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最高裁判所第一小法廷決定平成21年01月15日

【事案】

 相手方が,抗告人の親会社であるA社の株主として,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ)293条の8第1項に基づき,原々決定別紙1記載の抗告人の会計帳簿等(以下「本件会計帳簿等」という。)の閲覧謄写の許可を申請した事案(以下,この申請を「本件許可申請」という。)。

 抗告人は,青果仲卸業務の受託等を目的とする株式会社であり,その発行済株式5000株はすべてA社が有している。
 A社は,青果の仲買業等を目的とする株式会社である。A社は,名古屋市中央卸売市場北部市場において,青果部に属する仲卸業者として名古屋市長の許可を得ている。A社及び抗告人は,過去に果実類を取り扱っていた時期もあったが,平成17年6月以降はその取扱いを中止し,現在は専ら野菜類を取り扱っている。A社及び抗告人が近い将来において果実類を取り扱う予定はない。
 B社は,青果物の仲卸業等を目的とする株式会社である。B社は,名古屋市中央卸売市場本場において,青果部に属する仲卸業者として名古屋市長の許可を得ている。B社の取扱商品は専ら果実類であり,近い将来において野菜類を取り扱う予定はない。
 相手方は,A社の株式を5840株(総株主の議決権の約3.6%)有しており,相手方の子であるCは,A社の株式を3万4320株(同約21.5%)有している。Cは,B社の株式の30%以上を有し,同社の監査役に就任しているが,相手方はB社の株式を有していない。
 相手方は,Cと共に,商法293条の8第1項に基づき,原々審に対し,本件許可申請をした。Cについては,同法293条の7第2号に掲げる事由があるとして,同法293条の8第2項に基づき,許可申請を却下した原々決定が確定した。

【判旨】

 商法293条の7第2号は,会計帳簿等の閲覧謄写を請求する株主が会社と競業をなす者であること,会社と競業をなす会社の社員,株主,取締役又は執行役であることなどを閲覧謄写請求に対する会社の拒絶事由として規定するところ,同号は,「会社ノ業務ノ運営若ハ株主共同ノ利益ヲ害スル為」などの主観的意図を要件とする同条1号と異なり,文言上,会計帳簿等の閲覧謄写によって知り得る事実を自己の競業に利用するためというような主観的意図の存在を要件としていない。
 そして,一般に,上記のような主観的意図の立証は困難であること,株主が閲覧謄写請求をした時点において上記のような意図を有していなかったとしても,同条2号の規定が前提とする競業関係が存在する以上,閲覧謄写によって得られた情報が将来において競業に利用される危険性は否定できないことなども勘案すれば,同号は,会社の会計帳簿等の閲覧謄写を請求する株主が当該会社と競業をなす者であるなどの客観的事実が認められれば,会社は当該株主の具体的な意図を問わず一律にその閲覧謄写請求を拒絶できるとすることにより,会社に損害が及ぶ抽象的な危険を未然に防止しようとする趣旨の規定と解される。
 したがって,会社の会計帳簿等の閲覧謄写請求をした株主につき同号に規定する拒絶事由があるというためには,当該株主が当該会社と競業をなす者であるなどの客観的事実が認められれば足り,当該株主に会計帳簿等の閲覧謄写によって知り得る情報を自己の競業に利用するなどの主観的意図があることを要しないと解するのが相当であり,同号に掲げる事由を不許可事由として規定する同法293条の8第2項についても,上記と同様に解すべきである。
 そこで,相手方について,商法293条の7第2号に掲げる客観的事実の有無を検討する。相手方は,B社の株主であり監査役でもあるCの母であって,Cと共に本件許可申請をしたものであるが,相手方とCは,いずれも抗告人の親会社であるA社の総株主の議決権の100分の3以上を有する株主として,それぞれ各別に抗告人の会計帳簿等の閲覧謄写請求をする資格を有するものである。したがって,同号に掲げる客観的事実の有無に関しては,相手方及びCの各許可申請につき各別にこれを判断すべきであって,相手方とCが親子であり同一の手続で本件会計帳簿等の閲覧謄写許可申請をしたということのみをもって,一方につき同号に掲げる不許可事由があれば当然に他方についても同一の不許可事由があるということはできない。そして,相手方はB社の株主ではなく,B社の役員であるなどの事情もうかがわれないから,B社が抗告人と競業をなす会社に当たるか否かを判断するまでもなく,相手方については同号に掲げる事由がないというべきである。

 

