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最高裁判所大法廷判決平成21年11月18日

【藤田宙靖補足意見要旨】

1.私は,本件についての最終的判断は,問題となる法令の規定(特に地自法85条1項の規定)の解釈に当たり,解釈作法の在り方(解釈方法選択の視角)をどう考えるかに懸かるものと考える。
 厳密な文言解釈による限り,地自法85条1項は,公選法上の普通地方公共団体の選挙に関する規定を「第80条3項・・・の規定による解職の投票」に準用すると定めているのであり,また,地自法80条は,解職の請求(1項)と解職の投票(3項)とを明確に書き分けているのであるから,同法85条1項にいう「解職の投票」の中には「解職の請求」は含まれないこととなるのが,当然の帰結であるといえよう。そうすると,地自法85条を受けた地自令115条が,公選法89条1項の「公職の候補者」を読み替えることによって公務員に「議会の議員の解職請求代表者」たり得る資格を与えないこととしているのは,法律の委任の範囲を超えて違法無効(全面的無効)であるか,あるいは,少なくとも解職請求代表者の「解職の投票」段階における役割を超えて規制する限りにおいて無効(限定合法解釈),ということにならざるを得ないのであって,多数意見を支えているのは,基本的にはこのような法解釈であるということができる。
 しかし,法解釈の方法として,法規定の合目的的解釈ないし立法趣旨の合理的解釈という方法を採用するならば,@一連の(広義の)解職請求手続の中で,公務員の政治的中立性が保障されなければならないとすれば,それは何よりも請求手続の段階においてであって,投票の段階における代表者の役割については,この見地からして見るべきものはさほど残されていないこと(言葉を換えるならば,地自法が,特に投票の段階に絞って公務員に代表者資格を否定しようとする合理的な根拠は余り無いこと),Aそもそも,地自法の定める直接請求制度は,住民の側から直接に請求ができるということに制度の根幹があるのであって,投票は,(条例制定における議会の議決などと同様に)直接請求がなされた(有効に成立した)ことの結果行政側が執らなければならない処置として位置付けられているものに過ぎない(そもそも地自法上,解職請求代表者と区別された固有の意味での解職投票代表者なるものの存在は予定されていない。同法82条等参照)こと,等に鑑みて,同法85条1項がいう「解職の投票」とは,少なくとも本件との関係では,あくまでも(広義での)解職請求手続の一環としての投票という意味と解すべきである,との解釈が成り立ち得ないではないようにも思われる。言葉を換えていえば,地自法は,確かに「解職の請求」と「解職の投票」とを制度的に区別してはいるが,しかし,両者は元々一つの目的を追求するためのプロセスの一環を成すものに他ならないのであるから,問題によっては,両者の一体性こそが重視されなければならない側面もあるのであって,「代表者」という制度は,正にこういった意味で両者に共通するものとして制度設計されているのだという考え方をすることもできるのではないか,ということである。
 そして,従来の裁判例は全てがこのような解釈を採るものであり,また,国(旧自治省・総務省)においても,少なくともあえてこれに異を唱えるものではないといった状況にあること,また,このような解釈を採った結果に実質的な不都合があるとは必ずしもいえないこと(もとより,あらゆる公務員につきこのような制約を課することが合理的か否かの問題はあるかもしれないが,それは,公務員の概念の外延をめぐる問題であって,地自法85条1項の解釈に関するここでの問題とは,問題の次元を異にする)等を考えれば,昭和29年最高裁判決をあえて変更するまでもなく上告棄却とすべきであるとする反対意見にも,それなりの合理的理由は存在するものと考える。そこで,それにも拘らず,何故本件においては厳密な文言解釈の道を選択しなければならないのかが問題となるが,この点については,理論的には次のような回答がなされ得るであろう。
 すなわち,仮に上記の合目的的解釈の立場に立ったときには,地自法85条の上記明文との違いをどう説明するのかが問題となるが,いずれにせよそれは,法令上用いられた概念を通常理解される意味を超えより広い意味に理解するという意味において,一種の拡張解釈をする結果とならざるを得ない。そして,本件の場合には,そのような拡張解釈が,公務員の権利の制限を拡大する目的のために行われることになるのである(もっともこの点,ことは立法技術の問題であって現行85条の明文の下でも「解職の投票」中に「解職の請求」が含まれているものと読める,という考え方をするならば,これは「拡張解釈」ではないことになろうが,ここでは,立法の専門家でなく,上記のように,一般国民の目線でどう読めるかを基準として「拡張解釈」の語を用いている)。
 もとより,刑事法の分野に属さない公法の分野において,国民の権利の制限の幅を広げる目的の下に明文規定の拡張解釈をすることが,解釈作法としておよそ禁じられるものとは必ずしもいえず,より大なる公益目的のためにそれもやむを得ないと考えるべき場面が生じ得ないとはいえない。しかし,本件の権利制限の場合には,このような権利制限の拡張を(解釈上)認めないことが,取り返しのつかない重大な公益の侵害をもたらす結果につながるとは,必ずしも考えられない(例えば,直接請求に際しての公務員の政治的中立性を担保する結果をもたらす現行法上の規制は,必ずしも本件における規制のみに止まるわけではない)反面,制限される権利自体は,国民の参政権の行使に関わる,その性質上重要なものであるということができる。そうであるとすれば,権利制限の幅を広げようとする以上,明文の規定についての拡張解釈によってではなく,法的根拠と内容とを明確にした新たな立法によって行うのが本来の筋であるというべきことになろう。

