最新下級審裁判例

東京高裁判決平成21年05月28日

【判旨】

1.証券取引における説明の必要性と説明義務の根拠

 証券取引は,当事者に大きな利益と損失とをもたらし得るから,証券取引をするには,その仕組みを理解し,自己の判断で利益が出ても損失がでても,それは自己の投資予測判断の結果であるとして,これを甘んじて受ける覚悟のできていることが必要である。取引に習熟したいわゆる機関投資家等のプロの投資家はこの要件を満たすが,そうでない者は,その知識,能力等に応じて,必要な説明を受け,仕組みを理解して取引をすることが必要である。
 社債には,一般投資家に馴染みのある電力会社債などが含まれ,社債は,銀行金利より高い利回りで償還時期に利益を上げられる安全な商品というように理解されることが多い。しかし,そのような投資家も,安全ということの意味,内容,真偽,社債の償還期前の市場での換金の可否,その価格,利率(流通利回り)等の具体的仕組み等について必ずしも知っているわけではないと考えられる。これに対し,株式は,価格が上下して安全とはいえないものの,市場での売買が自由であるということで,投資商品としての性質が単純であるため,投資家以外の人を含め,多くの人に知られていると思われる。
 発行会社が倒産する場合には,株式も社債も投下資金が回収できないこととなり損失を被る点では共通するが,中途換金の容易な株式は会社が倒産する以前に換金することで価格低下の損失を少なくすることができるのに対し,社債は,償還期まで保有していて,大きな損失を被る危険が数は多くはないにしても存在する。このように社債は,大きな利益をもたらすものではないものの,低金利時代には預金よりは高利であり,また損失を及ぼす機会が少ない点に長所のある商品であるが,一度び損失が生じるときには大きな損失をもたらすものである。このような社債の商品特性については,取引に参加する一般投資家が知る必要があり,証券会社は,そのようなことを知らない投資家を勧誘する場合には,これを説明する必要がある。社債の商品特性が,証券会社の投資家に対する説明義務の第1の根拠である。
 説明義務の第2の根拠は,一般投資家と証券会社との証券及び証券取引についての知識,経験,情報収集能力,分析力等についての差である。
 そして,説明義務の第3の根拠は,証券会社が利益を受けることにある。
 すなわち,証券会社は,投資家が取引をするだけ手数料収入が増加し,利益を受け,かつ,損失を被ることはなく,いわば顧客としての投資家にリスクのある商品を売り付けて利益を上げる立場にあるから,商品の特性(特にリスク)をきちんと説明すべき義務がある。以上の各根拠については,当時の法令の規定に定められているものではないが,証券としての社債の取引を勧める証券会社と社債を購入する投資家との間に信義則上生じる義務と解される。
 そして,このように説明義務があるということは,証券会社に実際面での不可能を強いるものではない。というのは,一般投資家に証券取引に参加してもらうことで市場の発展を図ることが,証券会社にとっても大局的には望ましいことであり,利益でもあるからである。

2.投資家の知るべき事項(不可欠の説明事項)

(1) 前記1でも触れたとおり,発行会社が倒産したときには,社債権者に社債は償還されないことになる。したがって,社債は必ずしも安全な商品ではない。投資家はまずそのことを知らなければならない。従前,発行会社の債務不履行例があまり見られず,また危機状態があっても,いわゆるメインバンクが救済すること等により,社債発行会社の社債権者に対する不払い事例が少なかったが,それは,事実上の現象にとどまり,法制度としては,発行会社が倒産すれば,予定した償還はされないことになる。

(2) 次に,投資家は,社債発行会社の信用リスクを知るための方法及び信用リスクの回避方法を知らなければならない。
 社債発行会社の信用性については,まず発行会社の発行する目論見書で判断するが,これと並んで格付機関(会社)の格付け情報が基本情報となる。社債の購入後の発行会社の業況の把握とその対策は,社債権者が自ら努めることになるが,手段としては,上記の格付機関の時々の情報等である。また,次のとおり流通価格もこれを知る手段となる。
 投資家は,信用リスクを回避するためには,社債購入後にも,発行会社の業況を把握するように努め,倒産の危険があるなら,社債を償還期前に換金(売却)することが必要である。
 社債は市場で売り買いすることはできず,証券会社における相対(店頭)取引で同社に買い取ってもらうことになる。その時の売却価格の定め方は,日本証券業協会公表の気配値に依拠することになる。同一発行会社の社債であっても,発行価格が異なるのは,発行時の時価(市場金利の変化や発行会社の信用リスク)が価格に反映されるからである。発行会社の業況が悪化しているほど,中途売却価格は下がる。場合によっては売却が難しくなり,結果として,償還期まで保有するという選択をせざるを得なくなる場合もある。これは,流動性リスクといわれる。

