最新下級審裁判例

東京地裁判決平成20年12月19日

【事案】

1.前提事実

(1) 被告は,平成19年8月2日,次のとおりの概要で,地区計画(都市計画法12条の4第1項1号及び2項,平成18年法律第46号による改正前の都市計画法12条の5)の変更決定(以下「本件変更決定」という。)をし,これを港区告示第○号として告示した。なお,原告らは,本件変更決定に係る地区計画の区域内に不動産を所有する者である。

ア 種類  東京都市計画地区計画
イ 名称  α地区地区計画
ウ 位置及び区域  東京都港区γ,同δ,同区ε,同ζ及び同区η各地内
エ 面積  約11.6ha

(2) 被告は,平成19年8月2日,次のとおりの概要で,第1種市街地再開発事業に関する都市計画(都市計画法12条1項4号)の決定(以下「本件計画決定」という。)をし,これを港区告示第○号として告示した。なお,原告らは,本件計画決定に係る市街地開発事業の施行区域内に不動産を所有する者ではない。

ア 種類  東京都市計画第1種市街地再開発事業
イ 名称  β地区第1種市街地再開発事業
ウ 位置及び区域  東京都港区γ及び同区θ各地内
エ 施行区域面積  約2.0ha

(3) なお,被告は,平成19年8月2日,本件変更決定及び本件計画決定(以下,併せて「本件各決定」という。)と共に,東京都港区θ地内の第3種高度地区を削除する旨の,及び同地内の準防火地域を削除し,防火地域を追加する旨の各地域地区(都市計画法8条1項3号及び5号)の変更決定(以下,本件各決定と併せて「本件各決定等」という。)をした。

2.争点

(本案前の争点)
(1) 本件各決定は,抗告訴訟の対象である「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるか(行政事件訴訟法3条2項)。
(2) 原告らは,本件各決定の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者であるか(行政事件訴訟法9条1項)。
(3) 予備的請求である本件各決定の違法確認の訴え(実質的当事者訴訟)について,原告らが確認の利益を有するか(行政事件訴訟法4条)。

(本案の争点)
(4) 本件各決定は違法であるか。

【判旨】

1.争点(1)(本件各決定の処分性)について

(1) 本件変更決定の処分性

ア.抗告訴訟の対象となる行政庁の処分とは,行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最高裁昭和37年(オ)第296号同39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)。
 そして,地区計画は,「建築物の建築形態,公共施設その他の施設の配置等からみて,一体としてそれぞれの区域の特性にふさわしい態様を備えた良好な環境の各街区を整備し,開発し,及び保全するための計画」(都市計画法12条の5第1項柱書き)であり,同法12条の4第1項1号の規定に基づく地区計画の決定及び同法21条の規定に基づくその変更決定は,区域内の個人の権利義務に対して具体的な変動を与えるという法律上の効果を伴うものではなく,抗告訴訟の対象となる処分には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成5年(行ツ)第48号同6年4月22日第二小法廷判決・裁判集民事172号445頁参照)。
 したがって,本件訴えのうち,本件変更決定の取消しを求める部分は不適法である。

イ.これに対し,原告らは,本件変更決定がされたことにより,本件変更決定に係る地区計画の区域内において開発行為ができなくなる(都市計画法29条1項)と主張するが,同項の規定する開発行為の許可は,都市計画区域(同法5条)又は準都市計画区域(同法5条の2)の指定がされた区域内の開発行為を対象とするもので,本件変更決定がされたことに伴ってその許可を要することになるものではないから,原告らの上記主張は採用することができない。

(2) 本件計画決定の処分性

ア.第1種市街地再開発事業に関する都市計画は,市街地開発事業の種類,名称,施行区域,施行区域の面積,公共施設の配置及び規模並びに建築物及び建築敷地の整備に関する計画を定めるものであり(都市計画法12条2項,都市計画法施行令7条,都市再開発法4条1項),都市計画は,総括図,計画図及び計画書によって表示されるものである(都市計画法14条1項)ところ,同法12条1項4号の規定に基づく第1種市街地再開発事業に関する都市計画の決定は,個人の権利義務に対して具体的な変動を与えるという法律上の効果を伴うものではなく,抗告訴訟の対象となる処分には当たらないと解するのが相当である(最高裁昭和59年(行ツ)第34号同年7月16日第二小法廷判決・判例地方自治9号53頁参照)。
 したがって,本件訴えのうち,本件計画決定の取消しを求める部分は不適法である。