2.問題はさらに,こういった規制の明確化を求めるという目的のために,本件において,あえて最高裁が判例変更の道にまで踏み込むべきであるという判例政策上の決断をすべきか否かである。
 今回,当審が本件各規定を法律の委任の枠を超え違法無効と判断する解釈の道を選んだとき,その後始末をどうするのかは,もはや司法権の判断の枠を超えることであるが,仮に立法府(法律)ないし行政府(政令)が,公務員についてはおよそ解職請求代表者への就任資格を持たせないこととする政策自体を不可欠であると考えるのであれば,直ちにそれに対応した立法措置を執ることとなるであろうが,仮に,そのような措置が執られなかったとするならば,それはすなわち,そのような規制は必ずしも不可欠の規制ではなかったことを裏書きするものであるということになるはずである(なお,この点に関し,地自令115条が無効とされることによって,解職請求代表者の資格制限につきいわば空白事態が生じることをどう考えるかという問題もあるが,私自身は,公務員の政治的行為の制限につき,およそあらゆる場面につき一瞬の空白を置くことも無く法令による完全な規制がなされるのでなければ危機的事態が生じるとは考えていない)。国民の権利を制限する法令の規定の上記に見たようなあるべき姿に鑑みるとき,権利を制限される国民の側から問題が提起されている本件を契機として,この点についての再確認を行うことには,それなりに十分な意義があるものと考えられる。
 また,本件のような訴訟が起き,また学界においてこれを支持する声が生じるのは,一つには,本件の農業委員会委員等も含め,およそ一切の公務員にこのような権利制限を加えることに果たして合理的な意味があるのかが問題とされるからであることは明らかであり,このような点も含め,改めて資格制限の在り方を検討するきっかけを創出すること自体に意味があると考えることもできよう。
 上記の理由により,私は,上記のような決断に基づき昭和29年最高裁判決を変更し,本件各規定の違法を前提とした処理をするとの判断を採用することも一つの合理的判断であると考え,多数意見に同調するものである。

