平成21年度新司法試験論文式
刑事系第1問参考答案(その1)

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第1.甲の罪責

1.甲がAの口座から200万円を自己の管理するB社の口座に振り込むよう乙に指示した行為について、業務上横領罪(刑法(以下条文番号のみ記載)253条)の成否を検討する。

(1)ア.本罪の客体としては、Aの口座の預金債権と、Aの口座の預金に対応する現金とが考えられるところ、本罪の客体たる財物は、占有し、かつ領得しうるものでなければならないから、物理的管理可能性を有することを要する。そうすると、現金は物理的管理可能性を有するから本罪の客体足り得るが、債権は観念的存在であって物理的管理可能性を有しないから、本罪の客体足り得ない。
 よって、Aの口座の預金に対応する現金が、本罪の客体である。

イ.また、本罪の客体は「他人の物」であることを要する。この点、現金は民事上占有と所有が一致するものとされているが、刑法上は独自にその要保護性を考慮して他人性を決すべきである。
 本問では、甲はAに雇われてAクレジットの従業員として、その貸金業の営業に必要な範囲において預金の出し入れが認められていたに過ぎず、Aはほぼ毎日事務所に顔を出し、帳簿と金銭消費貸借契約書、請求書、領収証等との突合こそ行っていなかったものの、甲が作成・保管する帳簿及びAの通帳に目を通して収入・支出の状況を確認していたのであるから、甲自身のための私的処分は一時的にもおよそ許されていなかったと考えられる。よって、Aの口座の預金に対応する現金は、刑法上甲との関係において「他人の物」に当たる。

(2) 本罪の主体は業務上の占有者であることを要する。

ア.本罪の占有は、奪取罪における占有が排他性に本質を有するのとは異なり、処分可能性を本質とするから、事実上の支配のみならず法律上の支配をも含む。そして、ATMから出金等の可能な銀行の預金に対応する現金についての法律上の支配は、ATMにおいて自ら出金等をなしうる者にもあると解されるから、引出しに必要なカードの所持と暗証番号の認識を有する者に認められる。
 本問では、甲はAの口座の預金の出し入れを事務として行っており、Aの通帳及びAのカードを保管する金庫の鍵を所持しており、Aのカードの暗証番号も認識していたと認められるから、Aの口座の預金に対応する現金に対する法律上の支配を有していたといえる。
 従って、Aの口座の預金に対応する現金について甲の占有が認められる。

イ.本罪における業務とは、反復継続する事務をいう。本罪の加重根拠は反復継続性ゆえに委託信任関係の要保護性が高い点にあるからである。
 本問では、甲はAからの厚い信頼に基づいて「Aクレジット」の貸金業の営業について、新規貸付けを実行し、Aの口座の預金の出し入れを含む同貸金業の資金管理の事務を行っていたというのであるから、反復継続する事務に基づく占有といえ、業務上の占有者に当たる。

(3)ア.本罪の実行行為たる横領とは不法に領得することをいうが、奪取罪と異なり占有の移転を基準とすることはできないから、不法領得意思の外部的発現行為の有無によって判断すべきである。
 これを甲が乙にAの口座から200万円をBの口座に振り込むよう指示した行為についてみると、Bの口座は甲の管理に係るものであり、他にBの口座に一時保管すべき業務上の必要はうかがわれず、当該指示を受けた乙において、甲が不正に200万円を手に入れようとしていること、すなわち甲の不法領得の意思に気付いたというのであるから、上記指示は不法領得意思の外部的発現行為であると認められる。

イ.なお、指示を受けた乙は甲の不正の意図に気付き、かつ、実際にBの口座に振込を行ったのは80万円にとどまったのであるが、本罪が未遂処罰規定を置いていないのは、同罪が着手と同時に直ちに既遂に達するため、未遂を観念できないところにあるから、甲は乙に指示を行った時点においてAの口座の預金に対応する現金200万円について本罪が既遂に達し、上記乙に係るその後の事情は、本罪の成否に影響しない。

(4) 以上から、Aの口座の預金に対応する現金200万円について、甲に業務上横領罪が成立する。

2.問題文8から10までの一連の強盗偽装行為に関し考えられる犯罪の成否について、以下検討する。

(1) 上記行為は、後記第2に示す罪につき乙を官憲の発見逮捕から免れさせるものであるが、同時に甲自身が自己の罪について官憲の発見逮捕から免れる行為でもあるから、犯人隠避罪(103条後段)が成立し得るか検討する。

ア.隠避とは、蔵匿以外の方法により官憲の発見逮捕を免れる一切の行為をいうところ、同罪が他人を隠避させる行為のみを処罰対象とし、自己隠避を不可罰としたのは、犯人が自ら逃げ隠れする行為はその心情から当然のことであって、類型的に期待可能性を欠くという点にある。そして、他人を隠避させると同時に自らも隠避する場合には、上記と同様に類型的な期待可能性の欠如が認められる。よって、上記場合には犯人隠避罪は成立しない。

