最新下級審裁判例

長崎簡裁判決平成20年12月24日

【事案】

1.本件公訴事実は「被告人は,平成19年2月27日午前4時50分ころ,長崎市a町b番c号付近路上において,A(当時40年)に対し,同人の胸倉をつかんで路上に押し倒す暴行を加え,よって,同人に加療約2週間を要する胸部打撲の傷害を負わせたものである。」というものである。

2.被告人は,自分の連れであるEがAからからかわれたと感じて立腹し,飲食店Fの入り口付近でAに向かって手招きしながら「表に出ろ。」という趣旨の発言をしたところ,先にFの外に出ていたBがAに手を出させまいとして被告人と対峙した。その後,被告人は,Bから不意を突かれた形で押し倒されガードパイプを越えて車道に倒れた。AとBは倒れたままの被告人をいっしょになって複数回蹴りつけた。折からFの外に出てきたD女が,被告人が二人がかりで蹴られているのを見て,二人を止めようとしてAを引っ張った。同人は被告人を蹴るのをやめたもののD女の眉間付近を拳で一回殴りつけた。この状況を見た被告人は,女性に暴力をふるったAの行為に憤激するとともにD女をかばって,AとD女の間に自らの体を入れてAと対峙した。被告人は,Aとほぼ同時にお互いの胸倉をつかみ合い,被告人はAの両襟付近をつかんで,いったん引いて,これを突き放して押し倒し行為をした。その結果,Aは背中を壁に打ちつけ,尻餅をつくような形で後ろに倒れた。

【判旨】

1.傷害罪又は暴行罪の成否について

 Aには,証人Hの当公判廷における供述により,診断書記載の傷害が生じたことが認められる。ところで,検察官の冒頭陳述及び検察官の意見によれば,被告人,A及びBらの一連の争闘行為の間に検察官主張の押し倒し行為があって,この傷害との間に因果関係があると主張するもののようであるが,A供述における被告人の先制攻撃の存在が認められないし,BとAが被告人に対する複数回蹴りつけた攻撃の機会に,検察官の言う上手投げのような感じで被告人がAを投げた行為について時期及び態様を特定したとも立証したとも言えない。
 結局押し倒し行為を認定できるにとどまるが,この押し倒し行為の態様で,Aに本件傷害が生じるとは到底考えられず,押し倒し行為と本件傷害の因果関係は認められない。
 なお,弁護人は,押し倒し行為と本件傷害の間に因果関係がないから,暴行罪又は傷害罪の構成要件に該当しないから起訴状記載の公訴事実について,被告人は無罪である,と主張する。しかし,暴行罪(刑法208条)の「暴行」とは,人の身体に対する有形力の行使であり,押し倒し行為は,その意味で「暴行」に該当し,暴行罪はその条文上の文理から(同条),人の身体に対する有形力の行使による傷害罪の未遂形態であるから,押し倒し行為は,暴行罪の限度で構成要件該当性がある。
 上記弁護人の主張は,暴行罪と傷害罪とでは訴因の同一性がないから,訴因変更をしない以上,被告人は本件公訴事実につき無罪であるという主張を含むようである。この点について,訴因の機能が審判対象の画定及び不意打ち防止という被告人の防御権の保障にあるところ,訴因事実に既に含まれている事実であれば,同一性を欠いても,訴因によって画定された審判の対象を逸脱するものではなく,かつ,被告人に実質的な不利益はなく新たな防御の機会を与える必要もない。このように考えるとき,既遂罪から未遂罪に訴因が縮小される場合には訴因変更の必要はない。上述したとおり,人の身体に加えられた暴行に関し,傷害罪と暴行罪は後者が前者の未遂形態であるから,傷害罪が成立しない場合でも暴行罪の訴因を認めることができる場合には訴因変更を要しない。
 そうすると訴因変更を要することなく認定することができるので,刑事訴訟法336条所定の犯罪の証明がないときにはあたらない。

