最新下級審裁判例

大阪地裁判決平成20年12月10日

【事案】

1.原告は,内縁の夫であるAが事故により死亡したため,生活保護を受けていたところ,上記事故につき,原告が,遺族慰謝料の支払を,原告とAとの子であるBが,遺族慰謝料及びAから相続した損害賠償金の各支払を,それぞれ受けたため,泉南市福祉事務所長(以下「処分庁」という。)は,原告に対し,上記事故時以降に支給した保護費につき,生活保護法63条を適用する旨の通知をするとともに(以下「本件通知」という。),同条に基づく返還金の額を557万5804円と定める旨の処分(以下「本件処分」という。)を行った。本件は,原告が,本件通知及び本件処分をいずれも不服としてこれらの各取消しを求めた抗告訴訟である。

2.法令の定め

(1) 生活保護法(以下「法」という。)

 法1条は,法は,日本国憲法25条に規定する理念に基づき,国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長することを目的とする旨規定する。
 法4条1項は,保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる旨規定し,同条3項は,同条1項,2項の規定は,急迫した事由がある場合に,必要な保護を行うことを妨げるものではない旨規定する。
 法8条1項は,保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする旨規定する。
 法10条は,保護は,世帯を単位としてその要否及び程度を定めるものとする旨規定するとともに,ただし,これによりがたいときは,個人を単位として定めることができる旨規定する。
 法63条は,被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない旨規定する。

(2) 民法

 民法711条は,他人の生命を侵害した者は,被害者の父母,配偶者及び子に対しては,その財産権が侵害されなかった場合においても,損害の賠償をしなければならない旨規定する。
 民法3条1項は,私権の享有は,出生に始まる旨規定するが,同法721条は,胎児は,損害賠償の請求権については,既に生まれたものとみなす旨規定し,同法886条1項は,胎児は,相続については,既に生まれたものとみなす旨規定する。
 民法787条本文は,子,その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は,認知の訴えを提起することができる旨規定し,同法784条本文は,認知は,出生の時にさかのぼってその効力を生ずる旨規定する。

3.前提事実

(1) 関係者等

ア.Aは,原告の内縁の夫であった者であるが,後記のとおり,平成▲年▲月▲日の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。

イ.Bは,平成▲年▲月▲日,Aと原告との間に出生した女児である。

ウ.泉南市福祉事務所長(処分庁)は,泉南市長から,法19条4項に基づき,法24条1項に規定する保護の開始及び変更に関する事務,法26条に規定する保護の停止及び廃止に関する事務並びに法63条に規定する被保護者が返還すべき額の決定に関する事務等について権限の委任を受けた行政庁である。

(2) 本件処分に至る経緯

ア.原告とAとは,内縁関係にあったところ,Aは,平成▲年▲月▲日,交通事故(本件事故)により死亡した。

イ.原告は,同月15日,処分庁に対し,生活維持者であったAが本件事故により死亡し,また,原告も妊娠中であるため就労が困難であるなどとして,法7条に基づき,保護の開始の申請を行ったところ,処分庁は,同年4月2日,原告が属する世帯(以下「原告世帯」という。)が窮迫している状態が認められるとして,法24条1項に基づき,上記申請日からの保護の開始を決定した。

ウ.原告は,同年▲月▲日,Aとの間にBを出産し,その後,処分庁に対してBの出生を届け出て保護の変更を申請したところ,処分庁は,同月29日,Bの出生日に遡及して同人を原告世帯の構成員として認定した。

エ.Bは,大阪家庭裁判所岸和田支部に対し,大阪地方検察庁岸和田支部支部長検事を被告として,BがAの子であることを認知する旨の判決を求める訴訟を提起したところ,同裁判所は,平成17年5月31日,BがAの子であることを認知する旨の判決(以下「本件認知判決」という。)を言い渡し,同判決は,同年6月21日の経過により確定した。

