最新下級審裁判例

佐賀地裁決定平成20年12月01日

【事案】

1.当事者

(1) 申立人は,介護保険法(以下「法」という。)による居宅介護支援事業等を営むことを目的とする特例有限会社である。

(2) 相手方は,佐賀市その他の市町で組織され,地方自治法252条の17の2に基づいた佐賀県事務処理の特例に関する条例2条に基づき,介護事業所の指定,指定取消等を行う権限を有している特別地方公共団体のうちの広域連合である。

2.申立人の営む介護支援事業等

(1) 申立人は,佐賀県又は相手方から,平成16年から平成18年にかけて,法41条1項の規定による@指定居宅サービス事業者(○長寿○号,○総○号,○総○号),A指定居宅介護支援事業者(○総○号)の指定を受け,平成18年に,法53条1項の規定によるB指定介護予防サービス事業者(○総○号,○総○号,○総○号)の指定を受けた。

(2) 申立人は,佐賀市αにおいて,@指定通所介護事業所・指定介護予防サービス事業所A(以下「A」という。)を開設して,日帰りの通所介護サービスを提供しており,同施設の建物内には,法の適用のない宅老所である有料老人ホームBを併設しており,Aの利用者が同所に居住している。
 申立人は,佐賀市βにおいて,A指定通所介護事業所・指定介護予防サービス事業所C(以下「C」という。)を開設して,日帰りの通所介護サービスを提供しており,同施設の建物内には,B指定居宅介護支援事業所D(以下「D」という。),C指定特定施設E(以下「E」という。)のほか,法の適用のない宅老所である有料老人ホームFを併設している。

3.本件申立てに至る経緯

(1) 相手方は,平成20年7月1日付けで,申立人に対し,要旨下記の内容の聴聞(以下「本件聴聞」という。)を実施する旨通知した。

ア.予定されている不利益処分(以下全体を「本件処分」という。)の内容

@ Aにおいて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(○総○号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(○総○号)の取消し

A Dにおいて,法46条1項の規定による指定居宅介護支援事業者の指定(○総○号)の取消し

B Cにおいて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(○総○号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(○総○号)の取消し

C Eにおいて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(○長寿○号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(○総○号)の取消し

イ.聴聞の期日 平成20年7月9日午後3時(後に同年7月22日に変更された。)

ウ.聴聞の主宰者 相手方事務局長G

(2) 相手方は,平成20年7月22日及び同年8月11日,申立人に対し,本件聴聞を実施し,同日,本件聴聞を終結した。

4.本案訴訟の提起と本件申立て

 申立人は,平成20年8月22日,当庁に本件処分の差止めを求める本案訴訟(当庁平成▲年(行ウ)第▲号)を提起し,同日,本件処分の仮の差止めを求める本件申立てをした。

【判旨】

1.本案訴訟の適法性について

(1) 処分のがい然性について

ア.仮の差止めの申立てが適法であるためには,本案訴訟である差止めの訴えが適法な訴えとして提起されていることが必要であると解されるところ,差止めの訴えの訴訟要件として,行政庁が一定の処分又は裁決をするがい然性が認められることが必要であると解される。

イ.これを本件についてみるに,本件処分のうち,A及びDに関する処分については,処分の前提となる聴聞手続が終結しており,相手方が当該処分をするがい然性が認められるが,C及びEに関する処分については,相手方が,本件申立ての審理において,当該処分を行う予定はない旨明確に主張していることからすれば,相手方が当該処分をするがい然性は直ちに認められず,他にこれを認めるに足りる的確な疎明はない。

ウ.したがって,本案訴訟のうち,C及びEに関する処分の差止めを求める部分は,処分のがい然性を欠く不適法な訴えというほかないから,本件申立てのうち当該部分に関する申立ても,本案訴訟としての適法な差止めの訴えの提起を欠き,不適法である。

(2) 処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれについて

 行訴法37条の4第1項は,差止めの訴えは,一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り,提起することができる旨規定しているから,同要件の検討も必要であるが,本件申立ては,仮の差止めを求めるものであるから,同法37条の5第2項の「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」の要件を充足する必要があり,同要件は,上記の同法37条の4第1項の要件より加重されているから,本件においては,同法37条の4第1項の要件の判断はひとまず措き,まず同法37条の5第2項の要件を先に判断することとする。

