最新下級審裁判例

名古屋高裁判決平成21年04月23日

【事案】

 本件各倉庫を所有する控訴人らが,被控訴人において,本件各倉庫について冷凍倉庫用の経年減点補正率を適用せず評価を誤り,固定資産税等を過大に徴収したと主張して,被控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,@昭和46年度分から平成13年度分までの固定資産税等の過納金相当額及びこれらに対する固定資産税等の各年度第4期納期限の翌日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金,A既に過納金の返還がなされた平成14年度分から平成17年度分までについてはその過納金相当額に対する固定資産税等の第4期納期限の翌日から支払済みまで年0.9%(民法所定の利率と実際の還付加算金利率の差額)の割合による金員の支払を求めた事案。
 原審は,本件各課税処分が適法に取り消されない限り,本件各課税処分の違法を理由として過納金相当額を損害とする国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は許されない等として,控訴人らの請求をいずれも棄却した。控訴人らはこれを不服として控訴した。

【判旨】

 行政処分が違法であることを理由として国家賠償の請求をするについては,あらかじめ当該行政処分につき取消判決を得なければならないものではない(最高裁判所昭和35年(オ)第248号,同36年4月21日第二小法廷判決・民集15巻4号850頁参照)。取消訴訟は,行政処分の効力の否定を目的としているのに対し,国家賠償訴訟は,民法上の不法行為責任制度の特則として違法な国・公共団体の活動により生じた損害の賠償を目的としているのであって,行政処分の法的効果を直接否定するものではない。このように,両制度は,その目的,効果(処分の遡及的取消しに対し,事後的金銭による補填),期間制限等を異にしているから,両立し得るのであって,原則として,行政処分の取消しが国家賠償のための要件となるものではなく,このことは課税処分においても異なるところはないというべきである。ただし,上記最高裁判所判例の事例のように自作農創設特別措置法に基づく買収計画の違法と国家賠償というように必ずしも行政処分の違法と損害が表裏の関係にない場合には,上記の原則がそのまま適用されることになるが,課税処分の違法と国家賠償という場合には,後者の損害が前者の取消しの結果生じる不当利得金と同一となることもあるから,そのような表裏の関係にあるような場合において,課税処分が例えば出訴期間を過ぎたために取り消すことのできなくなったときに,取消しの結果得られる不当利得金と同額の賠償請求金の支払を認容することは,制度趣旨に反することにもなりかねないという結果が生ずることもあり,その場合には,侵害行為の態様及びその原因,あるいは,当該課税処分発動に対する被害者側の関与の有無・程度等に照らし,権利の濫用等の法理によって,国家賠償請求が許されないとされる場合もありうるとすることで均衡が保たれるように解すべきである。

 

東京高裁判決平成20年10月16日

【判旨】

1.最高裁平成7年16月20日第三小法廷判決・刑集49巻6号741頁(以下「平成7年判例」という。)は,外国人が入国管理当局の退去強制処分を受けたため, 公判期日等において供述することができない場合において, その検察官調書を刑訴法321条1項2号に基づいて証拠能力を認めることに関し, 次のとおり判示している。
 「同じく国家機関である検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合はもちろん, 裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合など, 当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは, これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得るといわなければならない。」
 上記判示の趣旨は, 供述者が国外にいるため, 刑訴法321条1項2号ないし3号所定の要件に該当する供述調書であっても, 供述者の退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことについて, 国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって, その程度が著しく, これらの規定をそのまま適用することが公平な裁判の理念に反することとなる場合には, その供述調書を証拠として許容すべきではないという点にあるものと解される。

2.本件においては, 原審裁判所がAについて証人尋問の決定をしていたにもかかわらず, 同女が退去強制により出国したため, 証人尋問が実現しなかったという事情があり, 平成7年判例が上記箇所で例示する第二の場合が問題となる。そこで, 以上のような手続的正義の観点から, 刑事訴訟を担当した司法関係者及び強制送還を担当した入国管理当局の双方について, A の証人尋問と退去強制をめぐる経緯をみておくこととする。
 記録及び当審における事実取調べの結果によれば,以下の事実が認められる。

