平成21年度旧司法試験論文式の結果について(2)

政治的圧力の可能性

今年度の新司法試験では、目安を大幅に下回った。
しかも、新試験初の前年度比マイナスの合格者数となった。
この時点までは、司法試験委員会の立場は、ほぼ一貫していた。
すなわち、量の確保より質の確保を優先する立場である。
ところが、今回は、むしろその逆だった。
合格点を落として、目安通りの合格者数を確保している。
すなわち、質の確保より量の確保を優先している。
そうすると、今年度の新試験の合否判定と、旧試験の合否判定。
その間に、立場の断絶があったとみる余地がある。

新司法試験の合格発表は、9月10日である。
旧司法試験の合格発表は、10月9日である。
その間に起きたこと。
それは、9月16日の鳩山内閣発足である。
これが、司法試験委員会に判断の変更を迫った可能性はないだろうか。

法務大臣の影響力

この種の事柄については、具体的な因果関係は掴みにくい。
ただ、「3000人は多すぎる」発言をした鳩山邦夫さんが法相となったのが平成19年8月27日。
それ以降、旧試験の合格者数は目安を下回るようになった。
また、新試験の方も19年度はきわどく目安の枠内だったが、翌年度から目安を下回った。
質の確保ができなければ3000人に達しないこともある、と法務省が言い出したのもこの時期である。

他方、推進派の法相として保岡興治さんが就任したことがあった。
もっとも、当時の福田首相が急に辞任したため、在任期間は2か月にも満たなかった。
そのため、合格者数に関わる影響については、見出すことはできない。
しかし、明らかに影響力を行使したとみられる場面がある。
それは、予備試験の合格ラインとの関係である。

予備試験の合格ラインは、法科大学院修了と同程度のレベルとされている。

規制改革推進のための3か年計画(再改定)(平成21年3月31日閣議決定)より引用、下線は筆者)

 法曹を目指す者の選択肢を狭めないよう、司法試験の本試験は、法科大学院修了者であるか予備試験合格者であるかを問わず、同一の基準により合否を判定する。また、本試験において公平な競争となるようにするため、予備試験合格者数について、事後的には、資格試験としての予備試験のあるべき運用にも配意しながら、予備試験合格者に占める本試験合格者の割合と法科大学院修了者に占める本試験合格者の割合とを均衡させるとともに、予備試験合格者数が絞られることで実質的に予備試験受験者が法科大学院を修了する者と比べて、本試験受験の機会において不利に扱われることのないようにする等の総合的考慮を行う。
 これは、法科大学院修了者と予備試験合格者とが公平な競争となることが根源的に重要であることを示すものであり、法科大学院修了者と同等の能力・資質を有するかどうかを判定することが予備試験制度を設ける趣旨である。両者における同等の能力・資質とは、予備試験で課せられる法律基本科目、一般教養科目及び法律実務基礎科目について、予備試験に合格できる能力・資質と法科大学院を修了できる能力・資質とが同等であるべきであるという理念を意味する
 法務省はこれらを踏まえ、予備試験の制度設計を行う。
 したがって、たとえば、予備試験の法律基本科目及び法律実務基礎科目に関する出題について、一般的に、法科大学院で指導・学習の対象となっていないものを出題範囲に含めたり、法律基本科目及び法律実務基礎科目並びに一般教養科目の出題内容の難易度を、法科大学院を修了できる水準に照らして高く設定したりすることによって、予備試験を通じて法曹を目指す者が、法曹資格を得るにあたり、法科大学院修了者と比べて高い水準の能力が求められることのないようにする

(引用終わり)

この具体的な意味を巡って、法務省と規制改革会議の意見は対立している。
規制改革会議は、現に法科大学院を修了した者のうち最低レベルの者の水準を指すとする。
これだと、短答で最下位で落ちた者のレベルに合わせることになりかねない。
本当にそのようにすれば、予備試験はザル試験になるだろう。
これに対し、法務省は、あるべき(理想像としての)法科大学院修了生の水準という立場に立つ。
この立場だと、合格ラインは現実の修了生の水準に必ずしも合わせる必要はない。
むしろ、現実の修了生より高い水準になる可能性が高い。
増員派の規制改革会議は予備試験を緩くしようとし、慎重派の法務省は厳しくしようとしている。
以下は、法務省と規制改革会議の議論である。
法務省側が佐々木参事官と山口課付、規制改革会議側は福井主査と鈴木参考人である。