2.正当防衛の成否について

 本件を含む一連の争闘は,被告人の言動に端を発したと言えなくはないが,両者の攻撃防御状況を比較すると,現実には被告人の方がAとBによる一方的で容赦ない苛烈な攻撃に遭ったものである。Aは,D女の干渉によりいったん被告人を蹴り続けることをやめたものの,被告人がD女をかばう形でAと対峙するやその胸倉を直ちにつかんだこと,直前まで続いていた攻撃の苛烈さからすると,AのD女に対する侵害は終わったとしても,被告人に対する蹴りに引き続いてAが被告人に攻撃を加え続ける蓋然性が認められる。そうすると,急迫不正の侵害が存在したものである。
 被告人は,頭部に向けた二人がかりの複数回に及ぶ足蹴りを受けたこと,さらにAがD女の顔面を殴打したことに立腹して,被告人の感情の中に憤激が含まれているとはいえ,意図的に自分につかみかかってきたAを突き放すにとどめたと述べていること,現実に突き放すにとどめたことがそれぞれ認められる。そうすると,被告人には主観客観両面において,防衛をする意思があったと評価することができる。
 壁に背中を打ち付け尻餅をつく程度の傷害に至らない突き放しにとどめたことが認められるから,押し倒し行為は防衛の限度をこえるものとは言えない。
 よって,正当防衛の要件を満たし,押し倒し行為は違法性が阻却される。

3.結論

 以上によれば,本件公訴事実については,法律上犯罪の成立を妨げる事由の存在が認められ,罪とならないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

 

名古屋地裁決定平成20年11月17日

【事案】

1.基本事件は,平成元年9月8日,Xが賃借していた居室(本件事故現場)において,X及びYが,一酸化炭素中毒によって死亡した(本件事故)のは,基本事件被告G株式会社(以下「被告G」という。)が自社ブランドとして販売し,本件事故現場に設置した基本事件被告H株式会社(以下「被告H」という。)製のガス湯沸器(以下「本件湯沸器」という。)が原因であり,被告らは欠陥のない製品を提供する義務などを怠ったと主張し,さらに,本件事故現場にガスの供給を行っていたガス事業者である訴外I株式会社(以下「I」という。)(後に被告Gが吸収合併した。)はガス事業者として必要な安全確保義務を怠ったと主張して,X又はYの相続人である申立人らが被告H及び被告Gに対して,民法709条に基づき,それぞれ損害賠償金及びこれに対する不法行為日である平成元年9月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2.申立人らは,別紙「文書提出命令申立書」(写し)第1記載の各文書(以下「本件各申立文書」という。)は,民事訴訟法(以下「法」という。)220条4号の除外事由のいずれにも該当しない,あるいは同条3号前段の利益文書に該当するので,相手方には文書提出義務があると主張して,文書提出命令の申立てをした。
 これに対し,相手方は,本件各申立文書のうち別紙文書目録記載の各文書(以下「本件各文書」という。)を所持しており,その余の文書は所持していないとした上で,本件各文書は法220条4号ロ・ホに掲げる除外事由に該当し,また,法220条3号前段にも該当しないので,文書提出義務はないと主張する。
 相手方の監督官庁である県警本部長は,法223条3項の意見聴取手続において,本件各申立文書の提出により,法223条4項1号の国の安全を害するおそれ及び同2号の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあることを理由として,法220条4号ロの「提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがある」文書に該当する旨の意見を述べている。

【判旨】

1.法220条4号ホについて

(1) 「刑事事件に係る訴訟に関する書類」とは,被疑事件又は被告事件に関して作成された書類をいう。そして,当該文書に該当するかは,文書の表示及び文書の趣旨など文書の存在形態から外形的・形式的基準によって類型的に判断すべきである。

