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最高裁判所第一小法廷決定平成21年07月14日

【判旨】

 刑法96条の2にいう「強制執行」には,民事執行法1条所定の「担保権の実行としての競売」が含まれると解するのが相当である。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成21年07月14日

【判旨】

1.所論は,即決裁判手続において事実誤認を理由とする控訴を制限する刑訴法403条の2第1項は,裁判を受ける権利を侵害し,憲法32条に違反する旨主張する。
 しかしながら,審級制度については,憲法81条に規定するところを除いては,憲法はこれを法律の定めるところにゆだねており,事件の類型によって一般の事件と異なる上訴制限を定めても,それが合理的な理由に基づくものであれば憲法32条に違反するものではないとするのが当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和22年(れ)第43号同23年3月10日大法廷判決・刑集2巻3号175頁最高裁昭和27年(テ)第6号同29年10月13日大法廷判決・民集8巻10号1846頁。なお,最高裁昭和55年(あ)第2153号同59年2月24日第二小法廷判決・刑集38巻4号1287頁最高裁昭和62年(し)第45号平成2年10月17日第一小法廷決定・刑集44巻7号543頁参照)。
 そこで即決裁判手続について見るに,同手続は,争いがなく明白かつ軽微であると認められた事件について,簡略な手続によって証拠調べを行い,原則として即日判決を言い渡すものとするなど,簡易かつ迅速に公判の審理及び裁判を行うことにより,手続の合理化,効率化を図るものである。そして,同手続による判決に対し,犯罪事実の誤認を理由とする上訴ができるものとすると,そのような上訴に備えて,必要以上に証拠調べが行われることになりかねず,同手続の趣旨が損なわれるおそれがある。他方,即決裁判手続により審判するためには,被告人の訴因についての有罪の陳述(刑訴法350条の8)と,同手続によることについての被告人及び弁護人の同意とが必要であり(同法350条の2第2項,4項,350条の6,350条の8第1号,2号),この陳述及び同意は,判決の言渡しまではいつでも撤回することができる(同法350条の11第1項1号,2号)。したがって,即決裁判手続によることは,被告人の自由意思による選択に基づくものであるということができる。また,被告人は,手続の過程を通して,即決裁判手続に同意するか否かにつき弁護人の助言を得る機会が保障されている(同法350条の3,350条の4,350条の9)。加えて,即決裁判手続による判決では,懲役又は禁錮の実刑を科すことができないものとされている(同法350条の14)。
 刑訴法403条の2第1項は,上記のような即決裁判手続の制度を実効あらしめるため,被告人に対する手続保障と科刑の制限を前提に,同手続による判決において示された罪となるべき事実の誤認を理由とする控訴の申立てを制限しているものと解されるから,同規定については,相応の合理的な理由があるというべきである。
 そうすると,刑訴法403条の2第1項が,憲法32条に違反するものでないことは,当裁判所の前記各大法廷判例の趣旨に徴して明らかであって,所論は理由がない(なお,所論にかんがみ記録を調べても,本件の即決裁判手続について被告人の裁判を受ける権利にかかわるような法令違反は認められない。)。

2.所論は,即決裁判手続は,刑の執行猶予の言渡しが必要的であるために安易な虚偽の自白を誘発しやすいから,憲法38条2項に違反する旨主張する。
 しかしながら,前記のような被告人に対する手続保障の内容に照らすと,即決裁判手続の制度自体が所論のような自白を誘発するものとはいえないから,憲法38条2項違反をいう所論は前提を欠く。

【田原睦夫補足意見要旨】

 即決裁判手続は,被告人の自由意思による選択によってなされるものであり,刑事訴訟法は,被告人の意思の確認につき慎重な手続を定めている。
 本件では,記録上,弁護人は,被疑者段階で選任され,また,公訴提起の前日付で被告人及び弁護人の即決裁判手続によって公訴を提起することについての同意書が提出されているのであって,訴訟手続上,全く瑕疵は存しない。
 それにも拘わらず,本件で,控訴,上告までなされているということは,被疑者段階並びに一審公判手続の過程において,被告人が即決裁判手続の制度について十分な理解をしていなかったことを示すものであって,一審弁護人と被告人間の意思疎通が十分でなかったことを窺わせる。
 刑事訴訟法は,弁護人が被疑者(被告人)に対して,弁護活動の一環として,即決裁判手続の意義及びその内容について,適切な助言がなされていることを前提として制度を組み立てているのであり,弁護人の弁護活動の内容如何についてまで,公判手続で立ち入ることは,法が想定していないところである。
 言うまでもないことであるが,弁護人が被疑者(被告人)との意思疎通に十全を期し,本件の如き上訴が提起されることがないことを願うものである。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成21年07月16日

