最新下級審裁判例

名古屋高裁判決平成21年03月18日

【事案】

 本件は,石川県羽咋郡志賀町赤住所在の志賀原子力発電所(以下「本件原発」という。)に増設された2号原子炉(以下「本件原子炉」という。)が運転されれば,平常運転時又は地震等の異常事象時に環境中に放出される放射線及び放射性物質によって被ばくすることにより自己の生命・身体等に回復し難い重大な被害を受ける旨主張する被控訴人らが,人格権又は環境権に基づき,その侵害を予防するため,本件原子炉を設置した控訴人に対し,その運転の差止めを求めた事案の控訴審である。
 原審が,本件原子炉の耐震設計は妥当性を欠くため,本件原子炉の運転により被控訴人らが許容限度を超える放射線を被ばくする具体的危険性があるとして請求を認容したところ,控訴人が本件控訴を提起した。

【判旨】

 人格権に基づく原子力発電所の運転差止訴訟においては,当該原子力発電所に安全性に欠けるところがあって,被控訴人らの生命,身体,健康が現に侵害されているか又は侵害される具体的危険があることについての主張立証責任は,人格権に基づく差止訴訟の一般原則どおり,本来,被控訴人らが負うものと解するのが相当である。
 そして,本件原子炉についてこれを具体的に想定すれば,被控訴人らは,@本件原子炉の運転による放射線,放射性物質の発生,A 本件原子炉の平常運転時又は地震等の異常事象時における放射線,放射性物質の外部への排出の具体的可能性,B 外部へ排出した放射線,放射性物質による被控訴人らの被ばくの具体的可能性について主張立証しなければならないというべきである。
 しかしながら,本件原子炉を含め,原子力発電所は,放射性物質を内蔵する施設であり,その運転は,原子炉の出力を一定にするため,高度かつ複雑な科学技術を用いて,核燃料の放射性物質の核分裂反応の量が一定に維持される(臨界)ように制御しながら行われるものであるから,常に潜在的な危険性を内包しており,このような技術利用の前提となる安全管理が不十分である場合は,この潜在的危険が顕在化し,放射性物質が原子炉の外部へ排出される可能性を有するものである。そして,放射線の持つエネルギーは極めて大きいため,極めて微量の放射線でも細胞やDNAの損傷をもたらし得ることからすれば,放射性物質が原子炉の外部へ排出された場合,この放射性物質により,被控訴人らのうち少なくとも本件原子炉の周辺に居住する住民の被ばくの可能性が存在するというべきである。原子炉等規制法が第4章に「原子炉の設置,運転等に関する規制」に関する規定を設け,原子炉設置・増設の許可基準として,「原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。以下同じ。),核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含む。以下同じ。)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること。」(同法24条1項4号,26条4項)と規定するなど,災害の防止を原子炉の設置・増設,運転上の重要な課題とし,これを確保するため,安全の確保に関する規制は原子力安全委員会が所掌し(原子力委員会等設置法13条),その規制に専門的な知見と検討結果が反映される制度が採られ(同法16条,17条等),原子力安全委員会の関与の下に学識経験者等の専門家により原子炉施設の安全性を確保するに足りるものとして策定された安全設計審査指針,安全評価審査指針,耐震設計審査指針等の審査指針等に基づいて原子炉施設の設置,運転の許否が審査されているほか,原子炉施設の運転開始後も,設置者において通商産業大臣(現経済産業大臣)による定期検査(平成11年法律第121号による改正前の電気事業法54条)等を受けることが予定されているのも,原子炉が前記のような危険性を有することによるものである。
 そして,その安全管理の方法は,各原子炉ごとに異なり,かつ,その資料はすべて原子炉設置者の側が保持していることなどの点を考慮すると,本件原子炉の安全性については,控訴人の側において,まず,その安全性に欠ける点のないことについて,相当の根拠を示し,かつ,必要な資料を提出した上で主張立証する必要があり,控訴人がこの主張立証を尽くさない場合には,本件原子炉に安全性に欠ける点があり,その周辺に居住する住民の生命,身体,健康が現に侵害され,又は侵害される具体的危険があることが事実上推認されるものというべきである。そして,控訴人において,本件原子炉の安全性について前記説示の主張立証を尽くした場合は,本来主張立証責任を負う被控訴人らにおいて,本件原子炉に安全性に欠ける点があり,被控訴人らの生命,身体,健康が現に侵害され,又は侵害される具体的危険があることについて,その主張立証責任に適った主張立証を行わなければならないとするのが相当である。
 そして,この安全性は,前記のような原子力発電所の持つ危険性に鑑みれば厳しく審査する必要があるが,他方で,科学技術を利用した各種の機械,装置等については,絶対的に災害発生の危険がないという「絶対的安全性」は想定できないから,原子炉施設においても,放射線,放射性物質の環境への排出を完全に防止することを意味するということはできず,放射線,放射性物質の環境への排出を可及的に少なくし,これによる災害発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなものに保つことを意味すると解するのが相当である。
 なお,控訴人は,前記安全性について,事故発生の危険性の程度と科学技術の利用に得られる利益の大きさとの比較衝量の上,決すべきである旨主張する。
 しかしながら,前記のように,放射性物質が原子炉の外部に排出された場合,その周辺に居住する住民が被ばくする可能性が存在するという原子力発電所の危険性に鑑みれば,原子力発電所の利用により得られる利益がいかに大きなものであったとしても,その危険性の程度を緩和することはできず,前記のとおり,放射線,放射性物質の環境への排出を可及的に少なくし,これによる災害発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなものであることを要すると解するのが相当である。

 通商産業大臣及び原子力安全委員会が本件設置変更許可申請について行った本件安全審査においては,平常時はもちろん,地震,機器の故障その他の異常時においても,一般公衆及び従業員に対して放射線障害を与えず,かつ,万が一の事故を想定した場合にも一般公衆の安全が確保されることを基本方針とし,@ 立地条件に係る安全確保対策,A 平常運転時の被ばく低減に係る安全確保対策,B 事故防止に係る安全確保対策,C 運転段階における安全確保対策について審査したことが認められる。
 そこで,以下では,まず,本件原子炉施設が本件安全審査における審査指針等の定める安全上の基準を満たしているかについて,@ 立地条件に係る安全確保対策,A 平常運転時の被ばく低減に係る安全確保対策,B 事故防止に係る安全確保対策,C 運転段階における安全確保対策の順に検討し,これらが満たされていることが確認された場合には,控訴人は,本件原子炉に安全性に欠ける点がないことについて,相当の根拠を示し,かつ必要な資料を提出した上での主張立証を尽くしたことになるというべきである。そして,この場合には,本来的に主張立証責任を負う被控訴人らにおいて前記具体的危険性についてその主張立証責任に適った主張立証を果たしているか否かを検討すべきことになる。

 

