最新下級審裁判例

さいたま地裁判決平成21年07月22日

【事案】

1.D村(平成17年4月1日以降は,I 市。以下,「旧D村」という。)がE山駐車場周辺整備工事を行った際,同工事の一環として宗教法人E神社(E神社)所有のE神領民家(本件民家)の茅葺屋根の葺替工事を行い,同葺替工事の代金を支出したことについて,原告らが,同公金支出は憲法89条の政教分離原則に違反し,さらに,補助金交付の手続によらずに支出されている点で,I 市文化財保護条例及びI 市補助金等の交付手続等に関する規則等の定めに反する違法な財務会計上の行為に当たると主張して,被告に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,上記工事代金として公金92万2986円が支出された当時のI 市収入役Bに対して,同金額の賠償の命令をすることを,上記工事代金として公金299万6199円が支出された当時のI 市長A及び同収入役職務代理者Cに対して,同金額の損害賠償の請求又は賠償の命令をすることを求めた住民訴訟。

2.前提事実

(1) 当事者等

ア.原告らは,いずれもI 市の住民である。

イ.被告は,I 市長である。

ウ.Aは,後記の平成18年11月13日の支出命令(第5回支出命令)当時,I 市長の職にあった者である。

エ.Bは,旧D村の村長として,後記の本件請負契約を締結した者である。
 平成17年4月1日に行われた旧D村とI 市の合併後は,平成18年10月に退職するまでI 市の収入役の職にあった。

オ.Cは,後記の平成18年11月16日の支出行為(第5回支出行為)当時,I 市収入役職務代理者であった者である。

(2) 本件民家

 本件民家は,E神社が所有する建物であり,E神社が設置しているJ博物館(E山博物館)の付属施設として,管理されているものである。また,本件民家は,昭和58年4月1日付で,旧D村によって文化財に指定されている。

(3) 本件請負契約

 平成16年10月8日,旧D村の当時の村長であったBは,株式会社F(F)との間で,Fが,E山駐車場内及びその周辺の整備工事をし(本件工事),旧D村が,報酬としてFに1億1634万円を支払う旨の契約(本件請負契約)を締結した。本件請負契約における工事の一環として,本件民家の茅葺き屋根の葺替工事(本件葺替工事)も行われることとされた。なお,本件請負契約は,その後3回の変更契約が締結され,その請負代金は最終的には1億4746万2000円となったが,そのうち本件葺替工事の代金は1361万0547円である。

(4) 合併

 平成17年4月1日,旧D村は,旧I 市などとの合併により,I 市となった。その後,I 市議会において,本件工事が継続事業としてI 市に引き継がれることが決定した。

(5) 代金の支払い

 旧D村(上記合併後I 市)は,本件請負契約の報酬として,Fに対して,次のとおり支払をした。

@ 平成17年3月10日  500万0000円
A 同年    8月18日  2400万0000円
B 平成18年4月6日  7600万0000円
C 同年    6月1日  1000万0000円
D 同年   11月16日  3246万2000円

 なお,これらの支払は,いずれも旧D村(合併後はI 市)の「観光費」から支出され,補助金交付の手続はとられなかった。

(6) 上記Cの支出(第4回支出行為)にかかる具体的な手続等について

 平成18年6月1日,Bは,I 市収入役として,第4回支出行為にかかる支出負担行為の適法性を審査したうえ,上記1000万円の支出を行った。

(7) 上記Dの支出(第5回支出行為)にかかる具体的な手続き等について

 平成18年11月13日,I 市産業振興課長が第5回支出行為の前提となる,同支出命令(第5回支出命令)の決裁を行った。なお,支出命令をする権限は,本来,普通地方公共団体の長であるAにあるものであるが,I 市では,I 市事務専決規程9条1項別表第1の34号(平成18年当時のもの)により,課長専決事項とされている。
 また,同年11月16日,Cは,I 市会計課長の職にあったが,支出行為についての原権限者であるI 市収入役が不在であったため,I 市収入役の職務代理者を定める規則2条により,I 市収入役職務代理者として,第5回支出行為にかかる支出負担行為の適法性を審査したうえ,上記3246万2000円の支出を行った。

(8) 第1回監査請求

ア.原告らは,平成19年5月9日,I 市監査委員に対し,以下の行為を対象として,監査請求を行った。(第1回請求)