最高裁判所第一小法廷決定平成21年01月15日

【事案】

 相手方が,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づき,外務省の保有する行政文書の開示を請求したところ,外務大臣から,原決定別紙1の不開示文書目録記載の各文書及び同別紙2の部分開示文書目録記載の各文書のうち「不開示部分」欄記載の各部分(以下,これらを総称して「本件不開示文書」という。)につき,情報公開法5条1号,3号又は5号に該当するとして不開示とする決定を受けたため,抗告人を被告として,その取消しを求める事案。

【判旨】

 情報公開法に基づく行政文書の開示請求に対する不開示決定の取消しを求める訴訟(以下「情報公開訴訟」という。)において,不開示とされた文書を対象とする検証を被告に受忍させることは,それにより当該文書の不開示決定を取り消して当該文書が開示されたのと実質的に同じ事態を生じさせ,訴訟の目的を達成させてしまうこととなるところ,このような結果は,情報公開法による情報公開制度の趣旨に照らして不合理といわざるを得ない。したがって,被告に当該文書の検証を受忍すべき義務を負わせて検証を行うことは許されず,上記のような検証を行うために被告に当該文書の提示を命ずることも許されないものというべきである。
 立会権の放棄等を前提とした本件検証の申出等は,上記のような結果が生ずることを回避するため,事実上のインカメラ審理を行うことを求めるものにほかならない。
 しかしながら,訴訟で用いられる証拠は当事者の吟味,弾劾の機会を経たものに限られるということは,民事訴訟の基本原則であるところ,情報公開訴訟において裁判所が不開示事由該当性を判断するために証拠調べとしてのインカメラ審理を行った場合,裁判所は不開示とされた文書を直接見分して本案の判断をするにもかかわらず,原告は,当該文書の内容を確認した上で弁論を行うことができず,被告も,当該文書の具体的内容を援用しながら弁論を行うことができない。また,裁判所がインカメラ審理の結果に基づき判決をした場合,当事者が上訴理由を的確に主張することが困難となる上,上級審も原審の判断の根拠を直接確認することができないまま原判決の審査をしなければならないことになる。
 このように,情報公開訴訟において証拠調べとしてのインカメラ審理を行うことは,民事訴訟の基本原則に反するから,明文の規定がない限り,許されないものといわざるを得ない。
 この点,原審は,情報公開法にはインカメラ審理に関する明文の規定は設けられていないものの,裁判所が情報公開訴訟において不開示事由該当性の判断を適正に行うために不開示とされた文書を直接見分することが必要不可欠であると考えた場合には,インカメラ審理をすることができるとする。
 しかしながら,平成8年に制定された民訴法には,証拠調べとしてのインカメラ審理を行い得る旨の明文の規定は設けられなかった。なお,同法には,文書提出義務又は検証物提示義務の存否を判断するためのインカメラ手続に関する規定が設けられ(平成13年法律第96号による改正前の民訴法223条3項,232条1項),その後,特許法,著作権法等にも同様の規定が設けられたが(特許法105条2項,著作権法114条の3第2項等),これらの規定は,いずれも証拠申出の採否を判断するためのインカメラ手続を認めたものにすぎず,証拠調べそのものを非公開で行い得る旨を定めたものではない。
 そして,平成11年に制定された情報公開法には,情報公開審査会が不開示とされた文書を直接見分して調査審議をすることができる旨の規定が設けられたが(平成13年法律第140号による改正前の情報公開法27条1項),裁判所がインカメラ審理を行い得る旨の明文の規定は設けられなかった。これは,インカメラ審理については,裁判の公開の原則との関係をめぐって様々な考え方が存する上,相手方当事者に吟味,弾劾の機会を与えない証拠により裁判をする手続を認めることは,訴訟制度の基本にかかわるところでもあることから,その採用が見送られたものである。その後,同13年に民訴法が改正され,公務員がその職務に関し保管し又は所持する文書についても文書提出義務又は検証物提示義務の存否を判断するためのインカメラ手続を行うことができることとされたが(民訴法223条6項,232条1項),上記改正の際にも,情報公開法にインカメラ審理に関する規定は設けられなかった。
 以上に述べたことからすると,現行法は,民訴法の証拠調べ等に関する一般的な規定の下ではインカメラ審理を行うことができないという前提に立った上で,書証及び検証に係る証拠申出の採否を判断するためのインカメラ手続に限って個別に明文の規定を設けて特にこれを認める一方,情報公開訴訟において裁判所が不開示事由該当性を判断するために証拠調べとして行うインカメラ審理については,あえてこれを採用していないものと解される。
 以上によれば,本件不開示文書について裁判所がインカメラ審理を行うことは許されず,相手方が立会権の放棄等をしたとしても,抗告人に本件不開示文書の検証を受忍すべき義務を負わせてその検証を行うことは許されないものというべきであるから,そのために抗告人に本件不開示文書の提示を命ずることも許されないと解するのが相当である。

