最新下級審裁判例

東京地裁判決平成20年07月11日

【事案】

1.処分行政庁がAの滞納に係る所得税等の滞納処分として別紙差押債権目録記載の各債権につき各差押処分を行ったところ,当該各債権の真の債権者であると主張する原告会社及び第三債務者である原告Bが,主位的に上記各差押処分の取消しを,予備的に上記各差押処分が無効であることの確認を求めている事案。なお,以下においては,原告ら両名につき,主位的請求に係る訴えを「本件取消しの訴え」と,予備的請求に係る訴えを「本件無効確認の訴え」といい,両者を併せて「本件各訴え」という。

2.(1) 当事者等

ア.Aは,平成10年12月4日,業務上横領,法人税法違反被疑事件により逮捕され,続いて勾留された上,同月22日,所得税法違反で起訴され(以下「本件刑事事件」という。),平成11年3月19日,第1回公判期日が開かれた。弁護士である原告Bは,平成10年12月4日,Aから私選弁護人に選任され,Aを被告人とする刑事事件の保釈保証金として使用するものとして下記@及びAのとおり当該各年月日に各金員を預かり,これらをいずれも名古屋地方裁判所に納付した(以下,下記@を「本件第1預託金」と,下記Aを「本件第2預託金」と,下記@及びAを併せて「本件各預託金」といい,本件各預託金に係る原告Bに対する各預託金返還請求権を「本件各預託金債権」という。ただし,原告Bが本件各預託金を誰から預かったかについては争いがあり,原告らは,原告会社から預かったものであると主張し,被告は,Aから預かったものであると主張しており,本件各預託金債権が原告会社又はAのいずれに帰属するかが争点となっている。)。

@ 平成11年10月22日  1億円
A 平成14年9月4日  1000万円

イ.原告会社(設立当初の商号は「株式会社C」)は,平成8年5月,A,D外1名を取締役とし,Dを代表取締役として設立されたが,D外1名は平成11年1月31日に,Aは同年4月20日に,それぞれ辞任し,同日,Eが原告会社の代表取締役に就任し,Aの父であるF及びAの妻であるGが原告会社の取締役に就任した。原告会社は,平成17年4月1日,「株式会社H」に商号変更を行った上(同年5月24日登記),同月2日,会社分割により,株式会社Iを設立し,Eが同社の代表取締役に就任した。
 Eは,同月23日,原告会社の代表取締役を辞任したが,同日,原告会社の取締役に重任されている。

ウ.Aは,本件刑事事件に係る逮捕の当時,原告会社,J株式会社(以下「J」という。)等の関連会社約13社を経営していた。

(2) 本件訴訟に至る経緯

ア.債権差押処分

 処分行政庁は,本件各預託金はいずれもAが株式会社C名で原告Bに預け入れたものであり,本件各預託金債権はAに帰属するとの判断の下に,平成17年9月14日,Aの滞納に係る所得税等の徴収のため,国税徴収法(以下「徴収法」という。)62条に基づき,本件各預託金債権を被差押債権とする各差押処分を行い(以下「本件各差押処分」という。),同月15日,原告Bに対し,各債権差押通知書を送達するとともに,同日,Aに対し,本件各差押処分に係る各差押調書謄本を送達した。本件各差押処分における被差押債権の表示は,別紙差押債権目録記載1及び同2のとおりであった。

イ.不服申立て(その1)

 A及び原告Bは,平成17年11月11日,処分行政庁に対し,本件各差押処分についてそれぞれ異議申立てをしたが,処分行政庁は,平成18年2月2日,これらをいずれも却下する決定をした。A及び原告Bは,これを不服として,同年3月3日,国税不服審判所長に対し,それぞれ審査請求をしたが,国税不服審判所長は,同年10月16日,これらをいずれも棄却する裁決をし,各裁決書謄本は,同月17日,A及び原告Bに送達された。

ウ.訴え提起

 原告らは,平成19年4月17日,本件各訴えを提起した。

エ.不服申立て(その2)

 原告会社は,平成19年4月17日,本件各差押処分について国税不服審判所長に対し審査請求をしたが,国税不服審判所長は,同年6月14日,国税通則法(以下「通則法」という。)77条4項に規定する1年の不服申立期間が経過し,同項ただし書に規定する「正当な理由」もないから,原告会社の審査請求は不適法であるとしてこれを却下する裁決をした。

(参照条文)国税徴収法国税徴収法基本通達

【判旨】

1.原告Bの本件各訴えの原告適格の有無について

(1) 行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである(最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。そして,当該処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項参照)。
 そして,行政事件訴訟法36条は,無効等確認の訴えの原告適格について規定するが,同条にいう当該処分の無効等の確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」の意義についても,上記取消訴訟の原告適格の場合と同義に解するのが相当である(最高裁平成元年(行ツ)第130号同4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁参照)。

(2) 上記(1)の観点から,本件各差押処分に係る第三債務者である原告Bが本件各訴えに関する原告適格を有するか否かについて検討する。

ア.本件各差押処分の根拠法規である徴収法は,国税の滞納処分その他の徴収に関する手続の執行について必要な事項を定め,私法秩序との調整を図りつつ,国民の納税義務の適正な実現を通じて国税収入を確保することを目的とし(同法1条),国税と私債権との関係につき,国税優先の原則(同法8条)を定める一方で,国税と担保権付債権との関係につき,原則として法定納期限を基準として,納税者の財産上に担保権が設定され又は成立した時期との先後によって優劣を決するなどして,一定の例外を認めるとともに(同法15条ないし25条),滞納処分において差押財産を選択するに当たっては,滞納処分の執行に支障がない限り,その財産につき第三者が有する権利を害さないように努めるべきことを定め(同法49条),納税者に他の財産があるにもかかわらず第三者の権利の目的となっている財産を差し押さえた場合には,当該第三者に税務署長に対する差押換の請求権を付与するなど(同法50条,51条,58条,59条),滞納者の財産につき権利を有する第三者の利益を上記の限度で尊重すべきことを定め,私法秩序の尊重と租税徴収確保の要請との調整を図っている。
 そして,徴収職員は,滞納者に督促状を発しても所定の期限までに完納しないなどの事由があるときは,滞納者の国税につきその財産を差し押さえなければならないが(同法47条1項),事柄の性質上,滞納処分としての差押えの対象となる財産は,差押えをする時に滞納者に帰属しているものでなければならず,債権の差押えに当たっては,被差押債権が滞納者に帰属するか否かの判定について,借用証書,預金通帳,売掛帳その他取引関係帳簿書類等により滞納者に帰属すると認められるか否かを参考として行うものとされている(国税徴収法基本通達47条関係5,20(7)参照)。
 滞納処分としての債権の差押えは,第三債務者に対する債権差押通知書の送達によって行い,その効力はその送達の時に生じ(徴収法62条1項,3項),債権が差し押さえられると,第三債務者はその履行を,滞納者は債権の取立てその他の処分を禁じられる(同条2項)。徴収職員は,滞納者の債権を差し押さえたときは,差押調書を作成し,その謄本を滞納者に交付しなければならない(同法54条2号)。差し押さえた債権について,徴収職員は,その取立てをすることができるが(同法67条1項),第三債務者が任意に履行しないときは,必要に応じ,国が主体となって,給付の訴えの提起,支払督促の申立て等の手続を執ることとなる(同通達67条関係4参照)。

イ.上記アの徴収法の体系・構造等にかんがみれば,徴収法の趣旨及び目的は,私法秩序との調整を図りつつ,滞納処分その他の徴収手続により国税収入を確保するというものであるところ,この私法秩序との調整とは,一般私債権に対する優先徴収権を原則的に認めつつ,私有財産の保護,契約自由の原則に基づく経済活動の自由を確保する観点から,滞納者の財産につき権利を有する第三者の利益を一定の限度で尊重することを内容とするものと解され,滞納処分としての債権差押えに係る第三債務者の利益の尊重まで含むものではないと解される。
 この点,滞納処分としての債権の差押えは,第三債務者に対する債権差押通知書の送達によって行い,その効力はその送達の時に生じるものとされているが(徴収法62条1項,3項),このような制度が採用されたのも,第三債務者の利益の保護の目的で設けられたものではなく,第三債務者に対し,債権差押通知書を送達するとともに被差押債権の履行を禁じることを通じて(同条2項。なお,民法481条1項参照),債権の差押えによる処分禁止の効果の実現を手続的に担保することを目的としたものであって,第三債務者の利益の保護の目的に出たものではないと解される。
 また,滞納処分としての差押えの対象となる財産は,差押えをする時に滞納者に帰属しているものでなければならないと解され,債権の差押えに当たっては,前述の基準に従って被差押債権が滞納者に帰属するか否かの判定が行われているが(同通達47条関係5,20(7)),これらの徴収法の解釈・運用が,第三債務者に対して債権を有する第三者の利益の保護を目的とするものであって,第三債務者の利益の保護の目的に出たものではないことも明らかである。
 以上検討したところによれば,徴収法及びその関係法令には,滞納処分としての債権差押処分に係る第三債務者の利益を保護すべきものとする趣旨を含むと解される規定は存しない。

