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神戸地裁判決平成21年02月09日

【判旨】

 そもそも正当防衛は,法秩序に対する侵害の予防ないし回復のための実力行使にあたるべき国家機関の保護を受けることが事実上できない緊急状態において,私人が実力行使に及ぶことを例外的に適法として許容する制度であるところ,予期された侵害であっても,これに直面すれば緊急状態に陥ることがあるのだから,侵害を予期していたことのみをもって直ちに侵害の急迫性が失われるとはいえない。
 しかしながら,単に侵害を予期していたのみならず,その機会を利用し,侵害者に対する積極的な加害の意思で実力行使に及んだ場合には,そもそも国家機関に保護を求めるつもりがないのであるから,緊急状態に陥っていたとはいえないのであり,このような場合には,侵害の急迫性が認められず,正当防衛は成立しない。

 

大阪地裁判決平成21年03月31日

【事案】

1.事案の概要(本判決においては,平成19年法律第136号による改正前の放送法を「旧放送法」といい,同改正後の放送法を「放送法」という。また,旧放送法33条1項に基づく国際放送実施命令又は同命令及び委託協会国際放送業務実施命令を単に「放送命令」といい,放送法33条1項に基づく国際放送実施要請及び委託協会国際放送業務実施要請を「放送要請」ということがある。)

(1) 各事件の原告らが,旧放送法33条1項に基づき総務大臣が丁事件被告日本放送協会(以下「被告NHK」という。)に対してした平成18年4月1日付け及び同年11月10日付け国際放送実施命令(以下,併せて「平成18年度放送命令」という。)(甲事件)並びに平成19年4月1日付け国際放送実施命令及び委託協会国際放送業務実施命令(以下,併せて「平成19年度放送命令」という。)(乙事件及び丙事件),放送法33条1項に基づき総務大臣が被告NHKに対してした平成20年4月1日付け国際放送実施要請及び委託協会国際放送業務実施要請(以下,併せて「平成20年度放送要請」という。)(丁事件)は,いずれも,憲法21条に違反し,上記原告らの知る権利を侵害するなどと主張して,@ 丁事件原告らが,被告国に対し,行政事件訴訟法4条の当事者訴訟又は同法3条4号の抗告訴訟(無効確認訴訟)として,平成20年度放送要請が違法,無効であることの確認を求め,A 各事件原告らが,被告国に対し,国家賠償法1条1項に基づき,精神的損害の賠償として各1万円の支払を求め,併せて,B 丁事件原告らが,被告NHKに対し,不法行為又は受信契約上の債務不履行に基づき,精神的損害の賠償として各1万円を被告国と連帯して支払うよう求めている事案。

(2) 請求

ア.甲事件

 被告国は,甲事件原告らに対し,それぞれ1万円を支払え。

イ.乙事件及び丙事件

 被告国は,乙事件原告ら及び丙事件原告に対し,それぞれ1万円を支払え。

ウ.丁事件

(ア) 総務大臣が放送法33条1項に基づき平成20年4月1日に丁事件被告日本放送協会に対してした国際放送実施要請及び委託協会国際放送業務実施要請が違法,無効であることを確認する。

(イ) 被告国及び丁事件被告日本放送協会は,連帯して,丁事件原告らに対し,それぞれ1万円を支払え。

2.法令の定め

(1) 旧放送法の定め

 旧放送法2条2号は,「国際放送」とは,外国において受信されることを目的とする放送であって,中継国際放送及び受託協会国際放送以外のものをいう旨規定し,同条2の2号は,「中継国際放送」とは,外国放送事業者(外国において放送事業を行う者)の委託により,その放送番組を外国において受信されることを目的としてそのまま送信する放送をいう旨規定し,同条2の2の2号は,「受託協会国際放送」とは,被告NHKの委託により,その放送番組を外国において受信されることを目的としてそのまま送信する放送であって,人工衛星の無線局により行われるものをいう旨規定し,同条3の6号は,「委託協会国際放送業務」とは,被告NHKが電波法の規定により受託協会国際放送をする無線局の免許を受けた者又は受託協会国際放送をする外国の無線局を運用する者に委託してその放送番組を放送させる業務をいう旨規定する。
 旧放送法33条1項は,総務大臣は,被告NHKに対し,放送区域,放送事項その他必要な事項を指定して国際放送を行うべきことを命じ,又は委託して放送をさせる区域,委託放送事項その他必要な事項を指定して委託協会国際放送業務を行うべきことを命ずることができる旨規定する。

