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最高裁判所第一小法廷判決平成21年07月16日

【事案】

1.本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成18年12月22日午後7時20分ころ,広島市南区所在の被告人方前路上において,B(当時48歳)に対し,その胸部等を両手で突く暴行を加えて同人を転倒させ,よって,加療約1週間を要する後頭部打撲等の傷害を負わせた。」というものである。第1審判決は,公訴事実に沿うBの供述及びその場に居合わせたCの供述に信用性を認め,公訴事実と同旨の犯罪事実を認定し,傷害罪の成立を認め,被告人を罰金15万円に処した。
 これに対し,被告人が控訴を申し立て,被告人は上記暴行を加えていないとして第1審判決の事実誤認を主張した。原判決は,要旨以下のような理由により,被告人について傷害罪が成立するとした第1審判決は事実を誤認したものであるとして,これを破棄した上,被告人がBに対してその胸部等を両手で突いて転倒させる暴行(以下「本件暴行」という。)を加えたという暴行罪の限度で事実を認定し,被告人を科料9900円に処した。すなわち,原判決は,本件暴行を否定する被告人及びその夫D(以下「D」という。)の各供述を信用することはできないとする一方,Bが勤務する株式会社E不動産と,被告人,D及び被告人が代表取締役を務める有限会社F宅建との間で,上記被告人方住居兼事務所(登記上は倉庫・事務所。以下「本件建物」という。)の使用方法等をめぐる民事上の紛争が生じており,Bが被告人を不利な立場に陥れることによりE不動産を上記紛争において有利な立場に導こうという意図を有していた可能性は否定し難いことを指摘した上,本件被害状況に関するBの供述の信用性には相当の疑問があるとし,Cの上記供述と一致する点については信用できるものの,転倒した際に地面で後頭部を打ったとする点については信用できず,Bに後頭部打撲等の傷害が生じた事実を認定することはできないとした。

2.事実関係

(1) 本件建物及びその敷地は,Dの亡父が所有していたところ,その持分の一部は,同人から贈与又は相続により取得した者を経て,E不動産が強制競売又は売買により取得した。本件当時,登記上,本件建物については,D及びE不動産がそれぞれ2分の1ずつの持分を有する一方,その敷地については,E不動産,被告人,Dほかが共有しており,そのうちE不動産は264分の83の持分を有していた。E不動産は,これらの持分を平成15年12月ころまでに取得したものである。

(2) F宅建は,平成3年に本件建物の賃借人の地位を取得し,平成17年9月,それまで他の会社に転貸されていた本件建物の明渡しを受けた。そして,F宅建は,同年10月ころ,建設会社に本件建物の原状回復及び改修の工事を請け負わせた。また,そのころ,被告人及びDは,本件建物の一部に居住し始めるとともに,これをF宅建の事務所としても使用するようになった。ところが,その後,E不動産の関連不動産会社である株式会社Gの従業員が上記建設会社の作業員らに対して上記工事を中止するように申し入れ,同年11月には,本件建物に取り付けられたばかりのサッシのガラス10枚すべてをE不動産関係者が割るなどしたことから,上記建設会社は,工事を中止した。
 そこで,F宅建は,同年12月,改めて別の建設会社に上記工事の残工事を請け負わせたところ,E不動産の従業員であるBがほとんど毎日工事現場に来ては,上記建設会社の作業員に対し,本件建物の工事差止めを求めて裁判で争っているから工事をしてはならない旨申し向けて威圧的に工事の中止を求め,その工事を妨害した。また,E不動産は,上記建設会社に対し,工事の中止を求める内容証明郵便を送付したり,F宅建から支払われる請負代金額の3倍の保証金を支払うので工事から手を引くよう求めたりし,上記建設会社がこれを断ると,E不動産関係者は,今後広島で無事に仕事をすることができると思うななどと申し向けて脅迫した。平成18年に入ると,Bのほかにも,E不動産の従業員と称する者が,毎日,工事開始から終了まで本件建物前に車を止めて張り付き,作業員らにすごむなどしたため,上記建設会社も工事を中止した。
 そして,E不動産は,その工事が続行されないように,本件建物の周囲に残っていた工事用足場をG名義で買い取った上,本件建物の入口付近に鉄パイプを何本も取り付けて出入り困難な状態とし,「足場使用厳禁」等と記載した看板を取り付けるなどした。その後も,E不動産関係者は,本件建物の前に車を止めて,F宅建を訪れる客に対して立入禁止である旨を告げるなどした。
 また,E不動産は,同年1月ころ以降,建設業者が本件建物に立ち入らないようにするため,その立入りを禁止する旨表示した看板を本件建物の壁面等に取り付けたところ,被告人らに外されたりしたため,その都度,同様の看板を本件建物に取り付けることを七,八回繰り返した。

