最新下級審裁判例

東京地裁判決平成21年03月05日

【事案】

1.都道α線道路整備工事(以下「本件事業」という。)の起業地(西東京市β地内)にマンションを所有する原告らが,その敷地の一部が収用されたことに伴い,東京都収用委員会が収用裁決において定めた損失補償の額が不服であるとして,土地収用法(以下「法」という。)133条2項に基づき,被告に対し,上記補償額の増額変更を求めた事案。

(参照条文)法133条2項

 収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴えは、裁決書の正本の送達を受けた日から六月以内に提起しなければならない。

2.前提事実

(1) 事業

 本件事業は,被告を起業者とし,都道α線(西東京市計画道路×号線)のうち西東京市β地内の延長49.2メートルの区間において幅員16メートルの道路を新設整備する事業である。

(2) 収用の対象

 西東京市β所在のA(以下「本件マンション」という。)の敷地は,もとは一筆の土地(分筆前の西東京市β×番1)であったが,別紙物件目録記載1の土地(分筆後の西東京市β×番1),同記載2の土地(分筆後の同×番8)及び同記載3の土地(分筆後の同×番9)に分筆され,同記載2の土地(以下「本件対象地」という。)が本件事業のために収用され,残地として,同記載1の土地(以下「本件残地1」という。)及び同記載3の土地(以下「本件残地2」といい,本件残地1と同2を合わせて「本件各残地」という。)が生じた。

(3) 裁決手続の開始

 被告は,平成17年7月1日,法39条1項に基づく裁決の申請を行い,これを受けて,東京都収用委員会は,同年8月25日,裁決手続の開始を決定し,平成18年4月21日,法45条の3に規定されている裁決手続開始の登記(以下「本件開始登記」という。)が経由された。

(参照条文)

●法39条1項 起業者は、 (中略) 収用し、又は使用しようとする土地が所在する都道府県の収用委員会に収用又は使用の裁決を申請することができる。

●法45条の3第1項 裁決手続開始の登記があつた後において、当該登記に係る権利を承継し (中略) た者は、当該承継 (中略) を起業者に対抗することができない。ただし書略。

(4) 収用裁決

 東京都収用委員会は,被告の申請に基づき,平成19年7月26日,本件対象地を収用し,権利取得の時期を同年10月23日とする裁決(以下「本件裁決」という。)を行い,損失補償に関して次のとおり定めた。

ア.本件対象地の補償額は,1平方メートル当たり26万2500円が相当であるが,起業者の見積額である1平方メートル当たり27万0200円の方が高いので,法48条3項に基づき,1平方メートル当たり27万0200円として補償する。
 ただし,上記の価格に基づいて算定された補償額の一部については,法82条に基づき,区分所有者らの替地による補償の要求を相当と認め,金銭に代えて次の替地によって補償し,その残額を金銭で補償する。

(ア) 本件残地1の南側に接する別紙物件目録記載4及び5の土地
(イ) 本件残地1の東側に接する別紙物件目録記載6の土地(以下「本件東側替地」という。)

イ.残地補償は,本件残地1について1平方メートル当たり7900円とし,本件残地2について1平方メートル当たり6万7500円とする。

(参照条文)

●法48条

1項 権利取得裁決においては、次に掲げる事項について裁決しなければならない。
一  略
二  土地又は土地に関する所有権以外の権利に対する損失の補償
三 略
四 略

3項 収用委員会は、第一項第二号に掲げる事項については、 (中略) 起業者、土地所有者、関係人及び準関係人が申し立てた範囲をこえて裁決してはならない。

●法82条1項 土地所有者 (中略) は、収用される土地又はその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の全部又は一部に代えて土地又は土地に関する所有権以外の権利(以下「替地」と総称する。)をもつて、損失を補償することを収用委員会に要求することができる。

(5) 原告らについて

ア.別紙原告目録記載の原告番号1番ないし94番の原告らは,本件開始登記がされた平成18年4月21日以前から本件対象地及び本件各残地の所有権を有し,本件裁決の名宛人とされた者である。

イ.その余の原告ら(原告番号95番ないし101番)7名(以下「本件原告ら7名」という。)は,本件開始登記がされた平成18年4月21日の後に本件対象地及び本件各残地の所有権を承継取得した者であり,本件裁決の名宛人とされていない者である。

