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東京高裁判決平成21年03月06日

【判旨】

1.訴因変更手続を経ずに公訴事実と異なる事実を認定したという訴訟手続の法令違反の論旨について

(1) 論旨は,要するに,原判決は,「被告人は,株式会社B(以下「B」という。)の代表取締役であったものであるが,同社が販売する分譲マンション「a」(神奈川県C市所在,以下「本件物件」ともいう。)につき,同社において,Dほか10名との間で各居室の売買契約を締結していたところ,遅くとも平成17年10月27日午後2時過ぎころまでには,本件物件について,建築確認申請に提出された構造計算書の計算結果が虚偽であり,建物の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないこと,及び,本件物件の販売済みの居室の引渡し(残代金の支払い)が翌28日であることをいずれも知ったのであるから,同日の引渡予定の契約者らにその構造計算書の計算結果が虚偽であるなどの事実を告げるなりして残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべきであったのに,これをしなければ何らその事実を知らない契約者らから残代金支払名下に金員をだまし取る結果になることを認識しながら,それでもかまわないとの考えのもと,あえて,その後も,Dらに対し,その事実を告げず,かねて支払期限を同月28日午前中までとしていた残代金の支払請求をそのまま維持し,同人らをして本件物件が建築基準法に規定する構造計算によって安全性が確認されているものと誤信させ,よって,同人らをしてB名義の普通預金口座に金員(合計4億1409万5000円)を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させたものである。」との事実を認定したが,原判決認定の「遅くとも平成17年10月27日午後2時過ぎころまでには」との部分については,本件起訴状の公訴事実において,「同年10月27日午前10時30分ころまでには」と記載されていたのであり,原判決は,上記の各事実を認識した時刻を繰り下げ,当初の訴因と異なる事実を認定している,原判決は,この点につき,「これは,いわゆる縮小認定であり,訴因変更等の措置を要するものではない」と判示しているが,原判決の上記認定は,弁護人にとっては防御の機会を与えられないままなされた不意打ちのものであり,被告人の防御に実質的な不利益を与えるものであるから,訴因変更手続を経るべきであったのであり,その手続を経なかったという点で原審の訴訟手続には法令違反があり,それが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。

