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最高裁判所第一小法廷判決平成21年10月29日

【事案】

1.被上告人が,上告人の法人税について,租税特別措置法(平成12年法律第97号による改正前のもの。以下「措置法」という。)66条の6第1項に基づき,シンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)において設立された上告人の子会社であるA(以下「A」という。)の未処分所得を上告人の所得金額の計算上その益金の額に算入する更正及び過少申告加算税賦課決定をしたため,上告人が,措置法の上記規定は「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とシンガポール共和国政府との間の協定()」(平成7年条約第8号。以下「日星租税条約」という。)7条1項に違反するなどとして,これらの処分の取消しを求める事案。

2.事実関係の概要

(1) Aは,昭和54年にシンガポールで設立された外国法人であり,同国において胃潰瘍薬の製造販売事業を行っていたが,平成3年6月,上記事業を関連会社に譲渡した。

(2) 上告人は,平成3年4月以降,Aの発行済株式総数のうち9割を保有していた。

(3) Aは,平成10年3月,その保有に係る株式を売却又は消却し,同年1月1日から同年12月31日までの事業年度において,約8億0939万シンガポールドルの株式譲渡益を計上した。なお,同事業年度におけるAのシンガポールにおける課税所得金額は,同国の税制が株式譲渡益を非課税としていることなどから約1億9370万シンガポールドルであり,これに対する所得税額は約4533万シンガポールドルであった。したがって,当該事業年度の所得に対して同国において課される租税の額は,当該所得金額の約100分の4.32となる。

(4) 被上告人は,Aが措置法66条の6第1項にいう特定外国子会社等であるとして,平成15年2月,上記(3)の事業年度におけるAの課税対象留保金額を約9億4409万シンガポールドルと算定し,これを上告人の同11年1月1日から同年12月31日までの事業年度における所得金額の計算上その益金の額に算入する更正及び過少申告加算税賦課決定をした。

3(1) 措置法66条の6第1項は,同項各号に掲げる内国法人に係る外国関係会社(外国法人で,その発行済株式等のうちに内国法人等の有する直接及び間接保有の株式等の総数又は合計額の占める割合が100分の50を超えるもの等をいう。同条2項1号)のうち,本店又は主たる事務所の所在する国又は地域におけるその所得に対して課される税の負担が本邦における法人の所得に対して課される税の負担に比して著しく低いものとして政令(租税特別措置法施行令39条の14第1項2号)で定める外国関係会社に該当するもの(税額が所得金額の100分の25以下であるもの。以下「特定外国子会社等」という。)が,各事業年度においてその未処分所得の金額から留保したものとして所定の調整を加えた金額(適用対象留保金額)を有する場合には,その金額のうちその内国法人の有する株式等に対応するものとして所定の方法により計算された金額(以下「課税対象留保金額」という。)に相当する金額を,その内国法人の収益の額とみなして各事業年度終了の日の翌日から2月を経過する日を含むその内国法人の各事業年度の所得の計算上,益金の額に算入する旨規定する。
 他方,日星租税条約7条1項前段は,一方の締約国の企業の利得に対しては,その企業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業を行わない限り,当該一方の締約国においてのみ租税を課することができると規定し,同項後段は,一方の締約国の企業が他方の締約国内にある恒久的施設を通じて当該他方の締約国内において事業を行う場合には,その企業の利得のうち当該恒久的施設に帰せられる部分に対してのみ,当該他方の締約国において租税を課することができると規定する。

(2) 原審が,措置法66条の6は日星租税条約7条1項に違反しないと判断したのに対し,上告人は,同項は,企業の利得を対象とした規定であり,一方の締約国の企業の利得に対しては,他方の締約国は,その内国法人に対する課税という形であっても,課税することができないことを定めたものであるところ,措置法66条の6は,外国法人の利得に対し,我が国に恒久的施設がないにもかかわらず課税するものであるから,日星租税条約7条1項に違反する旨主張している。

