと称して、おもむろに主題の検討に入る。
そこには、文章的な流れはほとんど無い。
しかし、司法試験の答案において、そのようなことは無理である。

まず、紙幅の問題がある。
例えば、岐阜県青少年保護育成条例事件判決多数意見の主な部分は以下の通りである。

岐阜県青少年保護育成条例事件判決より引用)

 本条例の定めるような有害図書が一般に思慮分別の未熟な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし、性的な逸脱行為や残虐な行為を容認する風潮の助長につながるものであつて、青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になつているといつてよい。さらに、自動販売機による有害図書の販売は、売手と対面しないため心理的に購入が容易であること、昼夜を問わず購入ができること、収納された有害図書が街頭にさらされているため購入意欲を刺激し易いことなどの点において、書店等における販売よりもその弊害が一段と大きいといわざるをえない。しかも、自動販売機業者において、前記審議会の意見聴取を経て有害図書としての指定がされるまでの間に当該図書の販売を済ませることが可能であり、このような脱法的行為に有効に対処するためには、本条例六条二項による指定方式も必要性があり、かつ、合理的であるというべきである。そうすると、有害図書の自動販売機への収納の禁止は、青少年に対する関係において、憲法二一条一項に違反しないことはもとより、成人に対する関係においても、有害図書の流通を幾分制約することにはなるものの、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむをえない制約であるから、憲法二一条一項に違反するものではない。

(引用終わり)

上記引用部分だけでも、全部で557文字ある。
答案用紙は詰めて書いても1行25文字程度。
一般的には20文字程度だろう。
それが1ページ23行ある。
そうすると、20×23=460文字、25×23=575文字。
1ページに書くことのできる文字数は、460〜575文字程度となる。
これは、全く改行無しでびっしり書いた場合である。
従って、上記引用部分は改行無しで1ページ分強に相当する。
上記は事案の概要を含んでいないから、事案を書けばもっと長くなる。
判例の引用に、これだけの紙幅は使えない。
従って、適宜端折るしかない。

また、答案の体裁として、冒頭に判例を列挙するのはどうか。
考査委員がそういう答案を望んでいないとは、現在のところ断言できない。
しかし、逆にそういう答案を望んでいるとも言えない。
少なくとも、これまでの一般的な答案形式ではない。
予備校答案に替わる新しい答案形式として、考えられなくもない。
しかし、今のところは避けた方が無難だろう。

このように、紙幅や書式の点で、判例の引用は難しい部分が多い。
これらの点が、学術論文等の場合と大きく違う点である。

答案上での引用の仕方

そうは言っても、考査委員は判例を引用せよと言っている。
これには、できるだけ応えなければならない。

まず、重要判例は覚える必要がある。

それは、一字一句丸暗記することではない。
一字一句全て暗記するのは、無理である。
仮にできたとしても、紙幅の関係で覚えたことを答案化することはできない。

そこで、判旨の理由、結論のうち、主要なキーワードを意識して覚える。
そして、適当に繋げて答案に表現できるようにする。
例えば、上記判例の引用部分であれば、「有害図書」「自動販売機」「収納禁止」「青少年」「健全な育成」「社会共通の認識」「対面」「昼夜問わず」「購入意欲を刺激」「脱法的行為」「必要性」「合理的」「必要やむをえない制約」といったキーワードを意識する。
上記全てを覚えようとする必要は無い。
日々の学習の中で、少しでも多くのキーワードが頭に残るように努力する。
一つ一つ、地道に覚えていく、というスタンスでよい。
最初から全部覚えようとすれば、ほぼ間違いなく挫折する。

次に、覚えた判例を引用する方法であるが、基本は予備校答案形式でよい。
すなわち、「この点判例は、(判旨)。しかし、(批判)。思うに、(自説)」という書き方である。
自説の前置きとして判例を書いた上で、その問題点を示し、自説に繋げる。
もっとも、予備校答案では、あまりに判例とその批判が紋切り型過ぎる。
問題文に即した評価、批判が必要である。
例えば、本問では以下のような書き方ができる。

