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最高裁判所第一小法廷判決平成21年11月26日

【事案】

1.被上告人がその設置する保育所を廃止する条例を制定したことについて,当該保育所で保育を受けていた児童又はその保護者である上告人らが,上記条例の制定行為は上告人らが選択した保育所において保育を受ける権利を違法に侵害するものであるなどと主張して,その取消し等を求めている事案。

2.事実関係等の概要

(1) 被上告人は,第1審判決別表記載の四つの保育所(以下「本件各保育所」という。)を設置し運営していた。

(2) 上告人らは,本件各保育所で保育を受けていた児童又はその保護者であり,それぞれその入所承諾時に,上記別表中の「保育実施期限」欄記載の各日を終期とする保育の実施期間の指定を受けていた。なお,横浜市保育所保育実施条例施行規則(昭和62年横浜市規則第15号)によれば,保育所入所申込書には保育の実施を必要とする期間を記載し,保育所入所承諾書にも保育の実施期間を記載することとされている。

(3) 被上告人は,その設置する保育所のうち本件各保育所をいわゆる民営化の対象とすることとし,平成15年12月18日の横浜市議会の議決を経て,横浜市保育所条例の一部を改正する条例(平成15年横浜市条例第62号。以下「本件改正条例」という。)を制定し,同月25日,これを公布した。本件改正条例は,被上告人が設置する保育所の名称及び位置を定める横浜市保育所条例(昭和26年横浜市条例第7号)の別表から本件各保育所に係る部分を削除するものであり,平成16年4月1日から施行され,これにより本件各保育所は廃止された。

3.原審は,要旨次のとおり判断し,本件改正条例の制定行為は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないとして,本件訴えのうち上記制定行為の取消しを求める部分を却下すべきものとした。
 保育所などの公の施設の設置及びその管理に関する事項を定める条例は,公の施設を利用する特定の個人の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの内容を定めるものではなく,一般的規範の性質を有するものであり,このことは,公の施設を廃止することを内容とする条例についても同様である。また,本件改正条例の制定をもって行政庁が法の執行として行う処分と実質的に同視することができるような事情も見当たらない。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 市町村は,保護者の労働又は疾病等の事由により,児童の保育に欠けるところがある場合において,その児童の保護者から入所を希望する保育所等を記載した申込書を提出しての申込みがあったときは,希望児童のすべてが入所すると適切な保育の実施が困難になるなどのやむを得ない事由がある場合に入所児童を選考することができること等を除けば,その児童を当該保育所において保育しなければならないとされている(児童福祉法24条1項〜3項)。平成9年法律第74号による児童福祉法の改正がこうした仕組みを採用したのは,女性の社会進出や就労形態の多様化に伴って,乳児保育や保育時間の延長を始めとする多様なサービスの提供が必要となった状況を踏まえ,その保育所の受入れ能力がある限り,希望どおりの入所を図らなければならないこととして,保護者の選択を制度上保障したものと解される。そして,被上告人においては,保育所への入所承諾の際に,保育の実施期間が指定されることになっている。このように,被上告人における保育所の利用関係は,保護者の選択に基づき,保育所及び保育の実施期間を定めて設定されるものであり,保育の実施の解除がされない限り(同法33条の4参照),保育の実施期間が満了するまで継続するものである。そうすると,特定の保育所で現に保育を受けている児童及びその保護者は,保育の実施期間が満了するまでの間は当該保育所における保育を受けることを期待し得る法的地位を有するものということができる。
 ところで,公の施設である保育所を廃止するのは,市町村長の担任事務であるが(地方自治法149条7号),これについては条例をもって定めることが必要とされている(同法244条の2)。条例の制定は,普通地方公共団体の議会が行う立法作用に属するから,一般的には,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものでないことはいうまでもないが,本件改正条例は,本件各保育所の廃止のみを内容とするものであって,他に行政庁の処分を待つことなく,その施行により各保育所廃止の効果を発生させ,当該保育所に現に入所中の児童及びその保護者という限られた特定の者らに対して,直接,当該保育所において保育を受けることを期待し得る上記の法的地位を奪う結果を生じさせるものであるから,その制定行為は,行政庁の処分と実質的に同視し得るものということができる。
 また,市町村の設置する保育所で保育を受けている児童又はその保護者が,当該保育所を廃止する条例の効力を争って,当該市町村を相手に当事者訴訟ないし民事訴訟を提起し,勝訴判決や保全命令を得たとしても,これらは訴訟の当事者である当該児童又はその保護者と当該市町村との間でのみ効力を生ずるにすぎないから,これらを受けた市町村としては当該保育所を存続させるかどうかについての実際の対応に困難を来すことにもなり,処分の取消判決や執行停止の決定に第三者効(行政事件訴訟法32条)が認められている取消訴訟において当該条例の制定行為の適法性を争い得るとすることには合理性がある。
 以上によれば,本件改正条例の制定行為は,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たると解するのが相当である。

2.これと異なる見解の下に,本件訴えのうち本件改正条例の制定行為の取消しを求める部分を不適法として却下すべきものとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。しかしながら,現時点においては,上告人らに係る保育の実施期間がすべて満了していることが明らかであるから,本件改正条例の制定行為の取消しを求める訴えの利益は失われたものというべきである。そうすると,本件訴えのうち上記制定行為の取消しを求める部分を不適法として却下すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,結局,採用することができない。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成21年11月27日

【事案】

1.第1審判決別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)を所有し,上告人Y1に賃貸している被上告人が,無断転貸を理由とする賃貸借契約の解除を主張して,@上告人Y1並びに本件土地上の同目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)を共有する上告人Y2及び同Y3に対し,本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを,A本件建物を占有する上告人株式会社Y4に対し,本件建物から退去して本件土地を明け渡すことを求めるとともに,B上告人らに対し,賃料相当損害金を連帯して支払うことを求める事案。

2.事実関係の概要等

(1) 上告人Y1の父Aは,昭和21年ころ,被上告人の父Bが所有していた本件土地を賃借してその上に建物(以下「旧建物」という。)を建築し,以後そこに居住して畳製造販売業を営んでいた。その後,Aの死亡に伴い旧建物を相続により取得した上告人Y1は,Bの死亡に伴い本件土地を相続により取得した被上告人との間で,昭和62年3月9日,本件土地の賃貸借契約を更新する旨合意した(以下,上記合意更新後の賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。本件賃貸借契約には,賃借人が本件土地上の建物をほかに譲渡するときは,あらかじめ賃貸人の承諾を受けなければならない旨の特約がある。

(2) 上告人Y1は,旧建物に妻である上告人Y2及び子であるCと共に居住するとともに,旧建物を本店所在地として,上告人株式会社Y4を設立し,その代表取締役に就任し,引き続き旧建物において畳製造販売業を営んできたが,同年2月14日,Cが上告人Y3と婚姻し,昭和63年3月30日,Cと上告人Y3の間にDが出生し,上告人Y3及びDも旧建物に同居するようになった。

(3) Cと上告人Y2は,平成9年ころ,旧建物の建て替えに反対していた上告人Y1の了解を得ずに,被上告人との間で,建て替え後の建物の持分を上告人Y1及びCにつき各2分の1とすることを前提として,建物の建て替えの承諾条件につき交渉を行った。被上告人は,Cとの間で,旧建物の建て替え及び本件土地の転貸の承諾料を400万円とすることを合意した。

(4) その後,Cは,被上告人に対し,金融機関から融資を受ける都合上,建て替え後の建物の共有者に上告人Y2を加え,各人の持分を上告人Y1につき10分の1,Cにつき10分の7,上告人Y2につき10分の2にしたいとの申入れをした。被上告人は,先に合意した承諾料の額を変更することなく,これを承諾した。

(5) 旧建物の建て替え後の建物である本件建物は,平成10年3月完成した。
 本件建物については,上記申入れの内容とは異なり,Cの持分を10分の7,上告人Y2の持分を10分の3としてC及び上告人Y2が共有することとなり,その旨の所有権保存登記がされた。C及び上告人Y2は,上告人Y1が持分を取得しないことを被上告人に説明すると,旧建物の建て替えについて承諾が得られず,承諾を得られるとしても承諾料その他の条件が不利なものになる可能性があると考えて,上記の事実を被上告人に説明しなかった。

(6) 上告人Y1は,最終的に,C及び上告人Y2が本件建物を建築し,上記の持分割合でこれを共有することを容認し,これにより本件土地が上告人Y1からC及び上告人Y2に転貸されることになった(以下,この転貸を「第1転貸」という。)。本件建物には,旧建物と同様に,上告人Y1,同Y2,C,上告人Y3及びDの5名が居住するとともに,上告人株式会社Y4の本店が置かれてきた。

(7) Cは,平成17年2月,上告人Y3との離婚の届出をし,財産分与として本件建物の持分10分の7を上告人Y3に譲渡した。この財産分与に伴い,本件建物の敷地である本件土地につきCが有していた持分10分の7の転借権も上告人Y3に移転した。上告人Y1は,上記財産分与が行われたことを容認し,これにより本件土地が上告人Y1から上告人Y3に転貸されることになった(以下,この転貸を「第2転貸」という。)。

(8) Cは,同年6月に破産手続開始の決定を受けた。Cは,同年8月に本件建物から退去したが,上告人Y3及びDは,その後も上告人Y1及び同Y2と共に本件建物に居住している。

(9) 被上告人は,同年6月17日ころ,本件建物の登記事項証明書を取り寄せて,@本件建物の所有権保存登記がC及び上告人Y2を共有者としてされていて,上告人Y1はその建築当初から持分を有しないこと,A本件建物のCの持分は同年2月22日財産分与を原因として上告人Y3へ移転した旨の登記がされていることを知り,同年8月28日,上告人Y1に対し,同月末日をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(以下,この意思表示を「本件解除」という。)。

(10) 上告人Y1は,旧建物を建て替えた後,本件賃貸借契約に基づく賃料の支払を遅滞したことがない。

(11) 被上告人は,本件解除においては,第2転貸が被上告人に無断で行われたことを理由としていたが,本件訴訟において,第1転貸が被上告人に無断で行われたことも解除の理由として追加して主張している。

3.原審は,上記事実関係の下で,次のとおり,第1転貸及び第2転貸のいずれについても,被上告人に無断で行われたことにつき背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとはいえないと判断して,被上告人の上告人らに対する請求をいずれも認容した。

(1) 第1転貸については,@旧建物の建て替えの承諾条件について交渉を行ったCが,上記条件が不利なものになりかねないと考えて,建て替え後の本件建物の共有持分を上告人Y1が取得しないことをあえて被上告人に説明しなかったこと,A上告人Y1が本件建物の共有者とならない場合,被上告人において承諾料の増額を要求していたと推認されることなどを勘案すると,これが被上告人に無断で行われたことにつき賃貸人である被上告人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるとはいえない。

(2) 第2転貸についても,@Cの離婚を隣人である被上告人に話しにくいという事情があったとしても,被上告人に無断で本件土地を上告人Y3に転貸したことを正当化すべき事由にはならないこと,ACが破産手続開始の決定を受けたことにより,上告人Y1一家の生活状況や資産内容に少なからず影響があったと考えられることなどを勘案すると,上記特段の事情があるとはいえない。

【判旨】

 原審の判断はいずれも是認することができない。その理由は,次のとおりである。

1.第1転貸は,本件土地の賃借人である上告人Y1が,賃貸人である被上告人の承諾を得て本件土地上の上告人Y1所有の旧建物を建て替えるに当たり,新築された本件建物につき,C及び上告人Y2の共有とすることを容認し,これに伴い本件土地を転貸したものであるところ,第1転貸による転借人らであるC及び上告人Y2は,上告人Y1の子及び妻であって,建て替えの前後を通じて借地上の建物において上告人Y1と同居しており,第1転貸によって本件土地の利用状況に変化が生じたわけではない上,被上告人は,上告人Y1の持分を10分の1,Cの持分を10分の7,上告人Y2の持分を10分の2として,建物を建て替えることを承諾しており,上告人Y1の持分とされるはずであった本件建物の持分10分の1が上告人Y2の持分とされたことに伴う限度で被上告人の承諾を得ることなく本件土地が転貸されることになったにとどまるというのである。そして,被上告人は,上告人Y1とCが各2分の1の持分を取得することを前提として合意した承諾料につき,これを増額することなく,上告人Y1,C及び上告人Y2の各持分を上記割合として建物を建て替えることを承諾し,上記の限度で無断転貸となる第1転貸がされた事実を知った後も当初はこれを本件解除の理由とはしなかったというのであって,被上告人において,上告人Y1が本件建物の持分10分の1を取得することにつき重大な関心を有していたとは解されない。
 そうすると,上告人Y1は本件建物の持分を取得しない旨の説明を受けていた場合に被上告人において承諾料の増額を要求していたことが推認されるとしても,第1転貸が上記の限度で被上告人に無断で行われたことにつき,賃貸人である被上告人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるというべきである。

2.また,第2転貸は,本件土地の賃借人である上告人Y1が,本件土地上の本件建物の共有者であるCにおいてその持分を上告人Y3に譲渡することを容認し,これに伴い上告人Y3に本件土地を転貸したものであるところ,上記の持分譲渡は,上告人Y1の子であるCから,その妻である上告人Y3に対し,離婚に伴う財産分与として行われたものである上,上告人Y3は離婚前から本件土地に上告人Y1らと共に居住しており,離婚後にCが本件建物から退去したほかは,本件土地の利用状況には変化が生じていないというのであって,第2転貸により賃貸人である被上告人が何らかの不利益を被ったことは全くうかがわれない。
 そうすると,第2転貸が被上告人に無断で行われたことについても,上記の特段の事情があるというべきである。

3.以上によれば,第1転貸及び第2転貸が被上告人に無断で行われたことを理由とする本件解除は効力を生じないものといわなければならず,被上告人の上告人らに対する請求はいずれも理由がない。
 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人らに関する部分は破棄を免れない。そして,被上告人の上告人らに対する請求をいずれも棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成21年11月27日

【事案】

1.農業協同組合(以下「組合」という。)である上告人が,その監事であった被上告人に対し,上告人の代表理事が資金調達のめどが立たない状況の下で虚偽の事実を述べて堆肥センターの建設事業を進めたことにつき,被上告人による監査に忠実義務違反があったなどと主張して,農業協同組合法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)39条2項,33条2項に基づく損害賠償の一部を請求する事案。

(参照条文)農業協同組合法

33条2項 理事がその任務を怠つたときは、その理事は、組合に対して連帯して損害賠償の責めに任ずる。

39条2項  (前略) 、監事については、第三十三条 (中略) の規定を準用する。 (後略)

2.事実関係等の概要

(1) 上告人には,役員として理事及び監事が置かれており,平成12年当時,理事の定数は18名,監事の定数は6名とされていた。
 理事のうち1名は常勤で,通常,常勤の理事が代表理事兼組合長に選任されていた。定款上,組合長は,組合の業務を統括するものとされていた。

(2) Aは,平成12年8月19日に上告人の理事に,同月29日に代表理事兼組合長に就任した。

(3) Aは,平成13年1月25日開催の理事会において,上告人が公的な補助金の交付を受けることにより上告人自身の資金的負担のない形で堆肥センターの建設事業を進めることにつき,理事会の承認を得た。
 Aは,同年8月31日開催の理事会において,「予算面として,造成と建造物で約4億円,水路修復と畦畔整備に約1億5000万円かかり,それを追加要請していたところ,ほぼ受諾いただけた。」,「農林水産省は決定しても来年です。そう思い来年の確約書類化をと考えたのですが,無理でしたので,方向転換してB財団へ働き掛けたわけです。」,「心配いりません。少しでも負担が必要であれば実施しません。建ってしまってから後,実は負担が必要となれば,私が責任を持って負担額を捻出して来ます。」などと発言した。
 しかし,Aが,B財団に対して補助金の交付申請等をしたことはなく,同財団へ働き掛けたというAの上記説明は,虚偽であった。

(4) Aは,その後の理事会においても,「堆肥センターは補助金が入らない限りは着手しません。」と発言していたが,平成14年4月26日開催の理事会において,「補助金が出るまでの立替えとして,堆肥センター用地と代替地の費用について1500万円の限度で上告人が資金を支出することを承認願いたい。まず1棟を造り,見ていただきたい。」との提案をし,その旨の理事会の承認を得た。

(5) