最新下級審裁判例

福岡高裁判決平成20年10月21日

【事案】

 被控訴人は,福岡税務署長に対し,平成16年3月10日に住宅を譲渡したことにより長期譲渡所得の計算上生じた損失の金額を他の各種所得の金額から控除(損益通算)すべきであるとして,平成16年分所得税に係る更正の請求をしたところ,福岡税務署長から,同年4月1日施行の法律の改正により,同年1月1日以後に行われた被控訴人の住宅の譲渡についてはその損失の金額を損益通算できなくなったとして,更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)を受けた。本件は,被控訴人が,控訴人に対し,同年4月1日施行の改正法を同年3月10日に遡って適用することは,租税法規不遡及の原則に反し無効であるから,本件通知処分は違法であるとして,本件通知処分の取消しを求めた事案である。
 原判決は,前記改正法の適用は租税法規の遡及適用に当たり,憲法84条が定める租税法律主義に基づく租税法規不遡及の原則により禁止されるものであるところ,遡及適用を行う必要性,合理性は一定程度認められるが,国民の経済生活の法的安定性又は予見可能性を害しないものとはいえないから,これが被控訴人に適用される限りにおいて違憲無効であり,本件通知処分は違法であるとして,被控訴人の請求を認容したため,控訴人が控訴した。

【判旨】

1.納税者は,現在妥当している租税法規に依拠しつつ,現在の法規に従って課税が行われることを信頼しながら各種の取引を行うのであるから,後になってその信頼を裏切ることは,憲法84条が定める租税法律主義が狙いとする一般国民の生活における予測可能性,法的安定性を害することになり,同条の趣旨に反する。したがって,公布の前に完了した行為や過去の事実から生じる納税義務の内容を納税者の不利益に変更することは,憲法84条の趣旨に反するものとして違憲となることがあるというべきである。
 本件改正は,平成16年3月26日に成立し,同月31日に公布され,同年4月1日から施行されたものであるところ,本件改正附則27条1項は,その公布前の同年1月1日以降の土地建物等の譲渡について適用するとしているから,公布の前に完了した行為や過去の事実から生じる納税義務の内容を納税者の不利益に変更するものといえる。
 この点,控訴人は,租税法規不遡及の原則で問題とされる遡及適用とは,既に成立した納税義務の内容を国民の不利益に変更するものをいうと解した上,所得税は暦年の終了時に納税義務が成立する期間税であり,1暦年の途中においては納税義務は成立していないのであるから,暦年途中の法改正によってその暦年における所得税の内容を変更する本件改正は,既に成立した納税義務の内容を変更するものではなく,遡及適用に当たらないと主張する。
 しかし,租税法規不遡及の原則は,現在の租税法規に従って課税が行われるとの納税者の信頼を保護することを通じて,国民の予測可能性,法的安定性を保護することをその目的とするところ,期間税のように,当該取引等により直ちに納税義務が確定せず,期間の中途で行われた法改正の後に,期間が終了する時点で納税義務が成立するものであっても,納税者は当該取引等の時点における租税法規に従って当該取引等に関する納税義務が成立するであろうと信頼するのが通常であると考えられ,このような場合においても,その信頼を保護することが国民の予測可能性や法的安定性に資することは否定できない。したがって,租税法規不遡及の原則で問題とされる遡及適用は,既に成立した納税義務の内容を国民の不利益に変更するものには限られないというべきである。控訴人の前記主張は採用できない。

2.ところで,前記1のとおり,公布の前に完了した取引や過去の事実から生じる納税義務の内容を納税者の不利益に変更することは,憲法84条の趣旨に反するものとして違憲となることがあり得るというべきであるが,前記不利益変更のすべてが同条の趣旨に反し違憲となるとはいえない。
 なぜなら,憲法は,同法39条の遡及処罰の禁止や同法84条の租税法律主義とは異なり,租税法規の遡及適用の禁止を明文で定めていないが,このことは,憲法が,明文で定める租税法律主義(同法84条,30条)による課税の民主的統制を憲法上の絶対的要請としたのに対し,租税法規不遡及の原則による課税の予測可能性・法的安定性の保護を,租税法律主義から派生する相対的な要請としたことを示しており,租税法規不遡及の原則については,課税の民主的統制に基づく一定の制限があり得ることを許容するものといえるからである。
 また,租税は,今日では,国家の財政需要を充足するという本来の機能のほか,所得の再分配,資源の適正配分,景気の調整等の諸機能をも有しており,国民の租税負担を定めるについて,財政,経済,社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく,課税要件等を定めるについても極めて専門技術的な判断を必要とする。したがって,租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかはなく,裁判所は基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきであり(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁),このことは,租税法規の適用時期についても当てはまるものである。
 以上からすれば,納税者に不利益な租税法規の遡及適用であっても,遡及適用することに合理性があるときは,憲法84条の趣旨に反し違憲となるものではないというべきである。