オ.原告及びBは,同年8月9日,C株式会社から,本件事故に関し,自動車損害賠償責任保険金合計1955万7317円(以下「本件保険金」という。)の支払を受けた。同保険金の内訳は,原告固有の遺族慰謝料158万3333円(以下「原告固有慰謝料」という。),Bの固有の遺族慰謝料とAからの相続分との小計1797万3334円(以下「B保険金」といい,B保険金のうち,B固有の遺族慰謝料部分を以下「B固有慰謝料」と,B保険金のうちAからの相続分を以下「B相続分」と,各呼称する。)及び文書料(印鑑証明書代及び戸籍謄本代)650円(以下「本件文書料」という。)である。
 原告は,同月11日,処分庁に対し,上記本件保険金の受領の事実を報告した。
 なお,B保険金は,現在に至るまで費消されることなくB名義の預金口座において管理されている。

カ.処分庁は,同月29日付けで,原告(ないし原告世帯)に対し,「生活保護法第63条(費用返還義務)適用について(通知)」と題する書面(以下「本件通知書」という。)を交付して,原告(ないし原告世帯)に対して法63条を適用する旨通知した(本件通知)。
 なお,本件通知書には,「この決定に不服があるときは,この決定のあったことを知った日の翌日から起算して60日以内に知事に対し審査請求することができます」「審査請求に対する裁決を経た場合に限り,その審査請求に対する裁決があったことを知った日の翌日から起算して6か月以内に,泉南市を被告として(省略)この決定の取消しの訴えを提起することができます」との記載がある。

キ.処分庁は,平成17年8月31日付けで,原告世帯に対し,保護廃止決定をするとともに,法63条による返還金の額を557万5804円と定める旨決定し(本件処分),原告に対し,各旨通知した。なお,本件処分に係る通知書(生活保護法第63条(費用返還)による返還金決定通知書。)には,生活保護法63条の適用期間として,平成▲年▲月15日から平成17年8月31日までとの記載がある。

(3) 審査請求及び本件訴え

ア.原告は,平成17年10月24日,大阪府知事に対し,本件通知及び本件処分を不服として,審査請求を行った。

イ.大阪府知事は,原告の上記審査請求について,本件処分の取消しを求めるものであるとの前提で,平成18年11月14日,同審査請求を棄却する旨の裁決をした。

ウ.原告は,平成19年5月10日,本件訴えを提起した。

【判旨】

1.本件通知の処分性について

 取消訴訟の対象となるのは,行政事件訴訟法3条2項に定める「処分」に限られるところ,ここにいう「処分」とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される(最高裁昭和37年(オ)第296号同39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)。
 ところで,前記法令の定めのとおり,法63条は,資力があるにもかかわらず保護を受けた被保護者について,その受けた保護の金品に相当する金額全額を返還すべきものとはせずに,当該金額の範囲内において,保護の実施機関の定める額を返還すべきものとしているのであるが,これは,資力があるにもかかわらず保護を受けた被保護者であっても,当該保護を受けた時点から返還までにある程度の期間が経過することも予想されることからすると,その間の生活状況等によっては受けた保護の金品に相当する金額の全額を一律に返還すべきものとすると,かえって当該被保護者の自立更生の妨げになるなど,法の趣旨目的に反することになる場合も想定されることから,被保護者が返還すべき金額は,被保護者の生活状況等に通暁する保護の実施機関(法25条2項,28条1項,29条,61条参照)において,法の目的を踏まえて上記金額の範囲内でその裁量により決定することとしたものと解される。このような法63条の趣旨に加えて,同条は保護の実施機関による返還金額の決定のみを規定し,金額の決定とは別個の返還決定ないし通知については何ら規定せず,法令上他に返還額の決定とは別個の返還決定ないし通知について定めた規定は存しないことなどからすると,法は,保護の実施機関が返還すべき金額を決定することによって初めて,被保護者に法63条に基づく具体的な返還義務が生じるとする仕組みを採用しているものと解される。そして,証拠及び弁論の全趣旨によれば,実務上,生活に困窮する者が,資産を有するもののこれを直ちに処分することが困難である場合等において,法63条が適用される旨を文書により通知した上で同人に対して保護を開始するといったことが行われていることもうかがわれるが,上記説示したところに照らせば,このような法63条が適用される旨の通知は何ら法令上の根拠を有するものではなく,被保護者に対して将来当該資産の処分等が可能になった場合に法63条に基づく返還金額の決定がされ得ることを事前に告知することにより将来における返還金の徴収事務の円滑を図るための事実上の行為にすぎないのであって,当該被保護者の具体的な権利義務又は法的地位に何ら消長を来すものではないというべきである。以上によれば,金額を定めることなく単に法63条を適用することを通知するにすぎない本件通知は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効果を有するものであるとはいえないから,取消訴訟の対象たる「処分」には該当しない。
 これに対し原告は,本件通知書には「この決定に不服があるときは,この決定のあったことを知った日の翌日から起算して60日以内に知事に対し審査請求することができます」等の記載があるところ,これは,被告が本件通知が「処分」に該当することを認めた結果であると主張する。
 しかしながら,行政庁の行為が「処分」に該当するか否かは,当該行為が法律上直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものとされているか否かによって決せられるのであり,行政庁の認識ないし相手方に対する不服申立てに関する教示の有無は,それを判断するための一つの資料とはなり得るとしても,これ自体によって処分性の有無が決せられるわけではないから,原告の主張を採用することはできない。
 以上によれば,本件訴えのうち本件通知の取消しを求める部分は不適法であり,却下を免れない。