イ.これに対し,原告らは,最高裁平成17年(行ヒ)第397号同20年9月10日大法廷判決・判例時報2020号18頁を援用して,本件計画決定に処分性があると主張するが,そもそも,上記大法廷判決は,市町村の施行に係る土地区画整理事業の事業計画の決定につき,その施行地区内の宅地所有者等は,同決定がされることによって各種の規制を伴う土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされることなどを理由として,同決定が抗告訴訟の対象となる処分に当たると判断したもので,本件とは事案を異にするものである。
 のみならず,@上記大法廷判決は,土地区画整理事業の事業計画において定める設計の概要の内容(設計説明書及び説明図)からすると,事業計画の決定により,当該土地区画整理事業の施行によって施行地区内の宅地所有者等の権利にいかなる影響が及ぶかについて,一定の限度で具体的に予測することが可能になる旨判示するが,第1種市街地再開発事業にあって設計説明書及び設計図が作成されるのは,本件に即していうならば,市街地再開発組合の設立認可の段階であり(都市再開発法11条,12条1項及び7条の11,都市再開発法施行規則4条),本件計画決定の段階では前記ア記載の各文書が存在するにすぎない。また,A同大法廷判決は,いったん事業計画が決定されると,特段の事情のない限り,その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ,その後の手続として,施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになる旨判示するが,本件計画決定がされた段階では,いまだ施行者が決まっておらず,本件に即していうならば,公共施設の管理者等の同意(都市再開発法12条1項及び7条の12),施行地区となるべき区域内の所有権者等の3分の2以上の同意(同法14条)等を得た上で市街地再開発組合の設立認可がされるか否かも未定であるのであるから,特段の事情のない限り,本件計画決定の定めるところに従って具体的な事業がそのまま進められるという関係にはない。さらに,B同大法廷判決は,換地処分及び仮換地指定を対象として取消訴訟を提起した場合,実際上,既に工事等も進ちょくし,換地計画も具体的に定められるなどしており,その時点で事業計画の違法を理由として当該換地処分等を取り消すことは公共の福祉に適合しないとして事情判決(行政事件訴訟法31条1項)がされる可能性が相当程度あるから,事業計画の適否が争われる場合,実効的な権利救済を図るためには,事業計画の決定がされた段階で,これを対象とした取消訴訟の提起を認めることに合理性がある旨判示するが,これを本件に即していうならば,もとより原告適格があることを要するものの,市街地再開発組合の設立認可の適否をめぐってその取消訴訟を提起することは可能であり,当該訴訟で第1種市街地再開発事業に関する事業計画及びこれに先行する都市計画等の適否を争う余地があるところ,同認可は第1種市街地再開発事業が施行される発端となるものであり,工事等が開始される前の段階におけるものである。そして,実際,本件においても,原告らの主張によれば,市街地再開発組合の設立認可は平成20年6月にされる予定であり(ただし,実際にされたか否かは証拠上明らかでない。),このように早期の段階でこれを対象とする取消訴訟の提起が認められる余地があるのであるから,同認可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者の実効的な権利救済に欠けるおそれもない。
 すなわち,原告らは,本件計画決定によって第1種市街地再開発事業の手続に従って権利変換処分を受けるべき地位に立たされるということがない(なお,そもそも原告らは本件計画決定に係る市街地開発事業の施行区域内に不動産を有する者ではない。)のであって,原告らの上記主張は採用することができない。