(2) そこで検討すると,確かに,所論指摘のように,原判決が,訴因変更手続を経ないで,@本件物件について,建築確認申請に提出された構造計算書の計算結果が虚偽であり,本件物件の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないこと(以下,本件物件に関する上記各事実を,「本件物件の安全性に関する瑕疵」という。),A本件物件の販売済みの居室の引渡し(残代金の支払い)が翌28日であること(以下「本件物件の引渡しに関する事実」という。)の両方を知った時点・時間を繰り下げて認定していることが認められる。この点は,原判決によれば,被告人が,「本件物件の安全性に関する瑕疵」及び「本件物件の引渡しに関する事実」の両方を知った時点において,初めて,Dらに対し,本件物件の安全性に関する瑕疵を告げるなどして,残代金の支払請求を一時的にでも撤回する義務(作為義務)が生じるとされるところ,原判決は,この作為義務発生の根拠となる事実に関して,被告人は,「本件物件の安全性に関する瑕疵」の点については,平成17年10月27日午前10時30分ころまでには知ったと認定したが,「本件物件の引渡しに関する事実」については,同日午前10時30分ころまでには明確に認識していたとはいえず,同日午後2時過ぎころに至って確実に認識したものと認定して,それに伴い時間を繰り下げて認定したものである。
 原判決が,この点をいわゆる縮小認定と解し,訴因変更の必要がないと判断したのは,おそらく次のような理由からであると思われる。すなわち,本件公訴事実の内容を検討すると,当初の訴因は,被告人が,平成17年10月27日午前10時30分ころ以降,DらがB名義の預金口座に現金を振込入金することを停止する手続を取ることができる時刻(なお,関係証拠によれば,本件被害者らの中で,その時刻が最も早いのはEであって,その時刻は同年10月27日午後6時であったことが認められる。)までの間,Dらに対し,本件物件の安全性に関する瑕疵を告げるなどして残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき義務があったというものであり,原判決が,本件公訴事実中の「同年10月27日午前10時30分ころまでには」という部分を「遅くとも同年10月27日午後2時過ぎころまでには」と認定した点については,被告人が,発生した作為義務に従ってDらに上記行為を行うべき時間帯について,本件公訴事実よりも縮小して認定したのであるから,いわゆる「縮小認定」であって訴因変更は不要である。以上のように解したのではないかと思われる。
 しかしながら,本件のような不真正不作為犯において,作為義務発生時点を上記のとおり約3時間半も繰り下げて認定した場合には,作為義務の発生根拠となる具体的事実(状況)が変化し,その変化に対応した立証活動が必要となるのであって,本件は,時間の長短だけが問題となるような通常いわれる縮小認定とは局面を異にするものといわなければならない。所論のこの部分の指摘は正しいと思われる。したがって,これをいわゆる縮小認定と判断し,訴因変更を要しないとした原判決は,説明が不十分であるか,判断を誤っているといわなければならない。しかし,本件において,訴因変更の手続を要するか否かについては,更に検討を要する。
 本件における犯罪行為の本質的部分は,同月28日の引渡予定の契約者らにその構造計算書の計算結果が虚偽であるなどの事実を告げるなりして残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべきという作為義務に違反して,これをせずに支払請求をそのまま維持したため,各被害者から金員を詐取したという点にあると解される。作為義務発生の時刻が繰り下がったといっても,このような犯罪事実の本質的部分に関しては,訴因と原判決の認定事実(以下「認定事実」という。)との間において相違する点は認められない。作為義務発生の時刻が繰り下がることにより事実に相違が生じてくるのは,作為義務発生の根拠となる事実(本件の場合は,「本件建物の安全性に関する瑕疵」及び「本件物件の引渡しに関する事実」を認識していたということ)を基礎付ける具体的事実の範囲(内容)についてである。実際には,原判決の認定によれば,「本件物件の引渡しに関する事実」を認識していたという点を基礎付ける事実として,10月27日午後2時過ぎころ,Fが被告人に対し,「明日のaの引渡しをしてもよろしいでしょうか。」と尋ねたところ,被告人から引き渡してよいとの返答があったとの事実を挙げているが,この事実は当初の訴因が作為義務発生の時刻として掲げた10月27日午前10時30分ころより後の時間帯の出来事である(原判決は,10月27日午前10時30分の段階では,本件物件の引渡日が翌28日であること(「本件物件の引渡しに関する事実」)について,「確たる認識はなかった」「せいぜい未必的な認識しかなかった」とし,同日午後2時過ぎころ,Fから,上記のような質問を受けて初めて,「確定的な認識を持つに至った」としている。)。また,「本件物件の安全性に関する瑕疵」を認識したという点を基礎付ける事実については,10月27日午前11時ころからのG株式会社(以下「G」という。)とBとの会議においてG側からどのような情報が与えられたか(本件物件が後述のI 物件に該当するなどという情報が与えられたか)という点が,同日10時30分ころ以降の出来事として問題となるが,この点について,原判決は,「本件建物の安全性に関する瑕疵」についての認識を基礎付ける事実としては,取り上げていない(ただし,原判決は,被告人が,同日10時30分ころまでに,上記会議に至るまでのその余の状況によって,上記「本件建物の安全性に関する瑕疵」を認識した旨認定している。そして,原判決は「本件争点の前提となる事実」の中で,上記会議においてGから「本件建物の安全性に関する瑕疵」に関する情報を伝えられた旨認定・説示している。)。
 ところで,このような作為義務発生の根拠となる事実(本件においては,「本件建物の安全性に関する瑕疵」及び「本件物件の引渡しに関する事実」を認識したこと)を基礎付ける事実は,審判の対象となる犯罪事実の本質的部分とはいえないから,訴因の拘束力はそこまでは及ばないというべきであり,必ずしも,訴因に記載しなければならないというものではない。そして,それが訴因に記載されたような場合においても,認定事実において異なる事実を認定することになる場合に,訴因変更手続を必ず経なければならないものと解することはできない。しかし,そうはいっても,上記のような事実は,作為義務の有無を決定づける重要な事実であることに変わりはないから,その点に変化(本件の場合は事実が追加されている。)が生じるのであれば,それが不意打ちになるとか,被告人の防御に不利益を与えることにならないために,それが訴因に掲げられているのであれば,訴因変更の手続をとることが望ましいが,仮にそうでない場合においても,それに代わる適切な措置を講じることは必要である。本件は,上記のような事実がそのまま訴因の中に記載された場合ではないが,作為義務発生根拠となる事実の発生時刻,引いては作為義務発生の時刻が繰り下げられることによって,その大本となる基礎事実の範囲に変化が生じるのであるから,そのような事実に変化が生じる場合と同様に考え,これに準じて対処すべきである。そこで,本件において,訴因変更をしなかったことが,被告人にとって不意打ちに当たるとか,被告人の防御に実質的な不利益を与えるものであったか否かについて検討する。
 一件記録によれば,原審における訴訟進行の経過等について,以下の事実が認められる。