2.償うことのできない損害を避けるため緊急の必要の要件について

(1) 行訴法37条の5第2項が「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることを要求している趣旨は,処分の仮の差止めが,具体的な行政処分がされる前にされるものであり,しかも,処分の差止めの訴えに係る本案判決の前に,裁判所が仮に行政庁が具体的な処分をすべきでないことを命ずる裁判であり,本案訴訟の結果と同じ内容を仮の裁判で実現するものであることから,そのような救済に相応しい高度の緊急性を要求したものであると解される。
 このような趣旨からすれば,「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があるといえるためには,ひとたび違法な処分がされてしまえば,当該私人の法律上保護された利益が侵害され,その侵害を回復するに後の金銭賠償によることが不可能であるか,これによることが著しく不相当と認められることが必要であり,損害を回復するために金銭賠償によることが不相当でない場合や,当該損害がその処分又は裁決の取消しの訴えを提起して行訴法25条2項に基づく執行停止を受けることにより避けることができるような性質・程度のものであるときは,上記緊急の必要性は認められないというべきである。

(2) そこで,以上の観点から,A及びDに関する処分について,申立人に上記の意味における「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」があるといえるかどうかを検討する。

ア.Aに関する処分がされると,同事業所が行っている日帰り通所サービス事業ができなくなるが,法の適用のない宅老所である「有料老人ホームB」自体の営業ができなくなるものではないから,同所の入所者が施設から直ちに退去を余儀なくされるものではないし,本件の審理において,相手方が,取消処分には数か月の猶予期間を設ける予定である旨主張していることからすれば,猶予期間のうちに,近隣地区における同様の事業所の利用に移行することが不可能であるとまでは認め難い。

イ.Dに関する処分がされると,申立人におけるケアプランの作成,給付管理票の作成等の居宅介護支援事業自体が困難になるが,法の適用のない宅老所である「有料老人ホームF」自体の営業ができなくなるものではないから,同所の入所者が施設から直ちに退去を余儀なくされるものではないし,CやEの事業自体ができなくなるものでもない。また本件の審理において,相手方が,取消処分には数か月の猶予期間を設ける予定である旨主張していることからすれば,猶予期間のうちに,近隣地区における居宅介護支援事業の事業所の利用に移行することが不可能であるとまでは認め難い。

ウ.申立人においては,相手方から上記処分がされた後であっても,それが認容されるかどうかはともかく,同処分の取消し又は無効確認を求める訴えを提起するとともに,同処分について執行停止の申立てをする手続も保障されている(行訴法25条,38条3項)。

(3) 以上の諸事情を総合考慮すると,A及びDに関する処分がされることにより申立人が被る損害は,当該処分の取消しの訴えを提起して行訴法25条2項に基づく執行停止を受けることにより避けることのできるような性質,程度のものであるといわざるを得ない。
 もっとも,上記処分がされることにより申立人に生じるおそれのある社会的評価ないし信用の低下による損害は,その性質上,必ずしも上記処分の取消しの訴えを提起して執行停止を受けることにより避けることのできる損害とはいえないが,金銭賠償による回復が不可能である損害とまでは認め難いというべきである。
 さらに,申立人における前記事業内容からすると,上記処分がされたとしても,上記処分の取消しの訴えを提起して執行停止を受けるまでの間に,直ちに経営上重大な損害が生じるおそれがあるとも認め難い。

(4) したがって,本件申立てのうち,A及びDに関する処分についての部分は,行訴法37条の5第2項にいう「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」の要件を欠き,理由がない。

3.結論

 以上によれば,本件申立ては,その余の要件について検討するまでもなく,いずれも不適法ないし理由がないから,これを却下する。

 

広島地裁決定平成20年11月21日

【事案】

1.広島県公安委員会が,平成20年11月12日付けで,風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)26条1項の規定に基づき,申立人に対して,平成20年11月25日から平成21年2月12日までの80日間,風俗営業の営業停止を命じる処分を行ったため,申立人が,同処分の取消しを求める訴えを提起した上,同処分により生じる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとして,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)25条2項本文に基づき,同処分の執行の停止を求めた事案。