規制改革会議法務・資格TF平成20年9月16日(火)より引用、下線は筆者)

○福井主査 閣議決定で前提とされているのは、本試験において公平な競争とするのが根源的に重要だということです。要するに法科大学院修了者と同等の能力があることの判定をするというのが予備試験の趣旨です。ということは、教養は別に結構ですけれども、それはあくまでも一般的な意味での教養、例えば公務員試験にあるような教養試験ということでは全くおかしいわけでございまして、法科大学院を出た人が当然に備えている、言わば卒業認定を受けた法科大学院修了者が、端的に言えば、どんな下位の法科大学院の劣等生であったとしても卒業認定さえ受けていれば身についている能力と同等の能力さえあればよいということです。教養についてもそれは同等でありまして、それより言わば高いハードルを課したら、法科大学院修了者と同等の教養ではない過剰な試験を課しているということになるのです。そこはどう理解されますか。

○佐々木参事官 そこのところは、また難しゅうございまして、法科大学院74校個性があって、どこのレベルが法科大学院の修了者というところで、現実に。

○福井主査 それは、一番最低限です。当たり前です。要するに法科大学院修了者の、言わばだれもが備えているのと同等以上ということをチェックするわけですから、全国の法科大学院修了者の仮に序列をつけて並べたとしたら、最下位ぎりぎりに能力判定、卒業判定を受けた人と同等であるというのが予備試験の意味です

○佐々木参事官 それは1つの考えだと思うんですけれども、あるべき法科大学院修了生という基準も1つ考えられると思います。

 (中略)

○福井主査 ですから、法科大学院の修了生が目指すべき水準が一定の水準に達しているべきであるということは、私どもは佐々木さんの言うことを否定するわけではありません。あるべき水準とは当然制度の創設時に想定されているわけですから、それは当然目指していただきたいのですが、この論点に限って言えば、あくまでも予備試験の方から見れば、予備試験を受ける人が不公平に扱われる、より厳しい試験のハードルを越えさせられるということは絶対に避けなければいけないということです。それが、予備試験を設けたときの大前提です。
 この閣議決定は、言わばそれを単純に確認しただけのことでありまして、法科大学院の卒業判定が現に甘いのであれば、甘い基準の最低限をクリアした人と同等以上であれば予備試験を受けられるということでないと、同等の言わばイコールフッティングの試験の資格を与えられたことにはならない。そこは絶対的に重要でありまして、論理的にそれ以外の解はないということを御理解いただけると思います。
 もし、法科大学院の方が本当に厳しい修了判定をして、あるべき水準に合っているのであればそれを基準にして予備試験の下限を決めればいいというだけです。予備試験の方は、あくまでも法科大学院の下限の修了者の能力に追随するだけでありまして、独自に予備試験が法科大学院の下限の修了者と違う基準を持って判定されることがあってはならないということは制度の大前提であるのは当たり前で、くれぐれも誤解のないように運用していただきたいのです。

 (中略)

○佐々木参事官 その辺の解釈は最終的にこれを予備試験設計者として立てるのは司法試験委員会でありまして、そこがどう考えてくるのかというのを。

○福井主査 違います。解釈は、法務大臣と規制改革担当大臣、内閣総理大臣で決めることです。司法試験委員会で決めることではありません。ときどき責任所在のすり替えが、先ほどから見られるのですが、それはやめていただきたいのです。これは法務大臣と規制改革大臣で合意し、内閣総理大臣も了解したた行政権の最高意思決定機関たる内閣の決定事項です。司法試験委員会に判断していただく問題ではございません。誤解のないように。これは大臣の決定事項です。司法試験委員会という諮問機関の決定事項ではございません。我々規制改革会議も諮問機関でございまして、その限りの意味では同格です。あくまでも大臣間で決められた行政権の、言わば最高責任者による決定事項です。解釈もそこで決めるべきことです。司法試験委員会が大臣の解釈を否定するなどということはあってはならないことです。この件については、現に今、法務大臣をされておられる保岡興治自民党司法制度調査会元会長・顧問が、予備試験の設計についても当初から規制改革に関する与党審査プロセスを通じて自民党で関わってこられたことです。この閣議決定の文言についても、現大臣が今私が述べた意味で合意された事項だと私自身直接見聞して理解しております。もし必要ならば大臣の前で判断していただきましょう。もし大臣の見解と違うことを法務大臣の配下の職員がおっしゃるということであれば、それ自体極めてゆゆしき問題だと思います。