(「本件物件の引渡しに関する事実」の認識に関して)

@ 検察官は,冒頭陳述において,「被告人が,顧客に残代金の支払いを求める請求を維持し,引渡手続を行うべき旨を指示したことに関する主要な事実」の中で,10月27日のGとの会議終了後のこととして,(5)として,「被告人は,10月27日,上記Gとの会合終了後,Fから「明日のaは引き渡してよろしいですか。」と尋ねられ,「問題ない。」と答えたこと」との事実を主張していること

A 原審第4回公判期日において,Fの証人尋問が実施されたが,その際,Fは,「同年10月27日のGとの会議が終わった後の午後2時過ぎころ,被告人に対し翌日の本件物件の引渡しの可否について確認を求めたところ,被告人からその了解を得た。」旨供述し,弁護人側は,Fに対し,この点についても相当に詳細な反対尋問をしたこと(なお,原判決はFのこの供述等に基づいて,被告人は同年10月27日午後2時過ぎころ,翌日が本件物件の引渡しの日であることを認識したと認定した。)。

B 被告人は,第1回公判期日における冒頭陳述において,同年10月27日午後2時過ぎころ本件物件を顧客に引き渡すことを了承した旨供述していたが,原審第14回公判期日以降の被告人質問において,「同年10月27日の時点では,本件物件の引渡しは既に終わっているものと思っていた,本件物件の引渡しあるいは残代金の支払いが同月28日であることはまったく知らなかった。」などと供述するに至ったこと

C 弁護人は,原審第14回公判期日において,音声データ入りCD−ROM(原審弁第3号証ないし同第5号証,以下「本件録音データ」という。)を証拠として請求するなどし,それ以降,本件録音データに基づいて,上記の証言を含めてF証言は信用できないとの立証活動を展開したこと

D 弁護人は,原審弁論において,上記AのFの供述は虚偽であって,被告人は,同年10月27日の時点では,本件物件の引渡しは既に終わっているものと思っていた旨主張したこと

(「本件物件の安全性に関する瑕疵」の認識に関して)

E 検察官は,冒頭陳述において,「被告人が,aの構造計算結果が虚偽であることを認識していたことに関する主要な事実」の中で,10月27日午前10時30分ころまでの事実((1)ないし(6))に加えて,(7)として,「被告人は,10月27日のG等との会合において,GのH代表取締役から,aを含む建築確認済みの11物件についてI が構造計算書を改ざんしていたとの調査結果を告げられ,I も「震度6の地震で建物が保つかどうか分からない。」旨発言したこと」との事実を主張していること

F 弁護人は,10月27日午前11時から午後2時ころまで行われたGとBとの会議において,aの物件名が出されたか否かという点に関心を持ちながら,J,H,K,Lら関係者の証人尋問を行い,また,その点に関して被告人質問を行ったこと