(2) 変死者又は変死の疑いがある死体(以下「変死体」という。)が発見された場合には,警察署長は,検察官にその旨を通知し(検視規則(昭和33年国家公安委員会規則第3号。以下同じ。)3条),検察官は,その死亡が犯罪に該当するかどうかを判断するため検視をしなければならない(刑事訴訟法229条1項)が,検察官は,この処分を司法警察員にさせることができる(同条2項。いわゆる代行検視)。代行検視を行う場合には,警察官は,医師の立会いを求めてこれを行い,すみやかに検察官に,その結果を報告するとともに,検視調書を作成して,撮影した写真等とともに送付しなければならない(検視規則5条)。検視に当つては,@変死体の氏名,年齢,住居及び性別,A変死体の位置,姿勢並びに創傷その他の変異及び特徴,B着衣,携帯品及び遺留品,C周辺の地形及び事物の状況,D死亡の推定年月日時及び場所,E死因(特に犯罪行為に基因するか否か。),F凶器その他犯罪行為に供した疑のある物件,G自殺の疑がある死体については,自殺の原因及び方法,教唆者,ほう助者等の有無並びに遺書があるときはその真偽,H中毒死の疑があるときは,症状,毒物の種類及び中毒するに至った経緯を綿密に調査しなければならない(検視規則6条1項)。この調査に当つて必要がある場合には,立会医師の意見を徴し,家人,親族,隣人,発見者その他の関係者について必要な事項を聴取し,かつ,人相,全身の形状,特徴ある身体の部位,着衣その他特徴のある所持品の撮影及び記録並びに指紋の採取等を行わなければならない(検視規則6条2項)。検視の結果,犯罪の嫌疑が生ずれば,直ちに捜査手続に移行することになるが,犯罪の嫌疑がなければ,捜査手続には移行しない。

(3) ア.本件事故について,L警察署が,検視調書を作成したか否かは明らかでないが,本件写真撮影報告書について被疑事件の罪名は「変死」被疑事件とされていることなどからすると,L警察署において本件事故について,本件事故によるX及びYの死亡が犯罪に基因するものかどうかを判断するために,変死体として,代行検視の手続が行われたものと認められる(相手方及び県警本部長も,検視を行ったことを前提として,本件申立てについての意見を述べている)。
 そして,本件事故直後にL警察署が本件事故について閉め切った室内で湯沸器を使ったための,一酸化炭素中毒による事故死とみているとの新聞報道がされていること,L警察署において犯罪の捜査をしたとして書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致したことはうかがわれないことからすると,上記検視を捜査の端緒として,本件事故について捜査手続は開始されていないと認められる。
 以上によると,L警察署において,本件事故について,犯罪の有無を発見するために行われる捜査そのものに属さない捜査前の処分として代行検視が行われたにすぎず,これを捜査の端緒として本件事故について捜査手続が開始されたことはないものと認められる。

イ.そうすると,L警察署所属の警察官が作成した本件各供述録取書は,検視規則6条2項の調査に当たって,親族である申立人A及びガス事業者であるIの従業員から必要な事項を聴取した結果であり,また,本件写真撮影報告書も,同調査に当たって,変死体の人相,全身の形状,特徴ある身体の部位,着衣その他特徴のある所持品などの撮影を行った結果を報告したものであると認められる。
 したがって,本件各供述録取書及び本件写真撮影報告書は,捜査そのものに属さない捜査前の処分としての検視に伴って作成された文書であり,何らかの被疑事実の捜査に関して作成された書類ではないから,いずれも「刑事事件に係る訴訟に関する書類」に当たらないものである。

ウ.また,本件各死体検案書写しは,本件事故現場に立ち会い,死体の検案を行ったK医師の検案の結果を記した本件各死体検案書の写しであり,後日,L警察署が検視活動における医師の立会いの有無を明らかにするために,X及びYの各遺族である申立人らからL警察署に提出されたものと認められる。
 したがって,本件各死体検案書写しは,捜査そのものに属さない捜査前の処分としての検視における医師の立会いの有無を明らかにするために作成された文書であり,何らかの被疑事件の捜査に関して作成された書類ではないから,「刑事事件に係る訴訟に関する書類」には当たらないものである。

