平成20年度新司法試験論文
考査委員採点雑感&ヒアリング検討(憲法6)

平成20年度の採点実感及びヒアリングのうち、前回に続いて憲法について検討する(試験問題出題趣旨)。

法令違憲と適用違憲

考査委員は、受験生が法令違憲と適用違憲を区別できないことを批判している。
こんなことも知らないのか、というニュアンスである。

(採点実感より引用)

 被告(当事者)としては法令違憲の主張をまず行い,それが認められない場合でも本事件に関して適用違憲(処分違憲)が成り立つことを主張する方法が,まず検討されるべきである。
 今回の設問も,法令違憲と適用違憲(処分違憲)とを区別して論ずるべきであるが,法令違憲と適用違憲(処分違憲)の違いを意識して論じている答案は少なかった。一応区別しているが内容的に適切でないものなど,違憲判断の方法に関する学習が不十分と思われるものが多かった。

(引用終わり)

(ヒアリングより引用)

 今回の憲法の問題は適用違憲,法令違憲が問題となってくるが,法令違憲と適用違憲のそれぞれの概念の理解ができていないという答案が多かった。これはかなり基本的な概念であるにもかかわらず,例えば,問題に挙がっている個別的な事情,事実だけを取り上げて法令違憲だという形の論述をするということは,本当に基本的な概念を理解できているのか疑問に思わざるを得ない。何となく知っている「法令違憲」「適用違憲」といった言葉を振り回しているだけではないかと受け取られても仕方ないのではなかろうか。

(引用終わり)

しかし、適用違憲という概念自体、実は必ずしも自明なものではない。
そもそも、法令が合憲であるのに、その適用が違憲となるとはどういうことなのか。

一般に、適用違憲が問題になる場合とは、以下の三類型であるとされている。

ア:違憲部分を含み合憲限定解釈が不可能な法令を適用した場合。
イ:違憲部分を含むが合憲限定解釈が可能な法令を合憲限定解釈せずに適用した場合。
ウ:違憲部分を含まない法令を憲法上の人権を侵害する形で適用した場合。

しかし、上記の場合がなぜ適用違憲となるのか。
この点は、基本書においても、さほど語られていない。

上位規範と下位規範における原則論

憲法と法令は、上位規範と下位規範の関係にある。
このことから素直に考えると、以下のようになる。

下位規範は、上位規範の枠を超えることができない。
従って、憲法の枠を超える領域を有する法令は、違憲である。
そうすると、ある法令が合憲である場合、当該法令は憲法の枠に収まっていることになる。

そして、法令の適用は、当該法令で認められた範囲内においてなされなければならない。
法令の枠を超える適用は、違法である。
従って、ある法令の適用が合法・適法である場合、当該適用は、法令の枠内のものとなる。
そして前述のように、合憲な法令は憲法の枠内にある。
そうすると、その適用は、憲法の枠内にあるところの法令の枠内にある。
従って、当該適用も、憲法の枠内にある。
よって、合憲な法令の適用が違憲となる余地はない。

上記のように素直に考えると、適用違憲という概念の登場余地は、どこにもない。
適用違憲の三類型とされるものについては、以下のように理解される。
アとイについては、憲法の枠を超える法令である。
そして、アについては合憲限定解釈ができない以上、法令違憲である。
イについては、違法な適用である。
すなわち、合憲限定解釈により、法令自体は合憲となる。
しかし、それによって本来合法・適法であった適用が、法令の枠外に出てしまう。
その結果として、違法な適用となる。
ウについては、憲法上の人権侵害が生じているということは、法令の枠を超えた適用である。
なぜなら、法令は憲法の枠内にある以上、かかる適用が法令の範囲に属するはずがないからである。
すなわち、法解釈を誤ったか、裁量権を逸脱した違法があるということになる。

では、適用違憲を用いる場合、それはいかなる理解に基づいているのだろうか。
それには、大きく分けて二つの場合がある。

違憲的違法型適用違憲

下位規範の枠を超えた適用は、法の基礎を欠く。
それは、下位規範の枠を超えていることから直ちにいえることである。
上位規範との抵触は、本来問題にならない。
従って、ある法令の適用が法的基礎を有するか否か。
その判断は、法令適合性のみで足り、憲法適合性は問題とならない。
これが、原則論である。