ウ.そして,国が,滞納国税の徴収のため,徴収法に基づき滞納者の第三債務者に対する債権を差し押さえた場合,国は被差押債権の取立権を取得し,滞納者に代わって債権者の立場に立ち,その権利を行使し得るにとどまるものと解されるところ,仮に,滞納者に帰属しない債権又は既に消滅した債権を被差押債権とするなど,徴収法又はその関係法令に違反した債権差押えが行われた場合であっても,第三債務者としては,債権差押処分前から滞納者に対して有しているすべての異議及び抗弁を差押債権者である国に対して対抗することができるのであって,国が差し押さえた債権の取立訴訟を提起した場合にも,この訴訟において,被差押債権の不存在(滞納者への帰属の欠如を含む。)又は消滅等の事由を主張し,そのような事由が認められる場合には,国の請求を棄却する旨の判決がされ,徴収手続が効を奏しないことになるのであるから,債権差押処分がされても第三債務者が法律上の不利益を被ることはないと解される(最高裁平成13年(許)第30号同14年6月13日第一小法廷決定・民集56巻5号1014頁参照)。
 したがって,徴収法及びその関係法令において,滞納処分としての債権差押処分において考慮されるべき利益の中に,これによって害されることとなるものとして第三債務者の法律上の利益(権利又は法律上保護された利益)が含まれるものとは解されない。

エ.以上によれば,滞納処分としての債権差押処分につき,上記イで検討した徴収法及び関係法令の趣旨及び目的並びに上記ウで検討した当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を総合して考慮すると,債権差押処分に係る第三債務者は,当該差押処分の取消し又は無効確認を求めるにつき法律上の利益を有しないものとして,その取消訴訟又は無効確認訴訟における原告適格を有しないものと解するのが相当である。
 したがって,本件各差押処分に係る第三債務者である原告Bは,本件各訴えに関する原告適格を有しないというべきである。

オ.この点,原告Bは,債権差押処分によって第三債務者は被差押債権の帰属を争う一連の手続に巻き込まれることとなり負担が増大する旨主張するが,取立訴訟を提起されて応訴するなどの負担が生ずることがあるとしても,これは事実上のものにとどまり,これをもって,第三債務者の法律上の利益(権利又は法律上保護された利益)が害されるものということはできない。
 また,原告Bは,本来は自由になし得る債務者への弁済を一方的に禁じられ,もともと弁済時までに生ずるすべての事由をもって債務者に対抗し得る法的地位を有していたにもかかわらず,差押処分時以降に債務者との間に生じた事由は一切主張し得ないという私法上重大な不利益を受けることになるから,その法的地位に変動がある旨主張する。しかし,債権差押処分によって債務の内容に何ら変動はなく,債権差押処分後の弁済及び債務の消滅又はその内容の変更を目的とする契約の制限という効果は,債務者の権能が差押処分によって制限されることから生ずるいわば反射的効果にすぎず,第三債務者としては,その制約に反しない限り,債務者に対するあらゆる異議及び抗弁をもって差押債権者に対抗することができると解されるから(最高裁昭和39年(オ)第155号同45年6月24日大法廷判決・民集24巻6号587頁参照),これをもって,第三債務者自身の法律上の利益(権利又は法律上保護された利益)が害されるものということはできない。なお,類似の手続である民事執行法による債権差押手続において,第三債務者が執行抗告を提起し得るとしても,執行抗告の申立適格には「法律上の利益を有する者」との限定はないところ,不存在(債務者への帰属の欠如を含む。)又は消滅等の事由の存する被差押債権につき債権差押命令が発付されても,第三債務者が法律上の不利益を被ることはなく,そのような事由は執行抗告の理由にならないと解されること(前掲最高裁平成13年(許)第30号同14年6月13日第一小法廷決定参照)からすると,上記の判断が左右されるものとは解されない。

(3)  したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告Bの本件各訴えは,いずれも不適法であるから,却下を免れない。

2.原告会社の本件各訴えの原告適格の有無について

(1) 原告会社は,本件各預託金債権は,Aではなく原告会社に帰属するので,本件各差押処分は違法であると主張し,主位的にその取消しを,予備的にこれが無効であることの確認を求めている。そこで,本件各預託金債権の帰属が問題となるが,原告会社は本件各差押処分の名宛人たる滞納者ではないから,抗告訴訟である本件各訴えを審理するに当たっては,まず,本件各訴えに関して原告会社が原告適格を有するか否かを判断する必要があるところ,原告適格に関して規定する行政事件訴訟法9条1項,36条における「法律上の利益を有する者」とは,上記1(1)のとおり,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうことにかんがみると,本件各訴えのように,滞納処分としての債権差押処分がされた場合において,第三者が当該被差押債権は自己に帰属すると(すなわち自己が当該被差押債権の債権者であると)主張したときは,当該第三者が当該被差押債権の債権者であると証拠上認定できるのであれば,当該第三者は上記「法律上の利益を有する者」に当たるが,そのように証拠上認定できない場合には,特段の事情のない限り,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれがあるとはいえないから,当該第三者は上記「法律上の利益を有する者」には当たらないと考えられる。そして,処分の取消し又は無効確認を訴求する原告適格に関する立証責任は原告に課されると解されることも併せ考えると,原告会社が,本件各預託金債権が自らに帰属することの立証責任を負うものと解される。
 本件では,被告は,原告Bについてのみその原告適格を争い,原告会社の原告適格は争っていないが,訴訟要件にかかわる問題であるから,以下,原告会社の原告適格につき,職権をもって判断することとする。

(2) そこで、検討するに・・・本件各預託金債権に関しては,原告会社に帰属するものと認めることはできず,かえって,Aの預託に係る預託金債権として,Aに帰属するものと推認されるというべきである。
 そうすると,原告会社は,本件各預託金債権の真の債権者とは認められず,他に,これらを被差押債権とする債権差押処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれがあると解すべき特段の事情の存在も認められない以上,本件各差押処分につき「法律上の利益を有する者」に当たらないと解するのが相当であり,本件各差押処分の取消し又は無効確認を求める本件各訴えについて原告適格を有しないというべきである。
 したがって,原告会社の本件各訴えは,いずれも不適法であるから,却下を免れない。

 

広島高裁判決平成20年12月09日

【原審の認定した犯罪事実】

 被告人は

第1 ペルー共和国(以下「ペルー」という。)の国籍を有する外国人であるが,平成16年4月18日,有効な旅券又は乗員手帳を所持せずに航空機で愛知県西春日井郡豊山町大字豊場字林先62番地所在の当時の名古屋空港に到着し,そのころ,同所に上陸した後,引き続き平成17年11月29日までの間,広島市a区bc丁目d番e号に所在したX荘(以下「X荘」という。)f号室に居住するなどし,もって,本邦に不法に入国し,上陸後引き続き不法に在留し

第2 乙(平成××年×月×日生。以下「被害児童」という。)に強いてわいせつな行為をすることを企て,平成17年11月22日午後零時50分ころから同日午後1時40分ころまでの間,X荘及びその付近において,強いて被害児童の陰部である膣口,外子宮口及び肛門部に手指を挿入するなどした上,これに引き続き,あるいは,その直前ないしはそれと並行して,殺意を持って,被害児童の頚部を片手で絞め付け,その後も更に強いて同児の肛門部に手指を挿入するなどし,もって,強いてわいせつな行為をするとともに,そのころ,同所において,同児を頚部圧迫による窒息により死亡させて殺害し

 第3 前記第2の日時ころ,前記X荘及びその付近において,被害児童の死体を段ボール箱に入れ,黒色ビニールテープで梱包した上,同区bc丁目g番地所在の空き地まで運んでこれを放置し,もって,死体を遺棄し