イ.本問では乙を隠避させると同時に甲自らも隠避する場合であるから、甲には犯人隠避罪は成立しない。

(2) 乙は、問題文10のとおり警察官に虚偽の供述を行っているところ、これは問題文8における甲との共謀に基づくものである。

ア.そこで、上記乙の虚偽供述について、甲に証拠偽造罪(104条)の共謀共同正犯が成立するかが問題となるが、上記(1)アに示したものと同様の理由から「他人の刑事事件」に当たらず、偽証罪が宣誓証人の虚偽陳述にのみ成立しうる(169条)こととの均衡から捜査段階における供述は「証拠」に含まれないから、証拠偽造罪は成立しない。

イ.また、虚偽申告罪(172条)については、同罪は第一次的には個人的法益を保護するものであり、「人」には架空人を含まないというべきであるから、成立しない。

(3) 通報により警察官を臨場させた点について、偽計業務妨害罪の成否が問題となるが、以下の理由により同罪の「業務」には公務は含まれないと解するから、同罪は成立しない。

ア.刑法は業務に対しては虚偽風説の流布若しくは偽計(233条後段)又は威力(234条)に対する保護を与える一方で、公務に対しては暴行又は脅迫に対してのみ保護を与えている(95条1項)。これは、市民の私的活動である業務に対しては広範な保護を与える一方で、国や地方公共団体等公権力の活動である公務についてはその保護を限定する趣旨であることが明らかである。そうである以上、公務を業務に含ませて考えることはできない。

イ.また、公務執行妨害罪と業務妨害罪の法定刑は前者において禁錮を選択しうる点を除いて等しく、禁錮は懲役より軽い(9条、10条1項本文)ことから、前者が後者の特別加重類型であると解することもできない。

ウ.判例は権力的公務と非権力的公務とで区別するが、法文上そのような区別はなく(7条1項参照)、また、権力性の意義が不明確であることから、罪刑法定主義の妥当する刑法解釈としては許されない。そもそも、非権力的公務は業務と同様の要保護性があるというが、刑罰以外の民事的・行政的手段による対応力、妨害により廃業にまで至る危険の程度、公金による損失補てんの可能性等を考慮すれば、要保護性が全く異なるのは自明である。判例には賛同できない。

(4) 乙の両手首と両足首をガムテープで縛り、乙の口を更にガムテープで塞いだ上で、トランクを閉めてその場を立ち去った行為について、甲に逮捕監禁罪(220条)が成立する。
 なお、一般に被害者の承諾がある場合には、正当行為(35条参照)に準じて違法性が阻却されうるが、これは社会的相当性の見地からである。そうである以上、承諾の目的が社会的相当性を欠いている場合には、違法性は阻却されない。本問における乙の承諾は強盗偽装の目的であって社会的相当性を欠く以上、違法性阻却は認められないから、同罪の成立を妨げない。

3.以上から、甲は業務上横領罪(253条)及び逮捕監禁罪(220条)の罪責を負い、両罪は併合罪(45条前段)となる。

第2.乙の罪責

1.(1) 80万円をAの口座からB社の口座に口座間で直接振り込む操作を行ってB社の口座に入金した行為について、以下の理由により、乙に電子計算機使用詐欺罪(246条の2)は成立しない。

ア.同罪はいわば電子計算機を欺く行為についての処罰の間隙を埋めるべく創設された犯罪類型であるから、銀行のATM操作における「虚偽の情報」とは、真実は資金的実体がないのに、それがあるかのように偽ってされた入出金情報等をいうと解される。

イ.本問でB社の口座に入金された80万円は、前記第1の1のとおり、既に甲が横領した金員の一部であり、B社の口座への入金は甲の指示に基づいてなされているから、乙のした入金操作に係る情報は対応する資金的実体を有するといえ、「虚偽の情報」に当たらない。

(2) もっとも、甲の横領した金員と知りながらB社の口座に入金する行為は、上記金員の所在を移転させて追及を困難にする行為、すなわち「運搬」に当たるといえるから、乙に盗品等運搬罪(256条2項)が成立する。

2.乙がAの口座から現金合計120万円を引き下ろした行為について、甲に対する業務上横領罪の成否を検討する。

(1) 上記120万円は、前記第1の1のとおり甲が横領した金員の一部であり、甲は乙にB社の口座に振り込むよう指示したもので、乙の私的処分をおよそ許していなかったといえるから、「他人の物」にあたる。

(2) 乙は上記行為当時、Aの口座のカード及び通帳を所持し、暗証番号も甲から伝えられていたから、上記120万円について法律上の支配を有しており、また、乙の本来的業務はAクレジットにおける営業担当の事務であるが、甲の乙への指示は経理担当者不在時の付随業務と考えられ、甲は乙の上司であることからすれば、甲との関係でも全体として反復継続する事務の一部と認められるから、乙は業務上の占有者であったといえる。

(3) 乙は甲からB社の口座への振込を指示されただけで現金出金は許されておらず、他に甲の指示を実行するに当たり現金出金を要する事実も認められないから、勝手に現金出金する行為は、不法領得意思の発現行為として横領の実行行為に当たる。

(4) 以上から、乙に業務上横領罪が成立する。なお、その後の窓口におけるサラ金業者の銀行口座への振込は不可罰的事後行為である。

3.問題文8から10までの一連の強盗偽装行為に関し考えられる犯罪については、前記第1の2(1)から(3)までに示したものと同様の理由により、乙にも犯罪は成立しない。

4.以上から、乙は盗品等運搬罪及び業務上横領罪の罪責を負い、両者は併合罪となる(45条前段)。

以上

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