(3) そして,原告らは,本件各決定等は,施行区域内に本件建築物を建築するためにされた一連の操作であり,本件各決定がされることにより,本件建築物が建築される結果になる旨主張するが,本件各決定等がされた後に予定される市街地再開発組合の設立認可及び事業計画の決定等が,あらかじめ本件各決定に定められたところに従って進められる手続などといえるものでないことは,これらに関する都市再開発法11条,12条及び7条の12,17条等の規定に照らしても明らかであり,また,このような建築物を建築するためには,建築基準法6条所定の建築確認等を受けることも予定されることなどからすると,原告らの上記主張は採用することができない。

(4) したがって,争点(2)について判断するまでもなく,本件訴えのうち,主位的請求である本件各決定の取消しを求める訴えは不適法である。

2.争点(3)(実質的当事者訴訟の確認の利益)について

(1) 前記1のとおり,本件各決定は直ちに第1種市街地再開発事業の手続の現実的かつ具体的な進行を開始させるものではなく,本件各決定によって原告らの権利又は法的地位に具体的な変動を与えるという法律上の効果が生ずるものではなく,原告らの法的地位に係る不安が現に存在するとまではいえないこと,また,本件各決定の違法確認を求める訴えは,過去の法律関係の確認を求めるものであって,原告らの現在の権利又は法的地位の確認を求める訴えではないことなどに照らすと,本件各決定の違法確認の訴えについては,確認の利益を認めることができない(なお,最高裁平成13年(行ツ)第82号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参照)。

(2) したがって,本件訴えのうち,予備的請求である本件各決定の違法確認を求める訴えは不適法である。

 

東京地裁決定平成20年12月10日

【事案】

1.薬事法77条の4の2及び同法施行規則253条2項1号ハに基づき申立人が相手方に対し提出した自社製造の各医療機器の不具合及び感染症症例に関する各報告書について,独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。)に基づき相手方が第三者に当該各文書の一部を開示する旨の各決定をしたため,申立人が,第三者が当該各医療機器の内部構造に関する情報その他企業秘密情報を取得すること等により,情報公開法5条2号イの申立人の権利,競争上の地位その他の正当な利益を害するおそれがある等と主張し,当該各決定の一部(当該各文書のうち申立人が異議申立手続で不開示を求めた部分を開示するとした部分)の取消しを求める訴訟を本案として,相手方に対し,当該各決定の当該部分の効力の停止を求めている事案。

2.関連法令の定め

(1) 医療機器の製造販売業者等は,その製造販売をし,又は承認を受けた医療機器について,当該品目の副作用その他の事由によるものと疑われる疾病,障害又は死亡の発生,当該品目の使用によるものと疑われる感染症の発生その他の医療機器の有効性及び安全性に関する事項で薬事法施行規則253条で定めるものを知ったときは,その旨を同条で定めるところにより厚生労働大臣に報告しなければならない(薬事法77条の4の2第1項)。

(2) 薬事法施行規則253条2項1号ハによれば,医療機器の製造販売業者等は,@障害,A死亡又は障害につながるおそれのある症例,B治療のために病院又は診療所への入院又は入院期間の延長が必要とされる症例(Aを除く。),C死亡又は@からBまでに掲げる症例に準じて重篤である症例,D後世代における先天性の疾病又は異常といった同条1項1号ハ(1)から(5)までに掲げる症例等の発生のうち,当該医療機器等の不具合による影響であると疑われるものであって,当該医療機器の使用上の注意等から予測することができないものを知ったときは,15日以内にその旨を厚生労働大臣に報告しなければならない。

3.前提事実

(1)ア.申立人は,医薬品・医療機器の製造・販売を主たる目的とする株式会社である。

イ.相手方は,独立行政法人医薬品医療機器総合機構法に基づき設立された,医薬品の副作用又は生物由来製品を介した感染等による健康被害の迅速な救済を図り,並びに医薬品等の品質,有効性及び安全性の向上に資する審査等の業務を行い,もって国民保健の向上に資することを目的とする独立行政法人である。

(2)ア.別紙文書目録記載1の医療機器(○○。以下「本件機器1」という。)の不具合・感染症症例に関する平成16年度の報告書(以下「本件文書1」という。)及び同目録記載2の医療機器(○○。以下,本件機器1と併せて「本件各機器」という。)の不具合・感染症症例に関する平成16年度の報告書(以下,「本件文書2」といい,本件文書1と併せて「本件各文書」という。)は,いずれも,薬事法77条の4の2及び同法施行規則253条2項1号ハに基づき,申立人が相手方に対し提出した自社製造の医療機器に関する報告書である。