【涌井紀夫補足意見要旨】

 私の見解は,多数意見のとおりであるが,反対意見には,本件を処理するに当たっての多数意見の基本的な考え方について誤解を招き兼ねないところがあるように思われるので,念のためにこの点を明らかにしておくこととしたい。
 多数意見は,専ら法文の文理からして,地自法85条1項の規定が解職の投票に関する規定であって,解職の請求についてまで政令で規定することを許容する規定とは解し得ないものとし,このことを理由に,解職請求代表者の資格について定めた本件各規定が法の委任の範囲を超える定めをしたものであって,その効力を認めることができないとしているのである。すなわち,それは純粋な法理の問題であり,それ以上に,解職請求代表者の資格について本件各規定が定めるような制限を加えることが立法政策として相当であるか否かといった実体について判断しているものではない。
 もちろん,このように本件各規定の効力が否定されることとなった場合,公務員について解職請求代表者となる資格を制限するためには,改めて法律の規定に基づく明確な定めを置くことが求められることになるが,この場合に,制限等の内容としてどのようなものが許容されるか,あるいはどのような定めが望ましいかといった問題は,立法政策の問題として,関係する当局の権限と責任において検討されるべきものであることは,いうまでもないところである。

【宮川光治、櫻井龍子補足意見要旨】

1.処分行政庁は,農業委員会委員が請求代表者の一人となった署名簿の署名は成規の手続によらない署名であるという理由で,署名簿の署名をすべて無効とする旨の決定を行ったものである。私たちは,この事態は,住民の直接請求制度の在り方の根幹にかかわる重大な問題を提起しているものと考える。
 地方行政の基本は間接(代表)民主制であるが(憲法93条,地自法89条,139条),住民が主権者として選挙によって代表者を選んだ後,代表者の意思と住民の意思がかい離するという事態が生ずることがある。そのような間接民主制の欠陥を直接民主制の原理により補完するという直接参政制度が地自法において一定の範囲で設けられている。普通地方公共団体に一定の施策の実施を求めるいわゆるイニシアティブ(発案制度)として条例の制定又は改廃の請求(12条1項,74条〜74条の4)及び事務の監査の請求(12条2項,75条)があり,いわゆるリコール(解散・解職請求制度)として議会の解散請求(13条1項,76条〜79条)及び議員・長その他役員の解職請求(13条2項,3項,80条〜88条)がある。後者は,憲法15条1項の「公務員の罷免権」を具現したものとしてみることができる。住民のこうした権利を実現するための重要な手続については,法により疑問の余地なく明確に規定されていなければならない。
 そこで,請求代表者の資格制限についての根拠規定をみるに,多数意見において指摘したとおり,これまでの実務上の解釈,運用,また昭和29年最高裁判決が示すところについては明確な根拠を見いだすことは困難であるといわざるを得ない。
 それが署名簿の署名の効力をすべて失わせるという結果をもたらすということの重大さにかんがみると,私たちは,上記判例を変更せざるを得ないと考えるものである。

2.ところで,公選法において,公務員は,在職中,公職の候補者となることができないと定められているところであるが(89条1項本文),一定の範囲の公務員についてはその制限が解除されている(同項ただし書)。例えば,非常勤の消防団員・水防団員(同項4号),臨時又は非常勤の委員等で政令で指定する者(同項3号)がこれに該当する。農業委員会委員は在職のままで市町村の議会の議員及び長の選挙に関してはその候補者となることができる(公職選挙法施行令90条2項1号,別表第2及びその備考欄)。このような資格を有する農業委員会委員に関し,他方で,議員の解職請求については,請求手続段階において代表者となることを否定するといったことが,処分行政庁の実務における混乱の背景にはあるものと考えられる。今日,地方自治体の行政を支える非常勤の特別職公務員は,多種多様にわたっている。特に,地自法制定当時に比べると,各種審議会の数は著しく増え,様々な立場の者がそれらの委員に幅広く任命されるに至っており,中には公募の一般住民を審議会委員に任命する自治体も増えている。本件の東洋町は,記録によれば,人口がおよそ3300人の町であるが,このような規模の普通地方公共団体においては,青壮年者の相当数は何らかの役を担っているものと考えられる。これらの非常勤の特別職公務員について,一般職の常勤公務員と同様に,請求代表者になることを制限しなければならないのであれば,その根拠規定,理由等はできる限り明確で,かつ,一般の住民にも理解され周知されるような形のものであるべきであろう。