3.各投資家との関係での説明事項・程度の差

 上記のとおり,投資家が,その知識,経験等により,当該取引に伴うリスクの内容,その要因や取引の仕組みの重要部分を理解しているような場合には説明自体が不必要となるのであり,証券会社は,一律に同一の説明義務を負うものではない。

4.それ以外の説明事項の有無

(1) 社債発行会社の経営状態に関する情報は,投資家が当該社債を購入するに当たり上記のリスクを具体的に判断するための重要な情報ではあるが,基本的には発行会社においてディスクロージャーに関する諸規定に基づき開示されるべきものであること,個別の社債発行会社の経営状態及びその変動に関する情報は膨大であり,内容も多岐に渡る上,経営状態に関する情報及びその信用性・情報価値の分析,調査の過程においては一定の価値判断,評価が伴うのでその判断・評価についても多様な見方があり得ること,社債発行に当たって発行会社の事業に関する情報は目論見書に集約されておりその評価は発行会社が依頼した指定格付機関の格付に集約されていること等に照らすと,証券会社が,顧客に上記目論見書の交付や上記格付についての情報提供を超えて,具体的な経営状態についての情報を提供することが法律上の義務であると解することは,証券会社に対して過大な負担を負わせることとなるので原則としては適当ではない。
 ただし,証券会社にそれほどの負担を負わせずに簡明に取得・提供できる客観的情報は,個別の投資家との関係で場合によっては,説明を要する情報に該当することになり得るというべきである。

(2) 格付は投資家が当該社債取引における信用リスクを判断する上で有益な情報である。目論見書には社債発行会社が依頼したいわゆる依頼格付を記載すべきものとされており,それは所轄官庁から指定を受けた指定格付機関が行ったもので,格付を依頼した社債発行会社の内部資料も考慮してなされることに照らすと,公開資料のみに基づく勝手格付よりも信頼性が劣るということもできないから,それはそれで説明すべき重要な情報であるといえる。そして,証券会社は,原則的には投資家から他の格付機関がどうであるか尋ねられた場合にはそれに応じればよいということになる。

(3) 流通利回りの上昇低下あるいは表面利率と流通利回りとの格差は,結局,社債価格の上昇下落により生じるものであるところ(社債価格の下落は流通利回りを上昇させ,社債価格の上昇は流通利回りを低下させる関係にある。),社債の市場価格は,景気や政策など種々の要因による金融情勢が反映された市中の金利水準によって変動するほか,当該社債発行会社の信用リスク等複雑な要素で決定されるものであり,証券会社によってもその価格評価は異なり得るものであること等に照らすと,原則としては,投資家から既発債の流通利回りを尋ねられた場合は格別,既発債全ての流通利回りの動向及びこれについての評価を説明義務の必須の内容として証券会社に一般的に課すことは相当でない。

(4) 購入後の保有,売却の判断は投資家の自己責任において判断すべきであり,そのための情報収集についても投資家の責任に委ねられているというべきであって,購入後も情報提供につき法的に義務を負う旨の約束をしたというような特段の事情がない限り,証券会社が顧客に対して有価証券購入後の情報提供ないし助言義務を一般的に負うということはできない。ただし,社債購入後の中途換金の方法,損を早期に固定させたい場合の方法及びその入手方法等は,個別の投資家との関係で情報提供が必要になることがあるというべきである。

5.投資家の自己責任との関係について

(1) 自己責任は,自己の投資予測判断に従って,利益も損失も覚悟の上で投資をすることを指していうのであり,それは,将来証券がどのような価格となるか等の不確定な将来の事項についての予測判断は,投資家の責任とするというものと理解すべきである。これに対して,制度の仕組みや証券発行会社の業況等の基本知識は,投資時点で事実となっている確定情報であり,予測して知るというものではない。確定情報は,どのような手段でどこまで把握するかという方法,程度が問題となるところ,前記2の必須事項及び4の特別の事情下での事項については,当該投資家が知る必要があり,もともと確定しているもので,証券会社が詳しいのであるし,証券会社には信義則上の義務があるから,これを投資家がきちんと知るように証券会社の方で情報提供をすべきである。これらは投資家の自己責任事項ではなく,自己責任発生のための前提事項と理解すべきである。このようにして,証券会社は,勧誘する一般投資家に対し,その知識・経験等に応じて,信義則上の義務として,取引の仕組み,発行会社の業況等について客観的指標を示して説明をすべきであり,投資家は,そのような情報を知った後に,自己責任に従って,証券取引をすることになる。自己責任と信義則上の説明義務とはこのような関係にあるというべきである。証券会社は,説明事項を知らせないようにすることや隠すことはもちろん義務違反であるが,投資家の自己責任事項であれば,説明義務違反には問われない。

(2) 自己責任は,投資家自身が決定したことは損失も利益も自己に帰属するということであるが,この自己責任と説明義務・その違反に基づく損害賠償請求とは,両立することであり,取引について自己責任に従ってその効力は争えなくても,他方で説明義務違反があるため,別に損害賠償請求ができるとされることは,不当ではない。
 また,損失補てんの禁止は,予め,損失を補てんすることを約して取引を勧誘することを禁止するということであり,事後に説明義務違反を理由に債務不履行責任又は不法行為責任が発生することとは別であり,損失補てんが禁止されるから後者の民事上の責任が発生しないということはできない。