(3) 一方,E不動産は,平成17年11月,本件建物の2分の1の共有持分権に基づく妨害排除請求権を被保全権利として,D,被告人及びF宅建を相手方として,本件建物の増改築工事の中止及び続行禁止並びに明渡し断行を求める仮処分を申し立てたが,却下され,即時抗告を申し立てた。広島高等裁判所は,平成18年9月,F宅建はE不動産が本件建物の持分を取得する以前から本件建物について賃借権を有しており,Dは本件建物の共有持分権を有し,被告人はF宅建の代表者又はDの妻として本件建物を占有しているから,E不動産は,F宅建に対しても,D及び被告人に対しても,本件建物の明渡しを請求できない旨,F宅建は賃貸借契約において本件建物の大修繕や改良工事の権限が与えられているから,E不動産はF宅建による工事の中止や続行禁止を求めることもできない旨判示して,E不動産の上記即時抗告を棄却し,これが確定した。

(4) Bは,平成18年12月20日に本件建物の壁に取り付けた立入禁止の看板の一部が同月21日朝にはがされたりちぎられたりし,同日夜にはなくなっているのを発見したので,同月22日午後7時10分ころ,立入禁止の看板3枚を本件建物に取り付けるため,看板製作・取付会社の取締役であるC及び同社従業員のHほか1名と共に本件建物前に行った。Bの依頼により,C及びHは,立入禁止の看板1枚(以下「本件看板」という。)を自動車から下ろし,その裏面全面に接着剤であるコーキングを付け,はしごを本件建物西側の壁面に立て掛けるなど,本件看板を取り付ける作業を開始した。
 本件看板は,縦91p,横119.9p,厚さ0.3p,重さ2.5sのものであり,「立入禁止 広島地方裁判所においてD,Aおよび汲e宅建と係争中のため本件建物への立入を禁ずる。所有者株式会社E不動産」等と記載され,「立入禁止」の文字は赤色で他の文字より大きく,「広島地方裁判所」及び「係争中」の文字もそれぞれ赤色で表示され,その他の文言は黒色で表示されている(なお,E不動産が,F宅建及びDを被告として,本件建物について共有物分割訴訟等を提起したのは,平成19年1月11日になってからである。)。
 また,本件建物は,その西側が南北方向に走る市道に面し,その境界から約2m離れて建てられており,その西壁は南北の長さが約18mある。上記市道は車道幅員が約5mであり,その東側には幅員約1.9mの歩道が設けられている。上記市道は,夜間,交通が閑散である。

(5) 前記のとおりCらが本件看板を本件建物の壁面に取り付ける作業を開始したところ,被告人及びDがやってきて,何をするんだなどと大声で怒鳴り,被告人は,Cの持っていた本件看板を強引に引っ張って取り上げ,裏面を下にして,本件建物西側敷地と上記歩道にまたがる地面へ投げ付け,その上に乗って踏み付けた。
 Bは,被告人が本件看板から降りた後,これを持ち上げ,コーキングの付いた裏面を自らの方に向け,その体から前へ10pないし15p離して本件看板を両手で持ち,付けてくれと言ってこれをCに渡そうとした。そこで,被告人は,これを阻止するため,Bに対し,上記市道の車道の方に向かって,その胸部を両手で約10回にわたり押したところ,Bは,約2m後退し,最後に被告人がBの体を右手で突いた際,本件看板を左前方に落として,背中から落ちるように転倒した(本件暴行)。
 なお,Bが被告人に押されて後退し,転倒したのは,被告人の力のみによるものではなく,Bが大げさに後退したことと本件看板を持っていたこととがあいまって,バランスを崩したためである可能性が否定できない。

(6) Bは,本件当時48歳で,身長約175pの男性であり,被告人は,本件当時74歳で,身長約149pの女性である。被告人は,本件以前に受けた手術の影響による右上肢運動障害のほか,左肩関節運動障害や左肩鎖関節の脱臼を有し,要介護1の認定を受けていた。