静岡地裁判決平成21年02月16日

【事案】

1.罪となるべき事実

 被告人は,飲食店甲の従業員に飲酒を強制して強度の酩酊状態に陥らせようと企て,平成20年5月7日午前2時47分ころから同日午前3時10分ころまでの間,a市b番地所在の同店において,同店従業員のVに対し,「飲め。早く飲め。」,「うちの店来て,お前ら飲ませたんだろ。」,「うちの従業員を痙攣するまで飲ませたじゃねえか。」,「うちの従業員と同じ目に遭わせてやる。」,「何酔った振りしてるだ。まだ飲めるだろ。」などと怒号して飲酒を強制し,同人をして1リットルを超える焼酎(アルコール度数20度)をストレートで飲酒させ,よって,そのころ,同店において,同人を急性アルコール中毒による心肺停止状態に陥らせた上,同月14日午後6時20分ころ,同市c番地所在の○○病院において,前記傷害に基づく脳障害により死亡させた。

2.前提事実

(1) 本件に至る経緯

ア.被告人は,かつて暴力団組員として活動していた時期もあったが,その後,いわゆるホストクラブの従業員として稼働するようになり,本件当時は,平成20年2月に開店したa市内のホストクラブ乙で,従業員の指導や店のもめ事に対応するいわゆる相談役を務めていた。

イ.同市内にある別のホストクラブ甲の店長A,同店従業員B及び被害者らは,Cが,同店を無断欠勤して辞めた上,同じ市内に開店した上記乙で勤務し始めたことを知り,同年2月17日,Cに酒を飲ませて説教をする目的で乙に行った。
 Aらは,乙に客として入店後,Cに対し,無断で甲を辞めて乙で勤務していることに関して説教するとともに,Bが中心となって,Cに対し,約1時間で,焼酎△△(アルコール度数20度。なお,本件時に被害者が飲んだものも同じ銘柄と度数であるから,以下,単に「焼酎」とは,これを指す。)をストレートでボトル1本(約700ml。以下,ボトル1本当たりの容量は同じ。)ないし1本半程度飲酒させた。そのため,Cは強度の酩酊状態に陥ったが,被告人もその当時乙店内にいて,Cが床に倒れて痙攣したり,おう吐したりしている状況を見ていた(以下,この日のことを,説明の便宜上,「Cの一件」という。)。

ウ.被告人は,乙の開店後間もない時期にAらが自分の店の従業員に飲酒を無理強いしていることに不快感を抱いたが,Aに対し,今後Cの面倒は乙で見ていくので,無断移籍の件についてはこれで終わりにし,開店祝いに改めて来店してくれればよいなどと告げ,Aもこれを了承したことから,その場は収まった。

エ.被告人は,平成20年5月6日午後10時ころから,乙の店長であるDや同店従業員のEらと乙店内やa市内の飲食店で飲酒した後,翌7日午前2時すぎ,知人のFを電話で呼び出して合流させ,次の店を探すために同市d町界隈を歩いていた。そして,被告人らは,同日午前2時30分ころ,d町の路上で甲従業員の被害者及びGに会い,甲が開店していることを知って,同店に行くこととした。
 被告人は,甲に行く途中,同店のAやBらが前記Cの一件以降開店祝いに来ていないことを思い出し,この際,Cを酔いつぶしたBらにも同じように飲酒させようと考え,同日午前2時40分ころ,D,E及びFら総勢8名で,甲に入店した。

オ.なお,被害者は死亡しているため,同人の被告人に対する認識を直接裏付ける証拠に乏しいが,少なくとも,甲従業員のAやBは,被告人をその風ぼうから怖い人だと認識しており,元暴力団組員であって,粗暴な行動に出たこともあるとの噂を聞いていた。また,乙の店長Dは,被告人から元暴力団組員であった旨を聞き,また,乙の従業員が被告人から殴られたことが複数回あったことから,被告人に対しては,怖くて逆らえないとの思いを抱いていた。
 そして,Dら乙関係者は,同年5月6日夜に同店内で打合せをしている際,被告人から酒席に付き合わされ,Dらが酒を飲めないでいると,被告人は,「俺の酒が飲めないのか。トイレに行くな。」と怒鳴って飲酒を強要するなどしたが,Dらは,被告人に対し文句を言えない立場にあったため,翌7日にかけて,嫌々ながら被告人と行動を共にしていた。

(2) 甲入店後の状況等(以下,この項における日付は,平成20年5月7日である。)

ア.被告人は,Gから店の出入口付近の席に案内されると,ボックス席ソファーの中央に座り,同行していたDら7名は被告人を囲むようにして座った。
 被告人は,席に着くなり,BGMが流れていた店内(広さ約68.85u)の奥まで響き渡る大声で「Bを呼べ。」と怒鳴った上,Gに対し,「△△2,3本持ってこい。俺らはオレンジジュース。」などと言った。被告人は,Gがアイスペールを運んでくると,「アイスなんていらん。割りものはいらん。」などと言って下げさせた。また,被告人は,Dら乙の従業員に対して「お前ら何も言うな。」と言ったため,Dらは,被告人の剣幕に萎縮し,それ以降,被告人の言動を制止することもなく,沈黙してしまった。
 その後,被告人は,Bを呼び付け,同人にグラス(容積約234ml)を持ってこさせて,自分の正面の席に座らせた。被告人は,午前2時45分ころ,約1メートル程の距離にいたBに対し,前屈みになり眉間にしわを寄せてにらみを利かせながら,「お前,うちの従業員に何したか分かっているんだろうな。うちの従業員は痙攣するまで飲まされた。同じようにしてやる。」,「飲めよ。」などと怒鳴り,Bのグラスほぼ一杯に焼酎を注ぎ込んで,同人に対して飲酒を強く迫った。そして,被告人は,Bが焼酎を一気に飲み干した後,同人が事情を説明しようとするのを「うるさい。」などと怒鳴って遮り,再び同人のグラスに焼酎を注ぎ込んで,「飲め。早く飲め。」などと怒号して,飲酒を迫った。
 Bは,2杯目を飲み干した後,トイレに吐きに行くために席を立とうとしたが,被告人に制止されたため,この時点ではトイレへ行くことができなかった。

イ.被告人は,Bに焼酎を飲ませ始めた2,3分後の午前2時47分ころ,テーブルにお通しを運んできた被害者の姿を見て,同人もCの一件の際に乙に来ていたことを思い出し,被害者に対しても,飲酒させようと考えて,同人をBの右隣に座らせた。
 被告人は,被害者のグラスにも焼酎をなみなみと注ぎ込んで「飲め。」,「モサつけに来たじゃないか。」,「うちの店来て,お前ら飲ませたんだろ。」,「お前らも同じ目に遭わせてやる。」などと怒号して,飲酒を迫った。その後,被告人は,被害者が焼酎を一気に飲み干し,苦しそうな表情をしていたにもかかわらず,矢継ぎ早に被害者のグラスに焼酎を注ぎ込み,怒号しながら更に飲酒を命じた。
 そして,被告人は,被害者らの焼酎を飲むペースが落ちてきた際には,被害者らがグラスを自分の手元に寄せて焼酎を注がれないようにする仕草をしていたにもかかわらず,焼酎のボトルを逆手で持ったり,左右の手に持ち替えたりして威嚇しながら,酒を飲むように要求した。その後,Bは,被告人が被害者に話し掛けるなどした隙をついて,吐くためにトイレに駆け込んだが,その際,被告人は,大声で「何処行くだ。座ってろ。勝手にトイレ行くんじゃねえ。」,「席を立つな,連れ戻せ。」などと怒鳴り,Bがトイレに行くのを制止しようとした。