たものである。

【判旨】

 検察官の控訴趣意は,被告人を無期懲役に処した原判決の量刑不当をいうものであり,被告人の控訴趣意は,訴訟手続の法令違反,事実誤認,法令適用の誤り及び量刑不当をいうものである(以下,当審弁護人らを「弁護人」といい,原審弁護人らを「原審弁護人」というほか,単に「弁護人」ということがある)。

1.訴訟手続の法令違反の主張について

 弁護人は,原判示第2の強制わいせつ致死,殺人(以下「本件犯行」ともいう)について,@原審弁護人が,原審証人Aの供述の信用性を判定する上で不可欠な証拠である死体解剖状況報告書及び捜査報告書を,刑事訴訟法328条の証拠として取調請求したのに対し,原裁判所が,同法316条の32第1項のやむを得ない事由によって公判前整理手続において請求することができなかったものではないとして,その請求を却下したのは法令に違反している,A原審第5回公判期日において,検察官が訴因変更を請求したのは,刑事訴訟規則1条に違反しており,権利の濫用であるにもかかわらず,原裁判所がその訴因変更を許可したのは,法令に違反しているとして,これら訴訟手続の法令違反が,判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。
 なお,検察官は,控訴趣意書差出最終日経過後に差し出した「控訴趣意書(補充)」と題する書面において,Bペルー共和国に対する捜査共助要請に基づき入手した書類(以下「前歴関係証拠」という)を検察官が証拠調請求したのに対し,原裁判所が刑事訴訟法316条の32所定のやむを得ない事由がないとして,その請求を却下したのは,同法条の解釈適用を誤った違法なものであり,その訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,裁判所による職権調査を求める旨主張している。
 また,弁護人も,控訴趣意書差出最終日が経過した後に差し出した「控訴趣意補充書1」と題する書面において,C上記@と同様の証拠として取調請求したA作成の死体検案書について,原裁判所がその請求を却下したのは法令に違反する旨主張しているところ,この主張も裁判所による職権調査を求めるものであると解される。
 そこで,以下,上記@Aの主張についての検討と併せて,上記BCの裁判所による職権調査を求める主張についても検討する。

2.刑事訴訟法328条の証拠調請求却下の違法の主張について

(1) 記録によると,以下の事実が認められる。なお,原審の審理経過について,その概略を便宜この項で認定する。

ア.被告人は,平成17年12月21日,強制わいせつ致死,殺人,死体遺棄被告事件により起訴された。その公訴事実は,犯行場所が「B荘及びその付近」とあるのを「B荘a号室の被告人方」とするほかは,原判示第2及び第3の各事実と同じである。上記被告事件は,平成18年2月21日,公判前整理手続に付された。そして,本件についての公判前整理手続期日は,同年3月15日から同年5月12日までの間に8回開かれた。なお,被告人は,同年3月16日,出入国管理及び難民認定法違反被告事件により追起訴され,この事件は上記強制わいせつ致死,殺人,死体遺棄被告事件の弁論と併合された。

イ.検察官は,同月10日,上記1CのA作成の死体検案書,上記1@の死体解剖状況報告書及び捜査報告書(以下,これら3点の書証を合わせて「死体検案書等」という)の証拠調べを請求し,第3回公判前整理手続期日において,A作成の鑑定書(以下「本件鑑定書」という)の証拠調べを請求した。原審弁護人は,死体検案書等及び本件鑑定書について不同意の意見を述べた。
 そこで,検察官は,Aの証人尋問を請求し,第6回公判前整理手続期日において,死体検案書等の証拠調請求を撤回した。
 原裁判所は,同年4月27日,第7回公判前整理手続期日を開くとともに,本件につき同年5月15日から同月18日まで4日間連続した公判期日を指定し,同公判前整理手続期日において,争点及び証拠の整理の結果の確認をし,第1回ないし第4回各公判期日における審理予定を定めた上,第5回公判期日を同月19日に開くことを予定し,その期日における審理予定も定めたほか,同月22日と23日を予備日とし,同年6月9日に予定された第6回公判期日に論告,弁論及び被告人の最終陳述を,同年7月4日に予定された第7回公判期日に判決宣告をする旨の審理予定を定めた。その審理予定では,同年5月16日の原審第2回公判期日において,A証人の尋問を行うとともに本件鑑定書の採否を決定し,その採用決定があった場合には本件鑑定書も取り調べることとされていた。
 また,原裁判所は,第7回公判前整理手続期日において公判前整理手続を一旦終結したことが窺われるものの,同月12日,第8回公判前整理手続期日が同日に指定されて開かれた。同期日では,同月15日の第1回公判期日で取り調べることを決定していた検察官請求証人が出廷できなくなったことから,別の証人の証拠調請求及びその採用決定等がなされるとともに,第1回公判期日の審理予定の変更等が行われた。
 なお,第5回公判期日は,第4回公判期日において,予定された日が指定され,第6回,第7回各公判期日も,順次その前の公判期日において,予定されたとおり指定された。そして,予定どおり,第6回公判期日においては論告,弁論及び被告人の最終陳述が行われ,第7回公判期日には判決が言い渡された。予備日として予定された同年5月22日と同月23日は公判が開かれなかった。

ウ.A証人は,原審第2回公判期日において,要旨以下のとおり供述した(以下「A証言」という)。すなわち,被害児の死因は,ひも状物または手指といったもので頚部が圧迫されたということが一番考えられる。本件鑑定書に「材質の比較的軟らかい手指等が頚部を圧迫したことによるものと推測され」と記載しているところ,その材質の比較的軟らかいものと考えられる中で一番自然なものは,被害児の頚部の蒼白帯として帯状のものが観察できたことや,出血状況を考えると,手指であるといえる。手指を伸ばせば一つの索条物と同じような状況になるので,それで絞めるということがあれば,これは正確な意味で扼死ということができる。そして,被害児の筋肉内出血等の状況から見て,犯人は,右手か左手かは分からないが,手を広げた状態で,人差指と親指をひものような形にして,首を前から突き上げるように強く1回あるいは複数回押していると思う。本件鑑定書の中では絞殺という文言を用いたところ,手を使った絞殺も,広い意味で絞殺であり,そしてもう少し細かく言えば扼殺という形でよろしいかと思う。被害児の外子宮口の周囲に点状出血が多数認められたところ,これは生活反応であって,被害児が生きているときに生じたものであることは疑いがない,というのである。

エ.本件鑑定書の剖検記録欄の「T外表検査」「13特記事項」「2.頚部」の項には「左下顎下部に米粒大以下の淡褐色表皮剥脱1個。面積の狭い硬い鈍体が作用したことによる圧挫傷」「左側頚中部に4.0×2.5 cm の範囲内にゴマ粒大以下の暗褐色表皮剥脱10数個。面積の狭い,凹凸のある硬い鈍体が作用したことによる圧挫傷」「左前頚下部から前頚下部および右側頚下部を経由して幅約1.0 cm の蒼白帯が認められ,その右側頚部から前頚下部にかけて10.0×6.0 cm の範囲内にゴマ粒大以下の赤褐色表皮剥脱10数個。面積のやや広い,比較的軟らかい鈍体および面積の狭い硬い鈍体が作用したことによる,いわゆる絞痕が刻印されたものではなかろうかと推測される」と記載され,同欄の「U内景所見」「30内部生殖器」の項には「外子宮口の周囲に点状の出血を多数認める」と記載されている。また,本件鑑定書の説明欄には,「37死因について」と題して「本屍には頚部に計3個所の外傷が認められ,全体的にはほぼ左右にその痕跡を残し,また,内景所見において,左右の胸鎖乳突筋,左右の側頚リンパ節の鬱血,胸骨舌骨筋,左胸骨甲状筋,左頭最長筋内に出血を認める。これらの所見は材質の比較的軟らかい手指等が頚部を圧迫したことによるものと推測され,いわゆる絞痕が皮膚に刻印されたものと考えられる」と記載されている。

オ.原審弁護人は,原審第4回公判期日において,A証言の証明力を争うための刑事訴訟法328条の証拠として,死体検案書等の証拠調べを請求した。
 これに対し,検察官は,死体検案書等が同法316条の32第1項の「やむを得ない事由によって公判前整理手続において請求することができなかったもの」に当たらない上,死体検案書にはA証言と実質的に相反する部分がなく,死体解剖状況報告書及び捜査報告書は検察官作成の報告書であるから,いずれも同法328条の要件を欠いているとして異議を述べ,原裁判所は,死体検案書等の証拠調請求を却下した。それに対し,原審弁護人は,死体検案書について,実際にAの証人尋問を実施しなければ,その供述内容を把握することができなかったものであり,それについて反論の機会を奪うことは,同法316条の32の解釈につき裁判所の裁量を逸脱しているとして,異議を申し立てたものの,原裁判所は,その異議を棄却した。