【判旨】

1(1) 一般に,自国における税負担の公平性や中立性に有害な影響をもたらす可能性のある他国の制度に対抗する手段として,いわゆるタックス・ヘイブン対策税制を設けることは,国家主権の中核に属する課税権の内容に含まれるものと解される。したがって,租税条約その他の国際約束等によってこのような税制を設ける我が国の権能が制約されるのは,当該国際約束におけるその旨の明文規定その他の十分な解釈上の根拠が存する場合でなければならないと解すべきである。

(2) 日星租税条約7条1項は,一方の締約国(A国)の企業の利得に対して他方の締約国(B国)が課税するためには,当該企業がB国において恒久的施設を通じて事業を行っていることが必要であるとし(同項前段),かつ,B国による当該企業に対する課税が可能な場合であっても,その対象を当該恒久的施設に帰属する利得に限定することとしている(同項後段)。同項は,いわゆる「恒久的施設なくして課税なし」という国際租税法上確立している原則を改めて確認する趣旨の規定とみるべきであるところ,企業の利得という課税物件に着目する規定の仕方となっていて,課税対象者については直接触れるところがない。しかし,同項後段が,B国に恒久的施設を有するA国の企業に対する課税について規定したものであることは文理上明らかであり,これは同項前段を受けた規定であるから,同項前段も,また,A国の企業に対する課税について規定したものと解するのが自然である。すなわち,同項は,A国の企業に対するいわゆる法的二重課税を禁止するにとどまるものであって,同項がB国に対して禁止又は制限している行為は,B国のA国企業に対する課税権の行使に限られるものと解するのが相当である。

(3) 措置法66条の6第1項は,外国子会社の留保所得のうちの一定額を内国法人である親会社の収益の額とみなして所得金額の計算上益金の額に算入するものであるが,この規定による課税が,あくまで我が国の内国法人に対する課税権の行使として行われるものである以上,日星租税条約7条1項による禁止又は制限の対象に含まれないことは,上述したところから明らかである。
 日星租税条約は,経済協力開発機構(OECD)のモデル租税条約に倣ったものであるから,同条約に関してOECDの租税委員会が作成したコメンタリーは,条約法に関するウィーン条約(昭和56年条約第16号())32条にいう「解釈の補足的な手段」として,日星租税条約の解釈に際しても参照されるべき資料ということができるところ,日星租税条約7条1項に相当する同モデル租税条約7条1項についてのコメンタリーは,同項は,法的二重課税に関する規定である旨を明確に述べ,また,措置法66条の6のような形のタックス・ヘイブン対策税制が同モデル租税条約に違反するか否かについて,7条等の関連規定の各コメンタリーは,その文言を理由として,違反しないものとしている。このことは,日星租税条約7条1項に関する上記のような解釈が,国際的にも,多くの国において広く承認されている見解であることを示しているということができる。

2(1) 上述したところからすれば,日星租税条約7条1項は,一方の締約国の企業の利得に対しては,他方の締約国は,自国の内国法人に対する課税という形であっても,恒久的施設がない限り一切課税権を行使することはできないことを規定したものと解すべきであるとする所論は相当ではない。しかし,各締約国の課税権を調整し,国際的二重課税を回避しようとする日星租税条約の趣旨目的にかんがみると,その趣旨目的に明らかに反するような合理性を欠く課税制度は,日星租税条約の条項に直接違反しないとしても,実質的に同条約に違反するものとして,その効力を問題とする余地がないではない。

