平成21年度旧司法試験論文式の結果について(4)

丙案時代を上回った大学生割合

以下は、年度別の論文合格者に占める大学生(出願時在学生及び卒業見込者)の割合である。
平成7年から平成11年までについては、最終合格者の数字を用いている。
かっこを付しているのは、その意味である。
なお、丙案(合格枠制)とは、一定割合(7分の5又は9分の7)を全受験者から決定し、残り(7分の2又は9分の2)を初回受験から3年以内の者から決定するという制度のことである。

年度

大学生の割合

丙案の有無

(28.2%)

丙案無し

(43.3%)

7分の2

(38.7%)

7分の2

10

(31.8%)

7分の2

11

(29.1%)

7分の2

12

32.0%

7分の2

13

26.9%

7分の2

14

24.0%

9分の2

15

24.0%

9分の2

16

16.1%

丙案無し

17

15.1%

丙案無し

18

15.7%

丙案無し

19

15.6%

丙案無し

20

20.6%

丙案無し

21

27.7%

丙案無し

昨年度は、大学生の躍進が目立った。
今年度は、さらに大学生の割合が増加している。
7分の2の合格枠の存在した平成13年度よりも、大きな数字になっている。

昭和から平成に元号が変わるころ。
そのころから、若手を採るという方向で司法試験が変わっていった。
平成元年の最終合格者平均年齢は28.91歳、大学生の割合は18.8%だった。
法務省は、これでは若手が司法試験を受験しなくなる。
また、合格後の任官の障害になる。
このように考え、対策を打ち始めた。

まず、択一・論文の問題が急速に現場思考重視になっていった。
論文の採点もそのような方針に変化したと推測される。
すなわち、長年の勉強の成果を無力化し、若手を有利にしたわけである。
これは、かなりの効果を挙げた。
実際、丙案実施前の平成7年度の段階で、大学生の割合は28.2%にまで増えた。
最終合格者の平均年齢も、27.74歳まで下がっている。
同時に、制度を変更して無理矢理若手を採ることが検討され、実施された。
それが、合格枠制(丙案)である。
「丙案」と呼ばれるのは、甲案・乙案・丙案の三案から選ばれたためである。
この三案は、現在の新試験における三振制度の原型である。

衆院法務委員会平成元年11月22日より引用、下線は筆者)

○井嶋政府委員 司法試験制度は委員御承知のとおり法曹三者の後継者を選抜いたします事実上唯一の試験でございまして、国家試験の中でも最難関の試験であるというふうに言われておるわけでございますけれども、近年、この試験が非常に異常な状況を呈してまいっておりまして、平均受験回数が六回以上、合格者の平均年齢が二十八・九一歳というようなことに象徴されますように、司法試験の受験を目指す者にとって非常に過酷な試験になっておるという現状があるわけでございます。そういったことから、法曹の後継者を実務家として修練する機会と申しますか、開始する機会が非常に遅くなってきているということもございます。そのような結果、定年制を持ってキャリアシステムで進んでまいります判事、検事につきましては、給源としての問題も非常に出てまいっておるという面もございます。そういったことで、本来法曹三者がバランスよく採用される、登用されるという姿であるべき司法試験が異常な形になってまいっておりますために、そのバランスよく採るという点においても一つの破綻を来しておるということがあるわけでございます。
 そういったところから、法務省といたしましても、まず司法試験の現状を改めて、より多くの人がより早く合格できるような試験制度に改めて、若くて優秀な人たちが司法試験に魅力を感じて受けてもらえるようなものにしたいという観点で改革の提言を行ったわけでございます。そして昨年十二月から一昨日まで十一回、法曹三者協議会でこの問題について討議を重ねてまいりました。その間におきまして、司法試験の抱えております現状と問題点をそれぞれ資料に基づいて分析、検討いたしまして、協議を行ってまいったわけでございます。まだ認識の程度あるいは質において必ずしも全部が一致したというわけではございませんけれども、少なくとも共通項といたしまして、現状の試験を改革する必要性があるという点におきましては認識が大体まとまった。そこで、ではこれからはいかにすべきかということを審議するために、提案者でございますので、法務省としてのたたき台をお示ししようということで、一昨日、司法試験制度改革の基本構想というものを提出したわけでございます。
 それで、今申しましたような経緯でございますので、改革の基本的構想というのは、まさに現在の司法試験に比べまして、より多くの者がより短期間に合格し得るような試験とするということを目途といたしまして、次のような改革の具体的内容を提言いたしました。
 まず、制度上の改革でございます。
 一つは、甲案と申しておりますけれども、司法試験第二次試験におきまして、初めて受験した年から五年以内に限って受験することができる。これは一つの受験資格の制限という方向の改革でございます。したがって、五年以内に連続いたしますと五回受けられる、しかしそれ以上は受けられません、こういう形にする案がまず甲案でございます。
 しかし、それだけで打ち切ってしまいますと、法曹というものは必ずしも若いときだけでなくて、いろいろな社会経験を積んだ後に法曹を目指して司法試験を受ける方も現実におられますし、またそういった方々のキャリアも法曹にとって重要であるというような観点もございますから、これを単に一律に当初から五年連続五回でおしまいだということでは酷であるということで、復活制というものを設けまして、五年引き続いてやって失敗されましたら五年間はお休みいただきます、五年お休みいただきましたら前と同じように、原則と同じように、さらにまた五年間連続受けていただけます、こういうような制度にいたしまして、いわゆる社会経験をされた方で改めて司法試験を目指そうという方にも道を開くということを考えたわけでございます。
 それから、乙案と申しますのは、そういった五年以内連続五回という受験制限の考え方を一応原則といたしまして、合格者数の八割ぐらいに当たるものをそういった五回以内の方々から選ぶ、しかし、現実に現行制度では制限をしておらないわけでございますから、そういった方も将来ともあるだろう、そういうことのために、残りの二割ぐらいの合格者の数につきましては、引き続き六回、七回、十回と受けておられる方の中からでも採るようにしよう、そのぐらいの枠をその方々に提供しよう、ただし、もちろん合格最低点はいわゆる八割の方の合格最低点と同じものにする、こういう考え方が乙案でございます。
 丙案は、これは逆にと申しますか、発想を変えておりまして、現在五百名ばかり採っておるわけでございますけれども、現在の姿をそのまま維持いたしましょう、したがって受験回数制限も一切いたしません、その方々で大体七割くらいを採らしていただきましょう、残りの三割につきまして、今度は受験回数三回以下の方々についてこの枠でもって合格の判定をさせていただきましょう、こういう考え方を示しておるわけでございます。

