平成20年度新司法試験論文
考査委員採点雑感&ヒアリング検討(憲法7)

平成20年度の採点実感及びヒアリングのうち、前回に続いて憲法について検討する(試験問題出題趣旨)。

違憲的違法型と法令違憲回避型の現実的重複

前回の記事で、適用違憲は違憲的違法型と法令違憲回避型に区別しうることを述べた。
両者は、基礎となる発想が異なる。
違憲的違法型は、単なる違法ではなく違憲でもあるとする場合。
他方、法令違憲回避型は、違憲なはずの法令を合憲とする場合である。
理念的には、異なる概念である。

しかし、両者は現実的には重複している。
まず、違憲的違法型は、以下の条件を満たす場合である。

1:法令は合憲である。
2:適用が法令の枠を超えて違法である。
3:さらに、憲法の枠も超えて違憲である。

他方、法令違憲回避型は、以下の条件を充たす場合である。

1:法令が違憲的部分を含む。
2:しかし、違憲部分は例外的で、法令違憲とすべきではないと認められる。
3:合憲限定解釈が不可能である。
4:適用が、法令の枠内であるが、憲法の枠外である。

しかし、ここで注意すべきことがある。
それは、法令違憲回避型においては、結果的に法令は合憲とされることである。
そうすると、上記1から3までは、法令を合憲とする理由づけに過ぎないともいえる。
従って、法令違憲回避型は、以下のように表現し直すことが可能である。

1:法令は合憲である。
2:適用が、法令の枠内であるが、憲法の枠外である。

そうすると、違憲的違法型と法令違憲回避型の違い。
それは、適用が法令の枠内か、という点に尽きることになる。
しかし、この区別は、理論的なものに過ぎない。
すなわち、法令の枠が明確に画されている場合にのみ可能である。
理念的には、それは考えうる。
しかし現実には、法令の枠は、曖昧である。
従って、ある適用が法令の枠内にあるが違憲であるのか。
それとも、法令の枠外であって、さらに違憲でもあるのか。
その区別は、困難である。
それは、裁量権逸脱の違法を論じる場合に顕著である、
ある裁量権の行使について、法令の文言のみから、その枠内か枠外かを判断することは難しい。
だからこそ、憲法上の人権侵害を持ち出して、その外延を画するわけである。
すなわち、ある適用が法令の枠内か、枠外かは、現実には区別できない。
そうすると、結局、違憲的違法型も、法令違憲回避型も、以下のように表現される。

1:法令は合憲である。
2:適用が違憲である。

両者はいずれも、「法令が合憲である場合に、適用が違憲となること」ということになる。
一般に言われている、最も単純な適用違憲の理解である。
結論的には、この理解でよい。
もっとも、なぜ適用違憲というものが生じるのか。
その理念的な意味を理解しておかないと、答案構成段階で思考の手順がわからない。
または、答案でとんでもないことを書いてしまうおそれがある。
その意味で、これまでに述べたような区別をしておくことは、無駄ではない。

答案における書き方

では、実際の論文式試験では、どのように考えたらよいのか。
本問の場合、厳密には以下のようになる。
まず、フィルタリングソフト法の合憲性を検討する。
そして、違憲的な部分がある場合、これが大部分か、わずかな部分かを検討する。
大部分が違憲的であれば、法令違憲となる。
わずかな部分であると考えれば、法令自体は合憲とすることになる。
そこで、次に合憲限定解釈の余地があるかを考える。
有害情報の定義部分などであれば、合憲限定解釈は可能かもしれない。
しかし、刑罰の構成要件を定める16条は「何人も」となっており、難しそうである。
合憲限定解釈ができる場合、それをせずにウェブサイトを指定し、又は起訴した行為が違憲的違法型適用違憲となる。
これは、前回の記事で示した三類型のイである。
そして、合憲限定解釈ができない場合には、法令違憲回避型適用違憲となる。
これは、三類型のアにあたる。

