最新下級審裁判例

さいたま地裁判決平成21年05月15日

【事案】

1.本訴事件は,Gの相続人である原告らが,遺留分減殺請求権の行使(原告Cについては,併せて遺言)により取得した所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記請求権に基づき,共同相続人ないし登記名義人である被告らに対して,主位的請求の趣旨記載の所有権移転登記手続を求めたのに対し,被告らが,上記遺言の有効性を争うとともに,原告Cが遺言により所有権を取得したとする土地の一部については,Gが被告Dらに生前贈与した時点でGから被告Dらに移転したから,遺贈により原告Cに移転することはないとして所有権喪失の抗弁を主張して争っている事案である。原告らは,上記遺言の効力が認められない場合に備え,予備的請求の趣旨記載の所有権移転登記手続を求めている(原告A及び原告Bについては,主位的請求と単純併合となる追加的請求と解される。また,被告E及び被告Fに対する請求については,登記原因として遺留分減殺が掲げられているが,その趣旨に照らせば,真正な登記名義の回復を含むものと解される。)。なお,被告らは,価額弁償の抗弁を主張ないし援用し,さらに被告Dは,Gに対して求償債権を有していたとして,原告らに対する法定相続分に従った金額の求償債権を自働債権として遺留分減殺請求権を受働債権とする相殺の抗弁を主張している。
 第1反訴事件は,被告Dが,原告Cに対して,所有権に基づく妨害排除請求権としての抹消登記請求権に基づき,仮登記の抹消登記手続を求めたのに対し,原告Cが上記遺言によりその所有権を取得したとして所有権喪失の抗弁を主張して,これを争っている事案である。
 第2反訴事件は,被告Dが,本訴事件において主張している上記相殺の抗弁が認められない場合に備えて,原告らに対して,求償債務の履行請求として,軍人恩給金に関する部分を除いた265万1370円及びこれに対する第2反訴事件の訴状送達の日の翌日である平成21年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。

2.前提となる事実関係

(1) 当事者

 被告D,原告A,原告B,原告Cは,G(大正6年11月17日生,平成12年11月30日死亡)とH(平成12年12月18日死亡。)との間の子である。被告Fは,被告Dとその妻である被告Eとの間の子であり,GとHの養子である。
 農業経営主であったGは,昭和53年2月22日,K家の農業経営主の地位を長男の被告Dに委譲し,同年3月23日,農地法3条の許可によりGの耕作権の全てを被告Dに譲渡した。そして,G及びH夫妻は,被告D夫妻の居宅と同一敷地内にある離れに居住していた。

(2) Gの財産関係

ア.Gは,生前,別紙物件目録記載1ないし19の各土地(以下,番号に従い「目録1の土地」などと略称する。)及び別紙物件目録(追加)記載の各建物(以下建物現況の符号に従い「建物@」などと略称する。)を所有していた。

イ.Gは,平成9年8月5日当時,目録20ないし22の各土地を所有していた。

ウ.Gは,生前,別紙遺産目録(預貯金)記載の預貯金42万4813円を所有していた。

(3) 公正証書遺言

 Gは,平成11年4月28日,以下の趣旨の公正証書遺言(以下「第1遺言」という。)をした。

第1条 遺言者は,遺言者の所有する土地・建物及び預貯金・現金等一切の財産を遺言者の長男である被告Dに相続させる。
第2条 遺言者は,祖先の祭祀を主宰すべき者として,被告Dを指定する。
第3条 遺言者の長女・原告Aは,同女の夫・Jと共謀し,平成6年9月27日,遺言者の所有する目録20の下段の土地及び目録21の下段の土地を,遺言者に無断で第三者であるLに売却し,土地改良事業による換地手続を利用して遺言者から同土地を侵奪しようとするという著しい非行を行ったのであり,遺言者は長女・原告Aを相続人から廃除する。

(4) Gの死亡

 Gは,平成12年11月30日に死亡した。その後,同年12月18日,Hが死亡した。

(5) 自筆証書遺言の検認

 さいたま家庭裁判所久喜出張所において,平成13年5月31日,以下の書面について遺言書として検認手続が行われた。
 その書面は手書きで,「ゆいごんしょ」,「Pの畑ハCにやル」と2行が縦書きされ,その2行の左横に上から「2000」,「年」,「4月」,「28日」の順で書かれ,その日付群の左横に「KG」と書かれ,その下に指印がされている(以下,この書面を「第2遺言」という。)。