3.また,地自法85条1項の立法趣旨も必ずしも明確であるとはいい難い。地自法は,直接参政制度をいずれも請求手続と請求の効果に関する手続の二段階として構成しており,条例の制定・改廃の請求に関する規定を他の請求手続に準用している(75条5項,76条4項,80条4項,81条2項,86条4項)。以上の請求はいずれも代表者により行われる必要があるところ,地自法は,条例の制定・改廃の請求に関し,請求代表者の資格について選挙権を有すること以外に制約を設けていない。こうした構成からすると,他の直接請求に関しても,請求代表者についての請求段階における資格制限を設けるものとすることが地自法の趣旨であったのか否かは容易に断定できないと思われる。

4.政策的な地方分権の推進により,都道府県,市町村の行う業務についての自治権限が強まってきているが,このような団体自治の確立と併せて,真の意味の地方自治の発展には,住民が自ら判断し,自ら責任を負うという形の住民自治の拡充が不可欠である。そして,その住民自治の拡充を進めるシステムの一つとして,各種の直接請求制度,住民投票制度などの直接民主制の機能の充実が要請されているところである。本件の直接請求制度における請求代表者の資格要件については,このような地方分権の流れを踏まえながら,住民の基本的な権利行使の問題として法的にも明確な整理を行い,住民自らの決定が滞りなく行われ得る環境を整えることが,法律の立案等に携わる者の責務であることを補足して強調しておきたい。

【堀籠幸男、古田佑紀、竹内行夫反対意見要旨】

1.普通地方公共団体の議会の議員(以下「自治体の議員」という。)についての請求による解職制度(以下「解職制度」という。)は,署名収集等の請求のための手続と投票の手続の二つの部分からなるが,これらは解職制度の一部をなす一連のものである。解職請求代表者は,解職制度全体を通じた存在であり,法の関係規定から,解職制度において,請求者の代表として,解職の実現のため,解職を請求し,署名収集のみならず賛成投票を得るための活動(以下「投票運動」という。)などの一連の活動を主導し,投票の手続に関与する主体として位置付けられていることが認められ,解職制度を構成する重要な主体である。
 地自法85条1項は,「政令で特別の定をするものを除く外,公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定は,・・・第80条第3項・・・の規定による解職の投票にこれを準用する。」と規定する。これは,選挙によって選出された自治体の議員の解職は投票によって明らかにされた住民の意思により決すべきものであるところ,その投票が住民の意思を問うという点において,自治体の議員の選挙と実質的に同様の性質を有することにかんがみ,その選挙の場合と同様の公正を確保することが必要であることから,原則として選挙と同様の仕組みによることとしたものである。そして,解職請求代表者に公務員がなることは,その地位を利用して住民の投票に不当な影響を及ぼすおそれがあることなど,選挙において公務員が公職の候補者になる場合と同様,投票の公正を害するおそれがあることから,公選法89条1項の規定等の資格制限規定も除外することなく準用しているものであり,これを受けて,地自令115条は,自治体の議員の解職投票に公選法89条1項を準用する場合に,「公職の候補者」を自治体の議員の「解職請求代表者」と読み替える旨規定しているのであって,これらの規定により,公務員は解職請求代表者となることが禁止されているのである。地自法85条1項にいう「解職の投票」の意味も上記趣旨に照らして解釈しなければならない。同項にいう「解職の投票」とは,公選法の「選挙」に対応する概念として,解職の投票の仕組みの全体をいうものと解すべきである。