【事案】

1.上告人らが,被上告人に委託して行った商品先物取引において損失を被ったことにつき,被上告人に説明義務違反があったなどとして,被上告人に対し,商品先物取引委託契約上の債務不履行に基づく損害賠償を求める事案。

2.事実関係の概要等

(1) 上告人X1(以下「上告会社」という。)は,融資等を目的とする会社であり,上告人X2は,その代表取締役である。

(2) 被上告人は,商品先物取引の受託等を目的とする会社である。また,被上告人は,商品取引員であり,東京穀物商品取引所及び東京工業品取引所の会員である。

(3) 上告人X2は,平成8年3月25日から同年5月1日まで,Aに委託して,初めて商品先物取引を行い,合計約1億7000万円の損失を被った。その後,上告人X2は,同上告人個人及び上告会社の代表者として,被上告人との間で商品先物取引委託契約を締結し,上告人X2については,同月20日から同年9月24日まで,被上告人に委託して,東京穀物商品取引所のとうもろこしの商品先物取引を行い,上告会社については,同年5月9日から同年6月26日まで,被上告人に委託して,東京穀物商品取引所のとうもろこし及び米国産大豆並びに東京工業品取引所の綿糸の各商品先物取引を行った(以下,上告人らが被上告人との間で締結した商品先物取引委託契約を併せて「本件各委託契約」といい,上告人らの上記各取引を併せて「本件各取引」という。)。その結果,上告人X2個人は合計7542万2320円の損失を被り,上告会社は合計564万0131円の損失を被った。

(4)ア.東京穀物商品取引所のとうもろこし及び米国産大豆並びに東京工業品取引所の綿糸の各商品先物取引は,平成8年当時,立会において,同一限月の各商品につき,売付けと買付けの数量が合致したときに,そのときの値段を単一の約定値段とし,同数量の売付けと買付けについて売買約定を締結させる競争売買の方法(以下,この方法を「板寄せ」という。)により行われていたが,各取引所の会員である商品取引員は,各取引所の業務規程によって,@同一限月の各商品につき委託に基づく同数量の売付けと買付けを有する場合や,A同一限月の各商品につき,委託に基づく売付け又は買付けに対し,自己の計算をもってする同数量の買付け又は売付けを有する場合(以下,商品取引員が委託に基づいてする取引を「委託玉」といい,商品取引員が自己の計算をもってする取引を「自己玉」という。),その同数量の売付けと買付けについては,立会終了後に各取引所に申し出るだけで,当該立会の約定値段で売買約定を成立させること(以下,これを「バイカイ付け出し」という。)が認められていた。

イ.被上告人は,板寄せによる取引については,商品の種類及び限月ごとに,委託に基づく売付けと買付けを集計し,売付けと買付けの数量に差がある場合には(以下,この差を「差玉」という。),差玉の約1割から3割だけを商品取引所の立会に出し,立会終了後,委託に基づく同数量の売付けと買付けにつき,バイカイ付け出しにより売買約定を成立させ,また,立会に出されなかった差玉につき,対当する自己玉を建てて,バイカイ付け出しにより売買約定を成立させることを繰り返していた(以下,差玉の全部又は一定割合に対当する自己玉を建てることを繰り返す商品取引員の取引方法を「差玉向かい」という。)。

(5) 本件各取引は,上告人X2が,被上告人から提供される情報を投資判断の材料として行っていたが,被上告人が差玉向かいを行っていることによって,高い頻度で,上告人らの委託玉が被上告人の自己玉と対当する結果となった。