次に、フィルタリングソフト法に違憲的な部分が無い場合。
この場合、具体的な適用に裁量権逸脱の違法が無いかを検討する。
すなわち、Aのウェブサイトを有害ウェブサイトとして指定した行為。
及び、フィルタリング・ソフト法17条及び16条第1項第2号の罪で起訴した行為。
これらの行為が、表現の自由や知る権利を侵害するものであるか。
そうであれば、違憲的違法型適用違憲となる。
これは、三類型でいうと、ウということになる。

もっとも、実際に上記のように答案を書こうとすると、相当に複雑な構成になる。
従って、実際に適用違憲を答案に書く場合、違憲的違法型か法令違憲回避型かは、区別する必要はない。
抽象的なことを細かく書いていても、紙幅をロスするだけで、評価には繋がらないからだ。
端的に、まず法令は違憲か、次に法令は合憲としても適用は違憲とならないか。
このような手順で書いていけばよい。
合憲限定解釈とか、裁量権の逸脱の問題は、場合によっては省いてしまってもいいだろう。
三者形式の場合には、弁護人の主張において、法令違憲の主張と適用違憲の主張を、項目を分けて記述する。
これに対応して、検察官の反論や、自説を書けばよい。
法令が違憲部分を含むか、含まないか。
あるいは、なぜ適用違憲が問題になるか。
そういうことを、答案上で長々説明する必要はない。
端的に、法令違憲・適用違憲の直接の理由となる事柄を書けば足りる。
それ以外を詳しく書く紙幅は無いはずだ。
重要なことは、理解した上で書いているかということである。
答案を書いている最中に、「法令が合憲なのに、それを適用して違憲になるのはなぜだろう?」という疑問が生じてしまうこと。
これは最悪なことである。
自分で分からないまま筆を進めると、とんでもないことを書いてしまいがちだ。
それを避ける意味で、正しく理解していることは必要である。

考慮すべき事情の違い

法令違憲と適用違憲の重要な差異として、考慮事情の範囲がある。

(採点実感より引用)

 法令違憲では,ウェブサイト全体をフィルタリング対象にするという広汎さが明らかに問題になるのに,この点の検討を省いている答案がかなりあった。同様に,Aが自己のサイトで注意喚起していることも適用審査において明らかに問題とすべきであるが,書いていない答案が目立った。
 Aが注意を促す文章を掲げていたという点を,適用違憲(処分違憲)を念頭に置いて適切に拾い上げて論述している答案は少なかった。触れていても,問題文でヒントを出しているにもかかわらず,これを法令違憲の根拠として用いるものが多かった。

 法令違憲を論じているはずなのに,その理由として,Aの目的や注意書き添付といった個別的行為を理由に違憲の判断を導くものが圧倒的に多く,実際には適用違憲(処分違憲)の論述をしていた。法令自体の問題点を論ずべき法令違憲(当該処分の違憲性から過度の広汎性等の理由で法令自体の違憲性へと進むアプローチもある),当該処分(適用)の問題点を論ずる適用違憲(処分違憲)の基本的相違を正確に理解する必要がある。

(引用終わり)

法令違憲を判断するに当たり、当該事件特有の事情を考慮してはいけない。
なぜなら、法令は一般的抽象的法規範だからである。
当該事件の個別具体的事情によって、法令が合憲になったり違憲になったりする。
そのようなことは、ありえない。
これに対し、法適用は個別具体的事情によって結論が変わる。
事案との関係で必要な要件を充足するかが問題になるからである。

なお、採点実感において、「当該処分の違憲性から過度の広汎性等の理由で法令自体の違憲性へと進むアプローチもある」としている部分。
これは、ある事件への適用が明らかに違憲である場合に、そのような適用すら可能にするような法令は、過度に広汎である。
または、ある事件において、当該法令が適用されるかどうか不明である場合に、そのような法令は不明確である、と判断する場合である。
これは、個別具体的事情から法令違憲とするものではなく、当該事件を契機に法令の疑義を提起するものである。
また、明確性において、当該事件に適用する限りで明確であるかが問題になる場合がある。
これは、違憲審査において個別の事情を考慮しているのではなく、主張適格の問題である。

