最新下級審裁判例

東京地裁決定平成20年03月27日

【事案】

 本件申立ては,別紙建築計画記載の建築物(以下「本件マンション」という。)の建設予定地の周辺に居住する住民及び本店を有する法人である申立人らが,本件マンションの建設に係る渋谷区長による都市計画法29条1項に基づく開発許可並びに東京都知事による建築基準法59条の2に基づく総合設計許可及び同法6条に基づく建築確認がなされようとしているが,これらの処分は違法であり,それが行われた場合には,申立人らの住環境が破壊され,不安と恐怖と不快感の中で生活することを余儀なくされるとし,上記各処分(以下「本件各処分」という。)の差止めを求める訴訟を提起し(ただし,申立人Bを除く。),これを本案事件として,その仮の差止めを求めているものである。
 相手方らは,申立人らが申立てをする適格(及び本案事件の原告適格)を欠いているだけでなく,本件申立てにつき,仮の差止めの要件である「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があ(るとき)」及び「本案について理由があるとみえるとき」(行政事件訴訟法37条の5第2項)のいずれの要件をも欠いているとするほか,相手方東京都は,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」(同条の5第3項)にも当たるとして,本件申立てをいずれも却下するよう求めている。

【判旨】

1.申立人Bの申立てについて

 仮の差止めの申立ては,差止めの訴えの提起があった場合にすることができる(行政事件訴訟法37条の5第2項)。
 そうすると,申立人Bを除く申立人らを含む21名の者は,差止めの訴え(本案事件)を提起しているが,申立人Bが差止めの訴えを提起していないことは当裁判所に顕著であるから,同申立人の申立ては,上記要件を欠いているといわざるを得ない。

2.申立人Bを除く申立人ら(以下,単に「申立人ら」という。)の申立てについて

 仮の差止めは,その差止めの訴えに係る処分がされることにより生ずる「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり」,かつ,「本案について理由があるとみえるとき」にすることができる(行政事件訴訟法37条の5第2項)。
 ところで,行政事件訴訟法は,本案判決前における仮の救済に関し,行政庁の公権力の行使に当たる行為については仮処分を排除し(同法44条),処分の取消しの訴え,裁決の取消しの訴え及び処分又は裁決の無効等確認の訴えについて執行停止の制度を定め(同法25条ないし29条,38条3項),義務付けの訴え及び差止めの訴えについてそれぞれ仮の義務付け及び仮の差止めの制度を定めている。そして,執行停止の要件としては,積極的要件として「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(同法25条2項)との要件を,消極的要件(執行停止が否定される要件)として「本案について理由がないとみえるとき」(同条4項)との要件を要求している。他方,仮の義務付け及び仮の差止めにおいては,「重大な損害」に代えて「償うことのできない損害」を挙げるとともに,「本案について理由があるとみえるとき」を積極的要件とし(同法37条の5第1項,2項),執行停止よりも厳格な要件を要求している。このように,仮の義務付け又は仮の差止めにより厳格な要件が求められているのは,これらが,厳格な要件の下で行政庁が具体的な処分をすべきこと又はすべきでないことを命ずる本案判決の前に,裁判所が,仮にこれを命ずる裁判であり,本案訴訟の結果と同じ内容を仮の裁判で実現するものであることによるものであると解される。
 そうすると,仮の差止めは,処分がされた後に執行停止をすることによったのでは救済の実を挙げることができない場合に,その処分がされることによって生ずる損害をあらかじめ避けるために認められるものであって,「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があ(る)」と認められるためには,当該処分の内容及び性質,当該処分によって侵害を受ける権利の性質及びその侵害の程度等を考慮して,事後の救済手段によるのでは著しく救済が困難であることが一応認められる必要があると解すべきである。
 以上を前提に申立人らにおいて「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があ(る)」と認められるか否かを検討するに,申立人らは,この要件にいう損害について,本件マンションの建築計画が,東京都総合設計許可要綱に反しているほか,都市計画法の規定や条例に違反しているとし,このような状況の中で本件各処分が行われるならば,@本件マンションからの落下物の危険,本件マンション駐車場から出庫する車両による歩行者の通行への危険,A周辺の住環境及び道路への悪影響,B本件マンション建築工事による周辺家屋の倒壊の危険がある旨主張する。
 しかしながら,申立人らが主張する損害はいずれも抽象的なものにとどまり,現実にいかなる程度の損害が生ずる見込みがあるのかを疎明するに足りる資料もないから,事後の損害賠償等の救済手段によっては賄えないとはいい難い。
 また,上記各損害は,本件マンションが建設され実際に利用されることによって生じる危険(@及びAの損害)や本件マンションの建設工事によって生じる危険(Bの損害)であり,本件各処分がなされることによって直ちに発生する種類の危険ではないから,仮に当該危険があるとしても,本件各処分がなされた後に,その取消しの訴えを提起するとともにその執行の停止を求めるといった方法によっても,その損害の発生を避ける上で時機を失するということはいえない。
 したがって,申立人らが主張する上記各損害が事後の救済手段によるのでは著しく救済が困難であるということはできず,申立人らにつき,「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があ(るとき)」との要件は充足されていないといわざるを得ない。