(2) ところで,刑事訴訟法328条により許容される証拠は,信用性を争う供述をした者の供述と矛盾する内容の供述が,同人の供述書,供述を録取した書面(刑事訴訟法が定める要件を満たすものに限る),同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述またはこれらと同視し得る証拠の中に現れた部分に限られる(最高裁平成17年(あ)第378号平成18年11月7日第三小法廷判決・刑集60巻9号561頁)。そうすると,死体解剖状況報告書及び捜査報告書は,いずれも,その作成者がAではなく,同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述またはこれと同視し得る証拠でもないから,これらの証拠について,同法条の証拠には当たらないとして,その証拠調請求を却下した原裁判所の措置に違法不当はない。他方,死体検案書は,その作成者がAであって,同人の供述書であるから,それに記載された供述内容がA証言と矛盾するのであれば,同法条の証拠に当たることになる。

(3) そこで,死体検案書の供述内容がA証言と矛盾しているか検討する。上記死体検案書は,当審において,弁護人から改めて刑事訴訟法328条の証拠として取調べを請求され,検察官は,当初,同法条の要件を満たさないとして,取調べについて相当でない旨の意見を述べたものの,その後,取調べに同意したことから,当裁判所において取り調べた。その死体検案書の「死亡の原因」欄の「(ア)直接死因」の項には「窒息死」,「(イ)(ア)の原因」の項には「頚部圧迫」,「解剖」の項には,主要所見として「顔面はうっ血し,頚部に少なくとも一周する圧迫痕あり。いわゆる急死の所見を呈する」とそれぞれ記載されている。これらの記載によると,被害児は,その頚部の周囲に索条物を巻かれて絞められたことにより窒息死したもののように理解できる。
 ちなみに,当審で検察官の同意により取り調べた検察官澤田康宏ら3名連名作成の死体解剖状況報告書には,検察官澤田らが,平成17年11月23日,被害児の解剖に当たったAから「頸部圧迫の方法は,断定できない。頸部圧迫痕は,その形状から幅の広い柔らかい索条物によって成傷されたものと推測される。たとえば,着衣を挟んで布様索条物によって絞められたり,あるいは,着衣そのものによって絞められたとも考えられる。また,腕を頸部に巻き付ける方法で絞められたとも考えられる」という所見を聞いた旨記載されている。

(4) 上記2(1)ウのとおり,Aは,原審第2回公判期日において,被害児の死因は,被害児の頚部が手指により圧迫されたと考えるのが一番自然である旨供述しているところ,この供述は,「頚部に少なくとも一周する圧迫痕あり」という上記2(3)の死体検案書の記載と,実質的に相反しているというほかない。
 なお,上記2(1)エのとおり,本件鑑定書には,被害児の頚部が,手指等により圧迫されたものと推測される旨記載されているものの,そのような記載があるからといって,A証言が,上記死体検案書の記載と実質的に相反することに変わりはない。そうすると,上記死体検案書は,刑事訴訟法328条の要件を満たしており,A証言の証明力を争うために,同法条の証拠として取り調べる必要性があったと認められる。

(5) そして,死体検案書を取り調べる必要が生じたのは,Aが,原審第2回公判期日において,証人として供述することにより,初めてその公判廷における供述内容が明らかになり,かつ,その内容が,上記死体検案書の記載と実質的に相反している上,その異なる理由について納得のいく説明がされなかったからである。そうすると,原審第2回公判期日におけるAの証人尋問が終了するまでは,弁護人が,刑事訴訟法328条の証拠として死体検案書の証拠調べを請求することは,不可能である。したがって,公判前整理手続において,検察官が請求した死体検案書に,弁護人が不同意の意見を述べたことから,その証拠調請求が撤回され,その後公判前整理手続が終わるまでの間,弁護人がその証拠調べを請求しなかったことには,同法316条の32にいうやむを得ない事由があるというべきである。これと異なる判断をして,死体検案書の証拠調請求を却下し,それに対する弁護人の異議を棄却した原裁判所の措置は,同法328条,316条の32の解釈適用を誤っているといわざるを得ない。

(6) しかし,当審で取り調べた死体検案書等,鑑定書及び証人Cの供述を総合して検討しても,被害児の死因は,索条物による頚部圧迫による絞死の可能性が高いものの,頚部圧迫による窒息死の場合,手指によるものか,ひも状のものによるものかの区別は非常に難しい場合もあること,被害児についても,手指により絞められた可能性を完全には否定できないことが認められる。
 そうすると,上記2(5)の訴訟手続の法令違反が,明らかに判決に影響を及ぼすとまではいえない。

3.前歴関係の証拠調請求却下の違法の主張について

(1) 第7回公判前整理手続期日が開かれた平成18年4月27日以前である同月3日には,ペルー共和国からの回答書(以下「本件回答書」という)をF県警察本部が入手し,同月19日には,不完全ながら翻訳文もできていて,その翻訳文の内容から,検察官には,被告人が,ペルー共和国において,9歳の被害者に対する強姦または強姦未遂等の犯罪をしたほか,8歳の被害者に対しても罪を犯したとされていることが判明していたものと認められる。したがって,その時点において,前歴関係証拠の取調べを請求する必要があるかどうかを確定することまではできないとしても,少なくともその必要性について検討すべきか否かについては判断できた筈である。そして,もし,同証拠の取調べを請求するか否かについて検討する必要があると判断したのであれば,同月21日に開かれた第6回公判前整理手続期日において,弁護人及び原裁判所に対し,翻訳に不備があることなどを説明して,翻訳をやり直す間,公判前整理手続を終結しないよう求めるべきであったし,そのように求めることについて,何ら法的に問題はなかった筈である。
 しかも,検察官は,第2回公判前整理手続期日において「被告人の人定関係に加えて前科関係についてもペルー大使館に照会中で,回答を得られ次第,証明予定事実の補充及び追加証拠の請求をしたい」旨述べていたのに,第3回公判前整理手続期日において「ペルー大使館からの被告人の人定関係の照会回答は,現在翻訳中であるが,量が多いので,開示時期は未定である。これについての立証趣旨は,被告人の人定に限る予定である」と述べている。この「現在翻訳中」であった「ペルー大使館からの被告人の人定関係の照会回答」が何であるのかについては,必ずしも明らかではない。しかし,本件回答書は,同年3月20日,在ペルー大使から外務大臣に送付され,外務省から警察庁に転達され,同月29日,F県警察本部長宛送付する手続が取られたことが認められ,その当時,他に「ペルー大使館からの被告人の人定関係の照会回答」といえるようなものが存した形跡はないから,同月30日の第3回公判前整理手続期日で検察官が述べた「ペルー大使館からの被告人の人定関係の照会回答」とは,本件回答書のことであったと推認される。そして,上記のとおり,検察官は,第2回公判前整理手続期日では「ペルー大使館に被告人の人定関係及びペルーにおける前科関係を照会中であり,回答を得られ次第,証明予定事実の補充及び追加証拠の請求をしたい」旨述べていたのに,第3回公判前整理手続期日には「ペルー大使館からの被告人の人定関係の照会回答についての立証趣旨は,被告人の人定に限る予定である」という意見を述べたことにもかんがみると,その当時,検察官は,「ICPOリマ(ペルー共和国)に対する捜査協力要請について(追加回答)」と題する書面のほかには,被告人の前歴関係についての立証をしない意思であったと考えざるを得ない。

(2) 以上の事実を総合すると,前歴関係証拠は,刑事訴訟法316条の32第1項にいう「やむを得ない事由によって公判前整理手続において請求することができなかったもの」には当たらないというべきである。そして,前歴関係証拠について,同法316条の32第2項により職権で取り調べなかった原裁判所の措置が,その裁量の範囲を逸脱しているとまではいえない。
 したがって,前歴関係証拠の取調請求を却下した原審の訴訟手続に違法がある旨の主張は理由がない。