(6) 原告らが相続により取得した財産

 原告A及び原告BはGの相続財産を一切取得していない。

(7) 遺留分減殺請求の意思表示

 原告らは,平成13年1月26日到達の書面をもって,被告Dに対し,Gの相続財産に関し,原告らの各遺留分と併せ,原告らがそれぞれ相続したHの遺留分について,遺留分減殺請求の意思表示をした。

(8) 登記の状況

ア.現在,目録1から18の各土地の所有名義はGのままである。目録20から22の土地については,いずれも平成9年8月5日受付にて,昭和61年2月10日時効取得を原因として,目録20の土地は被告Dが,目録21の土地は被告Eが,目録22の土地は被告Fがそれぞれ所有権移転登記を経由している。

イ.目録19の土地については,平成14年3月20日さいたま地方法務局久喜支局受付第5818号をもって原告Cを権利者とし平成12年11月30日遺贈(条件農地法第3条の許可)を原因とする条件付所有権移転仮登記がされている。

(9) 価額弁償の意思表示

 被告らは,平成18年10月13日の本件弁論準備手続期日において,原告らに対し,民法1041条に基づき,減殺を受けるべき限度において,各遺産ごとに各別に,その目的の価額を弁償する旨の意思表示をした。

3.争点

(1) 第2遺言は有効か(争点1)。

 原告Cは,第2遺言によって,目録19ないし22の土地を取得したか。

(2) 被告ら主張の生前贈与はあったか。それは有効か(争点2)。

ア.Gは,被告らに対して目録20ないし22の土地を生前贈与する旨の意思表示をしたか。

イ.農地法所定の許可がない場合であっても農地である上記土地の所有権移転の効力は認められるか。

(3) 遺留分減殺請求について

ア.建物Aの評価額はいくらか(争点3)。

イ.相続債務の額はいくらか,また,被告DはGに対し求償債権を有していたのか。その額はいくらか(争点4)。

ウ.原告Cに特別受益はあるか(争点5)。

エ.所有権移転登記請求権の具体的内容(争点6)。

【判旨】

第1.主文

1.被告Dは,別紙物件目録記載1ないし20の各土地の持分各8624万7813分の746万1970について,同被告が,各原告に対して上記各土地について別紙土地評価額表の「価額弁償額」欄記載の各金額を支払わなかったときはその支払をしなかった各土地について,その支払をしなかった各原告に対し,それぞれ平成13年1月26日遺留分減殺を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2.被告Eは,別紙物件目録記載21の土地の持分8624万7813分の746万1970について,被告Dが,各原告に対して同土地について別紙土地評価額表の「価額弁償額」欄記載の金額を支払わなかったときは,その支払をしなかった各原告に対し,それぞれ真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3.被告Fは,別紙物件目録記載22の土地の持分8624万7813分の746万1970について,被告Dが,各原告に対して同土地について別紙土地評価額表の「価額弁償額」欄記載の金額を支払わなかったときは,その支払をしなかった各原告に対し,それぞれ真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

4.原告Cは,被告Dに対し,別紙物件目録記載19の土地についての平成14年3月20日さいたま地方法務局久喜支局受付第5818号条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

5.原告らのその余の請求及び被告Dの第2反訴請求をいずれも棄却する。

6.訴訟費用は,本訴反訴を通じて10分し,その各1を原告A,原告B,被告E及び被告Fの負担とし,その各3を原告C及び被告Dの負担とする。

第2.争点に対する判断

1.争点1(第2遺言の有効性)について

(1) 原告Cは,第2遺言が有効であるとして,目録19ないし22の土地について原告Cが所有権を有する旨主張している。これについて,被告らは,第2遺言の成立の真正を否認するとともに,Gは,平成11年5月に別件訴訟の受訴裁判所宛ての上申書を作成したときには判断能力があったが,その後,平成12年2月にc病院に入院したころには,老人性痴呆症により判断能力が失われた状況にあったと主張し,第2遺言の有効性を争っている。
 そこで検討するに,以下の事実が認められる。

ア.Gは,平成3年11月25日,Jから400万円を借り入れた。Jは,上記貸付けに際して,Gとの間で,弁済ができないときは目録20及び21の土地の所有権をJに移転させる旨の条件付代物弁済契約を締結しており,平成6年9月27日にはこれを第三者に売却した。