イ.申立人・相手方以外の第三者(以下「本件開示請求者」という。)は,平成18年6月7日,相手方に対し,情報公開法3条の規定に基づき,本件各文書につき開示請求(以下「本件開示請求」という。)をした。

(3) 相手方は,平成18年6月21日付けで,申立人に対し,本件開示請求についての意見照会を行い,同年7月20日付けで,申立人から意見書の提出を受けた。その上で,相手方は,同年8月7日付けで,本件各文書のうち,別紙「決定における不開示部分」記載の各部分を不開示とし,その余の部分を開示する旨の決定(以下「本件各決定」という。)をし,本件各決定を本件開示請求者及び申立人にそれぞれ通知した。

(4)ア.申立人は,平成18年8月18日,相手方に対し,本件各決定についての異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をするとともに,本件各決定についての執行停止の申立てをした。

イ.相手方は,同年11月20日,本件異議申立てを受け,情報公開・個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)に諮問し,理由説明書を提出し,同月28日付けでその旨を申立人に通知した(諮問番号平成○年(独情)諮問第○号,○号)。

ウ.審査会は,同日,申立人に対し「理由説明書の送付及び意見書又は資料の提出について(通知)」の通知をし,申立人は,同年12月19日及び同月28日付けで,相手方の理由説明書に対する反論の意見書を提出した。
 その後,申立人は,本件各文書について不開示とすべき部分を再検討し,平成20年6月30日付けで,別紙「申立人における不開示主張部分」記載のとおり,不開示を求める範囲を減縮する追加意見書を提出した。

エ.審査会は,平成20年11月10日,本件各決定を妥当とする旨の答申をし,相手方は,同月26日,本件各文書について,本件各決定を維持する旨の各決定をした。

(5) 申立人は,本案訴訟において,本件各決定のうち,別紙「申立人における不開示主張部分」記載の部分を開示するとした部分の取消しを求めている。

【判旨】

1.「本案に理由がないとみえるとき」(行政事件訴訟法25条4項)に当たるか否かについて

(1) 申立人は,本件各文書のうち,本件各決定において開示するとされた別紙「申立人における不開示主張部分」記載の部分には,@本件各機器の内部構造に係る情報,A本件各機器に係る営業上のノウハウ,B具体的な報告事例が記載されており,(ア)上記@及びAの情報が開示されると,申立人の企業秘密が公表され,申立人の利益が侵害されること,(イ)上記Bの情報が開示され,(a)本件各機器に係る不具合に関する暫定的な報告内容が公開されると,申立人の信用が損なわれる上,(b)重大な不具合ではない情報まで全面的に公開されると,医療機器メーカーの行政に対する自主的な情報提供に萎縮効果が生じ,また,(c)患者のプライバシーを侵害するなどの問題が生ずるので,これらの情報は情報公開法5条1号本文及び2号イに該当する旨主張する。

(2) 本件各文書のうち,本件各決定において開示するとされた別紙「申立人における不開示主張部分」記載の部分(以下「本件不開示主張部分」という。)には,以下のような記載があることが一応認められる。

ア.本件各機器の内部構造について,(a)本件機器1の内部構造を写した写真,(b)本件各機器の(略)に関する情報

イ.本件各機器に係る不具合について,(a)申立人の行った不具合の原因推定経緯及び対応,(b)不具合に対する申立人の対応の時期,(c)(略)の時期等の本件各機器の性能に関する情報,(d)(略)の設置状況

