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最高裁判所第二小法廷判決平成21年04月17日

【事案】

1.上告人X3(以下「上告人父」という。)が世田谷区長(以下「区長」という。)に対し,上告人父と上告人X2(以下「上告人母」といい,上告人父と併せて「上告人父母」という。)との間の子である上告人X1(以下「上告人子」という。)につき住民票の記載を求める申出をしたところ,これをしない旨の応答を受け,その後も上告人母と共に同様の申入れをしたものの住民票の記載がされなかったことから,上告人らにおいて,被上告人に対し,上記応答及び住民票の記載をしない不作為が違法であると主張して,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償等を求めるとともに,上記応答が行政処分であることを前提にその取消しを求める事案。

2.事実関係の概要等

(1) 上告人父母は,平成11年以降,東京都世田谷区内で事実上の夫婦として共同生活をしている。上告人父母の間には,同17年3月▲日,上告人子が出生し,上告人父は,これに先立つ同年2月24日,我孫子市長に上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された。

(2) 上告人父は,区長に対し,同年4月11日,自らを届出人として上告人子に係る出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したが,非嫡出子という用語を差別用語と考えていたことから,届書中,嫡出子又は嫡出でない子(以下「非嫡出子」という。)の別を記載する欄(戸籍法49条2項1号参照)を空欄のままとした。このため,本件出生届には,上記の欄が空欄になっており,かつ,同法52条2項所定の届出義務者である上告人母ではなく,上告人父が届出人として記載されているという不備が認められた。区長は,上告人父に対し,これらの不備の補正を求めたが,拒否され,前者の不備については,届書の記載が上記のままでも,区長において届書のその余の記載事項から出生証明書の本人と届書の本人との同一性が確認されれば,その認定事項(例えば,父母との続柄を「嫡出でない子・女」と認める等)を記載した付せんを届書に貼付するという内部処理(以下「付せん処理」という。)をして受理する方法を提案したものの,この提案も拒絶された。そこで,区長は,同日,本件出生届を受理しないこととした(以下,これを「本件不受理処分」という。)。

(3) 上告人父は,区長に対し,同年5月19日,上告人子につき住民票の記載を求める申出をしたが,区長は,本件出生届が受理されていないことを理由に,上記記載をしない旨の応答(以下「本件応答」という。)をした。

(4) 上告人父母は,その後も区長に対し上告人子に係る住民票の記載を求める申入れをしたが,区長はこれに応じていない。

(5) 上告人父は,本件不受理処分を不服として,区長に本件出生届の受理を命ずることを求める家事審判の申立てをしたが,東京家庭裁判所は,同年12月2日,本件不受理処分に違法はないとして,同申立てを却下する決定をした。上告人父はこれを不服として抗告したが,東京高等裁判所は同18年1月30日,これを棄却する決定をし,これに対する特別抗告も同年9月8日の最高裁判所の決定により棄却された。上告人母は,その後も,現在に至るまで,上告人子に係る適法な出生届を提出していない。

(6) 上告人父母は,現在,世田谷区内で上告人子を監護養育している。なお,本件の第1審判決は,同19年5月31日,区長に上告人子に係る住民票の作成を命ずる判決を言い渡したが,被上告人は,原審の口頭弁論終結時(同年9月12日)までの間,本件出生届の提出後に上告人子の居住実態や通名(上告人子は出生届が受理されていないので戸籍上の名はない。)に変更を生じたなどの具体的な主張をしていない。

(7) なお,行政実務上,戸籍の記載と住民票の記載との連動を前提とした事務処理システムが全国的に構築されており,被上告人においても同様のシステムが導入されている。また,住民票は,行政実務上,選挙人名簿への登録のほか,就学,転出証明,国民健康保険,年金,自動車運転免許証の取得,都営住宅への入居等に係る事務処理の基礎とされているが,これらのうち,選挙人名簿への登録に関しては,上告人子が事実審の口頭弁論終結時において2歳であり,住民票の記載がされないことに伴う不利益が現実化しているものではない。その余の事務に関しても,被上告人は,住民基本台帳に記録されていない住民に対し,手続的に煩さな点はあり得るとしても,多くの場合,それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供している。

