最新下級審裁判例

東京地裁判決平成20年06月26日

【事案】

 厚生労働大臣の定めた生活保護基準により,70歳以上で生活保護を受けている者に対して老齢加算に基づく給付がされていたところ,平成18年3月31日に同基準が改定され,同年4月1日以降は老齢加算に基づく給付が廃止され,当該改定が行われることに伴い,住所地を所管する各福祉事務所長から,受給される保護費を減額する旨の生活保護法(以下,単に「法」ともいう。)25条2項による保護変更決定を受けた原告らが,こうした決定は,生活保護法56条を始め,憲法25条,法1条,3条,8条2項,9条等に違反する違法なものであるとして,その取消しを求めている事案。

(参照条文)生活保護法

【判旨】

1.本件における判断の基本的枠組み

(1) 保護基準の変更に関する適法性の判断基準

 憲法25条の規定は,福祉国家の理念に基づき,社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであって,国権の作用に対し,一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものということができる。そして,同条1項の規定する「健康で文化的な最低限度の生活」は,極めて抽象的・相対的な概念であって,その具体的内容は,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに,右規定を現実の立法として具体化するに当たっては,国の財政事情を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。(以上につき,最高裁昭和57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)
 そして,生活保護法は,憲法の上記規定の趣旨を実現するための具体的措置として制定されたものということができ,保護の内容を定める場合の基本原則,厚生労働大臣の定める基準により行うべきこと,当該基準を定める場合の考慮要素等について定めを置いているが,保障すべき生活水準に関しては,法3条が「最低限度の生活」,「健康で文化的な生活水準を維持することができるもの」とし,憲法25条1項と同様の文言による規定を設けるにとどめ,それ以上に具体化するところがない。
 このことからすれば,厚生労働大臣が保護基準を定立するに当たっては,生活保護法の定める基本原則等を遵守することが要求されることは当然としても,何をもって健康で文化的な最低限度の生活であると認定判断し,保護の基準を具体的にどのようなものとして設定するかについては,被保護者全体に対する保護の具体的内容を詳細かつ網羅的に定めるため,膨大かつ多様な被保護者の需要をいかにくみ上げて制約のある予算の中で保護の措置を講じるか,被保護者の各階層に対する保護の内容の均衡をいかに図っていくかなどの点において,上記でみた考察及び判断が一層強く要請されるということができ,この点につき,厚生労働大臣の合目的的な裁量にゆだねられているものと解される。
 そうすると,保護基準の改定に関しては,厚生労働大臣が,現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するなど,憲法及び生活保護法の趣旨・目的に反し,法によって与えられた裁量権の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用した場合に,それが違法と判断されるものというべきである。

(2) 保護基準の変更に係る厚生労働大臣の裁量と法56条との関係

 法56条が保護を不利益に変更する場合について正当な理由が存在することを要求した趣旨は,いったん具体的な内容の保護を受けることが決定された被保護者の地位を尊重し,行政庁の恣意的な措置等によってその権利・利益が損なわれることのないよう,行政庁の判断・権限行使に一定の制約を課すことにあると考えられる。そして,実施機関の決定する保護の内容は,厚生労働大臣の定める保護基準に従って定まるものであって,保護基準が被保護者に不利に変更された場合には,その権利・利益が損なわれるという事態に直結しかねないことからすれば,原告らが主張するとおり,保護基準の変更についても法56条の規定の適用の有無が問題となり得る。
 ところで,厚生労働大臣が定める保護基準については,法8条2項が,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これを超えないものでなければならない旨を規定しており,法の要求する水準に過不足のないことが要求されているところであって,保護基準を変更する場合でも,変更後のそれが法8条の要件を満たしたものである限り,これと別個の要件として,法56条にいう「正当な理由」の存在を要求する必要はないとも考えられる。
 しかし,法の要求水準である「健康で文化的な最低限度の生活」は,前記(1)でみたような極めて抽象的・相対的な概念であることにかんがみれば,保護基準を不利益に変更することにより,現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するなど,憲法25条及び法の各規定の趣旨・目的に反することになる危険を常に内包しているといえる。法56条の規定は,そうした事態を回避するための担保として機能することが予定されているとみるべきであって,保護基準の変更との関係においても,変更の具体的内容のみならず,その変更の要否や内容について検討を加えた過程や経過措置を含めた実施に至る過程をも総合して,その不利益変更に「正当な理由」があったかどうかが判断されるべきであり,そう解することによって初めて,法8条とは別に法56条の適用を論ずる意義があり,また,上記の担保としての機能が全うされるものといえる。したがって,以上の限度で,法56条の規定は,保護基準の変更についても適用があるというべきである。
 他方で,「健康で文化的な最低限度の生活」を実現するに当たっては,厚生労働大臣が保護基準を改定するに当たって,専門技術的な考察と政策的判断に基づく,合目的的な裁量が認められていることは前記(1)でみたとおりである。そして,保障すべき生活水準として,抽象的・相対的な概念を規定するにとどめ,保護基準の定立についての専門的技術的な考察及び政策的判断を尊重することを前提に,厚生労働大臣の裁量を認めることとした法の趣旨を踏まえて,法56条との関係を考えるならば,厚生労働大臣における裁量権の範囲の逸脱又は濫用の有無を判断する上で,法56条にいう「正当な理由」の存否を基礎付ける事情が,そのまま重要な考慮要素になり得ると解するのが相当である。換言すると,変更の内容・程度のみならず,変更の検討及び実施の過程を含めて吟味することにより,法56条の趣旨を十分に斟酌する必要があるというべきである。
 以上によれば,本件における判断の基本的枠組みは,保護基準の変更に関する適法性につき,前記(1)及び上記の考え方に従いつつ,厚生労働大臣の裁量権行使に逸脱又は濫用があるか否かの判断に集約されることになる。