イ.被告Dは,平成9年ころ,上記事実を知り,Gと相談の上,資金を調達して,平成9年4月25日,Jに対して,400万円の弁済の提供をしたところ,これを拒絶された。Gと被告Dは,目録20及び21の土地の所有権を失うことを防止するため,被告Dや被告Eに贈与することを検討したが,農地である上記土地について登記原因を売買や贈与とすると,農地法3条所定の農業委員会の許可が必要となり,手続に数か月を要することから,平成9年8月5日,取得時効を原因として,目録20の土地は被告Dの,目録21の土地は被告Eの所有とする所有権移転登記を経由し,併せて目録22の土地については,同様に被告Fの所有とする所有権移転登記を経由した。その後,被告Dは,Gに依頼され,平成10年1月13日,400万円を供託した。

ウ.Jは,平成10年2月12日,前記代物弁済契約に基づき,被告Dに対しては目録20の土地の所有権移転登記手続を求め,被告Eに対しては目録21の土地の所有権移転登記抹消登記手続を求める訴訟を提起した。被告D及び被告Eは,この訴訟の中で,前記代物弁済契約の成立を争い,Gは,平成11年3月29日,証人として出廷し,被告D及び被告Eの主張に沿う証言をした。

エ.Gは,平成11年4月28日,公正証書の方式により第1遺言をした。

オ.その後,平成11年11月8日,上記訴訟につき,J勝訴の一審判決が言い渡されたが,被告D及び被告Eは控訴し,平成12年4月26日,Jの請求を棄却する逆転判決が言い渡された。第2遺言はその2日後の同月28日付けで作成されている。

(2) 上記認定の経緯を踏まえ,第2遺言の成立の真正が認められるか,すなわち,それがGの意思に基づいて作成されたのかについて検討する。
 第2遺言がGの自筆によって作成されたのかどうかは必ずしも明らかではないが,その署名自体が同人の筆跡に類似していることからするとその真正性が肯定される余地はある。しかしながら,以下に摘示するとおり,その推定を覆すに足りる事情の認められる本件においては,結局その真正性を推定することはできない。

ア.遺言内容について

 第2遺言は,「Pの土地」すなわち,目録19から22の土地を原告Cに相続させるとする内容であるが,第2遺言の日付である平成12年4月28日の時点では,Gは,既に被告Dらに対して,目録20から22の土地を時効取得を原因とする所有権移転登記を行っていたことからすると,第2遺言の内容自体,G自身が既に行っていた行為と矛盾することになり不合理である。
 また,Gは,Jと被告D及び被告Eとの間の訴訟において,平成11年3月,Jとの間の停止条件付代物弁済契約の成立を否定する証言をし,目録20及び21の土地の所有権がJに移転したことを強く否定していること,既に昭和53年に農家の跡取りとして農業経営主の地位を譲った被告Dに対し,全財産を相続させる旨の第1遺言を平成11年4月に作成していることからすると,Gがこれらの土地を農家であるK家の財産として重視し全てを自ら後継者と定めた被告Dに承継させようとしていたことは明らかである。しかるに,Gが,Jとの訴訟の控訴審において,被告D及び被告Eが逆転勝訴したわずか2日後に,農家を継がない原告C(職業は警察官である。)にPの土地を相続させる旨の遺言をすることは甚だ不自然である。

イ.遺言の作成状況について

 証人I は,遺言書作成の状況について,当裁判所において,「Gは,便箋にボールペンで「ゆいごんしょPの畑ハCにヤル」と書い
て,日付と名前は書かなかった。そこで,日付と名前を書くように言ったところ,Gは,日付を書き,署名し,指印を押した。」旨供述する。
 しかし,Gは,既に跡取りと定めた被告Dに全財産を相続させる旨の公正証書の方式で遺言をしているのに,唐突に第2遺言の作成に及んだこと自体が不可解であり,また,Gは,遺言書の作成に関する知識を多少なりとも持っていたと思われるのに,第2遺言作成時に,署名すらしようとしなかったことも同様に不可解である。また,Gが入院後作成したとされる書面には,Gの印鑑が使用されているのに,極めて重要な書類であることが明らかな遺言書を作成する際,特に作成を急がなければならないような急迫した事情もうかがわれないのに印鑑を用いずに指印で済ましているが,この点に関して印鑑の必要性に関するやりとりが一切窺われないことも不自然というべきである。加えて,Gの字は全体として弱々しく,片仮名交じりである上,日付についても西暦を用いてアラビア数字で記載されているなど,その年齢等に照らしても不自然な点があることを併せ考えると,Gが自らの意思で第2遺言を作成したと認めることには重大な疑念が残る。