2.前提事実

(1) 申立人は,広島県公安委員会から風俗営業の許可を受けて,広島県竹原市α×番16号所在のパチンコ店「A」(以下「本件店舗」という。)を営む者である。

(2) 広島県公安委員会は,申立人に対して,平成20年11月12日,本件店舗での風俗営業の営業を平成20年11月25日から平成21年2月12日までの80日間停止するとの処分(以下「本件処分」という。)を行った。
 本件処分の理由は,申立人を含む会社グループの営業本部長のBことC,申立人の開発事業部室長のD,本件店舗の店長であるE,申立人の従業員であるFらが共謀の上,風営法23条1項2号に違反して,申立人の営業に関し,平成▲年▲月▲日及び同年▲月▲日の両日,5回にわたり,広島県竹原市α×番10号所在の景品買取所において,Fらが,本件店舗の遊技客合計5名から,同店が遊技客に提供した賞品合計34個を合計3万9100円で買い取ったというものである。

3.争点

(1) 「重大な損害を避けるため,緊急の必要があるとき」(行訴法25条2項本文)に該当するか
(2) 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか(行訴法25条4項)
(3) 本案について理由がないとみえるか(行訴法25条4項)

【判旨】

1.争点(1)について

 一件記録によれば,申立人は,本件店舗の外,パチンコ店2店とボウリング店1店を経営していること,平成20年2月1日から同年10月31日までの申立人の売上総利益に占める本件店舗の売上総利益は約4分の3に及ぶこと,同期間の本件店舗の売上総利益は1日平均200万円弱であったことが認められる。
 本件処分がなされれば,申立人は,80日の営業停止期間中,本件店舗からの売上げが得られなくなり,一方で,設備投資資金の返済も含めた店舗維持の経費を負担せざるを得ない。しかも,遊技客を集客するというパチンコ店の営業形態や,80日の営業停止期間に照らすと,いったん営業を停止すれば,その後に営業を再開しても,客足が遠のく等により本件店舗の営業が著しく悪化することも十分に考えられる。これらの点に加えて,申立人の売上総利益に占める本件店舗の売上の比率を総合すると,申立人は,本件処分による営業停止によって,経営状態が著しく悪化し,倒産する可能性も否定できない。また,このような有形無形の損害は,金銭賠償によっては容易に回復することは困難なものといえる。
 上記の点にかんがみれば,本件は,行訴法25条2項の「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるといえる。
 相手方は,申立人がHグループに属する一企業であり,資金も同グループ内で流動的に動いているから,「重大な損害」の発生の判断において,形式的に申立人に属する店舗にだけ着目すべきではない旨主張し,これに沿う疎明資料も提出する。しかし,仮に上記のような事情が存在するとしても,申立人は一個の営利法人であるから,その経営の維持は法人ごとに検討されるべき事項であり,本件店舗の営業停止に伴う申立人の上記損害を軽視することはできないから,上記の相手方が指摘する点によって上記結論を覆すことはできないというべきである。

2.争点(2)について

 相手方の主張する公共の福祉に対する影響(※本件処分の執行を停止すれば,申立人が,風営法23条1項2号に違反する行為を継続し,遊技客の射幸心の蔓延を招来し,また,営業者が遊技客相手に賭博をしていることにほかならない事態を招く。)は一般的,抽象的なものにすぎず,本件において,本件処分の執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるというに足りる具体的な事情は認められない。