【泉徳治補足意見要旨】

 新たな立法によって情報公開訴訟にインカメラ審理を導入することは,以下に述べるように,裁判の公開を保障する憲法82条に違反するものではなく,訴訟制度構築に係る立法裁量の範囲に属すると考える。
 情報公開訴訟は,開示請求に係る行政文書を開示しない旨の行政機関の長の決定が違法であるか否かを判断するためのものであって,その訴訟手続の途中で当該行政文書の内容を法廷で公開するということは,もともと予定されていないことである。ただ,現在の情報公開訴訟においては,裁判所は,当該行政文書を見分することなく,周辺資料から当該行政文書に不開示情報が記録されているか否かを間接的に推認するほかないため,裁判所が請求を棄却した場合に,開示請求者の納得を得にくい面があることは否定できない。
 インカメラ審理は,裁判所が当該行政文書を直接見分し,自ら内容を確認して実体判断をするための手続であるから,国民の知る権利の具体化として認められた行政文書開示請求権の司法上の保護を強化し,裁判の信頼性を高め,憲法32条の裁判を受ける権利をより充実させるものということができる。
 裁判を受ける権利をより充実させるものである以上,情報公開訴訟におけるインカメラ審理は,憲法82条に違反するものではないと解すべきである。

【宮川光治補足意見要旨】

 本件は,平成16年8月,沖縄県宜野湾市において米軍海兵隊のヘリコプターが墜落した事故をめぐる日米両政府の協議等の関連文書の開示請求に対し,外務大臣がした不開示決定等の取消しを求める訴訟である。原決定によると,本件は,@原々審では,相手方は当初ヴォーン・インデックスの方法による審理を提唱したが採用されなかった,A原審では,本件不開示文書のうち,文書の体裁及び文書の中身を推測させる文言のみを明らかにした書類を抗告人において作成し,これを裁判所にのみ開示することが検討されたが,抗告人は受け入れなかった,Bこれとは別に,相手方から行政事件訴訟法23条の2第1項に基づく釈明処分としてインカメラ審理を経ている情報公開・個人情報保護審査会の当該審理に関する「調書」資料を入手することの申し出がなされたが,そうした文書は存在しない旨抗告人から報告がなされて見送られたという経緯をたどっている。原決定は,情報公開法5条3号又は5号に該当するかどうかを判断するには,本件では「インカメラ審理に代わり得る有効適切な手段は見当たらないものというほかない」としている。
 原決定は,法解釈の枠を超えた判断を行ったものであり,破棄を免れないが,原決定が「当該文書を所持する国又は公共団体等の任意の協力が得られない以上,およそ裁判所がこれを直接見分する術はないというのでは,裁判所は,事実上,一方当事者である国又は公共団体,あるいはその諮問機関である情報公開・個人情報審査会等の意見のみに依拠してその是非を判断せざるを得ないということにもなりかねず,これでは,行政文書の開示・不開示に関する最終的な判断権を裁判所に委ねた制度趣旨にもとること甚だしいものがある。」と述べているところは理解できる。本件は,情報公開訴訟にインカメラ審理を導入することを考えさせる事例とみることができる。

 情報公開訴訟にインカメラ審理を導入することが憲法82条(裁判の公開)に違反しないことは泉裁判官の補足意見のとおりであるが,適正な裁判を実施するために対審を公開しないで行うということは,既に人事訴訟法22条,不正競争防止法13条,特許法105条の7等にある。開示を求める当事者がインカメラ審理を求めるのは,それが知る権利を実現するためにより実効的であるという判断があるのであり,行政機関の側には審理に先立って不開示とした理由等について説明する機会が与えられるのであれば手続保障の上でも問題はない。そして,情報公開・個人情報保護審査会設置法9条1項,2項で同審査会の手続にインカメラ審理を導入する一方で情報公開訴訟においてこれを欠いていることは,最終的には司法判断によることとした情報公開制度の趣旨にそぐわないとも考えられる。情報公開訴訟へのインカメラ審理の導入に関しては,ヴォーン・インデックス手続(情報公開・個人情報保護審査会設置法9条3項参照)と組み合わせ,その上でインカメラ審理を行うことの相当性・必要性の要件について慎重に配慮すべきであるが,情報公開制度を実効的に機能させるために検討されることが望まれる。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成21年01月19日