ウ.第2遺言作成前後の事情

 被告Dは,Jからの借入金400万円に関し,G名義で,平成12年4月24日に43万円,同年5月1日に82万6850円をそれぞれ弁済供託したことが認められるところ,このことは,目録20及び21の土地のJへの移転を阻止しようとするGの意思に一応沿うものといえる。これとは反対に,Gは,Jとの訴訟が控訴審に係属している時期である平成12年4月2日に,供託金を取り戻す旨の念書に署名・押印し,Jの敗訴判決が出た後の同年5月27日には,供託金の撤回に関する念書だけでなく,Jに対して目録20及び21の土地を譲渡する旨の申請書に署名・押印している。このように,短期間のうちに,Gが相矛盾する書面を作成していること,また,およそGの意思に沿うとは思われない書面を作成していることは極めて不自然なことであり,その当時Gが正常な判断能力を有していなかったのではないかと疑わせる事情ということができる。

エ.小括

 上記アないしウの事情によれば,Gが,第2遺言に署名したことが認められるとしても,自らの意思に基づき第2遺言を作成したとは考え難いのであって,第2遺言がGの意思に基づいて作成されたこと,すなわち,その成立の真正を認めることはできない。また,上記各事情に加え,Gは,第2遺言作成当時,82歳の高齢であり,同敷地内で生活していた被告Dから見ても痴呆の症状が出ており,しばしば失禁する状態であったこと,自宅階段から落ちて頭部を負傷したことにより入院中であったことなどの事情を考慮すると,Gが第2遺言を作成した当時,遺言の意味を理解して,その結果を弁識判断する能力が欠けていたと推認するのが相当であって,いずれにせよ,第2遺言は無効であり,その効力を有しないというべきである。
 なお,Gが第2遺言作成当時,被告DとJとの訴訟に関してGの名義をもって供託,貯金の引出しその他の法律行為に及びあるいは書面を作成しているのであるが,このうち,Jに財産を譲り,I に財産管理権を委ねる内容の書面は,明らかに第1遺言に反するものであってGの真意に出たものとは考えられず,その他のものについては,いずれも被告DがGの意向を忖度して代行するなどしたものと認められるから,上記判断を妨げるものではない。

2.遺留分侵害額の算定について

 上記1のとおり,原告Cは,Gの相続により何ら財産を取得していないから,原告らの請求は,すべて遺留分減殺請求権に基づく請求となる。したがって,以下,原告らの遺留分侵害額を算定することとし,争点に対する判断はその過程で行うこととする。

3.Gが相続開始時に有していた財産について

(1) 不動産について

ア.目録1ないし19の土地について

 Gが,生前,目録1ないし19の土地を所有していたことは争いがない。

イ.目録20ないし22の土地について

 一方,目録20ないし22の土地について,Gが被告らに対して生前贈与したものである旨主張する。
 そこで,この点について検討するに,目録20ないし22の土地は,農地であることに争いがない。そして,生前贈与の意思表示が認められる場合であっても,所有権移転の効力が認められるためには,農地法所定の許可が必要であるが,本件においてこの許可がないことも争いがない。したがって,いずれにせよ,被告らに対する生前贈与による所有権移転の効力を認めることはできない。
 原告らは,目録20ないし22の土地について時効取得を原因とした所有権移転登記手続をした理由として,時間を要する農地法所定の手続を踏まずに,Jからの執行を一刻も早く逃れる方法としてやむを得なかった旨説明し,仮に本則どおりに手続を採ったとしても確実に農業委員会からの許可が得られたはずである旨主張するが,このような事情があるからといって,農地の所有権を移転するための法定条件である農地法所定の許可を不要とすることはできない。
 したがって,目録20ないし22の土地の所有権が,生前贈与により被告D,被告Eないし被告Fに移転したと認めることはできない。
 よって,目録1ないし22の土地は,Gが相続開始時に所有していた相続財産であると認められる。

ウ.建物について

(1) 建物@,B及びCについて

 Gがこれらの建物を相続開始時に所有していたことは争いがない。

(2) 建物Aについて

 Gがこの建物を相続開始時に所有していたことは争いがないが,被告Dは,この建物に増改築を施し,価値を増加させたものであるから,その部分についてはGの財産として考慮すべきではない旨主張する。
 しかし,増改築が被告Dの負担により行われたとしても,その部分は本体の建物に付合するから(民法242条本文),Gの所有に帰し,被告Dに何らかの持分があると解することはできない。そうすると,この建物については,増改築部分を含めた全体がGの遺産と考えるのが相当である。