3.そして,前記2で述べたところによれば,納税者に不利益な遡及適用に合理性があって,憲法84条の趣旨に反しないものといえるかは,@遡及の程度(法的安定性の侵害の程度),A遡及適用の必要性,B予測可能性の有無,程度,C遡及適用による実体的不利益の程度,D代償的措置の有無,内容等を総合的に勘案して判断されるべきである(財産権の遡及的制約に関する最高裁昭和53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁参照)。

4.本件改正法は,@期間税について,暦年途中の法改正によってその暦年における行為に改正法を遡及適用するものであって,既に成立した納税義務の内容を不利益に変更する場合と比較して,遡及の程度は限定されており,予測可能性や法的安定性を大きく侵害するものではなく,A土地建物等の長期譲渡所得における損益通算の廃止は,分離課税の対象となる土地建物等の譲渡所得の課税において,利益が生じた場合には比例税率の分離課税とされ,損失が生じた場合には総合課税の対象となる他の所得の金額から控除することができるという不均衡な制度を改めるものであり,税率の引下げ及び長期譲渡所得の特別控除の廃止と一体として実施することにより,土地市場における使用収益に応じた適切な価格形成の実現による土地市場の活性化,土地価格の安定化を政策目的とするものであって,この目的を達成するためには,損益通算目的の駆け込み的な不動産売却を防止する必要があるし,年度途中からの実施は徴税の混乱を招く等のおそれもあるから,遡及適用の必要性は高く,B本件改正の内容について国民が知り得た時期は本件改正が適用される2週間前であり,その周知の程度には限界があったことは否定できないものの,ある程度の周知はされており,本件改正が納税者において予測可能性が全くなかったとはいえず,C納税者に与える経済的不利益の程度は少なくないにしても,D居住用財産の買換え等について合理的な代償措置が一定程度講じられており,これらの事情を総合的に勘案すると,本件改正法の成立前である平成16年1月1日以後の土地建物等の譲渡について新措置法31条を適用する本件改正附則27条1項は,憲法84条の趣旨に反するものとはいえないというべきである。したがって,本件改正附則27条1項が違憲無効であるとはいえない。

 

東京高裁判決平成20年10月30日

【事案】

 原判決別紙物件目録1から3までに記載の各土地(以下「本件各土地」という。)の所有者である控訴人がこれらの土地に係る平成14年度及び平成15年度の固定資産税賦課処分及び都市計画税賦課処分(以下,これらを併せて「本件各処分」という。)につき,同目録1記載の土地(以下「本件土地1」という。),同目録2記載の土地(以下「本件土地2」という。)それぞれの一部及び同目録3記載の土地(以下「本件土地3」という。)の全部が地方税法348条2項3号に規定する境内地に当たり非課税とされるべきであるにもかかわらず,固定資産税及び都市計画税が課されたのは違法であるとして,本件各処分のうち当該境内地に当たるとする部分に係る部分の取消しを求める事案。
 原審は,いずれの請求も棄却した。

【判旨】

1.地方税法348条2項3号は,宗教法人が専らその本来の用に供する宗教法人法3条に規定する境内地に対しては,固定資産税を課することができない旨規定し,また,地方税法702条の2第2項は,市町村は,同法348条2項の規定により固定資産税を課することができない土地に対しては,都市計画税を課することができない旨規定している。
 そして,宗教法人法3条は,境内地とは,同条2号から同条7号までに掲げるような宗教法人の同法2条に規定する目的のために必要な当該宗教法人に固有の土地をいうと規定し,同条2号は,同条1号に掲げる本殿,拝殿,本堂,会堂,僧堂,僧院,信者修行所,社務所,庫裏,教職舎,宗務庁,教務院,教団事務所その他宗教法人の上記目的のために供される建物及び工作物(附属の建物及び工作物を含む。)が存する一画の土地(立木竹その他建物及び工作物以外の定着物を含む。)を,同条3号は,参道として用いられる土地を,同条4号は,宗教上の儀式行事を行うために用いられる土地(神せん田,仏供田,修道耕牧地等を含む。)を,同条5号は,庭園,山林その他尊厳又は風致を保持するために用いられる土地を,同条6号は,歴史,古記等によって密接な縁故がある土地を,同条7号は,前各号に掲げる建物,工作物又は土地の災害を防止するために用いられる土地をそれぞれ掲げている。宗教法人法が境内地についてこうした定義を置いたのは,境内地の著しい模様替をする場合やその用途変更をする場合,宗教の教義を広め,儀式行事を行い,及び信者を教化育成する目的以外の目的のために境内地を供する場合には,宗教法人の規則に定めがあるときはその定められた手続を履行し,これがないときは同法19条の規定によることを求めるほか,信者その他の利害関係人にこれらの行為をすることを公告すべきことなどを規定し(同法23条4号,5号,52条2項7号),これらに反してした行為を無効とする(同法24条)ためである。そして,このようにして宗教法人法が境内地を保護している趣旨は,宗教法人が宗教法人として存立する上で境内地が必要不可欠なものであるからと考えられ,そうすると,同法3条にいう「宗教法人の・・・目的のために必要な当該宗教法人に固有の土地」とは,宗教の教義を広め,儀式行事を行い,及び信者を教化育成するために必要な当該宗教法人にとって本来的に欠くことのできない土地を意味するものと解すことができる。
 以上によれば,地方税法348条2項3号により固定資産税を課することができない土地(境内地)というには,@宗教の教義を広め,儀式行事を行い,及び信者を教化育成するために必要な当該宗教法人にとって本来的に欠くことのできない土地であって,A宗教法人が専らその本来の用に供するものであることを要することとなる。