(引用終わり)

 

衆院法務委員会平成03年03月15日より引用、下線は筆者)

○中村(巌)委員 今回の司法試験法の改正でございますけれども、これは法の改正としては、条文上で八条に二項を加えるということで、「合格者の一部につき、第二次試験の短答式による試験を初めて受けた時から一定の期間内に当該論文式による試験を受けた者のうちから定めるべきものとすることができる。」すなわち、一定の期間内に試験を受けたその者に対しては、合否の判定上優遇をいたしますよ、こういうことを決めよう、こういうことであるわけですけれども、法律としては極めて抽象的だけれども、今回の司法試験改革の問題としては、その背後に一定の意味合いが込められている、こういうふうに聞き及んでおりますけれども、その中身というのはどういうことでございましょうか

○濱崎政府委員 司法試験の実情につきましては、もう既に委員御案内のところと思いますけれども、もともと大変難しい試験でございましたけれども、次第に合格までに長期間の受験勉強を要するという状況になってきております。合格者の平均の受験回数が六回から七回、それに伴いまして年齢も二十七歳ないし二十九歳、平均年齢がそういう状況になってきておりまして、それに伴いまして、法曹の後継者の養成上いろいろ耐えがたい問題を生じつつある。一番大きな問題は、何といっても法曹となるにふさわしい人材が試験にチャレンジしてくれない、チャレンジしても簡単にあきらめてしまうという、いわゆる試験離れという現象を来しておる。それから、そういう長期間を経て初めて合格するという姿になっているために、任官者の希望がどうしても勢い減少してくる、こういった法曹三者のバランスよい後継者の確保という点から非常に大きな問題を生じつつあるわけでございまして、このまま放置いたしますと、その傾向はさらに一層強まっていくということが懸念されるわけでございます。
 そういうことで、どうしても緊急にこのための改善策を講じなければならないということで、昭和六十二年ごろから法務省として、関係方面と協議しながら、具体的な検討を詰めてまいったわけでございます。その解決の方向といたしましては、抜本的な方策といたしましていろいろな方策が考えられるとは思うわけでございますけれども、しかし、そういう抜本的な大改正を実現するということについて、関係者のコンセンサスを得るということのためには、まだまだ時間が必要だ、しかしそれまで待っておれないということで、関係者のコンセンサスが得られる範囲内で、しかもそういう司法試験の現状を改善する効果がある、そういう制度として、今回この今御指摘のありました合格枠制というものを採用することにしたわけでございます。

(引用終わり)

逆に言えば、そうでもしなければ、若手が合格できなかった。
長年勉強を重ねた者が、勉強量の少ない若手より良い成績を取る。
それは通常の場合、当然のことだからである。

しかし、現在はそのような状況ではない。
若手は新試験の方から採ることができる。
また、旧試験の限られた合格者から無理に若手を採る意味は乏しい。
従って、丙案時代のような若手優遇は、なされていない。
現在の大学生は、ほとんど何の下駄も履かずに勝負してきている。
にもかかわらず、大学生の割合は丙案時代を上回っている。
大学生の能力が急に高まったとは考えにくい。
そうすると、その他の受験生のレベルが落ちた。
そう考えるのが自然である。
しかし、それは択一と論文の両方に言えることではない。

論文での極端な若年化

以下は、択一、論文各段階での合格者年齢等の推移である。

年度

択一合格者
平均年齢(A)

論文合格者
平均年齢(B)

A−B

択一合格者に占める
24歳以下の割合(C)

論文合格者に占める
24歳以下の割合(D)