@ 被告人は,6月4日(平成19年,以下同様),麻薬及び向精神薬取締法違反に係る本件被告事件で起訴された。その公訴事実においては,Aが共犯者の一人として摘示されていたが,同女はその公訴事実では起訴されなかった。

A Aは,適法な在留資格を有しない中国籍の外国人であり,1月23日,出入国管理及び難民認定法違反被告事件について懲役2年6月,執行猶予4年の判決を受け,その後,東京入国管理局横浜支局に収容されたが,退去強制について異議の申出をするとともに,子の養育等を理由として仮放免の申請をして,2月26日,いったん仮放免となった。しかし,異議の申出について理由がない旨の裁決があったことから,5月22日,退去強制令書が発付されて再収容され,6月8日以降は,茨城県牛久市久野町1766所在の東日本入国管理センターに収容されていた。

B Aは,旅券を所持しておらず,かつ,中国に送還されることを拒否していたため,東日本入国管理センターに収容された後も,退去強制の手続には進展がなかった。同女が中国への送還を拒否していた背景には,本邦内に子が滞在していることが関係していた。

C 検察官は,7月中旬ころ,東日本入国管理センターに連絡をとった際,Aの退去強制に関する上記のような事情を把握するとともに,その退去強制に進展があればすぐに教えてほしい旨の申入れをした。
 その時点では,Aは,積極的に旅券を申請する状況にはなく,退去強制の時期は,依然として不明であった。

D 検察官は,Aが東日本入国管理センターに収容されていたことから,平成7年判例を念頭に置いて,7月中旬ころ,原審裁判所と協議し,その示唆に基づいて,直ちに弁護人に対し,もしAについて証人尋問が必要であれば,速やかに証拠保全の手続を検討されたい旨の連絡をした。これを受けて,弁護人は,被告人と協議したが,Aの供述をその時点で保全することの当否について検討を要する点があったほか,同女が子の関係で直ちに国外に出る意向がないと判断されたこと等から,証拠保全の請求はしないこととされた。

E 原審裁判所は,本件について,第1回公判期日を8月16日に開いた。検察官から請求されたAの検察官調書(甲10)及び警察官調書(甲8,9,11)について,弁護人から不同意の意見があったのを受けて,検察官がAの証人尋問を請求したところ,これが採用され,10月11日水戸地裁土浦支部において所在尋問を行う旨決定された。証人尋問の場所が水戸地裁土浦支部になったのは,牛久市に近い同支部であれば,東日本入国管理センターが証人喚問に対応してAを押送することが可能とされていたからであった。また,証人尋問の期日が10月11日になったのは,訴訟関係者が全1日の日程を確保できる最も早い期日として一致したのが同日であったからであった。
 なお,第2回公判期日は,9月3日午前に指定され,事件関係者の一人であるGの証人尋問が行われているが,その日にGの証人尋問に代えてAの所在尋問を実施することは,必要とされる全1日の日程を確保できない訴訟関係者がいたため,不可能な実情にあった。

F 検察官は,8月16日の第1回公判期日において,Aの水戸地裁土浦支部における所在尋問が決まった際,即日,このことを東日本入国管理センターに連絡した。

G Aの証人尋問については,9月11日,受命裁判官2名をして行わせる旨の決定があり,9月12日,証人に対する召喚状が発送され,これが9月14日にAに送達された。

H 他方,Aに対しては,この間,退去強制手続の進展があり,9月12日に旅券が発給され,9月13日,東日本入国管理センターから検察官に対し,Aが9月19日に退去強制として成田空港から中国に向けて出国する予定である旨の連絡があった。検察官は,10月11日に予定されているAの所在尋問との関係上,退去強制の延期の可否等を同センターに確認したが,旅券が発給されれば証人尋問の予定があっても退去させるほかはない旨の回答であった。Aは,予定どおり,9月19日に中国に向けて出国した。