3.原判決は,本件暴行につき被告人を有罪とした上で,被告人はBらによる本件看板の設置を阻止しようとして本件暴行に及んだものであるが,前記2(3)のとおり即時抗告棄却決定においてE不動産が被告人らに対して本件建物の明渡しや工事の中止等を求める権利がない旨判断されていること等からすれば,Bが本件看板を本件建物に設置することは,違法な行為であって,従前の経緯等をも考慮すると,嫌がらせ以外の何物でもないというべきであるとし,Bによる違法な嫌がらせが本件の発端となったことは,刑の量定に当たって十分考慮しなければならない旨判示し,前記1のとおり,被告人を科料9900円に処した。

【判旨】

1.Bらが立入禁止等と記載した本件看板を本件建物に設置することは,被告人らの本件建物に対する共有持分権,賃借権等を侵害するとともに,F宅建の業務を妨害し,被告人らの名誉を害するものといわなければならない。そして,Bの依頼を受けたCらは,本件建物のすぐ前において本件看板を取り付ける作業を開始し,被告人がこれを取り上げて踏み付けた後も,Bがこれを持ち上げ,付けてくれと言ってCに渡そうとしていたのであるから,本件暴行の際,Bらはなおも本件看板を本件建物に取り付けようとしていたものと認められ,その行為は,被告人らの上記権利や業務,名誉に対する急迫不正の侵害に当たるというべきである。
 そして,被告人は,BがCに対して本件看板を渡そうとしたのに対し,これを阻止しようとして本件暴行に及び,Bを本件建物から遠ざける方向に押したのであるから,Bらによる上記侵害から被告人らの上記権利等を防衛するために本件暴行を行ったものと認められる。
 さらに,Bらは,本件建物のガラスを割ったり作業員を威圧したりすることによって被告人らが請け負わせた本件建物の原状回復等の工事を中止に追い込んだ上,本件建物への第三者の出入りを妨害し,即時抗告棄却決定の後においても,立入禁止等と記載した看板を本件建物に設置するなど,本件以前から継続的に被告人らの本件建物に対する権利等を実力で侵害する行為を繰り返しており,本件における上記不正の侵害はその一環をなすものである。
 一方,被告人とBとの間には体格差等があることや,Bが後退して転倒したのは被告人の力のみによるものとは認め難いことなどからすれば,本件暴行の程度は軽微なものであったというべきである。そうすると,本件暴行は,被告人らの主として財産的権利を防衛するためにBの身体の安全を侵害したものであることを考慮しても,いまだBらによる上記侵害に対する防衛手段としての相当性の範囲を超えたものということはできない。
 以上によれば,本件暴行については,刑法36条1項の正当防衛として違法性が阻却されるから,これに正当防衛の成立を認めなかった原判決は,事実を誤認したか,同項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。

2.以上のとおり,公訴事実につき被告人を有罪とした原判決及び第1審判決は,いずれも判決に影響を及ぼすべき法令違反ないし重大な事実誤認があり,これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。そして,本件については,訴訟記録並びに原裁判所及び第1審裁判所において取り調べた証拠によって直ちに判決をすることができるものと認められるので,被告人に対し無罪の言渡しをすべきである。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成21年07月17日

【事案】

1.上告人が被上告人に対し,本件売買契約が錯誤により無効であるとして,本件自動車の売買代金の返還等を求め,これに対して,被上告人が,本件自動車についての上告人から被上告人への移転登録請求権及び引渡請求権を上告人に対して有するとして,これに基づき,被上告人が上告人から本件自動車の移転登録手続を受け,かつ,その引渡しを受けることとの引換給付を求める旨の同時履行の抗弁を主張する事案。

2.事案の概要

(1) 上告人は,中古自動車の販売及び輸出入等を業とする有限会社であり,被上告人は,自動車の販売及び修理並びに輸出入等を業とする株式会社である。

(2) 被上告人は,平成15年7月15日ころ,中古自動車である別紙自動車目録記載の自動車(ただし,当時は自動車登録がされていなかった。以下「本件自動車」という。)を取得し,同年8月11日,自動車登録番号を「名古屋800せ7575」,所有者を被上告人とする新規登録(以下「本件新規登録」という。)を受けた上,同月29日,Aにより開催された自動車オークションに,次のとおり表示してこれを出品した。

自動車登録番号  名古屋800せ7575
車名  シボレー(アストロローライダー)
初年度登録  平成9年12月
年式  1998年式
車台番号  神[42]7111129神
シリアル番号  1GNDM19WXWB122016
走行距離  2万7430マイル
セールスポイント 新車並行