2.原告が,原告固有慰謝料を「資力」(法63条)として取得した時期について

(1) 原告と内縁関係にあったAは,平成▲年▲月▲日に交通事故(本件事故)により死亡し,原告は,平成17年8月9日,本件事故に関し,C株式会社から,原告固有慰謝料として,自動車賠償責任保険金158万3333円の支払を受けたのであるが,弁論の全趣旨によれば,処分庁は,本件事故日である平成▲年▲月▲日に原告が上記原告固有慰謝料を法63条にいう「資力」として取得したものとして,本件処分を行ったものと認められる。

(2) 法は,4条1項において,保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる旨規定して,いわゆる保護の補足性の原則を定め,保護の本来的な受給資格について明らかにするとともに,8条1項において,保護の程度についても,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行う旨規定し,さらに,60条において,被保護者は,常に,能力に応じて勤労に励み,支出の節約を図り,その他生活の維持,向上に努めなければならない旨規定している。これらの規定は,法の定める生活保護制度が,資本主義社会における基本原則の一つとしての自己責任の原則を前提とした上で,憲法25条の理念に基づき,生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障することによって,その自立を図る補足的な制度であることを明らかにしたものということができる。他方,法4条3項は,同条1項の規定は,急迫した事由がある場合に,必要な保護を行うことを妨げるものではない旨規定しているが,これは,保護の補足性の原則を形式的に貫き,生活に困窮する者が,法4条1項にいう利用し得る資産等を有する場合においても,これを直ちに現実に活用することが困難であって当該資産等をおいては他に利用し得る資産を有しない等の理由により,当該生活困窮者が,その生存を危うくしている等,社会通念上これを放置し難い程度に状況が切迫している場合にまで保護を行わないこととすると,国民の最低限度の生活を保障しようとする法の趣旨目的に著しく反することになるため,このような場合には,上記補足性の原則に照らせば本来的な保護の受給資格を有するということはできないものの,例外的に,保護を受けることができることとしたものと解される。以上のような法4条の趣旨及び文言に照らせば,法4条1項にいう「利用し得る資産」とは,現金等,直ちに現実に活用することが可能な資産はもとより,その性質上直ちに処分することが事実上困難であったり,その存否及び範囲が争われる等の理由により,直ちに現実に活用することが困難である資産も含まれるというべきである。これを交通事故に関する損害賠償請求権に即してみると,交通事故の被害者(当該被害者が死亡した場合における民法711条が定める者も含む。)は,交通事故時において直ちに加害者に対し不法行為に基づく損害賠償請求権を取得するのであるから,たとい,加害者等の賠償義務者との間で,当該損害賠償請求権の存否及び範囲等について争いがあり,事実上これを直ちに行使し活用することが困難な状況にあるとしても,上記損害賠償請求権は,賠償義務者がその支払能力を欠くなど当該損害賠償請求権が客観的に無価値であるような場合を除き,交通事故時以降,法4条1項にいう「利用し得る資産」に該当するものというべきである(最高裁昭和42年(オ)第1245号同46年6月29日第三小法廷判決・民集25巻4号650頁参照)。
 そして,上記のとおり,法4条3項は,同条1項にいう「利用し得る資産」を有する場合においても,急迫した事由がある場合には保護を受け得ることを規定しているのであるが,先述のとおり,このような場合における保護は,同条1項が規定する補足性の原則に照らすと例外的な措置であって,この場合の保護受給者は,本来的な保護受給資格を有するわけではない。そして,法63条は,被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない旨規定しているのであるが,これは,前記のような法の定める生活保護制度の性格及び法4条3項に基づく保護の性質を踏まえ,同条に基づき保護を受けた場合等において,当該保護受給者においてその資力を現実に活用することができる状態になったときには,当該保護受給者に対し,その受けた保護につき費用返還義務を課すこととしたものと解される。以上のような法63条の趣旨及び同条と法4条との関係にかんがみると,法63条にいう「資力」とは,法4条1項にいう「利用し得る資産」と基本的には同義であって,法63条の「資力があるにもかかわらず,保護を受けたとき」に該当するためには,保護を受けた時点(保護の受給時)において「利用し得る資産」を有していることを要するものと解するのが相当であり,現実に直ちに活用することができるか否かはこの「資力」該当性を左右しないものというべきである。
 以上を前提として本件について検討するに,前記のとおり,原告の内縁の夫であったAが,平成▲年▲月▲日に本件事故により死亡しているため,原告は,同日,同事故の加害者に対して民法711条に基づく損害賠償請求権を取得したと認められる上,同損害賠償請求権は自動車損害賠償責任保険によりてん補されるものとされていたのであるから,同日,少なくとも当該保険金額の限度で同損害賠償請求権を法63条にいう「資力」として取得したというべきである。そして,原告は,平成17年8月9日,C株式会社から自動車損害賠償責任保険金として原告固有慰謝料158万3333円の支払を受けたことにより,同日,原告固有慰謝料を資力として現実に活用することができる状態になったということができる。したがって,処分庁において原告が平成▲年▲月▲日の本件事故日に原告固有慰謝料を法63条にいう「資力」として取得したとの判断をしたことは正当である。