【判旨】

1.本件原告ら7名が原告適格を有するか否かについて

(1) 法45条の3第1項は,裁決手続開始の登記があった後に,当該登記に係る権利を承継した者は,当該承継を起業者に対抗することができない旨定めている。これは,裁決手続開始の登記がされた後に,収用対象地の所有者等の変更が生じた場合でも,収用委員会は,その登記がされた時点における土地所有者等を裁決手続の当事者として審理を進め,その土地所有者等を名宛人として裁決をすれば足りるとすることで,裁決手続の円滑かつ迅速な進行を確保しようとしたことにある。
 そして,法133条3項は,収用委員会の裁決に関する不服のうち,損失補償に関するものについては,起業者と被収用者との間の訴訟によって解決させることとしているが,これは,損失補償に関する争いは,裁決手続の当事者である起業者と被収用者との間で解決させることが可能であり,また,その当事者間で解決させることが適当であるからであると解される(最高裁昭和58年9月8日第一小法廷判決・判例時報1096号62頁参照。)。

(参照条文)

法133条3項 前項の規定による訴えは、これを提起した者が起業者であるときは土地所有者又は関係人を、土地所有者又は関係人であるときは起業者を、それぞれ被告としなければならない。

 そうすると,法133条3項が,起業者に対して訴訟を提起できる者として定めている「土地所有者」とは,裁決手続において,起業者に対して自らの権利を対抗できる被収用者,すなわち裁決手続開始の登記がされたときの「土地所有者」であると解すべきである。
 これを本件についてみるに,本件原告ら7名は,いずれも,本件開始登記がされた平成18年4月21日の後に,本件開始登記時の所有者から権利を承継した者であって,起業者には対抗できない者であり,起業者からこれらの者を積極的に裁決手続の当事者として扱うことにした事実も窺えないから,原告ら7名は,法133条3項によって損失補償の訴えを提起することができるとされている「土地所有者」には当たらないというべきである。
 したがって,本件訴えの原告適格を有さないというべきであり,本件原告ら7名の訴えはいずれも不適法である。

(2) この点について,本件原告ら7名は,種々の理由を掲げて,本件原告ら7名は,本件訴えの原告適格を有する旨主張するので,以下検討する。

ア.まず,本件原告ら7名は,法45条の3第1項は,裁決手続開始の登記があった後,同登記が抹消されるまでの間についてを対象として規定するものであるところ,本件においては既に同登記が抹消されているから,本件原告ら7名は原告適格を有するに至ったと主張する。
 しかしながら,前示のように,起業者に対して法133条の損失補償の訴えを提起することができる土地所有者は,裁決手続において,起業者に対して自らの権利を対抗できる被収用者,すなわち裁決手続開始の登記がされた時の土地所有者であると解すべきであり,裁決手続の終了によって裁決手続開始の登記が抹消されたからといって,このことに変容が来されるべき理由はおよそ見出し難いから,この点についての本件原告ら7名の主張は採用できない。

イ.また,本件原告ら7名は,同原告らに本件裁決の既判力が及ぶから,行政事件訴訟法9条1項の法律上の利益を有し,原告適格を有すると主張する。
 しかしながら,行政庁の裁決の「既判力」などというものはおよそ観念し難いから,これを前提とする主張は失当であることはもとより,損失の補償に関する訴えは,行政事件訴訟法4条前段のいわゆる形式的当事者訴訟に当たるところ,当事者訴訟には行政事件訴訟法9条は準用されない(同法41条参照)から,同条項によって原告適格を有するとする主張もまた失当であるといわざるを得ない。
 したがって,この点に関する本件原告ら7名の主張は採用できない。

ウ.そして,本件原告ら7名は,旧所有者の起業者に対する補償金請求権を債権者代位(民法423条)により行使するものであると主張する。
 しかしながら,前示のとおり,法は,裁決手続の円滑かつ迅速な進行を確保するために,損失補償に関する争いは,裁決手続の起業者に対抗できる被収用者に限り訴えることができるとしているのであるから,仮に,本件原告ら7名が,民法上の債権者代位の要件を満たしていたとしても,法133条3項の定める原告適格を有しない同原告らは,法133条が設けた損失補償に関する訴えを提起することができないことは明らかである。
 また,そもそも本件原告ら7名は,債権者代位の被保全権利としていかなる権利を主張するのか明らかでなく,被保全権利の存在を認めるに足りる証拠もない。
 よって,この点に関する本件原告ら7名の主張は採用できない。