2.ところで,日本国憲法20条は信教の自由を保障するとともに,その1項後段において「いかなる宗教団体も,国から特権を受け,又は政治上の権力を行使してはならない。」と,3項において「国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」と,89条において「公金その他の公の財産は,宗教上の組織若しくは団体の使用,便益若しくは維持のため,・・・これを支出し,又はその利用に供してはならない。」として,いわゆる政教分離にかかわる規定を置いている。そして,これらの政教分離規定の基礎となり,その解釈の指導原理となる政教分離原則は,国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが,国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく,宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ,そのかかわり合いが相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである(最高裁昭和52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁参照)。
 そうすると,日本国憲法秩序の下で制定され,施行されている国家又はその機関と宗教とのかかわり合いにかかわる法律の規定の解釈に当たっては,日本国憲法の趣旨に沿い,そもそも日本国憲法が政教分離規定を設けるに当たり,国家と宗教との完全な分離を理想とし,国家の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとしたものと解すべきであること(上記判決参照)にかんがみて,国家又はその機関と宗教との過度のかかわり合いをもたらさないよう,国家又はその機関の非宗教性ないし宗教的中立性をより確保できるような解釈をすることが要請されているものと考えられる。

3.他方,地方税法342条に規定する固定資産税は,土地,家屋等の資産価値に注目し,その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税と解される(最高裁昭和47年1月25日第三小法廷判決・民集26巻1号1頁最高裁昭和59年12月7日第二小法廷判決・民集38巻12号1287頁参照)。もっとも,このように固定資産税は所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税と解すべきではあるが,その課税客体たる固定資産自体を処分してその税負担をまかなうことが本来的なものとして予定されていると解することは困難であることにかんがみても,一般に固定資産を基礎として種々の経済的活動が行われ(直接に生産活動等に使用される場合もあれば,住居として使用されるなどして日々の生産活動等を支える場合もあろう。),その結果収益が生じることを期待できることに注目して,そうして得られるであろう収益をもって税負担をまかなうことが想定されているものと解すべきである。
 そうすると,地方税法348条2項3号が宗教法人が専らその本来の用に供する宗教法人法3条に規定する境内地に対しては固定資産税を課することができない旨規定しているのは,@宗教の教義を広め,儀式行事を行い,及び信者を教化育成するために必要な当該宗教法人にとって本来的に欠くことのできない土地(同条の規定する境内地)であって,A専らその本来の用に供されるものは,宗教法人本来の目的である宗教活動に専ら使用されるものであり,その性質上これが経済的活動の基礎となって収益が生じることを通常期待できず,固定資産税の負担を期待することが可能な程度の担税力を実質的に認めることができないので,これを課税の対象から除外したものと解することができる。その結果,そうした境内地を有する宗教法人はこれに対する固定資産税の課税を免れ,その結果,宗教活動の基盤を維持しやすくなって,宗教法人の布教活動の自由,関係する信者の信教の自由の保障に資することになるが(その限りにおいて,これらの自由を実質的に保障したものということもできよう。),これは,これらの自由を積極的に保障する趣旨で宗教法人を優遇しようとしたものではなく,以上のような観点に出たものと解すべきであり,そのように解することが国家又はその機関の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとした日本国憲法の趣旨にも沿うものということができる。

 

名古屋高裁判決平成20年12月11日

【事案】

1.土地建物明渡請求事件の第1審において全部勝訴した控訴人(一審原告)が,民事訴訟法254条1項2号により言い渡された判決につき,同条2項により作成された調書の記載を前提として,判決に取り消すべき違法があると主張して,控訴をしている事案。