I 原審裁判所は,Aが出国したことを受けて,9月26日,所在尋問を取り消し,その後,A証人については,請求が撤回され,採用決定も取消しとなった。検察官は,Aの前記各供述調書を刑訴法321条1項2号(前段)ないし3号に基づいて取り調べるよう請求したところ,弁護人からは,特信性がない旨の意見があったが,原審裁判所は,11月1日の第3回公判期日において,これらを証拠採用した。

 以上のような事実関係に基づいて検討すると,本件は,Aの関係では,確かに,裁判所が外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合であるが,原審における裁判所及び検察官は,それぞれの立場から,各時点における状況を踏まえて,Aの証人尋問の実現に向けて相応の尽力をしてきたことが認められる。そうした尽力が実らなかったのは,(ア) 訴訟関係者の間で証拠保全としての証人尋問が検討の対象に上ったが,結果的には被告人側において証拠保全を請求しないことになったこと,(イ) 所在尋問の日程について,訴訟関係者の都合がなかなか合わなかったため,早期に期日を設定することができなかったこと,さらには,(ウ) 当初はAの出国までに相当の日時を要するものと見込まれたが,退去強制手続が9月中旬に急展開したこと等に起因するものと認められる。他方,入国管理当局は,検察官の要請に基づき,Aの退去強制手続の実情を伝えるとともに,その所在尋問についても,可能な限り協力するという態勢を整えていたことが認められる。もとより,事後的にみれば,所在尋問をより早期に実施すべきではなかったかなど,再検討を要する課題もあろう。しかし,刑事訴訟を担当した司法関係者及び強制送還を担当した入国管理当局の以上のような対応状況にかんがみると,本件は,Aの退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことについて,国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって,その程度が著しく,刑訴法321条1項2号ないし3号をそのまま適用することが公平な裁判の理念に反することとなる場合には,該当しないというべきである。したがって,これらの規定に基づき,Aの前記各供述調書を証拠として採用した原審裁判所の決定は相当であり,そこに判例違反ないし訴訟手続の法令違反はない。

 