D−C

12 28.55 26.61 1.94 22.6% 37.1% 14.5

13

28.91

27.33

1.58

21.1%

31.4%

10.3

14

28.79

27.59

1.20

22.5%

27.9%

5.4

15

28.82

28.19

0.63

22.0%

25.9%

3.9

16

29.54

28.98

0.56

17.8%

17.8%

17

30.00

28.89

1.11

16.4%

18.4%

2.0

18

30.43

29.37

1.06

15.7%

17.7%

2.0

19

31.51

29.80

1.71

16.1%

18.8%

2.7

20

33.36

29.98

3.38

13.0%

22.7%

9.7

21

35.10

29.29

5.81

12.9%

33.7%

20.8

択一段階では、若手の躍進という状況はない。
択一合格者に占める24歳以下の割合は、平成12年度以降最低である。
合格者の平均年齢は35歳。
30歳でも、「若いね」という状況だ。
この段階では、若手はむしろ大敗している。
旧試験を舐めて受験した学生などは、「こんなに択一は難しいのか」と驚いただろう。
従って、単純に長期受験者の能力が劣っているとはいえない。

しかし、論文になると様相が一変する。
平均年齢は5歳以上も若返り、30歳は「若い」とはいえなくなる。
24歳以下の割合は20%も上昇し、3割を超えてしまう。

論文段階で若手に露骨な下駄を履かせていた丙案時代。
その頃にも、ここまでの若年化は起きなかった。
このようなことが起きる原因は、逆の意味での選抜作用にある。
すなわち、択一が得意で論文が不得意な者が滞留しやすいということである。

不得意を自覚する

択一と論文については、得意・不得意で分けると、以下の4つのカテゴリーが考えられる。

1:択一も論文も不得意な者
2:択一も論文も得意な者
3:択一は不得意だが論文は得意な者
4:択一は得意だが論文は不得意な者

1の者は、択一にすら受からない。
そのため、自分にはこの試験は無理だと決心しやすい。
その結果、早期に撤退するから、滞留しにくい。
2の者は、すぐに合格してしまうから、滞留しにくい。
3の者は、択一に受からないし、受かれば最終合格しやすい。
従って、択一不合格が続いて撤退するか、最終合格。
いずれにせよ、滞留しない。
問題は、4の者である。
択一には毎年のように合格するが、論文が受からない。
これだと、後一歩で受かりそうな感じがする。
撤退してはもったいない。
そのため、来年も、来年も、となってしまい、撤退する機会を失いやすい。
今年の択一に落ちたらあきらめよう。
そう思いながらここまで来た、という人も少なくないはずである。
その結果、このカテゴリーの者ばかりが滞留してしまう。
現在では旧試験は最終段階であり、受験者層の新陳代謝は乏しい。
そのため、受験者の大半は4の者で占められることになる。
その結果、択一はハイレベルで若手を寄せ付けないが、論文が脆いということが起きる。

若手が論文で有利になっているのは、若手に偏りがそれほどないこと。
すなわち、受験回数が少ないために、上記のような選抜が生じていない。
その結果、相対的に若手が論文で浮上しているということである。
受験生のレベルが落ちているという場合、それは上記の意味である。
決して、無能・怠惰な者が残留している、ということではない。

来年度は、最後の択一・論文試験である。
来年度も受験するという人は、この点を意識して対策すべきである。
択一の結果を見る限り、これまで頑張って来た人が勉強不足ということはない。
従って、がむしゃらに勉強するというやり方では、駄目である。
最後なので悔いの残らないようにがむしゃらに、という考え方もあるだろう。
しかし、それはあまり有効でない可能性が高い。
むしろ、論文の答案分析に時間をかけた方がよい。
身近に若手の合格者がいれば、自分の答案を見てもらう。
いなければ、合格者の再現答案等を見る。
ここで注意すべきは、自分の知識からは間違っていると思う指摘を吸収することである。
「そんなことはわかっている。だが、それは実は間違っている。だから敢えてこうしているんだ」
若手合格者の言うことには、このように感じる指摘が多いかもしれない。
予備校の指導なども、そうである。
しかし、そのこだわりが合格を遠ざけている可能性がある。
再現答案を見る場合も、「こんなことを書いていて受かるのか」という視点で読むべきでない。
「こういう書き方でないと駄目なのか」という視点で読むべきである。
合格者の答案は、間違っていると思われる記述が多い。
しかし、その部分を敢えて正確に書こうとして、かえってピントのずれた論述になっている場合も多い。
ここまで合格できなかったということは、自分は余程論文が苦手なのだ。
そのことを自覚した上で、他者から学ぶという時間を増やすことが、来年逆転するカギになると思う。

逆に若手は、とにかく択一である。
過去問や肢別本でがむしゃらに勉強すべきである。
方法論とか、賢い解法などは気にしなくて構わない。
その種のテクニックは、身に付けた知識を正しく活かす方法である。
知識も身についていない段階でそうしたものに目配りするのは、かえって時間の無駄になる。
相手は何年も勉強してきている者達である。
それに追いつくためには、とにかく量をこなすこと。
それが、来年度合格のために必要なことである。
論文は、直前の答練なり、学部試験の経験を生かして書けばなんとかなる。
そういう気持ちでいた方が良い。

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