ウ.状況を見兼ねた甲の店長Aが駆けつけ,Bの隣に座り,被告人に対して,Cの一件については解決済みのはずであるから,勘弁して欲しい旨を説明した。しかし,被告人は,Aの説明に激昂し,同人に対しても「ケジメつけろ。てめーら筋通せや。」などと因縁を付けて飲酒を要求するとともに,大声を張り上げたり,テーブルを手で叩いたりしながら,「お前らうちの店のオープンの日にモサつけたじゃねえか。うちの従業員はお前らに痙攣するまで飲まされたんだぞ。」,「うちの従業員と同じ目に遭わせてやる。」などと怒号し,Aが手を出して制止するのも振り切って,Bや被害者のグラスに焼酎を注ぎ込んでは,繰り返し飲酒を命じた。
 被告人は,途中,被害者が席を立とうとした時には,「勝手に席を立つんじゃねえ。勝手にトイレ行くんじゃねえ。」と怒鳴りつけて制止した。そのため,被害者は萎縮し,被告人に命じられるまま焼酎を飲み続けていたが,ストレートでグラス4,5杯程度飲まされたころからは,座ったまま下を向き,体を前後に揺らすような状態になった。被告人は,なおも被害者に対し,「何酔った振りしてるだ。まだ飲めるだろ。」,「寝てんじゃねえ。飲め。」などと怒号して,被害者のグラスに焼酎を注ぎ込み,被害者がグラスに口を付けるまで怒鳴り続けた。

エ.被告人が繰り返し飲酒を命じた結果,被害者は,約23分間に,1リットルを超える焼酎をストレートで飲酒していたが,その間,被害者は専ら飲酒を続けるのみで,特に言葉を発することもなかった。
 被害者は,午前3時10分ころ,体を揺らして後ろに倒れそうになり,Gら甲の従業員に抱えられて,同店の更衣室に運ばれた。その際も被告人は,「連れて行くんじゃねえ。」,「ウチは痙攣させられている。スジ通せや。」などと怒号していた。その後,被告人は,なおもAと口論し,Bに土下座させるなどした後,午前3時30分ころ,Dら7名を引き連れて退店した。

(3) 被害者が死亡した経緯等

 被告人らが退店した後,Gが被害者の様子を確認したところ,被害者は,脈がなく呼吸も止まっていることが判明した。被害者は,平成20年5月7日午前3時55分ころ,心肺停止状態のまま,救急車でa市内の○○病院に搬送され,いったん蘇生したが,その後,脳死状態となり,同月14日午後6時20分ころ,脳障害により死亡した。なお,救急搬送された直後の被害者の血液からは,推定値として約650mg/dl(6.5mg/ml)の血中アルコール濃度が検出されているが,同濃度が4.0mg/mlを上回ると意識障害,腱反射の消失,体温低下,死亡の症状が現れるとされている。

【判旨】

1.争点についての判断

(1) 傷害の実行行為性

ア.まず,被害者の本件飲酒行為が傷害罪にいう傷害結果,すなわち人の健康状態の不良変更等生活機能に障害を与えることについての現実的危険性を有するものか否かについてみると,本件において,被害者は,約23分間に,アルコール度数20度の焼酎をストレートで1リットルを超えて飲酒し,最終的な血中アルコール濃度が6.5mg/mlにも達していたことが認められる。このように短時間で多量の飲酒をした場合には,強度の酩酊状態に陥り,感覚麻痺,意識障害,おう吐等の症状が現れる危険性は極めて高いというべきであるから,被害者の本件飲酒行為が,前記傷害結果の発生する現実的危険性を有することは明らかである。

イ.そこで,次に,被告人が被害者をして短時間に多量の飲酒をさせた行為が,傷害罪の実行行為に該当するか否かについて検討する。
 この点,被告人が被害者らに飲酒をさせることとなった経緯及び飲酒を求めた際の被告人の言動については,以下の6点を指摘できる。
 すなわち,被告人は,@BらがCの一件後も乙を訪れていなかったことから,この際仕返しをしてやろうと思い立ったこと,A甲店内で席に着いた後,身を乗り出して,Bや被害者をにらみ付け,同人らのグラスに焼酎を注いだ上,「うちの従業員を痙攣するまで飲ませたじゃねえか。」,「うちの従業員と同じ目に遭わせてやる。」などと怒号して,飲酒を命じたこと,BBが,Cの一件は既に解決済みである旨説明しようとしても,「うるさい。」などと怒鳴ってそれを遮り,また,Aが手を差し出して制止し,被害者らが飲酒を拒む素振りを示していたにもかかわらず,同人らが飲み干すと,矢継ぎ早に焼酎を注ぎ足して,「飲め。」などと怒号していたこと,CBや被害者がトイレに行こうとすると,「勝手にトイレ行くんじゃねえ。」などと怒鳴って,これを制止しようとしたこと,DBや被害者の飲酒のペースが落ちてくると,焼酎の瓶を逆手に持ったり,テーブルを叩いたりしたこと,E被害者が酩酊して座ったまま体を前後に揺らしているにもかかわらず,「何酔った振りしてるだ。」,「寝てんじゃねえ。飲め。」などと怒号して,被害者に更なる飲酒を命じ,同人が更衣室に運び込まれる際にも,「連れて行くんじゃねえ。」などと怒鳴っていたことがそれぞれ認められる。
 このような被告人の一連の言動からすれば,本件において,被告人は,被害者を強度の酩酊状態に陥らせようとの意図の下,嫌がる被害者に対し怒号による威迫を加え,飲酒を命じたものと認められる。そして,被告人よりも5歳年下で,甲の一従業員にすぎなかった被害者が,客として来店した乙の相談役でもある被告人からの飲酒の要求を断ることは,もともと困難な状況であったことに加え,被害者においても,被告人と共に来店した乙の従業員らが萎縮して黙り込んでいる姿や,甲の店長Aが被告人から怒鳴りつけられている様子等から,被告人を「周囲から恐れられている人物」であると認識していたと推認されることを併せ考えると,被告人から上記のような強い威迫を受けた被害者は,もはや被告人が命じるまま短時間に多量の飲酒をするほかないとの精神状態に陥った上で,本件飲酒行為に及んだというべきである。
 このように,被告人は,被害者を威迫により上記のような精神状態に陥らせた上,同人をして,傷害結果発生の現実的危険性を有する行為に及ばせたものであるから,被告人の行為は,傷害罪の実行行為に該当するというべきである。