3.結論

 よって,その余の点(申立人適格,「本案について理由があるとみえる」か否か,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある」か否か。)について判断するまでもなく,本件申立ては,いずれも仮の差止めの要件を欠くから,これらを却下する。

 

東京高裁判決平成19年07月26日

【事案】

1.控訴人らは,原審において,社会保険庁及び厚生労働省が違法な支出や採算性のない施設の建設等不適切な支出を行い,年金資金及び国庫に多額の損害を与え,年金給付の基礎を脅かした旨主張して,被控訴人に対し,内閣総理大臣が社会保険庁及び厚生労働省に対して内閣法6条に基づく指揮監督権を行使すべき旨を命ずること(以下「本件義務付けの訴え@」という。),内閣総理大臣が社会保険庁及び厚生労働省に対して同条に基づく指揮監督権を行使する義務のあることの確認( 以下「本件義務確認の訴え@ 」という。),並びに内閣総理大臣が社会保険庁及び厚生労働省に対して同条に基づく指揮監督権を行使しないことの違法確認(以下「本件不作為の違法確認の訴え@」という。)を求めるとともに,社会保険庁及び厚生労働省の公務員の行為が国家賠償法上違法なものであり,これにより将来受けるべき年金額が減額されるという財産的損害及び安心して年金を受給できるという期待等を侵害されるという精神的損害を被った旨主張して,国家賠償としてそれぞれ金300 万円の支払を求めた。これに対し,原審は,本件義務付けの訴え@,本件義務確認の訴え@及び本件不作為の違法確認の訴え@をいずれも却下し,国家賠償請求をいずれも棄却した。そこで,控訴人らは,控訴するともに,当審において,新たに指揮監督権の根拠として憲法72条を主張し,その旨の請求を選択的に追加した(以下,これらを順次「本件義務付けの訴えA」,「本件義務確認の訴えA」及び「本件不作為の違法確認の訴えA」という。)。

(参照条文)内閣法6条
 内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する。

2.争点

(1) 法律上の争訟性(本件義務付けの訴え@A,本件義務確認の訴え@A及び本件不作為の違法確認の訴え@Aは,法律上の争訟に該当しない不適法な訴えか。)

(2) 行政処分該当性(本件義務付けの訴え@A及び本件不作為の違法確認の訴え@Aは,行政処分に当たらない行為を対象とする不適法な訴えか。)

(3) 確認の利益(本件義務確認の訴え@Aは,確認の利益を欠く不適法な訴えか。)

(4) 国家賠償法上の違法性(被控訴人の公務員の行為は,国家賠償法上違法なものか。)

(5) 内閣総理大臣の指揮監督権を行使すべき義務の有無(内閣総理大臣は,厚生労働省及び社会保険庁に対し,憲法72条あるいは内閣法6条に基づき指揮監督権を行使すべき義務を負うか。)

【判旨】

1.争点(1)(法律上の争訟性)について

(1) 裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」として裁判所の審判の対象となるのは,当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁大法廷昭和27年10月8日判決民集6巻9号783頁最高裁第二小法廷平成3年4月19日判決民集45巻4号518頁参照)。

(2) 証拠(甲20〜26)によれば,控訴人Aは国民年金に加入し,現に年金受給権を有する立場にあること,控訴人B及び控訴人Cは国民年金と厚生年金保険に加入し,控訴人Dは国民年金に加入し,控訴人Eは厚生年金保険に加入し,いずれも将来年金受給権を取得する立場にあることが認められる。