3.争点(3)について

 相手方は,捜査活動によって収拾された資料を提出し,これによって,申立人が,風営法23条1項2号の禁止行為(「客に提供した賞品を買い取ること」)を実行したことは明らかであるから,本件は行訴法25条4項の「本案について理由がないとみえるとき」に当たる旨主張する。
 しかし,申立人は,Fは申立人の従業員ではなく有限会社Gの従業員である,同社は申立人とは実質的にも別の法人格である,同社からさらに株式会社I,J株式会社に賞品が売買されている旨主張し,これに沿う疎明資料を一応提出している。また,本件処分理由と同一の事実で起訴され略式命令を受けたE,C,D及び申立人は,相手方の主張する事実関係を否認し,それぞれ正式裁判の請求をし,この刑事裁判は未だ審理中である。相手方は,賞品が物理的に本件店舗と有限会社Gを循環していれば,有限会社G・株式会社I間,株式会社I・J株式会社間の賞品の売買契約が存在しても風営法23条1項2号の禁止行為に当たる旨主張するが,同主張の当否の判断には,法解釈,上記各売買契約の実態等についてさらなる審理を尽くす必要があり,少なくとも現段階でその当否を決することは困難である。以上にかんがみれば,相手方が提出した疎明資料のみから,現段階で,申立人が風営法23条1項2号違反に当たる行為を実行したと判断し,本件が上記の「本案について理由がないとみえるとき」に当たるとまでは言い難い。

4.結論

 よって,本件申立ては理由がある。

 

高松地裁判決平成20年12月01日

【事案】

1.原告が行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という)に基づいてした。国土交通省が平成16年,17年度に発注した都市街区確認等調査業務の成果品のうち平成17年度変更特記仕様書第2条2(3)2)公図現況重ね図及び第2条5都市再生街区基本調査成果図の東京都23区に関するものの電磁的記録の開示請求について,国土交通大臣が平成19年3月7日付け国広情第○○号によりした開示しないとの決定に関し,原告が,被告に対し,上記決定のうち都市再生街区基本調査成果図の東京都23区に関するものの電磁的記録(以下「本件行政文書」という。)を開示しないこととした部分について,違法であるとして,その取消しを求める事案。

2.前提事実

(1) 都市再生街区基本調査成果図(以下「基本調査成果図」という。)

 基本調査成果図は国土交通省が都市再生街区基本調査(以下「街区基本調査」という。)に基づいて作成するものであり,街区基本調査は国土交通省が実施する都市部における地籍整備事業のための基礎的調査である。

(2) 街区基本調査

 地籍調査を行う際,特に都市部では,まず街区(道路,鉄道若しくは軌道の線路その他の恒久的な施設又は河川,水路等によって区画された土地)の外延を確定し,その後街区内の各筆を調査するという手順によるのが効果的であるところ,街区基本調査とは,このような調査の前提として実施された街区の測量基準点(以下「街区基準点」という。)の設定や街区の外延の座標調査(この座標調査の対象となった点を以下「街区点」という。)等をいう。

(3) 基本調査成果図の作成手順

ア.地方公共団体から提供された資料(航空写真,道路台帳平面図,土地境界図等)を基に現況図を作成し,現況図と電子データ化された公図をそのまま重ね合わせて公図現況重ね図を作成する。そして,公図現況重ね図を基に,公図上の街区の角の筆界点に当たると思われる標識,道路構造物等の有無を現地で確認する(この作業を「現地踏査」という。)。
 この段階までに現地踏査と並行して約数百メートル間隔で設置した街区基準点を基に,現地踏査で確認された箇所を街区点として測量する。街区基準点から直接街区点を見通すことができない場合には,中継用の公共基準点(補助点)を設置して測量する。
 公図に街区点の測量の成果を重ね,公図上の特定の筆界点(公図上の街区の角の筆界点)を街区点に可能な限り近づけた位置をコンピューター上で割り出して公図を補正する。ただし,補正については,個々の土地の形状を歪めるようなことはせず,相似形変形又は回転に限定されている。なお,この作業に当たり,街区点と公図上の特定の点との対応関係を土地所有者等から確認していない。
 街区点に近づけて補正した公図に現況図を重ね合わせたものが基本調査成果図である。

イ.基本調査成果図は,公図を上記の限度で補正した図面と,一応筆界点に当たると思われる街区点の測量結果であるため,補正された公図上の街区と現況の街区とが合致しない場合も少なくなく,合致しない場合,基本調査成果図上にそのずれが示されることになる。

ウ.街区基本調査の方法や基本調査成果図の作成手順等については,国土交通省作成のパンフレットや同省のホームページによって公開されている。

(4) 基本調査成果図の利用

 基本調査成果図は,関係行政機関(地方公共団体等)に送付され,地方公共団体等は,地籍調査のうち一筆地調査の着手前に,基本調査成果図を基にして調査図素図を作成し,各筆の調査及び測量をする。