(2) 措置法66条の6第1項の規定は,内国法人が,法人の所得等に対する租税の負担がないか又は極端に低い国若しくは地域(タックス・ヘイブン)に子会社を設立して経済活動を行い,当該子会社に所得を留保することによって,我が国における租税の負担を回避しようとする事例が生ずるようになったことから,このような事例に対処して税負担の実質的な公平を図ることを目的として,一定の要件を満たす外国会社を特定外国子会社等と規定し,その課税対象留保金額を内国法人の所得の計算上益金の額に算入することとしたものである(最高裁平成17年(行ヒ)第89号同19年9月28日第二小法廷判決・民集61巻6号2486頁参照)。しかし,特定外国子会社等であっても,独立企業としての実体を備え,その所在する国又は地域において事業活動を行うことにつき十分な経済合理性がある場合にまで上記の取扱いを及ぼすとすれば,当該内国法人の海外進出を不当に阻害するおそれがあることから,措置法66条の6第3項は,特定外国子会社等の事業活動が事務所,店舗,工場その他の固定施設を有し実体を備えていることなど経済合理性を有すると認められるための要件を法定した上,これらの要件がすべて満たされる場合には同条1項の規定を適用しないこととしている。さらに,内国法人に対して同条1項の規定が適用される場合において,その特定外国子会社等の所得に対しても外国法人税が別途課されることとなれば,経済的な意味において所得に対する二重課税が生ずることから,措置法66条の7第1項は,課税対象留保金額に対する外国法人税の額を基に所定の方法で計算した金額を当該事業年度における当該内国法人の所得に対する法人税の額から控除することを認めて,当該内国法人が特定外国子会社等を利用しなかった場合とほぼ等しい税負担となるように調整することとしている。
 上記のような措置法の各規定等から成る我が国のタックス・ヘイブン対策税制は,特定外国子会社等に所得を留保して我が国の税負担を免れることとなる内国法人に対しては当該所得を当該内国法人の所得に合算して課税することによって税負担の公平性を追求しつつ,特定外国子会社等の事業活動に経済合理性が認められる場合を適用除外とし,かつ,それが適用される場合であっても所定の方法による外国法人税額の控除を認めるなど,全体として合理性のある制度ということができる。そうすると,我が国のタックス・ヘイブン対策税制は,シンガポールの課税権や同国との間の国際取引を不当に阻害し,ひいては日星租税条約の趣旨目的に反するようなものということもできない。
 以上のとおり,日星租税条約の趣旨目的も,措置法66条の6第1項のようなタックス・ヘイブン対策税制を設けることのできる課税権が制約されると解釈すべき根拠となるものではない。

3.したがって,措置法66条の6第1項の規定が日星租税条約7条1項の規定に違反していると解することはできない。原審の判断は,結論において正当として是認すべきものであり,論旨は採用することができない。

【涌井紀夫補足意見】

 本件の上告人の条約違反の主張は,措置法66条の6第1項の規定が日星租税条約中の7条1項の規定に違反するというものである。しかし,この上告人の主張が,措置法のこの規定が日星租税条約7条1項の規定に違反するものとされた場合には,直ちに本件課税処分の全体が違法として取り消されるべきものとなるとするものであれば,日星租税条約の規定からして,そのような解釈には疑問があるものと考えられるので,この点について付言しておくこととしたい。
 これまでも,本件のように措置法のタックス・ヘイブン対策税制に関する規定が国際租税条約の定めに違反するか否かが問題とされる場合,本件における上告人の主張と同様に,これが専ら日星租税条約7条1項の規定に相当する定めに違反するか否かの問題として論じられることが多く,しかも,国際租税条約のこの規定違反の主張が認められた場合には,そのことから直ちに課税処分が全面的に違法となるものとするかのような議論が一般的であったように思われる。
 しかしながら,日星租税条約7条1項の規定は,各種の所得のうち「企業の利得」(我が国の税制に照らしていえば,おおむね「事業所得」に相当する所得をいうものといえよう。)に対する課税に際しての締約国間での課税権の調整に関する規定であり,所得の種類がこれと異なる場合の課税権の調整については,その所得の種別に応じて日星租税条約中の他の条項の規定が優先的に適用されるべきことが同条6項に明定されている。これを受けて,例えば,配当所得に対する課税については日星租税条約10条の規定,譲渡所得に対する課税については同じく13条の規定等が,それぞれ別に置かれているところである。このような日星租税条約の規定振りからすれば,措置法の規定が日星租税条約に違反するか否かの問題を検討するに際しては,そこで問題とされている所得の種別に対応する日星租税条約の各条文ごとに,措置法の規定が日星租税条約の定めに違反するか否かが個別に検討されるべきこととなろう。
 原審の確定事実によれば,本件で措置法の規定によって上告人の所得金額の計算上その益金の額に算入することとされた子会社の未処分所得を構成する益金の主要部分をむしろ株式譲渡益が占めていたようにもうかがえるのである。そうすると,仮に本件における上告人の日星租税条約違反の主張に理由があるとされた場合においても,それによって本件課税処分が違法とされるのは,そのうち子会社に留保された未処分の「企業の利得」(事業所得)に対応する部分だけであって,それ以外の未処分所得に対応する課税処分の主要部分については,それが直ちに取り消されるべきものになるとすることはできないことになろう。
 措置法の規定の国際租税条約違反問題に関するこれまでの議論では,この点が十分には意識されてこなかったように思われるので,念のために付言しておく次第である。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成21年11月09日