【事案】

 被上告人は,カラオケ店などの経営を業とする株式会社である。
 Y1は,中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合であり,昭和42年10月1日,原判決別紙物件目録1記載の建物(以下「本件ビル」という。)を建築し,その所有権を取得した。なお,Y1は,平成8年8月31日,総会の決議により解散し,その代表理事であった上告人Y2がY1の清算人に就任した。
 Y1は,被上告人に対し,平成4年3月5日,期間を平成5年3月4日まで,賃料を月額20万円,使用目的を店舗として,本件ビルの地下1階にある原判決別紙物件目録2記載の建物部分(以下「本件店舗部分」という。)を貸し渡した(以下,この契約を「本件賃貸借契約」という。)。本件賃貸借契約は,その後,平成5年3月5日に期間を平成6年3月4日まで,平成6年3月5日に期間を平成7年3月4日までとしてそれぞれ更新され,同日に賃貸借期間が満了したが,その継続に関する協議が成立しないまま,被上告人は本件店舗部分でのカラオケ店営業を継続した。
  本件ビルにおいては,平成4年9月ころから,本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し,本件ビル3階のトイレの水が止まらなかったことがその原因であったこともあるが,本件店舗部分7号室横からの浸水のように浸水の原因が判明しない場合も多かった。
 平成9年2月12日,本件ビル地下1階に設置された浄化槽室排水ピット内の排水用ポンプの制御系統の不良又は一時的な故障が原因となって,本件店舗部分8号室脇の洗面台の排水管の床面との継ぎ目部分等から汚水が噴き出し,また,7号室からも出水し,本件店舗部分が床上30〜50cmまで浸水した(以下「本件事故」という。)。本件ビルの地下1階では,同月17日にも同様の場所から汚水が出水し,同程度に本件店舗部分が浸水した。被上告人は,本件事故以降,本件店舗部分でのカラオケ店の営業ができなくなった。
  Y1は,平成9年2月18日付け書面をもって,被上告人に対し,本件ビルの老朽化等を理由として,本件賃貸借契約を解除し,明渡しを求める旨の意思表示をし,同書面は,そのころ被上告人に到達した。上告人Y2は,本件事故直後より,被上告人からカラオケ店の営業を再開できるように本件ビルを修繕するよう求められていたが,これに応じず,上記解除により本件賃貸借契約は即時解除されたと主張して,被上告人に対して本件店舗部分からの退去を要求し,本件ビル地下1階部分の電源を遮断するなどした。
 本件ビルについては,平成9年1月,調査会社により,大規模改装に向けての設備及び建物状態の調査が実施されたが,そのビル診断報告書には,@電気設備については,今後思わぬ事故等の発生が懸念され,改装後の電力需要に合わせて全体的に更新する必要がある,A給水設備は,全体的にさびによる腐食が進行しており,このまま使用すると漏水の懸念があり,周辺機器も含めて継続使用が難しい状態と判断される,B排水設備については,排水配管は全体的に更新する必要があると判断され,その他汚水配管,排水槽等は改装時に調査の上,その仕様に合わせた改修及び清掃等が必要と思われるなどと記載されていた。
 このように,本件ビルは,本件事故前,老朽化により大規模な改装とその際の設備の更新の必要があったが,直ちに大規模な改装及び設備の更新をしなければ当面の利用に支障が生じるものではなく,本件店舗部分を含めて朽廃等の事由による使用不能の状態にはなっていなかった。
 被上告人は,本件店舗部分における営業再開のめども立たないため,平成10年9月14日,Y1は被上告人の営業が再開できるように本件ビルを修繕すべき義務(以下「本件修繕義務」という。)があるのに履行しないなどと主張して,営業利益喪失等による損害賠償を求める本件本訴を提起した。これに対し,Y1は,本件修繕義務の存在を否定し,さらに,被上告人に対し,平成11年9月13日,賃料不払等を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし,本件店舗部分の明渡しを求めた。
 被上告人は,平成9年5月27日,本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し,Aとの間で設備什器を目的として締結していた保険契約に基づき,損害保険金として3109万6946円,臨時費用保険金として500万円,取片付費用保険金として101万9700円の支払を受けたが,これらの保険金の中には営業利益損失に対するものは含まれていなかった。