エ.評価額について

 上記各不動産の鑑定評価時(平成19年5月1日)及び相続開始時の評価額については,鑑定人の鑑定の結果によれば,別紙土地評価額表記載(略)のとおりと認められる。

(1) その他の相続財産

 預貯金42万4813円がGの遺産であることは争いがない。

(2) 以上によれば,原告らの遺留分算定の基礎となるGの積極財産の合計は,不動産8582万3000円に預貯金42万4813円を加えた合計8624万7813円となる。

4.Gの相続債務について

(1) Gが負っていた債務の存在について

ア.GがJから借り入れた400万円の元本及び利息等合計525万6850円について

 被告Dは,GがJから平成3年11月25日に借り入れた400万円の元本と利息等合計525万6850円について,平成10年1月13日に400万円,同12年4月24日に43万円,同年5月1日に82万6850円をそれぞれ弁済供託したことが認められる一方,被告Dは,平成10年1月12日にHの預金67万6739円を解約した後,同額を自己の口座に入金したこと,平成12年3月28日にGの預金95万2000円を解約して,同月30日にこれを自己の口座に入金したことが認められる。そうすると,被告DがH及びGの預金を解約した合計162万8739円は,時期が近接する弁済供託に充てられたものと推認できるから,上記525万6850円から162万8739円を控除した362万8111円は,被告Dが自らの負担で弁済したものというべきである。
 そうすると,Gは,生前,Jからの借入金の弁済に関して,被告Dに対して362万8111円の求償債務を負っていたものと認められる。

イ.MとGとの訴訟の和解金500万円について

 被告Dが,MとGとの訴訟において,平成12年3月24日に成立した和解に利害関係人として参加し,Gの連帯保証人として,平成12年4月28日から平成18年12月13日にかけて,和解金として合計500万円を支払ったことが認められる。もっとも,Gの死亡までの間には,30万円のみを支払ったに止まるから,Gは,生前,被告Dに対して30万円の求償債務を,Mに対して470万円の和解金支払債務をそれぞれ負担していたと認められる。

ウ.GがNから借り入れた300万円について

 被告らは,上記借入れについて,被告Dが,昭和60年3月10日に300万円を弁済した旨主張しているところ,証拠及び弁論の全趣旨によれば,上記事実を認めることができ,Gは,生前,被告Dに対して300万円の求償債務を負っていたと認められる。

エ.過払の軍人恩給金4万7200円

 上記金員については,被告DがGの預金から支払ったことが認められる。したがって,Gが自己の経済的負担により弁済したことになるから,Gが被告Dに対して上記金員について求償債務を負うことはない。

オ.小括

 上記アないしウのとおり,Gは,生前,Mに対しては470万円,被告Dに対しては692万8111円の債務を負っていたことが認められる。

(2) Gの債務の帰趨について

 本件のように,相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合,遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情がない限り,当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり,これにより,相続人間においては,当該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することになると解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷平成21年3月24日判決・裁判所時報1480号1頁参照)。
 そして本件では上記特段の事情は認められないから,Gが負っていた債務は全額について被告Dが相続により承継するものと解される。

(3) 相続開始時における相続債務の額について

ア.上記のとおり,Gは生前に合計1162万8111円の債務を負っている状態で死亡したところ,上記債務の中には,相続の結果,混同により消滅する債務や,相続開始時において既に消滅時効が完成したものの被相続人が消滅時効を援用せず相続開始後に法定相続人の一部が消滅時効を援用した債務が含まれる。これらの債務が遺留分侵害額を算定するに当たり積極財産から控除すべき相続債務(民法1029条1項)に該当するかについて以下検討する。

イ.混同により消滅する債務について

 遺留分は被相続人の客観的な財産状況を基礎として算定すべきものであるから,相続開始時の算定の基礎となる相続債務の額については,相続の法的効果を前提とすべきではないと解される。混同による消滅という効果は,債務が債権者である被告Dへ承継されるという相続による効果を前提とするものであるから,遺留分の算定に当たっては,混同によって消滅したことを前提とすることはできない。よって,相続の結果混同により消滅する債務であっても,遺留分侵害額を算定するに当たっては積極財産から控除すべき相続債務に含まれるというべきである。したがって,Gの被告Dに対する求償債務(692万8111円)については,相続開始時の相続債務に当たる。