しかし、憲法論の文脈では、憲法適合性が重視される。
そのため、単に法令に違反しているだけでなく、憲法にも違反している。
そのような趣旨で、適用が違憲である、と言われることがある。
また、法令は憲法の枠内になければならないから、法令の外延は憲法で画される。
従って、ある適用が法令の枠内にあるかを検討するにあたり、憲法を考慮する余地はある。
すなわち、ある適用が憲法の枠外にあれば、当然法令の枠外であって違法である、という論理である。
これは特に、憲法の趣旨に反するが故に裁量権逸脱の違法がある、という文脈において、用いられる。
このように、違法な適用のうち、違憲でもあるもの(違憲的違法)を適用違憲という場合がある。
これを、ここでは便宜上「違憲的違法型適用違憲」という。
これに属する用いられ方として、以下のものを挙げることができる。

最判昭57・3・30 横井大三、伊藤正己補足意見より引用、下線は筆者)

 外国人登録法三条一項、一八条一項の規定を本邦に不法に入つた外国人にも適用することが憲法上是認されるのは、外国人登録申請手続が、刑事責任の追及を目的とする手続でも、そのための資料収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないうえに、同法一条所定の行政目的を達成するために必要かつ合理的な制度であると考えられるからであつて、このことは、法廷意見の引用する当裁判所第一小法廷判決(昭和五四年(あ)第一一二号同五六年一一月二六日判決)の説示するとおりである。このように、不法入国外国人にも外国人登録申請の義務を課し、その違反に刑罰をもつてのぞむことが憲法上是認される理由の一つが、同法一条所定の行政目的との関係にあることからすれば、外国人登録に関する現実の取扱いにおいても、右行政目的を達成するために必要かつ合理的とされる限度をこえて外国人の入国に関する秘密の開示を求めることの許されないことは当然であつて、もし現実の取扱いにおいて、右の限度をこえて秘密の開示を求める取扱いがされていると認められるときには、いわゆる適用違憲の問題を生ずる余地があると解すべきである。

(引用終わり)

 

最判昭60・1・22 伊藤正己補足意見より引用、下線は筆者)

 旅券法一三条一項五号の規定が文面上無効であるとはいえないが、そのことの故をもつて、その規定の適用が常に合憲と判断されることにはならない。海外渡航の自由が精神的自由の側面をも持つ以上、それを抑止する旅券発給拒否処分には、外務大臣が抽象的に同号の規定に該当すると認めるのみでは足りず、そこに定める害悪発生の相当の蓋然性が客観的に存する必要があり、このような蓋然性の存在しない場合に旅券発給拒否処分を行うときは、その適用において違憲となると判断され、その処分は違憲の処分として正当性を有しないこととなる。

(引用終わり)

 

最大判昭60・3・27、サラリーマン税金訴訟 伊藤正己補足意見より引用、下線は筆者)

 本件課税規定それ自体は憲法一四条一項の規定に違反するものではないが、本件課税規定に基づく具体的な課税処分が常に憲法の右規定に適合するとまではいえない。特定の給与所得者について、その給与所得に係る必要経費(いかなる経費が必要経費に当たるかについては議論の余地があり得ようが、法廷意見もいうように、給与所得についても収入金額を得るための必要経費の存在を観念し得る。)の額がその者の給与所得控除の額を著しく超過するという事情がみられる場合には、右給与所得者に対し本件課税規定を適用して右超過額を課税の対象とすることは、明らかに合理性を欠くものであり、本件課税規定は、かかる場合に、当該給与所得者に適用される限度において、憲法一四条一項の規定に違反するものといわざるを得ないと考える(なお、必要経費の額が給与所得控除の額を著しく超過するような場合には、当該所得が真に旧所得税法の予定する給与所得に当たるかどうかについて、慎重な検討を要することは、いうまでもない。)。

(引用終わり)

裁量権逸脱の違法と重なるという点については、以下のものがある。

青山地判平20・3・27より引用、下線は筆者)