(3) なお,当裁判所は,当審で検察官が取調べを請求した当審前歴関係証拠のうち,第一次入手分及び第二次入手分の各一部を,刑事訴訟法393条1項本文により取り調べた。その理由は以下のとおりである。
 被告人が,前に罪を犯して検挙されるなどしたものの,公訴を提起されなかったために,刑罰を受けるには至らなかった,いわゆる前歴についても,被告人が罪を犯したことが確実である場合においては,その内容に応じて,被告人に対する刑を量定するに当たり適切に考慮すべき場合があることは明らかである。原判決は,嫌疑を受けたことだけをもって,量刑上,前科があるのと同様の不利な取扱いをすることは許されない旨説示しており,その説示する限りにおいては正当であるものの,被告人のペルー共和国における前歴について,およそ考慮する必要がないかのようにも受け取れる点は,賛同することができない。
 そこで,当裁判所は,被告人が,原審公判において,ペルー共和国における前歴につき,その嫌疑自体を否認し,当審公判においては,検察官からの質問に対して黙秘したこと,被告人自身が,原審公判において,裁判長からの質問に対し,ペルーの方から被告人の前歴について既に確認している筈であり,裁判所や訴訟関係者は,被告人のペルーでの前歴について知っている筈である,自分は一切罪を犯していないという趣旨の供述をしており,これは,ペルーでの前歴関係の書類が,裁判官や検察官に読まれることを前提とした供述であることなどを踏まえ,かつ,被告人の前歴に関する証拠を取り調べることは,量刑判断に資するだけでなく,被告人の原審及び当審における各公判供述の信用性を判断する上でも有用であることも考慮して,検察官の量刑不当の主張を調査するについて必要があると認められる限度において,刑事訴訟法393条1項本文により,第一次入手分を含めた当審前歴関係証拠の一部を証拠として採用し取り調べたものである。

4.訴因変更許可の違法の主張について

 検察官は,原審第5回公判期日において,平成17年12月21日付け起訴状の公訴事実第1のうち「B荘a号室の被告人方において」とあるのを「B荘及びその付近において」に改める旨の訴因変更(以下「本件訴因変更」という)を請求した。これに対し,原審弁護人は,本件訴因変更請求が権利の濫用であり違法である旨の意見を述べたものの,原裁判所は,同公判期日において,本件訴因変更を許可し,それに対する原審弁護人の異議を棄却した。
 そこで検討するに,以下に説明するとおり,原裁判所が本件訴因変更を許可したことに何ら違法不当な点はない。

(1) 本件訴因変更は,本件犯行が行われた場所を「B荘a号室の被告人方」から「B荘及びその付近」とするものであって,その変更が,公訴事実の同一性を害しないことは明らかである。
 そして,弁護人作成の平成18年4月7日付け予定主張事実記載書面には,被告人が,被害児の口鼻付近に手を置くなどの行為をしたり,同児の死亡後に陰部・肛門付近に触る行為をした場所は,すべてB荘1階の階段付近である旨記載されていること,原審第1回公判期日において,弁護人は,本件犯行について,わいせつ目的及び殺意を否認し,被告人が,被害児のパンツ等を脱がしたこと及びその頚部を手で強く絞めつける行為をしたことはないし,被害児を被告人方に入れたことは一度もなかった旨主張するとともに,被告人の責任能力を争い,被告人も,おおむね弁護人の主張に沿う陳述をしたほか,被害児の陰部や肛門を手で触り,その首を押さえたことはあり,そのとき自分は膝をついており,被害児は横たわった状態で,足が塀の方で頭は右側にあった旨述べたことにかんがみると,被告人及び弁護人は,わいせつ目的や殺意を争うものの,被告人が,被害児の口鼻付近に手を置くなどしたり,同児の死亡後にその陰部・肛門付近に触るなどした場所は,検察官主張の被告人方ではなく,すべてB荘の1階階段付近である旨主張していたのである。したがって,本件訴因変更請求は,被告人及び弁護人の主張に,一部沿うものといえるのであって,本件訴因変更がなされることにより,被告人及び弁護人が立証活動を立て直すことを余儀なくされるなど,被告人の防御に実質的に不利益を及ぼしたり,審理が遅延することにより迅速な裁判の要請が害されたりするなどの事情がないことは,明らかである。
 そうすると,本件訴因変更が請求されたのが,5日間連続して公判が開かれた最終日である原審第5回公判期日においてであって,同期日に証拠調べを終えることが予定されており,現に予定どおり証拠調べを終えているところ,本件が公判前整理手続を経て集中審理が行われたことなどの事情を考慮しても,検察官の本件訴因変更請求が権利の濫用に当たるとはいえないし,本件訴因変更許可が,刑事訴訟規則1条や刑事訴訟法316条の5に反するともいえない。本件訴因変更を許可した原審の訴訟手続に法令違反はない。

(2)  しかし,職権により調査するに,検察官が本件訴因変更を請求したのは,以下に説示するとおり,本件犯行の場所について,当初は「B荘a号室の被告人方」であることを立証するつもりでいたにもかかわらず,審理の状況から,犯行場所が被告人方であることの証明が覚束なくなったためであると考えられるところ,そのような事態に立ち至った原因は,第一次的には検察官の訴訟活動の不手際にあるというべきであるが,原審の訴訟手続にも審理不尽の違法があるといわざるを得ない。

ア.原審審理経過のうち本件犯行場所に関わる部分は,以下のとおり要約できる。

@ 検察官作成の平成18年3月10日付け証明予定事実記載書面には,「第3犯行状況等」として,被告人が,B荘a号室の被告人方に被害児を連れ込み,殺害するとともに,わいせつ行為等をした旨の記載に続いて「上記一連の過程において,同室内にあった毛布に同児の毛髪が付着した」という記載がある。弁護人は,同月15日付け求釈明書の第2の3において,上記毛布に関する記載について,本件犯行当時,毛布が室内のどこにあったのか,また,その毛布に被害児の毛髪が付着するに至った経緯について説明するよう検察官の釈明を求めた。これに対し,検察官は,同月22日付け釈明書により,犯行当時,被告人方室内にあった毛布に被害児の毛髪が付着したという結果を立証しようとしているのであり,当時毛布があった場所や,毛布に毛髪が付着するに至る経緯まで立証しようとしているのではないのであるから,釈明の要なしと思料する旨回答した。

A 検察官は,原審第1回公判期日での冒頭陳述において,被告人は,B荘前路上を通りかかった被害児に声をかけるなどして,同児を被告人方に連れ込み,本件犯行に及んだ旨主張するとともに,被告人方室内にあった毛布には,同児の毛髪や,被告人と被害児のDNA型が混在した血液が付着していたと主張した。

B 関係証拠によると,被告人方4.5畳居間の天袋内から押収された毛布(以下「本件毛布」という)には毛髪(以下「本件毛髪」という)が付着していたところ,その毛根のDNA型検査結果により,本件毛髪は,被害児に由来するものとして矛盾がないこと,本件毛布には人血が付着しており,そのDNA型検査結果により,その人血には被害児と被告人のDNA型が混在しているものとして矛盾がないことが認められる。また,検察官は,原審第4回公判期日における被告人質問の際,質問の中で,被告人の平成17年12月18日付け検察官調書には,本件犯行当日,被告人が,本件毛布を被告人方から外へは出しておらず,部屋の中へ置いていた旨の供述が記載されている旨発言しているところ,被告人方から外に出されていない本件毛布に被害児の毛髪や人血が付着していたということは,特段の事情がない限り,本件犯行が被告人方室内で行われたことを意味する。
 なお,弁護人は,控訴趣意書において,DNA鑑定関係の証拠の問題点について,詳細な主張をしているけれども,それらの主張を考慮しても,上記DNA型検査結果の自然的・法的関連性や証拠能力,正確性及び信用性に疑問の余地はない。

C 他方,被告人は,原審第3回,第4回各公判期日で,以下のとおり供述した。すなわち,本件犯行当日の午後零時半ころ,本件毛布を洗濯しようと考え,B荘1階に置いてある洗濯機の所まで本件毛布を持って行ったものの,その洗濯機が小さかったので,無理に本件毛布を洗うと洗濯機が壊れるかもしれないと思い,本件毛布を折り畳んだ状態で,その洗濯機の左側に置いた。被害児が死亡した後,本件毛布を広げ,被害児を抱き上げてその上に置き,本件毛布を折って同児を覆った。同児の死体を遺棄した後,本件毛布を自室で干した,というのである。