@第4回支出行為
A第5回支出行為

イ.これに対し,I 市監査委員は,同年6月27日,本件第1回監査請求を理由がないと判断した。

(9) 本件訴え提起

 平成19年7月25日,原告らは,以下の行為を対象として,本件訴えを提起した。

@第4回支出行為
A第5回支出行為

(10) 第2回監査請求

ア.原告らは,本件訴え提起後の平成19年10月10日,第5回支出命令等を対象として,監査請求を行った。

イ.これに対し,I 市監査委員は,平成19年11月19日,第5回支出命令については,理由がないとして棄却した。

3.条例等の定め

(1) I 市文化財保護条例(本件条例)

ア.1条(目的)

 この条例は,文化財保護法(昭和25年法律第214号)182条第2項の規定に基づき,市の地域内に所在する文化財を保存し,かつ,その活用を図り,もって市民の文化的向上に資するとともに地方文化の進歩に貢献することを目的とする。

イ.8条(管理)

 市指定文化財の所有者は,その文化財の管理にあたるものとする。ただし,特別の事情があるときは,他の適当なものにこれを管理させることができる。

ウ.10条

1項
 市指定文化財の管理に要する経費は,所有者又は管理者の負担とする。

エ.13条(管理又は修理の補助)

1項
 市指定文化財の管理又は修理につき多額の経費を要し,市指定文化財の所有者がその負担に堪えない場合,その他特別の事情がある場合には,その経費の一部に充てさせるため,予算の範囲内で補助金を交付することができる。

(2) I 市文化財保存事業費補助金交付要綱(本件要綱)

ア.4条

 補助の対象となる経費は,文化財保存事業に要する経費で別表に定めるとおりとする。

別表
1.有形文化財及び有形民俗文化財保存事業(2)修理ア
「解体,半解体修理,屋根ふき替え,塗装修理,部分修理及び移築修理」

(3) I 市補助金等の交付手続等に関する規則(本件規則)

ア.1条(趣旨)

 この規則は,住民の福祉の増進,文化の向上及び環境保全等に寄与するもので,公益性のある事業に対して,事業費の一部又は全部を予算の範囲内において支出する補助金等に係る事務の適正な運営を図るため,法令規則等に特別な定めのある場合を除き補助金等の交付に関する手続,補助金等の交付を受ける者の負担する義務及びその者に対する市長の権限等に関し必要な事項を定めるものとする。

イ.4条(補助金交付の申請)

 補助金等の交付を受けようとする者は,次に掲げる事項を記載した補助金等交付申請書を市長に対し,提出しなければならない。
(1)以下略

ウ.5条(補助金等の交付の決定)

1項
 市長は,補助金等の交付の申請があったときは,・・補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか等を調査し,当該申請にかかる補助金等を交付すべきと認めたときは,速やかに補助金等の交付を決定するものとする。

エ.11条(状況報告)

 補助事業者等は,市長の定めるところにより,補助事業者の遂行の状況に関し,市長に報告しなければならない。

オ.12条(補助事業等の遂行の命令)

 市長は,補助事業等が補助金等の交付の決定の内容又はこれに付した条件に従って遂行されていないと認めるときは,補助事業者等に対し,これらに従って補助事業等を行うことを命ずることができる。

カ.15条(是正のための措置)

 市長は,・・補助事業等の成果が補助金等の交付の決定の内容及びこれを付した条件に適合しないと認めるときは,当該補助事業等につき,これに適合させるための措置をとることを当該補助事業者等に対し,命ずることができる。

キ.16条(決定の取消し等)

 市長は,補助事業者等が補助金等を他の用途に使用し,その他補助事業等に関して補助金等の交付の決定の内容又はこれに付した条件その他この規則又はこれに基づく市長の命令に違反したときは,当該補助金等の交付の決定の全部又は一部を取り消すことができる。

【判旨】

1.政教分離違反の有無について

(1) 原告らは,I 市が,本件葺替工事に公金を支出したことが,憲法89条が定める政教分離原則に反すると主張するので,この点について検討する。
 憲法は,個人の信教の自由を無条件に保障し,さらにその保障を一層確実なものとするため,政教分離規定を設けている。
 もっとも,政教分離規定は,いわゆる制度的保障の規定であって,信教の自由そのものを直接保障するものではなく,国家(地方公共団体を含む)と宗教との分離を制度的に保障することにより,間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものである。そして,憲法の政教分離原則は,国家が宗教的に中立であることを要求するものであるが,国家と宗教の完全な分離を実現することは,実際上不可能に近いのであり,またその実現はかえって不合理な事態を生ずることになる。これらの点にかんがみると,同原則は,国家が宗教との関わり合いを持つことを全く許さないとするものではなく,宗教との関わり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ,その関わり合いが我が国の社会的,文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである。
 上記政教分離原則の意義に照らすと,憲法89条が禁止している,公金その他の公の財産を,宗教上の組織若しくは団体の使用,便益若しくは維持のために支出することとは,およそ国及びその機関による宗教上の組織等にかかるすべての支出行為を指すものではなく,同支出行為により生じる関わり合いが上記の相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって,当該支出行為の目的が宗教的意義を持ち,その効果が宗教に対する援助,助長,促進又は圧迫,干渉等になるようなものをいうと解すべきである。そして,ある公金支出行為が上記基準に該当するかどうかを検討するに当たっては,当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく,当該行為の行われる場所,当該行為に対する一般人の宗教的評価,当該行為者が当該行為を行うについての意図,目的及び宗教的意義の有無,程度,当該行為の一般人に与える効果,影響等,諸般の事情を考慮し,社会通念に従って,客観的に判断しなければならない。