 原告は,仮に原告において廃棄物処理法違反(名義貸し)の事実が認定されたとしても,その違反の事実は「情状が特に重いとき」(同法14条の3の2第1項2号〔同法14条の6で準用する場合を含む。〕)には該当しないから,その違反の事実があったことをもって,原告の営業の自由(職業遂行の自由)を奪う本件各先行許可取消処分は,比例原則に違反し,適用違憲というべきである・・・旨主張する
 しかし,本件処理基準によれば,・・・,名義貸しの禁止違反は「情状が特に重いとき」に相当するとしてその処分内容が許可取消しとされている上,事案に応じ,基準以上に厳格な処分を行うことは,基準の趣旨に反するものではない旨付言されていることが認められるところ,・・・廃棄物処理法の目的を達成するためには廃棄物処理業の免許制度が必要不可欠であり,廃棄物処理業における名義貸しは,そのような廃棄物処理業における免許制度の根幹を揺るがしかねないような重大な違反であることにかんがみると,上記のような名義貸しに対する行政上の厳格な取扱基準が行政庁の合理的な裁量の範囲を逸脱するものであるということはできない。そして,このような基準を参照して上記認定に係る原告の名義貸しの禁止違反の事実を検討すると,・・・,原告による名義貸しの禁止違反の事実が「情状が特に重いとき」(同法14条の3の2第1項2号〔同法14条の6で準用する場合を含む。〕)に該当するものとした行政庁の判断がその合理的な裁量の範囲を逸脱した違法なものであると認めることはできず,本件各先行許可取消処分が比例原則に違反するとか,適用違憲であると認めることはできない

(引用終わり)

 

最判平9・8・29、第三次教科書訴訟 法廷意見より引用、下線は筆者)

 本件検定が憲法の諸規定に違反しないことは既述のとおりであり、本件検定が、制度の目的及び趣旨に従って行われる限り、それによって教科書の執筆等に一定の制約が生じるとしても、適用上違憲になるということはない。教科書の検定が、教育に対する不当な介入を意図する目的の下に、検定制度の目的、趣旨を逸脱して行われるようなことがあれば、適用上の違憲の問題も生じ得るが、原審の認定によれば、本件検定処分等を通じてそのような運用がされたとは認められないというのであるから、所論違憲の主張は、前提を欠く。論旨は採用することができない。なお、本件検定の個々の処分について、文部大臣に国家賠償法上の違法があれば、違憲を論じるまでもなく国に賠償責任が認められることはいうまでもない。」
 「文部大臣が検定審議会の答申に基づいて行う合否の判定、合格の判定に付する条件の有無及び内容等の審査、判断は、申請図書について、内容が学問的に正確であるか、中立・公正であるか、教科の目標等を達成する上で適切であるか、児童、生徒の心身の発達段階に適応しているか、などの様々な観点から多角的に行われるもので、学術的、教育的な専門技術的判断であるから、事柄の性質上、文部大臣の合理的な裁量にゆだねられるものであるが、合否の判定、合格の判定に付する条件の有無及び内容等についての検定審議会の判断の過程に、原稿の記述内容又は欠陥の指摘の根拠となるべき検定当時の学説状況、教育状況についての認識や、旧検定基準に違反するとの評価等に看過し難い過誤があって、文部大臣の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、右判断は、裁量権の範囲を逸脱したものとして、国家賠償法上違法となると解するのが相当である。

(引用終わり)

適用違憲の三類型とされるもののうち、イ及びウは、これによって説明できる。
イは、合憲限定解釈によると、違憲的違法となる類型である。
ウは、憲法の趣旨に反するが故に裁量権逸脱の違法(違憲的違法)となる類型である。

法令違憲回避型適用違憲

下位規範は上位規範の枠を超えることができない。
これを厳密に貫くと、憲法の枠を少しでも超えた法令は、全て違憲無効となる。
しかし、違憲部分はごく一部のみで、大部分が憲法の枠内にある場合。
この場合にも法令を違憲無効としてしまうと、大部分の合憲的部分までパーになる。
これは忍びないというか、もったいないことである。
そもそも、全く違憲的適用の余地のない法令の方が、むしろ少数だろう。
これらを全て違憲であるとすると、ほとんどの法令が違憲になってしまいかねない。
これでは、法的安定性を著しく害することになる。