【判旨】

 事業用店舗の賃借人が,賃貸人の債務不履行により当該店舗で営業することができなくなった場合には,これにより賃借人に生じた営業利益喪失の損害は,債務不履行により通常生ずべき損害として民法416条1項により賃貸人にその賠償を求めることができると解するのが相当である。
 しかしながら,本件においては,@平成4年9月ころから本件店舗部分に浸水が頻繁に発生し,浸水の原因が判明しない場合も多かったこと,A本件ビルは,本件事故時において建築から約30年が経過しており,本件事故前において朽廃等による使用不能の状態にまでなっていたわけではないが,老朽化による大規模な改装とその際の設備の更新が必要とされていたこと,BY は,本件事故の直後である平成91 年2月18日付け書面により,被上告人に対し,本件ビルの老朽化等を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をして本件店舗部分からの退去を要求し,被上告人は,本件店舗部分における営業再開のめどが立たないため,本件事故から約1年7か月が経過した平成10年9月14日,営業利益の喪失等について損害の賠償を求める本件本訴を提起したこと,以上の事実が認められるというのである。これらの事実によれば,Y1が本件修繕義務を履行したとしても,老朽化して大規模な改修を必要としていた本件ビルにおいて,被上告人が本件賃貸借契約をそのまま長期にわたって継続し得たとは必ずしも考え難い。また,本件事故から約1年7か月を経過して本件本訴が提起された時点では,本件店舗部分における営業の再開は,いつ実現できるか分からない実現可能性の乏しいものとなっていたと解される。他方,被上告人が本件店舗部分で行っていたカラオケ店の営業は,本件店舗部分以外の場所では行うことができないものとは考えられないし,被上告人は,平成9年5月27日に,本件事故によるカラオケセット等の損傷に対し,合計3711万6646円の保険金の支払を受けているというのであるから,これによって,被上告人は,再びカラオケセット等を整備するのに必要な資金の少なくとも相当部分を取得したものと解される。
 そうすると,遅くとも,本件本訴が提起された時点においては,被上告人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を何ら執ることなく,本件店舗部分における営業利益相当の損害が発生するにまかせて,その損害のすべてについての賠償を上告人らに請求することは,条理上認められないというべきであり,民法416条1項にいう通常生ずべき損害の解釈上,本件において,被上告人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における上記営業利益相当の損害のすべてについてその賠償を上告人らに請求することはできないというべきである。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成21年01月22日

【事案】

 被上告人が,貸金業者である上告人に対し,基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引に係る弁済金のうち利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下同じ。)1条1項所定の利息の制限額を超えて利息として支払われた部分を元本に充当すると,過払金が発生していると主張して,不当利得返還請求権に基づき,その支払を求める事案。
 上告人は,上記不当利得返還請求権の一部については,過払金の発生時から10年が経過し,消滅時効が完成していると主張して,これを援用した。

 貸主である上告人と借主である被上告人は,1個の基本契約に基づき,第1審判決別紙「法定金利計算書G」の「借入金額」欄及び「弁済額」欄記載のとおり,昭和57年8月10日から平成17年3月2日にかけて,継続的に借入れと返済を繰り返す金銭消費貸借取引を行った。
 上記の借入れは,借入金の残元金が一定額となる限度で繰り返し行われ,また,上記の返済は,借入金債務の残額の合計を基準として各回の最低返済額を設定して毎月行われるものであった。
 上記基本契約は,基本契約に基づく借入金債務につき利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超える利息の弁済により過払金が発生した場合には,弁済当時他の借入金債務が存在しなければ上記過払金をその後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意(以下「過払金充当合意」という。)を含むものであった。