(2) そこで,以上の見地に立って,本件葺替工事代金の支出について検討する。

ア.争いのない事実及び証拠によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 本件民家は,江戸時代に建築されたと推定される建物で,入母屋造り,茅葺屋根で,屋根の棟には千木風の棟おさえが乗っている,昔ながらの特徴を有する建物である。このような民家は,改築等が行われたことにより,現在では当時の姿をとどめるものは少なくなってきていた。
 本件民家は,昭和53年,昔の日常生活の一端を後世に残し,またその展示の場とする目的で,その納屋,厠,湯場などの付属建物と,その内部の民具資料とともに,E神社によって取得され,現在の場所に移築され,復原された。
 旧D村は,昭和58年に,本件民家を文化財として指定した。

(イ) 本件民家の存在するE地区は,F国立公園内に位置し,同国立公園内で,特徴的な郷土景観があり,また著名なE神社がある地区として,ホームページで紹介されている。また,E地区は,公園の利用と管理のための施設を総合的に整備し,快適な公園利用の拠点とする地区である,集団施設地区として指定されており,園地や休憩施設,駐車場,ビジターセンターなどが整備され,また,雲取山の登山口ともなっている地区である。
 本件民家は,この駐車場,ビジターセンター,休憩所等の施設に隣接した場所に存在する。
 E山博物館は,本件民家を神領民家と名付け,昔の生活を伝える文化財として観光客に紹介した。また,旧D村においても,本件民家の周辺は,D観光協会が主催する奥I D紅葉まつりや,Dつつじまつりの中心的会場とされるなど,観光拠点として利用されていた。

(ウ) 平成16年,上記観光施設が老朽化してきており,また道路の整備も不十分であるとして,旧D村は,E地域における観光イメージ向上による観光客誘致を目的として,上記施設とその周辺の整備工事を行うこととした。具体的には,E山駐車場内の舗装修繕,歩車道と排水路の整備,紅葉・しゃくなげ等の植栽工事,料金所と観光案内所の新設,つつじまつりやもみじまつりの中心的会場となる野外ステージの新設等が行われることになったが,その際,この地域に存在する本件民家も,移築後25年以上が経過したことにより,茅葺き屋根等の傷みが激しくなっていたことから,同整備工事の一環として,本件葺替工事も行われることとなった。

(エ) 本件工事にかかる費用は,旧D村議会の予算審議,議決を経て本件請負契約が締結され,これに基づいて,支出されたものである。そのうち,平成17年3月10日に支払われた500万円は,平成16年度予算において,観光費の費目のうちの工事請負費として処理された。
 また,旧D村がI 市と合併した直後に開催された,I 市議会の臨時会において,継続費設定のためにE山駐車場周辺整備事業の説明が行われたが,この際,本件工事は観光整備事業である旨の説明がなされた。さらに,I 市議会の6月定例会においても,本件工事が観光客誘致のために行われるとの説明がなされた。

(オ) 本件民家は,E神社の本殿や社務所等が存在する周辺ではなく,上記観光施設の周辺に位置している。そして,本件民家の周辺には,本件民家が,当時の生活を後世に残すべく移築された旨の説明をした看板が設置されており,その内部には,当時の生活をうかがわせる農機具や生活用具が展示されている。

イ.以上の事実によれば,本件民家は,文化的な価値を有するものとして,併設されている観光施設とともに観光資源として利用されていたといえ,また観光客を誘致するために上記観光施設の整備をするに際し,その観光事業の一環として,本件葺替工事が行われたものと認められる。また,本件民家は,E神社が所有する建物であるものの,E神社が取得するに至った上記経緯,その存在する場所,外観,利用方法が上記認定のとおりであることに照らすと,本件民家自体は宗教的意味合いを持たないものであるといえる。
 そうすると,本件公金支出の目的は,観光施設の整備をすることにあるのであって,このような目的で,宗教的意味合いを持たない本件民家の工事に,旧D村ないしI 市が本件公金の支出をしたとしても,これにより,住民に対して,旧D村ないしI 市により,神社神道に対する特別の援助がされているものとの印象を与えることにはならないというべきである。