(4) 以上によれば,本件各文書は,何らかの被疑事実の捜査のために作成されたものではないから,法220条4号ホには該当しないものというべきである。

2.法220条4号ロについて

(1) 法220条4号ロにいう「公務員の職務上の秘密」とは,公務員が職務上知り得た非公知の事項であって,実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解すべきである(最高裁昭和52年12月19日第二小法廷決定・刑集31巻7号1053頁最高裁昭和53年5月31日第一小法廷決定・刑集32巻3号457頁参照)。そして,上記「公務員の職務上の秘密」には,公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく,公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって,それが基本事件において公にされることにより,私人との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれると解すべきである。そして,法220条4号ロの「その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがある」というのは,単に文書の性格から公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず,その文書の記載内容からみてそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であると解すべきである。(最高裁平成17年10月14日第三小法廷決定・民集59巻8号2265頁
 また,監督官庁が,当該文書の提出により,法223条4項各号に掲げるおそれがあることを理由として法220条4号ロに掲げる文書に該当する旨の意見を述べたときは,その意見について相当な理由があると認めるに足りない場合に限り,当該文書の提出を命ずることができるものとしている(法223条4項)が,監督官庁は,上記意見を述べるに当たっては,単にその可能性があることを抽象的に述べるにとどまらず,その文書の内容に即して具体的に公共の利益を害したり公務の遂行に著しい支障が生ずるおそれのあることについてその理由を述べることが求められているものと解すべきである(最高裁平成17年7月22日第二小法廷決定・民集59巻6号1888頁裁判官滝井繁男,今井功の補足意見参照)。
 以上を前提に,以下,本件各文書について,それぞれ検討する。

(2) 本件各死体検案書写しについて

ア.本件各死体検案書写しは,L警察署が検視活動における医師の立会いの有無を明らかにするために,申立人らから提出を受けたものであるから,公務員が職務を遂行する上で知ることができた申立人らにとって私的な情報が記載されたものであり,かつ,警察官ないし検察官(以下「警察官等」という。)において組織的に利用する文書であって,その後捜査が行われ刑事事件となった場合以外の公表は予定されていない。このような文書は,その性質上,当初予定されていなかった民事訴訟に提出されることにより,調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものにあたる。
 したがって,本件各死体検案書写しは,「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たる。そこで,本件各死体検案書写しの提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがあるかが問題となる。

イ.県警本部長は,本件各死体検案書写しが,検視活動における医師の立会いの有無を明らかにするために,遺族から警察に提出を求める文書であるところ,死体検案書を作成する医師が,検視報告の限度で利用されることを前提に作成されたものが,後日自己又は第三者の民事裁判に流用されるとしたら,検視に立ち会うこと自体を拒むようになるおそれが存するとして,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるとの意見を述べる。
 しかし,県警本部長の意見は,本件各死体検案書写しの性格から生じる支障の可能性を一般的・抽象的に述べるにとどまり,本件各死体検案書写しの記載内容に即して具体的な支障を及ぼす可能性があることを述べるものではない。
 そして,L警察署に本件各死体検案書写しを提出した申立人ら自身が,本件申立てによりそれの基本事件への提出を求めているのであり,本件各死体検案書写しが,基本事件に提出されても,それは申立人らの意思に沿うものであるから,申立人らの信頼を著しく損なうという具体的な支障が生ずるおそれは全くありえない。
 また,死体検案書は,検案をした医師が,死亡診断書と同一の所定の様式に従って死亡者の氏名,生年月日及び性別,死亡の年月日時分,死亡の場所及びその種別,死亡の種類,死亡の原因などを記載して作成し,交付の求めのあった遺族に交付するものであるから,死体検案を行った医師において,遺族がこれを利用することは当然予想されるものであり,また,死体検案書の一般的な書式からいっても,実際に当裁判所が法223条6項に基づき相手方に対して本件各文書の提示を求めた結果,判明した本件各死体検案書写しの記載内容に照らしても,本件各死体検案書写しが基本事件において提出された場合に,以後警察官等が,検視を行うに際し,医師がその立会いを拒むなどその協力を得ることが著しく困難になるという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 したがって,本件各死体検案書写しが,基本事件に提出されることによって国の安全が脅かされ,かつ,犯罪の予防,鎮圧又は捜査などの公共の安全と秩序の維持に重大な支障を及ぼすおそれが具体的に存在するとは認められない。そうすると,上記県警本部長の意見について相当な理由があるとは認めるに足りないというべきである。