【事案】

1.被上告人が,貸金業者であるA株式会社及び同社を吸収合併した上告人との間の継続的な金銭消費貸借取引に係る各弁済金のうち利息制限法1条1項所定の制限利率を超えて利息として支払われた部分を元金に充当すると,過払金が発生しており,かつ,それにもかかわらず,上告人が残元金の存在を前提とする支払の請求をし過払金の受領を続けた行為により被上告人が精神的苦痛を被ったと主張して,不当利得返還請求権に基づき,過払金合計1068万4265円の返還等を求めるとともに,民法704条後段に基づき,過払金の返還請求訴訟に係る弁護士費用相当額の損害賠償108万円とこれに対する遅延損害金の,同法709条に基づき,慰謝料及び慰謝料請求訴訟に係る弁護士費用相当額の損害賠償105万円とこれに対する遅延損害金の各支払を求める事案。
 なお,不当利得返還請求権に基づき過払金の返還等を求める部分は,原審においてその訴えが取り下げられ,また,民法709条に基づき損害賠償の支払を求める部分については,同請求を棄却すべきものとした原判決に対する被上告人からの不服申立てがなく,当審における審理判断の対象とはなっていない。

2.原審は,次のとおり判断して,被上告人の民法704条後段に基づく損害賠償請求を認容すべきものとした。
 民法704条後段の規定が不法行為に関する規定とは別に設けられていること,善意の受益者については過失がある場合であってもその責任主体から除外されていることなどに照らすと,同条後段の規定は,悪意の受益者の不法行為責任を定めたものではなく,不当利得制度を支える公平の原理から,悪意の受益者に対し,その責任を加重し,特別の責任を定めたものと解するのが相当である。したがって,悪意の受益者は,その受益に係る行為に不法行為法上の違法性が認められない場合であっても,民法704条後段に基づき,損害賠償責任を負う。

【判旨】

1.原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 不当利得制度は,ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に,法律が公平の観念に基づいて受益者にその利得の返還義務を負担させるものであり(最高裁昭和45年(オ)第540号同49年9月26日第一小法廷判決・民集28巻6号1243頁参照),不法行為に基づく損害賠償制度が,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁参照)のとは,その趣旨を異にする。不当利得制度の下において受益者の受けた利益を超えて損失者の被った損害まで賠償させることは同制度の趣旨とするところとは解し難い。
 したがって,民法704条後段の規定は,悪意の受益者が不法行為の要件を充足する限りにおいて,不法行為責任を負うことを注意的に規定したものにすぎず,悪意の受益者に対して不法行為責任とは異なる特別の責任を負わせたものではないと解するのが相当である。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。これと同旨をいう論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,上告人が残元金の存在を前提とする支払の請求をし過払金の受領を続けた行為が不法行為には当たらないことについては,原審が既に判断を示しており,その判断は正当として是認することができるから,被上告人の民法704条後段に基づく損害賠償請求は理由がないことが明らかである。よって,被上告人の民法704条後段に基づく弁護士費用相当額の損害賠償108万円及びこれに対する遅延損害金の請求を107万1247円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却した第1審判決のうち上告人敗訴部分を取り消し,同部分に関する被上告人の請求を棄却し,上記請求に係る被上告人の附帯控訴を棄却することとする。

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