2.前記のとおり,地自法85条1項は,解職投票につき選挙と同様に公正を確保する観点から投票の仕組みを原則として選挙と同様のものとすることとしたものである。同法は請求の要件や署名収集等に関する規定を設けているが,これらは専ら請求に関する事項についての必要な規定を設けたものであって,投票に関する事項については原則として公選法の選挙に関する規定によることとしているものである。多数意見は請求手続と投票手続の区分を強調するが,前記のとおり,両者は一連の不可分のものであり,解職請求代表者は,両者を通じて投票による解職を実現しようとする者として解職投票の仕組みを構成する主体である。したがって,その資格は投票に関するものであり,公選法89条1項の準用があるのは明らかというべきである(多数意見によれば,請求及び投票の事務を管理する選挙管理委員会の委員等も請求手続に関しては代表者になることができることになるが,明らかに不当であろう。)。
 多数意見に従えば,解職の実現という目的に向けて行われる一連かつ一体的な活動を主導する法律上1個の主体の資格を分断することになり,そのような主体の資格の決め方として不自然かつ不合理である。署名収集段階においても投票運動が認められていることとも整合しない。また,公務員が解職請求代表者になることにより投票の公正が害されることを防止しようとする法の趣旨に反するものである。公務員が解職請求代表者になれば,投票に不当な影響を及ぼすおそれがあることは,署名収集などの段階においても何ら変わりはない。投票手続に関して代表者になることができない者が解職請求の代表者となることは法の予定するところではない。

3.以上は,地自法85条1項その他法の関係規定から十分理解できるし,また,地自令において,同項の適用に関して,公選法の公職の候補者に関する部分は請求代表者に関する規定とみなす旨の規定が設けられているなど(108条2項等),その適用関係が明確にされている(地自令は準用規定が多用されて複雑になっているが,これは,請求の種別ごとに規定を設ける必要によるものと思われる。)。
 私たちの意見は,地自法85条1項その他法の関係規定から合理的に導かれ,法の趣旨に沿った解釈で,しかも行政実務のみならず,既に当審において是認され,裁判においても長年にわたり確立している解釈が相当であるというものである。多数意見は,解職請求代表者の資格に関して,投票の公正の確保を図る法の趣旨に反して,公務員につき,いかなる公務員であるかを問わず,自治体の議員の解職制度における請求手続段階では無制限であると宣言するものといわざるを得ず,このようなことまでしてあえて前記の昭和29年最高裁判決を変更すべき理由はないと考える。多数意見には到底賛同できない。

【竹内行夫追加反対意見】

1.地自法85条1項に基づく解職請求代表者の資格制限を専ら投票手続に限定する多数意見の解釈姿勢が,規定の文言や法形式を重視する余り,地自法85条1項の立法趣旨や昭和29年5月28日の最高裁判決(以下「昭和29年最高裁判決」という。)を始めとする裁判例及び実務により定着してきた合理的解釈に十分考慮を払っていないところに根本的な問題があると考える。

2.地自法85条1項及び本件各規定の目的は,普通地方公共団体の議会の議員の解職請求(リコール)に関する手続の適正を確保することにあり,そのために公務員が公務遂行上の中立義務に反して解職請求代表者になることを認めないとする点にその立法趣旨があると解される。このことについて,昭和29年最高裁判決は,地自法85条1項によれば,公選法中の選挙関係規定は村長及び村会議員の「解職請求及びその投票に至る一連の行為に関し準用される」とした上で,「(農業委員会)委員在職中の者が請求代表者のうちに名をつらねていることが署名のしゆう集に影響を及ぼす可能性は常に否定し得ないところであるから,在職中の委員を請求代表者となり得ないものとする法意にかんがみれば,かような手続によりしゆう集された署名は,すべて成規の手続によらない署名として無効と解さざるを得ない。」とした。そして,下級審においても,神戸地裁昭和28年10月9日決定(行裁集4巻12号3149頁),青森地裁昭和28年10月31日判決(昭和29年最高裁判決の1審判決),神戸地裁昭和29年4月20日判決(行裁集5巻4号879頁),広島地裁平成6年4月1日決定(公刊物未登載),那覇地裁平成16年7月14日判決(最高裁ホームページ)において,一貫して同様の解釈が採られている。また,解職請求に関する実務においても,公務員が請求代表者となることは請求手続段階から否定されてきているところである(地方自治制度研究会編『新訂注釈地方自治関係実例集』119頁以下,同編『地方自治関係実例判例集(第13次改訂版)』341頁以下)。