エ.さらに,本件原告ら7名は,旧所有者から本訴追行の授権を受けたから,任意的訴訟担当が許容されるべきであると主張する。
 しかしながら,そもそも任意的訴訟担当は,民事訴訟法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り,また,信託法が訴訟行為をなさしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし,当該訴訟担当がこのような制限を回避,潜脱するおそれがなく,かつ,これを認める合理的必要がある場合にのみ許容されると解されるところ(最高裁昭和45年11月11日大法廷判決・民集24巻12号1854頁参照。),法133条が,前示のとおり損失補償に関する訴えの当事者適格を裁決手続の当事者である起業者と土地所有者等に限定していることに鑑みれば,これに該当せず,また,弁護士でもない者に,訴訟を担当させることを法が許容しているとはおよそ考え難く,またそれを許容すべき合理的必要があるとも認め難い。
 よって,この点に関する本件原告ら7名の主張は採用できない。

2.本件対象地に係る補償額の当否について

(1) 法68条は,土地を収用することによって土地所有者又は関係人が受ける損失は,起業者が補償しなければならない旨を定め,法71条は,収用する土地に対する補償金の額は,「近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に,権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額」とする旨を定めているところ,法71条の「相当な価格」とは,金銭をもって補償する場合には,被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することを可能とするに足りる金額(最高裁昭和48年10月18日第一小法廷判決・民集27巻9号1210頁参照。)というものと解するのが相当である。

(参照条文)

●法68条 土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者及び関係人が受ける損失は、起業者が補償しなければならない。

●法71条 収用する土地又はその土地に関する所有権以外の権利に対する補償金の額は、近傍類地の取引価格等を考慮して算定した事業の認定の告示の時における相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額とする。

 そして,法88条の2は,法71条の適用に関し必要な事項の細目は政令で定める旨を定めており,この委任を受けて制定された「土地収用法第八十八条の二の細目等を定める政令」(以下「細目政令」という。)1条は,法71条の相当な価格は,近傍類地の取引事例が収集できるときは,当該取引事例における取引価格に取引が行われた事情,時期等に応じて適正な補正を加えた価格を基準とし,当該近傍類地及び収用する土地に関する位置,形状,環境,収益性及び一般の取引における価格形成上の諸要素を総合的に比較考量し,必要に応じ,借賃等の収益から推定される当該土地の価格,土地所有者が当該土地の取得及び改良又は保全のため支出した金額及び当該土地についての固定資産税評価額その他の課税の場合の評価額をも参考にして算定すべきものと定めている。したがって,これらの諸要素を考慮した上で,補償すべき「相当な価格」を判断すべきである。

(参照条文)

●法88条の2 第七十一条、第七十二条、第七十四条、第七十五条、第七十七条、第八十条、第八十条の二及び前条の規定の適用に関し必要な事項の細目は、政令で定める。

●細目政令1条

 収用する土地についての法第七十一条の相当な価格は、近傍類地の取引事例が収集できるときは、当該取引事例における取引価格に取引が行われた事情、時期等に応じて適正な補正を加えた価格を基準とし、当該近傍類地及び収用する土地に関する次に掲げる事項を総合的に比較考量し、必要に応じて次項各号に掲げる事項をも参考にして、算定するものとする。
一  位置
二  形状
三  環境
四  収益性
五  前各号に掲げるもののほか、一般の取引における価格形成上の諸要素
2 前項の相当な価格は、近傍類地の取引事例が収集できないときは、次に掲げる事項のいずれかを基礎とし、適宜その他の事項を勘案して、算定するものとする。
一  地代、小作料、借賃等の収益から推定される当該土地の価格
二  土地所有者が当該土地の取得及び改良又は保全のため支出した金額
三  当該土地についての固定資産税評価額(地方税法 (昭和二十五年法律第二百二十六号)第三百八十一条第一項 又は第二項 の規定により土地課税台帳又は土地補充課税台帳に登録されている価格をいう。)その他の課税の場合の評価額
3項略。