D ところで,検察官は,第1回公判前整理手続期日より前である平成18年3月10日,被告人の供述を録取した警察官調書及び検察官調書10通の証拠調請求をした(以下,これら合計11通の調書を合わせて「被告人供述調書」という)。その立証趣旨は,検察官調書(乙1)が「身上・経歴等」,検察官調書(乙2)が「日本に入国した経緯等」,警察官調書(乙3)が「被告人が被害者に携帯電話内の写真を見せるなどして被害者を誘ったこと等」,検察官調書(乙4)が「犯行に至る経緯及び犯行状況等」,検察官調書(乙5)が「犯行に至る経緯及び犯行後にガステーブルを隠匿した状況」,検察官調書(乙6)が「犯行後の状況等」であり,検察官調書5通(乙7ないし11)はいずれも「弁解状況等」であった。原審弁護人は,第5回公判前整理手続期日において,被告人供述調書について不同意の意見を述べ,裁判所は,被告人供述調書の採否決定を留保したまま原審公判を開いた。そして,原審第4回公判期日において,原審弁護人が,被告人供述調書の任意性を争う旨述べ,検察官は,被告人供述調書が,主に殺意の存在及び被告人の責任能力を立証するため,取調べの必要性がある旨の意見を述べたところ,原裁判所は,任意性を立証してまで取り調べる必要性はないとして,被告人供述調書の証拠調請求を却下する決定をした。検察官は,被告人供述調書が,いずれも本件犯行を立証するために必要不可欠であり,証拠調請求を却下したのは裁判所の裁量の範囲を著しく逸脱し,刑事訴訟法298条,刑事訴訟規則190条,199条等にも違反するという理由を述べて異議を申し立てたものの,原裁判所は,その異議を棄却した。

E 原審第5回公判期日において本件訴因変更がなされ,原審第6回公判期日において,論告,弁論及び被告人の最終陳述が行われて弁論が終結した。
 検察官は,論告において,要旨以下のとおり主張した。すなわち,本件の証拠関係においては,被告人方居間にあった本件毛布に,被害児の毛髪と被告人及び被害児のDNA型が混ざり合った血痕が付着していたところ,毛布のような大型の寝具が,戸外に持ち出され,通常触れることのない人物の毛髪等を付着させて室内に戻ってくるということは,よほどの事情がない限りはないというべきであって,被告人方室内にあった本件毛布に被害児の毛髪等が付着していた事実は,本件殺害行為及びわいせつ行為が被告人方室内で敢行されたことを限りなく指し示す事実とみなければならない。また,被害児の頚部を2分ないし3分間にわたって強く絞めつけ殺害する行為,被害児の膣内に手指を強くかつ奥まで挿入し,複数回にわたって手指を出し入れして,肛門内にも手指を挿入し,また,自ら自慰行為に及んで射精するといった本件犯行の態様からすれば,人目に付きやすい屋外で行われたとは到底考えられない。まして,犯行時間は午後零時50分ころから午後1時40分ころまでという時間帯であり,そのころ,B荘北側道路には幾人かの通行人があったばかりか,同道路を西から東に向けて通行する者からは,B荘階段付近が完全に見通せる状況であったのである。
 したがって,本件犯行が行われたのは,被告人方居室内であったと認めるのが相当である,というのである。

F 原判決は,罪となるべき事実において,本件犯行の場所を,本件訴因変更後の訴因のとおり「B荘及びその付近」であると認定し,争点判断2(4)イ(ア)において「被告人が本件殺害行為及び本件わいせつ行為を屋外で行った疑いは払拭できない」と判示し,同2(4)ウ(ア)において,本件犯行は「L方前石段からB荘階段下を含めた敷地内あるいは当時の被告人方室内を含むB荘及びその付近を超えない範囲の場所で行われたものと認めることができるものの,更にそのうちのいずれかを確定することはできないから,その犯行場所については,B荘及びその付近の限度で認定できるにとどまる」と判示した。

イ.検察官は,本件訴因変更前の公訴事実において本件犯行の場所は被告人方である旨主張し,その根拠として,上記4(2)ア@AEのとおり主張しているところ,上記4(2)アBのとおり,本件毛布に被害児の毛髪や血液が付着していたことが認められるから,検察官が,原審第4回公判期日における被告人質問の際に触れたとおり,被告人の平成17年12月18日付け検察官調書に,本件犯行当日,被告人が,本件毛布を被告人方から外へ出していない旨の供述が記載されており,その供述が信用できるのであれば,特段の事情のない限り,本件犯行が被告人方で行われたと認定できるということができる。
 ところが,原裁判所は,上記4(2)アDのとおり,被告人の同日付け検察官調書2通(乙8,11。以下「本件検察官調書」という)を含めた被告人供述調書全部を「任意性を立証してまで取り調べる必要性はない」という理由で却下してしまった。
 しかし,本件犯行の場所が屋外であるのか,被告人方であるのかという点は,後述するとおり,本件の争点及び犯情を判断するに当たって非常に重要な事実である。それにもかかわらず,原裁判所が,本件検察官調書について,本件毛布を外へ出していない旨の供述の存否を調査し,その供述が存した場合には,その任意性・信用性を検討するということをせず,本件検察官調書の任意性の調査すらしないまま,必要性がないという理由で証拠調請求を却下したのは,まことに不可解であるというほかない。

ウ.もっとも,上記4(2)アDのとおり,検察官は,本件検察官調書の立証趣旨を,いずれも「弁解状況等」としている。もし,検察官が原審第4回公判期日における被告人質問の際に触れたとおり,本件検察官調書のうちの1通または双方に,本件毛布を外に出していない旨の供述が記載されているのであれば,検察官としては,当然,本件検察官調書の立証趣旨としてその旨主張するか,少なくとも,原審第4回公判期日で,本件検察官調書の必要性について意見を述べた際,そのことを指摘しなければならないというべきである。しかるに,検察官は,本件検察官調書が本件犯行場所特定のために必要であるという主張を全くしていない。そして,検察官は,本件検察官調書が「主に殺意の存在及び被告人の責任能力を立証するため,取調べの必要性がある」旨述べただけであり,原裁判所の証拠調請求却下決定に対する異議申立ての際にも「本件犯行を立証する上で必要不可欠」と述べたに過ぎない。
 本件検察官調書の立証趣旨や取調べの必要性についての検察官の態度も,まことに不可解である。

エ.検察官は,当審において,「被告人が捜査段階において,被害児童に対して自分から声をかけた旨供述していたこと」を立証趣旨とする被告人の平成17年12月17日付け検察官調書(検18)及びいずれも「被告人が,捜査段階で,本件毛布を屋外に持ち出したことを全く供述していなかったこと」を立証趣旨とする被告人の同月18日付け検察官調書2通(検19,20)の取調べを請求し,検察官調書(検18)は検察官調書(乙7)と,検察官調書(検19)は検察官調書(乙8)と,検察官調書(検20)は検察官調書(乙11)と同一のものである旨釈明した。すなわち,被告人の検察官調書2通(検19,20)は本件検察官調書と同じものであるところ,当審における上記各検察官調書の立証趣旨にかんがみ,提示命令により上記各検察官調書を提示させて,その内容を確認したところ,本件検察官調書には,原審第4回公判期日の被告人質問で検察官が触れた供述,すなわち,被告人が,本件犯行当日,本件毛布を屋外に持ち出していないと受け取ることができるような供述が記載されていることが認められる。