【判旨】

1.上告人子につき住民票の記載をすることを求める上告人父の申出は,住民基本台帳法(以下「法」という。)の規定による届出があった場合に市町村(特別区を含む。以下同じ。)の長にこれに対する応答義務が課されている(住民基本台帳法施行令(以下「令」という。)11条参照)のとは異なり,申出に対する応答義務が課されておらず,住民票の記載に係る職権の発動を促す法14条2項所定の申出とみるほかないものである。したがって,本件応答は,法令に根拠のない事実上の応答にすぎず,これにより上告人子又は上告人父の権利義務ないし法律上の地位に直接影響を及ぼすものではないから,抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないと解される(最高裁昭和43年(行ツ)第3号同47年11月16日第一小法廷判決・民集26巻9号1573頁,最高裁平成2年(行ツ)第202号同3年3月19日第三小法廷判決・裁判集民事162号211頁参照)。そうすると,本件応答の取消しを求める上告人子の訴えは不適法として却下すべきである。

2.(1) 法は,市町村において,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,併せて住民に関する記録の適正な管理を図り,もって住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資するため,住民基本台帳の制度を定めている(法1条)。住民基本台帳は,個人を単位とする住民票を世帯ごとに編成して作成する台帳であり(法6条),住民票には,住民の氏名,出生の年月日,男女の別,世帯主との続柄,戸籍の表示等を記載するところ,本籍のない者及び本籍の明らかでない者については,その旨を記載すべきものとされている(法7条)。また,市町村長は,新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,その者につき住民票の作成又は記載をしなければならず(法8条,令7条),住民基本台帳に脱漏等があったときは,当該事実を確認して,職権で住民票の記載等をしなければならないものとされている(法8条,令12条3項)。そして,市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないものとされている(法3条)。
 これらの規定によれば,法及び令は,当該市町村に住所を有する者すべてについて住民票の記載をして,住民に関する事務処理の基礎とすることを制度の基本としていることが明らかである。このことは,出生届が受理されず,戸籍の記載がされていない子についても変わりはない。

(2) ところで,法及び令は,子が出生した場合,世帯主等に,転入届,世帯変更届等の届出義務を課することなく(法22条1項括弧書参照),出生届の受理等又はこれに関する関係市町村長からの通知に基づき,職権で住民票の記載をすべきものとしている(令12条2項1号,法9条2項)。そして,当該子につき出生届が提出されなかった場合において,当該子に係る住民票の記載をするための手続として,出生届の届出義務者に対し届出の催告等をし,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき,職権で住民票の記載をする方法(法14条1項参照。以下「届出の催告等による方法」という。)と,職権調査を行って当該子の身分関係等を把握し,その結果に基づき,職権で住民票の記載をする方法(法34条参照。以下「職権調査による方法」という。)の2種類の手続を設けている。
 両手続の優先関係ないし補充関係に関しては,法及び令に明文の規定は置かれていない。しかし,戸籍法52条1項ないし3項所定の者は,出生の届出をすることを義務付けられており(同法49条参照),その違反に対しては,届出の催告(同法44条)及び過料の制裁(同法135条)が予定されている。そして,法が出生した子に係る転入届等の届出義務を課さなかったのは,その義務を課すると,戸籍法の定める上記の届出義務に加えて二重の届出義務を課することとなるほか,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき住民票の記載をする方が,戸籍の記載と住民票の記載との不一致を防止し,住民票の記載の正確性を確保するために適切であると判断されたことによるものと解される。また,法は,このような制度趣旨に基づき,住民票の記載を戸籍の記載と合致させるため,関係市町村長間の通知の制度(法9条2項)を設けている。なお,住民は,常に,住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努めなければならず,住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならないものとされている(法3条3項)。このような法の趣旨等にかんがみれば,法は,上記の両手続のうち,届出の催告等による方法を原則的な方法として定めているものと解するのが相当である。
 したがって,市町村長は,父又は母の戸籍に入る子について出生届が提出されない結果,住民票の記載もされていない場合,常に職権調査による方法で住民票の記載をしなければならないものではなく,原則として,出生届の届出義務者にその提出を促し,戸籍の記載に基づき住民票の記載をすれば足りるものというべきである。