ウ.本件各機器に係る不具合の発生時及び発生前後の患者の状態・症状並びに本件機器1の不具合と患者の症状の関係についての担当医師の意見

(3) 上記(2)によれば,本件各決定による本件各文書の開示部分のうち,本件不開示主張部分が開示されると,@本件各機器の内部構造に係る情報や,A本件各機器に係る不具合の原因及びその推定経緯並びに申立人の対応及びその時期,本件各機器の性能に関する情報等が明らかとなるところ,これらの情報は,本件各機器に係る製品情報や営業上のノウハウといった申立人の事業活動に有用な技術上及び営業上の情報であって,医療機器の製造販売業界における当該情報の価値・稀少性や当該業界における各社の競争状況等の諸事情が明らかでない現段階において,競業他社がこれを利用することにより利益を享受し得る反面,申立人が損失を受け得る可能性は直ちに否定し難く,これらの情報が開示されることによって,情報公開法5条2号イに規定する申立人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれが認められないと断定することはできない。また,本件各文書のうち本件不開示主張部分には,B本件各機器に係る不具合の発生の当時・前後の患者の状態・症状及びこれに係る担当医師の意見が記載されているところ,所定の期限内に提出された暫定的・概略的な報告内容が公表された場合,その当時における当該医療機器の一般的な使用状況や当該患者を巡る状況等の諸事情が明らかでない現段階において,医師,患者等の間で事実関係の誤解等に起因して不当に申立人の信用が損われる可能性は直ちに否定し難く,当該情報が開示されることによって,情報公開法5条2号イに規定する申立人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれが認められないと断定することはできない。他方で,上記の事情を含む当該医療機器を巡る医療態勢の状況等の諸事情が明らかでない現段階において,上記@ないしBの各情報について,相手方の主張に係る同号ただし書に規定する事由あるいは同法7条に規定する事由が存在すると断定するに足りる疎明はない(なお,本件不開示主張部分の一部には,患者の疾患名等が記載されているところ,医療機器の一般的な使用状況等の諸事情が明らかでない現段階において,これが患者のプライバシーに係る情報として,同法5条1号本文に該当し得るものではないと断定することはできないとも解される。)。
 したがって,本件各決定により本件各文書のうち本件不開示主張部分が開示されると,情報公開法5条2号イに規定する申立人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,当該部分は不開示情報に該当する旨の申立人の主張について,本案の審理を経る必要がないほどに理由がないとは認められない。

2.「重大な損害を避けるための緊急の必要」(行政事件訴訟法25条2項)について

 申立人は,本件各決定による(1) 本件各文書の開示部分のうち,本件不開示主張部分が開示されると,上記1(1)の(ア)並びに(イ)(a)及び(b)のような問題が生ずるので,申立人に「重大な損害」が生じ,これを避けるための「緊急の必要性」がある旨主張する。
 本件各決定による本件不開示(2) 主張部分の開示によって,申立人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれが認められないと断定することはできないことは前記1(3)で検討したとおりであるところ,情報公開法に基づく行政文書の開示決定処分は,事柄の性質上,情報の公開という点で,いわば不可逆的な効果を生ずるものである上,前記1(3)で検討した当該情報の性質上も,いったん当該情報が公表されることによって申立人の権利,競争上の地位等の利益が害されれば,これを回復することは事実上不可能であるといわざるを得ないことにかんがみれば,申立人について,本件各決定による本件不開示主張部分の開示により生ずる「重大な損害」を避けるため「緊急の必要」があると一応認めることができる(なお,申立人は,前記1(1)(イ)(b)において,本件各決定による医療機器メーカーにおける行政に対する自主的情報提供機能の萎縮効果等も主張しているが,行政事件訴訟法25条2項の「重大な損害」は申立人自身の損害に限定されると解されるので,上記主張に係る損害は,同項の「重大な損害」に該当するものとは解されない。)。

3.「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」(行政事件訴訟法25条4項)の有無について

 一件記録に照らしても,本件各決定のうち本件不開示主張部分を開示するとした部分の効力を停止することにより,「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」があると認めるべき事情の存在は認められない。

4.効力停止の期間について

 前記1の「本案について理由がないとみえるとき」に当たるか否かの判断は,事柄の性質上,本案事件の第一審判決の結論によって影響を受けるものであり,この点については,現段階における申立人の疎明の程度に照らせば,本案事件の第一審判決の結論を踏まえて改めて判断するのが相当であると思料される。
 したがって,本件各決定のうち本件不開示主張部分を開示するとした部分の効力の停止の期間は,本案事件の第一審判決の言渡しまでの間とするのが相当である。