そこで、法令違憲回避の方法が採られる。
まず、法令解釈により抽象的に枠をはめて、違憲部分を切り取ることが考えられる。
合憲限定解釈である。
しかし、解釈には限界があるから、合憲限定解釈が無理な場合もある。
そのような場合には、違憲部分を一つ一つしらみ潰しにするしかない。
個々のケースについて、ピンポイント的に違憲である旨示す手法である。
一通り違憲である事例が集積すれば、後に残るのは、合憲部分だけである。
そうなれば法令違憲とする必要がないから、これを回避できる。
このような手法として、適用違憲が用いられる場合がある。
これをここでは便宜上「法令違憲回避型適用違憲」と呼ぶ。
以下のように用いられる場合、法令違憲回避型適用違憲の意味である。

最大判昭48・4・25、全農林警職法事件 田中二郎、大隅健一郎、関根小郷、小川信雄、坂本吉勝意見より引用、下線は筆者)

 基本的人権を侵害するような広範に過ぎる制限、禁止の法律といつても、常にその規定を全面的に憲法違反として無効としなければならないわけではなく、公務員の争議行為の禁止のように、右の基本的人権の侵害にあたる場合がむしろ例外で、原則としては、その大部分が合憲的な制限、禁止の範囲に属するようなものである場合には、当該規定自体を全面的に無効とすることなく、できるかぎり解釈によつて規定内容を合憲の範囲にとどめる方法(合憲的制限解釈)、またはこれが困難な場合には、具体的な場合における当該法規の適用を憲法に違反するものとして拒否する方法(適用違憲)によつてことを処理するのが妥当な処置というべきであり、この場合、立法による修正がされないかぎり、当該規定の適用が排除される範囲は判例の累積にまつこととなるわけであり、ことに後者の方法を採つた場合には、これに期待せざるをえない場合も少なくないと考えられる。

(引用終わり)

 

最判昭62・3・3 伊藤正己補足意見より引用、下線は筆者)

 本条例は、表現の自由、とくに思想、政治的意見や情報の伝達の観点からみるとき、憲法上の疑義を免れることはできないであろう。しかしながら、私は、このような疑点にもかかわらず、本条例が法令として違憲無効であると判断すべきではないと考えている。したがつて、大阪市の条例の違憲性を否定した大法廷判例は、変更の必要をみないと解している。・・・これらの法令は思想や政治的意見の表示に適用されるときには違憲となるという部分違憲の考え方や、もともとそれはこのような表示を含む広告物には適用されないと解釈した上でそれを合憲と判断する限定解釈の考え方も主張されえようしかし、美観風致の維持を目的とする本条例について、右のような広告物の内容によつて区別をして合憲性を判断することは必ずしも適切ではないし、具体的にその区別が困難であることも少なくない。以上のように考えると、本条例は、その規制の範囲がやや広きに失するうらみはあるが、違憲を理由にそれを無効の法令と断定ずることは相当ではないと思われる。
 しかしながら、すでにのべたいくつかの疑問点のあることは、当然に、本条例の適用にあたつては憲法の趣旨に即して慎重な態度をとるべきことを要求するものであり、場合によつては適用違憲の事態を生ずることをみのがしてはならない。本条例三六条(屋外広告物法一五条も同じである。)は、『この条例の適用にあたつては、国民の政治活動の自由その他国民の基本的人権を不当に侵害しないように留意しなければならない。』と規定している。この規定は、運用面における注意規定であつて、論旨のように、この規定にもとづいて公訴棄却又は免訴を主張することは失当であるが、本条例も適用違憲とされる場合のあることを示唆しているものといつてよい。したがつて、それぞれの事案の具体的な事情に照らし、広告物の貼付されている場所がどのような性質をもつものであるか、周囲がどのような状況であるか、貼付された広告物の数量・形状や、掲出のしかた等を総合的に考慮し、その地域の美観風致の侵害の程度と掲出された広告物にあらわれた表現のもつ価値とを比較衡量した結果、表現の価値の有する利益が美観風致の維持の利益に優越すると判断されるときに、本条例の定める刑事罰を科することは、適用において違憲となるのを免れないというべきである。

(引用終わり)

適用違憲の三類型のうち、アは法令違憲回避型適用違憲である。

このように、適用違憲には、性質の異なる二つがあるとみることができる。

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