2.具体的検討

 上記1でみた基本的枠組みに従いながら,老齢加算を廃止した保護基準の改定及びこれに基づいて行われた本件各決定の適否について,以下,検討を加える。

(1) 老齢加算導入及び廃止の各根拠(法56条にいう「正当な理由」の存在を基礎付ける事情)についての被告らの主張並びにその暫定的評価

ア.被告らは,平成15年8月に生活保護制度全般について議論するため,厚生労働大臣の諮問に応じて社会保障に関する重要事項の調査審議を行う社会保障審議会の福祉部会内に設置された生活保護制度の在り方に関する専門委員会(以下「専門委員会」という。)の検討資料,すなわち,@60歳以上69歳以下の者と70歳以上の単身無職者のそれぞれ全体(平均),第T−5分位及び第T−10分位の生活扶助相当消費支出の比較(以下「比較@」という。),A70歳以上の単身無職者のうち第T−5分位の者の生活扶助相当消費支出額と老齢加算を除いた生活扶助基準額の平均との比較(以下「比較A」という。)とを踏まえて,70歳以上の高齢者に老齢加算に相当するだけの特別な消費需要がないと認められること,老齢加算制度の合理性を基礎付けていた事情が現在ではほぼ失われていると解されることを,老齢加算の廃止の主要な根拠として主張している。
 さらに,老齢加算創設当時は基準生活費が,肉体的生存に不可欠の栄養所要量ぎりぎりで算定されるなど,低劣な水準にあり,社会的弱者である高齢者には,その基準のみでは生活保護需要を賄うのに十分でないことから,保護費の上乗せを図るために,高齢者に特有の消費を特別需要として認めたものであるが,社会経済情勢が著しく変化している状況を踏まえて検討を加えれば,基準生活費が一般国民の消費実態との比較において十分な水準に達しており,基準生活費をもって高齢者の需要は賄えるものであって,これとは別途老齢加算を上乗せしなければならないような高齢者特有の需要は存在しなくなっている旨主張している。

イ.そして,比較@は,老齢加算の対象となっていた70歳以上の単身無職者の消費水準が,これと隣接する年齢区分の者のそれと比べて低いこと,老齢加算を付加しない保護のみによっても,70歳以上の単身無職者の低所得者層の一般的な消費支出を充足するに足りるものであることを示したものということができ,70歳以上の高齢者の被保護者において,老齢加算を付加しなければならない特別の需要がないことを基礎付ける相応に合理的な根拠と位置付けることが取りあえず可能である。
 また,被保護勤労者世帯の消費支出が一般世帯のそれの7割を超える水準に達するなど改善されていることや生活扶助基準額が第T−10分位の消費水準を上回っていることそれ自体は高齢者に特別の需要がないことの直接的な根拠になるとまではいい難いが,基準生活費が改善されたことに伴い,それをもって(老齢加算なくして)高齢者の需要全般を賄えるようになるという事態は起こり得るところであるから,これらの点は比較@及びAとも矛盾せず,特別需要を考慮する必要がないことを無理することなく相応に説明できる一つの関連事情とみることができる。