ウ.これに対して,弁護人は,@被告人は,被害者に対して暴力を振るっていないし,テーブルを叩いたのもAの態度に立腹したためであって,被害者を脅かすためではなく,外に飲酒を断った場合に被害者に対して危害を加えるなどの害悪の告知もしていない,A被害者は,ボックス席の外側にいて誰からも移動を阻止される状況ではなく,また周囲には甲の従業員らがいたから,被害者は飲酒を断ろうと思えばできる状況にあった,B被告人は,当初から被害者らが謝罪をすれば許すつもりであったから,被害者らは謝罪をすることで飲酒を回避することができた,C被告人が「トイレに行くな」と言ったのは,勝手に席を立つのは失礼であると考えたからであり,被害者は席を立ってトイレに行くこともできたとの各点を主張し,結局,被害者は,Cの一件での負い目もあり,今回は被告人の求めに応じて酔いつぶれることで事が収まるのであればそれでよいと納得して,自らの意思で飲酒したものであるから,被告人の行為に傷害の実行行為性はない旨主張する。
 そこで,まず@及びAの点についてみると,確かに,被告人は被害者ら甲側の人間に対して,直接の暴行を加えたり,飲酒を断った場合に危害を加える旨を具体的に告知したりした事実は認められず,また,着座位置からして,客観的には被害者の離席の自由が阻害されていたわけでもない。その意味で,被害者が焼酎を飲む行為自体には,被害者の意思による部分が残っていることは否定できない。しかしながら,他方で,前記のとおり,被告人は,被害者らをにらみ付け,焼酎の瓶を逆手に持ったりした上,いかなる趣旨にせよテーブルを叩くなどの行動を示しながら,間近にいる被害者に対して怒号しながら飲酒を命じたものである。これに,前記のように被害者は被告人との関係で弱い立場にあったことを踏まえると,被害者において,被告人の意向に逆らうと何らかの危害を加えられるとの恐れを抱き,被告人の命令に従って飲酒するほかないとの精神状態に陥るのは誠にやむを得ないのであって,被害者が焼酎を飲もうとする意思には,真意に反する重大な瑕疵があるというべきである。このことは,本件現場に居合わせたG,B,E,I及びFらが,本件状況下で被告人から飲酒を命じられたら誰も断ることはできない旨一致して証言ないし供述していることに照らしても明らかというべきであって,本件当時の被害者が飲酒を断ろうと思えばできる状況だったなどという弁護人の主張は,採用することができない。
 また,Bの点についても,被告人は,入店して席に着くなり「Bを呼べ。」と怒鳴り,焼酎を2本ないし3本注文し,氷を下げるように指示して,席に着いたBに「飲むのか,謝るのかどっちだ。」と命令口調で言っていること,Bがためらいながら焼酎の一気飲みをした後に,被告人は,Bが事情を説明しようとするのを怒鳴って遮り,再び飲酒を迫っていること,その後,被告人に命じられて席に着いた被害者に対しても,「お前らも同じ目に遭わせてやる。」などと怒号して飲酒を迫って以降,少なくとも被害者が更衣室に運び込まれる前の段階では明示的に謝罪を要求していないことからすれば,被告人が被害者ら甲側の人間から謝罪があれば許すつもりであったとは認められず,仮に被害者らが謝罪の言葉を述べたところで飲酒を回避できたなどとは考えられない。
 さらに,Cの点についてみても,被告人自身,公判廷で,「もし,トイレに行きたいとか,ちょっと失礼しますと断りを入れたら,どうするつもりだったんですか。」との問いに対し,「許可しなかったかもしれないです。」などと供述している上,被告人は,被害者らに飲酒させて強度の酩酊状態に陥らせようとの意図の下,怒号して飲酒を命じる中で,被害者に対してトイレに立つなと怒鳴っていたことからすると,前記のとおり弱い立場の被害者が被告人に断りを入れて席を離れることができる状況だったとは認められない(DやFが,被告人からトイレに行くなと怒鳴られれば,被害者がトイレに行くことは容易にはできないと思うと証言ないし供述していることなどにも照らすと,被害者がトイレに行くことができないと考えたのも,無理からぬところである。)。
 なお,弁護人は,被害者と共に飲酒していたBがトイレに行くために2回席を立っていることから,被害者においても席を立つことができたはずであるとも主張しているが,Bは,たまたま被告人が気をそらした隙にトイレに駆け込むことができたにすぎないものであり,Bがトイレに行ったことをもって,被害者も同じように席を立つことができたはずとの前提に立つことはできない。
エ.結局のところ,被害者は,被告人に怒号を交えて強制されたため,その命令に従うしかないとの精神状態に陥った上で,重大な瑕疵のある意思に基づいて前記飲酒行為に及んだというべきであって,被害者が自らの意思で飲酒したから実行行為性が認められないとする弁護人の主張は,採用することができない。

(2) 傷害の故意について

 本件において,被告人は,被害者を強度の酩酊状態に陥らせようとの意図の下,嫌がる被害者に威迫を加えて,意に反して飲酒を命じたものと認められることからすると,被告人が,生命に対する重大な危険まで明確に認識していたか否かはともかく,少なくとも強度の酩酊により被害者の身体に傷害結果を発生させる故意があったことは,明らかというべきである。
 これに対し,弁護人は,被告人には,被害者を酔いつぶす意図はなく,また,被害者が飲酒を容認していると考えていたので,被告人には違法の意図は存在しないとして,傷害の故意はなかったと主張する。
 しかしながら,既に述べたとおり,被告人は,Cが焼酎1本(約700ml)ないし1本半程度を飲酒したことで,痙攣を伴う強度の酩酊状態に陥ったところを実際に見ていたこと,一方で被害者が特に酒に強い人物であるという認識もなかったことに加え,被告人自身,公判廷で,「飲み続ければ,つぶれるというのはありました。つぶれたらつぶれたで仕方ない,というのはありました。」と供述していることも併せ考えると,約23分間に1リットルを超える焼酎をストレートで飲ませれば,被害者が酔いつぶれて,その身体に少なからぬ傷害結果が発生することは,十分認識,認容していたといえる。また,被告人において,自己の言動及び被害者の対応等の客観的な犯行状況について認識,認容している以上,傷害結果のみならず実行行為性についても何ら認識,認容に欠けるところはない。仮に,被告人が本件程度に酒を飲ます行為が犯罪に当たらないと考えていたとしても,それは,被告人が過度の飲酒がもたらす危険性を甘く見ていたにすぎず,傷害の故意を否定すべき事情にはならないというべきである。
 以上のとおり,被告人に傷害の故意はなかったとする弁護人の主張も,採用することができない。

