最新下級審裁判例

広島地裁判決平成20年10月02日

【事案】

1.特定の刑事事件における原告らの弁護活動について、被告がテレビ放送において公衆に対し原告らに対する懲戒請求をするように求めたことにより、原告らが経済的損害及び精神的損害を被ったとして、原告らから被告に対し不法行為に基づく損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する事案。

2.前提事実

(1) 原告らは、いずれも広島弁護士会に所属する弁護士であり、広島高等裁判所平成18年(う)第161号殺人、強姦致死、窃盗被告事件(以下「本件刑事事件」という)の弁護人であった。なお同事件の弁護人らについて以下併せて「本件弁護団」という。

ア.本件刑事事件の後記第1審判決において認定された事実の概要は次のとおりである。
 犯行当時18歳の被告人(以下「本件被告人」という)が、白昼配水管の検査を装って上がり込んだアパートの一室において、当時23歳の主婦(以下「被害者」という)を姦淫しようとして激しく抵抗されたため、被害者を殺害した上で姦淫し、その後同所において、激しく泣き続ける当時生後11か月の被害者の長女(以下「被害児」という)をも殺害し、さらに、その後同所において、被害者管理の現金等在中の財布1個を窃取した。

イ.本件被告人は、本件刑事事件について第1審及び第2審とも無期懲役刑に処せられた後、最高裁判所第三小法廷平成18年6月20日判決により第2審判決が破棄され、広島高等裁判所に差し戻された。原告Aは、本件刑事事件が最高裁判所に係属している間に私選弁護人として選任され、その他の原告らは本件刑事事件が広島高等裁判所に差し戻された後に同じく私選弁護人として選任された。

ウ.本件被告人は、本件刑事事件について第1審及び第2審では公訴事実をいずれも認めていた。しかし、原告Aが選任された後、被害者に係る強姦致死の公訴事実について被害者を生き返らせるために姦淫したなどとして殺意及び強姦の故意を否認し、被害児に係る殺人の公訴事実についても殺意を否認し、本件弁護団もこれに沿った主張をした。

(2) 被告は大阪弁護士会に所属する弁護士であり、いわゆるテレビタレントをも業とする者であるところ、平成19年5月27日Bテレビ放送株式会社制作の「J」と題する番組(以下「本件番組」という)に出演し、共演者らが本件弁護団の活動を批判する中で次のとおり発言した(以下順次「本件発言ア」ないし「本件発言オ」といい、併せて「本件各発言」という)。

ア.「死体をよみがえらすためにその姦淫したとかね、それから赤ちゃん、子どもに対しては、あやすために首にちょうちょ結びをやったということを、堂々と21人のその資格を持った大人が主張すること、これはねぇ、弁護士として許していいのか」(本件刑事事件において本件弁護団がしたという主張の内容を摘示するもの)

イ.「明らかに今回は、あの21人というか、あのCっていう弁護士が中心になって、そういう主張を組み立てたとしか考えられない」(上記主張を本件弁護団が創作したという事実を摘示するもの)

ウ.「ぜひね、全国の人ね、あの弁護団に対してもし許せないって思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求かけてもらいたいんですよ」

エ.「懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って懲戒請求を立てれますんで、何万何十万っていう形であの21人の弁護士の懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」

オ.「懲戒請求を1万2万とか10万人とか、この番組見てる人が、一斉に弁護士会に行って懲戒請求かけてくださったらですね、弁護士会のほうとしても処分出さないわけにはいかないですよ」

(3) 本件番組は、Bテレビのほか全国18の地方テレビ局により放送された(以下「本件放送」という)。

(4) 平成19年5月26日以前に原告ら4名に対してされた懲戒請求の件数は0件であった。
 本件番組以降、原告らに対し、本件刑事事件における本件弁護団の主張が弁護士の品位を失うべき非行に当たるなどとする懲戒請求がされた。その後平成19年8月30日までに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに対するものが318件、原告Dに対するものが301件、原告Eに対するものが302件、原告Fに対するものが301件であった。また、平成20年1月21日ころまでに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに関するもの639件、原告Dに関するもの615件、原告Eに関するもの632件、原告Fに関するもの615件であった。
 なお、平成18年中における懲戒請求の件数は、広島弁護士会所属弁護士に対するものは延べ20件、全国の弁護士に対するものを合計しても1367件であった。