(2) 特別需要の存否及びその検証手法等に関する原告らの主張並びにその検討

ア. 原告らは,これに対し,特別需要の存否及びその検証手法等を巡り,詳細な批判を展開している。すなわち,原告らは,高齢者における特別需要の存在が老齢加算が設けられた根拠とされており,老齢加算制度が昭和35年に老齢福祉年金制度の発足を契機として創設され,昭和51年に至って老齢福祉年金制度と切り離され,高齢者の特別需要を満たす基準として純化され,生活保護の特別基準として本来の性格を確立し,これまで生活保護の見直し等が実施された機会にも,高齢者の特別需要の存在とこれを理由とした老齢加算の必要性・妥当性が繰り返し確認されてきているところ,老齢加算廃止の措置に至る検証過程においては,消費支出の総額しか問題とされておらず,消費構造の比較検討,特に,昭和50年9月19日に中央社会福祉審議会に設置された生活保護専門分科会(以下「専門分科会」という。)が昭和58年12月23日付けで発表した「生活扶助基準及び加算のあり方について(意見具申)」(以下「昭和58年意見具申」という。)において行われた高齢者とそれ以外の年齢層との支出科目ごとの比較が行われていないため,従前の老齢加算制度の合理性を基礎付けていた事情,特別需要の存否についての検証は全く行われていないに等しいとして,被告らの検証手法等に関して様々な主張をする。

イ. ・・・前記1の判断の基本的枠組みに従いつつ,原告ら主張のいずれの点を取り上げて検討してみても,本件各決定の前提となる保護基準の改定が「正当な理由」を欠き,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用したことを基礎付けるまでの事情は認め難いといわざるを得ない。
 もとより,生活扶助基準のうち,本体ともいうべき基準生活費の減額が問題とされるのであれば,法の要求する生活水準を満たすかどうかという観点から,被保護者の生活実態に係る調査を行うことが極めて強く要請されるとも考えられるが,本件においては,基準生活費に付加して給付される老齢加算が問題とされているのであって,その導入の経緯及びその後の推移に照らすならば,比較@及びAを主要な根拠として老齢加算の減額・廃止を行ったとしても,現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定するなど,憲法及び生活保護法の趣旨・目的に反するとまではいえず,厚生労働大臣において,その裁量権の範囲の逸脱又は濫用になるということはできない。

(3) 原告らの各個別事情からみた検討

ア.原告らは,自らそれぞれの具体的な生活状況に照らせば,老齢加算の廃止・減額後の保護の内容は,「健康で文化的な最低限度の生活」の需要を満たしていないことから,老齢加算の廃止に係る保護基準の改定及び本件各決定は,原告らの生存権を侵害するものであって,法8条2項に違反し,さらには,法3条及び9条並びに憲法25条に違反するものであると主張する。
 そして,前記1の本件における基本的判断の枠組みに従えば,これら各個別事情に関する原告らの主張は,厚生労働大臣において,本件各決定の前提となる保護基準の変更につき,その裁量権の範囲の逸脱又は濫用があることを裏付ける間接事実としても,主張されているものとみることができることから,この観点において検討の対象になるということができる。