(6) 被上告人は,本件各取引を受託するに当たり,上告人らに対し,被上告人が板寄せによる取引について差玉向かいを行っていることを説明していない。

(7) 上告人らは,商品取引員が差玉向かいを行っている場合には,商品取引員は,商品先物取引委託契約上,委託者に対し,差玉向かいによって商品取引員と委託者との間に利益相反の関係が生ずることなどを説明する義務を負うところ,被上告人においては,板寄せによる取引について差玉向かいを行っていたにもかかわらず,本件各取引を受託するに当たって,上告人らに対し,上記の説明をしていないのであるから,本件各委託契約の債務不履行に基づく損害賠償責任を免れないと主張している。

3.原審は,前記事実関係の下で,次のとおり判断して,被上告人の説明義務違反を否定し,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。

(1) 商品取引員が差玉向かいを行っていると,商品取引員の自己玉と対当する委託玉を建てた委託者と商品取引員との間には,相場変動により,一方に評価益が生ずると他方に評価損が生ずる関係があり,また,取引が決済される場合,委託者全体の総益金が総損金より多いときには商品取引員に損失が生じ,委託者全体の総損金が総益金より多いときには商品取引員に利益が生ずる関係にある。この意味で,商品取引員と委託者との間には利益相反の関係がある。

(2) しかし,商品取引員の自己玉と売付け又は買付けの別を同じくする委託玉を建てた委託者については,商品取引員との間の利害が一致するのであり,上記の利益相反の関係は,抽象的な委託者総体との間に生ずるものである。また,商品取引員の自己玉と対当する委託玉を建てた委託者であっても,直ちに損失を被るものではなく,利益が生ずることもあるのであり,商品取引員が差玉向かいを行っていることは,委託者の投資判断に影響を与えるものではない。

(3) したがって,商品取引員は,差玉向かいを行っている場合であっても,商品先物取引委託契約上,委託者に対し,差玉向かいによって商品取引員と委託者との間に利益相反の関係が生ずることを説明する義務を負うものではない。

【判旨】

1.原審の上記判断のうち,商品取引員が差玉向かいを行っていることは委託者の投資判断に影響を与えるものではないから,商品取引員は差玉向かいによって商品取引員と委託者との間に利益相反の関係が生ずることの説明義務を負わないとの部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1)ア.商品先物取引を受託する商品取引員は,商法上の問屋であり(商法551条),委託者との間には,委任に関する規定が準用されるから(同法552条2項),商品取引員は,委託者に対し,委託の本旨に従い,善良な管理者の注意をもって,誠実かつ公正に,その業務を遂行する義務を負う(民法644条)。

イ.商品先物取引は,相場変動の大きい,リスクの高い取引であり,専門的な知識を有しない委託者には的確な投資判断を行うことが困難な取引であること,商品取引員が,上記委託者に対し,投資判断の材料となる情報を提供し,上記委託者が,上記情報を投資判断の材料として,商品取引員に対し,取引を委託するものであるのが一般的であることは,公知の事実であり,商品取引員と上記委託者との間の商品先物取引委託契約は,商品取引員から提供される情報に相応の信用性があることを前提にしているというべきである。そして,商品取引員が差玉向かいを行っている場合に取引が決済されると,委託者全体の総益金が総損金より多いときには商品取引員に損失が生じ,委託者全体の総損金が総益金より多いときには商品取引員に利益が生ずる関係となるのであるから,商品取引員の行う差玉向かいには,委託者全体の総損金が総益金より多くなるようにするために,商品取引員において,故意に,委託者に対し,投資判断を誤らせるような不適切な情報を提供する危険が内在することが明らかである。
 そうすると,商品取引員が差玉向かいを行っているということは,商品取引員が提供する情報一般の信用性に対する委託者の評価を低下させる可能性が高く,委託者の投資判断に無視することのできない影響を与えるものというべきである。