3.Bが,B保険金を「資力」(法63条)として取得した時期について

(1) Aは,平成▲年▲月▲日に本件事故により死亡したのであるが,Bは,その後の同年▲月▲日に出生し,平成17年6月21日の経過により,BがAの子であることを認知する旨の本件認知判決が確定し,同年8月9日に至って,Bの法定代理人である原告が,本件事故につきB保険金1797万3334円の支払を受けたものと認められるところ,処分庁は,原告世帯が,平成▲年▲月▲日の本件事故時にB保険金を法63条にいう「資力」として取得したことを前提として,本件処分を行ったものと認められる。また,B保険金は,B相続分とB固有慰謝料から構成されるものと認められ,その割合は,正確には不明であるが,弁論の全趣旨によると,概ね2対1であると認められる。

(2) ところで,法1条は,法は,国が生活に困窮するすべての国民に対し,その困窮の程度に応じ,必要な保護を行い,その最低限度の生活を保障すること等を目的とする旨規定し,法2条は,すべて国民は,法の定める要件を満たす限り,法による保護を受けることができる旨規定し,法4条1項は,保護は,生活に困窮する者が,その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる旨規定し,法8条は,法2条及び4条1項等を前提として(法5条参照),保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとし,その基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これをこえないものでなければならないとして,具体的な保護の基準及び程度について規定している。これらの規定に照らせば,法は,保護の要否及び程度については,当該保護を行う時点において,客観的に定まり得ることを前提としているものと解される。これに加えて,前記2(2)において説示したとおり,法4条1項は,保護の本来的な受給資格を明らかにした規定であることを併せ考えると,同項にいう「利用し得る資産」とは,前記2において説示したとおり現実に直ちに活用し得るものである必要はないけれども,当該保護を受ける時点においてその内容が客観的に確定し得るものであることが必要であり,換言すれば,当該保護を受ける時点において,客観的に存在し,かつ,当該保護受給者に帰属していることを要するものというべきである。そして,前記のとおり,法63条にいう「資力」とは,法4条1項にいう「利用し得る資産」と基本的には同義であると解されるから,ここにいう「資力」も,返還されるべき保護費に係る保護を受給した時点において,客観的に存在し,当該保護受給者に帰属していることを要するものというべきである。この点,厚生省社会・援護局保護課監修に係る「生活保護手帳(別冊問答集)」においても,障害基礎年金が遡及して支給されることとなった場合については,年金が遡及して支給開始される日に法63条の返還請求の対象となる資力が発生したものとして取り扱うのが妥当だとしているが,その理由として,年金受給権は,裁定請求の有無にかかわらず,年金支給事由が生じた日に当然に発生する具体的権利であること指摘しているところであり,法63条にいう「資力」についての上記解釈と整合するものともいえる。