(5) 本件不開示決定

 原告は,平成19年2月7日付けで,国土交通大臣に対し,情報公開法に基づき,公図現況重ね図及び本件行政文書の開示を請求した。
 これに対し,国土交通大臣は,平成19年3月7日付け国広情第○○号により,公図現況重ね図については不存在を理由に,本件行政文書については,情報公開法5条1号にいう「特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの」に該当し,かつ,同号ただし書イ,ロ,ハのいずれにも該当しないことを理由に開示しない旨の決定をした(甲2。以下,本件行政文書の不開示決定を「本件不開示決定」という。)。

(6) 本件訴訟提起

 原告は,平成19年3月9日付け(同月10日受付)で,本件不開示決定の取消しを求めて,本件訴訟を提起した。

3.争点

(1) 本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号本文の不開示情報に該当するか
(2) 本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書イの情報に該当するか
(3) 本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書ロの情報に該当するか
(4) 本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条6号の不開示情報に該当するか

【判旨】

1.争点(1)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号本文の不開示情報に該当するか)について

(1) 本件行政文書に表示されている情報について

 情報公開法には「情報」の定義を定めた規定はなく,何が「情報」に当たるかは社会通念に照らして合理的に解釈するしかないところ,文書から読み取りうる情報は,当該文書に表示された情報と解するべきである。
 基本調査成果図の作成方法は,前提事実のとおりであり,街区点に近づけて補正した公図に現況図を重ね合わせたものが基本調査成果図であるところ,補正された公図上の街区と現況の街区とが合致しない場合も少なくなく,その場合,補正された公図上の街区と現況の街区との整合状況(ずれ)も基本調査成果図上に表示されることになる。また,現況図に航空写真を基に作成された図面が使用される場合,当該基本調査成果図には,街区内部の土地の占有状況を示す境界やこの境界と補正された公図上の境界との整合状況が表示されることになる。このように,基本調査成果図には,補正された公図上の街区と現況の街区との整合状況,街区内部の土地の占有状況を示す境界と補正された公図上の境界との整合状況が表示されており,こういった整合状況も基本調査成果図から読み取ることが可能である。
 よって,上記整合状況も本件行政文書に表示された情報に当たると認められる。

(2) 「個人に関する情報」の該当性について

 「個人に関する情報」とは,個人の内心,身体,身分,地位その他個人に関する一切の事項についての事実,判断,評価等のすべての情報をいうと解されるから,個人の財産に関する情報も「個人に関する情報」に該当する。
 上記のとおり,基本調査成果図には,補正された公図上の街区と現況の街区との整合状況,街区内部の土地の占有状況を示す境界と補正された公図上の境界との整合状況が情報として表示されているところ,たとえこの情報が土地の所有権や筆界に直接影響を与えるような性質のものではないとしても,現況(占有状況)が私法上の境界(所有権界)と一致していないことを示唆するものであり,当該土地の資産評価にも影響を与えうるものであるから,個人の所有地の状況に関する情報として,個人の財産に関する情報に当たるというべきである。
 よって,本件行政文書に表示された情報は,「個人に関する情報」に該当すると認められる。

(3) 個人識別情報の該当性について

ア.個人識別情報に該当するか否かを判断する際,照合の対象となる「他の情報」には,公知の情報のほか,図書館等の公共施設で一般に入手可能なものなど,一般人が通常入手しうる情報も含まれると解される。
 登記記録に記録されている事項の全部又は一部を証明した書面である登記事項証明書には,地番のほか権利者の氏名等も記載されているところ,登記事項証明書は,手数料の納付は必要であるが,何人も交付を請求することができる(不動産登記法119条1項)から,不動産登記記録に記録されている情報は,「他の情報」に該当する。そして,基本調査成果図には,公図から引用された地番が表示されているから,登記事項証明書記載の情報を照合することにより,基本調査成果図に表示された土地の権利者の氏名等を識別することが可能になる。
 よって,本件行政文書に表示された情報は,個人識別情報に該当すると認められる。