 (中略)

○佐々木参事官 その辺もう少し御確認させていただいて、我々としての対応も考えさせていただきたいと思います。

○福井主査 いずれにせよ、これは大臣が決めることであって、司法試験委員会が決めることではございません。ですから、大臣の意向、私どもで言えば、規制改革大臣の意向に合致した解釈どおりに行政を進めていただきたいと言うに尽きます。
 与党決定のプロセスについては、私自身もコミットしておりますので自信を持って申し上げますが、この文言のポイントは、予備試験ルートの法科大学院ルートとの同等性でありまして、法科大学院の修了判定基準が動くことは当然あり得るでしょうが、動いたら動いたでその下限値に合わせて予備試験の下限を決めるというだけのことでございまして、それ以外に「同等」の論理的な解釈はあり得ない。違う独自の見解をお持ちであれば、大臣に御確認の上、文書でお出しいただきたい

(引用終わり)

 

規制改革会議法務・資格TF平成20年11月14日(金)より引用、下線は筆者)

○福井主査 予備試験の問題ですが、・・・(中略)・・・この件が論点になってその前のヒアリングが9月の上中旬ぐらいにあったと思いますが、その際にも佐々木さんから最下限ではなくて、予備試験は、あるべき能力を基準にする、法科大学院修了者の中でも、むしろ上層部の方のあるべき基準を予備試験の足切りにするんだという趣旨の御発言があって、私どもは驚愕いたしましたので、当時の法務大臣でいらっしゃる保岡興治大臣を、9月18日の夕刻に訪問しております。その件について、法務省の事務方より、そういう見解がありましたけれども、大臣の御見解は、ということを直接お尋ねしたところ、私どもの議長代理の八田も一緒に伺っておりますが、大臣より、そういうことはあり得ない、とその場で秘書官はじめ複数の方が同席される場で明言しておられました
 ・・・(中略)・・・ところが、これについては事務方にも指示しておいたということを後でお聞きしたにもかかわらず、10月16日の段階でも、なお大臣見解と異なる見解が法務省より規制改革会議に示されたわけであり、こういうことは甚だ遺憾です。
 したがって、これについても、事務方が大臣の見解と違うことをまだ言っておられるということを申し上げ、当時の大臣としてそういう御見解でしたか、ということを、もう一度11月9日に保岡先生と直接お話をし、まだこの間おっしゃっていた趣旨と違うことを言っておりますが、いかがでしょうか、とお聞き申し上げました。これに対しては、まだそんなこと言っているのかと、かなり御立腹の様子でいらっしゃいました。その件については、前に言ったとおりであり、福井の言うとおりで間違いない、もう一度省の幹部に徹底しておくとのことでした。こういうやりとりが、つい先般もあったばかりです。この経緯については、法務省はどう認識されますか。

 (中略)

○佐々木参事官 今、御指摘いただいた内容というのは、恐らく法務省の意思決定過程の問題でありますので、それがどのようなものであったかというのは、ここの場所でお答えすべきものではないと考えてございますので、回答を差し控えさせていただきたいと思います。

○福井主査 佐々木さん個人では答えにくいかもしれませんが、私どもとしては、大臣が大臣として公式におっしゃられたこと、私どももこれは公的組織の一員として、大臣にお目にかかっているわけです。その場で、明確に記録も残ったことについて、大臣の言わば配下にある事務方が別のことをおっしゃるということは、内閣の一員としてあってはならないことですし、もし、本当に保岡前大臣がおっしゃっていたようなことが起きたのであるとすれば、それは職務命令違反、国家公務員法違反です。内部で調査をしていただいて大臣の指示に不服従であったという方を特定していただいて教えていただきたいと思うわけです。
 大臣として対外的におっしゃることには、それはかなりの重みがあるはずでございまして、それを事務部局の方で別の形でねじ曲げるとか、あるいは無視するということはあってはならないという認識を持っておりますので、この点について省内で徹底いただくとともに、再発がないようにしていただきたいということをお約束いただきたいということでございます。

○佐々木参事官 そのような話は、前回もおっしゃっていて、今回も伺ったわけですけれども、どういうような過程であったかというのは、内部的な意思決定過程の問題でありますので、何ともここでお答えすることはできないということです。