 以上の事実が認められる。
 これらの事実に基づき検討すると,10月27日午前11時ころから行われたGとBとの会議の終了後である同日午後2時過ぎころ,Fが被告人に対し,「明日のaの引渡しをしてもよろしいでしょうか。」と尋ねたところ,被告人から引き渡してよいとの発言があったとの点については,検察官の冒頭陳述においても立証すべき事実として掲げられ,原審第4回公判期日において,証人Fが,10月27日午後2時過ぎころ,Fが被告人に対し,「明日のaの引渡しをしてもよろしいでしょうか。」と尋ねるなどした旨証言した際には,相当に詳細な反対尋問がなされ,それに関する被告人質問もなされて,その上で,弁護人側よりその点に関連する本件録音データに基づく反証活動が行われたことが認められるのであって,この10月27日午後2時過ぎころの被告人とFとのやりとりが本件の争点となっていることは,当事者において十分に理解していたということができる。また,「本件物件の安全性に関する瑕疵」の認識に関しては,10月27日午前11時ころからのGとBとの会議でG側から本件物件を含む竣工済み7物件等の構造計算書が改ざんされたことが,その物件名を挙げて伝えられたという点は,原判決において作為義務発生の根拠となる事実を基礎付ける事実としては正面から認定されていない(経過事実として認定されていることは前記のとおりである。)のであるが,他方,この点は,当初より検察官の冒頭陳述において,立証対象事実として主張され,関係者の証人尋問においても,その点に関する尋問が詳細になされていたことが認められるのであって,この点も両当事者が本件の重要争点として捉えていたことが明らかである。これらの事情に照らせば,訴因変更をしないまま,作為義務発生の時間を繰り下げて判示事実を認定したことが,不意打ちに当たるとか,被告人に実質的に不利益をもたらすということはできない。結局,原審の訴訟手続に判決に影響を及ぼすような法令違反を認めることはできない。
 論旨は理由がない。

2.音声データ入りCD−ROMの証拠能力の判断を誤ったという訴訟手続の法令違反の論旨について

(1) 論旨は,要するに,原判決は,弁護人が実質証拠として請求した原審弁第3号証ないし同第5号証の音声データ入りCD−ROMについて,そこに収録されている音声データの内容からある事実を認定するという実質証拠としての用い方はできないと判断し,被告人やFらの供述の信用性を判断するための証拠(補助証拠)の限度でしか本件録音データを証拠として用いていないところ,本件録音データには被告人が多数の者と携帯電話で架電した様々な内容が録音されているものであり,その中には被告人自身の認識や考え方を表明している部分が多く含まれており,被告人の心の状態や精神的状態,内心の意図を述べるものであるから,伝聞証拠には該当せず,非供述証拠であると解すべきである,そして,原審における被告人質問によって本件事件との関連性の立証もなされているのであるから,実質証拠として利用することが許されるものである,したがって,原審の上記措置は,本件録音データについての証拠能力の評価を誤るもので,訴訟手続の法令違反があり,それが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。