【判旨】

 このような過払金充当合意においては,新たな借入金債務の発生が見込まれる限り,過払金を同債務に充当することとし,借主が過払金に係る不当利得返還請求権(以下「過払金返還請求権」という。)を行使することは通常想定されていないものというべきである。したがって,一般に,過払金充当合意には,借主は基本契約に基づく新たな借入金債務の発生が見込まれなくなった時点,すなわち,基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引が終了した時点で過払金が存在していればその返還請求権を行使することとし,それまでは過払金が発生してもその都度その返還を請求することはせず,これをそのままその後に発生する新たな借入金債務への充当の用に供するという趣旨が含まれているものと解するのが相当である。そうすると,過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては,同取引継続中は過払金充当合意が法律上の障害となるというべきであり,過払金返還請求権の行使を妨げるものと解するのが相当である。
 借主は,基本契約に基づく借入れを継続する義務を負うものではないので,一方的に基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引を終了させ,その時点において存在する過払金の返還を請求することができるが,それをもって過払金発生時からその返還請求権の消滅時効が進行すると解することは,借主に対し,過払金が発生すればその返還請求権の消滅時効期間経過前に貸主との間の継続的な金銭消費貸借取引を終了させることを求めるに等しく,過払金充当合意を含む基本契約の趣旨に反することとなるから,そのように解することはできない(最高裁平成17年(受)第844号同19年4月24日第三小法廷判決・民集61巻3号1073頁最高裁平成17年(受)第1519号同19年6月7日第一小法廷判決・裁判集民事224号479頁参照)。
 したがって,過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的な金銭消費貸借取引においては,同取引により発生した過払金返還請求権の消滅時効は,過払金返還請求権の行使について上記内容と異なる合意が存在するなど特段の事情がない限り,同取引が終了した時点から進行するものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,本件において前記特段の事情があったことはうかがわれず,上告人と被上告人の間において継続的な金銭消費貸借取引がされていたのは昭和57年8月10日から平成17年3月2日までであったというのであるから,上記消滅時効期間が経過する前に本件訴えが提起されたことが明らかであり,上記消滅時効は完成していない。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成21年01月22日

【事案】

 被相続人である預金者が死亡し,その共同相続人の一人である被上告人が,被相続人が預金契約を締結していた信用金庫である上告人に対し,預金契約に基づき,被相続人名義の預金口座における取引経過の開示を求める事案。

 Aは被上告人の父であり,Bは被上告人の母である。Aは平成17年11月9日に,Bは平成18年5月28日に,それぞれ死亡した。被上告人はA及びBの共同相続人の一人である。
 平成17年11月9日当時,Aは上告人a支店において1口の普通預金口座と11口の定期預金口座を有しており,Bは同支店において1口の普通預金口座と2口の定期預金口座を有していた。
 被上告人は,上告人に対し,A名義の上記各預金口座につき平成17年11月8日及び同月9日における取引経過の開示を,B名義の上記各預金口座につき同日から平成18年2月15日までの取引経過の開示を,それぞれ求めたが,上告人は,他の共同相続人全員の同意がないとしてこれに応じない。

【判旨】

 預金契約は,預金者が金融機関に金銭の保管を委託し,金融機関は預金者に同種,同額の金銭を返還する義務を負うことを内容とするものであるから,消費寄託の性質を有するものである。しかし,預金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には,預金の返還だけでなく,振込入金の受入れ,各種料金の自動支払,利息の入金,定期預金の自動継続処理等,委任事務ないし準委任事務(以下「委任事務等」という。)の性質を有するものも多く含まれている。委任契約や準委任契約においては,受任者は委任者の求めに応じて委任事務等の処理の状況を報告すべき義務を負うが(民法645条,656条),これは,委任者にとって,委任事務等の処理状況を正確に把握するとともに,受任者の事務処理の適切さについて判断するためには,受任者から適宜上記報告を受けることが必要不可欠であるためと解される。このことは預金契約において金融機関が処理すべき事務についても同様であり,預金口座の取引経過は,預金契約に基づく金融機関の事務処理を反映したものであるから,預金者にとって,その開示を受けることが,預金の増減とその原因等について正確に把握するとともに,金融機関の事務処理の適切さについて判断するために必要不可欠であるということができる。
 したがって,金融機関は,預金契約に基づき,預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負うと解するのが相当である。
 そして,預金者が死亡した場合,その共同相続人の一人は,預金債権の一部を相続により取得するにとどまるが,これとは別に,共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき,被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる(同法264条,252条ただし書)というべきであり,他の共同相続人全員の同意がないことは上記権利行使を妨げる理由となるものではない。
 上告人は,共同相続人の一人に被相続人名義の預金口座の取引経過を開示することが預金者のプライバシーを侵害し,金融機関の守秘義務に違反すると主張するが,開示の相手方が共同相続人にとどまる限り,そのような問題が生ずる余地はないというべきである。なお,開示請求の態様,開示を求める対象ないし範囲等によっては,預金口座の取引経過の開示請求が権利の濫用に当たり許されない場合があると考えられるが,被上告人の本訴請求について権利の濫用に当たるような事情はうかがわれない。

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