 なお,「新車並行」とは,我が国に輸入された時点で新車であり,我が国の正規ディーラーを介さずに直接輸入された自動車であることを意味する。

(3) 上告人は,平成15年8月29日,前記(2)の表示を信じて,被上告人から本件自動車を代金169万2600円で買い受けて(以下,この契約を「本件売買契約」という。),その引渡しを受け,同年9月26日,Bに対し,これを転売し,引き渡した。そして,本件自動車について,同日,自動車登録番号を「八王子830す8118」,所有者をC,使用者をBとする移転登録がされた。

(4) ところが,本件自動車は,2台の異なる自動車,すなわち,車台番号「神[42]7111129神」,シリアル番号「1GNDM19WXWB122016」とされる1998年式シボレー(以下「第1自動車」という。)と,車台番号「愛[51]011001愛」,シリアル番号「1GNDM19W6TB116998」とされる1996年式シボレー(以下「第2自動車」という。)の各車台を接合したものであり,その車台のうちリアゲート支柱付近の部分は第1自動車のものであるが,それ以外の部分は第2自動車のものであり,フレーム側面中央には第2自動車の車台番号が打刻され,右前ドア裏面には第2自動車のシリアル番号が記載されたステッカーが貼付されていた。第2自動車は,我が国に輸入された時点で既に中古車であり,平成13年2月に自動車登録番号を「名古屋800す7486」,所有者をD,使用者をEとする新規登録がされ,自動車検査証の有効期間の満了日は平成15年2月1日であったものの,いまだ抹消登録はされていない。本件自動車は,時期は不明であるが,何者かが,第1自動車の車台からその車台番号が打刻されているリアゲート支柱付近部分のみを解体して第2自動車の車台に接合するとともに,第2自動車の本来の車台番号を黒色塗装して覆い隠すなどして,第2自動車をあたかも第1自動車であるかのように偽装したものであった。本件自動車については,被上告人の申請により新規登録がされたが,それは,愛知運輸支局において,上記車台の接合等の事実に気付かず,本件自動車が第1自動車であるとしてされたものであった。

(5) 平成16年9月ころ,Bが本件自動車の修理を修理業者に依頼したところ,本件自動車が上記のように車台の接合等がされた自動車(以下「接合自動車」という。)であり,その性状が前記(2)の本件売買契約における表示とは異なるものであったことが判明した。上告人は,同年12月ころ,Bからの要求を受けて本件自動車を買い戻した上,オークションを開催したAに対しクレームを申し立て,同社を介して被上告人と本件売買契約の解除の交渉をしたが,被上告人はこれに応じなかった。

3.原審は,本件自動車は接合自動車であったのであるから,本件売買契約は,目的物である本件自動車の性状に錯誤があったものとして無効であり,被上告人は,上告人に対し,不当利得として売買代金相当額169万2600円を返還すべき義務を負うとした上,上告人の売買代金返還請求権は売買契約が無効になって生じたものであるから,本件自動車についての移転登録手続及び引渡しと履行上の牽連関係が認められるとして,民法533条を類推適用し,被上告人に対し,上告人から本件自動車につき移転登録手続を受け,かつ,その引渡しを受けるのと引換えに,169万2600円を支払うことを求める限度で,上告人の請求を認容すべきものとした。