(3) 以上を前提に,BがB保険金を法63条にいう「資力」として取得した時期につき検討する。

ア.本件事故時

 まず,B保険金が,本件事故時において法63条にいう「資力」に該当するか検討するに,前記(1)のとおり,本件においては,平成▲年▲月▲日の本件事故時には,Bはいまだ出生しておらず,胎児にすぎなかったのであって,私権の享有主体たり得なかったのであるから,B保険金(に係る請求権)が客観的に存在していたとも,これがBに帰属していたものとも認められず,Bが本件事故時にB保険金を「資力」として取得したということはできない。
 この点,被告は,民法721条,886条1項が,胎児は,損害賠償の請求権及び相続については,既に生まれたものとみなす旨規定していることから,Bは,本件事故時に「資力」を取得したということができると主張する。しかしながら,これらの民法の規定は,いずれも,胎児と子との均衡の観点から,損害賠償の請求権及び相続についてのみ,胎児についても生まれたものとみなす旨規定しているのであって,このような趣旨からすると,民法の上記各規定は,胎児の間に,上記各事項について権利能力を取得することまでをも定めたものではなく,胎児が生きて生まれたときにその子に損害賠償請求権又は相続人としての地位を取得させるための立法技術として,不法行為時又は相続開始時にさかのぼって権利能力を有していたと擬制するものにすぎないというべきである(大審院昭和6年(オ)第2771号同7年10月6日判決・民集11巻20号2023頁参照)。
 そうであるとすれば,胎児である間に当該胎児に具体的な損害賠償請求権又は相続財産が帰属し存在していたということはできないから,民法の上記各規定を根拠に当該胎児が胎児である間に当該損害賠償請求権又は相続財産を法4条1項にいう「利用し得る資産」ないし法63条にいう「資力」として取得したということはできない。
 以上のとおり,BがB保険金を本件事故時に法63条にいう「資力」として取得したということはできないから,この点において,本件処分はその要件の認定を誤るものというほかない。

イ.B出生時

 Bは,平成▲年▲月▲日に出生したが,Aと原告との間には婚姻関係はなかったため,Bは,認知の訴えを提起し,平成17年6月21日の経過により,本件認知判決が確定したものと認められる。そこで,本件認知判決が確定する前である,B出生時に,BがB保険金を法63条にいう「資力」として取得したということができるのか検討する。なお,前記(1)のとおり,B保険金には,B相続分とB固有慰謝料という性質の異なるものが含まれているから,以下ではこれらにつき格別に検討することとする。