(2) そこで,このような観点から本件対象地の「相当な価格」について検討するに,東京都収用委員会が本件裁決を行うに当たって依拠した3名の不動産鑑定士による鑑定(以下「本件各鑑定」という。)は,いずれも,本件対象地の近隣地域又は類似地域から選択された取引事例に基づく取引事例比較法による比準価格,収益還元法による収益価格,開発法による価格を算定し,地価公示価格を規準として求めた規準価格との均衡にも配慮していた上で,最終的には,取引事例比較法による比準価格及び開発法による価格を主たる根拠として本件対象地の価格を決定しているものであり,その鑑定手法は,いずれも細目政令の定める価格算定上の諸要素を考慮したものであって特段不合理な点は見当たらず,最終的な1平方メートル辺りの鑑定評価額をみても,B鑑定が27万2000円,C鑑定が25万3000円及びD鑑定が26万2600円であり,いずれも26万円前後に収まり大差ないことからすると,これらの価格は,鑑定意見としていずれも合理性を有するものであると認められる。
 そして,一般に土地評価に精通していると考えられる不動産鑑定士による土地の評価額については,その評価の過程の合理性を検証し,不合理な点が見当たらない場合には,その結論は合理性を有するものと考えられるところ,仮に,結論を異にする複数の評価が存在する場合には,それらの合理性を比較検討し,その結果,いずれも合理性を有し,優劣を付けることができないとの結論に至った場合には,これらの評価を相加平均することによって相当な価格を求めることが合理的であると解される。
 これを本件についてみるに,B鑑定,C鑑定及びD鑑定は,いずれも鑑定意見として合理性を有するものであって,それらの優劣を付けることができないと認められるから,これらを相加平均することにより最も妥当な結論を導くことができると解すべきである。そこで,本件対象地の1平方メートル当たりの金額であるB鑑定の27万2000円,C鑑定の25万3000円及びD鑑定の26万2600円を相加平均すると26万2533円となるから,これを法71条の相当な価格と認めるべきであり,本件裁決が相当とした本件対象地の1平方メートル当たりの価格26万2500円は,妥当な金額であったということができる。
 そして,本件裁決は,収用委員会は損失の補償に関する事項について起業者等が申し立てた範囲を超えて裁決してはならない旨を定める法48条3項を適用して,本件対象地の1平方メートル当たりの価格として27万0200円を採用したのであるから,この単価を基礎として定められた補償金の額は,法71条の相当な価格を下回るものではないと認めるのが相当である。

3.本件各残地に係る残地補償の額の当否について

(1) 法74条1項は,同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し,又は使用することによって残地の価格が減じ,その他残地について損失が生ずるときは,その損失を補償しなければならない旨を定めており,同条2項は,残地補償の額について,法71条の例による旨を定めている。よって,残地補償の額についても,前記2(1)の観点から判断すべきである。

(参照条文)

法74条 同一の土地所有者に属する一団の土地の一部を収用し、又は使用することに因つて、残地の価格が減じ、その他残地に関して損失が生ずるときは、その損失を補償しなければならない。
2  前項の規定による残地又は残地に関する所有権以外の権利に対する補償金の額については、第七十一条 (中略) の例による。

(2) そこで,まず,本件残地1について検討するに,B鑑定士,C鑑定士及びD鑑定士は,いずれも,不整形であることを理由として減価率をマイナス3%と査定したことが認められ,そのことに不合理な点は見当たらない。そして,前記2のとおり本件対象地の相当な価格は1平方メートル当たり26万2533円と認められるから,これに減価率マイナス3%を乗じた7876円をもって残地補償の額と認めるべきである。そうすると,本件裁決が,本件残地1の残地補償の基準額を1平方メートル当たり7900円としたことは正当であり,その額に不足はないというべきである。

(3) 次に,本件残地2について,B鑑定士は,地積につきプラス3%,不整形につきマイナス10%,奥行短小につきマイナス20%であることを考慮して,減価率をマイナス26%と査定し,C鑑定士は,形状につきマイナス30%,地積につきプラス10%を考慮して,減価率をマイナス23%と査定し,D鑑定士は,規模の小さい不整形地につきマイナス20%,奥行短小につきマイナス10%であることを考慮して,減価率をマイナス28%と査定したことが認められる。
 そして,本件各鑑定は,いずれも地積及び形状などの同様の要素を考慮しており,その結果得られた減価率がマイナス23%から28%までの間に収斂していることからすると,いずれも合理的で優劣を付けることができないというべきであるから,これらを相加平均して最も妥当な結果を導くのが相当である。これによれば,B鑑定のマイナス26%,C鑑定のマイナス23%,D鑑定のマイナス28%を相加平均したマイナス25.7%を減価率として相当と認めるべきであり,本件対象地の相当な価格である1平方メートル当たり26万2533円に減価率マイナス25.7%を乗じた1平方メートル当たり6万7471円をもって残地補償の額と認めるべきである。
 そうすると,本件裁決が,本件残地1(※編集者注 「本件残地2」の誤記と思われる。)の残地補償の基準額を1平方メートル当たり6万7500円としたことは正当であり,その額に不足はないというべきである。

4.以上によれば,本件訴えのうち,別紙原告目録記載の原告番号95番ないし101番の原告ら(本件原告ら7名)に係る部分は不適法であるからいずれも却下し,その余の原告らに係る請求はいずれも理由がないから棄却する。

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