ウ.相手方は,本件各死体検案書写しには,捜査手法や着眼点など,多岐に亘る捜査情報が記録されており,これらが公になった場合,今後の捜査活動に支障を来たし,犯罪を誘発し,犯罪を企図する者による犯罪の実行を容易にするおそれがあり,犯罪の予防等公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるなどと主張する。
 しかし,死体検案書は,検案をした医師が,死亡診断書と同一の所定の様式に従って死亡者の氏名,生年月日及び性別,死亡の年月日時分,死亡の場所及びその種別,死亡の種類,死亡の原因などを記載して作成されるものであり,犯罪に該当するか否かの判断をするための検視の方法や着眼点などは記載されるものではないし,実際に当裁判所が法223条6項に基づき相手方に対して本件各文書の提示を求めた結果,判明した本件各死体検案書写しの記載内容に照らしても,本件各死体検案書写しが民事訴訟に提出されて公になることによって,今後の検視活動や捜査手続に移行した場合の捜査活動に支障を来たし,犯罪を誘発し,犯罪を企図する者によって犯罪の実行を容易にするという具体的な支障が生ずるおそれがあるとは認められない。そうすると,上記相手方の主張は,理由がない。

エ.以上によれば,本件各死体検案書写しは,法220条4号ロには該当しないものと認められる。

(3) 本件写真撮影報告書

ア.本件写真撮影報告書は,警察官が職務上知ることのできた本件事故現場の状況などX及びYの各遺族やUにとって私的な情報が記載されているものであり,かつ,警察官等において組織的に利用する文書であって,その後捜査が行われ刑事事件になった場合以外の公表は予定されていない。このような文書は,その性質上,当初予定されていなかった民事訴訟において提出されることにより,調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものにあたる。
 したがって,本件写真撮影報告書は,「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たる。そこで,本件写真撮影報告書の提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがあるかが問題となる。

イ.県警本部長は,本件写真撮影報告書が,犯罪捜査の目的のために撮影対象物の所有者の許可を得て写真を撮影して作成されたものであるところ,撮影対象物の所有者も犯罪捜査という公共の利益のためにやむなくその撮影を許可したものであるのに,後日予想もしなかった民事裁判に流用されるおそれがあるとしたら,写真撮影を拒むことになるおそれが存し,写真撮影を行おうとする都度,検証の申立を必要とするのでは捜査に重大な支障が生じ,国の安全が脅かされ,かつ,犯罪の予防,鎮圧又は捜査などの公共の安全と秩序の維持に重大な支障を及ぼすとの意見を述べている。
 しかし,県警本部長の意見は,本件写真撮影報告書の性格から生じる支障の可能性を一般的・抽象的に述べるにとどまり,本件写真撮影報告書の記載内容に即して具体的な支障を及ぼす可能性があることを述べるものではない。
 そして,本件事故で死亡したX(本件事故現場の賃借人でもある。)やYの各遺族である申立人らは,本件申立てにより本件写真撮影報告書の基本事件への提出を求めているのであり,本件事故現場の賃貸人で,所有者であったUは,本件写真撮影報告書が,基本事件において提出されることには明示的に反対する意思は示していないし,実際に当裁判所が法223条6項に基づき相手方に対して本件各文書の提示を求めた結果,判明した本件写真撮影報告書の記載内容に照らしても,本件写真撮影報告書を基本事件において提出された場合に,調査に協力した関係者の信頼を著しく損なうという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 また,検視の結果,犯罪の嫌疑が生じ,捜査手続に移行し,公判が開廷されたときには,刑事事件において公にされる可能性があることが制度的に予定されているから,検視に当たって警察官の行う調査に応じ,任意に写真撮影に応じた者は,写真撮影の内容が,将来にわたっても,決して他に開示されることはないとの信頼を前提に写真撮影に応じたものとは解されないし,実際に当裁判所が法223条6項に基づき相手方に対して本件各文書の提示を求めた結果,判明した本件写真撮影報告書の記載内容に照らしても,本件写真撮影報告書が基本事件において提出されたとしても,以後警察官等が検視にあたり写真撮影を行うに際し関係者の協力を得ることが著しく困難となるという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 したがって,本件写真撮影報告書が基本事件で提出されることによって国の安全が脅かされ,かつ,犯罪の予防,鎮圧又は捜査などの公共の安全と秩序の維持に重大な支障を及ぼすおそれが具体的に存在するとは認められない。そうすると,上記県警本部長の意見について相当な理由があるとは認めるに足りないというべきである。