ウ.したがって,本件葺替工事代金の支出により,旧D村ないしI 市が,相当な限度を超えて神道と関わり合いをもったということはできず,同支出が,憲法89条の定める政教分離原則に反するものということはできない。

2.補助金交付の手続違反について

(1) 旧D村及びI 市は,観光事業として本件工事を行い,本件工事の一部には,E神社が所有する本件民家に対する本件葺替工事が含まれていたが,同葺替工事代金の支出に当たり,補助金交付の手続をとることなく,「観光費」からその代金を支出した。この点につき,原告らは,本件葺替工事は,E神社に対する補助に該当するものであり,その場合,本件民家が旧D村及びI 市の文化財に指定されていることから,同工事代金は,本件条例及び本件要綱により,補助金交付の手続に従って支出すべきであるにもかかわらず,「観光費」として支出したのであるから,当該支出は本件条例,本件要綱及び本件規則に反した違法があると主張する。

(2) 本件条例は,I 市の地域内に所在する文化財を保護し,その活用を図り,もって市民の文化的向上や地域文化の進歩に貢献することを目的としているところ,文化財に指定された場合に当該文化財にかかる経費については,所有者又は管理者の負担とするものの,例外的に多額の経費を要し,所有者がその負担に堪えない場合その他特別の事情がある場合には,上記目的を達成させるため,予算の範囲内で補助金を交付することができる旨規定しているものといえる。そうであれば,本件条例は,当該文化財について,文化財の保護・活用の観点から,所有者らによる経費負担によってはその目的を達し得ない場合に,補助金を交付することができる旨を定めているにすぎないというべきであり,I 市が文化財に関連して行うすべての支出についてまで補助金としての支出を要求しているものということはできない。なお,本件要綱は,補助金が適正に支出されることを保障するため,補助の対象や補助の対象となる経費を定めたものと解され,ここに本件葺替工事と同様の工事が補助の対象となることが定められたからといって,直ちに本件葺替工事にかかる支出が補助金をもってしかなし得ない工事であったとまではいえない。
 そして,本件工事は,上記のとおり,観光施設である本件民家付近の施設やその周辺を整備するための工事であり,その一環として本件葺替工事も行われるたのであって,全体としてみれば,観光施設の整備のための一体の工事と評価することができ,同工事を一体のものとして本件請負契約を締結し,その代金の支払を「観光費」として支出したとしても,これをもって違法ということはできない。

(3) また,本件規則は,補助金交付の手続について,補助金の交付を受けようとする事業者等に,補助事業等の目的及び内容,経費の使用方法,交付を受けようとする補助金の額等を記載した申請書の提出を求め(4条),これに対して,市長が,上記事業等の目的及び内容が適正であるかどうか等を調査した上で,補助金を交付するかどうかを決定するものとしている(5条)。
 そして,補助金の交付を受けた事業者等に,補助金の交付決定の内容等に従い,善良な管理者の注意をもって補助事業等を行うこと及びその事業等の遂行の状況を市長に報告することを義務づけ(10条,11条),市長は,補助金事業が,補助金交付決定の内容等に従って遂行されていないと認めるときは,事業者等にこれに従うよう命じたり,必要な措置を執ることができ(12条,15条),さらに,補助金交付決定の取消しをすることもできるとされている(16条)。
 これらの規定によれば,本件規則は,補助金が,これを交付するのが適切であると認められる公益性のある事業等について交付され,また,交付された補助金が適切に使用されるようにするなど,補助金の支出が適正に行われるようにするため,その手続を定めたものと解される。これを超えて,本件規則が,I 市が第三者に利益を与える場合には,必ず補助金交付の手続によるべきことまで定めた趣旨であると解することはできない。
 そうであれば,補助金の交付がなされていない本件において,本件規則の適用はなく,本件葺替工事にかかる支出が本件規則に反するということはできない。

(4) したがって,本件葺替工事にかかる公金の支出が,補助金の交付の手続によりなされなかったことについて,本件条例等に反する違法があるとはいえない。

3.以上のとおりであり,本件葺替工事にかかる公金の支出に,憲法違反や法令違反の違法はないから,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求には理由がない。

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