イ.ところで,憲法25条及び法3条において,健康で文化的な最低限度の生活というとき,衣食住等を始めとする生存・健康を維持するための必要不可欠の要素に加え,人間性の発露として,親族・友人との交際や地域社会への参加その他の社会的活動を行うことや,趣味その他の形態で種々の精神的・肉体的・文化的活動を行うこともまたその構成要素に含まれるものとみることができる。とりわけ,高齢者において,一般的には,現に就職・就労をしておらず,今後,そうした機会を求めることも積極的には意図していない者が多いものと考えられる。そして,高齢者は,勤労者であれば余暇に当たる時間が生活時間の大半を占めていることもあって,これを親戚・友人らとの交際や趣味に充ていかに充実した時間を過ごすかという点が,生活上の満足感・生きがいを得られるかどうかということに直結しており,こうした時間の過ごし方にどれだけの支出を振り当てるかが,金銭の使途の中でも高齢者でない者との比較において相対的に大きな意味を持つことになるといえる。そして,老齢加算の導入・継続時の議論において,高齢者における特別需要が存在することの根拠として,観劇,雑誌,通信費等の教養費,茶,菓子,果物等の嗜好品に係る支出(昭和35年の老齢加算導入時),近隣,知人,親戚等への訪問や墓参等の社会的費用(昭和55年中間取りまとめ時),教養娯楽費,交通通信費(昭和58年意見具申時)が繰り返し取り上げられたことは,上記の趣旨を端的に示すものであるということができる。
 このような視点も踏まえつつ,原告らの生活状況をみるとき,余裕に乏しいことはもちろん,非常に慎ましやかな生活を送っており,あらゆる場面で節約を強いられる一方,支出の必要を感じた場合でも費用の捻出が思うに任せず,不自由を感じる機会も少なくないことが見て取れる。食費は生存に不可欠であるため,節約に努めているとはいえ,一定額の出費は避け難く,原告らの支出額も一定の範囲に収まっているとみえる反面,被服費についてはそれ以上に支出が抑えられており,生活必需品やこれに類するものと考えられる電化製品の買換えもままならない状況がうかがえる。さらに,趣味・余暇のための支出,親戚・友人付き合いのための冠婚葬祭費を含む交際費についても,その支出は相当極端に抑制されているものとみることができる。
 一方,K事件原告P11,A事件原告P1の月単位の収支の状況をみると,それぞれ1万円弱から2万円弱の余剰が生じている事実も認められる。
 もとより,上記のように極端に支出を切り詰めた状況での数字であり,支給された保護費を月ごとに使い切ってしまい,手元に残金が残らないという状況で生活することは無理もあり,不意の支出等に備え,結果として多少の余剰が生じた程度のものと評価するのが妥当ではあろう。しかし,これらの余剰を蓄えるなどして,極端に抑制されているようにみえ,あるいは,不自由を強く訴えるような支出項目にこれを振り向けることも一つのやり繰りの方法として考えられるところである。
 さらに,趣味・余暇のための支出や交際費については,前記のとおり,とりわけ高齢者にとっての重要性を否定するものではないが,他方で,どのような目的・使途にどれだけの支出を行うかは,趣味嗜好・価値観の違いから個々人の判断にゆだねられるべき性格のものである。したがって,収入・貯えが減少した場合の支出の優先度からすると,その他の必要的な生活経費に先んじ,まずもってその支出額を抑制して対応することになる性質のものと考えられる。交際費のうち,冠婚葬祭費,特に,葬儀への参列,香典に係る支出は避け難い費用という側面もあり,原告らにおいても,遠方の葬儀への参列に要する交通費を賄えないこと,人並みの香典が供えられず肩身が狭く,結局,葬儀への参列自体を思いとどまる場面が多いこと等,その不自由・不満を揃って強く訴えており,その心情は十分考慮に値する。とはいえ,原告らの中でも,身近な親族に対しては相当額の香典を供えるとする者もあれば,余裕のない者同士で少額を集めて香典として供えるとする者や,葬儀に参列し香典を供える余裕がないことを理由として述べてはいるものの弔電を送って対応している者等もあり,その弔意の表し方が千差万別であることは原告らのような高齢者に限られることではない。そして,配偶者,3親等内の血族及び2親等内の姻族の葬儀に参列する費用で実施機関がやむを得ないと認めたものは保護費から支出できるものとされており,実際に,G事件原告P7に対しては,兄の葬儀に参列するために広島まで往復した交通費が支給されていること等も勘案するならば,趣味・余暇のための支出や葬祭費を含む交際費の支出が上記のように抑制されていることを理由にして,直ちに健康で文化的な最低限度の生活水準を満たしていないものとすることはできない。
 原告らのそのほかの支出の内容,生活状況をみても,節約を強いられ,不自由を感じる場面が少なくないことまでは否定できないにせよ,K事件原告P11及びA事件原告P1の家計の状況をも踏まえ,抽象的・相対的な概念にとどまる「健康で文化的な最低限度の生活」の意味内容に即して考えるならば,老齢加算の減額・廃止後の保護基準に従った本件各決定による変更後の保護の内容が,「健康で文化的な最低限度の生活」の需要を満たしていないとまではいえない。