ウ.相手方は,本件写真撮影報告書には,捜査手法や着眼点など,多岐に亘る捜査情報が記録されており,これらが公になった場合,今後の捜査活動に支障を来たし,犯罪を誘発し,犯罪を企図する者による犯罪の実行を容易にするおそれがあり,犯罪の予防等公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるなどと主張する。
 しかし,本件事故は,既に約19年前の事故であり,公訴時効が完成している可能性が高く,今後刑事事件として立件させる可能性は著しく低いことから,本件写真撮影報告書が民事訴訟に提出されても,本件事故についての調査の進捗状況などが明らかになり,関係証拠の隠滅や犯人の逃走が図られるなど,本件事故に関する今後の検視活動や捜査手続に移行した場合の捜査活動に支障を来すという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 また,写真撮影報告書は,撮影日時・場所などが記載され,事故現場の状況などが撮影された写真が添付されるにすぎず,報告者や撮影者の評価,分析,意見などは記載されるものではない。そうすると,本件写真撮影報告書の記載内容や添付の写真から,犯罪に該当するか否かの判断をするための検視の方法や着眼点などが推知される一般的・抽象的な可能性があるにとどまるのであって,実際に当裁判所が法223条6項に基づき相手方に対して本件各文書の提示を求めた結果,判明した本件写真撮影報告書の記載内容に照らしても,警察官等が本件事故のような事案で犯罪に基因するものかどうかを検討し判断する際の着眼点や検討,判断の過程が具体的に明らかになるものではない。そうすると,本件写真撮影報告書の記載内容が民事訴訟に提出されて公になることによって,犯罪を誘発し,犯罪を企図する者によって犯罪の実行を容易にするという具体的な支障が生ずるおそれがあるとは認められない。そうすると,上記相手方の主張は,理由がない。

エ.以上によれば,本件写真撮影報告書は,法220条4号ロには該当しないものと認められる。

(4) 本件各供述録取書

ア.I従業員の供述録取書について

(ア) I従業員の供述録取書は,警察官が職務上知ることのできたI(現在の被告G)ないしI従業員にとっての私的な情報が記載されているものであり,かつ,警察官等において組織的に利用する文書であって,その後捜査が行われ刑事事件となった場合以外の公表は予定されていない。
 そして,このような文書は,その性質上,当初予定されていなかった民事訴訟において提出されることにより,調査に協力した関係者の信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものにあたる。
 したがって,I従業員の供述録取書は,「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たる。そこで,I従業員の供述録取書の提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがあるかが問題となる。

