平成21年度新司法試験論文式
刑事系第1問参考答案(その2)

問題はこちら

第1.犯罪事実

1.甲は「Aクレジット」名で貸金業を営むAに雇われて開業時から従業員として勤務し、貸付けの実行及び資金管理の業務に従事していたものであるが、Aの口座の預金をAのため業務上預かり保管中、その一部を自己の管理するB社の口座に振り込んで自己の遊興費とすることを企て、ほしいままに、部下である乙をして、本問記載の銀行において、同銀行に設置されたATMを操作させてAの口座からBの口座に80万円を振込入金させて横領した。

2.乙は、Aの口座の預金に係る引出権限を有しないのに、自己の借金返済に充てる目的で、Bの口座への振込のために甲から交付されたAのカードを使用して現金出金することを企て、本問記載の銀行において、同銀行に設置されたATMにAのカードを挿入して同機を作動させ、同銀行支店長の管理に係る現金合計120万円を引き下ろして窃取した。

3.甲及び乙は、共謀の上、互いに上記1、2の罪を犯した者であることを知りながら、その発覚及び逮捕を免れさせる目的で、真実は何ら強盗の被害に遭っていないのに、甲において匿名で警察に電話をかけてCマンションの地下駐車場に駐車中の車から不審音がする旨通報し、乙において上記通報によって駆けつけた警察官に対し強盗に襲われた旨虚偽の説明をし、上記警察官をして現場への急行その他徒労の職務に従事させて本来的業務の遂行を困難にさせ、もって、偽計を用いて人の業務を妨害するとともに甲及び乙を隠避させた。

第2.法令の適用

1.罰条

 第1の1の甲の所為について、刑法253条に、第1の2の乙の所為について、刑法235条に、第1の3の甲乙両名の所為について、偽計業務妨害の点は刑法60条、233条後段に、犯人隠避の点は刑法60条、103条にそれぞれ該当する。

2.科刑上一罪及び併合罪の処理

 第1の3の罪は、1個の行為が2つの罪名に触れる場合であるから刑法54条1項前段の科刑上一罪であり、その余の罪と併せて刑法45条前段の併合罪となる。

第3.補足説明等

1.第1の1の業務上横領の点について

(1) Aの口座の預金に対する占有

 銀行預金における横領(業務上横領を含む。以下同じ。)罪の占有とは、預金者から委託を受けて預金の管理権限を付与された者にある。なぜなら、上記の者はその権限を行使して預金を処分しうるからである。
 本問で、Aの口座の預金の預金者は、当該預金名義となっている「Aクレジット」の営業主体たるAと解される。
 そして、甲は貸付けから資金管理に至るまで広範な事務をAから任されていた(本問1第1段落)。Aの通帳、その届出印及びAのカードを保管していた金庫の鍵は甲が所持し、経理担当の事務員も同金庫の鍵に触れることのない業務運用がされていた(本問1第2段落)。上記はAの厚い信頼に基づくものである(本問1第1段落)。Aが毎日事務所に顔を出しながら、帳簿と個々の証憑との突合をしていなかった(本問1第4段落)ことも、甲へ一任する意思の表れといえる。このように、甲は、AからAの口座の預金について包括的な管理権限を付与されていた。
 よって、甲には、Aの口座の預金について横領罪にいう占有がある。

(2) 乙の道具性

 本問における横領の実行行為は、B社の口座への振込行為である。なぜなら、これにより甲の財産であるB社の口座の預金との混同が生じ、着服が認められるからである。
 乙は、上記振込行為時には情を知っていた(本問4第1段落)。しかし、乙は甲が上司であることから、情を知った上でその指示に従ったものである(本問4第2段落のうち「甲が上司であったことから〜その指示に従うこととし」、「甲の指示どおり〜振り込むこととした」の部分)。すなわち、乙は自らの意思ではなく、甲の指示に基づいて上記振込を行ったと評価できる。そうである以上、乙は甲の道具である。よって、甲は間接正犯である。

(3) 甲の故意を否定すべき事情の有無

 甲は、当初情を知らない乙に200万円の振込をさせるつもりであったが、実際には乙は情を知った上で80万円の振込をした。
 しかし、当初の甲の認識においても業務上横領に該当することに変わりはない。また、乙が情を知っていても道具性を肯定できることは上記(2)のとおりである。従って、乙の知情の有無は重要でない。そして、80万円は、甲の当初の認識に包含された一部である。以上からすれば、甲の故意を否定すべき理由はない。