このようなことは、言われてみれば、その通りと思えることである。
しかし、この点が意識されていない答案が多かったという。
ただ、その原因は、受験生の側にだけあるのではない。

我が国の違憲審査は、暗黙のうちに法令違憲を念頭においている。
適用違憲が法令違憲回避の手段として語られていることは、その現れである。
また、判例においても、多数意見は法令の合憲性しか判示しないことが多い。
適用の合憲性については、伊藤正己裁判官が補足意見で述べる、ということがしばしばある。
基本書などでも、法令違憲を念頭においた記述がされることが多い。
そのため、法令違憲と適用違憲の区別は、意識されにくい。

とりわけ、法令違憲回避型の適用違憲の場合、当初は法令違憲の検討をしている。
そして、いざ法令違憲の疑いあり、となった時点で、これを回避する趣旨で適用違憲に移行することになる。
そのため、法令違憲と適用違憲の区別は、曖昧にならざるをえない。
例えば、適用違憲の典型例とされている猿払事件第一審判決は、以下のように述べている。

(猿払事件第一審判決より引用、下線は筆者)

 国公法82条は、同法に違反した場合懲戒処分を科し得ることを定めており、同法102条1項違反の行為については免職停職減給又は戒告の処分をなし得るものである。国公法102条1項違反の所為についての制裁として、右の懲戒処分の制裁に加え、同法110条は、その1項19号において同法102条1項所定の政治行為の制限に違反した者に対し3年以下の懲役又は10万円以下の罰金を法定している。・・・法がある行為を禁じその禁止によつて国民の憲法上の権利にある程度の制約が加えられる場合、その禁止行為に違反した場合に加えられるべき制裁は、法目的を達成するに必要最小限度のものでなければならないと解される。法の定めている制裁方法よりも、より狭い範囲の制裁方法があり、これによつてもひとしく法目的を達成することができる場合には、法の定めている広い制裁方法は法目的達成の必要最小限度を超えたものとして、違憲となる場合がある。
 ・・・公務員の政治活動禁止違反に対する刑罰は3年以下の懲役又は10万円以下の罰金であるが、これを公務員の行為に対して刑罰が科される他の場合と比較してみると、公務員が職権を濫用し人をして義務なきことを行わしめた場合に刑法193条は2年以下の懲役又は禁錮を定め、公務員が賄賂を収受した場合、刑法197条は3年以下の懲役に処する旨を定めている。公務員が、国民の政治的意見又は政治的所属関係によつて特定の個人に差別的取扱をした場合について、国公法109条8号は1年以下の懲役又は3万円以下の罰金を定め、公務員が職務上の秘密を洩した場合についても同条12号で同様1年以下の懲役又は3万円以下の罰金が法定されている。これらの諸行為の罪質および法定されている刑と、国公法110条1項19号の罪の性質および法定刑を対比し、かつ地方公務員法が地方公務員に対して政治的行為の禁止を国公法同様に定めながらも、罰則を定めていないこと、並びに現業公務員と同様公労法の適用をうける三公社の職員については政治的行為の禁止およびこれに伴う罰則のないこと、を併せ考えれば、公務員の政治活動の禁止違反に対して科される刑罰は決して軽いものではない。
 しかし乍ら、国の政策決定に関与する高級公務員等が勤務時間中に組織的に反政府的政治活動を行い、これが国の行政の能率的運営に重大な影響を及ぼすことがある場合を考えれば、右政治活動に対し82条の懲役処分の制裁に止まらず、110条の刑事罰を科することも合理的と考えられる場合もないではないのであるが、すべての公務員につき懲戒処分の定めに加えて、右のように決して軽くない刑事罰を科される旨定めることが、法目的を達成する上に合理的であると一概に云うことはできない
 非管理者である現業公務員でその職務内容が機械的労務の提供に止まるものが勤務時間に国の施設を利用することなく、かつ職務を利用し、若しくはその公正を害する意図なしで人事院規則14-7、6項13号の行為を行う場合、その弊害は著しく小さいものと考えられるのであり、このような行為自身が規制できるかどうか、或いはその規制違反に対し懲戒処分の制裁を課し得るかどうかはともかくとして、国公法82条の懲戒処分ができる旨の規定に加え、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金という刑事罰を加えることができる旨を法定することは、行為に対する制裁としては相当性を欠き、合理的にして必要最小限の域を超えているものといわなければならない。
 更に被告人が全逓信労働組合稚内分会執行委員の地位にあり、本件選挙用ポスターを掲示配布した行為は、全逓信労働組合の組合活動の一環としてなされたものである。公共企業体等労働関係法により、被告人の所属している全逓信労働組合は、労働組合としての保障を受けるに至つたものであり、労働組合が、労働組合の目的の範囲内で政治活動を行うことは法の禁止するところでなく、労働組合が、公職の候補者について特定人を組合として支援することを決定し、且つ支援活動をすることは、その具体的方法が公職選挙法にふれない限り、法の禁止していないところである。(U.S. v. UAW-CIO, 335 U.S.106(1948)参照)。しこうして、この決定に基き、その組合員である公共企業体等労働関係法の適用を受ける職員がする行為につき、人事院規則14-7、6項13号に定めるような政治活動の禁止をすることの是非はさておき、国公法110条1項19号の刑事罰を科することは、五現業に属する非管理職である職員に対する労働関係の規則を、国公法から公労法に移し労働関係についての制約を緩和した趣旨に沿わないものであり、ひいては公労法の適用を受ける労働組合の表現の自由を間接に制約するに至るものである(I.L.O.105号条約は、この点を問題にしているものである。)。
 従つて非管理職である現業公務員で、その職務内容が機械的労務の提供に止まるものが、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ職務を利用し、若しくはその公正を害する意図なしで行つた人事院規則14-7、6項13号の行為で且つ労働組合活動の一環として行われたと認められる所為に刑事罰を加えることをその適用の範囲内に予定している国公法110条1項19号はこのような行為に適用される限度において、行為に対する制裁としては、合理的にして必要最小限の域を超えたものと断ぜざるを得ない。
 同号は同法102条1項に規定する政治的行為の制限に違反した者という文字を使つており、制限解釈を加える余地は全く存しないのみならず、同法102条1項をうけている人事院規則14-7は、全ての一般職に属する職員にこの規定の適用があることを明示している以上、当裁判所としては、本件被告人の所為に、国公法110条1項19号が適用される限度において、同号が憲法21条および31条に違反するもので、これを被告人に適用することができないと云わざるを得ない。