(イ) 県警本部長は,I従業員の供述録取書が犯罪捜査の目的で,格別の協力を求めて,特に社会的及び人間的配慮を考慮せず供述者の体験及び経験のまま供述したものを録取して作成されたものであるところ,後日,民事裁判に利用されることになると,供述者に不利になったり,供述者が第三者から苦情や訴訟提起を受けるなどして負担を受けるおそれが存することにより,今後の捜査活動において供述者が協力を拒んだり,真の記憶及び体験に基づく供述をしなくなるおそれが強く存する。特に,基本事件は社会的な耳目を集めている企業が被告であることなどに鑑みれば,その訴訟経過や結果が報道されることにより,多くの国民が犯罪捜査に協力した結果が後日民事訴訟の証拠として用いられる可能性があることを知ることとなるので,多くの国民が協力を拒むなどのおそれが現実に大きく,また,I従業員の供述録取書の供述者も,供述当時は刑事事件に限り事故の供述を証拠とすることを承諾して供述したにもかかわらず,後日民事訴訟に利用されることは精神的抵抗感が強いというべきである。このような事態は,犯罪者の適正な検挙・摘発が阻害され,あるいは犯罪捜査が滞ることで,国の安全が脅かされ,かつ,犯罪の予防,鎮圧又は捜査などの公共の安全と秩序の維持に重大な支障を及ぼすことになるとの意見を述べている。
 しかし,県警本部長の意見は,供述録取書の性格から生じる支障の可能性を一般的・抽象的に述べるにとどまり,I従業員の供述録取書の記載内容に即して具体的な支障を及ぼす可能性があることを述べるものではない。
 そして,Iの事業を承継した被告Gは,本件各申立文書の提出について「然るべく」とするだけでなく,本件各申立文書が基本事件における事実の認定に有用な資料であると思料するとしていること,既にIが当時把握したとする内容は,被告GよりIのガス事故詳報及び内部のメモとして基本事件に提出されていること,さらに,実際に当裁判所が法223条6項に基づき相手方に対して本件各文書の提示を求めた結果,判明したI従業員の供述録取書の記載内容に照らしても,I従業員の供述録取書が基本事件において提出された場合に,供述者であるI従業員の信頼を著しく損なうことになるという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえなし,I(現在の被告G)など関係者の信頼を著しく損なうこととなるという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 また,検視の結果,犯罪の嫌疑が生じ,捜査手続に移行し,公判が開廷されたときには,刑事事件において公にされる可能性があることが制度的に予定されているから,検視に当たって警察官の行う調査に応じ,任意に自己の知り得た事実等を供述する者は,当該事件において任意に供述した事実及びその内容が,将来にわたっても,決して他に開示されることはないとの信頼を前提に供述を行っているものとは解されないし,実際に当裁判所が法223条6項に基づき相手方に対して本件各文書の提示を求めた結果,判明したI従業員の供述録取書の記載内容に照らしても,I従業員の供述録取書が基本事件において提出された場合に,以後警察官等が検視にあたり関係者から事情聴取を行う際に関係者の協力を得ることが著しく困難となるという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 したがって,I従業員の供述録取書が基本事件に提出されたとしても,国の安全が脅かされる,あるいは犯罪の予防,鎮圧又は捜査などの公共の安全と秩序の維持に重大な支障を及ぼすことになるとは認められない。そうすると,上記県警本部長の意見について相当な理由があるとは認めるに足りないというべきである。

(ウ) 相手方は,I従業員の供述録取書には,捜査手法や着眼点など,多岐に亘る捜査情報が記録されており,これらが公になった場合,今後の捜査活動に支障を来たし,犯罪を誘発し,犯罪を企図する者による犯罪の実行を容易にするおそれがあり,犯罪の予防等公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるなどと主張する。
 しかし,前記のとおり,本件事故は,今後刑事事件として立件させる可能性が著しく低いことから,I従業員の供述録取書が基本事件に提出されても,本件事故に関する今後の検視活動や捜査手続に移行した場合の捜査活動に支障を来すという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 また,ガス事業者であるIの従業員の供述録取書は,検視規則6条1項に定める事項について調査するために,ガス事業者が認識している事項についてガス事業者から聴取した結果を警察官においてまとめた書類であり,作成者である警察官の評価,分析,意見などは記載されるものではない。そうすると,I従業員の供述録取書の記載内容から犯罪に該当するか否かの判断をするための検視の方法や着眼点などが推知される一般的・抽象的な可能性があるにとどまるのであって,実際に当裁判所が法223条6項に基づき相手方に対して本件各文書の提示を求めた結果,判明したI従業員の供述録取書の記載内容に照らしても,警察官等が本件事故のような事案で犯罪に基因するものかどうかを検討し判断する際の着眼点や検討,判断の過程が具体的に明らかになるとはいえないので,犯罪を誘発し,犯罪を企図する者による犯罪の実行を容易にするおそれという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえないと認められる。そうすると,上記相手方の主張は,理由がない。