東京高裁判決平成20年11月18日

【事案】

 平成19年1月30日に起訴された本件公訴事実中,業務上過失致死に関する事実(訴因変更前のもの)の要旨は,「被告人は,平成18年12月13日午前1時27分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,東京都世田谷区Sa丁目b番先道路を狛江方面から環八通り方面に向かい進行中,進路前方を同方向に進行中の普通乗用自動車を右側から追い越した後,左方に進路変更するに当たり,前方左右を注視し,進路の安全を確認しながら左方に進路変更すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,前方左右を注視せず,進路の安全確認不十分のまま漫然時速約60キロメートルで左方に進路変更した過失により,折から同車の前方を同方向に進行中のA(当時62年)運転の原動機付自転車右側部に自車左側部を衝突させて同原動機付自転車もろとも同人を路上に転倒させ,よって,同人に硬膜下血腫等の傷害を負わせ,同日午前10時10分ころ,武蔵野市内のM病院において,同人を上記傷害により死亡させた」というものである(以下,Aを「被害者」といい,その死亡原因となった衝突事故を「本件交通事故」という。)。
 本件(前記の業務上過失致死及び道路交通法違反)は,平成19年2月22日,公判前整理手続に付され,同年3月15日から同年10月29日までの間,9回にわたる公判前整理手続が実施された結果,本件の争点が「被告人が,本件交通事故を引き起こして逃走した犯人であるかどうか」であると確認されるとともに,公判の審理については,第1回ないし第3回公判期日に検察官請求証人7名の取調べ等の検察官立証が,第4回公判期日に弁護人請求証人2名の取調べ等の弁護側立証が,第5回公判期日に被告人質問が,第6回公判期日に論告弁論が,それぞれ行われる予定となった。
 なお,争点が前記のとおり整理される過程において弁護人が作成した主張予定書面には,「被害者が自損事故により自ら転倒して死亡したか,仮に追い越しを図ろうとした自動車と衝突したため転倒したとしても,被告人以外の第三者の運転する自動車と接触したため転倒したものであり,本件交通事故は被告人によるものではない」旨が記載されている。
 同年11月19日の第1回公判期日において,被告人は,被告事件に対する陳述として,本件交通事故を起こしたのは自分ではない旨述べ,弁護人は,公訴事実については被告人と同様であり無罪を主張する旨述べたが,本件交通事故を起こした運転者の過失の有無に関しては何らの主張もしなかった。
 そして,同期日から第3回公判期日までの間に,予定された検察官請求証人7名の取調べ等がされ,平成20年1月24日の第4回公判期日において,予定されていた弁護人請求証人のうち1名の取調べがされた(他の1名については出頭せず採用が取り消された。)が,原審は,同期日において,採否を留保していた弁護人請求証人1名の採用を決定し,次回期日に取り調べることとするとともに,当事者に対し「これまでの証拠調べの結果を踏まえた上で,本件交通事故の犯人に過失が認められるかどうかという点についても意識して立証活動をしてほしい」旨を促した。原審のこのような対応は,それまでに取り調べた目撃証人の供述等によって認められる本件交通事故の態様が,訴因変更前の公訴事実が前提としているものとは異なっている,という心証に基づくものと推測される。
 その後,検察官は,第5回公判期日前の同年2月4日,前記の公訴事実の過失内容について,「被告人は,平成18年12月13日午前1時27分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,東京都世田谷区Sa丁目b番先道路を狛江方面から環八通り方面に向かい進行中,進路前方を同方向に進行中のB運転の普通乗用自動車を右側から追い越す際,当時夜間であり,交通量はさほど頻繁ではなかったのに,同車が同所に至るまでの約400メートルの間,時速約30キロメートルの比較的低速度で進行していた上,自車を加速させて前記B運転車両の後方直近に接近させ,いわゆるあおり走行をしたにもかかわらず,同車が速度を上げないで前記速度のまま走行しており,同車の前方には同車が速度を上げることを困難ならしめるような車両等が走行していることもあり得たのであるから,前記B運転車両を右側から追い越して左方に進路変更するに当たり,前方左右を注視し,進路の安全を確認するはもとより,折から同車前方を同方向に進行していたA(当時62年)運転の原動機付自転車の動静を十分注視し,同原動機付自転車との間に安全な側方間隔を保持して同原動機付自転車との安全を確認した上で左方に進路変更すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,前方左右及び同原動機付自転車の動静を注視せず,進路の安全を確認することもなく,同原動機付自転車との間に安全な側方間隔を保持しないまま漫然時速約60キロメートルで左方に進路変更した過失により,同原動機付自転車右側部に自車左側部を衝突させ」た,というものに変更する旨の訴因変更請求をした。
 平成20年2月6日の第5回公判期日において,前回に採用を決定した弁護人請求証人の取調べがされた後,前記の訴因変更請求について,検察官から,「前方左右を注視し,進路の安全を確認するはもとより」という部分は,前方左右を注視し,進路の安全を確認することが注意義務に含まれるという趣旨である旨の釈明がされ,他方,弁護人から,公判前整理手続を経たこの段階での訴因変更請求は攻撃防御の点から認められるべきでなく,異議があるとの意見が述べられた。
 その後,第6回公判期日までの間に,検察官及び弁護人からそれぞれ,訴因変更請求の適否とこれが許可された場合に追加的に必要となる証拠調べに関する意見書が提出された後,同月29日に打合せが行われた。原審は,打合せの席で,訴因変更は許さざるを得ないが,被告人側の防御を尽くさせる必要があるとして,検察官及び弁護人に対し同年3月6日までに過失の点の立証を検討するように促し,同日,再度の打合せを実施した後,同月10日,第6回公判期日を開いた。
 原審は,同期日において,前記の訴因変更請求の許可決定を行った。被告人及び弁護人は,変更後の訴因に対し,従前と同様,本件交通事故を起こしたのは被告人でない旨の意見を述べたものの,その際も,過失の内容については特段の主張をしなかった。その後,第7回及び第8回公判期日において,訴因変更に伴う追加的証拠調べが行われた(ただし,第8回公判期日については,当初は論告弁論が予定されていたものの,第7回公判期日に取調べを予定していた証人のうち1名が同期日に出頭しなかったために,その証人尋問をする必要が生じたものである。)が,検察官立証としては,公判前整理手続においていったん撤回された実況見分調書2通(いずれも検察官請求証人として取調べ済みの目撃者を立会人として実施された事故現場を見分したもの)の取調べ及びその真正立証のための作成者の証人尋問が,弁護側立証としては,本件交通事故ないしその前後の状況の目撃者2名(うち1名は,第3回公判期日において検察官請求証人として取調べがされた者)の証人尋問が,それぞれ実施された。
 第9回公判期日において,論告,弁論が行われたが,その際,弁護人は,本件交通事故を起こしたのは被告人ではないとの従前の主張に加え,本件交通事故を起こした自動車の運転者には,訴因変更後の公訴事実記載の各注意義務違反がない旨を具体的に主張した。