ウ.法定相続人が消滅時効の援用をしている債務について

(ア) Nからの借入れに関するGの被告Dに対する求償債務については,原告らは,上記求償債務は,平成7年3月10日の経過により時効消滅した旨主張して上記消滅時効を援用するとの意思表示をしている。
 しかし,上記 のとおり,Gの債務は全て被告Dが承継したものであるから,原告らはその債務について時効を援用する固有の利益があるとはいえない。Gの債務の消長により原告らの遺留分算定の基礎となる財産の額が変動するとすれば原告らにも時効の成否についての利益がある場合も考えられるけれども,債務者がその援用をしてない以上は,その不利益は時効援用権者の援用権不行使による反射的不利益として事実上のものにとどまるというほかはない。よって,本件では原告らによる消滅時効の援用の効果を論じる前提を欠く。

(イ) また,遺留分の算定基礎とされる相続債務の解釈としても,遺留分侵害額は相続開始時における被相続人の客観的な財産状況を基礎として一義的に定められるべきであり,消滅時効の援用により相続開始後に遺留分侵害額の算定基礎となる相続債務の変動を許すと,援用の有無や時期によって恣意的に遺留分侵害額を変動させることを許容することになり法的安定性を欠き妥当とはいえないことに照らすと,被相続人が生前に消滅時効を援用しているのであれば格別,遺留分の算定基礎とされる相続債務については,消滅時効が完成していることや相続人において援用の意思表示があることなどの事情は考慮せず,一律に相続開始時に存在したものとして取扱うのが相当である(時効の効力はその起算日に遡るものであるが,Gによる時効の援用がなかった相続開始時には有効に債務が存在したという前提で遺留分を算定することを妨げるものではない。)。

(ウ) よって,本件においては,上記求償債務は相続開始時の相続債務に当たるというべきである。

(4) 結論

 以上によれば,遺留分を算定するに当たって考慮すべき債務額の合計は1162万8111円(そのうち,被告Dに対する求償債務の額は692万8111円)である。
 したがって,原告らの遺留分算定の基礎となる財産額は,積極財産8624万7813円から上記債務額1162万8111円を控除した7461万9702円となる。

5.原告らの遺留分侵害額について

 原告らのGの死亡に係る遺留分は,民法1028条に従い,それぞれ5%であり,母親のHの遺留分を相続した分(それぞれ5%)を併せると,それぞれ10%となる。
 上記4のとおり,遺留分算定の基礎となる財産額は7461万9702円であるから,原告らの法定遺留分額は746万1970円となる。
 そして,本件における具体的な原告らの遺留分侵害額を算定するには,原告らの特別受益財産の有無,相続によって得た財産の有無,負担すべき相続債務の額を確定する必要があるので,以下検討する。

(1) 特別受益財産の有無

ア.被告らは,原告Cは,Gからマンションの購入資金3020万円のうち980万円の援助を受けたのであり,このことの証左に,原告Cは,Gの四十九日の法要の際,原告CがGらから500万円の援助を受けたことを認める発言をした旨主張し,同旨の被告Dの陳述書の記載及び供述がある。
 また,原告Cは,マンション購入資金について,警視庁職員信用組合から900万円,住宅金融公庫から1100万円,警察共済組合から400万円を借り入れて,その余は自己資金で捻出したと主張して上記援助の事実を否認するところ,その購入資金のうち,警視庁職員信用組合からの900万円の借入れについては,契約書や抵当権の設定登記などの上記借入れを直接証明する客観的な証拠がなく,一方,原告Cが平成7年12月に住宅金融公庫からの借入金を警視庁職員信用組合からの900万円で借り換えた際には,マンションに抵当権を設定しており,これらのことからすれば,原告Cが昭和61年に警視庁職員信用組合から900万円もの借入れをしたことについては疑わしく,被告らの上記主張には理由があるようにもみえる。