 有害情報から青少年を保護するための規制に関しては、有害図書の自動販売機による収納禁止に関する岐阜県青少年保護育成条例事件判例がある。上記判例は、有害図書が青少年の健全な育成を害することは社会共通の認識になっていること、対面でなく、昼夜問わずに購入でき、購入意欲を刺激しやすいという自動販売機の性質や、脱法的行為の防止の必要性などを重視して、収納禁止を合憲としている。本問のようなインターネット上の有害情報についても、青少年の健全な育成を害すること、対面でないこと、昼夜問わず閲覧可能であること、アクセスが容易で閲覧意欲を刺激しやすいこと、脱法の必要性からある程度の包括的規制が必要であること、などの点が共通する。従って、本問の法律も合憲と解することになりそうである。
 しかし、判例は具体的な違憲審査基準を提示しておらず、規制の必要性を強調する一方で表現の自由や知る権利に対する配慮が希薄である。また、現在におけるインターネットの普及とその情報伝達手段としての重要性を考慮すると、自動販売機による販売と同様に考えることはできない。そもそも、・・・(自説)

判旨部分は、覚えたキーワードを繋いで作成する。
上記の場合、判例引用部分の文字数は、182文字である。
これはやや長過ぎるかもしれない。
ただ実際には、覚えている部分だけ書けば足りる。
多少脱落があっても、それ相応の評価はされる。
完璧である必要はない。
従って、忘れた分だけ実際には短くなる。

表現の自由関連は伊藤補足意見そのまま

採点実感は、表現の自由関連の論点について、以下の点を指摘している。

(採点実感より引用)

(2) 明確性の原則,そして内閣府令への委任

ア 明確性については,多くの答案が取り上げていたが,それらは,必ずしも十分ではなかった。本問の場合,明確性の要求は,表現の自由に関係すると同時に憲法第31条にも関係する。この両者における明確性の原則の関係を認識し,論ずる必要がある。

イ 明確性の厳格度を巡る問題,すなわち,青少年保護を目的とする場合には厳格度が緩和されるのか否か,という問題もある。

ウ 本問における明確性の問題については,内閣府令が法律の委任を受けて規定している場合,法律だけでは明確とはいえないが,下位規範による「補完」を認めるか否か,という問題もある。

エ 内閣府令への委任自体も問題になる。本問では,法律が残虐性の定義に関する本質的事項(あるいは重要事項)を定めているか否かが問題となる。

(3) 青少年保護と内容規制

ア 「インターネット規制だから手段規制である」とする答案があった。もしそのような考え方をすれば,印刷メディアにかかわる規制も手段規制になってしまう。そのような把握が誤りであることは,明らかである。伝達手段としてのインターネットの特質と印刷や放送の特質との相違をどのように考えるか,という問題は別途あるが,残虐性に着目した本問の規制は内容規制である。

イ 本問の中心的問題の一つは,青少年保護という見地からの表現内容の規制である。したがって,青少年保護の問題自体について,その立法事実を巡る問題も含めて検討する必要がある。

ウ 18歳未満の者の保護という立法目的によって,表現の自由の保障の程度や範囲が成人の場合と異なってどの程度緩和されるのかという検討が必要である。単に表現の自由の保障の一般論を展開するだけでは不十分であり,「有害情報」に関する憲法上の保障の程度や,「知る自由」,さらには「青少年(18歳未満者)の保護」を踏まえた検討が必要である。

(引用終わり)

上記論点は、(2)エ及び(3)アを除き、岐阜県青少年保護育成条例事件判例における伊藤正己補足意見と重なっている。

採点実感(2)アについて

(伊藤正己補足意見より引用)

 およそ法的規制を行う場合に規制される対象が何かを判断する基準が明確であることを求められるが、とくに刑事罰を科するときは、きびしい明確性が必要とされる。表現の自由の規制の場合も、不明確な基準であれば、規制範囲が漠然とするためいわゆる萎縮的効果を広く及ぼし、不当に表現行為を抑止することになるために、きびしい基準をみたす明確性が憲法上要求される。本件条例に定める有害図書規制は、表現の自由とかかわりをもつものであるのみでなく、刑罰を伴う規制でもあるし、とくに包括指定の場合は、そこで有害図書とされるものが個別的に明らかにされないままに、その販売や自販機への収納は、直ちに罰則の適用をうけるのであるから、罪刑法定主義の要請も働き、いつそうその判断基準が明確でなければならないと解される。