(3) もっとも,上記(1)のとおり,住民基本台帳は,出生した子が当該市町村に住所を有する限り,戸籍の記載がされたか否かにかかわらず,最終的には,それらの子につきすべて住民票の記載をすることを制度の基本としており,その記載を基礎として,住民に関する事務処理が行われるのであるから,その記載がされなければ,当該子が行政上のサービスを受ける上で少なからぬ支障が生ずることが予想される。したがって,戸籍に記載のない子については,届出の催告等による方法により住民票の記載をするのが原則的な手続であるとはいえ,その方法によって住民票の記載をすることが社会通念に照らし著しく困難であり又は相当性を欠くなどの特段の事情がある場合にまで,出生届が提出されていないことを理由に住民票の記載をしないことが許されるものではなく,このような場合には,市町村長に職権調査による方法で当該子につき住民票の記載をすべきことが義務付けられることがあるものと解される。

(4) 本件においては,@ 上告人父は上告人子に係る胎児認知届を提出して受理された,A 本件出生届は,嫡出子又は非嫡出子の別を記載する欄及び届出人欄の記載を除けば,添付された出生証明書の記載も含めて,不備のない届出であった,B 上告人子は,現在も世田谷区内の上告人父母の住所で監護養育されており,その居住実態や通名に変更を生じたことはうかがわれないなどというのであるから,住民票に記載すべき上告人子の身分関係等は明らかであったというべきである。したがって,仮に区長において,上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしたとしても,法の趣旨に反する措置ということはできず,むしろ,このような措置を執ることで,上告人子に関する画一的な処理が可能となり,被上告人における行政上の事務処理の便宜に資する面もあるということができる。
 それにもかかわらず区長が上記のような措置を講じていないのは,本件において,上告人母が上告人子に係る適式な出生届を提出することに格別の支障がないにもかかわらず,その提出を怠っていることによるものと考えられる。上告人母が上記提出をしていないのは,その信条に基づくものであることがうかがわれるところ,区長は,このような信条にも配慮して,付せん処理の方法による本件出生届の受理を提案したのであり,しかも,区長の本件不受理処分に違法がないことについては司法の最終的判断が確定しているのである。したがって,上告人母が出生届の提出をけ怠していることにやむを得ない合理的な理由があるということはできず,前記の特段の事情があるということもできないから,区長が上記のような措置を講じていないことが,この観点から法の趣旨に反するものということはできない。

(5) また,住民票の記載がされないことによって上告人子に看過し難い不利益が生ずる可能性があるような場合は,たとい上告人母の上記け怠にやむを得ない合理的な理由がないときであっても,前記の特段の事情があるものとして,区長が職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をしなければならないこともあり得ると解されるところではある。しかし,上告人子においては,住民票の記載を欠くことに伴う最大の不利益ともいうべき,選挙人名簿への被登録資格を欠くことになるという点に関しては,その年齢からして,いまだその不利益が現実化しているものではなく,また,被上告人は,住民基本台帳に記録されていない住民に対しても,手続的に煩さな点があり得るとはいえ,多くの場合,それに記録されている住民に対するのと同様の行政上のサービスを提供しているというのである。なお,本件記録によっても,上記のような措置が講じられないことにより上告人子に看過し難い不利益が現に生じているような事情はうかがわれない。
 したがって,区長が上記のような措置を講じていないことが,この観点から法の趣旨に反するものということもできない。

(6) 他に,区長において上記のような措置を講じていないことを違法とすべき特段の事情は見当たらない。
 そうすると,区長において,上告人子につき上告人母の世帯に属する者として住民票の記載をしていないことは,法8条,令12条3項等の規定に違反するものではないというべきであり,もとより国家賠償法上も違法の評価を受けるものではないと解するのが相当である。
 したがって,上告人らの損害賠償請求には理由がない。