3.結論

 原告らが主張するように,老齢加算の廃止によって,老齢加算減額前満額支給時との比較において,保護費全体が約2割の減額になるような場合,激変緩和の措置として,3年間をかけて段階的に廃止することとされたとはいえ,当該満額支給をされていた者にとっての実感を直視すれば,これを率直に問題視し廃止の段階をとらえて追及すること自体は,確かに無理からぬところではある。
 とはいえ,以上子細に検討したところによれば,原告らの主張する点は,いずれも厚生労働大臣の裁量権の範囲の逸脱・濫用までを基礎付け得るものではなく,また,他にこれを肯定できる事情はうかがえないのであって,老齢加算を減額・廃止した保護基準の改定に違法(法違反,憲法25条違反)があったとは認められないといわざるを得ない。
 そして,原告らにおいては,老齢加算の減額・廃止以外を理由とする本件各決定における給付額の変動を争うものではなく,本件各決定に固有の違法事由がある旨の主張立証はないことからすれば,本件各決定は適法であるということになる。

 

東京高裁判決平成20年06月25日

【事案】

 本件事案は,船橋市の住民である被控訴人が,平成14年度に,船橋市立B中学校の校長Aが,同中学校の学校行事の参加者から受領した合計37万2595円の本件祝い金を市の会計に計上しないまま支出し,市に損害を与えたとして,主位的に,地方自治法242条の2第1項4号ただし書により,控訴人に対し,Aに賠償の命令をすることを,予備的に地方自治法242条の2第1項4号本文により,控訴人に対し,Aに不当利得返還の請求をすることを求めている住民訴訟である。
 原審は,主位的請求を棄却し,予備的請求については,本件祝い金はB中学校に対する寄附金であり,船橋市の収入に当たるとして,本件各支出費目の性質,内容を検討し,一部の支出(合計8万3134円)を船橋市の損失に当たるとして,その限りで,控訴人に対し,Aに不当利得返還の請求をすることを認めたため,控訴人は,その敗訴部分について控訴した。
 したがって,当審の審理の対象は,予備的請求に係る控訴人の敗訴部分の当否にある。

(参照条文)地方自治法

【判旨】

1.当裁判所は,本件祝い金が船橋市の歳入に編入する意思の下に交付されたものとは認められず,本件祝い金を船橋市に対する寄附と認めることはできないから,船橋市との関係でAに不当利得を認めることはできず,控訴人に対してAへの不当利得返還請求を行使するよう求める本件請求も理由がない,と判断する。その理由は,次のとおりである。

(1) 寄附とは,義務によらず地方自治体へ納入される収入であり,民法に定める契約では贈与の性質を有するものであり,寄附金は,当該地方自治体の収入として,これを歳入歳出予算に編入しなければならない(地方自治法210条)。そして,使途が限定された寄附にあっては使途に応じた行為(負担)が求められることから,それを受けることにつき,地方議会の議決が必要とされる(同法96条1項9号)。したがって,このような寄附というためには,上記のような地方自治体への納入金とする意思をもって,当該財貨を提供することが必要となる。そして,このような金銭の交付を受けた公務員は,当該金員を収納,調定する権限のある者に交付すべき義務を負うものというべきである。

(2) 前提事実及び証拠によれば,次の事実が認められる。

ア.本件祝い金は,B中学校の平成14年度の入学式,体育祭,卒業式に参加した者から,校長であるA個人に対して,交付されたものであり,一人の拠出金額の多くは3000円又は5000円であった。

イ.そして,本件祝い金を拠出した者の意思は,その使途を,授業,教師間の交流,その他学校運営をより適切に行うために必要な経費として支出すべきとするものであった。

ウ.本件祝い金の使途は上記のとおり,B中学校の学校運営に資する支出に限定されるが,何がB中学校の学校運営に資する支出であるかについては,同中学校の校長の職にある者の裁量にゆだねる趣旨であった。