イ.しかしながら,原告Cがマンションを購入したのは昭和61年3月であるのに対し,Gが原告Cのマンション費用を捻出するために土地を売ってMから980万円を受領したとされているのが昭和56年から58年にかけてのことであり,時期的な隔たりが大きいことや上記金員についてはその後,Mから返還請求訴訟を提起された結果,上記4 のとおり,被告Dが連帯保証して弁済したのであるが,それにつき原告Cに一部でも負担させようとする動きすらうかがわれず,原告Cのマンション費用に充てるための資金であったとは考えにくいこと,他方,原告Cの妻であるI は,昭和61年当時,子供2人の名義の貯金が600万円程度あり,また,I 自身も警視庁を昭和57年に退職した際の退職金等の預金があったことから,これらの預金を担保に警視庁職員信用組合から借入れを受けた旨供述しているところ,昭和61年当時,原告Cが34歳の警察官で財形貯蓄が488万円余あったこと,I が32歳であり,27歳で警察官を退職した後もパート勤めをしていたこと,子供がまだ幼く生活費がそれほどかからない時期であったと思われることなどを考えると,原告Cは,Gの援助を受けることなく上記900万円の借入を含め,マンション購入資金3020万円を自ら準備することができたとする可能性はなお否定し難いところであって,結局上記の証拠だけでは未だ原告CがGから980万円の資金援助を受けたという事実はこれを認めるに足りないというほかない。

ウ.以上によれば,原告CがGから特別受益財産を取得したという事実は認めることができず,被告らのこの点の主張は理由がない。

(2) 原告らが相続によって得た財産の有無

 原告Cは,第2遺言により目録19ないし22の土地を相続した旨主張するが,既に述べたとおり,この主張には理由がない。
 よって,原告らは,Gから相続により何ら財産を得ていないというべきである。

(3) 負担すべき相続債務の額

 既に述べたとおり,本件においては相続債務の全額を被告Dが承継するので,原告らが負担すべき相続債務は存在しない。

(4) 小括
 よって,原告らの遺留分侵害額は,それぞれ遺留分額746万1970円となる。

(5) 相殺の抗弁について

 被告Dは,本件弁論準備手続期日において,被告Dが原告らに対して有する求償債権を自働債権として遺留分侵害額と対当額で相殺したと主張するが,上記4のとおり,原告らはGの債務を承継していないから,被告Dとの関係では債務者ではなく,この点において相殺の主張は前提を欠く。
 そもそも遺留分侵害額は相続開始時における財産の評価額を基準に算定される割合であって金銭債権とはいえないし,遺留分減殺の意思表示がされると,遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し,受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に遺留分権利者に帰属することになるところ,遺留分減殺請求権の行使によって発生する権利は物権的請求権であって金銭債権ではないことは明らかである。
 さらに,民法1041条1項は,受遺者ないし受贈者は,遺留分権利者に対して減殺を受けるべき限度において,贈与又は遺贈の目的の価額を弁償することにより返還の義務を免れることができると定めるにとどまり,遺留分義務者が価額弁償をする旨意思表示することによって上記物権的請求権が金銭債権に転化することまで定めたものではない。
 したがって,被告Dが主張する相殺の主張における受働債権は存在しないのみならず,いかなる意味においても,被告Dの求償権と「同種の目的を有する債務」(民法505条)にも当たらないから,被告Dの相殺の主張は認める余地はない。

(6) 以上によれば,本件において,被告Dに対して主張できる各原告の遺留分侵害額は746万1970円となる。

6.遺留分減殺請求権の行使の効果

(1) 既に述べたとおり,遺留分減殺の意思表示がされると,遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し,受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に遺留分権利者に帰属することになるから,遺留分減殺により,原告らは,減殺の対象となった全相続財産について,上記遺留分侵害額を全相続財産の相続開始時の価額の総和で除して得た割合の持分を当然に取得することになる。

(2) 本件においては,Gの遺産について,第1遺言による遺贈のみが認められ,生前贈与や第2遺言による遺贈は認められないから,被告Dが受遺者として,Gの全財産を相続により取得したことが認められる。したがって,請求の趣旨に含まれる目録1ないし22の土地についていえば,原告らは,それぞれ,積極財産総額8624万7813円のうち遺留分侵害額の746万1970円の割合の持分を取得することになる。よって,原告らは,目録1ないし20の土地については,遺言によりこれらを取得して原告らの遺留分を侵害している被告Dに対し,遺留分減殺を原因として,その持分の割合での所有権(持分)移転登記手続を求めることができる。これに対し,被告Fは目録1ないし19の土地については何の権利もなく,また登記上の名義人でもないから,同被告に対する上記土地に関する登記請求は理由がない。
 次に,目録21の土地については登記名義人である被告Eに対し,また,目録22の土地については登記名義人である被告Fに対し,真正な登記名義の回復を原因とする当該持分についての所有権移転登記手続請求をすることができる(同被告らは上記各土地について何ら権利を有するものではなく,原告らの遺留分を侵害しているわけではないから,遺留分減殺を原因とする登記義務を負うものではない。)。