5.結論

 よって,本件申立ては,本案事件の第一審判決の言渡しまでの間,本件各決定のうち申立部分の効力の停止を求める限度で理由があるから,その期間の限度で認容し,その余の部分は理由がないから却下する。

 

東京高裁判決平成20年12月04日

【事案】

 控訴人が,平成16年1月30日にした長期譲渡所得の課税対象となる土地の譲渡(売却)について,その譲渡によって生じた損失2500万円余を控訴人の平成16年分の給与所得等の他の所得と損益通算すると平成16年分の所得税について還付されるべき税金136万9400円が存在するとして,その旨の更正請求書を提出したが,処分行政庁が,平成16年4月1日に施行された改正後の租税特別措置法31条1項後段の規定(それまで認められていた土地建物等の譲渡損失を他の各種所得の金額から控除することを廃止する旨の規定)は平成16年法律第14号(所得税法等の一部を改正する法律)附則27条1項によって同年1月1日以後に行う土地建物等の譲渡にもさかのぼって適用されているとして,控訴人の上記更正請求には更正すべき理由がない旨の通知処分をしたため,控訴人が,上記の平成16年法律第14号附則27条1項の規定は憲法84条が原則として禁止する遡及立法にあたり,したがって,上記の更正請求に理由がない旨の通知処分は違法であるとして,その取消しを求めた事案。
 原判決は,上記の附則27条1項は憲法84条に違反せず,上記の通知処分は適法であるとして,控訴人の請求を棄却した。そこで,控訴人が控訴した。

(参照条文)平成16年法律第14号(所得税法等の一部を改正する法律)附則27条1項

 新租税特別措置法第三十一条の規定は、個人が平成十六年一月一日以後に行う同条第一項に規定する土地等又は建物等の譲渡について適用し、個人が同日前に行った旧租税特別措置法第三十一条第一項に規定する土地等又は建物等の譲渡については、なお従前の例による。

【判旨】

1(1) 憲法84条の定める租税法律主義の内容の一つとしての課税要件法定主義は,課税要件(それが充足されることによって納税義務が成立するための要件)と租税の賦課・徴収の手続は法律によって規定されなければならないとする原則であるが,遡及立法は,納税義務が成立した時点では存在しなかった法規をさかのぼって適用して,過去の事実や取引を課税要件とする新たな租税を創設し,あるいは,既に成立した納税義務の内容を納税者に不利益に変更する立法であり,法律の根拠なくして租税を課することと同視し得ることから,租税法律主義に反するものとされる。

(2) 所得税は,いわゆる期間税であり,暦年の終了の時に納税義務が成立するものと規定されている(国税通則法15条2項1号)。したがって,暦年の途中においては,納税義務は未だ成立していないのであり,そうとすれば,その暦年の途中において納税者に不利益な内容の租税法規の改正がなされ,その改正規定が暦年の開始時(1月1日)にさかのぼって適用されることとされたとしても(以下,これを「暦年当初への遡及適用」という。),このような改正(立法)は,厳密な意味では,遡及立法ではない。

(3) しかし,厳密な意味では遡及立法とはいえないとしても,本件のように暦年当初への遡及適用(改正措置法31条1項の暦年当初への遡及適用)によって納税者に不利益を与える場合には,憲法84条の趣旨からして,その暦年当初への遡及適用について合理的な理由のあることが必要であると解するのが相当である。
 ただ,暦年当初への遡及適用に合理的な理由があるか否かについては,「租税は,今日では,国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え,所得の再配分,資源の適正配分,景気の調整等の諸機能をも有しており,国民の租税負担を定めるについて,財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく,課税要件等を定めるについて,極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって,租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかはなく,裁判所は,基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。」(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)と解される。すなわち,本件においても,立法府の判断がその合理的裁量の範囲を超えると認められる場合に初めて暦年当初への遡及適用が憲法84条の趣旨に反するものということができるものというべきである。