【今井功意見要旨】

1.市町村の住民は,住民であることによって,市町村から多種多様の行政サービスを受けることができる。市町村の区域内に住所を有する住民であるにもかかわらず,住民票に記載がされないことによって,行政上のサービスを受ける住民の側においては,これらのサービスを受けることができなかったり,たとえサービスを受けることができたとしても,住民票の記載がある場合に比較して,煩雑な手続を要するなど多くの不利益を受けることは明らかである。一方,市町村の側においても,住民票の記載がない場合には,その事務を処理する上で少なからぬ支障が生ずる。すなわち,各種の行政上のサービスの提供は,住民票の記載を基礎として行われるのであるが,住民票に記載されていないからといって,その住民に行政サービスを全く拒否することはできず,その住民に行政サービスを提供する場合には,市町村の側においても,その都度,住民票に記載されていないが実際には当該市町村に住所を有する旨の届出をさせたり,その事実の有無の調査が必要となるなど,住民票に記載があれば不要となる余計な手数を要することとなって,住民に関する事務がすべて住民基本台帳に基づいて行われるべきものとする住基法2条の趣旨にも反することになる。
 このような住民基本台帳制度の趣旨に照らせば,子が出生した場合に,市町村の 区域内に適法に住所を有する子について,届出の催告等による方法により住民票を記載することができないときは,市町村長は,職権調査の方法により住民票の記載をすべき義務があると解すべきである。
 もちろん,出生した子について戸籍法の定めるところにより出生届を提出すべき義務を怠ることは許されることではなく,本件のように適式な出生届を提出しないことを理由とする出生届の不受理処分が違法でない旨の司法判断が確定したにもかかわらず,依然として適式な出生届を提出しないことは許容されない。出生届を提出しさえすれば住民票に記載されるのであるから,住民票に記載されないことについて,上告人母に責任があることは明らかである。しかし,そうであるからといって,市町村長の側で,そのことを理由として住民票の記載を拒否することは,関連が深いとはいえ,別個の制度である戸籍と住民基本台帳とを混同するものであって,先に述べたように,住基法の趣旨に反し,違法というべきである。住民票に記載されないことについて上告人母に責任があることは,国家賠償法による損害賠償責任を考える際に考慮すれば足り,かつそれで十分である。

2.以上のように,本件の住民票の記載を拒否した区長の措置は住基法による義務に違反し,違法であるといわなければならない。しかしながら,住基法上違法であるからといって,それにより国家賠償法上も直ちに違法となるわけではない。すなわち,本件は,上告人母が戸籍法の規定に違反して上告人子の出生届を提出しなかったため,区長が住民票に記載しなかったという事案である。ところで,戸籍に記載のない子については,出生届の提出を待って,戸籍の記載に基づき住民票の記載をするというのが,前記のように法の予定する原則的な方法であるとともに,従来の一般的な行政実務の取扱いであって,区長もこのような一般的な取扱いに従い,職権調査による方法で上告人子につき住民票の記載をする措置を講じなかったということができるのである。そうすると,区長の判断が,公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然とされたものということはできず,区長の措置について国家賠償法1条1項にいう違法がないというべきである。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成21年04月17日

【事案】

1.事実関係の概要

(1) 上告人Y2は,平成4年に,神奈川県内に所在する墓地を運営していたAから,同墓地(以下「本件墓地」という。)の土地所有権等の財産の出えんを受けて設立され,以降,本件墓地の運営を行っている。

(2) Aは,上告人Y2と共に,新たな墓地の開発を計画し,そのための資金を被上告人から借り入れて調達することとなった。そこで,被上告人は,Aに対し,平成8年5月21日から平成12年2月29日まで,7回にわたり,利息制限法1条1項所定の制限利率を超える月3分の利率による利息の約定で,合計4億6000万円を貸し付けた(以下「本件貸付け」と総称する。)。
 Aは,被上告人に対し,本件貸付けに係る各債務(以下「本件借入金債務」と総称する。)の支払のために約束手形(以下「本件約束手形」と総称する。)を振り出して交付した。

(3) Aは,上告人Y2から,本件墓地のうち1130u分の永代使用権を2億5000万円で購入していたが,そのうち800u分の永代使用権(以下「本件墓地使用権」という。)を,平成14年1月,本件約束手形に基づく手形金債権の担保としてではなく,本件貸付けの一部の残債権(以下「本件被担保債権」という。)の担保として被上告人に譲渡し,上告人Y2は,被上告人に対し,本件墓地使用権の対象区画の使用を承諾する旨を記載した使用権利証を交付した。

(4) Aは,本件借入金債務について,利息の支払を継続した。Aが利息制限法1条1項所定の利息の制限額を超えて利息として支払った部分を元本に充当すると,本件借入金債務に対する最終の弁済がされた平成16年4月27日までに,本件貸付けのいずれの貸付けについても,過払金が生じていた。