7.価額賠償の抗弁について

(1) 減殺請求をした遺留分権利者が遺贈の目的である不動産の持分移転登記手続を求める訴訟において,受遺者が,事実審口頭弁論終結前に,裁判所が定めた価額により民法1041条1項の規定による価額の弁償をする旨の意思表示をした場合には,裁判所は,その訴訟の事実審口頭弁論終結時を算定の基準時として弁償すべき額を定めた上,受遺者がその額を支払わなかったことを条件として,遺留分権利者の請求を認容すべきである(最高裁第三小法廷平成9年2月25日判決・民集51巻2号447頁参照)。

(2) そして,本件における事実審口頭弁論終結時(平成21年3月24日)における不動産の価額は,それと近接する鑑定評価時(平成19年5月1日)における価額とするのが妥当である。そこで鑑定人の鑑定の結果に従い,鑑定時における各不動産の価額は別紙土地評価額表の「鑑定時」欄記載のとおりであり,原告らの遺留分を侵害する持分の価額は各原告については同表の「価額弁償額」欄記載のとおりである。

(3) 無権利者が受遺者の価額弁償の主張を抗弁として援用できるか

 目録21及び22の土地については,所有権移転登記手続請求の被告とされている者は受遺者である被告Dではなく,無権利者である被告E及び被告Fである。そのため目録21及び22の土地に関する所有権移転登記手続請求について被告とされていない被告Dの価額弁償の抗弁がどのような影響を与えるのか問題となるので以下検討する(被告E及び被告Fの主張には被告Dのした価額弁償の主張を自らの抗弁として援用する趣旨を含むものと解される。)。
 既に述べたとおり,遺留分減殺の意思表示がされると,遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し,受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に遺留分権利者に帰属することになるから,遺留分権利者は権利行使によって取得した持分についての真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記請求をすることができ,このとき無権利で登記名義人となっている者はこれを拒むことはできないのは当然である。しかしながら一方で,不動産の遺贈を受けた受遺者が所有権移転登記を経由していないため,登記名義人を被告とする訴訟において,価額弁償の主張を上提する機会が与えられず,そのため遺留分の侵害部分の現物返還が強制的に実現され,その抹消のためには別訴によらなければならないとするのは迂遠といわざるを得ない。
 また,こうした抗弁の援用を認めても遺留分権利者に特に不利益をもたらすものでもないと考えられる。そうすると,後訴を待つまでもなく,無権利者は,遺留分権利者との訴訟の中で,受遺者が価額弁償の意思表示をしていることを抗弁として援用することも許され,そのような受遺者の真の意思表示が認定できれば,受遺者が価額弁償をしないことを条件として,遺留分権利者の請求を認容することも紛争の一回的解決の要請にも沿うものとして,許されるというべきである。そして,本件においては,共同被告として被告Dが価額弁償の意思表示をしていることは当裁判所に顕著であるから,目録21及び22の土地についても,被告Dが弁償すべき額を支払わないときには,原告らの請求を認容するとの判決をすることができると解するのが相当である。

8.第1反訴事件の請求について

 既に判示したとおり,第2遺言は無効であるから,第2遺言が有効であるとして原告Cが行った目録19の土地についての平成14年3月20日さいたま地方法務局久喜支局受付第5818号条件付所有権移転仮登記は無効である。
 そして,被告Dは,原告らの遺留分減殺請求権の行使及び被告Dの価額弁償の意思表示の結果として,価額弁償を条件として目録19の土地の全部の所有権を有することになるにすぎず,本訴訟口頭弁論終結時においては共有者の1人にすぎないが,不動産の共有者の1人がその持分に基づき不実の登記名義人に対してその抹消登記手続を求めることは,妨害排除の請求としていわゆる保存行為に属するものであるから,単独でその登記の抹消を求めることができるというべきである。
 したがって,本件では,被告Dは,原告Cに対して不実の登記の抹消を求めることができるというべきであり,被告Dの第1反訴事件の請求は理由がある。

9.第2反訴事件の請求について
 上記4 で述べたとおり,被告DはGの債務を全額承継したのであり,原告らが承継した債務は存在しない。原告らが,Gの債務を承継したことを前提とする被告Dの請求は理由がない。

第3.結論

 以上によれば,原告らの本訴請求(原告Cの予備的請求を含む。)は,主文第1項ないし第3項の限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,被告Dの第1反訴事件の請求は理由があるからこれを認容することとし,第2反訴事件の請求は理由がないからこれを棄却することし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条本文,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

戻る