オ.以上の経緯にかんがみると,原審の訴訟手続には,以下のような疑問があるといわざるを得ない。
 すなわち,検察官が,被告人の捜査段階における供述調書(いわゆる被疑者調書)の証拠調請求をする場合,刑事訴訟法326条の同意が得られないときは,当然に,その供述調書を同法322条1項により証拠調請求する趣旨であると解される。したがって,検察官が,本件犯行に関する証拠として取調請求した被告人供述調書について,第5回公判前整理手続期日において,弁護人が不同意の意見を述べたのであれば,本件犯行に係る公訴事実について,弁護人が,わいせつ目的や殺意を争っていることを十分認識していた原裁判所としては,検察官に対し,少なくとも,「被告人が被害者に携帯電話内の写真を見せるなどして被害者を誘ったこと等」を立証趣旨とする警察官調書(乙3),「犯行に至る経緯及び犯行状況等」を立証趣旨とする検察官調書(乙4),「犯行に至る経緯及び犯行後にガステーブルを隠匿した状況」を立証趣旨とする検察官調書(乙5)及び「犯行後の状況等」を立証趣旨とする検察官調書(乙6)については,同法322条1項の「不利益事実の承認」を含むものとして取調べを請求することを確認の上,弁護人に対し,上記各調書に記載された被告人の供述の任意性を争うか否か,争うのであれば,供述の任意性が疑わしい事由を具体的に主張するよう求めるべきであった。また,原裁判所は,「弁解状況等」を立証趣旨とする検察官調書5通(乙7ないし11)についても,検察官に対し,その立証趣旨を維持するのか否か,立証趣旨を変更しないのであれば,上記検察官調書5通(乙7ないし11)の証拠調請求を維持するのか,それとも請求を撤回するのか,請求を維持するのであれば,なぜ,その調書を取り調べる必要があるのかなどについて釈明を求めるべきであったというべきである。
 しかるに,原裁判所は,公判前整理手続において,被告人供述調書について弁護人が不同意意見を述べたのを,そのまま放置し,検察官に対し,警察官調書(乙3)及び検察官調書3通(乙4ないし6)についての上記確認をしなかった上,検察官調書5通(乙7ないし11)の立証趣旨についての上記釈明を求めず,それらの任意性についての主張も明らかにさせず,これら被告人供述調書についての争点を整理しないまま,第7回公判前整理手続期日において,原審第4回公判期日で,被告人質問をしてから,被告人供述調書の採否及び原審弁護人請求の精神鑑定の採否を決定し,そのいずれも採用しない場合には,原審第5回公判期日に被害児の父の意見陳述,弁護人請求の証人尋問及び被告人質問を,原審第6回公判期日に論告,弁論及び被告人の最終陳述をそれぞれ行い,原審第7回公判期日に判決宣告をするという予定を定めたことが認められる。
 たしかに,上記4(2)アDのとおり,被告人供述調書の立証趣旨は,わずかに検察官調書(乙4)のみが「犯行状況等」とされ,警察官調書(乙3)及び検察官調書2通(乙5,6)が犯行前後の状況とされていたものの,その余の検察官調書5通(乙7ないし11)の立証趣旨は,いわゆる罪体について立証するためのものとは容易に判断し難いものである。検察官が,本件検察官調書の重要な内容に即した立証趣旨を示さなかったのは,不手際と評するほかない。そして,裁判所は,取調べを請求された証拠の採否を決めるに当たり,その立証趣旨を参考にして,その取調べの必要性を判断するのであるから,被告人の弁解状況を検察官が立証する必要があることについて,検察官からの釈明もなかったことからすると,原裁判所において,被告人供述調書がさほど重要なものではないと考え,「任意性を立証してまで取り調べる必要性はない」と判断したのは,無理からぬところであるようにも思われる。
 しかし,もし,被告人供述調書に被告人に有利な内容の供述しか記載されていないのであれば,弁護人としては,何ら不同意意見を述べる必要がない筈であり,特に,弁解状況を立証趣旨とする検察官調書5通(乙7ないし11)について,被告人の弁解内容が録取されている筈であるのに,不同意意見を述べるのは不自然ではないかと考えられることや,被告人が,本件犯行についてわいせつ目的及び殺意を否認し,その犯行場所についても,検察官の主張とは異なる主張をするなど,罪体について争っているのに,被告人供述調書の中には,その立証趣旨として「犯行状況等」とされているものもあったことにかんがみると,原裁判所としては,弁護人が不同意意見を述べた段階で,被告人供述調書に不利益事実の承認が含まれているのではないかと考え,証拠等関係カードに検察官が記載した立証趣旨如何にかかわらず,被告人供述調書に不利益事実の承認があるのか否かについて,検察官に釈明を求めることができた筈である。そして,そのような釈明を求めていさえすれば,公判前整理手続において,被告人供述調書の任意性についても,争点を顕在化し明確にすることができたと考えられる。
 公判前整理手続は,充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行うことができるよう,十分な準備をするための手続である(刑事訴訟法316条の3)。そして,そのために公判前整理手続においては,証拠調べの請求をさせ,その請求に係る証拠について,その立証趣旨を明らかにさせ,その請求に関する意見を確かめることが行われるのである(同法316条の5)から,原裁判所は,上記のような措置を当然とるべきであった。
 原裁判所が,公判前整理手続において,検察官が請求した被告人供述調書について,弁護人から不同意の意見が述べられたのに,上記のような措置をとらず,当事者双方の主張から,被告人供述調書の任意性については,公判に至って争いとなることが当然に予想できた(現に原審第4回公判期日に至って被告人供述調書の任意性が争われた)のに,その争点を顕在化させないまま,公判前整理手続を終結したのは,公判前整理手続の目的に反する不相当な措置であったというほかない。
 ところで,本件では,平成18年3月22日の第2回公判前整理手続期日において,原審主任弁護人が「5月の第3週及び第4週(5月15日〔月曜日〕から26日〔金曜日〕)は予定を空けて,連日開廷に対応できるようにする」と述べ,検察官も「その2週は連日開廷に対応できるような態勢をとる」旨述べて,それが同期日の調書に記載されている。しかし,第2回公判前整理手続期日においては,検察官から,各公訴事実についての証明予定事実記載書面が提出され,証拠調請求がなされてはいるものの,被告人側の主張が明らかにされず,検察官が取調べを請求した証拠についての被告人側の意見等も述べられていなかったのであるから,未だ事件の争点及び証拠の整理は全くなされていないというべきであるところ,このような時点において,公判期日について,連日開廷すべき日まで特定して予定を立てるのが相当であるかは,本件事案の内容も考えるといささか疑問である。そして,結局,上記予定のとおり5月15日から5日間連続して公判期日が定められていることに照らすと,連続開廷をするための公判期日の日程を優先するあまり,被告人供述調書の任意性をめぐる争点の顕在化や整理等,公判前整理手続において当然行うべき準備を十分にしないまま,公判前整理手続を終結したのではないかと考えざるを得ない。

カ.そして,上記4(2)アBで指摘した証拠関係,すなわち,被告人方から押収した本件毛布に被害児の毛髪及び人血が付着していたと認められることや,原審第4回公判期日における被告人質問の際,検察官が,被告人の検察官調書に,本件犯行当日,被告人が本件毛布を被告人方から外へは出しておらず,部屋の中へ置いていた旨の供述が記載されている旨発言していたことにかんがみると,本件犯行の場所を確定するために,本件検察官調書を取り調べる必要性は高く,そのことは,原裁判所においても認識し得たというべきである。しかるに,検察官の立証趣旨の立て方が,本件検察官調書の内容を全く反映していないものであったという事情があるにせよ,原裁判所が,「任意性を立証してまで取り調べる必要性はない」という理由で,弁護人に対し,任意性を争う具体的事由について釈明を求めず,検察官に対し,任意性について立証を行う機会すら与えることなく,本件検察官調書を含む被告人供述調書全部の証拠調請求を却下したことは,証拠の必要性についての判断を誤り,合理的な理由なくして不当に証拠調請求を却下したといわざるを得ない。この点において原審は審理を尽くしておらず,これは訴訟手続の法令に違反しているというべきである。

(3) ところで,原判決は,本件犯行場所が,被告人が原審で供述する「B荘北側敷地内階段下」である可能性があることを認めているものと考えられる。そして,原判決がそのように認定したのは,B荘敷地内は,B荘階段下付近も含めて,市道からの見通しはよくなく,極めて人目に付きやすい場所であるとまではいえないし,昼間であっても,付近を通行する人や車の量は多くないと認定できるということ(争点判断2(4)イ(ア))が,前提になっていると考えられる。
 しかし,記録を検討すると,以下に説示するとおり,原判決は,B荘の北側敷地の状況について,事実を誤認しているといわざるを得ない。