(2) そこで検討すると,本件録音データというのは,平成17年10月27日にMが被告人が携帯電話で通話しているところを自己の携帯電話に録音しそれをSDカードに再録音したものを,CD−ROMに入力したというものである(したがって,主に,被告人の発言が録音され,通話の相手方の発言は聞こえてこない。)が,原審記録によれば,弁護人は,原審第14回公判期日において,本件録音データを,そのような通話がなされたこと等を立証するものとして証拠請求したこと,これに対し,検察官は,平成19年7月4日付け証拠意見書において,同第14回公判期日における被告人質問によっても,本件録音データが平成17年10月27日に録音されたという証明がなされておらず,自然的関連性が認められないなどとして証拠として採用することに異議を述べたこと,弁護人はその関連性を立証するものとしてMの証人尋問を請求しなかったこと,弁護人は,最終的には,原審第18回公判期日において,本件録音データについて,「Mから,平成17年10月27日午後4時14分ころから午後7時ころまでの間に被告人が架電した内容等を録音したとして提供を受けたものであるとして弁護人に提出した音声データの存在」という立証趣旨に変更したこと,検察官は,「関連性がないもしくは必要性がない」との意見を述べたが,原審は,この変更後の立証趣旨に限定して本件録音データを証拠として採用して取り調べたことが認められる。このように,弁護人は,当初の立証趣旨を,上記のように「弁護人に提出した音声データの存在」という内容に変更したのであるが,原審がこれを供述証拠として採用したのか,非供述証拠として採用したのかは必ずしも明示されていない。しかし,検察官の上記のような意見にもかかわらず採用したのであるから,非供述証拠として採用したものと考えられる。本来,この種の録音は,現場録音として,その現場で,そのような通話がなされたという事実を立証するものとして請求されるのであるから,非供述証拠として証拠能力を判断すべきものと思われる(ただし,発言内容の真実性を立証するというのであれば別異に考えなければならないことは当然である。)。本件録音データは,まさに,被告人が電話でそのような発言をしていたということを立証しようというものであるから,これは,非供述証拠として検討すべきものである。そして,事件との関連性が認められれば,その証拠能力を認めることができ,事実認定に供することができることは当然である。以上の意味においては,実質証拠として用いることができるのであって,原判決が,収録内容からある事実を認定するという実質証拠としての用い方はできないというのは,やや理解に苦しむ。また,原判決が,証拠の出方等に照らすと,本件録音データが,真に,Mが10月27日夕刻被告人の発言内容を録音したものであるのかについて,多分に疑義がないわけではない,とするのも,そのような疑義を持ちながら,F供述の信用性判断に実質的には用いていることとの整合性について,疑問を持たざるを得ない。結局,原判決が,実質証拠として用いることができないとした主たる理由は,立証趣旨の変更に伴う立証内容の縛りではないかと推察される。しかしながら,変更になった立証趣旨の「・・・音声データの存在」といっても,CD−ROMという物体が存するということだけを立証するものではないであろうから,結局は,そこにあるような録音がされているということであり,それが被告人の発言であれば,事件との関連性が認められれば,そのような内容の発言を被告人が行ったということがまさに立証されるのであり,そのような縛りは結局意味がないというべきである(もっとも,証拠調べの方法として,録音データを全部再生した旨の記載がない。当審において,弁護人の請求により,本件録音データの関連性を立証するMの証人尋問を実施した上,立証趣旨を「音声データに録音された発言内容」として,再生することにより改めてこれを取り調べた。)。以上,原判決の本件録音データの証拠能力に関する判断は正当とはいい難い。
 しかしながら,原判決は,上記のように判示しながらも,結局は,録音データにある発言につき,それが被告人の発言であり,そのような発言がなされたことを前提として,F証人の証言の信用性等につき検討を加えて事実認定を行っており,また,当審において,上記のように,改めて本件録音データを取り調べて,その内容を検討しても,原判決の判断に変更を加える必要を認めないから,原判決には判決に影響を及ぼすような訴訟手続の法令違反は認められない。
 論旨は理由がない。