【判旨】

1.公判前整理手続は,当事者双方が公判においてする予定の主張を明らかにし,その証明に用いる証拠の取調べを請求し,証拠を開示し,必要に応じて主張を追加,変更するなどして,事件の争点を明らかにし,証拠を整理することによって,充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行うことができるようにするための制度である。このような公判前整理手続の制度趣旨に照らすと,公判前整理手続を経た後の公判においては,充実した争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更請求は許されないものと解される。
 これを本件についてみると,公判前整理手続において確認された争点は,「被告人が,本件交通事故を引き起こして逃走した犯人であるかどうか」という点であり,本件交通事故を起こした犯人ないし被告人に業務上の注意義務違反があったかどうかという点については,弁護人において何ら具体的な主張をしていなかった。なお,弁護人は,公判前整理手続の過程において,被害者が自損事故により自ら転倒して死亡した旨を主張予定書面に記載しているものの,被害者運転の原動機付自転車(以下「被害者車両」という。)と本件交通事故を起こした自動車(以下「犯行車両」という。)が接触するという本件交通事故が発生していることを前提に,犯行車両の運転者に業務上の注意義務違反がなかった旨を具体的に主張するものではない。公訴事実の内容である過失を基礎付ける具体的事実,結果を予見して回避する義務の存在,当該義務に違反した具体的事実等に対して,弁護人において具体的な反論をしない限り,争点化されないのであって,実際にも争点とはなっていない。公判前整理手続における応訴態度からみる限り,本件交通事故が発生していることが認定されるのであれば,犯行車両の運転者に公訴事実記載の過失が認められるであろうということを暗黙のうちに前提にしていたと解さざるを得ない。検察官が訴因変更請求後に新たに請求した実況見分調書2通は,公判前整理手続において,当初請求したものの,追って撤回した証拠であって,業務上の注意義務違反の有無が争点とならなかったために,そのような整理がされたものと考えられる。
 ところが,公判において,本件交通事故の目撃者等の証拠調べをしてみると,本件交通事故の態様が,訴因変更前の公訴事実が前提としていたものとは異なることが明らかとなったため,検察官は,原審の指摘を受け,訴因変更請求をした。
 そして,その段階でその訴因変更請求を許可したとしても,証拠関係は,大半が既にされた証拠調べの結果に基づくものであって,訴因変更に伴って追加的に必要とされる証拠調べは,検察官立証については極めて限られており,被告人の防御権を考慮して認められた弁護側立証を含めても,1期日で終了し得る程度であった。

2.以上によれば,本件は,公判前整理手続では争点とされていなかった事項に関し,公判で証人尋問等を行った結果明らかとなった事実関係に基づいて,訴因を変更する必要が生じたものであり,仮に検察官の訴因変更請求を許可したとしても,必要となる追加的証拠調べはかなり限定されていて,審理計画を大幅に変更しなければならなくなるようなものではなかったということができる。
 そうすると,本件の訴因変更請求は,公判前整理手続における充実した争点整理や審理計画の策定という趣旨を没却するようなものとはいえないし,権利濫用にも当たらないというべきである。検察官の本件の訴因変更請求を許可した原審には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反は認められない。

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