ア.被告人は,被害児を南北方向に横たえ,被告人自身は被害児の体の横にいた旨供述しているところ,その供述どおりであれば,被害児の身長は125センチメートルであることなどからすると,市道の南端と被害児及び被告人との間は,約2.7メートル以上離れていることはなかったということができる。そして,市道の路面から上記ブロック塀の上端までの高さは約1.32メートルであるから,市道を徒歩あるいは自転車等で通行する者が,成人または中学生以上の年齢で通常の体格であれば,その目の高さは,上記ブロック塀の上端よりも上にあると考えられること,本件敷地が,市道の路面より約0.7メートル高い位置にあることなどに加えて,市道を通行する者が,上記ブロック塀越しに本件敷地内の様子を見通すことができないような状況にはなかったし,上記ブロック塀はB荘敷地北西角で途切れており,その西隣の敷地を含めて間口約4.3メートルにわたって開放状態になっているため,市道をB荘の西から東に向かって来た者からは,本件敷地にいる被告人及び被害児の姿が丸見えであることが明らかである。
 また,上記ブロック塀の高さは約0.62メートルであるから,被告人が立っていれば,その腰から上はブロック塀より上に出ており,しゃがんでいても,その頭部はブロック塀よりも上に出ている筈であって,本件敷地にいる限り,被告人は,市道を通る者から身を隠す術がないというべきである。
 そして,本件犯行が,平成17年11月22日(火曜日)午後零時50分ころから同日午後1時40分ころの間に行われたことは明らかであり,被告人も争っていないところ,本件犯行態様からして,被害児は,被害にあった際,抵抗したり暴れたり声を出したりした筈であるし,被告人も,被害児から抵抗されることを予想していたと考えられる。
 しかも,本件犯行が行われた日時ころ,B荘1階の2戸には,いずれもその住人がいたところ,その事実を被告人は知っていたと考えられ,少なくとも,1階の2戸に人がいないと確信していたとはいえない。また,本件敷地は,B荘1階のすぐ前であって,極めて近接していることが認められる。
 加えて,本件犯行の前に,被告人は,市道を挟んでB荘の向かい側にあるL方前の石段に座っていたところ,被告人の目の前の市道を自転車で往復した者がおり,同人は,本件犯行当日,午後零時48分ころ市道を東から西へ通った際,上記石段に座り携帯電話を持った被告人の近くに,被害児とおぼしき女児が立っているのを見ている。そして,同日午後零時52分ないし53分ころ,B荘前の市道を西から東に向かって通行した者がいたことや,そのころは学校帰りの小学生がB荘前の市道を東から西に向かって歩いていたことも認められる。被告人は,B荘に居住していたのであるから,本件敷地と市道との位置関係や,市道の人通り等についても十分認識していたと考えられるし,本件犯行直前にも,被告人の目の前を自転車で往復する者がいたのである。
 本件敷地のように,近くに人がいる上,ブロック塀で隔てられているとはいえ市道に面しており,市道を通る者から丸見えの場所で,被告人が,白昼,被害児を殺害してわいせつなことをするという行為を真実しようとしたのか,本件敷地でそのような行為をすることが,心理的または精神的に果たして可能であるのかという疑問は否定し難い。
 なお,B荘1階の住人は,いずれも上記日時に特に異常な物音を聞いたことはなかった旨供述している。

イ.B荘敷地の状況特に本件敷地の外部からの見通し等は,上記のとおりであって,B荘敷地内は,B荘階段下付近も含めて,市道からの見通しはよくなく,極めて人目に付きやすい場所であるとまではいえないし,昼間であっても付近を通行する人や車の量は多くないという原判決は,事実を誤認している。

ウ.そうすると,本件犯行の場所は,被告人が供述する場所ではなかったのではないかという疑問を払拭することはできない。加えて,本件犯行についての被告人の原審公判供述は不自然不合理なものである上,経験則に照らしてあり得ない供述や,客観的証拠と矛盾する供述が多く含まれていることなどを考慮すると,極めて信用性に乏しいというべきである。
 本件敷地の見通し状況等についての認定を誤り,かつ,被告人の原審公判供述の信用性を否定せず,同供述によって,本件犯行の場所がB荘階段下である可能性を肯認した原判決には,疑問を呈せざるを得ない。

エ.原審の訴訟手続には法令違反があり,原判決の本件犯行場所についての事実認定には疑問があるものの,それらの違法または疑問点は,いずれも本件犯行の場所についての原判決の事実認定に関するものである。そして,検察官が,本件犯行場所が「被告人方」または「B荘及びその付近」のいずれであっても,量刑上の軽重はないと主張している以上,刑事裁判は,検察官の主張する事実が立証されているか否かを判断するものであることにかんがみ,当裁判所としても,原審の訴訟手続の法令違反及び本件敷地の見通し状況等に関する事実誤認について,それ自体では判決に影響を及ぼさないと考えることもできるとして,本件犯行場所については原判決の認定に基づき,検察官の量刑不当の主張について判断し,弁護人の控訴理由についても調査検討して判決を宣告する方針を一旦は固めた。そして,当審第5回公判期日で,検察官及び弁護人双方から刑事訴訟法393条4項の弁論を聴いた上,結審したものである。

オ.しかし,本件犯行の場所を原判決認定のとおり「B荘及びその付近」すなわち「L方前石段からB荘階段下を含めた敷地内あるいは当時の被告人方室内を含むB荘及びその付近を超えない範囲の場所」として,被告人の刑を量定するとした場合,本件犯行が屋外でなされた場合と屋内でなされた場合とでは,屋内である場合については居室に連れ込む方法も含めて,その犯行態様は大きく異なると考えられるほか,市道を通行する者から容易に見られるような場所で,わいせつ行為や自慰行為をしたとすれば,その責任能力に疑問が生じたり,そのような場所でも自己の性欲を満たすため,周囲をはばかることなく犯行に及んだとして,犯情がより悪いということになるのかなど,本件犯行場所が被告人方か屋外も含むかという差異は,そこから推認される犯行経緯,犯行態様や動機等にも影響することが否定できない。
 この場合,原判決のとおり,本件犯行場所が屋外であるのか屋内であるのかにかかわらず,被告人については心神喪失でも心神耗弱でもないと認定できるとしても,犯行態様については,被告人に最も有利と考えられるものを想定して,刑を量定することになると思料される。
 しかしながら,本件犯行は,小学1年生である7歳の女児が,下校途中に襲われ,性的欲望の対象とされて弄ばれるとともに,頚部を絞めて殺害されたという極めて凶悪かつ冷酷非情で残忍な犯行である。被害児に与えた苦痛や恐怖はもとより,その両親ら遺族に与えた衝撃や悲痛の心情は甚だしい。
 本件が社会一般に与えた影響,特に学童期の女児を持つ親たちや学校関係者らに与えた不安や恐怖等も著しいと考えられる。検察官が死刑を求刑し,原判決が無期懲役を言い渡したように,本件が非常な重罪事件であること,犯行場所は,いわゆる訴因を構成する重要な要素であること(刑事訴訟法256条3項),刑事裁判は,事案の真相を明らかにし,刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現すべき使命を負っていること(同法1条),本件検察官調書を取り調べれば,本件犯行場所について真相が解明される可能性が多分にあり,そうすれば,被告人が否認しているとはいえ,本件犯行の態様等が相当程度明らかになると思料されることなどにかんがみると,検察官は,本件において,犯行場所がどこであるかが量刑に及ぼす影響に軽重はないと主張するけれども,検察官及び弁護人双方の量刑不当や,弁護人の事実誤認の主張を判断するに当たって,本件犯行の場所が,被告人方か屋外かという点について曖昧なままに判断するのは,相当でないというべきである。
 原裁判所は,本件検察官調書の証拠能力について,検察官及び弁護人に主張すら尽くさせないで,その証拠調請求を却下しているところ,原判決の説示に照らすと,原裁判所がそのような措置をとったのは,本件犯行場所として認定した本件敷地の状況について事実を誤認したためではないかという疑いが相当程度あり,しかも,犯行場所は訴因の重要な構成要素である上,これが明らかになれば,本件犯行の態様等が相当程度明らかになると思料されることも併せ考えると,原裁判所は,本件検察官調書を取り調べなかったことにより,本件犯行場所について事実を誤認したのではないかと考えざるを得ず,そうすると,上記訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるといわざるを得ない。そして,弁護人は,本件検察官調書記載の供述が任意にされたものでない旨主張しているところ,その具体的事由の主張すらされていないことにかんがみると,審級の利益も考えて,第一審において,同調書が証拠能力を有するか否か,その証拠調請求を却下すべきか否かについての審理を遂げるとともに,その結果に基づいて更に慎重に審理を尽くす必要がある。

5.結論

 以上説示したとおり,原審の訴訟手続の法令違反は,判決に影響を及ぼすことが明らかであるところ,原判決は,本件犯行と,死体遺棄,出入国管理及び難民認定法違反とが刑法45条前段の併合罪の関係にあるとして,1個の刑を言い渡しているから,その全部について破棄を免れない。
 よって,検察官及び弁護人のその余の主張についての判断を省略して,刑事訴訟法397条1項,379条により原判決を破棄し,同法400条本文により,本件を原裁判所である広島地方裁判所に差し戻す。

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