(引用終わり)

制限解釈の余地に論及しているから、これは法令違憲回避型適用違憲といえる。
上記裁判例は、途中まで法令違憲を検討しているようにみえるが、突如適用違憲を宣言する。
法令は合憲である、と宣言した後に、適用の違憲を検討しているわけではない。
両者の区別は、明確にはされていない。

また、我が国の違憲審査が、付随審査制によっていることも、混同の原因である。
付随審査制は、個別の事件によって法令の問題点が浮き彫りとなる。
これは、付随審査制の長所の一つである。
しかし、そのことが、法令違憲と適用違憲の区別を曖昧にする。
第三者所有物没収事件判例が、法令違憲か適用違憲か不明とされるのは、その一例だろう。

処分違憲という概念

採点実感では、「適用違憲(処分違憲)」とされている。
そのため、適用違憲と処分違憲は全く同じ概念にみえる。
しかし、処分違憲という概念は、論者によってその意味内容が異なる。
採点実感のように、適用違憲と同義語として使われることもある。
また、適用違憲のうち、特定の類型のみを区別して処分違憲という場合もある。
逆に、適用違憲に含まれない別の概念として使われる場合もある。
愛媛玉串料訴訟のように、法の適用とはいいにくい行為についての違憲をいうとする場合である。
従って、答案ではあまり処分違憲という用語は使わない方がよい。

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