(5) Aは,平成16年5月,約20億円の負債を抱えて,事実上倒産した。

(6) 上告人Y1は,昭和62年ころから,Aに対し,金員を貸し付けていたところ,上記Aの倒産時に,約3億3000万円の貸金債権を有していた。そこで,Aの代表取締役と上告人Y1の代表取締役は,平成16年12月4日,本件借入金債務について生じた過払金が約2億1000万円であるとして,同過払金についてのAの被上告人に対する不当利得返還請求権(以下「本件過払金返還請求権」という。)を上告人Y1に譲渡する旨の合意をし(以下「本件債権譲渡」という。),Aの代表取締役は,同月7日,被上告人に対し,本件過払金返還請求権を上告人Y1に譲渡したことを通知した。本件債権譲渡がされた当時,Aには,本件過払金返還請求権以外に価値のある財産はほとんどなかったが,本件債権譲渡について,Aの取締役会の決議はなかった。上告人Y1はこれらのAの事情を知っていた。

2.本件は,@上告人Y1が,被上告人に対し,本件債権譲渡により取得した本件過払金返還請求権に基づき,その支払を求め,A上告人Y2が,被上告人に対し,本件墓地使用権の譲渡は本件被担保債権の担保を目的としてAから被上告人に譲渡されたものであるから,被上告人は,本件被担保債権が弁済により消滅した結果本件墓地使用権を失ったと主張して,被上告人が本件墓地使用権を有しないことの確認を求める事案である。なお,被上告人は,上告人Y1の請求について,本件債権譲渡はAの「重要ナル財産ノ処分」(平成17年法律第87号による改正前の商法260条2項1号)に当たり,Aの取締役会決議を経ていないため無効である旨主張していたが,会社法の制定により,取締役会の権限に関しては同法に上記商法260条2項と同内容の規定である362条4項が設けられ,会社法の施行前に生じた事項にも適用されるものとされた(同法附則2項)ので,同法施行後は同法362条4項1号に該当することによる無効を主張するものと解される。

3.原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人らの請求をいずれも棄却した。

(1) 上告人Y1の請求について

ア.Aが事実上倒産した平成16年5月以降,本件過払金返還請求権がAの一般債権者の支払に充てるほとんど唯一の財産であったという状況に照らすと,2億円を超える本件過払金返還請求権の譲渡を内容とする本件債権譲渡は,Aの重要な財産の処分に当たり,取締役会の決議が必要であったというべきである。

イ.本件債権譲渡については,上記取締役会の決議がなく,上記債権譲渡の相手方である上告人Y1もそのことを知っていたから,上記債権譲渡は無効である。

(2) 上告人Y2の請求について

 本件墓地使用権は,Aが上告人Y2から対価を支払って購入したものであり,Aがこれを被上告人に譲渡したことについて,上告人Y2も被上告人に使用権利証を交付して承認していること,上記譲渡の当事者であるA及び被上告人の間では,上記譲渡が現在も有効であり,被上告人に本件墓地使用権が帰属していることに争いがないこと,上告人Y2は,本件墓地の所有者であるが,本件墓地使用権に基づく墓地使用を受忍する立場にある以上,上記使用権の帰属を承認せざるを得ないことから,本件墓地使用権は,被上告人に帰属しているものと認めざるを得ない。

【判旨】

1.原審の上記3(1)イ及び(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 上告人Y1の請求について

 会社法362条4項は,同項1号に定める重要な財産の処分も含めて重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項と定めているので,代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行をすることは許されないが,代表取締役は株式会社の業務に関して一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有することにかんがみれば,代表取締役が取締役会の決議を経ないでした重要な業務執行に該当する取引も,内部的な意思決定を欠くにすぎないから,原則として有効であり,取引の相手方が取締役会の決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときに限り無効になると解される(最高裁昭和36年(オ)第1378号同40年9月22日第三小法廷判決・民集19巻6号1656頁参照)。
 そして,同項が重要な業務執行についての決定を取締役会の決議事項と定めたのは,代表取締役への権限の集中を抑制し,取締役相互の協議による結論に沿った業務の執行を確保することによって会社の利益を保護しようとする趣旨に出たものと解される。この趣旨からすれば,株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合,取締役会の決議を経ていないことを理由とする同取引の無効は,原則として会社のみが主張することができ,会社以外の者は,当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り,これを主張することはできないと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,本件債権譲渡はAの重要な財産の処分に該当するが,Aの取締役会が本件債権譲渡の無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情はうかがわれない。そうすると,本件債権譲渡の対象とされた本件過払金返還請求権の債務者である被上告人は,上告人Y1に対し,Aの取締役会の決議を経ていないことを理由とする本件債権譲渡の無効を主張することはできないというべきである。