(5) 広島弁護士会は平成20年3月18日付けで本件刑事事件における本件弁護団の主張が弁護士の品位を失うべき非行に当たるなどとする懲戒請求について、原告らに対し、いずれも懲戒しないと決定した。

(参照条文)弁護士法

56条
 弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったときは、懲戒を受ける。
2 懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。

58条1項
 何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。

3.争点

(1) 本件各発言が原告らに対する名誉毀損に当たるか
(2) 本件発言アないしオが原告らに対する(1)以外の不法行為に当たるか
(3) 本件各発言と原告らの損害との間に因果関係があるか
(4) 原告らが本件各発言により被った損害の有無及び程度

【判旨】

1.争点(1)に対する判断

(1) 本件における名誉毀損の成立要件について

 テレビ番組の出演者による当該番組における発言による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、人の品性・徳行・名声・信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず成立し得る。
 そして、事実を摘示することによる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、この行為には違法性がなく、仮にこの事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において真実であると信じたことについて相当の理由があれば、故意又は過失は否定される。
 また、ある事実を基礎として意見ないし論評を摘示することによる名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、上記意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、違法性を欠くというべきである。そして、仮に上記意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される。

(2) 本件各発言の内容について

 被告の主張するところは、本件各発言の内容が弁護士懲戒制度の存在を明らかにすることにあったとするものである。
 本件各発言ア及び同イはともかく、本件各発言ウないしオの内容をみると「一斉に・・・懲戒請求かけてもらいたいんですよ」「誰でも彼でも簡単に・・・立てれますんで、何万何十万という形で・・・懲戒請求を立ててもらいたいんですよ」「懲戒請求を1万とか2万とか十万人とか、この番組見てる人が、一斉に・・・懲戒請求かけてくださったら・・・弁護士会の方としても処分出さないわけにはいかないですよ」とするものであって、被告がいうような単なる懲戒制度の紹介にとどまらず、原告らを含む本件弁護団に属する弁護士に対する懲戒を大規模に行うようマスメディアを通じて呼びかけるものであることは否定する余地がない。

(3) 本件発言アについて

ア.名誉毀損に該当するかどうかについて

 本件発言アは、本件刑事事件において、本件被告人は@被害者を生き返らせるために姦淫した、A被害児をあやすために首にちょうちょ結びをしたところ死亡させたという事実を原告らが主張しているという事実を基礎として、原告らを含む本件弁護団が弁護士として許されない主張をしているという意見を表明するものであり、意見の表明により原告らが弁護士として社会から受ける客観的評価を低下させるものである。

イ.違法性阻却事由について−その1

 本件刑事事件は死刑の適用が争点となっていて、死刑制度の是非と関連して広く報道されていたことは当裁判所に顕著であり、本件発言アはテレビ番組においてそのような本件刑事事件における弁護活動の是非について論じられている中でされたものであるから、公共の利害に係ると認められ、かつ、本件発言アの内容自体からするとその目的が専ら公益を図ることにあったと判断される。

ウ.違法性阻却事由について−その2

(ア) 原告らが本件刑事事件において上記@の事実を主張したことは当事者間に争いがない。

(イ) 本件弁護団が平成19年5月24日付けで広島高等裁判所に提出した更新意見書と題する書面には、本件刑事事件の事案の真相として次の主張がある。本件被告人は被害者を母であり、被害児を弟であると思いこんでおり、被害者を殺害した後、被害児をあやしたが、泣きやまなかったため、「被告人は、紐を被害児の頸部に巻き、ちょうちょ結びで止めた。それは、母親を亡くして泣き叫ぶ弟に対し、兄ができるせめてもの償いの印(しるし)であった。それは、首に巻かれ首の右端で結ばれた償いのリボンであった」。
 これらの記載からすると、本件弁護団は本件被告人が被害児をあやした後、母を亡くした弟に対する償いとして頸部にちょうちょ結びをしたと主張していたことが認められ、本件発言アはその限度で正確性を欠いてはいるものの本件弁護団の主張と著しく乖離するものとまではいえないから、その論評の前提としている事実のうち重要な部分について真実であることの証明があるというべきである。