(エ) 以上によると,I従業員の供述録取書は,法220条4号ロの文書の文書には該当しない。

イ.申立人Aの供述録取書

(ア) 申立人Aの供述録取書は,警察官が職務上知ることができた申立人Aにとって私的な情報が記載されているものであり,かつ,刑事事件として公判が開廷されない限りは,警察官等において組織的に利用する文書であって,その後捜査が行われ刑事事件となった場合以外の公表は予定されていないものである。このような文書は,その性質上,当初予定されていなかった民事訴訟において提出されることにより,調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ,公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものにあたる。
 したがって,申立人Aの供述録取書は,「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たる。そこで,申立人Aの供述録取書の提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生じるおそれがあるかが問題となる。

(イ) 県警本部長は,上記のI従業員の供述録取書と同様に,申立人Aの供述録取書が民事訴訟に提出されると,供述者の協力が得られなくなるなど,犯罪者の適正な検挙・摘発が阻害され,犯罪捜査が滞るとの意見を述べるが,これは供述録取書の性格から生じる支障の可能性を一般的・抽象的に述べるにとどまり,申立人Aの供述録取書の記載内容に即して具体的な支障を及ぼす可能性があることを述べるものではない。
 そして,申立人Aは,本件申立てにより申立人Aの供述録取書の基本事件への提出を求めているのであり,申立人Aの供述録取書が基本事件に提出されても,それは供述者の意思に沿うものであるから,申立人Aの信頼を著しく損なうという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 また,上記のように,そもそも検視の結果,犯罪の嫌疑が生じ,捜査手続に移行し,公判が開廷されたときには,刑事事件において公にされる可能性があるものであるから,申立人Aの供述録取書が基本事件において提出されたとしても,以後警察官等が検視にあたり関係者から事情聴取を行う際に関係者の協力を得ることが著しく困難になるという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 さらに,本件のような申立人A自身の申立てによって,申立人Aの供述録取書が基本事件に提出されたとしても,それは供述者の意思に沿うものであるから,検視に当たって死因などの調査のために死者の親族が一般にこのような事態をおそれて,警察官に対し,必要な事項の聴取に応じなくなるという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 したがって,申立人Aの供述録取書が民事訴訟に提出されたとしても,国の安全が脅かされる,あるいは犯罪の予防,鎮圧又は捜査などの公共の安全と秩序の維持に重大な支障を及ぼすおそれが具体的に存在するとは認められない。そうすると,上記県警本部長の意見について相当な理由があるとは認めるに足りないというべきである。

(ウ) 相手方は,申立人Aの供述録取書には,捜査手法や着眼点など,多岐に亘る捜査情報が記録されており,これらが公になった場合,今後の捜査活動に支障を来たし,犯罪を誘発し,犯罪を企図する者による犯罪の実行を容易にするおそれがあり,犯罪の予防等公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるなどと主張する。
 しかし,前記のとおり,本件事故は,今後刑事事件として立件させる可能性が著しく低いことから,本件事故に関する今後の検視活動や捜査手続に移行した場合の捜査活動に支障を来すという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえない。
 また,申立人Aの供述録取書は,検視規則6条1項に定める事項を調査するため,申立人Aが認識している事項についてXの親族である申立人Aから聴取した結果を警察官においてまとめた書類であり,作成者である警察官の評価,分析,意見などは記載されるものではない。
 そうすると,申立人Aの供述録取書の記載内容から,犯罪に該当するか否かの判断をするための検視の方法や着眼点などが推知される一般的・抽象的な可能性があるにとどまるのであって,実際に当裁判所が法223条6項に基づき相手方に対して本件各文書の提示を求めた結果,判明した申立人Aの供述録取書の記載内容に照らしても,警察官等が本件事故のような事案で犯罪に基因するものかどうかを検討し判断する際の着眼点や検討,判断の過程が具体的に明らかになるとはいえないので,犯罪を誘発し,犯罪を企図する者による犯罪の実行を容易にするおそれという具体的な支障が生ずるおそれがあるとはいえないと認められる。そうすると,上記相手方の主張は,理由がない。

(エ) 以上によれば,申立人Aの供述録取書は,法220条4号ロの文書の文書には該当しないものと認められる。

(5) 以上のとおり,本件各供述録取書は,いずれも法220条4号ロの文書の文書には該当しない。

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