 

東京高裁判決平成21年03月12日

【判旨】

 論旨は,法令適用の誤りの主張であり,原判決は,被告人が,平成20年7月26日,茨城県a郡b町の自宅において,同所に設置されたパーソナルコンピューターを操作して,そのような意図がないにもかかわらず,インターネット掲示板に,同日から1週間以内に東日本旅客鉄道株式会社土浦駅において無差別殺人を実行する旨の虚構の殺人事件の実行を予告し,これを不特定多数の者に閲覧させ,同掲示板を閲覧した者からの通報を介して,同県警察本部の担当者らをして,同県内において勤務中の同県土浦警察署職員らに対し,その旨伝達させ,同月27日午前7時ころから同月28日午後7時ころまでの間,同伝達を受理した同署職員8名をして,上記土浦駅構内及びその周辺等への出動,警戒等の徒労の業務に従事させ,その間,同人らをして,被告人の予告さえ存在しなければ遂行されたはずの警ら,立番業務その他の業務の遂行を困難ならしめ,もって偽計を用いて人の業務を妨害した,との事実を認定し,業務妨害罪(刑法233条)が成立するとしているが,本件において妨害の対象となった警察官らの職務は「強制力を行使する権力的公務」であるから,同罪にいう「業務」に該当せず,同罪は成立しないから,原判決には法令適用の誤りがある,というのである。
 そこで,検討すると,上記警察官らの職務が業務妨害罪(刑法234条の罪をも含めて,以下「本罪」という。)にいう「業務」に該当するとした原判決の法令解釈は正当であり,原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項で説示するところもおおむね正当として是認することができる。
 すなわち,最近の最高裁判例において,「強制力を行使する権力的公務」が本罪にいう業務に当たらないとされているのは,暴行・脅迫に至らない程度の威力や偽計による妨害行為は強制力によって排除し得るからなのである。本件のように,警察に対して犯罪予告の虚偽通報がなされた場合(インターネット掲示板を通じての間接的通報も直接的110番通報と同視できる。),警察においては,直ちにその虚偽であることを看破できない限りは,これに対応する徒労の出動・警戒を余儀なくさせられるのであり,その結果として,虚偽通報さえなければ遂行されたはずの本来の警察の公務(業務)が妨害される(遂行が困難ならしめられる)のである。妨害された本来の警察の公務の中に,仮に逮捕状による逮捕等の強制力を付与された権力的公務が含まれていたとしても,その強制力は,本件のような虚偽通報による妨害行為に対して行使し得る段階にはなく,このような妨害行為を排除する働きを有しないのである。したがって,本件において,妨害された警察の公務(業務)は,強制力を付与された権力的なものを含めて,その全体が,本罪による保護の対象になると解するのが相当である(最高裁昭和62年3月12日第一小法廷決定・刑集41巻2号140頁も,妨害の対象となった職務は,「なんら『被告人らに対して』強制力を行使する権力的公務ではないのであるから,」威力業務妨害罪にいう「業務」に当たる旨判示しており,上記のような解釈が当然の前提にされているものと思われる。)。
 所論は,@警察官の職務は一般的に強制力を行使するものであるから,本罪にいう「業務」に当たらず,A被告人の行為は軽犯罪法1条31号の「悪戯など」に該当するにとどまるものである,というようである。
 しかし,@については,警察官の職務に一般的に強制力を行使するものが含まれるとしても,本件のような妨害との関係では,その強制力によってこれを排除できず,本罪による保護が必要であることは上述したとおりであって,警察官の職務に上記のようなものが含まれているからといって,これを除外した警察官の職務のみが本罪による保護の対象になると解するのは相当ではない。なお,所論の引用する最高裁昭和26年7月18日大法廷判決・刑集5巻8号1491頁は本件と事案を異にするものである。
 Aについては,軽犯罪法1条31号は刑法233条,234条及び95条(本罪及び公務執行妨害罪)の補充規定であり,軽犯罪法1条31号違反の罪が成立し得るのは,本罪等が成立しないような違法性の程度の低い場合に限られると解される。
 これを本件についてみると,被告人は,不特定多数の者が閲覧するインターネット上の掲示板に無差別殺人という重大な犯罪を実行する趣旨と解される書き込みをしたものであること,このように重大な犯罪の予告である以上,それが警察に通報され,警察が相応の対応を余儀なくされることが予見できることなどに照らして,被告人の本件行為は,その違法性が高く,「悪戯など」ではなく「偽計」による本罪に該当するものと解される。

(参照条文)軽犯罪法1条

 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。

1号から30号まで略。

三十一  他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者

32号以下略。

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