3.法令解釈・適用の誤りの論旨について

(1) 論旨は,要するに,原判決は,被告人に残代金の請求を一時的にも撤回すべき作為義務があると認定したが,本件のような不真正不作為犯においては,その不作為は単なる作為義務に違反する不作為では足りず,「作為と同価値の不作為」つまり「積極的にだましたのと同視し得る不作為」でなければならないのであり,その意味からは作為義務違反の範囲は無限定であってはならないところ,原判決が認定した事実を前提としても,被告人には,そのような刑法上の作為義務は認められないから,原判決には,不真正不作為犯が成立するための要件である作為義務に関する判断を誤り,詐欺罪の実行行為性が認められない不作為を持って実行行為を認めた法令解釈・適用の誤りがあり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。
 所論は,上記の作為義務が認められない理由として,@建築確認検査制度のもとで,建築確認に関わる事項についての責任と権限はすべて地方公共団体にあり,民間の指定確認検査機関であるGにはないから,そのようなGの内部情報であって,未だ調査中で不確かな建築基準関係法令上の安全性に関する情報を,検証もしないまま,被告人が本件物件の購入者らに伝えるまでの義務はない,A本件物件については,既に検査済証が発行され,公的には建築基準関係法令が要求する「安全性」が備わっていると確認されている状態であるから,Gから構造計算書に誤りがあると指摘されたとしても,それだけでは直ちに売買目的物に瑕疵があるとはいえず,ましてや「売買の目的を達することができないとき」と評価されるような瑕疵があるとはいえないから,本件物件の購入者は,民法上ないし契約上の信義則からしても,10月27日の時点では,売買契約を解除することはできないのであって,Bの残代金請求権は失われていないというべきであるから,被告人においてその残代金請求を一時的にでも撤回すべき義務は認められない,以上の点を主張する。

(2) そこで検討するが,@については,Gは指定確認検査機関であり,建築確認及び検査業務について専門的な知識と能力を有する民間機関であって,実際に,本件物件について,建築確認及び完了検査を行って,確認済証及び検査済証を発行した機関であるから,そこからの情報というのは,十分信頼できるものとして,それを前提に行動すべきものと考えられる。しかも,そのGからの情報は,構造計算書の計算結果が虚偽であり,建物の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないというものであるところ,前記のとおり,Gは,I が作成した構造計算書に改ざんがあるとの情報提供を受けて,調査を開始し,10月25日午後2時ころから開かれた同社の会議において,Bの常務取締役設計部長のP,Bが依頼している元請設計事務所のKの両名に対し,I が作成した4物件に関する構造計算書では地震力が低減されるように改ざんされていたこと及びその低減値を伝え,このままでは4物件について検査済証を交付することができないことなどを知らせ,その会議には改ざんをしたというI 本人も出席していたこと,PとKは,Gにおける会議の直後,I を伴ってB本社に赴き,同日午後4時ころから,被告人に対し,G側から4物件についてI 作成の構造計算書に改ざんがあり,それらについては検査済証を交付することができないと言われたことなどを報告したこと,10月26日,Pから,電話でゴルフ場にいる被告人に対して,本件物件もI 物件であることが伝えられたこと,10月27日,Pが,分譲実績表の写し中の本件物件を含むI 物件にマーカーを引くなどした上,同日午前10時30分ころ,Lの部屋で,被告人とLに対し,同表を見せながら調査結果を報告したこと,以上のような事実が認められるのであり,10月27日午前10時30分ころまでの段階において,被告人は相当に確実性の高い情報を得ていたことが認められるのである。このような確実性の高い情報を得た被告人が,顧客に対して,残代金の請求を一時的にも撤回すべき作為義務があったことは明らかである。
 Aについては,原判決が適切に判示しているとおりであるが,分譲マンションに関し,構造計算書の計算結果が虚偽であり,建物の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないということは,そのマンション居室の購入者にとって,建物の安全性に関する重大な暇庇であり,顧客において,そのような問題があるとの情報を得れば,契約を見直したり,残代金の支払いを拒絶しようとすることも十分想定できるのであるから,民法及び売買契約上の信義誠実の原則からいっても,そのマンションを販売する会社において,残代金の支払前の居室の買主に対し,上記のような瑕疵がある旨を告げるなどして,予定されていた残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき義務があったことは明らかと思われる。ここでは,10月27日の段階で,本件物件の購入者が契約を解除できたかとか,Bの残代金請求権が失われていなかったかとかという点が問題となっているのではなく,上記のような重大な情報を得た売主としての被告人が,購入者がその重大な情報を知らないまま残代金を振り込んでしまうことのないように,予定されていた残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき義務があったかどうかが検討されているのである。
 その他の所論を検討しても,原判決が被告人に対し詐欺罪を認めたことに法令解釈・適用の誤りがあるとはいえない。
 論旨は理由がない。

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