(4) そこで,本件における暦年当初への遡及適用(改正措置法31条1項の暦年当初への遡及適用)に合理的な理由があるか否か,すなわち,暦年当初への遡及適用を行うものとしたことが立法府の合理的裁量の範囲を超えると認められるか否かについて検討するに,@ そもそも,分離課税の対象となる土地建物等の長期譲渡所得に対する課税については,利益(他の所得と損益通算するなどした後の利益)が生じた場合には税率20%の分離課税とされながら,損失が生じた場合には総合課税の対象となる事業所得や給与所得などの他の所得と損益通算して他の所得の額を減額することができること(改正前措置法31条1項,所得税法69条)については,かねてから不均衡であるとの批判が強く,長期譲渡所得について損益通算の制度を廃止すべきことが指摘されていたこと,A 平成16年1月1日以降の土地建物等の長期譲渡所得について損益通算を廃止することは,A党の「○○」の中に盛り込まれており,そして,この「○○」は平成15年12月18日のB新聞に掲載されて,納税者においても,平成16年1月1日以降の土地建物等の譲渡について損益通算が廃止されることを事前に予測することはできたこと,B また,改正措置法31条1項と同様に暦年の途中から施行されながらその適用が1月1日にさかのぼるものとされた改正規定は少なからず存し,これによると,本件の暦年当初への遡及適用についても,納税者において,暦年の途中から改正規定が施行されてもその適用が1月1日にさかのぼるものとされることは予め十分に認識し得たといえること,C そして,もし,本件改正附則を設けないものとして,改正措置法31条1項を1月1日にさかのぼって適用せず,1月1日から3月31日までの長期譲渡(複数の譲渡があればそれらの損益を通算したもの)と4月1日から12月31日までの長期譲渡(複数の譲渡があればそれらの損益を通算したもの)とに区分し,前者については改正前措置法31条1項を,後者については改正措置法31条1項を適用して,別異に取り扱うものとすると,仮に前者の譲渡について損失が生じた場合,その損失をどのように損益通算するのか(例えば,他の所得が事業所得のみである場合に,その所得の1月1日から3月31日までの間の利益と通算するのかそれとも1月1日から12月31日までの間の利益と通算するのか),仮に前者の譲渡について利益が生じた場合,その利益をどのように損益通算するのか(例えば,他の所得が事業所得のみである場合に,その所得の1月1日から3月31日までの間の損失と通算するのかそれとも1月1日から12月31日までの間の損失と通算するのか),また,特別控除額100万円はその全額を1月1日から3月31日までの間の譲渡所得から控除していいのか,等の問題を生じるのであり,さらに,1月1日から3月31日までの譲渡と4月1日から12月31日までの譲渡に区分すると,納税者においても所得税確定申告の手続がそれだけ煩雑となり,申告を受けた課税庁においても正しく区分されているか等を調べるために付加的な労力を要することとなること,D 加えて,1月1日から3月31日までの譲渡についてその損失を他の各種所得と通算できるものとすると,その間に譲渡損失を出すことのみを目的とした駆け込み的な不当に廉価な土地建物等の売却を許すことになり(現に,A党の「○○」がB新聞に掲載された直後から,年内の駆け込みの土地売却を勧める税理士等の提案がインターネットのホームページに掲載されるなどしていた。),公正な取引を行う他の納税者との間に不平等が生じ,不動産市場に対しても悪影響を及ぼしかねないこと,E 本件において,暦年当初への遡及適用の期間は1月1日から3月31日までの3か月にとどまるものであること,F 一方,居住用財産を譲渡した場合の譲渡損失の一部については,なお一定の要件の下に損益通算が認められていること(改正措置法41条の5第1項),等の事情を総合考慮すると,本件における暦年当初への遡及適用(改正措置法31条1項の暦年当初への遡及適用)には合理的な理由があり,暦年当初への遡及適用を行うものとしたことに立法府の合理的裁量の範囲を超えるところはないというべきである。

(5) したがって,暦年当初への遡及適用(改正措置法31条1項の暦年当初への遡及適用)を定める本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するものということはできないから,控訴人の主張は採用することができない。

2.よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却する。

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