2.まとめ

 弁護人の主張はいずれも採用できず,判示の被告人の行為は,傷害の実行行為に該当し,また,被告人には傷害の故意があって,被害者に生じた傷害結果と死亡との間の因果関係も認められるから,被告人には傷害致死罪が成立するというべきである。

 

大阪地裁判決平成21年02月26日

【事案】

1.第1事件原告ら及び第2事件原告(以下「原告ら」という。)が,@ 被告靖國神社及び被告国に対し,被告靖國神社による遺族である原告らの承諾のない別紙本件戦没者一覧表記載の近親者(以下「本件戦没者」という。)の合祀行為及び合祀継続行為により,原告らの人格権が侵害され精神的苦痛を受けたとして,また,被告国による被告靖國神社に対する情報提供行為が被告靖國神社の合祀という違法行為の協力行為であり共同不法行為に当たるとして,不法行為に基づく損害賠償請求権又は国家賠償法に基づく損害賠償請求権(民法709条,719条,国家賠償法1条1項,4条)に基づき,原告一人あたり100万円の慰謝料及びこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,A 被告靖國神社に対し,同被告によって,本件戦没者を合祀され続けており,人格権を侵害されているとして,人格権に基づく妨害排除請求権に基づき,戦没者の氏名が記載されている被告靖國神社所有の霊璽簿,祭神簿,祭神名票(以下「霊璽簿等」という。)から,本件戦没者の氏名の抹消を求めている事案。

2.争点

(1) 法律上の争訟性の存否
(2) 原告らの人格権及び原告らの法的利益の侵害の存否等
(3) 被告国がeについて国設靖國神社に合祀したことの違法性の存否
(4) 政教分離原則違反による被告国の違法性の存否
(5) 除斥期間の経過による権利消滅の有無
(6) 原告らの精神的苦痛,損害額等

【判旨】

1.争点(1)(法律上の争訟性の存否)について

(1) 裁判所の審判の対象となるものは,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」,すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られると解するのが相当である(最高裁昭和41年2月8日第三小法廷判決・民集20巻2号196頁参照)。

(2) これを本件においてみると,原告らは,被告靖國神社に対し,被告靖國神社が所有する霊璽簿等から,本件戦没者の氏名を抹消すること及び慰謝料の支払を求めているところ,それらの訴訟物は人格権に基づく妨害排除請求権及び不法行為に基づく損害賠償請求権であるから,本件紛争は,原告らと被告靖國神社との間の,具体的な権利義務の存否に関する紛争であるということができる。
 また,裁判所は,原告らの権利又は法律上保護される利益の存否及びその侵害の存否の判断に際して,被告靖國神社の信教の自由との関連について検討する必要があるものの,それについては本案において問題にすれば足りるところ,本件紛争に関しては,後記2で判示するとおり,被告靖國神社の宗教上の教義の解釈について判断する必要はないのであるから,本件紛争は,法令の適用による終局的な解決が可能な紛争であるということができる。
 したがって,原告らの被告靖國神社に対する請求は,当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,それが法令の適用により終局的に解決することができるものであり,法律上の争訟に該当するということができる。

(3) これに対し,被告靖國神社は,@ 被告靖國神社においては,創立以来,遺族の意向とは別に合祀基準に該当する戦没者を合祀しており,合祀についての遺族の承諾の要否を巡る紛争は,被告靖國神社の宗教上の教義の当否の問題である,A 本件訴訟の実体は,他の宗教団体に所属する宗教者である原告らの一部が,被告靖國神社の宗教上の教義に対して異議を述べて,その判断を裁判所に求めるものである,B 原告らが,霊璽簿等からの氏名の抹消という形式を取りつつ,実質的には合祀の取消しを求め,被告靖國神社の教義の変更を請求しているとして,原告らの被告靖國神社に対する請求は,法律上の争訟性を欠くと主張している。
 しかし,@について,宗教的行為であっても,その外部的行為が他者の権利・利益を侵害する場合には,国家による規制対象となり,裁判所の審判の対象になるものと解するのが相当であるところ,本件においては,裁判所が,被告靖國神社の遺族の承諾を求めないという宗教上の教義の当否を判断するものではなく,被告靖國神社の「遺族の承諾を求めない」合祀という外部的行為性も有する行為による,原告らの権利又は法律上保護される利益の侵害の存否を判断の対象とするものであるから,法律上の争訟性を欠くとはいえず,被告靖國神社の上記@の主張は採用することができない。
 A及びBについて,原告ら提出の準備書面の中には,原告らの感情・思いとして,被告靖國神社に対する嫌悪感や合祀の取消し自体を願っていることを窺わせる部分も存在するが,本件の訴訟物は,あくまで人格権に基づく妨害排除請求及び不法行為に基づく損害賠償請求であって,当裁判所は,その請求を基礎付ける請求原因事実の存否を判断するだけであるから,法律上の争訟性として問題とする余地はなく,被告靖國神社の上記A及びBの主張は採用することができない。

(4) 以上のとおりであって,原告らの被告靖國神社に対する請求は,法律上の争訟に該当すると認められる。

2.争点(2)(原告らの人格権及び原告らの法的利益の侵害の存否等)について

(1) 原告ら主張の人格権の権利性,法的利益性について

ア.昭和63年大法廷判決の射程について

 人が自己の信仰する宗教により何人かを追慕し,その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由は,誰にでも保障されていると解するのが相当であるところ,遺族においても,当然に近親者を追慕し,自己の流儀に従って近親者を悼み慰霊行為をする自由・利益については,保障されていると解するのが相当である。
 これに対し,人が自己の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によって害されたとし,そのことに不快の感情を持ち,そのようなことがないよう望むことのあるのは,その心情として当然であるとしても,かかる宗教上の感情を被侵害利益として,直ちに損害賠償を請求し,又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることができるとするならば,かえって相手方の信教の自由を妨げる結果となるに至ること,さらに,信教の自由の保障は,何人も自己の信仰と相容れない信仰を持つ者の信仰に基づく行為に対して,それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものでない限り寛容であることを要請しているものというべきであるから,上記宗教的感情は直ちに法的利益として認めることができないと解するのが相当である(最高裁昭和63年6月1日大法廷判決・民集42巻5号277頁(以下「昭和63年大法廷判決」という。)参照)。そして,宗教に基づく感情以外の,自己の信じる信念や理念等に基づく精神生活一般においても,人が他者の宗教的行為その他の行為によって自己の精神生活の静謐を害されたとして不快の心情ないし感情を持つこともあり得るものであるが,このような心情ないし感情を被侵害利益として,直ちに損害賠償を請求し,又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることができるとするならば,他者の信教の自由その他の自由権を妨げる結果となることは上記宗教的感情における場合と同様であるので,上記心情ないし感情についても直ちに法的利益として認めることができないと解すべきであって,他者の宗教的行為その他の行為が強制や不利益の付与を伴わない限り,上記心情ないし感情には,損害賠償請求及び差止請求を導く法的利益は認められないと解すべきである。