2.前提となる事実

(1) 控訴人(一審原告)は,平成20年7月4日,津地方裁判所伊勢支部に本件訴状を提出し,その請求の趣旨には,「被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件建物」,「本件土地」という。)を明け渡せ。訴訟費用は,被告の負担とする。」との判決を求める旨記載されており,その請求の原因には,「原告は,平成2年8月16日,被告に対し,被告の居住目的に使用し,本件建物の修理費用は被告が負担する等の約定の下に本件土地建物を無償で貸し渡した。しかし,被告は,本件土地建物に居住せず,本件建物の維持管理行為を一切放棄している。そのため,本件建物の朽廃が進み,屋根から雨漏りがする状態になっている。したがって,被告が本件土地建物を使用収益するのに必要な期間はすでに経過したので,本件使用貸借契約は,終了した。よって,原告は,被告に対し,使用貸借の終了に基づき,本件土地建物の明渡しを求める。」旨記載されており,原告が平成20年7月10日に提出した同月9日付準備書面には,「被告には,平成2年8月16日以降,本件建物を居住用として使用しなかったことは,債務不履行に当たるので,本準備書面により本件使用貸借契約を債務不履行を理由として解除する旨の意思表示をする。」旨記載されている。

(2) 被控訴人(一審被告)は,原審において,公示送達による適式の呼出を受けたが,平成20年9月5日の第1回口頭弁論期日に出頭しなかった。そこで,同期日においては,控訴人(一審原告)が,上記訴状及び準備書面記載の事実を陳述した上,必要証拠を提出して,口頭弁論が終結された。

(3) 平成20年9月12日の第2回口頭弁論期日は,裁判官が民事訴訟法254条1項2号により,判決原本に基づかないで,「被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の土地建物を明け渡せ。訴訟費用は,被告の負担とする。」との判決の言い渡した。

(4) 第2回口頭弁論期日について書記官が作成した調書(以下「本件調書」という。)には,上記(3)の内容等の記載のほか,次の記載がされている。

「第3 請求 

1 請求の趣旨
 主文第1項と同旨 

2 請求の原因
 原告は,平成2年8月16日,被告に対し,別紙物件目録記載の土地建物を無償で貸し渡した。

第4 理由の要旨
 被告は,公示送達による呼出しを受けたが,本件口頭弁論期日に出頭しない。証拠によれば,請求原因事実はすべて認められる。」

【控訴人の主張】

1.控訴人が本訴で求めたのは,民法597条2項に基づく使用貸借契約の終了に基づく土地建物の明渡請求(訴状請求原因)と債務不履行による契約解除による原状回復請求権に基づく明渡請求(平成20年7月9日付準備書面)であり,訴訟物は,使用貸借契約の終了に基づく土地建物明渡請求権である。
 しかるに,原審裁判官は,判決の請求の原因の摘示において,「原告は,平成2年8月16日,被告に対し,別紙物件目録記載の土地建物を無償で貸し渡した。」と摘示して主文の判決を言い渡したが,これは,控訴人が判決で求めた訴訟物と異なる訴訟物について判断をしたものであり,控訴人が求めた訴訟物について判断をしないで,控訴人が求めない訴訟物について判断をしたものであるから,違法である。

2 使用貸借契約終了に基づく目的物の返還請求権の要件事実は,

(1) 要件1

@貸主が目的物を借主が使用又は収益することを認容すること
A借主が終了時に目的物を返還すること
B借主の使用収益は無償とすること
C返還時期

 について貸主と借主との間に合意が成立したこと。

(2) 要件2

 貸主が借主に目的物を交付したこと。

(3) 要件3

 契約の終了原因事実

 終了原因については
(a) 期限(返還時期)の到来
(b) 使用目的に従った使用収益の終了
(c) 使用収益に足りる期間の経過
(d) 解約(返還時期の定めがない場合)
 である。

 およそ,判決においては,請求原因事実と主文の整合性が必要であり,請求原因事実とこれから導き出される主文とが論理的整合性を有していなければならないものである。しかるに,原審裁判官は,終了原因の摘示を全くせず,そのままでは本件主文が導き出される論理的整合性がない判決を言い渡しており,原判決は,明らかに違法無効である。

3.よって,原判決を取り消した上,相当な判決が言い渡されるべきである。

【判旨】

1.本件において,控訴人(一審原告)は,被控訴人(一審被告)に対し,使用貸借契約の終了に基づき目的物である本件土地建物の返還を求めている。
 そして,このような場合の訴訟物,すなわち目的物の返還請求権は,当該使用貸借契約に基づく一個の返還請求権であり,当該使用貸借契約の終了原因ごとに別個の請求権(訴訟物)が生ずるものではない。そのことは,控訴人がその主張の根拠として指摘している文献においても「終了の原因毎に訴訟物が異なるとする多元説もあるが,異ならないとする一元説が相当である。」と明記されているところでもある。
 本件において,控訴人は,本件使用貸借契約の終了原因として,使用収益に足りる期間の経過と債務不履行による契約解除の二つの終了原因事実を主張しているが,後者の契約解除もその内容からして,賃貸借契約を賃借人の債務不履行を理由として解除する場合と同様に,本件使用貸借契約を解除の意思表示の時以降失効させるものであり,本件使用貸借契約を遡及的に失効させるものではない。したがって,控訴人が本件使用貸借契約の終了原因として主張している二つの事実は,それぞれ,一個の返還請求権の行使を根拠付ける事実として主張されているものであり,本件訴訟の訴訟物は,本件使用貸借契約(被控訴人による本件土地建物の返還約束を一成立要件としている。)に基づいて生ずる返還請求権一個である。

2.次に,原判決の言渡しは,民事訴訟法254条1項及び民事訴訟規則155条3項により,判決原本に基づかないでされたものである。そして,原審裁判官は,民事訴訟法254条2項により,判決書の作成に代えて,裁判所書記官に,当事者及び法定代理人,主文,請求並びに理由の要旨を判決言渡しをした第2回口頭弁論期日の調書(本件調書)に記載させている。
 本件調書の内容を見ると,主文は判決書と同様の記載がされており,問題となる点はない。また,調書に記載すべき請求は,和解調書における「請求の表示」と同様に,既判力の及ぶ範囲を明らかにするために,訴訟における訴訟物を特定表示して記載すべきものであるから,訴訟物である請求権が特定される程度に具体的に記載する必要があり,かつ,それをもって足りる。したがって,本件のように,「第3 請求」において,請求の趣旨を記載しただけでは,訴訟物が特定しない場合には,請求の原因も記載すべきことになるが,ここにいう請求の原因は,訴状の必要的記載事項である請求の原因(民事訴訟法133条2項2号)と同様に,訴訟物を特定するために必要な事実で足り,訴訟物である請求権を行使するための根拠事実をすべて記載する必要はない。そして,本件調書の「第3 請求」の「2 請求の原因」において,請求権を特定するために,「原告は,平成2年8月16日,被告に対し,別紙物件目録記載の土地建物を無償で貸し渡した。」と記載されているので,この記載と「1 請求の趣旨」の記載により,控訴人(一審原告)の被控訴人(一審被告)に対する本件土地建物の明渡請求権(訴訟物)が,両者の間で,控訴人を貸主,被控訴人を借主として平成2年8月16日に締結された本件使用貸借契約に基づく返還請求権であることが特定表示されていることになる。したがって,上記の請求の原因は,民事訴訟法254条2項により調書の必要的記載事項とされている請求の記載として必要かつ十分である。
 また,本件調書には,「第4 理由の要旨」として,「証拠によれば,請求原因事実はすべて認められる。」と記載されているところ,この記載は,裁判官が民事訴訟規則155条3項により判決言渡しの際に告げた「理由の要旨」を裁判所書記官が公証(記載)したものであり,裁判官が告げる請求認容判決の「理由の要旨」は,訴訟物である請求権の発生・行使の根拠となる事実の存否に対する判断として示されるものであるから,ここにいう「請求原因事実」は,請求権の発生・行使の根拠として控訴人(一審原告)が主張する請求原因事実(請求認容判決の判決書に記載される請求原因事実)の趣旨である。
 なお,上記の記載では,控訴人が主張した二つの終了原因事実がいずれも認められていることになるが,本件における二つの終了原因事実は,事実として両立し得るものであり,いずれの事実によっても,控訴人は,口頭弁論終結時には本件土地建物の明渡請求権を行使することができるから,原判決の理由に不備はないことになる(もっとも,本件においては,事案の内容からして,法的には,使用収益すべき期間が満了したことにより本件使用貸借が終了した後に,念のため債務不履行による解除がされたということになる。)。

3.したがって,原判決は,控訴人(一審原告)が判断を求めた請求(訴訟物)につき判断をしたものであり,控訴人が求めない請求(訴訟物)について判断をしたものではない。また,原判決は,民事訴訟法254条,民事訴訟規則155条3項により,適法に言渡しがされており,その言渡しの方式にも違法はない。

4.よって,原判決において全部勝訴している控訴人には,控訴の利益がなく,本件控訴は不適法で,かつ,その不備を補正することができないから,民事訴訟法290条により口頭弁論を経ないで,これを却下する。

 

宮崎地裁判決平成21年04月16日

【事案】

 被告人が氏名不詳者と共謀の上,歩行中の女性をわいせつ目的で略取し,約25分間にわたり自動車内に監禁して,その間に強姦行為に及んで負傷させた,わいせつ目的略取,監禁,集団強姦致傷の事案(第1)及び営利の目的で大麻を有償譲渡し(第2),営利の目的及び非営利の目的で大麻を所持した(第3)大麻取締法違反の事案。

【判旨】

1.DNA型鑑定は,細胞内にあるDNAを構成している塩基配列が各個人で異なっていることに着目して,個人識別をしようとする方法であり,今日において,その科学的原理が理論的正確性を有していることに争いはないものと認められる。したがって,@鑑定実施者が十分な専門的知識と技術水準を有し,A鑑定資料の管理・保存に問題がなく,質量ともに資料が鑑定に適しており,B一般に確立した鑑定の手順,方法に基づいて実施され,C一連の鑑定経過に鑑定結果の信用性を疑わせるような事情が存在しないことが認められれば,その証拠能力及び信用性を肯定することができることになる。以下,本件DNA型鑑定の証拠能力及び信用性につき検討する。

(1) 前提となる事実

 関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア.J医師は,事件後の平成17年11月3日午前5時10分ころ,被害女性を診察した上,警察の依頼を受けて,同女の子宮口部,膣口部,膣前庭部の膣内液を綿棒で採取し,同綿棒3本を警察に任意提出し,警察官は領置した。

イ.同月21日,宮崎県警察本部刑事部科学捜査研究所において,技術吏員Lが,領置された上記綿棒3本を鑑定した結果,被害女性の子宮口部及び膣口部から採取した膣内液にヒト精液の混在が認められ,同精液のDNA型が判明した(以下,「本件DNA型鑑定」という。)。これら二つの鑑定資料のDNA型は,同一であった。なお,鑑定の結果,膣前庭部の膣内液には,精液の混在は認められなかった。

ウ.被告人は,平成19年3月13日に判示第2の大麻取締法違反事件で起訴,勾留され,その後同年4月11日に口腔内細胞を任意提出し,警察官はそれを領置した後鑑定を嘱託し,同月19日,同科学捜査研究所において,被告人の口腔内細胞のDNA型鑑定を実施したところ,被害女性の膣内液に混在していた精液のDNA型と一致するDNA型が検出された旨の鑑定結果が出た。

(2) 鑑定人の適格性について

ア.本件被害女性の膣内液に混在していた精液のDNA型鑑定を実施したのは,同科学捜査研究所技術吏員のLであるところ,L技術吏員は,平成4年に同科学捜査研究所での勤務を始め,平成14年秋ころから補助者としてDNA型鑑定に従事するようになった後,平成16年7月に,科学警察研究所からDNA型鑑定資格認定書を授与され,その後,本件DNA型鑑定を実施するまでの間,50件から100件のDNA型鑑定を実施してきたものであり,DNA型鑑定について十分な専門的知識と技術水準を有しているものと認められる。

イ.これに対し,弁護人は,@本件DNA型鑑定当時,L技術吏員のDNA型鑑定経験年数はわずか1年4か月にすぎない,AL技術吏員は,当公判廷において,精液と膣液を分離して血液型検査を行うことができない旨証言し,鑑定書においても,「混合体液から精液のみを単離することはできないため,ヒト精液のみの血液型検査については実施できなかった。」と記載している。ところで,本件鑑定書には,「精液混在の有無,混在すればその血液型」との鑑定事項が設けられているので,捜査機関は,混合体液から精液のみの血液型検査を行うことができるとの理解を有しているものである。そうすると,精液の血液型検査は行えない旨のL技術吏員の証言等は誤っており,L技術吏員の鑑定人としての適格性には疑問がある旨主張する。
 しかし,@については,L技術吏員は,DNA型鑑定員としての資格を正式に取得している上,本件DNA型鑑定を実施するまでの間も,補助者としての経験も含め,相当数の鑑定実施経験を積んでいることなどからすれば,同人は,DNA型鑑定の技術を十分に習得した適格者であると認められるのであって,当時の経験年数によって,同人の鑑定人としての適格性が否定されるものではない。
 Aについては,同鑑定書の鑑定事項は,警察署の鑑定嘱託事項によって設定されているものであって,定型的な鑑定事項ではないことに照らせば,必ずしも,鑑定実施機関である同科学捜査研究所が,混合体液から精液のみの血液型検査が可能であるとの理解を前提にしているとは認められず,弁護人の主張はその前提を欠く。なお,DNA型鑑定に高度な専門的知識を有すると認められるM証人によれば,膣液と精液が混ざっている混合体液についても,血液型検査をする方法があることが認められるものの,L技術吏員が,「警察で採用している方法では,精液の血液型を調べることができない。」と限定を付して証言していることに照らせば,両証言が矛盾するものとは認められない。
 以上のとおり,弁護人が縷々主張する点を検討しても,L技術吏員の鑑定人としての適格性に疑問を差し挟むものではない。

(3) 鑑定資料の管理等について

ア.本件鑑定資料たる3本の綿棒は,J医師が膣内液を採取した直後,それぞれ別の試験管に入れて封をし,試験管に鑑定資料ラベルをはった上で任意提出され,警察官が領置した後,ジップ式の袋に入れた状態で,同科学捜査研究所での鑑定に付されたものである。また,L技術吏員は,本件鑑定資料を受領後,冷蔵庫内の自分専用の棚にラベルをはって他の鑑定資料と区別をして保管していたものである。このように,J医師,領置した警察官及びL技術吏員において,鑑定資料の混同,汚損等に対する必要な注意が払われていたと認められる一方,その管理・保存方法に不合理な点や過誤を窺わせる事情は認められない。
 また,鑑定資料の質や量についても,本件鑑定資料は,DNA型鑑定を実施することを前提として,専用の綿棒を用いて被害女性の膣内液を採取したものであることからすれば,質量ともに鑑定に適していることは明らかである上,実際,L技術吏員によれば,本件鑑定資料たる綿棒の綿球のほとんど全体に膣内液は付着していて,鑑定に使用したのはそのうち3分の1に過ぎなかったというのであるから,本件鑑定資料につき,鑑定の実施を困難ならしめるような質的,量的な制約があったとは認められない。
 以上によれば,本件DNA型鑑定においては,鑑定資料の管理・保存に問題がなく,質量ともに資料が鑑定に適していたものと認められる。