(3) 控訴人らは,保険料を納付し,現在又は将来において年金を受給する資格を有する者であるが,社会保険庁及び厚生労働省がした不正支出によって年金積立金が減少し,必然的に将来受けるべき年金額が減少するという不利益を被るところ,本件義務付けの訴え@A,本件義務確認の訴え@A及び本件不作為の違法確認の訴え@Aは将来の年金受給権を確保するための具体的紛争に関する訴訟であると主張する。しかしながら,老齢基礎年金の支給及び老齢厚生年金の支給は,国民年金法及び厚生年金保険法が支給要件及び支給額を定めるから,年金財源に損失が生じても直ちに控訴人らが将来受けるべき年金額が減額されるという関係にはないというべきである(国民年金法26条〜27条の5,厚生年金保険法42条〜44条の2等参照)。上記の理は,平成16年法律第104号による改正後の国民年金法16条の2及び厚生年金保険法34条1項の規定の創設によっても左右されるものではない。
 なぜならば,同改正後の国民年金法16条の2の第1項は,「政府は,・・・国民年金事業の財政が,・・・財政均衡期間にわたってその均衡を保つことができないと見込まれる場合には,・・・年金たる給付・・・の額・・・を調整するものとし,」と,また厚生年金保険法34条1項は,「政府は,・・・厚生年金保険事業の財政が,・・・財政均衡期間にわたってその均衡を保つことができないと見込まれる場合には,保険給付の額を調整するものとし,」と規定している。しかし,他方,上記改正法附則2条2項は,「政府は,・・・国民年金法第4条の3第1項の規定による国民年金事業に関する財政の現況及び見通し又は・・・厚生年金保険法第2条の4第1項の規定による厚生年金保険事業に関する財政の現況及び見通しの作成に当たり,次の財政の現況及び見通しが作成されるまでの間に前項に規定する比率が100分の50を下回ることが見込まれる場合には,同項の規定の趣旨にのっとり,・・・国民年金法第16条の2第1項又は・・・厚生年金保険法第34条第1項に規定する調整期間の終了について検討を行い,その結果に基づいて調整期間の終了その他の措置を講ずるものとする。」と,また,同条3項は,「政府は,前項の措置を講ずる場合には,給付及び費用負担の在り方について検討を行い,所要の措置を講ずるものとする。」と規定していて,財政検証の結果,年金財政の逼迫が明らかとなった場合でも給付額の調整と直結する規定になっていない。したがって,年金財源の損失が生じても直ちに控訴人らが将来受けるべき年金額が減額されるという関係にはないからである。
 そして,控訴人らが保険料を納付し,現在又は将来において年金を受給する資格を有するという地位は国民一般が広く有する地位であり,控訴人ら主張の損失は国民一般に等しく及ぶものであるから,結局,本件義務付けの訴え@A,本件義務確認の訴え@A及び本件不作為の違法確認の訴え@Aは,いずれも国民又は納税者の地位にあることに基づいて提起された民衆訴訟ということに帰着する。しかるに,民衆訴訟は,法律に定める場合において,法律に定める者に限り提起することができる(行政事件訴訟法42条)が,上記のような本件各訴えは,それを提起する途が現行法上認められていないから,同条の要件を具備しない不適法な訴えとして却下を免れない。