(4) 乙に従犯が成立しない理由

 乙は形式的には実行行為を行っている。しかし、上記(2)のように乙は甲の道具である。情を知っていた点は従犯の余地があるに過ぎない。
 また、乙の振込行為は自然的に観察すると作為である。しかし、乙が上司である甲の指示に従うのは通常の場合、当然である。そうすると、問責の対象となり得るのは、中止・通報等の措置を採ることなく漫然と甲の指示に従った点である。従って、刑法上は不作為の従犯の成否が問題となる。
 では、乙に作為義務はあるか。甲の指示は、外形上正常な業務を装っている。すなわち、殺人や強盗のように、上司の指示であったとしてもその遵守を拒み、通報等するのが通常であるといえるような内容ではない。また、乙は営業担当の事務員に過ぎない(本問1第5段落)。そうすると、乙において甲の不正を指摘・通報すべき職務上の地位にあったともいえない。以上から、乙の作為義務は認められない。
 よって、乙に業務上横領の従犯は成立しない。

2.第1の2の窃盗の点について

(1) 客体たる現金の占有

 乙は経理を担当しておらず、従前Aのカードの暗証番号を知らなかった(本問1第5段落)。また、甲からAのカード及びAの通帳を交付され、Aのカードの暗証番号を伝えられたのは、B社の口座への振込のためである(本問3)。従って、乙はAの口座の預金について現金出金する権限はおよそ与えられていなかった。そうである以上、乙が引き下ろした現金はAの口座の預金に係る現金ではなく、単に銀行に保管された現金である。当該現金は、管理者たる支店長の事実上の支配下にある。すなわち、客体たる現金の占有は銀行の支店長にある。そして、無権限の乙に現金を交付する意思が上記支店長にあったとは考えられない。
 よって、乙が現金出金した行為は意思に反して現金の占有を奪う行為であるから、窃盗を構成する。その後のサラ金への返済は不可罰的事後行為である。

(2) 甲に教唆が成立しない理由

 甲の指示は、結果的に乙の窃盗の犯意を惹起させている。そうすると、錯誤論によって甲に教唆が成立しそうである。しかし、甲の指示はATMで振込操作をさせるに過ぎない。これは、一般に窃盗の犯意を生じさせるものとはいえない。すなわち、客観的にも窃盗教唆に当たる行為がされたとはいえない。また、預金者に対する横領と銀行に対する窃盗に構成要件上の重なり合いを認めることもできない。
 よって、甲に窃盗教唆は成立しない。

3.第1の3の偽計業務妨害の点について

 本問における妨害の対象は警察官の公務である。公務は本罪の業務に含まれるか。
 判例は強制力を行使する権力的公務は業務に含まれないとする。もっとも、上記判例の趣旨は、妨害を強制力により排除できる点にある。だとすると、妨害に対して強制力を行使しえない場合には、権力的公務であっても業務に含まれると解される。
 本問で、虚偽通報によって妨害される公務は、警察官の公務のうち、通報への対応で遂行困難となった本来的公務である。このような本来的公務は、潜在的強制力を有するが、妨害に対して直接行使し得ない。従って、虚偽通報によってなしえなくなった上記本来的公務は、業務に当たる。
 よって、偽計業務妨害罪の成立を妨げない。

4.第1の3の犯人隠避の点について

 甲乙は、自らの犯罪の発覚を免れようとしたに過ぎず、自己隠避として不可罰とならないか。
 自己隠避が不可罰とされたのは、犯人自身が逃げ隠れすることは防御権の範囲に属し、類型的な違法性を欠くからである。しかし、他人と通謀する場合は、刑事司法作用を害する程度が大きい(逃走の罪における刑法98条参照)。この場合は、もはや防御権の範囲を超え、違法性を有する。従って、互いに通謀して相手を隠避させる場合は自己隠避に当たらず、本罪の共同正犯となる。
 本問では、甲乙は互いに通謀して相手を隠避させている。よって、犯人隠避罪の共同正犯が成立する。

5.その他の犯罪が成立しない理由

(1) 証拠偽造罪(刑法104条)

 乙が警察官に対してした虚偽供述(本問10)は、書面等に録取しない限り、それ自体独立して証拠とならない。従って、同罪の「証拠」に当たらない。よって、同罪は成立しない。

(2) 虚偽申告罪(刑法172条)

 甲及び乙は犯罪の発覚を免れる目的があるに過ぎず、「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的」がない。よって、同罪は成立しない。

(3) 逮捕監禁罪(刑法220条)

 甲は乙をガムテープで縛る等してトランクに閉じ込めている(本問9)。
 しかし、同罪は行動の自由に対する罪であるから、構成要件上被害者の意思に反することが予定されている。従って、承諾ある場合には構成要件に該当しない。
 本問では乙の承諾がある(本問8第1段落)。よって、本罪は成立しない。

以上

戻る