イ.これに対し,弁護人は,@(1)綿棒の「綿球部分の大きさ」に関するJ医師の証言とL技術吏員の証言は食い違っている上,(2)綿棒を納める試験管とそのふたの「封紙ないし封かん紙の状態」に関するJ医師の証言とL技術吏員の証言も食い違っていることなどからすれば,両者が取り扱った鑑定資料に同一性が認められるのか疑問である,A鑑定書中,鑑定資料の質がどの程度のもので,量がどの程度存在したのかについて,具体的な記述は一切ない,BJ医師は,カルテ及び警察に提出した診断書に「膣分泌物に精子は認めない」と記載している一方,L技術吏員は,鑑定書に,精液検査の結果,「精子が認められた」旨記載しており,J医師による検査結果とL技術吏員の鑑定結果は矛盾しているなどと主張する。
 この点,@(1)については,弁護人が指摘するとおり,J医師は,「綿球の大きさは,直径3センチから4センチぐらいあるのではないか。」と証言し,一方,L技術吏員は,「綿球の大きさは,縦が2センチ,横が1.3センチのだ円形である。」と証言しており,双方の証言には食い違いがみられる。しかし,L技術吏員が,「私がDNA型鑑定を始めてからずっと同じ膣内採取用キットを使用している。」と証言しているところ,J医師が本件で使用した綿棒は,警察官が持ってきたものだというのであるから,本件綿棒は,捜査機関が鑑定用として一般的に用いている膣内採取用キットであったと考えるのが自然である上,通常,綿球が直径3センチから4センチもある綿棒で女性の膣内液を採取するとは考え難く,この点は,J医師が証言時71歳で,また,証言時から2年4か月くらい前の事柄であり,記憶違いをしているものと考えるのが自然である。(2)については,J医師は,「試験管に綿棒を入れてふたをした後,人が作為的に外したことが分かるような封紙をはる。」と証言し,L技術吏員は,「試験管に鑑定資料ラベルをはるが,本体とふたをきちんとまたいではる場合と,またがずに本体の方にだけはる場合がある。またいでいる場合でも,シールを少しはいでふたを取ることはできる。今回の場合,またいではられていたかは記憶にない。」などと証言しているところ,先述したとおり,J医師が使用した試験管や綿棒は,捜査機関が一般的に使用している膣内採取用キットであると考えられることに照らせば,J医師は,鑑定資料ラベルを本体とふたにまたいではったことをもって,封紙をはったと証言しているものと推認できるから,両証言に矛盾は認められない。以上からすれば,両者が取り扱った鑑定資料の同一性につき,疑いは生じない。
 Aについては,鑑定資料の質量は上記アで認定したとおり鑑定に適していたものと認められるのであり,この点の記載が鑑定書にないことをもって,鑑定資料の質量が鑑定に適していなかったということはできない。
 Bについては,J医師が,「被害女性の膣内液を鑑定用に綿球できれいにふき取った後のほとんど残っていない膣内液を顕微鏡で見ただけであるので,鑑定で精液が認められたことと,私の検査で精子が認められなかったことは何ら矛盾しない。」と説明するところは,首肯できるものであるから,弁護人の主張は採用できない。
 以上のとおり,弁護人が縷々主張する点を検討しても,前記の判断を揺るがすものではない。

(4) 鑑定の手順,方法等について

ア.本件DNA型鑑定の具体的方法は,鑑定資料からDNAの抽出・精製を行い,この精製DNAについて,プロファイラーキットを用いてPCR増幅後,フラグメントアナライザーを用いてキャピラリー電気泳動を行い,キット添付のアレリックラダーを指標としてSTR型及びアメロゲニン型の型判定を行うというものであるところ,上記鑑定方法は,平成15年8月から全国の警察で実施されているものである上,M証人によっても,本件で用いられた鑑定手順等は,STR型検査法によるDNA型鑑定の確立した手順・方法に即したものと認められる。
 また,本件DNA型鑑定においては,既知のDNAを入れた資料とDNAを何も入れていない資料を鑑定資料と同じ方法で,増幅,検出,解析を行う陽性コントロールや陰性コントロールを行い,機械装置や検査キットが正確に作動していることや外来DNAが混入されていないことを検証・確認するなど,客観的な正確性の担保が図られながら実施されたものと認められる。
 以上によれば,本件DNA型鑑定は,正常な機器等を用いて,一般に確立した鑑定の手順,方法に基づいて実施されたものと認められる。