イ.この点に関し,まず,原告は,地図情報が原則不開示情報と扱われてしまい妥当でないと主張するが,一般的な地図情報は,情報公開法5条1号ただし書イの公領域情報に当たるものとして開示の対象となるものと解されるから,この批判は当たらない。次に,原告は,基本調査成果図の土地所有者等を識別することが可能になるのは,登記記録が独立して地権者情報を提供しているからであるところ,そのことを理由に個人識別情報に当たると解すると,地図はすべてこれに該当することになり,公にされている登記記録よりも権利侵害性の低い地図情報が原則非開示とされ妥当でないと主張するが,前判示のように,基本調査成果図には補正された公図上の街区と現況の街区との整合状況や街区内部の土地の占有状況を示す境界と補正された公図上の境界との整合状況という情報も表示されており,登記記録だけでは,こういった情報を確認することはできないから,この批判も当たらない。
 また,原告は,被告自身,本件不開示決定の理由において,個人識別情報の該当性を否定していたと主張するが,「行政機関の長は,開示請求に係る行政文書の全部を開示しないときは,開示をしない旨の決定をし,開示請求者に対し,その旨を書面により通知しなければならない」(情報公開法9条2項)とされており,その場合,請求が不適法であることの理由を示さなければならない(行政手続法8条1項)ところ,情報公開法には,不開示決定の理由の追加,差し替えを禁止又は制限する旨定めた規定はなく,行政手続法8条1項も,理由の追加,差し替えを禁止又は制限する趣旨までをも含む規定とは解されない(最高裁判所平成11年11月19日第二小法廷判決・民集53巻8号1862頁参照)から,やはり,本件行政文書に表示された情報が個人識別情報に該当することを否定する理由とはならない。

(4) したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号本文の不開示情報に該当すると認められる。

2.争点(2)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書イの情報に該当するか)について

(1) 情報公開法5条1号ただし書イに規定された「公にされ」とは,現在,何人も知りうる状態におかれていることをいい,「公にすることが予定されている情報」とは,開示請求の時点においては公にされていないが,将来,公にすることが予定されている情報をいうと解される。
 現在,基本調査成果図に表示された情報そのものを何人に対しても等しく公開することを定めた規定はなく,その情報が慣行として何人も知りうる状態におかれていると認めるに足りる証拠はない。また,将来,その情報を公にすることが予定されていることを認めるに足りる証拠はない。

(2) 原告は,公図や現況図は公にされており,街区点はそれ自体では不開示情報とは認められないところ,基本調査成果図は,このような情報を組み合わせたものにすぎず,公図を変形する作成工程は公にされており,その過程に所有者等は関与せず所有権等にも影響がないことからすると,情報公開法5条1号ただし書イの情報に準じて開示されるべきであると主張する。
 しかし,基本調査成果図の公図部分は,街区点に近づけて補正されたものであり,法令の規定により公にされている公図と基本調査成果図の公図部分とを同一の情報ということはできないし,基本調査成果図上の筆界点には世界測地系による座標値という新たな情報が付加されていることからすると,法令の規定により公にされている公図と基本調査成果図の公図部分とでは情報の内容が異なるというべきであるから,基本調査成果図が公領域情報同士(公図と現況図)又は公領域情報(公図と現況図)とそれ単体では不開示情報とは認められない情報(街区点等)とを組み合わせた情報であるとの原告の主張はその前提を欠く。

(3) よって,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書イの情報に該当しない。

3.争点(3)(本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書ロの情報に該当するか)について

 情報公開法5条1号ただし書ロの「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため」とは「人の生命,健康, ,生活又は財産」に現実に被害が発生している場合に限られず,これらの法益が侵害されるおそれがある場合も含むと解される。
 原告は,本件行政文書の開示により保護される利益として,基本調査成果図の公開が現在及び将来の国民が安心して豊かな生活を営むことができる経済社会の実現につながり,積極消極両面において公共の福祉が増大することを主張するが,これは,「人の生命,健康,生活又は財産」に現実に被害を発生させたり,これらの法益が侵害されるおそれがあるものとはいえない。
 よって,本件行政文書に表示された情報は,情報公開法5条1号ただし書ロの情報に該当しない。

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