【判旨】

1.原審の判断のうち,上告人の売買代金返還請求について,本件自動車の引渡しとの引換給付を認めた点は是認することができるが,これに加えて,本件自動車の移転登録手続との引換給付も認めた点は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 道路運送車両法は,自動車をその車台に打刻された車台番号によって特定した上,その自動車の自動車登録ファイルへの登録をするものとしており(道路運送車両法7条,8条,12条,15条,29条〜33条等参照),1台の自動車につき複数の車台番号が存在したり,複数の自動車登録がされるということを予定していない。本件自動車については,車台の接合等がされたことにより,その車台に二つの車台番号が打刻されているというのであるから,そのいずれの車台番号が真正なものであるかを確定することができない以上,1台の自動車に複数の車台番号が存在するという状態(以下「複数車台番号状態」という。)となっているものであり,少なくともその状態のままでは新規登録や移転登録をすることは許されないものと解される。したがって,仮に被上告人が本件売買契約に基づいて移転された登録名義を回復するために,上告人に対して被上告人の主張するような移転登録請求権を有するとしても,上告人が被上告人からの移転登録請求に応じるためには,本件自動車について移転登録が可能なように複数車台番号状態を解消する必要があるが,それが容易に行い得るものであることをうかがわせる資料はなく,本件自動車の車台の状態等からすると,上告人から被上告人への移転登録手続は,仮に可能であるとしても,困難を伴うものといわざるを得ない。そして,被上告人は,本来新規登録のできない本件自動車について本件新規登録を受けた上でこれを自動車オークションに出品し,上告人は,その自動車オークションにおいて,被上告人により表示された本件新規登録に係る事項等を信じて,本件自動車を買い受けたというのであるから,本件自動車が接合自動車であるために本件売買契約が錯誤により無効となるという事態も,登録名義の回復のための上告人から被上告人への移転登録手続に困難が伴うという事態も,いずれも被上告人の行為に基因して生じたものというべきである。
 そうすると,本件自動車が,被上告人が取得した時点で既に接合自動車であり,被上告人が本件新規登録を申請したことや,本件自動車を自動車オークションに出品したことについて,被上告人に責められるべき点がなかったとしても,本件自動車が接合自動車であることによる本件売買契約の錯誤無効を原因とする売買代金返還請求について,複数車台番号状態であるために困難を伴う本件自動車の移転登録手続との同時履行関係を認めることは,上告人と被上告人との間の公平を欠くものといわざるを得ない。
 したがって,仮に被上告人が上告人に対し本件自動車について上告人から被上告人への移転登録請求権を有するとしても,上告人からの売買代金返還請求に対し,同時履行の抗弁を主張して,被上告人が上告人から本件自動車についての移転登録手続を受けることとの引換給付を求めることは,信義則上許されないというべきである。

2.以上と異なる原審の判断には判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,その趣旨をいうものとして理由がある。そして,以上説示したところによれば,上告人の売買代金返還請求は,被上告人に対し,上告人から本件自動車の引渡しを受けるのと引換えに169万2600円を支払うことを求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却すべきである。

【中川了滋、古田佑紀補足意見要旨】

 本件の実質は,本件自動車が接合自動車であったことが判明したことから一連の取引を解消し,原状回復を図るものであるところ,本件自動車については,いわゆる中間省略により被上告人からCに対して直接に移転登録がされている(事案の概要(3))のであるから,登録に関する原状回復については,上記移転登録手続の当事者である被上告人において移転登録の抹消を請求することによって実現される余地が十分認められ,同時履行の関係を認めなくても,公平を欠くことにはならないと考える。なお,このような方法により被上告人が新規登録をした状態に回復させることが,登録された車両と実際の車両との相違に基因する自動車登録に関する問題の簡明な処理に資するものと思われる。

 

最高裁判所第三小法廷決定平成21年07月21日

【事案】

1.本件は,被告人が原動機付自転車を窃取した窃盗3件,通行人からかばん等をひったくり窃取した窃盗3件,不正に入手した他人名義のキャッシュカードを用いて現金自動預払機から現金を窃取した窃盗1件,同様に現金を窃取しようとしたがその目的を遂げなかった窃盗未遂1件の事案であり,いずれも被告人の単独犯として起訴された。

2.被告人は第1審公判で公訴事実を認め,第1審判決は訴因どおりの事実を認定したが,被告人は,原審において,第1審で取り調べた被告人の供述調書に現れている事実を援用して,このうち4件の窃盗については,被告人が実行行為の全部を1人で行ったものの,他に共謀共同正犯の責めを負うべき共犯者がおり,被告人は単独犯ではないから,第1審判決には事実誤認がある旨主張した。

3.原判決は,第1審で取り調べた証拠により,このうち2件の窃盗について,被告人が実行行為の全部を1人で行ったこと及び他に実行行為を行っていない共謀共同正犯者が存在することが認められるとし,第1審裁判所としては共謀共同正犯者との共謀を認定することは可能であったとしたが,このような場合,検察官が被告人を単独犯として起訴した以上は,その訴因の範囲内で単独犯と認定することは許されるとして,第1審判決に事実誤認はないとした。

【判旨】

 所論は,被告人が実行行為の全部を1人で行っていても,他に共謀共同正犯者が存在する以上は,被告人に対しては共同正犯を認定すべきであり,原判決には事実誤認があると主張する。
 そこで検討するに,検察官において共謀共同正犯者の存在に言及することなく,被告人が当該犯罪を行ったとの訴因で公訴を提起した場合において,被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされたと認められるときは,他に共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから,裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許されると解するのが相当である。
 したがって,第1審判決に事実誤認はないとした原判断は,是認することができる。

 