イ.これに対し,弁護人は,本件鑑定書に,@精液検査の経緯や結果に関する写真等の資料の添付がなく,ADNA型検査についても,DNAの抽出・精製,増幅,解析等の手順や結果に関する客観的資料の添付がなく,本件鑑定が実際に,一般に確立した手順,方法によって実施されたかを事後的に検証できない旨主張する。
 しかし,@については,精液検査は,試薬等を用いて膣内液に精液が認められるかを検査するものであり,確立した検査手法以外の方法で検査が実施されることは想定し難い上,本件においては,実際に,精液検査を実施した後,二段階細胞融解法により精子由来のDNAを抽出・精製することができたというのであるから,膣内液に精液が認められた旨の本件の精液検査に誤りがないことは明らかで,写真等の資料の添付がないことが検査の正確性に影響を与えたとは認め難い。
 Aについては,本件で用いられているDNA型鑑定の手法は,専用の機器を用いて,ほぼ機械的・自動的に行われているものであるから,確立した手順以外の方法で鑑定が実施されたことを窺わせる事情は認められない。
 また,弁護人が資料の添付がないと指摘する点も,鑑定人のL技術吏員から証言を得ることによって,精液検査やDNA型検査の実施方法等についての事後の検証を行うことは可能である。
 よって,鑑定書に客観的資料の添付がないことをもって,本件DNA型鑑定の手順,方法に疑いを差し挟むものとは認められず,上記弁護人の主張は,いずれも採用できない。

(5) 鑑定結果の信用性を疑わせるような事情の有無

 弁護人は,L技術吏員は,犯罪捜査規範に違反して,本件鑑定資料につき,公判審理において証明力を保持し得るような処置を何ら行っておらず,また,鑑定資料の残部を保存しておくなどの再鑑定のための考慮も払っていない旨主張する。
 確かに,弁護人が指摘する点は不当であるものの,鑑定書や鑑定人を調べることなどで事後に鑑定結果の信用性を検証することは可能であって,再鑑定の可能性が残されていないことが,直ちに当該DNA型鑑定の自然的関連性や信用性に影響を及ぼすものではない。
 そのほか,関係各証拠に照らしても,本件DNA型鑑定の一連の鑑定経過に,鑑定結果の信用性を疑わせるような事情は認められない。

(6) 本件DNA型鑑定の適正手続違反(証拠禁止)の主張について

 弁護人は,合理的な理由もないのに,犯罪捜査規範に違反して,L技術吏員が本件鑑定資料たる綿棒を捜査機関に返送したことや,捜査機関が同綿棒を被害女性へ還付したことなどを指摘した上,これらの捜査機関による一連の作為によって,本件鑑定資料たる綿棒は所在不明となり,再鑑定が不可能となったのであるから,本件においては,捜査機関側に,再鑑定を拒むために作為したなどの特段の事情が存在するというべきであり,被告人の防御権の保障及び適正手続の観点から,本件DNA型鑑定は証拠排除されるべきであると主張する。
 この点も,弁護人が指摘するとおり,捜査機関の鑑定資料の扱い方は不当であったが,本件DNA型鑑定を実施した当時,被告人が本件犯人として浮上していたという状況になく,また,本件DNA型鑑定の証拠能力や証明力が公判廷で争いになることが予測される状況にもなかったことなどに照らせば,捜査機関が再鑑定を拒むために意図的に作為したものとまでは認められない。
 よって,上記弁護人の主張は採用できない。

2.以上検討したところによれば,本件DNA型鑑定については,その証拠能力及び信用性を肯定することができる。
 そして,その信用性の程度をみるに,M証人によれば,本件で用いられたSTR型検査法によるDNA型鑑定は,極めて安定した鑑定技術であることが認められる上,本件においては,被告人のDNA型と対照可能な鑑定資料が二つ存在し,いずれの鑑定資料からも同一のDNA型が検出されていること,既に検討したとおり,本件DNA型鑑定の具体的実施方法の信頼性を揺るがすような問題点は特に認められないことなどに照らせば,本件DNA型鑑定の結果には,極めて高度の信用性が認められる。
 また,DNA型の出現頻度に関する報告書及びL技術吏員によれば,本件DNA型鑑定によって検出されたDNA型の出現頻度は,約123億人に1人であるとの確率計算の結果が出ているところ,M証人によれば,上記出現頻度の計算方法は,統計学的根拠に基づいた信頼性の高いものであることが認められるから,上記計算結果は信用できるものである。
 以上のとおり,本件DNA型鑑定の結果に高度の信用性が認められることや,その出現頻度の希少性に鑑みると,事件直後に被害女性の膣内液から検出された精液のDNA型と被告人のDNA型が一致するという事実は,被告人と犯人との同一性を極めて強く推認させるものであり,本件事実認定上の極めて重要な証拠となるものである。

戻る