ウ.したがって,少なくとも,特定の種類の商品先物取引について差玉向かいを行っている商品取引員が専門的な知識を有しない委託者との間で商品先物取引委託契約を締結した場合には,商品取引員は,上記委託契約上,商品取引員が差玉向かいを行っている特定の種類の商品先物取引を受託する前に,委託者に対し,その取引については差玉向かいを行っていること及び差玉向かいは商品取引員と委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性の高いものであることを十分に説明すべき義務を負い,委託者が上記の説明を受けた上で上記取引を委託したときにも,委託者において,どの程度の頻度で,自らの委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となっているのかを確認することができるように,自己玉を建てる都度,その自己玉に対当する委託玉を建てた委託者に対し,その委託玉が商品取引員の自己玉と対当する結果となったことを通知する義務を負うというべきである。

(2) 前記事実関係によれば,上告人X2は,本件各取引の直前に初めて商品先物取引を短期間行ったというのであり,また,上告人X2は,被上告人から提供される情報を投資判断の材料として本件各取引を行ったというのであるから,上告人らは,商品先物取引に関して,専門的な知識を有しない委託者であることが明らかである。しかるに,前記事実関係によれば,被上告人は,板寄せによる取引について差玉向かいを行っていたにもかかわらず,上告人らから板寄せによる取引に該当する本件各取引を受託するに当たり,上告人らに対し,被上告人が差玉向かいを行っていることを説明していないというのであるから,被上告人は本件各委託契約に基づく説明義務に違反するものとして,債務不履行責任を負うというべきである。

2.以上のとおりであるから,原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるために,本件を原審に差し戻すこととする。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成21年07月16日

【事案】

 本件公訴事実のうち,労働基準法32条1項違反の事実の要旨は,「被告人は,石油製品の保管及び運送等を営むA社の代表取締役としてその業務全搬を統括していたものであるが,同社の統括運行管理者と共謀の上,同社の業務に関し,同社が,同社の労働者の過半数を代表する者との間で,書面により,平成17年4月16日から平成18年4月15日までの時間外労働及び休日労働に関する協定を締結し,自動車運転者に対して,法定労働時間を超えて延長することができる時間は,1日につき7時間,1か月につき130時間などと定め,平成17年4月15日,大津労働基準監督署長に届け出ていたのであるから,上記各協定時間の範囲を超えて労働させてはならないのに,労働者Bをして,同社の事務所等において,1か月130時間を超えて,同年11月16日から同年12月15日までの間に15時間30分,同月16日から平成18年1月15日までの間に38時間15分の合計53時間45分の時間外労働をさせた」というものである。
 第1審判決は,上記公訴事実とおおむね同旨の事実を認定し(第1審判示第1の2),被告人を有罪とした。これに対し,被告人が控訴を申し立てた。原判決は,第1審判決の上記判示部分は,違反に係る週が全く特定されておらず月単位の時間外労働協定違反の事実を認定したものであるが,適用された法令である労働基準法32条1項は週単位の時間外労働を規制するものであって,月単位の時間外労働には直接の規制は設けられておらず,また,いわゆる36協定違反については罰則が設けられていないから,月単位の時間外労働協定違反の事実は犯罪を構成しない事実であるとした。さらに,原審は,その手続において検察官の請求した週単位の時間外労働の事実(当該月の中で違反となる週を特定したもの)を明示する予備的訴因変更を不許可としたが,原判決は,その理由につき,時間外労働というのは,法定労働時間や時間外労働協定といった一定の規範に照らさなければ観念できないものであるから,時間外労働を構成する労働日ないし労働時間が基本的に同一であるとしても,違反している規範を異にしている場合には,それらの時間外労働は社会通念上別個の事実であり両立し得るものであって,基本的事実関係を異にすると解すべきであり,旧訴因の月単位の時間外労働協定違反の事実と新訴因の週単位の時間外労働の事実とでは基本的事実関係を異にし,公訴事実の同一性が認められないとした。そして,原判決は,第1審判決を破棄して自判し,上記公訴事実については被告人を無罪とした。

(参照条文)労働基準法

32条1項 使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

119条 次の各号の一に該当する者は、これを六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
 一  ・・(略)・・第三十二条、・・(略)・・の規定に違反した者
 2号以下略。