(4) また,控訴人らは,憲法72条あるいは内閣法6条に基づく内閣総理大臣の指揮監督権が行使された場合,厚生労働大臣及び社会保険庁長官がそれに従わないことはあり得ないから,年金財源が回復し,受給資格者である控訴人らの権利が回復されることが高度の蓋然性をもって予測される関係にあり,上記のような本件各訴えは,法律上の争訟性を有すると主張するので検討する。
 内閣総理大臣は, 憲法上, 行政権を行使する内閣の首長として( 6 6条),国務大臣の任免権(68条),内閣を代表して行政各部を指揮監督する職務権限(72条)を有するなど,内閣を統率し,行政各部を統轄調整する地位にあるものである。そして,内閣法は,閣議は内閣総理大臣が主宰するものと定め(4条),内閣総理大臣は,閣議にかけて決定した方針に基づいて行政各部を指揮監督し(6条),行政各部の処分又は命令を中止させることができるものとしている(8条)。そこで,内閣総理大臣が行政各部に指揮監督権を行使するためには,閣議にかけて決定した方針が存在することを要し,内閣総理大臣は,閣議にかけて決定した方針が存在しない限り,内閣法6条に基づく指揮監督権を行使することはできない。そして,内閣総理大臣が同条に基づく指揮監督権を行使するというのは,各省庁の長に対し,その法律上の所掌事務及び権限を閣議にかけて決定した方針に従って行使するよう指揮監督することにほかならないが,ある省庁の長が内閣総理大臣の指揮監督に服さない場合,内閣総理大臣は,当該省庁の長を媒介することなく,直接に当該省庁に対し特定ないし個別的な行政事務の実施を命ずることはできないのであり,上記場合に各省庁の長の法律上の所掌事務及び権限を閣議にかけて決定した方針に従って行使させるには,最終的には罷免権(憲法68条)を行使して当該省庁の長を交替させるほかない。そうすると,内閣法6条に基づく内閣総理大臣の指揮監督権は,閣議にかけて決定した方針が存在する場合においても,当該方針を実現するための強制力を伴うものではないというべきである。このような同条の内閣総理大臣の指揮監督権は,憲法72条の内閣を代表しての行政各部を指揮監督する職務権限が具体化されたものであるが,同条の内閣を代表しての行政各部を指揮監督する職務権限には,閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても,前示の内閣総理大臣の地位及び権限に照らすと,流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため,内閣総理大臣が少なくとも内閣の明示の意思に反しない限り,行政各部に対し随時その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導,助言等の指示を与える権限が含まれると解するのが相当である。もっとも,この場合の内閣総理大臣の指揮監督権も強制力を伴うものではないというべきである(最高裁大法廷平成7年2月22日判決刑集49巻2号457頁参照)。
 本件において,控訴人ら主張のような不正な支出について閣議にかけて決定した方針が存在しなければ,内閣総理大臣は,上記不正支出について社会保険庁及び厚生労働省の各長に対して被害弁償等の適切な措置を執るよう内閣法6条に基づく指揮監督権を行使することはできない。仮に,上記方針が存在するのであれば,内閣総理大臣は,上記不正支出について社会保険庁及び厚生労働省の各長に対して被害弁償等の適切な措置を執るよう同条に基づく指揮監督権を行使することができるが,その場合において,内閣総理大臣は,社会保険庁及び厚生労働省の各長に対してその法律上の所掌事務及び権限を当該方針に従って行使するよう強制することはできない。また,上記方針が存在していないとしても,内閣総理大臣は,社会保険庁及び厚生労働省の各長に対して上記不正支出について被害弁償等の適切な措置を執るよう指導,助言等の指示をすることはできるが,その場合においても,上記措置を執るよう強制することはできない。
 そうすると,仮に,上記不正支出について,内閣法6条あるいは憲法72条に基づく内閣総理大臣の指揮監督権が行使されたとしても,それによって控訴人らの具体的な権利義務に直接影響が及ぶということはできない。

(5) 以上によれば,本件義務付けの訴え@A,本件義務確認の訴え@A及び本件不作為の違法確認の訴え@Aは,いずれも当事者間の具体的な権利義務にかかわらない訴えにほかならないから,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」には当たらないというべきである。

2.争点(2)(行政処分該当性)について

(1) 控訴人らは,本件義務付けの訴え@Aは行政事件訴訟法3条6項1号に基づく義務付けの訴えであり,本件不作為の違法確認の訴えは同条5項に基づく不作為の違法確認の訴え又は無名抗告訴訟であると主張しているところ,これらが控訴人らの主張するような抗告訴訟として適法であるというためには,その対象とする憲法72条あるいは内閣法6条に基づく内閣総理大臣の指揮監督権の行使が行政事件訴訟法3条2項所定の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」,すなわち行政処分に該当することを要する。ところで,この行政処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体の行為のうち,その行為によって直接に国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものと解される(最高裁第一小法廷昭和39年10月29日判決民集18巻8号1809頁最高裁第二小法廷昭和53年12月8日判決民集32巻9号1617頁参照)ことから,内閣総理大臣の上記指揮監督権の行使が行政処分に該当するか否かについて検討する。
 既に説示したとおり,憲法72条あるいは内閣法6条に基づく内閣総理大臣の指揮監督権は,内閣の首長たる内閣総理大臣の地位及び権限に照らし,内閣を統率し,行政各部を統轄調整するために行使されるものであって,いわば行政機関内部の行為ということができ,直接に国民の権利義務を形成し, 又はその範囲を確定することが法律上認められているものではないから,これを行政処分ということはできないといわざるを得ない。

(2) また,控訴人らは,本件不作為の違法確認の訴え@Aは行政事件訴訟法3条5項に基づく不作為の違法確認の訴えであるとも主張するが,同項所定の不作為の違法確認の訴えは,行政庁が法令に基づく申請に対し,相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにもかかわらず,これをしないことについて違法の確認を求める訴訟をいうところ,控訴人らが憲法72条あるいは内閣法6条に基づく内閣総理大臣の指揮監督権の行使につき法令に基づく申請権を有していないことは明らかである。

(3) 以上によれば,本件義務付けの訴え@A及び本件不作為の違法確認の訴え@Aは,いずれも行政処分に該当しないこと,また,行政事件訴訟法3条5項に基づく本件不作為の違法確認の訴え@Aは,控訴人らに法令に基づく申請権がないことから,不適法な訴えというべきである。

3.争点(3)(確認の利益)について

(1) 確認の訴えは,確認対象適格性がなければ,確認の利益がないといわなければならない。
 本件義務確認の訴え@Aは,内閣総理大臣が憲法72条あるいは内閣法6条に基づく指揮監督権を行使すべき義務があることの確認を求めるものであるが,控訴人らは,これを実質的当事者訴訟のうちの確認の訴えと主張するから,要するに控訴人らが内閣総理大臣に対し憲法72条あるいは内閣法6条に基づく指揮監督権の行使を求めることの地位にあることの確認を求めるものである。そこで,「公法上の当事者関係に関する」確認の訴え(行政事件訴訟法4条)に当たるか否かを検討する。
 既に説示したとおり,本件において,内閣法6条あるいは憲法72条に基づく内閣総理大臣の指揮監督権が行使されたとしても,それによって控訴人らの具体的な権利義務に直接影響が及ぶということはできないから,そこにおよそ何らかの法律関係が生ずる余地がないので,本件義務確認の訴え@Aは,「公法上の当事者関係に関する」確認の訴えに当たらず,確認の利益がないというべきである。

(2) また,確認の訴えは,即時確定の利益がある場合,すなわち現に控訴人らの有する権利又は法律的利益に危険又は不安が存在し,これを除去するために被控訴人に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り,許されるものである(最高裁第三小法廷昭和30年12月26日判決民集9巻14号2082頁参照)。
 そこで検討するに,控訴人らの主張する権利又は法律的利益は,原判決別紙「社会保険庁不正支出一覧表」及び同「グリーンピア無駄一覧表」記載のような不正支出をはじめ様々な無駄遣いにより我が国の年金制度の財源に損失が生じ,そのため将来受けるべき年金額が減額するというものであるが,既に説示したとおり,年金財源の損失が控訴人らが将来受けるべき年金額の減額に直結するということはいえないから,単に控訴人らにおいて将来受けるべき年金額が減額されるおそれがあるという漠然とした不安が生じているにすぎない。そうすると,そのような漠然とした不安を除去するために被控訴人に対し本件義務確認の訴え@Aについての確認判決を得ることが必要かつ適切な場合ということができない。

(3) 以上によれば,本件義務確認の訴え@Aは,確認の利益を欠くものとして不適法である。

4.争点(4)(国家賠償法上の違法性)について

(1) 控訴人らは,厚生労働省及び社会保険庁の公務員の違法な行為により,将来受けるべき年金額が減額されるという財産的損害のほか,憲法13条の幸福追求権に基づく安心して年金を受給できるという期待及び信頼並びに適正な公務の遂行の期待権を侵害されるという精神的損害を被った旨主張している。

(2) 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは,国又は公共団体がこれを賠償する責任がある旨規定しているところ,同項にいう「違法」とは,公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務違背をいうものである(最高裁第一小法廷昭和60年11月21日判決民集39巻7号1512頁参照)。

(3) 厚生労働省は政府が管掌する厚生年金保険事業及び国民年金事業を所管するものであり,社会保険庁は政府が管掌する厚生年金保険事業及び国民年金事業を適正に運営すること等を任務とするものであり,また,厚生年金保険法79条の2及び国民年金法75条は積立金の運用を専ら被保険者の利益のために,長期的な観点から,安全かつ効率的に行うことにより,将来にわたって,厚生年金保険事業及び国民年金事業の運営の安定に資することを目的として行うものとする旨規定し,厚生年金保険法79条の6及び国民年金法79条(いずれも平成16年法律第105号による改正前のもの)は積立金の運用に係る行政事務に従事する厚生労働省の職員が積立金の運用の目的に沿って,慎重かつ細心の注意を払い,全力を挙げてその職務を遂行しなければならない旨規定している。
 このような法令の規定等からすると,厚生労働省及び社会保険庁の公務員には,厚生年金保険事業及び国民年金事業を適正に運営する一定の責務を負っているものということができるが,このことから直ちに厚生労働省及び社会保険庁の公務員が個別の国民に対し職務上の法的義務を負担しているということは困難である。

(4) これに対し,控訴人らは,個々の年金受給者や将来年金を受給する個別の加入者から成る総体としての国民一般に対する職務上の法的義務を負担しているのであるから,国家賠償法上の違法がある旨主張するが,既に説示したとおり,国家賠償法上の違法があるというためには,個別の国民に対する職務上の法的義務を負担していることを要すると解すべきであるから,控訴人らの主張をにわかに採用することはできない。

(5) したがって,被控訴人の公務員の違法行為を理由とする国家賠償請求は理由がない。

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