(3) 上記のとおり,本件祝い金を拠出した者の意思は,これを船橋市の一般会計に計上して,市の予算として市議会の承認等の手続を経て支出されるべきものとする趣旨を含むものであったということはできない。
 したがって,本件祝い金をもって,船橋市への寄附金と解することはできない。なお,被控訴人が援用する浦和地判昭和53年3月6日とその控訴審である東京高判昭和55年3月31日(判時963号17頁)は,市の施設である浄水場の落成式の際に招待客が持参した市長に対する祝い金を市に対する寄附金であるから公金として処理すべきであると判断したものであるが,この事案においては,浄水場の運営は別途予算措置を講ずべきものであり,祝い金の受領主体は水道企業管理者ではあるものの当該浄水場の現実の運営に携わる者ではなく,祝い金の使途の限定はなく,祝い金の金額は昭和44年当時の39万円余であったものであり(公表されている平成19年版国民生活白書によれば,2005年を100とした1969年の消費者物価指数は,31.5程度である。),B中学校の運営に資する支出との使途を予定し,その判断を校長職にある者の判断にゆだね,社会的にも一般儀礼の範囲内の金額をもって拠出された本件祝い金とは,招待客と市長との関係等から見て,事例を異にするものである。

(4) 以上によれば,本件祝い金の法的性質を論ずるまでもなく,本件祝い金は船橋市の公金の性質を有しないということができるが,本件事案にかんがみ,本件祝い金の法的性質を検討する。
 まず,その法的性質を贈与とする場合,拠出者が船橋市への公金とする意思を有しないことからすれば,受領主体は校長の職にある個人と解することになり,当該金銭をB中学校の運営に資する使途に使用すべき負担の付された贈与と解することとなり,その使途の違反は債務不履行に当たるとしても,船橋市に対する不当利得となるものではない。
 また,上記の拠出者の意思,校長(実際にはその監督下にある教頭)の管理の下に,校長,教頭らの個人的な用途ではなく,学校関連の備品,事業に関連して支出がされてきた経過を直視すれば,本件祝い金は,B中学校の運営に資する使途に用いるとの目的の下に,その校長の職にある者を受託者として(校長の異動があるきは,受託者の変更を予定したものとして)金銭の使用を託した,信託類似の契約と評することが相当である。この場合,校長がこの金銭を遊興費その他の私的目的で使用すれば,受託義務違反として,拠出者に対して責任を負うことになるが,船橋市の公金を減少させたものということはできないというべきである。
 なお,財貨の交付の趣旨,法的性質は贈与者の意思に関する法的判断であり,本件祝い金については,これを拠出した者の意思が船橋市の収入に納入させる意思であったと認められないことは既に説示したところであるが,仮に,本件祝い金の受領主体が船橋市職員であるB中学校の校長の職にある者であったことから,本件祝い金は,校長職にある者の裁量によりB中学校の運営に資する使途に用いるべきものとの限定の付された船橋市への贈与,寄附と解するとしても,このような贈与(寄附)は,校長職にある者の裁量によりB中学校の運営に資する使途に用いるべき歳出を組むべき旨の負担の付されたものであり,受領(収納)の議決がないかぎり拠出者に返還すべき性質のものであって,校長が拠出金を預かったことにより,直ちに船橋市の収入に帰属したものとは解されない。

(5) 祝い金なる名目での総計予算主義に反する金銭の移動を認めることは,地方自治体に収納されるべき寄附金の範囲をあいまいにさせ,また,公金取扱いの慎重さを減殺し,公金収支の透明性さを損なうものであるとの被控訴人の指摘は正当なものということができる。しかし,このことから,上記認定が左右されるものではなく,既に説示したとおり,本件祝い金を船橋市の収入に計上すべき寄附金であると認めることはできないから,地方自治法242条の2第1項4号本文により,控訴人に対し,Aに不当利得返還の請求をすることを求める本件住民訴訟は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。

2.よって,本件控訴は理由があり,被控訴人の控訴人に対する請求は理由がないから,原判決中,被控訴人の請求を認容した部分を取消し,被控訴人の予備的請求を棄却する。

 

東京高裁判決平成20年06月24日

【事案】

 司法書士である控訴人が,東京法務局長により平成19年4月19日に司法書士法(ただし,平成14年法律第33号による改正前のもの)1条の2(※現2条),10条(※業務範囲を超える行為の禁止、削除),15条の6(※現23条)及び大阪司法書士会会則89条,108条に違反する行為(債務弁済合意書及び公正証書作成に関する法律相談)をしたことを理由に司法書士法47条1号に基づく戒告(以下「本件戒告」という。)をされたことから,控訴人の上記行為は司法書士の行う業務の範囲に含まれる行為であって,本件戒告には司法書士法の解釈を誤った違法があるなどとして,その取消しを求める事案。