最高裁判所第一小法廷決定平成21年08月12日

【事案】

1.A(以下「譲渡人」という。)から,譲渡人の相手方に対する金銭債権を譲り受けたと主張する抗告人が,同債権を被保全権利として,相手方の第三債務者に対する預金債権につき,仮差押命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案。

2.事実関係の概要等

(1) 譲渡人は,平成18年5月17日,相手方との間で,相手方及び相手方の組合員が実施する外国人研修事業につき,譲渡人が中国人研修生等を日本に派遣等するために必要な経費の一部を相手方が負担し,相手方が譲渡人に対し,これを送金して支払う旨の契約を締結した。

(2) 抗告人は,弁護士であり,譲渡人から上記契約に基づく債権の回収を依頼されていたところ,平成20年2月1日,平成19年8月分〜平成20年1月分の相手方の経費負担額111万円(以下「本件負担金」という。)の支払を求める本案訴訟の提起や保全命令の申立て等の手続をするために,譲渡人から本件負担金の支払請求権(以下「本件債権」という。)を譲り受けた。抗告人が本件債権を譲り受けたのは,譲渡人が日本国内に登記した支店,営業所を持たない外国法人であるため,その訴訟追行手続上の困難を回避するためであった。

(3) 抗告人は,同月8日,本件負担金の支払を求める本案訴訟を提起し,同月12日,本件申立てをした。

3.原審は,次のとおり判断し,被保全権利の疎明がないとして,本件申立てを却下すべきものとした。
 抗告人が本件債権を譲り受けた当時,本件負担金の支払を求める訴訟等は係属していなかったから,本件債権の譲受けが,弁護士法28条に違反する行為であるとはいえない。しかし,弁護士の品位の保持や職務の公正な執行を担保するために弁護士が係争権利を譲り受けることを禁止した同条の趣旨に照らせば,本件負担金の支払を求める訴訟等が係属していなかったとしても,本案訴訟の提起や保全命令の申立てをすることを目的としてされた弁護士による本件債権の譲受けは,特段の事情がない限り,その私法上の効力が否定されるものというべきであり,本件債権の譲受けは無効であって,抗告人が本件債権を有しているとはいえない。

(参照条文)弁護士法28条
 弁護士は、係争権利を譲り受けることができない。

【判旨】

1.原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 債権の管理又は回収の委託を受けた弁護士が,その手段として本案訴訟の提起や保全命令の申立てをするために当該債権を譲り受ける行為は,他人間の法的紛争に介入し,司法機関を利用して不当な利益を追求することを目的として行われたなど,公序良俗に反するような事情があれば格別,仮にこれが弁護士法28条に違反するものであったとしても,直ちにその私法上の効力が否定されるものではない(最高裁昭和46年(オ)第819号同49年11月7日第一小法廷判決・裁判集民事113号137頁参照)。そして,弁護士である抗告人は,本件債権の管理又は回収を行うための手段として本案訴訟の提起や本件申立てをするために本件債権を譲り受けたものであるが,原審の確定した事実のみをもって,本件債権の譲受けが公序良俗に反するということもできない。

2.以上によれば,これと異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

【宮川光治補足意見要旨】

 本件のような取立てを目的とする債権譲受行為の私法上の効力が否定されない,さらには法28条に違反しないとされる場合であっても,その行為は,弁護士倫理上の評価を受ける。弁護士職務基本規程(平成16年日本弁護士連合会会規第70号。以下「基本規程」という。)17条は,「弁護士は,係争の目的物を譲り受けてはならない。」と定めている。基本規程は,日本弁護士連合会が,会規として,その自治機能に基づいて弁護士がその職務遂行に当たって,自律的に遵守すべき行為規範・義務規定及び目標として努力すべき職務行動指針を定めたものである。そして,基本規程17条は,弁護士の行為規範・義務規定を定めたものであり(基本規程82条),広く争いがある場合においてその目的物を譲り受ける行為を禁じており,これに違反する行為は,「品位を失うべき非行」(法56条1項)に該当するとして,懲戒の対象となり得るものというべきである。もっとも,懲戒判断は,弁護士の職務の多様性と個別性にかんがみ,事案に即した実質的な判断がなされなければならないが(日本弁護士連合会弁護士職務基本規程解説起草検討会『解説弁護士職務基本規程』135頁),取立てを目的とする債権譲受行為は,債権を譲り受けなければ,当該権利の実行に当たり支障が存在するなど,行為を正当化する特段の事情がない限り,「品位を失うべき非行」に該当するものといわなければならない。

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