(ア) B相続分について

 上記のとおり,Bは,その出生時には,Aとの間に法的父子関係は存在せず,本件認知判決確定までの間,BはAの相続人としての地位を有していなかったのであるから,出生後本件認知判決確定までの間においては,Aが本件事故に関し加害者に対して取得した損害賠償請求権について,何ら権利関係を有しなかったのであり,この時点においてはBにB相続分が帰属していたということはできず,B相続分を法4条1項にいう「利用し得る資産」ないし法63条にいう「資力」として取得したということはできない。
 これに対し,被告は,民法784条が,認知は,出生の時にさかのぼってその効力を生じる旨規定していることから,B出生時にはB相続分を法63条にいう「資力」として取得していたと主張する。確かに,民法は,認知の効力を出生の時にさかのぼらせることによって,認知に伴う身分関係及び財産関係が出生の時から存在したものとしているのであって,法的には,Bは,その出生の時からB相続分を取得していたことになるというべきである。しかしながら,法は,4条1項において保護の本来的な受給資格を定めた上,同条3項において,同条1項にいう利用し得る資産を有するため保護の本来的な受給資格に欠ける者についても,急迫した事由がある場合には保護を受けることができるものとするとともに,63条において,そのような保護を受けたときは,当該受給者に対してその受けた保護金品に相当する金額の範囲内において費用返還義務を課すこととしたものであって,このような法63条の趣旨及び同条と4条との関係から,法63条の「資力があるにもかかわらず,保護を受けたとき」に該当するためには,保護を受けた時点(保護の受給時)において「利用し得る資産」を有していることを要するものと解されること,法は,保護の要否及び程度が当該保護を行う時点において客観的に定まり得ることを前提に,保護の要件及び効果等について規定していることからして,「利用し得る資産」は,当該保護を受ける時点においてその内容が客観的に定まり得るもの,すなわち,客観的に存在し,かつ,当該保護受給者に帰属していることを要すると解されることは,前記のとおりである。しかるところ,嫡出でない子は,認知されるまでは,法的父子関係及びこれに基づく財産関係を何ら有していないのであり,当該子が保護の単位となる世帯に属している場合であっても,当該世帯に対する保護が実施された時点においていまだ認知がされていない以上,認知の法的効果により形成される身分関係(法的父子関係)に基づく財産関係は当該時点においては何ら帰属していないというほかなく,後に当該子に対する認知がされた結果当該子が当該保護の実施時にさかのぼって当該認知により形成された法的父子関係に基づく財産を有していたことになるとしても,当該保護を受けた時点において「利用し得る資産」を有していたということはできず,したがって,法63条の「資力があるにもかかわらず,保護を受けたとき」に該当するということはできない。また,民法は,嫡出でない子については,血縁上の父子関係を有するのみでは法的父子関係を認めず,認知を待って初めて法的父子関係が形成されるものとして,法的父子関係の形成を認知という身分行為にゆだねているところからすれば,嫡出でない子は,血縁上の父子関係を有するのみでは,何ら相続に関する法的地位を有しないというほかなく,これを停止条件が付された債権等と同視することは到底できないというべきである。さらに,認知の訴えを提起するか否かは,当該子の基本的な身分関係にかかわる事柄であって,民法787条本文に掲げられた者の自由な意思にゆだねられるべき性質のものであるから,認知の訴えを提起し得る地位自体が,法4条1項にいう「利用し得る資産」ないし法63条にいう「資力」に該当しないことは明らかである。以上によれば,この点に関する被告の前記主張は採用することができない。

(イ) B固有慰謝料について

 Bが,B固有慰謝料の支払を受けた時点においては本件認知判決が確定し,その出生の時にさかのぼってAとの間の法的父子関係が形成されていたのであるから,Bは,民法711条に基づく慰謝料としてB固有慰謝料の支払を受けたものと考えられる。もっとも,前記のとおり,B出生時においては,AとBとの間には法的父子関係は存しなかったのであるから,このような場合であっても,出生時において,民法721条,711条ないしその類推適用に基づく慰謝料請求権が存在し,Bに帰属していたといえるのであれば,BはB固有慰謝料をその出生時に法4条1項にいう「利用し得る資産」として取得していたと解する余地がある。
 確かに,加害者の不法行為によって被害者が死亡した場合,民法711条に列挙された者に該当しなくても,当該被害者との間に同条所定の者と実質的に同視することができる身分関係が存在し,当該被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は,同条の類推適用により,当該加害者に対し直接に固有の慰謝料を請求することができる(最高裁昭和49年(オ)第212号同年12月17日第三小法廷判決・民集28巻10号2040頁参照)。しかしながら,本件事故(不法行為)の被害者であるAとBとの間に血縁上の父子関係が存在するとしても,前記のとおり,Bは本件事故時(不法行為時)にはいまだ胎児の状態にあって出生しておらず,A(被害者)の死亡により甚大な精神的苦痛を受けるような生活実態がなかったのであるから,民法711条を類推適用するに足りるだけの事実上の基礎を欠くというべきである。もっとも,不法行為の被害者と法的父子関係のある子については,不法行為時に胎児の状態にあったとしても,民法721条の規定によりその出生時に民法711条に基づく固有の慰謝料請求権を取得することになるが,前記のとおり,民法は,嫡出でない子については認知によって初めて法的父子関係が生じるものとする一方,法的父子関係と血縁上の父子関係とを截然と区別し,後者の関係については格別の配慮を払っていないのであって,このような民法における法的父子関係と血縁上の父子関係との扱いの差異等にかんがみると,少なくとも,本件のように,未認知の子が胎児の間に,その父が不法行為により死亡し,親子としての生活実態を観念することができないような場合には,認知によって法的父子関係が形成されるまでの間については,民法711条所定の者と実質的に同視することができる身分関係を有するということはできず,同条を類推適用することはできないというべきである。したがって,本件においては,平成17年6月21日の経過により本件認知判決が確定したことによって,Bは,本件事故の加害者に対する固有の慰謝料請求権を取得し,これを行使することができるようになったものというべきである。
 以上によれば,平成▲年▲月▲日のB出生の時点においては,Bは,本件事故の加害者に対して何ら固有の慰謝料請求権を有しなかったものと認められるから,上記時点において,B固有慰謝料を法4条1項にいう「利用し得る資産」ないし法63条にいう「資力」として取得したということはできない。