○福井主査 大臣見解がそうであったという、私どもで完全に共有している情報を、今、改めてこの場で、念を押して申し上げましたので、それを踏まえて法務省においては予備試験の制度立案をしていただきたい。
 大臣見解を無視されるというお考えがあるのであれば、それは明確に宣言していただきたい。そうであれば、私どもはそれに対応した必要な措置を講じることといたします。もし、それが何らかのミスであったとして改めていただけるというのであれば、改めていただいた上で大臣がおっしゃったとおりの見解を前提に予備試験の制度設計をしていただきたい。これを明確にお約束いただきたいと思います。この場でなくても結構ですので後ほどお返事をいただきたい。

○佐々木参事官 今、詳細な経緯を伺いましたので、そういう経緯があったと、御指摘を受けているということは、法務省に持ち帰って、しかるべく考えさせていただきたいと思います。

 (中略)

○福井主査 考え方において、私どもと前法務大臣とは明確に見解が一致しております。大臣見解を事務方が否定されるというのでなければ、そのとおりの考え方でやっていただきたい。これについては早急に持ち帰っていただいて御見解をお示しいただきたいと思います。

○佐々木参事官 それはそうなんですけれども、最低レベルのという話になったときに、どのようにして最低レベルの法科大学院修了者もしくは法科大学院を選び出すのかということと、どのようにして最低レベルの予備試験合格者というものを想定するのか。

○福井主査 それは工夫していただくしかないお約束いただいたことの単なる技術的実施の問題ですから。

○佐々木参事官 まだそこはお約束しておりませんで。

○福井主査 お約束です大臣が私どもにお約束いただいて、そのようにさせると言ったことですから、それを佐々木さんが否定されるということであれば、重大なことであり、対応を考えないといけなくなります。要するに大臣のおっしゃっているとおりにしていただきたい。これは法務大臣として、お約束いただいたことだと私どもは受けとめております。

○山口課付 現実には、最下限というのはどういうふうに測定するのか、合わせるといっても、それはまず無理だと思うんです。実際には最下限というのはどういう能力かというのが定義できないわけですし。結局は何が一番比較できるかという観点で考えるときには、いずれにしても最終的には、新司法試験で、全く同じ問題で、全く同じ条件で受験するわけです。

○福井主査 これは考え方の問題です。そういうくだらないことをおっしゃる前に、最下限を合わせるということに一番近似できるやり方を考えるのは御省の責務です。大臣はそれをわかった上でお答えになっているんです。真面目に考えてください今のような反論を繰り返されるということは極めて不適切、不謹慎だと思います。最下限だという考え方を示しているのです。その考え方に合う技術的基準とは何かということ、それを考えるのはあなたたちの責務です。そんなことはできるわけがないというのは、法務省を、まず辞表を出して辞めてからにしていただきたい。そういう主張を繰り返すのはおかしい。あなたたちは大臣の配下でしょう。老婆心ながら、二度とそういうことをおっしゃらない方がいいと思います。

○佐々木参事官 ただ、実現が著しく困難な基準であるということは。

○福井主査 実現困難であるかどうかは省内で議論してください。大臣はそうおっしゃったのだから。それに近似させるようなやり方について、一切ないということを証明して破棄したいというふうに明確におっしゃるのなら、それは議論に応じましょう。しかしそうじゃないからお約束されたのでしょう。

 (中略)

○福井主査 いずれにしても技術的事項については、それは御省がお考えになる問題です。挙証責任は御省にあるのです。そんなことできますかといって、ひとごとのような、あるいは本来の筋を攻撃するようなことをおっしゃることは公務員にあるまじき言動だと思います。
 以上ですので、ちゃんと御検討いただいて、明確な回答を、大臣とのやりとりの経緯も踏まえたうえでいただきたいということです。

(引用終わり)

保岡法相の直接の発言ではなく、福井主査が援用する形である。
ただ、福井主査が勝手に言っていることでもないだろう。
議事録に嘘を残すようなことをすれば、後で困るのは福井主査の方である。
従って、福井主査の援用する保岡法相の言動は、それなりに事実だと思われる。
鳩山邦夫法相が留任していれば、このような話にはならなかっただろう。

保岡法相の在任期間は、2か月に満たない(平成20年8月2日から9月24日まで)。
それでも、このような影響力を及ぼすことができる。
これは、あまりに露骨なケースである。
しかし、上記のようなことがある以上、法務大臣の交代が及ぼす影響は無視できない。
しかも、鳩山内閣成立は単なる法相の交代ではなく、政権の交代である。
従って、今回の合格者数に影響を及ぼした可能性を検討する意味はある。

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