(引用終わり)

採点実感(2)イ及び(3)ウについて

(伊藤正己補足意見より引用)

 青少年の享有する知る自由を考える場合に、一方では、青少年はその人格の形成期であるだけに偏りのない知識や情報に広く接することによつて精神的成長をとげることができるところから、その知る自由の保障の必要性は高いのであり、そのために青少年を保護する親権者その他の者の配慮のみでなく、青少年向けの図書利用施設の整備などのような政策的考慮が望まれるのであるが、他方において、その自由の憲法的保障という角度からみるときには、その保障の程度が成人の場合に比較して低いといわざるをえないのである。すなわち、知る自由の保障は、提供される知識や情報を自ら選別してそのうちから自らの人格形成に資するものを取得していく能力が前提とされている。青少年は、一般的にみて、精神的に未熟であつて、右の選別能力を十全には有しておらず、その受ける知識や情報の影響をうけることが大きいとみられるから、成人と同等の知る自由を保障される前提を欠くものであり、したがつて青少年のもつ知る自由は一定の制約をうけ、その制約を通じて青少年の精神的未熟さに由来する害悪から保護される必要があるといわねばならない。もとよりこの保護を行うのは、第一次的には親権者その他青少年の保護に当たる者の任務であるが、それが十分に機能しない場合も少なくないから、公的な立場からその保護のために関与が行われることも認めねばならないと思われる。本件条例もその一つの方法と考えられる。
 このようにして、ある表現が受け手として青少年にむけられる場合には、成人に対する表現の規制の場合のように、その制約の憲法適合性について厳格な基準が適用されないものと解するのが相当である。そうであるとすれば、一般に優越する地位をもつ表現の自由を制約する法令について違憲かどうかを判断する基準とされる、その表現につき明白かつ現在の危険が存在しない限り制約を許されないとか、より制限的でない他の選びうる手段の存在するときは制約は違憲となるなどの原則はそのまま適用されないし、表現に対する事前の規制は原則として許されないとか、規制を受ける表現の範囲が明確でなければならないという違憲判断の基準についても成人の場合とは異なり、多少とも緩和した形で適用されると考えられる。

(引用終わり)

採点実感(2)ウについて

(伊藤正己補足意見より引用)

 本件条例六条一項では指定の要件は、「著しく性的感情を刺激し、又は著しく残忍性を助長する」とされ、それのみでは、必ずしも明確性をもつとはいえない面がある。とくに残忍性の助長という点はあいまいなところがかなり残る。また「猥褻」については当裁判所の多くの判例によつてその内容の明確化がはかられているが(そこでも問題のあることについて最高裁昭和五四年(あ)第一三五八号同五八年三月八日第三小法廷判決・刑集三七巻二号一五頁における私の補足意見参照。)、本件条例にいう「著しく性的感情を刺激する」図書とは猥褻図書よりも広いと考えられ、規制の及ぶ範囲も広範にわたるだけに漠然としている嫌いを免れない。
 しかし、これらについては、岐阜県青少年対策本部次長通達(昭和五二年二月二五日青少第三五六号)により審査基準がかなり具体的に定められているのであつて、不明確とはいえまい。そして本件で問題とされるのは本件条例六条二項であるが、ここでは指定有害図書は「特に卑わいな姿態若しくは性行為を被写体とした写真又はこれらの写真を掲載する紙面が編集紙面の過半を占めると認められる刊行物」と定義されていて、一項の場合に比して具体化がされているとともに、右の写真の内容については、法廷意見のあげる施行規則二条さらに告示(昭和五四年七月一日岐阜県告示第五三九号)を通じて、いつそう明確にされていることが認められる。このように条例そのものでなく、下位の法規範による具体化、明確化をどう評価するかは一つの問題ではあろう。しかし、本件条例は、その下位の諸規範とあいまつて、具体的な基準を定め、表現の自由の保障にみあうだけの明確性をそなえ、それによつて、本件条例に一つの限定解釈ともいえるものが示されているのであつて、青少年の保護という社会的利益を考えあわせるとき基準の不明確性を理由に法令としてのそれが違憲であると判断することはできないと思われる。