イ.本件における原告らの法的利益について

 これを本件についてみると,原告らは,敬愛追慕の情を基軸とする人格権が被侵害利益であるとして,「近親者等に対する敬愛追慕の情は,近親者等について見い出した意義,形成したイメージ及びそこから生じる自身についての生存の意義,自己イメージと不可分一体のものであり,個人の人格的生存に不可欠のものといえ,かかる感情は,人格権の一内容を構成するものとして,憲法上ないし私法上の保護を受けるべきものである」と主張している。
 しかし,原告らの主張する「自己イメージ」というものは,人に対する社会的評価であるところの名誉や,外形的な情報であって社会的評価が可能なプライバシーと比べても,余りにも主観的かつ抽象的なものであって,その概念が示す範囲自体画定し難く,内容も,もともと無限定である上,外部からの統制なしに形成し得ることもあって,無制限に膨らみ得るものであり,かように,概念が確立されておらず,その内容及び外延が判然とせず,社会に定着していない「自己イメージ」を,名誉やプライバシーの概念を媒介にしないで直接の法的保護の対象とすることはそもそも困難であるといわざるを得ないし,自己情報を規律する権利といわれるものにおいても未だ概念が定着していないだけでなく,遺族との関係に関する情報までその中に含まれるかについては議論が全く進んでいない状況にあるのであって,上記「自己イメージ」を中核とする感情に法的利益を認めることは困難である。
 また,人は社会的な存在であって,他者からイメージを付与されることが不可避であるところ,故人に対して縁のある他者が抱くイメージも多々存在するものであり,故人に対する遺族のイメージのみを,法的に保護すべきものであるとは考えられない。
 そうすると,名誉権の侵害及びプライバシーの利益の侵害を具体的に主張していない原告らの主張する人格権の中核となる敬愛追慕の情は,結局のところ,被告靖國神社による本件戦没者の合祀という宗教的行為による不快の心情ないし被告靖國神社に対する嫌悪の感情と評価するほかなく,これをもって直ちに損害賠償請求や差止請求を導く法的利益として認めることができない。

ウ.原告らの主張について

 これに対し,原告らは,次のとおり主張しているが,いずれの主張についても,これを採用することができない。

(ア) 原告らが指摘する裁判例等について

a 原告らは,@ 平成18年6月23日最高裁第二小法廷判決(判例時報1940号122頁。以下「平成18年最高裁判決」という。)における滝井補足意見,A「落日燃ゆ」事件一審判決等によって,敬愛追慕の情を基軸とする人格権が法的利益を有していると認められている旨主張する。
 しかし,滝井補足意見は,そもそも,「人が神社に参拝する行為自体は,他人の信仰生活等に対して圧迫,干渉を加えるような性質のものではないから,他人が特定の神社に参拝することによって,自己の心情ないし宗教上の感情が害されたとし,不快の念を抱いたとしても,これを被侵害利益として,直ちに損害賠償を求めることはできないと解するのが相当である。」と判示した平成18年最高裁判決における補足意見であって上記判示を支持する立場を前提にするものであるし,また,滝井補足意見自身,「何人も公権力が自己の信じる宗教によって静謐な環境の下で特別の関係のある故人の霊を追悼することを妨げたり,その意に反して別の宗旨で故人を追悼することを拒否することができる」と述べていることからすると,公権力などの自由権の享有主体でないものが主宰している場合を念頭においているとみるのが相当であり,信教の自由の享有主体である私人や私的団体が主宰している場合についてまで法的利益性を承認する趣旨であるかは疑問であるというべきである。
 そして,本件においては,後記(3)のとおり,合祀を主宰しているのは,被告靖國神社であって,被告国はその主体ではなく,また,被告靖國神社はあくまで一宗教法人であって公権力と同視することはできないから,滝井補足意見の当否にかかわらず,原告らの上記@に関する主張は採用することができない。

b また,原告らの引用する他の裁判例は,死者に対する直接的な名誉毀損行為又はプライバシー侵害行為の事案であって,直接に保護されるのは,死者に対する社会的評価及び死者のプライバシーという,要保護性が社会的に承認され,かつ,遺族らの心情や感情によっては侵害の成否が左右されないものであり,そのようなものを抜きに遺族らの心情や感情を直接に保護しようとしたものでないことは明らかである。そして,本件においては,後記(2)のとおり,被告靖國神社は,本件戦没者の合祀に関する具体的事実を対外的に明らかにしたとは認められないのであるから,名誉毀損及びプライバシー侵害が成立するとは到底考えられず,原告らの引用する裁判例は,本件には当てはまらず,原告らの上記Aに関する主張も採用することができない。

(イ) 宗教的人格権との相違に関する主張について

a 原告らは,昭和63年大法廷判決における「静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益」と本件訴訟における「敬愛追慕の情を基軸とした人格権」の間には,@ 権利の帰属する者が限られている点,A 宗教的側面を有しない点の2点において大きな相違があり,昭和63年大法廷判決の射程は本件には及ばないと主張する。

b しかし,上記アで判示したとおり,人が自己の信仰する宗教により何人かを追慕し,その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由は,誰にでも保障されていると解するのが相当である。
 そして,追慕・慰霊の性質からしても,故人に対する追慕・慰霊とは,行為者の精神における死者との交流であり,追慕・慰霊行為はその交流を実現する個人的な行為であって,また,団体においてもその内部に当然に個人の存在を予定しているので,故人の遺族だけでなく,故人の友人・知人を含む社会的関係者関係団体にも,それぞれの思想信仰に基づいて故人を追慕・慰霊する自由があると解するのが相当である。
 したがって,故人の遺族以外の者が,故人に対する慰霊行為等をする場合には,故人の遺族等の同意・承認等を得ることが社会的儀礼として望ましいとしても,故人の遺族が独占的に追慕・慰霊行為をし,他者のそれを排除し得るような権利・法的利益を有しているとはいえないので,原告らの上記@に関する主張は採用することができない。

c また,昭和63年大法廷判決は,直接的には宗教的人格権について判断しているものの,その実質は,他者の信教の自由との調整に関する判断をしていると理解すべきであって,その判断は,上記アで判示したとおり,人が他者の宗教的行為によって生ずる宗教的感情以外の不快の心情ないし感情を持つ場合における信教の自由との調整についても妥当するものであるから,原告らの上記Aに関する主張は採用することができない。