(2) 放送法の定め

 放送法2条2号は,「国際放送」とは,外国において受信されることを目的とする放送であって,中継国際放送及び受託協会国際放送以外のものをいう旨規定し,同条2の2の2号は,「邦人向け国際放送」とは,国際放送のうち,邦人向けの放送番組を放送するものをいう旨規定し,同条の2の2の3号は,「外国人向け国際放送」とは,国際放送のうち,外国人向けの放送番組を放送するものをいう旨規定し,同条2の2の3号は,「中継国際放送」とは,外国放送事業者(外国において放送事業を行う者)の委託により,その放送番組を外国において受信されることを目的としてそのまま送信する放送をいう旨規定し,同条2の2の4号は,「受託協会国際放送」とは,被告NHKの委託により,その放送番組を外国において受信されることを目的としてそのまま送信する放送であって,人工衛星の無線局により行われるものをいう旨規定し,同条3の6号は,「委託協会国際放送業務」とは,被告NHKが電波法の規定により受託協会国際放送をする無線局の免許を受けた者又は受託協会国際放送をする外国の無線局を運用する者に委託してその放送番組を放送させる業務をいう旨規定し,同条3の7号は,「邦人向け委託協会国際放送業務」とは,委託協会国際放送業務のうち,邦人向けの放送番組を放送させるものをいう旨規定し,同条3の8号は,「外国人向け委託協会国際放送業務」とは,委託協会国際放送業務のうち,外国人向けの放送番組を放送させるものをいう旨規定する。
 放送法33条1項は,総務大臣は,被告NHKに対し,放送区域,放送事項(邦人の生命,身体及び財産の保護に係る事項,国の重要な政策に係る事項,国の文化,伝統及び社会経済に係る重要事項その他の国の重要事項に係るものに限る。委託放送事項について同じ。)その他必要な事項を指定して国際放送を行うことを要請し,又は委託して放送をさせる区域,委託放送事項その他必要な事項を指定して委託協会国際放送業務を行うことを要請することができる旨規定し,同条2項は,総務大臣は,上記要請をする場合には,被告NHKの放送番組の編集の自由に配慮しなければならない旨規定し,同条3項は,被告NHKは,総務大臣から上記要請があったときは,これに応じるよう努めるものとする旨規定する。

3.前提となる事実等

(1) 当事者

ア.甲,乙,丙及び丁事件原告ら(以下,特記しない限り,各事件の原告を区別せずに「原告ら」と表記する。)は,放送法32条1項に基づき,被告NHKとの間で受信契約を締結している者又はその世帯の構成員であるか,又は外国で居住している日本人(以下「在外邦人」という。)である。

イ.被告NHKは,放送法7条の目的のために同法8条により設立された特殊法人である。

ウ.総務大臣は,被告NHKに対し,旧放送法33条1項による国際放送実施命令及び委託協会国際放送業務実施命令又は放送法33条1項による国際放送実施要請及び委託協会国際放送業務実施要請をする権限を有する,被告国に所属する行政庁である。

(2) 放送命令及び放送要請の経緯

ア.平成18年度放送命令

(ア) 総務大臣は,平成18年4月1日,被告NHKに対し,旧放送法33条1項に基づき,別紙1記載のとおり国際放送の実施を命令した。同命令で指定された放送事項及び実施期間は下記のとおりである。

1 放送事項

 放送事項は,次の事項に関する報道及び解説とする。

(1) 時事
(2) 国の重要な政策
(3) 国際問題に関する政府の見解

7 実施期間

 この命令の実施期間は,平成18年4月1日から平成19年3月31日までとする。

(イ) 総務大臣は,平成18年11月10日,被告NHKに対し,旧放送法33条1項に基づき,上記国際放送実施命令が指定した放送事項を,下記のとおり変更した。

1 放送事項

(1) 放送事項は,次の事項に関する報道及び解説とする。

@ 時事
A 国の重要な政策
B 国際問題に関する政府の見解

(2) 上記事項の放送に当たっては,北朝鮮による日本人拉致問題に特に留意すること。

イ.平成19年度放送命令

(ア) 総務大臣は,平成19年4月1日,被告NHKに対し,旧放送法33条1項に基づき,国際放送の実施を命じた。同命令で指定された放送事項及び実施期間は下記のとおりであり,その余の点は平成18年度放送命令に同じである。

1 放送事項

(1) 放送事項は,次の事項に関する報道及び解説とする。

@ 時事
A 国の重要な政策
B 国際問題に関する政府の見解

(2) 上記事項の放送に当たっては,北朝鮮による日本人拉致問題に特に留意すること。

7 実施期間

 この命令の実施期間は,平成19年4月1日から平成20年3月31日までとする。

(イ) 総務大臣は,平成19年4月1日,被告NHKに対し,旧放送法33条1項に基づき,下記のとおり,委託協会国際放送業務を行うべきことを命じた。同命令で指定された放送事項及び実施期間は下記のとおりである。

1 放送事項

 放送事項は,次の事項に関する報道及び解説とする。

(1) 時事
(2) 国の重要な政策
(3) 国際問題に関する政府の見解

7 実施期間

 この命令の実施期間は,平成19年4月1日から平成20年3月31日までとする。

ウ.平成20年度放送要請

(ア) 総務大臣は,平成20年4月1日,被告NHKに対し,放送法33条1項に基づき,別紙2の1記載のとおり,国際放送の実施を要請した。同要請で指定された放送事項及び実施期間は下記のとおりである。

1 放送事項

(1) 放送事項は,次の事項に関する報道及び解説とする。

ア.邦人の生命,身体及び財産の保護に係る事項
イ.国の重要な政策に係る事項
ウ.国の文化,伝統及び社会経済に係る重要事項
エ.その他国の重要事項

(2) 上記事項の放送に当たっては,北朝鮮による日本人拉致問題に特に留意すること。

4 国の費用負担等

(2) この要請に応じて行う業務の実施期間は,平成20年4月1日から平成21年3月31日までとする。

(イ) 総務大臣は,平成20年4月1日,被告NHKに対し,放送法33条1項に基づき,別紙2の2記載のとおり,委託協会国際放送業務の実施を要請した。同要請で指定された放送事項及び実施期間は下記のとおりである。

1 放送事項

 放送事項は,次の事項に関する報道及び解説とする。

(1) 邦人の生命,身体及び財産の保護に係る事項
(2) 国の重要な政策に係る事項
(3) 国の文化,伝統及び社会経済に係る重要事項
(4) その他国の重要事項

4 国の費用負担等

(2) この要請に応じて行う業務の実施期間は,平成20年4月1日から平成21年3月31日までとする。

(ウ) 被告NHKは,平成20年4月1日,総務大臣の平成20年度放送要請(上記(ア),(イ))を応諾する旨,総務大臣に回答した。

【判旨】

1.放送命令及び放送要請に係る関係法令の定め及びその趣旨等

(1) 旧放送法の規定

 旧放送法は,放送(公衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信をいう。2条1号)を国内放送及び受託国内放送(以下両者をまとめて「国内放送」ということがある。)と国際放送,中継国際放送及び受託協会国際放送等(以下,これらのうち国際放送及び受託協会国際放送を「国際放送」ということがある。)に分け,その放送番組(放送する事項の種類,内容,分量及び配列をいう。2条4号)の編集等について,3条において,「放送番組は,法律に定める権限に基づく場合でなければ,何人からも干渉され,又は規律されることがない。」旨規定することにより放送番組編集の自由を保障しつつ,国内放送の放送番組の編集に当たっては,3条の2第1項において,@ 公安及び善良な風俗を害しないこと,A 政治的に公平であること,B 報道は事実をまげないですること,C 意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること,を遵守すべき準則として定めている。他方,旧放送法は,国際放送(委託協会国際放送を含む。)については,被告NHKはこれを業務として行うものとし(7条,9条1項4号),被告NHKが国際放送の放送番組の編集及び放送若しくは受託協会国際放送の放送番組の編集及び放送の委託又は外国放送事業者若しくは外国有線放送事業者に提供する放送番組の編集に当たっては,我が国の文化,産業その他の事情を紹介して我が国に対する正しい認識を培い,及び普及すること等によって国際親善の増進及び外国との経済交流の発展に資するとともに,海外同胞に適切な慰安を与えるようにしなければならない旨規定している(44条4項)ほか,33条1項において,「総務大臣は,協会に対し,放送区域,放送事項その他必要な事項を指定して国際放送を行うべきことを命じ,又は委託して放送をさせる区域,委託放送事項その他必要な事項を指定して委託協会国際放送業務を行うべきことを命ずることができる。」旨規定する(放送命令)とともに,35条1項において,同法33条の規定により被告NHKの行う業務に要する費用は国の負担とする旨規定している。

(2) 放送法の規定

 放送法は,放送を国内放送及び受託国内放送と国際放送,中継国際放送及び受託協会国際放送等に分けた上,国際放送を更に邦人向け国際放送(国際放送のうち邦人向けの放送番組を放送するものをいう。2条2の2号)と外国人向け国際放送(国際放送のうち外国人向けの放送番組を放送するものをいう。2条2の2の2号)とに分け,放送番組の編集等について,旧放送法と同じく,3条において放送番組編集の自由を保障しつつ,国内放送の放送番組の編集に当たって,前記(1)@ないしCを遵守すべき準則として定め,他方で,国際放送(邦人向け国際放送及び外国人向け国際放送並びに邦人向け委託協会国際放送業務及び外国人向け委託協会国際放送業務)については,被告NHKはこれを業務として行うものとし(7条,9条1項4号,5号),被告NHKが邦人向け国際放送の放送番組の編集及び放送若しくは邦人向け受託協会国際放送の放送番組の編集及び放送の委託又は外国放送事業者若しくは外国有線放送事業者に提供する邦人向けの放送番組の編集に当たっては,海外同胞向けの適切な報道番組及び娯楽番組を有するようにしなければならない旨規定し(44条4項),被告NHKが外国人向け国際放送の放送番組の編集及び放送若しくは外国人向け受託協会国際放送の放送番組の編集及び放送の委託又は外国放送事業者若しくは外国有線放送事業者に提供する外国人向けの放送番組の編集に当たっては,我が国の文化,産業その他の事情を紹介して我が国に対する正しい認識を培い,及び普及すること等によって国際親善の増進及び外国との経済交流の発展に資するようにしなければならない旨規定している(44条5項)ほか,33条1項において,「総務大臣は,協会に対し,放送区域,放送事項(邦人の生命,身体及び財産の保護に係る事項,国の重要な政策に係る事項,国の文化,伝統及び社会経済に係る重要事項その他の国の重要事項に係るものに限る。以下この項における委託放送事項について同じ。)その他必要な事項を指定して国際放送を行うことを要請し,又は委託して放送をさせる区域,委託放送事項その他必要な事項を指定して委託協会国際放送業務を行うことを要請することができる。」旨,同条2項において,「総務大臣は,前項の要請をする場合には,協会の放送番組の編集の自由に配慮しなければならない。」旨,同条3項において,「協会は,総務大臣から第1項の要請があったときは,これに応じるよう努めるものとする。」旨それぞれ規定するとともに,35条1項において,同法33条1項の要請に応じて被告NHKが行う国際放送又は委託協会国際放送業務に要する費用は国の負担とする旨規定している。

(3) 命令放送制度及び要請放送制度の趣旨等

 一般放送事業者はもとより被告NHKについても憲法の表現の自由の保障が及ぶものであり,旧放送法及び放送法は,放送における表現の自由を確保するため,その根幹である番組の編集について,3条において放送番組編集の自由を保障している。もっとも,放送は,有限希少な電波のうちの特定の周波数を特定の者が排他的に占有することにより行われるものである。また,放送は,情報を音声,動画等により不特定多数の者(公衆)に同時に伝達するものであり,かつ,受信者において受信機を設置することにより容易にこれを受領することができるものであって,国民の知る権利に資するところが大きい反面,その社会的影響力も大きい。旧放送法及び放送法は,このような表現行為としての放送の性質にかんがみ,その目的規定(1条)において,放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること,放送に携わる者の職責を明らかにすることによって,放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること等を原則として規定するとともに,3条の2において,国内放送の放送番組の編集に当たって遵守すべき準則として,前記(1)@ないしCを規定しているということができる。
 これに対し,国際放送(受託協会国際放送を含む。)は,外国において邦人又は外国人に受信されることを目的とするものであって,必然的に我が国と外国とのかかわりを生じさせ,我が国と外国との間の関係(国際関係)に影響を及ぼし得るものであるとともに,我が国の外国に対する情報発信としての性格をも有するものである。このような国際放送の性格にかんがみ,旧放送法及び放送法は,一般放送事業者が国際放送を行うことを予定しておらず,被告NHKが我が国を代表して行うものとし,国内放送とは異なる放送番組の編集の準則を規定するとともに,旧放送法においては総務大臣の命令に基づき国の費用負担において行う命令放送制度を,放送法においては総務大臣の要請を応諾することにより国の費用負担において行う要請放送制度をそれぞれ規定している。すなわち,旧放送法及び放送法は,国際放送について,被告NHKが我が国を代表してこれを業務として行うものとした上で,被告NHKにおいて番組編集の自由を有することを前提に国内放送とは異なる番組準則に従って番組を編集して行ういわゆる自主放送と,総務大臣の命令又は要請に基づいて行う命令放送ないし要請放送の併存体制を規定しているということができる。このうち,旧放送法の規定する命令放送制度の趣旨については,国際放送は,我が国の見解や国情を正しく外国に伝えること,海外同胞に災害事件等を迅速に伝えることなどの国策的使命を有するものであり,公共放送機関に任せるのみでは十分ではなく,国として実施することが必要なものについては自らの意思でこれを行うことが望まれるが,国は放送に関する知識経験に乏しいこと,放送の客観性を担保する必要があること,国際放送といえども言論報道であることからこれを国自ら行うことは適当でないことにかんがみ,国の意思を被告NHKに命令し,この意思を体現した放送を行わせることとしたものであると説明されている。そして,平成19年法律第136号による放送法の改正(以下「本件改正」という。)中国際放送に関する改正は,我が国の対外情報発信力を強化するため,被告NHKの国際放送の業務を外国人向けと在外邦人向けに分離し,それぞれに適合した番組準則を適用し,外国人向けの映像国際放送について番組制作等を新法人に委託する制度を設けることとしたものであるとされ,旧放送法の放送命令に関する規定の改正の趣旨については,国際放送が我が国の見解や国情を正しく外国に伝えること,海外同胞に災害,事件等を迅速に伝えること等の国策的使命を有するものであることにかんがみると,公共放送機関とはいえ被告NHKに任せるのでは不十分であり,国として実施することが必要な国際放送についてその確実な実施を担保する仕組みは今後とも必要であることから,従来の命令放送制度をより一層番組編集の自由に配慮した形の要請放送制度に改めたものであるとされ,被告NHKは総務大臣から国際放送についての要請があったときは,その応諾義務はなく,応じるよう努力すべき義務を負うものであり,真しに努力した結果としてその要請に応じないことも制度上はあり得るものの,被告NHKの公共放送機関としての性格等にかんがみ,実際上は,これまで同様に国の要請に応じることが引き続き期待されていると説明されている。

2.平成20年度放送要請の違法,無効確認を求める訴えの適否(丁事件)

(1) 抗告訴訟としての訴えの適否

ア.放送法33条3項は,被告NHKは,総務大臣から放送要請があったときは,これに応じるよう努めるものとする旨規定しており,当該規定によれば,被告NHKは総務大臣の放送要請に対し応諾義務そのものを負うものではなく応諾努力義務を負うにすぎないことは法文上明らかである。
 しかしながら,前記1(3)において述べた平成19年法律第136号による命令放送制度から要請放送制度への改正の趣旨は,国際放送が国策的使命を有することから,国として実施することが必要な国際放送についてその確実な実施を担保する仕組みが今後とも必要であることにかんがみ,命令放送制度を被告NHKの番組編集の自由(表現の自由)により一層配慮した形の要請放送制度に改めるというものである。このような要請放送制度の目的及び意義に照らすと,被告NHKは,放送法上,総務大臣の放送要請に対し,応諾するよう真しな努力をすべき義務を負うものと解されるのであり,前記1(3)において述べたとおり,真しな努力の結果として要請に応じられないという事態も制度上一応想定されてはいるものの,特段の事情がない限り要請に応じることが前提とされているものということができ,被告NHKが合理的な理由もなく要請に応じないときは,放送法違反として,電波法76条1項の規定による無線局の運用の停止命令その他の処分の事由等になり得るものと解される。このことに加えて,放送法上,公共放送機関である被告NHKにも表現の自由に由来する放送番組編集の自由が国際放送についても保障されており,法律に定める権限に基づく場合でなければ,何人からも干渉され,又は規律されることがない地位にあること(放送法3条)も併せ考えれば,放送要請は,被告NHKに対し,これに応諾するよう真しな努力をすべき法律上の義務を課す行為として規定されていると解するのが相当である。
 また,放送法53条の10第1項2号は,「第33条1項(国際放送等の実施の要請)・・・の規定による処分をしようとするとき」と規定し,他の各種認可や命令等とともに,総務大臣がこれをしようとするときは電波監理審議会に諮問しなければならない「処分」として位置付けており,さらに,同条と同じく第5章に置かれている同法53条の13は,「電波法第7章及び第115条の規定は,この法律の規定による総務大臣の処分についての異議申立て及び訴訟について準用する。」旨規定していることにも照らせば,放送法は,放送要請を「処分」として位置付け,これを抗告訴訟の対象とするという立法政策を採用していることがうかがわれる。
 以上によれば,放送要請は抗告訴訟の対象である「処分」に該当するものということができる。

イ.そこで,原告らが平成20年度放送要請についてその無効確認を求める法律上の利益(行政事件訴訟法36条)を有するか否かにつき検討する。

(ア) 行政事件訴訟法36条にいう当該処分の無効等の確認を求めるにつき「法律上の利益を有する者」は,同法9条1項にいう「当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」であることを前提とするところ,同項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
 そして,処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては,当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し,この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項,最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。

(イ) 原告らの主張の趣旨からすれば,原告らは,憲法により保障された知る権利を有すること及び被告NHKとの間の受信契約に基づく契約者として国家権力(行政権力)に介入されない放送を受領する地位を有することを法律上の利益を基礎付ける事由として主張するものと解される。
 主権が国民に属する民主制国家は,その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ,その中から自由な意思をもって自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され,このような過程を通じて国政が決定されることをその存立の基盤としているのであるから,表現の自由,とりわけ,公共的事項に関する表現の自由は,特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり,憲法21条の規定は,その核心においてこのような趣旨を含むものと解される。他方で,憲法は,国民が,主権者として,自由な意思をもって国政に関する意見を形成した上,選挙において投票をすることによって国政に参加する権利を保障しているところ,このような国民の権利の保障を実効性あるものとするためには,国民が国政に関与するにつき重要な判断の資料を受領することができることが不可欠というべきであり,憲法21条は,このような意味での国民の知る権利をも保障しているものと解される。そうであるところ,前記のとおり,放送は,情報を音声,動画等により不特定多数の者(公衆)に同時に伝達するものであって,かつ,受信者において受信機を設置することにより容易にこれを受領することができるものであり,事実の報道を始め国民が国政に関与するにつき重要な判断資料を提供する手段として極めて高い価値を有し,国民の知る権利に資するところが大きい反面,その社会的影響も大きいものである。また,放送は,電波の有限希少性のゆえに,表現手段としての汎用性がなく,特定の者が特定の周波数を排他的に占有することにより行われるものである。放送法は,このような放送の性格等にかんがみ,放送が国民に最大限に普及されて,その効用をもたらすこと,放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること,放送に携わる者の職責を明らかにすることによって,放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること,以上の原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを目的として規定した上(1条),3条の2第1項において,放送事業者は,国内放送の放送番組の編集に当たっては,政治的に公平であること,報道は真実をまげないですること,意見が対立している問題については,できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること,等の準則に従わなければならない旨規定し,また,44条4項において,国際放送(委託協会国際放送業務を含む。以下同じ。)をその業務として行うものとされている被告NHKの邦人向け国際放送の放送番組の編集等に当たっては,海外同胞向けの適切な報道番組を有するようにしなければならない旨規定し,もって国民の知る権利の確保,充実を図ろうとしているものということができる。
 以上検討したところによれば,放送法は,国内放送及び少なくとも邦人向け国際放送については,国民の知る権利を保護すべきものとする趣旨を含むものと解される。

(ウ) しかしながら,放送法は,その規定内容から明らかなとおり,国内放送における国民及び国際放送における在外邦人たる国民の地位については,これを専ら放送の受信者として位置付けた上,放送における国民の知る権利の確保については,被告NHKを含む放送事業者自身が憲法の表現の自由の保障の下にあることにかんがみ,専ら放送事業者の自律にゆだねる仕組みを採用しているということができる(同法4条1項の規定も,真実でない事項の放送がされた場合において,放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から,放送事業者に対し,自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって,真実でない事項の放送により権利を侵害された者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨のものではないと解されている。最高裁平成13年(オ)第1513号,同年(受)第1508号同16年11月25日第一小法廷判決・民集58巻8号2326頁参照)。このような放送法の趣旨,目的及び規定内容等にかんがみると,同法は,放送における国民の知る権利については,これを国民がひとしく有する一般的,抽象的な権利として専ら一般的公益の中に吸収解消させて保護するにとどめ,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含まないものと解するのが素直というべきである。原告らが主張する国家権力(行政権力)に介入されない放送を受領する権利も,それ以上の主張,立証を欠く本件においては,受信者(国民)がひとしく有する一般的,抽象的な知る権利をいうものと解さざるを得ないから,上記のとおり放送法においては一般的公益に吸収解消されているものというべきである。
 のみならず,前記1(3)において述べたとおり,放送法上,要請放送制度及びその前身である命令放送制度は,いずれも,国際放送が我が国の見解や国情を正しく外国に伝えること,海外同胞に災害,事件等を迅速に伝えること等の国策的使命を有するものであることから,国として実施することが必要な国際放送についてその確実な実施を担保する仕組みが必要であるとの認識の下に,これを国自らが実施する代わりに,そのために必要な設備及び知識経験等を備えた公共放送機関である被告NHKに対し,国の費用負担において,国の意思を命令してこれを体現した放送を行わせ(命令放送),又は国の意思を要請として伝え,被告NHKにおいてこれに応じて国の意思を体現した放送を行う(要請放送)制度として規定されているものである。すなわち,そもそも,国家が,当該国の見解や国情を外国に伝え,又は海外(外国政府の主権下)にある国民(在外邦人)の生命,身体等の保護のため災害,事件等を迅速に伝えること等(対外情報発信)は,主権国家としての固有の権能に属するものであって,そのための伝達手段として放送を利用することも,主権国家として当然に行うことができるものとされているのであって,我が国の憲法もこのことを当然の前提とするものと解される。そして,旧放送法及び放送法の定める命令放送制度及び要請放送制度は,国がこのような国策放送の権能を有することを前提に,国がこれを自ら行う代わりに,国際放送を行う責務を有する公共放送機関である被告NHKを介して国の費用負担の下にこれを行う仕組みを採用した上,被告NHKが放送事業者として表現の自由に由来する放送番組の編集の自由を有することへの配慮から,国(総務大臣)において被告NHKに対し放送区域,放送事項その他必要な事項を指定して国際放送を行うべきことを命じ(放送命令),被告NHKにおいて当該命令に係る放送番組を編集して放送し(命令放送),又は国(総務大臣)において被告NHKに対し放送区域,放送事項その他必要な事項を指定して国際放送を行うことを要請し(要請放送),被告NHKにおいて当該要請に応じて当該要請に係る放送番組を編集して放送する(要請放送)制度として規定されたものということができる。
 以上のとおり,放送法の定める命令放送制度ないし要請放送制度は,専ら日本の国策的要請に基づき実施される,日本の国家としての対外情報発信のみちを確保するための制度ということができるから,民主制国家の存立の基礎を成す国民の知る権利の保障とはそもそも無関係な制度ということができるのであって,命令放送ないし要請放送が在外邦人の知る権利に資する面があるとしても,当該制度の根拠となる旧放送法33条ないし放送法33条の規定が放送の受信者としての国民の知る権利を個々の国民の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできない。

(エ) この点,原告らは,放送法上被告NHKとの間の受信契約に基づく契約者として国家権力(行政権力)に介入されない放送を受領する権利,利益が保護されている趣旨の主張をする。
 放送法7条は,被告NHKは,公共の福祉のために,あまねく日本全国において受信できるように豊かで,かつ,良い放送番組による国内放送を行い又は当該放送番組を委託して放送させるとともに,放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い,併せて国際放送及び委託協会国際放送業務を行うことを目的とする旨規定し,同法32条1項本文は,被告NHKの放送を受信することのできる受信設備を設置した者は,被告NHKとその放送の受信についての契約をしなければならない旨規定し,同法37条4項は,同法32条1項本文の規定により契約を締結した者から徴収する受信料の月額は,国会が,同条1項の被告NHKの毎事業年度の収支予算を承認することによって定める旨規定し,法44条1項は,国内放送の放送番組の編集に関する特例として,被告NHKは,国内放送の放送番組の編集及び放送又は受託国内放送の放送番組の編集及び放送の委託に当たっては,同法3条の2第1項に定めるところによるほか,@ 豊かで,かつ,良い放送番組を放送し又は委託して放送させることによって公衆の要望を満たすとともに文化水準の向上に寄与するように,最大の努力を払うこと,A 全国向けの放送番組のほか,地方向けの放送番組を有するようにすること,B 我が国の過去の優れた文化の保存並びに新たな文化の育成及び普及に役立つようにすること,という準則に従わなければならない旨規定し,同法45条は,被告NHKがその設備又は受託放送事業者の設備により,公選による公職の候補者に政見放送その他選挙運動に関する放送をさせた場合において,その選挙における他の候補者の請求があったときは,同等の条件で放送をさせなければならない旨規定し,同法46条1項は,被告NHKは,他人の営業に関する広告の放送をしてはならない旨規定するなど,被告NHKは,同法上,公共放送機関として,番組編集の自由等についても一般放送事業者等とは異なった規律がされている上,要請放送(その前身である命令放送)を除いて受信者の受信料でもってその経費をまかなう仕組みがとられている。そして,放送法が被告NHKの財政的基礎を税や広告収入ではなく受信料に負うものとする受信料制度を採用した趣旨は,国や広告主等の影響を可及的に避け自律的に番組編集を行うことができるようにすることにあると解される。
 上記のような放送法の規定内容及びその趣旨からすれば,受信料は,被告NHKによる放送の提供の対価(料金)ではなく,被告NHKの維持運営のための特殊な負担金であり,当該受信料の支払義務を発生させるための法技術として受信設備の設置者と被告NHKとの間の受信契約の締結という手法を採用した上,当該設置者にその締結義務を課したものと解されるのであって,このような受信契約及び受信料の性格からすれば,放送法は,およそ被告NHKの受信者に対する受信契約上の義務の存在を想定していないものというべきであり,当該義務の存在をうかがわせるような法令の規定等も見当たらない。そうであるとすれば,放送法が被告NHKの放送についてその受信契約者の知る権利(国家権力(行政権力)に介入されない放送を受領する権利)を個々の受信契約者の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解するのも困難というべきであり,まして,上記のような命令放送制度ないし要請放送制度の趣旨及び性格等(前記のとおり命令放送ないし要請放送は受信料ではなく国の費用負担において実施されるものである。)からすれば,その根拠となる旧放送法33条ないし放送法33条の規定が受信契約者である国民の知る権利を個々の国民の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできない。
 以上検討したところによれば,平成20年度放送要請の根拠となる法令の規定が,国民ないし受信契約者の知る権利(国家権力(行政権力)に介入されない放送を受領する権利)を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨をも含むものと解することはできない。
 したがって,原告らは,いずれも,その余の点について検討するまでもなく,抗告訴訟としての平成20年度放送要請の無効確認を求める原告適格を有しないというべきであるから,同放送要請の無効確認を求める訴え(本件抗告訴訟)は,その余の点について判断するまでもなく,不適法である。

(2) 当事者訴訟としての訴えの適否

ア.前記(1)アで検討したとおり,放送法33条1項の規定による放送要請は,抗告訴訟の対象となる処分であると解されるところ,同法53条の13,電波法96条の2により,放送要請について裁決主義が採用され,放送要請に不服がある者は,これについての異議申立てに対する決定に対してのみ,取消しの訴えを提起することができるものとされている。もっとも,被告国の主張するとおり,法律により取消訴訟についての裁決主義が規定されている場合には抗告訴訟としての当該処分の無効確認訴訟を提起することが許されないと解する余地があるとしても,当事者訴訟としての当該処分の無効に係る公法上の法律関係に関する確認の訴えを提起することは,確認の利益が肯定される限り,許されるものと解されるので,当事者訴訟としての平成20年度放送要請につき原告らにその違法,無効確認を求める訴えの利益(確認の利益)を肯定することができるか否かについて検討する。

イ.公法上の法律関係に関する確認の訴えも,現に原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し,これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り,確認の利益を肯定することができる。
 原告らは国民として憲法21条により知る権利を保障されているところ,知る権利は,国民が選挙権の行使を通じて国政へ参加するに当たり重要な判断の資料を受領することを保障するものであって,民主制国家の存立の基礎を成す重要な権利ということができる。他方で,前記のとおり,放送は,情報を音声,動画等により不特定多数の者(公衆)に同時に伝達するものであり,かつ,受信者において受信機を設置することにより容易にこれを受領することができるものであって,国民の知る権利に資するところが大きい反面,その社会的影響力も大きいものである。このような放送の性格等にかんがみると,政治的に公平を欠く番組,事実を歪曲した報道又は意見が対立している問題について特定の角度からのみ論点を取り上げた番組が放送されるなど,放送法3条の2第1項に違反する内容の番組が放送されたような場合には,国政に関する国民の自由な意思の形成が妨げられ,その結果として議会制民主主義の根幹を成す選挙権の行使が事実上制約を受けるなどの重大な損害を被ることも考えられるところである。
 しかしながら,本訴において原告らが主張する権利又は法律的地位の危険,不安の具体的内容は,平成20年度放送要請によって原告らの被告NHKの国家権力(行政権力)の介入を受けない放送を受領する権利が侵害されたというものであるところ,前記(1)イにおいて説示したとおり,同原告らの主張に係る権利は,受信者(国民)がひとしく有する一般的,抽象的な知る権利というほかなく,このような権利は,放送法においては,専ら一般的公益の中に吸収解消させて保護すべきものとされるにとどまっているのであり,平成20年度放送要請によって原告らのこのような一般的,抽象的な権利に危険,不安が生じたとしても,訴訟制度により解決するに値するだけの具体性,現実性(争訟の成熟性)を欠くものというほかない。
 そして,このような一般的,抽象的な権利に対する危険,不安に加えて平成20年度放送要請によって原告らの選挙権その他の具体的な権利,利益にどのような危険,不安が生じたかについての主張,立証は全くない。そうであるとすれば,原告らの平成20年度放送要請の違法,無効確認を求める訴え(本件当事者訴訟)は,その余の点について検討するまでもなく,確認の利益を欠き,不適法というべきである。

3.被告国に対する国家賠償法上の請求について(甲事件,乙事件,丙事件及び丁事件)

 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。
 前記のとおり,旧放送法の規定する命令放送制度及び放送法の規定する要請放送制度は,いずれも,我が国が主権国家として国策的要請に基づく対外情報発信(国策放送)を行う固有の権能を有することを前提に,国がこれを自ら行う代わりに,国際放送を行う責務を有する公共放送機関である被告NHKを介して国の費用負担の下にこれを行う仕組みを採用した上,被告NHKが放送事業者として表現の自由に由来する放送番組の編集の自由を有することへの配慮から,国(総務大臣)において被告NHKに対し放送区域,放送事項その他必要な事項を指定して国際放送を行うべきことを命じ(放送命令),被告NHKにおいて当該命令に係る放送番組を編集して放送し(命令放送),又は国(総務大臣)において被告NHKに対し放送区域,放送事項その他必要な事項を指定して国際放送を行うことを要請し(放送要請),被告NHKにおいて当該要請に応じて当該要請に係る放送番組を編集して放送する(要請放送)制度である。このような命令放送及び要請放送の性格にかんがみると,命令放送及び要請放送に係る権限を有する機関(総務大臣)の判断は,事柄の性質上高度の政治性を有するものであるということができるから,その判断の適否は司法審査になじまないところがあるということができる。
 もっとも,放送命令ないし放送要請がこれを受けた被告NHKの国内放送ないし自主放送としての国際放送の番組の編集等に事実上影響を与え,その結果,放送法3条の2第1項等に違反する内容の番組が放送されることもおよそ考えられないものではないことからすれば,国内放送ないし自主放送としての国際放送における番組の編集に不当に干渉する意図の下に放送命令又は放送要請がされ,その結果,放送法3条の2第1項(ないし同法44条4項)等に違反する内容の番組が放送されたことにより,個々の国民がその財産権や名誉その他の人格的利益等を侵害された場合はもとより,国政に関する国民の自由な意思の形成が妨げられ,その結果として議会制民主主義の根幹を成す選挙権の行使が事実上制約を受けるなどの重大な損害を被ったような場合には,放送命令又は放送要請に藉口して国民の権利,利益を違法に侵害したものとして,個別の国民に対する職務上の法的義務の違反を構成し,国家賠償法上違法となる余地があるものというべきである。
 しかしながら,本訴において原告らが放送命令(平成18年度及び平成19年度各放送命令)又は放送要請(平成20年度放送要請)によって侵害されたと主張する権利ないし利益は,被告NHKのその内容につき国家権力(行政権力)に介入されない放送を受領する権利であるところ,前記のとおり,このような権利は,受信者(国民)がひとしく有する一般的,抽象的な知る権利にすぎない上,その侵害により被ったと主張する損害の内容も,国家権力(行政権力)の介入を受けた放送の受信を余儀なくされて極めて不愉快な思いをさせられたという不快感にすぎない。そして,原告らの主張するこのような権利ないし利益は,その内容及び性質に照らし,法律上の保護に値するものということはできず,損害賠償の対象とすることはできないというべきである。
 確かに,被告NHKは,国際放送においても委託協会国際放送業務においても,自主放送と命令放送ないし要請放送を一体として番組を編集し放送していること,被告NHKは,八俣送信所又は海外中継局から送信される短波ラジオ放送により国際放送を行っていること,平成19年10月1日より前の国際放送は,地域向け放送と一般向け放送の2つの区分に分けられ,地域向け放送は,世界の各地域に向けてそれぞれの地域に応じた言語(英語を含む21言語)を使用して実施され,一般向け放送は,全世界に向けて日本語と英語の2言語を使用して実施されていたが,同日以降,上記の区分を取りやめ,従前の地域向け放送のうち4言語による放送を廃止して,日本語を含む18言語を使用してこれを実施していること,国際放送のうちの日本語放送については,被告NHKが国内放送として実施しているラジオ第一放送のニュース番組を1日約18時間(放送全体で約20時間)そのまま同時に送信している(したがって,その内容は上記国内放送の番組と同一である。)ほか,ニュース番組に続いて国際放送局で独自に入手した情報に基づく海外安全情報を4分間放送していること,日本語以外の言語による放送は,報道局が出稿したニュース原稿を基に放送対象地域の地域性や視聴者の関心などを勘案してこれを取捨選択の上ニュース編集を行い,放送原稿を当該言語に翻訳した上で放送していること,被告NHKが平成19年5月1日から同年7月31日までの間及び同年11月1日から平成20年1月31日までの間にラジオ第一放送において放送した北朝鮮による日本人拉致問題に触れたニュース番組に係る主なニュース原稿30件の放送日及びタイトルはそれぞれ別紙3記載のとおりであり,被告NHKは,これらのニュース原稿を1日につき1回ないし数回国際放送で放送したこと,以上の事実が認められる。
 しかしながら,国内放送においても被告NHKの北朝鮮による日本人拉致問題に配慮した報道姿勢がうかがわれないでもないが,上記事実関係のみから上記各放送命令ないし放送要請が国内放送ないし自主放送としての国際放送における番組の編集に不当に干渉する意図の下に行われた事実を推認することができないことはもとより,これらの命令ないし要請において指定された放送事項の内容との関係においても,原告らの主張するような権利,利益をもって法律上の保護に値するものということはできず,他に上記各放送命令ないし放送要請によって原告らに損害賠償の対象となり得るような法的利益の侵害があったことについての主張,立証はない。
 そうであるとすれば,原告らの被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。

4.被告NHKに対する損害賠償請求について(丁事件)

(1) 不法行為に基づく損害賠償請求

 本訴において原告らが被告NHKが平成20年度放送要請に応じて要請に係る放送事項について国際放送を実施したことにより侵害されたと主張する権利は,被告NHKは権力の介入を受けない放送を行うという受信者(国民)がひとしく有する期待権にすぎない上,その侵害により被ったと主張する損害の内容は,上記期待権を侵害されて極めて不愉快な思いをさせられたという不快感にすぎないところ,このような権利ないし利益は,その内容及び性質に照らし,法律上の保護に値するものということはできず,損害賠償の対象とすることはできないというべきであり,他に被告NHKの上記国際放送の実施によって原告らに損害賠償の対象となり得るような法的利益の侵害があったことについての主張,立証はない。
 そうであるとすれば,原告らの被告NHKに対する不法行為に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。

(2) 債務不履行に基づく損害賠償請求

 前記のとおり,放送法は,被告NHKの財政的基礎を受信料に負うものとする受信料制度を採用するとともに,当該受信料の支払義務を発生させるための法技術として受信設備の設置者と被告NHKとの間の受信契約の締結という手法を採用したにすぎないのであって,およそ被告NHKの受信者に対する受信契約上の義務の存在を想定していないものというべきであり,原告らが主張するような受信契約者に対して権力の介入を受けた放送をしないという受信契約上の義務の存在をうかがわせるような法令の規定等も見当たらない。
 そうであるとすれば,被告NHKが受信契約者に対して権力の介入を受けた放送をしないという受信契約上の義務を負うことを前提とする原告らの被告NHKに対する債務不履行に基づく損害賠償請求は,その前提を欠くものとして,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。

5.結論

 以上によれば,丁事件原告らの訴えのうち,平成20年度放送要請が違法,無効であることの確認を求める部分(抗告訴訟及び当事者訴訟)は,いずれも不適法であるから,これを却下し,甲事件原告ら,乙事件原告ら,丙事件原告及び丁事件原告らの被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求並びに丁事件原告らの被告NHKに対する不法行為及び債務不履行に基づく損害賠償請求は,いずれも理由がないから,これを棄却すべきである。

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