【判旨】

1.原審の予備的訴因変更を不許可とした措置及び原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 労働基準法32条1項違反に係る上記公訴事実は,その記載だけからみると,月単位の時間外労働を示す内容となっており,当該月の特定はされているものの,週の特定はもとより週という言葉さえ出てきておらず,これを直ちに週単位の時間外労働の規制違反を記載したとみることはできない。しかし,労働基準法に月単位の時間外労働の規制違反の規定はないこと,起訴状には罰条として週単位の時間外労働を規制している労働基準法32条1項が記載されていることを合理的に解釈すると,週単位の時間外労働の規制違反の事実を摘示しその処罰を求めようとした趣旨ではあったが,結果として,違反に係る週の特定に欠けるという不備が生じてしまったと解するのが相当である。したがって,本件は,訴因の特定が不十分でその記載に瑕疵がある場合に当たり,その瑕疵の内容にかんがみると,訴因変更と同様の手続を採って訴因を補正すべき場合である。

(2) ところで,いわゆる36協定で1か月につき延長することができる時間外労働時間が定められている場合における労働基準法32条1項違反の罪に関して検討すると,同条項の文理,36協定の趣旨等に照らすと,原則的な労働時間制の場合であれば,始期から順次1週間について40時間の法定労働時間を超えて労働させた時間を計算し,これを最初の週から順次積算し,上記延長することができる時間に至るまでは36協定の効力によって時間外労働の違法性が阻却されるものの,これを超えた時点以後は,36協定の効力は及ばず,週40時間の法定労働時間を超える時間外労働として違法となり,その週以降の週につき,上記時間外労働があれば,それぞれ同条項違反の罪が成立し,各違反の罪は併合罪の関係に立つものと解すべきである。そして,36協定における次の新たな1か月が始まれば,その日以降は再び延長することができる時間に至るまで,時間外労働が許容されるが,これによると,1週間が,単位となる月をまたぎ,週の途中の日までは週40時間の法定労働時間を超える違法な時間外労働であり,その翌日からは新たな1か月が始まり,時間外労働が許容される場合も生じる(端数日は生じない)。この場合も,その週について上記違法な時間外労働に係る同条項違反の罪が成立することとなる。
 そして,1週間の始期に関しては,問題となる事業場において就業規則等に別段の定めがあればこれによるが,これがない場合には,労働基準法32条1項が「1週間について40時間」とのみ規定するものであることなどにかんがみると,その始期を36協定における特定の月の起算日に合わせて訴因を構成することも許されると解される。

(3) 本件につき,検察官のした予備的訴因変更請求についてみると,「平成17年12月7日から同月13日までの週及び同月9日から同月15日までの週を通じた週」などとし,15日から逆算して1週間を構成している点及び本件につき時間外労働の罪が1罪として成立するとして「通じた週」としている点については,(2)で述べたところから明らかなとおり,適正を欠くものであり,上記関係についていえば,「平成17年12月7日から同月13日までの週につき15分の,同月14日から同月20日までの週につき15時間15分のそれぞれ時間外労働をさせた」とすべきである。しかし,検察官の上記予備的訴因変更請求は,週を特定し,週単位の時間外労働の規制違反の罪を明示して瑕疵を補正しようとしたものと理解できるから,原審は,上記適正な訴因となるように措置した上,予備的訴因変更を許可すべきであったと解される。

2.以上によれば,予備的訴因変更を許さず,第1審判決を破棄して,前記公訴事実(労働基準法32条1項違反に係る部分)について被告人を無罪とした原判決には,刑訴法256条3項,312条1項の解釈適用を誤った違法があり,これが判決に影響を及ぼし,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。なお,本件では,前記公訴事実と原判決が有罪としたその余の公訴事実とは併合罪の関係にあるとして起訴されたものと解されるから,上記違法は,原判決の全部に影響を及ぼすものである。
 よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,更に審理を尽くさせるため,本件を原審である大阪高等裁判所に差し戻す。

【金築誠志意見】

 私は,原判決を破棄して本件を原審に差し戻すことには賛成であるが,本件労働基準法32条1項違反の罪については,多数意見とは異なり,予備的訴因変更を許可するまでもなく,旧訴因(本位的訴因)のままで(ただし,後記のような補正をした上で)有罪判決をすることができるものと考える。