(2) 上告人Y2の請求について

 本件墓地使用権は,本件被担保債権の担保としてAから被上告人に譲渡されたものであり,本件被担保債権は,平成16年4月27日までには弁済により消滅したというのであるから,これにより担保の対象である本件墓地使用権はAに復帰したと解するのが相当である。そして,被上告人は,上記の譲渡以外に本件墓地使用権の取得原因を主張していないのであるから,Aと被上告人との間で本件墓地使用権が被上告人に帰属していることに争いがないからといって,上告人Y2との間において被上告人に本件墓地使用権が帰属しているということはできない。
 なお,上告人Y2は,本件墓地の土地所有権を有するのであるから,本件墓地使用権を有しないのにそれを有すると主張する者に対し,本件墓地使用権がその者に帰属しない旨の確認を求めることができることは明らかである。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,上告人らの敗訴部分は破棄を免れない。
 そして,上告人Y1の請求については,被上告人の相殺の主張等について更に審理を尽くさせるため,同上告人の敗訴部分につき,本件を原審に差し戻すこととし,上告人Y2の請求については,上記説示したところによれば理由があり,これを認めた第1審判決は正当であるから,同上告人の敗訴部分につき,被上告人の控訴を棄却することとする。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成21年04月17日

【事案】

1.本件は,被上告人の株主であり平成19年6月28日当時被上告人の取締役であった上告人らが,被上告人に対し,@ 同日に開催されたとする被上告人の臨時株主総会における,上告人らを取締役から,Bを監査役から解任し,新たな取締役及び監査役を選任することを内容とする株主総会決議(以下「本件株主総会決議」という。),A 同日に新たに選任されたとする取締役らによって開催されたとする被上告人の取締役会における代表取締役選任決議(以下,上記両決議を併せて「本件株主総会決議等」という。)の不存在確認を求める事案である。
 記録によれば,上告人らは,平成19年7月10日,福島地方裁判所に本件訴訟を提起したが,被上告人は,第1審係属中の同年9月7日,破産手続開始の決定を受け,破産管財人が選任されたことが明らかである。

2.原審は,次のとおり判断して,上告人らの訴えをいずれも却下した。
 被上告人が破産手続開始の決定を受け,破産管財人が選任されたことにより,本件株主総会決議で選任されたとする取締役らは,いずれも,被上告人との委任関係が当然終了してその地位を喪失し,他方,同決議で解任されたとする取締役らについても,本件訴訟で勝訴したとしても,破産手続開始の時点で委任関係が当然終了したものと扱われるので,被上告人の取締役らとしての地位に復活する余地はないから,特別の事情がない限り,本件株主総会決議等不存在確認の訴えは訴えの利益がない。そして,同訴えにつき訴えの利益を肯定すべき特別の事情があるとは認められない。

【判旨】

1.民法653条は,委任者が破産手続開始の決定を受けたことを委任の終了事由として規定するが,これは,破産手続開始により委任者が自らすることができなくなった財産の管理又は処分に関する行為は,受任者もまたこれをすることができないため,委任者の財産に関する行為を内容とする通常の委任は目的を達し得ず終了することによるものと解される。会社が破産手続開始の決定を受けた場合,破産財団についての管理処分権限は破産管財人に帰属するが,役員の選任又は解任のような破産財団に関する管理処分権限と無関係な会社組織に係る行為等は,破産管財人の権限に属するものではなく,破産者たる会社が自ら行うことができるというべきである。そうすると,同条の趣旨に照らし,会社につき破産手続開始の決定がされても直ちには会社と取締役又は監査役との委任関係は終了するものではないから,破産手続開始当時の取締役らは,破産手続開始によりその地位を当然には失わず,会社組織に係る行為等については取締役らとしての権限を行使し得ると解するのが相当である(最高裁平成12年(受)第56号同16年6月10日第一小法廷判決・民集58巻5号1178頁参照)。
 したがって,株式会社の取締役又は監査役の解任又は選任を内容とする株主総会決議不存在確認の訴えの係属中に当該株式会社が破産手続開始の決定を受けても,上記訴訟についての訴えの利益は当然には消滅しないと解すべきである。

2.以上によれば,被上告人が破産手続開始の決定を受け,破産管財人が選任されたことにより,当然に取締役らがその地位を喪失したことを前提に,訴えの利益が消滅したとして本件株主総会決議等不存在確認の訴えを却下した原審の判断には法令解釈の誤りがあり,この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そこで,本案につき審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

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