ウ.本件認知判決確定時

 上記ア,イにおいて説示したところに照らせば,Bは,平成17年6月21日の経過により本件認知判決が確定したことによって,本件事故の加害者に対するB相続分及びB固有慰謝料に係る請求権を取得したものと認められる。そして,法63条にいう「資力」には,その存否及び範囲につき争いがあるなどして現実に直ちに活用することが困難なものも含まれることは,前記2(2)において説示したところである。以上によれば,Bは,平成17年6月21日の経過時に,B保険金を法63条にいう「資力」として取得したものと認められる。

4.小括

 以上のとおり,原告は,平成▲年▲月▲日に原告固有慰謝料を法63条にいう「資力」として取得し,Bは,平成17年6月22日にB保険金を法63条にいう「資力」として取得したものと認められる。
 ところで,本件保険金には,本件文書料650円が含まれるのであるが,この本件文書料は,原告及びBが,自動車損害賠償保障法に基づき保険会社に対して保険金請求する際に必要となる戸籍謄本等の文書(同法施行令3条2項2号参照)の取得に要した費用に係る賠償金であると解される(同法16条の3第1項,自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)第5,第2の1(2)参照)。そうすると,本件文書料は,原告固有慰謝料及びB保険金を取得するための必要経費のてん補としての性質を有するということができるのであって,法4条1項にいう「利用し得る資産」ないし法63条にいう「資力」からは控除するのが相当であり,原告ないしBが本件文書料を法63条にいう「資力」として取得したということはできないというべきである。
 以上によれば,原告は,本件事故時である平成▲年▲月▲日に,158万3333円を法63条にいう「資力」として取得し,Bは,本件認知判決確定時である平成17年6月22日に,1797万3334円を法63条にいう「資力」として取得したものと認められる。

5.Bが,B保険金を法63条にいう「資力」として取得したことを理由として,原告に対し法63条に基づく返還請求をすることができるかについて

(1) 法は,10条本文において,保護は,世帯を単位としてその要否及び程度を定めるものとする旨規定することにより,いわゆる世帯単位の原則を明らかにし,世帯員の需要及び収入を一括し,世帯としての最低生活費及び収入の認定を行い,それに基づき保護の要否及び程度を定めるものとしている。
 そうであるとすれば,法は,4条1項において規定する補足性の原則についても,世帯単位で適用するものとしていると解されるのであって,同項にいう「利用し得る資産」についても,世帯単位でその存否を判断すべきであり,当該世帯構成員のうちだれが当該資産を有しているかという点は保護の要否及び程度を判断するに際して原則として考慮されないというべきである。以上に加えて,前述した法4条と法63条との関係等にもかんがみると,法63条にいう「資力」についても,世帯単位でその存否を判断すべきであって,原則として当該資力の取得者ないし処分権限の有無を問わないものというべきである。
 なお,法10条は,そのただし書で,世帯単位の原則によりがたいときは,保護の要否及び程度は個人単位で定めることができるとしているのであるが,これは,世帯単位での取扱いをすることが,法の趣旨目的に反することになるような場合に,例外的に個人を単位とし得ることを規定したにすぎないところ,本件においてはそのような事情は何らうかがわれないのであって,世帯単位の原則の適用を否定すべき理由はない。