3.多数意見は,昭和29年最高裁判決が述べた地自法85条1項の「法意」,すなわち,その立法趣旨について言及していないし,公務員の中立義務や解職請求の手続の適正といったことにも触れていない。しかしながら,公務員の中立義務,なかんずく政治的中立性は,憲法が求める極めて重要な原則であり,これを受けて,国家公務員法や地方公務員法等に服務規律が定められ,当然のことながら,公務員に関する法令上,公務員は,解職請求の投票手続の段階のみならず請求手続の段階においても署名運動を主宰したり投票の勧誘運動をしたりすることができないこととされている。そして,地自法はその85条1項において,住民の直接請求制度である解職請求の手続の適正の確保という視点から,解職請求代表者の資格について,中立であるべき公務員は解職請求代表者とはなり得ないとの制限を設けているものと解されるのである。確かに,解職請求代表者の資格制限は,国民の公務員罷免権の行使を制約するという側面を有するものではあるが,一般の国民の参政権に対する制限ではなく,飽くまでも上記のように中立であるべき公務員に対する制限にすぎない。しかも,公務員は,このような制限の下においても,自ら署名や投票を行うことは何ら妨げられていないのみならず,解職請求に係る署名収集受任者となり署名収集活動を行うこともできるのであるから,この程度の制限は,住民の自由な意思の形成に基づく直接請求制度の適正の確保のために,地自法85条1項が当然予定するところであると解される。
 多数意見によれば,公務員に関する資格制限は請求手続段階には及ばないこととなるが,そのような新たな解釈は,裁判例や実務により既に定着した合理的な解釈をあえて覆すものであるといわざるを得ない。解職請求代表者は,請求手続の段階において,自ら署名活動を行い又は署名収集受任者にこれを委任するという権限を有し,解職請求者署名簿を選挙管理委員会に提出するという一連の手続についての責任者としての地位にある。このように,解職請求代表者は投票手続よりはむしろ請求手続において,解職請求を主導し,住民を一定の方向へ政治的に方向付けるという重要な役割を担っているのである。公務員が,その中立義務に反して,その地位を利用して,このような権限と地位を有する解職請求の主導者となってそのイニシアティヴをとるようなことは,本来住民の側から自由な意思に基づいて直接請求をすることに制度の根幹があるとされる解職請求の手続の適正を損なうので許されないというのが,地自法85条1項及び関連規定の立法趣旨にのっとった自然かつ合理的な解釈であり,仮に文理上や法形式において多少明確さを欠くことがあるとしても,上記の最高裁判決を始めとする裁判例及び実務により,かかる合理的解釈が既に定着しているのであり,このように確立した合理的解釈をあえて変更する必要は認められない。

4.また,多数意見によれば,国家公務員法の適用又は準用がある公務員及び地方公務員法の適用がある公務員について,結果として,公務員法上の服務規律があることを除けば,およそ公務員が普通地方公共団体の議員の解職請求に関する請求段階の手続において代表者となることを地自法は何ら規制しないこととなる。そして,内閣総理大臣,その他の国務大臣や各省副大臣,大臣政務官,さらに本件で対象となった農業委員会委員とともに公職選挙法施行令90条2項,別表第2に掲げられている中央選挙管理会及び選挙管理委員会の委員,国家公安委員会委員,公害等調整委員会委員,衆議院議員選挙区画定審議会委員,教育委員会委員等が解職請求を主導する代表者となり得ることとなる。公務員が解職請求手続の代表者のうちに名を連ねることが住民の態度に影響を与える可能性は否定できないとの昭和29年最高裁判決の指摘は今もなお重要である。地自法の定める解職請求は,直接民主制に基づき住民が有する重要な権利であり,その制度の根幹は住民がその自由な意思により直接請求をすることができるということにある。上記判例を変更することは,立法趣旨の合理的解釈という解釈方法を後退させ,直接請求制度の根幹を損ないかねないものであると危ぐする。

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