(ウ) 被告靖國神社の信教の自由について

a 原告らは,@ 被告靖國神社の歴史的経緯,法人性から,被告靖國神社の信教の自由は,その他の者の信教の自由及び個人の信教の自由に比べて一定程度制約を受けるべきである,A 被告靖國神社が法人として宗教行為の自由を有するとしても,何らの制約もなしに権利行使が許されるものではないから,原告らの意思に反した合祀行為及び合祀継続行為は許されない旨主張する。

b しかし,憲法は,20条1項前段において,「信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。」と規定しており,個人と団体を何ら区別することなく,また,すべての主体に平等に保障しているのであるから,宗教団体に対しても当然に信教の自由を保障していると解すべきであり,また,宗教団体には,その内部に個人が存在するところ,特定の宗教団体について信教の自由を制約したり,他に劣後した扱いをすることになると,当然にその宗教団体に帰属する個人の信教の自由に対する制約が生じる可能性がある上に,国家にとって不都合な宗教団体を邪教として制約する道筋を開く解釈をすることは著しく危険であるので,原告らの上記@に関する主張は採用することができない。

c また,一般に,宗教行為の自由は,その行為自体が外部的に表現されるものである以上,他者との権利衝突が生じる場面は避けられず,その場合には当然,他者の権利との間での調整が必要になるので,被告靖國神社が法人として宗教行為の自由を有していたとしても,何らの制約もなしにその権利行使が許されるものではないことは,原告らの主張のとおりである。
 しかしながら,本件において,被告靖國神社の合祀行為そのものは,祭神を祀るという極めて抽象的観念的なものであって,信仰の自由そのものと同視できるものであるから,他者との権利衝突を観念することができず,したがって,他者との権利衝突の存在を前提とする,原告らの上記Aに関する主張は採用することができない。

(2) 被告靖國神社による侵害の有無について

ア.上記(1)で判示したとおり,原告らの主張する人格権の中核となる敬愛追慕の情は,被告靖國神社の宗教的行為その他の行為が強制や不利益の付与を伴わない限り,損害賠償請求及び差止請求を導く法的利益とは認められないものである。

イ.そして,被告靖國神社の合祀行為及び合祀継続行為そのものは,宗教的行為ではあるものの,祭神を祀るという抽象的・観念的行為であって,宗教上の信仰の自由と同程度に被告靖國神社が当然に有する信教の自由に基づき自由になし得るものであって,他者に対する強制や不利益の付与を想定することができないものである。
 また,合祀に密接に関連する被告靖國神社の外部的行為としては,霊璽簿等の作成・保管だけであるところ,被告靖國神社は,霊璽簿等を第三者に閲覧させる運用をしていないし,遺族以外の第三者からの合祀に関する問い合わせには回答していないのであり,合祀通知を受けた遺族以外の第三者は,誰が,いつ,合祀をされたのかはもちろん,合祀の事実の存否自体を知ることができず,現に,原告F,原告H,原告Dにおいては,被告靖國神社に対する積極的な問い合わせの結果,ようやく近親者の合祀の事実を知るに至ったのであって,合祀後数十年にわたってその近親者の合祀の有無を認識できていなかったのであるから,霊璽簿等に本件戦没者の氏名を記載したとしても,そのことによって,誰かに,何らかの強制や不利益の付与があったと認めることはできない。
 なお,本件戦没者の遺族である原告らが,近親者を追慕し,自己の流儀に従って近親者を悼み,慰霊行為をする自由が害されたとする証拠も存在せず,被告靖國神社による合祀によって本件戦没者の名誉権及びプライバシーの利益が侵害されたと認めることもできない。
 したがって,被告靖國神社による本件戦没者の合祀行為及び合祀継続行為によって,原告らの権利ないし法的利益が侵害されたとは認められない。

ウ.以上のとおりであって,被告靖國神社による本件戦没者の合祀行為(ただし,eの合祀行為を除く。)及び合祀継続行為によって,原告らの権利及び法的利益が侵害されたとは認められないのであるから,原告らの被告靖國神社に対する損害賠償請求及び妨害排除請求は,いずれも理由がない。

(3) 被告国による侵害の有無について

ア.国家賠償法における共同不法行為の判断について

(ア) 原告らは,被告国が,本件戦没者の氏名等の個人情報を被告靖國神社に提供するなどして,両者一体となって合祀を行っているとして,当然に共同不法行為が成立する旨主張する。

 しかしながら,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が成立するためには,公務員による違法行為の存在とともに法律上保護された利益の侵害が必要と解されるところ,国家賠償法4条に基づく民法719条の共同不法行為の規定が適用される場合においても,国の損害賠償責任が認められるためには当然に法律上保護された利益の侵害が必要である。
 そして,国の行為による法律上保護された利益の侵害の判断については,合祀は,神社にとって最も根幹をなすところの奉斎する祭神にかかわるものであり,当該神社の自主的な判断に基づいて決められる事柄であるので,国の行為が,神社の自主的な判断に基づいて決められるべき合祀に関する判断に対して,事実上の強制とみられる何らかの影響力を有したとすべき特段の事情の存しない限り,法的利益の侵害の成否は,私人たる神社による合祀それ自体が法的利益を侵害したか否かを検討すれば足りると解すべきである(昭和63年大法廷判決参照)。

(イ) これを本件についてみると,被告国は,3025号通達を含む一連の通達及び被告靖國神社との打合会等に基づき,一宗教法人である被告靖國神社に対して,戦没者の情報を終戦後何年にもわたって大量に提供し,被告靖國神社による戦没者の合祀を支援し続け,その結果,被告靖國神社による多数の戦没者の合祀を可能にしたことが認められる(したがって,本件戦没者(ただし,eを除く。)が被告国の情報提供により被告靖國神社に合祀されたものであることを示す明確な証拠は存しないが,以上の経過に照らし,本件戦没者も被告国の情報提供により被告靖國神社に合祀された蓋然性が極めて高いといえる。)。
 しかしながら,被告靖國神社は,その目的を,「明治天皇の宣らせ給うた『安國』の聖旨に基き,國事に殉ぜられた人々を奉斎し,神道の祭祀を行ひ,その神徳をひろめ,本神社を信奉する祭神の遺族その他の崇敬者を教化育成し,社会の福祉に寄与しその他本神社の目的を達成するための業務及び事業を行うことを目的とする」ことと規定しているように,そもそも,被告国の関与がなくとも戦没者等を国事殉難者として合祀することを決定している団体であり,また,被告靖國神社の代表者である宮司も,被告靖國神社の判断で合祀を決定している旨国会で発言していることが認められる。
 そして,@ 被告国は,被告靖國神社に対し,戦没者等の情報を提供してはいたものの,それは被告靖國神社からの依頼に基づき行われたものであり,最も肝要な祭祀の運営については被告靖國神社が取り仕切っていたこと,A 被告国は,終始,あくまでも被告靖國神社が合祀を最終的に決定するという立場を堅持していたこと,B 被告靖國神社においても,被告国の意見を聴取しつつも,脳溢血,心臓麻痺等の病死等の場合のように自らの判断で合祀基準を決定したり,被告靖國神社の総代会の判断が必要であるとし,それを仰いだ上で,最終的には自らの意思で決定していたこと,C 学徒動員による戦没者の一部のように被告国が氏名等を把握していない者についても被告靖國神社が積極的に調査し合祀を決定していたこと,D 対馬丸の遭難者及び外務省の職員の死亡者のように被告国が氏名等を把握していない者についても被告靖國神社が合祀していたこと,E 被告靖國神社による合祀の継続について被告国は何ら関与していないこと,F 戦没者情報の把握それ自体は,遺族援護のための被告国の業務であるとともに,被告国は被告靖國神社以外の団体にも戦没者情報等を提供していたことが認められるところ,以上の事情を総合考慮すると,確かに,被告国は,被告靖國神社に対して,長期間にわたる大量の情報提供を行っており,かかる被告国の行為は,被告靖國神社における合祀において,戦没者の情報の把握に協力するという多数の合祀を行う上で重要な要素をなしていたといえるものの,被告国は被告靖國神社の合祀を支援するためだけに戦没者情報を集めていたわけではなく,また,行為の評価は,直接の行為主体が誰であるかによっても大きく左右されるものであるところ,被告靖國神社は,そもそも戦没者等を合祀することを決定している団体である上に,結局のところ,合祀については,被告靖國神社が最終的に決定していたのであるから,被告靖國神社の合祀行為及び合祀継続行為に関する判断に対して,被告国の行為に,事実上の強制とみられる何らかの影響力があったと認めることはできない。