(2) これに対し,原告は,原告がB保険金を原資として保護費を返還することは,利益相反行為に該当して許されず,これをするためには特別代理人の選任を要するのであって,特別代理人が選任されるまでは原告にはB保険金の処分権限はなく,無資力というほかないから,原告に対して返還請求することは許されない旨主張する。
 しかしながら,法63条にいう「資力」の有無は世帯を単位として判断すべきであること及び当該資力は現実に直ちに活用することができるものであることを要しないことは前記のとおりであるし,保護費の返還額の決定は,行政庁の保護受給者に対する一方的な行政処分であることからすると,この返還額の決定自体については,保護を受けた世帯内における親子の利益相反の問題が生じる余地はなく,仮に,利益相反の問題が生じ得るとしても,それは,当該行政処分によって課された返還義務の履行の段階においてにすぎない。すなわち,法は,生活保護制度の設計に当たり,家計を一つにする消費生活上の単位を世帯としてとらえ,当該世帯員の需要及び収入を一括して世帯としての最低生活費及び収入の認定を行い,それに基づいて保護の要否及び程度を定めるという立法政策を採用しているのであって,同居生活を営む親と未成年の子は世帯の中核的構成員として法が当然に予定するところというべきである。そして,前記のとおり,法63条の趣旨及び同条と法4条との関係からすれば,法は63条の適用場面においても世帯単位の原則が適用されることを当然の前提としていると解されるのであって,同条にいう「資力」の有無の認定に当たり,当該世帯の構成員に未成年の子とその子に対する親権等を行う者が含まれている場合について別異に解すべき法上の根拠は何ら見いだせず,法63条の規定に基づく費用返還義務の履行における世帯構成員間の利害の調整等は民法その他の私法規定にゆだねているものと解すべきである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

6.本件処分の一部取消しの可否

 以上説示したところによると,本件において,原告世帯は,平成▲年▲月▲日に158万3333円を法4条1項にいう「利用し得る資産」として取得し,平成17年6月22日に1797万3334円を法4条1項にいう「利用し得る資産」として取得し,それぞれの時点において当該資産を法63条にいう「資力」として有していたものと認められ,他に原告世帯の構成員が原告世帯の需要を充足する「利用し得る資産」ないし「資力」を有していたことは本件記録上うかがわれない。そうすると,平成17年6月21日までに原告世帯が受給した保護に係る保護費については,158万3333円が法63条に基づく返還額の上限となることになる。しかるに,本件においては,平成▲年▲月15日の保護開始時以降原告世帯が受給した保護費のうち,既に原告が返納したものを除く全額が法63条に基づく返還対象とされているところ,保護開始時から平成17年5月分までの原告世帯の保護受給額ですら,上記返納額を除き477万5634円にも及び,上記上限額を大幅に上回っているのであり,本件処分は,その要件の認定を誤ったものとして,違法であるといわざるを得ない。
 そこで,本件処分のうち,法63条の「資力」の認定に基づいて定め得る返還額の上限を超える部分のみを取り消すことができるか検討するに,前記1において説示したとおり,法63条は,資力があるにもかかわらず保護を受けた受給者について,その受けた保護金品に相当する額全額を直ちに返還すべきものとはせずに,その返還額の決定については,被保護者の生活状況等に通暁する保護の実施機関において,法の趣旨目的を踏まえて,その裁量により定めるべきものとしているのである。そうであるとすれば,本件処分において定められた返還額が,法63条に基づき決定し得る返還額の上限を著しく上回っている本件においては,処分庁において,原告世帯が本件保険金を法63条にいう「資力」として取得した時期に関して上記説示したところを踏まえ,再度その裁量により法63条に基づく返還金の額の決定すべきものであって,本件処分の一部のみを取り消すことは許されないというべきである。
 したがって,本件処分は,その全部につき取消しを免れない。

7.結論

 以上によれば,本件訴えのうち,本件通知の取消しを求める部分は,不適法であるから却下すべきであり,その余の部分に係る原告の請求(本件処分の取消請求)は,全部理由があるから,認容すべきである。

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