(ウ) そして、本件発言アは上記@Aの事実を基礎として、このような主張を本件弁護団がすることは許されないとして批判する被告の意見を表明したにすぎず、人身攻撃に及ぶなど意見論評の域を逸脱していると評価することができないからそれ自体としては違法性を欠くと判断される。

(3) 本件発言イについて

ア.名誉毀損に該当するかどうかについて

 本件発言イは、原告らが本件刑事事件において真実は本件被告人がそのような主張をしていなかったのに、本件弁護団が上記@及びAの主張を創作したという事実を摘示し、ひいては虚偽の事実を主張しているという事実を想起させるものである。
 原告らを含む本件弁護団が本件被告人の弁解として虚偽の事実を創作して主張したという事実は、原告らがその人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させるものであると判断される。

イ.違法性阻却事由について

 本件全証拠を検討しても、原告らが本件刑事事件において本件被告人の主張として上記@及びAの主張を創作したことを認めるに足りない。
 被告は、本件被告人が本件刑事事件について最高裁判所により破棄差戻しの判決がされる前の第1審及び第2審においては事実関係について争っていなかったから、一般市民にあっては、原告らを含む本件弁護団が本件被告人の主張を創作したと考えたなどと主張する(ちなみに、この主張は懲戒請求をするにあたって一般市民がどのような認識を有していたかに関するものであって、被告自身の行為の際の被告の認識をいうものではない)。刑事事件において被告人が主張を変更することはしばしばみかけられることであるし、本件でも原告らが選任される前の従前の弁護人の方針により上記主張をしなかったことも十分に考えられるから、原告らが創作したものであるかどうかについては弁護士であれば少なくとも速断を避けるべきことである。
 したがって、摘示された事実の重要部分について真実であることの証明があったとはいえないし、弁護士である被告において真実であると信じたことについて相当な理由があるとも認めることができない。

ウ.以上によれば、本件発言イは原告らの名誉を毀損し、不法行為に当たるというべきである。

(4) 本件発言ウないしオについて

ア.名誉毀損に該当するかどうかについて

 前述のとおり、本件発言ウないしオは原告らを含む本件弁護団に属する弁護士について懲戒請求をすべきことを呼びかけるものであり、原告らが懲戒に相当する弁護活動を行っていることをその前提とするものである。
 懲戒に相当する弁護活動を行っていることは原告らが弁護士として社会から受ける客観的評価を低下させるものであることはいうまでもない。

イ.違法性阻却事由について

 原告らの弁護活動が懲戒に相当するものでなく、摘示された事実の重要部分について真実であることの証明があったとはいえないし、被告においてそのように信じたことについて相当な理由があることを認めることができないことは後述のとおりである。

2 争点(2)に対する判断

(1) 弁護士懲戒制度の趣旨について

ア.懲戒請求する場合の調査・検討義務の存否について

 そもそも弁護士に対する所属弁護士会等による懲戒の制度は、弁護士会の自主性や自律性を重んじ、弁護士会の弁護士に対する指導監督作用の一環として設けられたものである。
 また、弁護士法58条1項は、広く一般の人々に対し懲戒請求権を認めることにより、自治的団体である弁護士会に与えられた自律的懲戒権限が適正に行使され、その制度が公正に運用されることを期するものと解される。しかしながら他方、懲戒請求を受けた弁護士は、根拠のない請求により名誉・信用等を不当に侵害されるおそれがあり、その弁明を余儀なくされる負担をも負うこととなる。同項が請求者に対し恣意的な請求を許容したり、広く免責を与えたりする趣旨の規定でないことは明らかである。このことは、虚偽の事由に基づいて懲戒請求をした場合には虚偽告訴罪(刑法172条)に該当すると解されていることからも裏付けられる。
 そうすると、弁護士に対する懲戒請求をする者は、懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査・検討をすべき義務を負うというべきである。また、懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者がそのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのにあえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解される。