1.労働基準法32条1項は,「使用者は,労働者に,休憩時間を除き1週間について40時間を超えて,労働させてはならない。」と規定し,その違反に対し同法119条1号が罰則を定めている。この労働時間の制限は,いわゆる36協定によって延長することが可能であり,しかもその限度を1週間とは異なる単位で定めることが認められている(労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準(平成10年労働省告示第154号)2条,3条参照)。本件においても,1か月単位で延長時間の限度が定められている。
 このように36協定によって労働時間の延長限度を定めた場合,その限度を超えて労働をさせた違反行為については,別に罰則の定めがないので,この場合も32条1項によって処罰することを予定しているものと解されるが,この場合の擬律がここでの問題である。

2.多数意見は,協定期間である1か月(以下,「月」は36協定期間である1か月を指す)の始期から順次1週間ごとに算出した法定労働時間を超えた時間を積算して,延長限度を超えた日の属する週以降,1週間ごとに週単位の時間外労働罪が成立するとする。これは,1週間40時間を超えて労働させれば,それだけで1週間単位の時間外労働罪の構成要件は充足され,36協定による延長は同罪の違法性を阻却するにとどまるという考え方を前提としている。36協定で定める限度を超えない限り,およそ同罪の成立が問題となる余地はないのであるから,はたして違法性阻却の限度にとどまると考えてよいか疑問がなくはない。その点は措くとしても,1か月に含まれる各週の時間外労働の状況いかんにかかわらず,常に月の初めの時間外労働から順次延長許容時間に繰り入れて,月の終わりの方の週において違反週を特定するという方法は,特定の週ごとに時間外労働罪の成否を検討するという実質を既に失っており,1か月間全体で犯罪の成否を判断していることにほかならないように,私には思われる。
 また,多数意見は,月末に7日に満たない日数が残る場合には,次の月にまたがって1週間を構成し,次の月に属する日の法定時間を超える労働時間は,次の月の36協定の違法性阻却の効果を受ける関係上,その週の時間外労働には算入しないという取扱いをしている(月末残日数の時間外労働を処罰するために,これとともに1週間を構成する次の月の日数の法定時間内の労働時間は,その週の労働時間に算入する取扱いになるものと解される。)。構成要件的評価の対象となる期間と36協定の期間とが一致しないことになるが,この結果,具体的には,次の月に属する日数の労働時間を合算しても法定時間を超えない場合や,退職等の理由で1週間を構成すべき労働日がない場合について,妥当な結論が得られるのかといった問題が生じるように思われる。

3.労働基準法が36協定によって1週間と異なる単位で労働時間を延長することを認めている以上,その協定期間単位で延長限度を超える違反労働時間数を認定するのは自然なことであって,協定期間は7日で割り切れない場合が多いのであるから,この超過労働時間を特定の1週間ごとに振り分けようとすることには,もともと無理があるように思う。したがって,同法32条1項の罪を認定するには,協定期間において延長限度を超える労働時間数を算出した上で,同条項の規制単位期間(1週間)に合わせ,その超過労働時間数の1週間当たりの換算値を摘示すれば足りると考える。つまり,同条項による労働時間の規制は,単位期間当たりの割合的なものと見るわけである。
 この認定方法によれば,協定期間全体を通じて違反時間数を算定するのであり,その期間内にいくつの週が含まれていようとも包括一罪と解すべきであるから,週の特定は要しないし,また,7日で割り切れない期間の場合も,1週間当たりの換算値を摘示することは可能であるから,問題は生じない。こうした認定の仕方は,32条1項が「1週間について」と規定しているのを,「1週間当たり」と読むだけのことであるから,文理上も無理はなく,変形労働時間制等を含む現在の労働基準法上の労働時間規制の在り方にも矛盾しないものと思う。

4.本件労働基準法32条1項違反に係る本位的訴因は,1週間当たりの違反時間数の記載を欠くが,罰条の記載及び1か月単位の違反罪は法令上存在しないことからすれば,同条項違反の罪を包括一罪である1か月単位で特定して起訴したことが明らかであるから,訴因を上記の趣旨を明確にするよう補正の上(具体的には,平成17年11月16日から同年12月15日までの間に合計15時間30分の時間外労働をさせたとの事実については,「1週間当たり3時間37分の」という文言を付加して),有罪判決をすることが相当であると考える。

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