(参照条文)司法書士法大阪司法書士会会則

【判旨】

1.当裁判所も,本件戒告は行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当しないから,本件訴えは不適法であって却下すべきものと判断する。

2.控訴人は,常識的に考えて,戒告の効果については,戒告によって自動的かつ確実に行われる戒告の公告の効果も当然に含まれるものというべきであり,また,司法書士に対する戒告がされると,強力な情報媒体によって公告されることが法定されているので,戒告を受けたことを世間一般に広く言い回されてその社会的信用(名誉権)を大いに侵害されるから,戒告に処分性が肯定されることは当然である旨主張する。
 しかしながら,司法書士に対する戒告がされると,被処分者の氏名や戒告の内容が公告され(司法書士法51条),さらには日本司法書士会連合会の定期刊行物やホームページに公開される結果,被処分者の社会的信用が低下するおそれがあり,これをもって戒告の結果ということができるとしても,その効果は,あくまで事実上のものであって法律上のものとはいえず,戒告後も被処分者は司法書士の資格を持ちその業務を遂行できることに何ら変わりはないから,そのことから戒告に処分性を認めることはできず,控訴人の主張は採用することができない。

3.控訴人は,弁護士法が戒告についても抗告訴訟の対象とした趣旨は,戒告を含む懲戒処分が被処分者の身分にとって重大な影響を及ぼすがゆえに,被処分者が懲戒処分の当否を最終的に裁判所において争い得ることを認めたことにあるところ,この趣旨は,司法書士についてもそのまま妥当するものというべきであり,しかも,司法書士に対する懲戒処分は,行政庁である法務局長が行うものであるから,弁護士法のように特別な規定をまたずに,当然に抗告訴訟の対象になる旨主張する。
 しかしながら,弁護士に対する戒告が取消訴訟で争うことができるのは,弁護士法によって被処分者が戒告の取消を求めて訴えを提起することができること等が定められているからであり,弁護士と司法書士とで資格に基づき職務を遂行することや戒告及びその公告により社会的信用が低下するおそれがあること等において利害状況が類似している側面があるとしても,司法書士法においては,弁護士法と異なり,戒告について告知聴聞の手続は定められておらず,取消訴訟を提起し得る旨の定めもないこと等に照らすと,弁護士に対する戒告との対比において司法書士に対する戒告に処分性を認めることは困難である。また,司法書士に対する戒告が法務局長によってなされることから直ちに戒告に処分性を認めることはできないことはいうまでもない。
 したがって,控訴人の主張は採用することができない。

4.控訴人は,司法書士法は,戒告について,聴聞等の手続を定めていないが,戒告は,前記のとおり被処分者の社会的信用(名誉権)を侵害するものとして「不利益処分(行政手続法2条」4号)に当たることは明らかであり,行政手続法13条1項2号に基づく弁明の機会の付与による意見陳述の手続が保障されていると解されるから,司法書士法が戒告につき弁明の機会の保障を明定していないことをもって,同法が戒告を抗告訴訟の対象としない趣旨をとっているものと解することはできない旨主張する。
 しかしながら,司法書士に対する戒告は,被処分者に対し,その非行を確認させ,反省を求め,再び過ちのないように戒めるものであるから,「義務を課し,又はその権利を制限する処分」(行政手続法2条4号)とはいえず,行政手続法上の不利益処分には該当しないものと解さざるを得ない。この点について,控訴人は,戒告に基づく公告により被処分者の社会的信用(名誉権)が侵害されるから,戒告は「権利を制限する処分」に当たる旨主張するけれども,仮に戒告に基づく公告によって被処分者が戒告を受けた事実が広く知れ渡ってその社会的信用が低下するおそれがあるとしても,それは,前記のとおり事実上の効果にすぎず,法律上,被処分者の司法書士としての資格,それに基づく業務の遂行には何らの影響もないから,戒告をもって「権利を制限する処分」ということはできない。
 したがって,司法書士に対する戒告については,行政手続法の弁明の機会の付与に関する規定が適用されると解することは困難であり,司法書士法が上記の規定の適用があることを前提にして弁明の手続を規定しなかったものとは認められないから,控訴人の上記主張は採用することができない。

5.よって,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却する。

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