イ.懲戒請求を呼びかける行為の相当性について

 弁護士について懲戒の事由があると思料する者は、当該弁護士の所属弁護士会に対し、自ら懲戒請求を申し立てれば十分であって、公衆に対し特定の弁護士に対する懲戒請求をするように呼びかけ、当該弁護士に対し多数の懲戒請求をさせる必要があると解すべき場合は一般に想定できない。
 殊に、マスメディアを通じて公衆に対して特定の弁護士に対する懲戒請求をするように呼びかけ、弁護士に極めて多数の懲戒請求に対応せざるを得なくするなどして不必要な負担を負わせることは、弁護士会による懲戒制度を通じた指導監督に内在する負担を超え、当該弁護士に不必要な心理的物理的負担を負わせて損害を与えるものとして、上記弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして相当性を欠くものと判断され、不法行為に該当すると判断される。なお、ここで問題とすべきは懲戒請求を呼びかける行為自体の違法性であって、個々の懲戒請求が不法行為としての違法性を具備していないとしてもそのことからそのような呼びかけをすることが違法性を具備しないということにはならない。すなわち、その性質上は適法行為であっても、たとえばその回数や規模によっては一定の損害を与えることは可能であって、そのことを予見すべき場合には適法行為を使嗾(しそう)することをもって不法行為であると評価すべき場合があることを否定することはできない。
 被告は本件発言ウないしオにより懲戒請求の数が多ければ多いほど懲戒請求がされやすくなるという説明をして、本件放送の視聴者らに対し原告らに対する懲戒請求をすることを呼びかけた。そして、このような方法によって公衆に対して懲戒請求を呼びかける必要性があったことに係る被告の主張については後述のとおりその合理性を認めることができないし、原告らに懲戒事由があることにつき事実上又は法律上の根拠を欠く場合であり、被告がそのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たと評価すべきことも後述するとおりである。
 その結果、後述のとおり、原告らは1人当たり600件を超える極めて多数の懲戒請求を申し立てられ、それに対応するため不必要な心理的物理的負担を負わされて精神的及び経済的な損害を被ったと認められるから、本件発言ウないしオは総合して名誉毀損とは別個の不法行為に当たると判断される。
 被告は弁護士の品位を失うべき非行に当たるかどうかは世間の評価に従うべきであり、多数の懲戒請求がされたという事実によって原告らの行為が品位を失うべき非行に当たると世間が考えていることを証明することとなるから違法性はないなどと主張する。
 弁護士法1条1項に、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とすると規定されていることから明らかなように、弁護士は議会制民主主義の下において、そこに反映されない少数派の基本的人権を保護すべき使命をも有しているのであって、そのような職責を全うすべき弁護士の活動が多数派に属する民衆の意向に沿わない場合がありうる。
 多数の者が懲戒請求をしたことをもって懲戒相当性を認めるということは、弁護士が上記のような使命・職責を果たすべきこととは相容れない。
 また、本件が本件刑事事件における原告らの弁護活動に対する批判をめぐる事件であることに鑑み、これを刑事手続における弁護人の役割についてみても、憲法及び刑事訴訟法等の諸規定に照らせば、被告人は有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受け、弁護人はそのような被告人の保護者としてその基本的人権の擁護に努めなければならないのであって、その活動が違法なものではない限り、多数の者から批判されたことのみをもって当該刑事事件における弁護人の活動が制限されたり、あるいは弁護人が懲戒されることなどあってはならないことであるし、ありえないことである。
 したがって、弁護士に対する懲戒事由の存否について多数決で決することは本来許されるべきことでなく、懲戒請求の多寡が弁護士に対する懲戒の可否を判断するに当たり影響することはない。被告の主張は上記のような弁護士の使命・職責を正解しない失当なものである。

(2) 違法性の程度について

 テレビ番組等において特定の弁護士に対し懲戒請求を呼びかけることによって不必要な負担を負わせる行為が不法行為に当たるのは前述のとおりである。
 そして、当該懲戒事由が事実上又は法律上の根拠を欠いている場合で、懲戒請求を呼びかけた者がそのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのにあえて懲戒請求を呼びかけたときは、その行為は弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠く程度が一層大きく、違法性の程度が大きいと解される。
 本件各発言についてみると、以下のとおり、そこで摘示された懲戒事由はいずれも事実上及び法律上の根拠を欠いておりかつ被告はこのことを知っていたと判断される。