(引用終わり)

採点実感(3)イについて

(伊藤正己補足意見より引用)

 青少年保護のための有害図書の規制について、それを支持するための立法事実として、それが青少年非行を誘発するおそれがあるとか青少年の精神的成熟を害するおそれのあることがあげられるが、そのような事実について科学的証明がされていないといわれることが多い。たしかに青少年が有害図書に接することから、非行を生ずる明白かつ現在の危険があるといえないことはもとより、科学的にその関係が論証されているとはいえないかもしれない。しかし、青少年保護のための有害図書の規制が合憲であるためには、青少年非行などの害悪を生ずる相当の蓋然性のあることをもつて足りると解してよいと思われる。もつとも、青少年の保護という立法目的が一般に是認され、規制の必要性が重視されているために、その規制の手段方法についても、容易に肯認される可能性があるが、もとより表現の自由の制限を伴うものである以上、安易に相当の蓋然性があると考えるべきでなく、必要限度をこえることは許されない。しかし、有害図書が青少年の非行を誘発したり、その他の害悪を生ずることの厳密な科学的証明を欠くからといつて、その制約が直ちに知る自由への制限として違憲なものとなるとすることは相当でない。
 西ドイツ基本法五条二項の規定は、表現の自由、知る権利について、少年保護のための法律によつて制限されることを明文で認めており、いわゆる「法律の留保」を承認していると解される。日本国憲法のもとでは、これと同日に論ずることはできないから、法令をもつてする青少年保護のための表現の自由、知る自由の制約を直ちに合憲的な規制として承認することはできないが、現代における社会の共通の認識からみて、青少年保護のために有害図書に接する青少年の自由を制限することは、右にみた相当の蓋然性の要件をみたすものといつてよいであろう。問題は、本件条例の採用する手段方法が憲法上許される必要な限度をこえるかどうかである。

(引用終わり)

(2)エについては、前回触れたとおり、なお書き的な位置づけである。
また、(3)アは、受験生の誤りを指摘したに過ぎない。
従って、実質的な論点は、伊藤正己補足意見そのままだったといえる。
実際、伊藤補足意見に沿って書けば、高く評価されたようだ。

(採点実感より引用、下線は筆者)

 答案の中には,@出題趣旨に沿って問題点を正確にとらえ,的確に資料を分析し,法論理的思考力を発揮しているもの,A岐阜県青少年保護育成条例事件判決伊藤補足意見に示された判断枠組みを正確に理解した上で解答しているもの,B情報の受け手が自由に当該情報を閲覧できない状況がA自身の表現の自由とどのようにかかわるかという基本的な問題について問題意識を持ち,知る自由や違憲主張適格などの問題を意識的に論じているもの,C積極的な表現行為に対する表現内容規制の合憲性という基本的な問題について,資料を相応に分析し,反対説を踏まえながら,自らの見解をしっかり展開し,多少荒削りなところもあるが,考え方の筋道に法的思考のセンスを感じさせるものもあったそのような答案は,受験生が法科大学院での実務を見据えた理論教育において「学び,そして問う」作業をしっかりと行ってきた成果と評価し得る。しかし,そのような答案は,少数にとどまった。

(引用終わり)

一般に、判例を勉強するに当たり、覚えるのは多数意見だけでよい。
補足意見や反対意見等の個別意見は、一通り目を通せば足りる。

もっとも、伊藤正己裁判官の個別意見に関しては、別格である。
伊藤裁判官がもともと憲法学者だったことと、多くの詳細な個別意見を付しているためである。
また、その見解の内容が、通説的理解から支持されやすいものだということもある。
従って、伊藤正己裁判官の個別意見については、注意して読むようにしておきたい。

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