(ウ) したがって,被告靖國神社による合祀行為及び合祀継続行為は,被告靖國神社の自主的な判断に基づき決定されており,被告国の行為には,事実上の強制とみられる何らかの影響力があったと認められないので,法的利益の侵害の成否は,被告靖國神社による合祀行為及び合祀継続行為それ自体が原告らの法的利益を侵害したか否かを,合祀当時の状況に基づいて検討すれば足りるというべきである。

イ.原告らの法的利益の侵害について

 上記(1)及び(2)で判示したとおり,被告靖國神社による本件戦没者の合祀行為(ただし,eの合祀行為を除く。)及び合祀継続行為によって,原告らの権利及び法的利益が侵害されたとは認められないのであるから,被告国は,仮に本件戦没者(ただし,eを除く。)に関し,被告靖國神社に対して氏名等の情報を提供していたとしても,原告らの権利又は法的利益を侵害しておらず,原告らに対する不法行為責任を負うことはない。

ウ.原告らの主張について

 これに対し,原告らは,被告国と被告靖國神社による共同不法行為(被告国による幇助行為を含む。)を主張しているが,上記アで判示したとおり,被告国の行為は,被告靖國神社による合祀行為及び合祀継続行為判断に対して,事実上の強制とみられる何らかの影響力を有していたものとは認められず,また,そもそも被告靖國神社の合祀によって原告らの法的利益が侵害されたと認められないのであるから,上記主張は理由がない。

エ.以上のとおりであって,被告らが,被告靖國神社による本件戦没者の合祀行為(ただし,eの合祀行為を除く。)及び合祀継続行為によって,原告らの権利及び法的利益を侵害したとは認められないから,原告らの被告国に対する損害賠償請求はいずれも理由がない。

3.争点(3)(被告国がeについて国設靖國神社に合祀したことの違法性の存否)について

(1) 民法上の不法行為の成否について

ア.一般に,民事上の法律行為の効力は,他に特別の規定のない限り,行為当時の法令に照らして判定すべきものと解すべきところ(最高裁昭和35年4月18日大法廷決定・民集14巻6号905頁参照),不法行為における違法性についても,他に特別の規定のない限り,当該行為時の法令に照らして判断するのが相当である。

イ.これを本件についてみると,eは,昭和17年10月14日,終戦前における被告国によって国設靖國神社に合祀されているところ,原告Eは,上記被告国による合祀行為が,その当時のいかなる法令にどのように違反する違法な行為かについて,何ら具体的に主張,立証しない。
 したがって,本件において,被告国による国設靖國神社への合祀行為が,その当時において,違法性を有するものであったとか,不法行為に該当するものであったことを認めることはできない。

(2) 憲法17条に基づく賠償責任の成否について

 被告国によるeの国設靖國神社への合祀行為は,上記(1)のとおり,憲法17条を含む現行憲法の施行前の行為であるから,憲法17条の適用対象であり得ないことは明らかである。

(3) 以上のとおりであって,被告国によるeの国設靖國神社への合祀行為には,違法性は認められない。

4.争点(4)(政教分離原則違反による被告国の違法性の存否)について

(1) 上記2で判示したとおり,被告国と被告靖國神社による共同不法行為は認められないが,原告らにおいて,被告国単独による国家賠償法上の違法行為も主張していると解する余地もあるので,以下,被告国単独での賠償責任の成否について検討する。

(2) 原告らは,被告国の被告靖國神社に対する情報提供等の支援行為が,憲法20条1項後段,同条3項,89条の規定する政教分離規定に違反する違法行為であって,原告らに対する損害賠償責任を発生させるものである旨主張する。
 しかし,憲法20条1項後段,3項及び89条の政教分離規定は,いわゆる制度的保障の規定であって,私人に対して信教の自由そのものを直接保障するものではなく,国及びその機関が行うことのできない行為の範囲を定めたり(20条3項),宗教団体が特権を受けたり権力を行使したりすることを禁止したり(20条1項後段),公金が宗教団体のために用いられることを禁止したり(89条)するなどして,国家と宗教との分離を制度として保障することにより,国家と宗教とが結び付いて,国家運営が宗教イデオロギーに影響されて合理性を欠くようになったり,ひいては当該イデオロギーと内容において相容れない宗教や学説,活動,行動等が圧迫されたりするような事態が生じることを防止して,間接的に信教の自由や学問の自由その他の自由権全般を確保しようとするものであり,この規定に違反する国又はその機関の宗教的活動や宗教団体に対する財産給付・便宜供与等も,それが20条1項前段に違反して私人の信教の自由を制限し,あるいは同条2項に違反して私人に対し宗教上の行為等への参加を強制するなど,憲法が保障している信教の自由その他の基本的人権を直接侵害するに至らない限り,私人に対する関係で当然には違法と評価されるものではないと解するのが相当である(憲法20条3項につき,昭和63年大法廷判決・民集42巻5号277頁参照)。

(3) これを本件についてみると,被告国は,被告靖國神社に対して,戦没者等の情報を提供等しているところ,本件全証拠によっても,かかる行為によって原告らが宗教的行為への強制を受けて信教の自由その他の基本的人権を侵害された等の事情は認められないので,原告らの信教の自由が直接制限されたとはいえない。
 したがって,原告らの,被告国の行為は国家賠償法上の違法行為であるとの主張は認められない。

5.結論

 以上によれば,原告らの主張する人格権は,損害賠償請求や差止請求の根拠となる法的利益としては認められず,また,被告国の行為に権利侵害性ないし国家賠償法上の違法性が認められないので,その余の点について判断するまでもなく,原告らの被告らに対する本件請求は,いずれも理由がないからこれらを棄却する。

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