ア.本件各発言によって摘示された懲戒事由について

 特定の弁護士に対して特定の懲戒事由があると摘示して懲戒請求を呼びかける行為について、上記事実上及び法律上の根拠があるかどうかは当該懲戒事由について判断されるべきであり、当該弁護士に他に懲戒事由があるかどうかは無関係である。
 本件各発言において摘示された懲戒事由は@本件弁護団が本件被告人の主張として虚偽の内容を創作しており、Aその主張内容が荒唐無稽であり、刑事訴訟制度上弁護人において主張することが許されないということである。
 そして、上記呼びかけた行為自体が不法行為となる以上、事実上及び法律上の根拠があったかどうかは呼びかけた者について判断すべきである。

イ.懲戒事由@について

 上記1のとおり、本件弁護団が本件被告人の主張を創作したことを認めるに足りる証拠はないから、この点が懲戒事由に当たるとする点は前提となる事実を欠いており、被告の臆測にすぎず、したがって、被告はこのことを認識していたはずであり、違法性が軽減されることはない。

ウ.懲戒事由Aについて

 上記のとおり、憲法及び刑事訴訟法等の諸規定に照らせば、被告人は有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受け、弁護人はそのような被告人の保護者としてその基本的人権の擁護に努めなければならない。また、弁護士法1条は、1項において、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とすると規定し、2項において、弁護士は、前項の使命に基づき、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならないと規定する。さらに、弁護士職務基本規程1条は、弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現にあることを自覚し、その使命の達成に努めると規定し、46条は、弁護士は、被疑者及び被告人の防御権が保障されていることにかんがみ、その権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努めると規定する。
 以上に照らせば、弁護士は依頼者に対するいわゆる誠実義務を負い、弁護人としては被疑者・被告人のため最善の弁護活動をする使命・職責があり、被告人の主張内容が不合理で荒唐無稽なものであったとしても、被告人がその主張を維持する限り、上記使命・職責を果たすには少なくとも被告人の主張を無視したり、これに反する主張をすることはできないと判断される。もとより、個々の事案における弁護活動の当否については弁護士倫理に関わる事柄であり正解はなく、様々な意見がありうる。しかしながら、少なくとも弁護人が被告人の意向に沿った主張をする以上、それは弁護人としての使命・職責を果たしたと評価することが可能であり、それ自体が独立した違法行為を構成するような場合は格別、その主張内容が荒唐無稽であるなどということが弁護士としての品位を損なう非行に当たるなどとはとうていいうことができない。
 原告らを含む本件弁護団がした上記@に係る主張も被告人の意向に沿ったものであったと認めることができるから、これをもって弁護士としての品位を失うべき非行であるとはいえないし、弁護士法56条1項所定のその他の懲戒事由にも当たらない。また、上記のとおり刑事訴訟制度上被告人がその主張を変更することが許されないと解する余地はないから、この点においても弁護人において被告人の意思に沿った弁護活動をすることは非難を受ける筋合ではない。
 したがって、これが懲戒事由に当たると主張することは事実上及び法律上の根拠を欠くというほかなく、弁護士である被告は、上記のような弁護人の使命・職責について当然知るべきであるから、上記根拠を欠くことについても知らなかったとはいえない。

エ.一般市民等に対する説明の要否について

 被告は、原告らが一般市民や本件刑事事件の被害者遺族に対して差戻し前に主張しなかったことを主張するに至った経緯や理由について説明すべきであったとして非難する。
 しかしながら、被告も認めるとおり、そもそも弁護人が上記のような説明をしなければならないとする実定法上の根拠は全くない。
 弁護人が担当する刑事事件の訴訟手続以外の場において被害者又はその遺族に対し当該刑事事件に関する発言をした場合、どのような結果が生じるかは予測することが困難であり、被害感情を和らげるなど被告人の利益となることもあるが、逆に処罰感情を増幅するなど被告人に不利益をもたらすこともある。また、弁護人が訴訟手続以外の場において報道機関ひいては公衆に対し上記の点について説明をした場合についても、弁護活動ひいては被告人に対し何らかの具体的な利益をもたらすことは容易に想定しがたいばかりか、その説明内容が正確に報道される保証すら全くなく、報道機関による編集等の結果として弁護人の全く意図しない報道がされることもありうる。現に本件弁護団は記者会見等で本件刑事事件における主張内容等について説明していたが、本件弁護団の主張はほぼすべての報道機関により一方的な誹謗・中傷の的とされたことは当裁判所に顕著であり、このような結果は本件弁護団の意図したところではなかったはずである。以上のことは、放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会が本件刑事事件に関する33のテレビ番組(本件番組を含む)について調査・作成した意見書(甲23)によっても明らかである。同意見書は、本件刑事事件に関する上記各番組がすべて@「被告・弁護団」対「被害者遺族」という対立構図を描き、感情的に前者の荒唐無稽さと異様さに反発し、後者に共感するという単純な対比的手法を用い、事件それ自体の理解にも犯罪防止にも明らかに役立たない内容であったこと、A当事者主義や弁護士の役割など刑事裁判に関する前提的知識を欠いていたこと、B事件・犯罪・裁判報道の基本的役割、少年事件における量刑基準のあり方についての議論、被告の内面や人間像を洞察することの重要性など全体的な視野を志向する意識が希薄又は欠落し、いびつで偏った内容であり、公正性・正確性・公平性の原則をいずれも満たしていなかったことなどを指摘している。
 このように弁護人が訴訟手続以外の場において当該刑事事件について発言した結果を予測することは困難であり、被告人に不利益を及ぼすこともありうるから、弁護人が被告人のために最善の弁護活動に努めるべき使命・職責を負っているという観点からは、弁護人が訴訟手続以外の場において発言すること自体の当否を含めて様々な意見がありうるところであり、一概に正解を決することはできないというべきである。
 そうすると、本件弁護団が被告の主張する説明をしなかったことも上記のような弁護人の使命・職責を果たすために必要であったと評価することもできるのであり、これをもって弁護士としての品位を失うべき非行であるとはいえないし、弁護士法56条1項所定のその他の懲戒事由にも当たるとはいえない。

3.争点(3)に対する判断

 先に認定したとおり、被告の本件各発言は総合してみて原告らに係る多数の懲戒請求を呼びかけるものであったし、前提事実のとおり、本件番組は全国19のテレビ局において放送されたこと、本件放送前日の平成19年5月26日以前に原告ら4名に対してされた懲戒請求の件数が0件であること、本件放送後平成19年8月30日までに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに対するものが318件、原告Dに対するものが301件、原告Eに対するものが302件、原告Fに対するものが301件であったこと、平成20年1月21日ころまでに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに関するもの639件、原告Dに関するもの615件、原告Eに関するもの632件、原告Fに関するもの615件であったこと、平成18年中における懲戒請求の件数は広島弁護士会所属弁護士に対するものは延べ20件、全国の弁護士に対するものを合計しても1367件であったことが認められる。
 また、本件各発言後に、インターネット上で、本件各発言が紹介されたり、原告らの氏名や懲戒請求の方法について教示するように求める書き込みがされたこと、インターネット上には数件の懲戒請求書の書式が掲載され、実際に原告らに対してされた懲戒請求の多くは、これらの書式を利用していたこと、これらの書式を掲載したホームページには、本件各発言を引用したり、本件番組の動画を閲覧することができるウェブサイトへのリンクを付して本件各発言を紹介しつつ、懲戒請求を勧奨するものがあったことが認められる。
 これらのことからすると、原告らに対し本件刑事事件について上記のような多数の懲戒請求がされたのは、本件各発言により被告が本件放送の視聴者らに対し原告らに対する懲戒請求を勧めたことによると優に認定することができる。

4.争点(4)に対する判断

 上記のとおり、本件番組は、全国19のテレビ局において放送され、本件放送後平成20年1月21日ころまでに申し立てられた懲戒請求の件数は、原告Aに関するもの639件、原告Dに関するもの615件、原告Eに関するもの632件、原告Fに関するもの615件であったことがそれぞれ認められる。
 また、原告らが本件発言ア及びウないしオにより名誉を毀損されたことは上記1で認定したとおりであり、さらに、原告らは上記懲戒請求に対応するために答弁書を作成しなければならないなど相応の事務負担を必要とし、かつ、それ以上に相当な精神的損害を被ったことが認められる。
 さらに、いずれも弁護士として相応の知識・経験を有すべき被告の行為によってもたらされたものであることにも照らすと、これらの原告らの精神的ないし経済的損害を慰藉するには被告から原告ら各自に対し200万円の支払をもってするのが相当である。

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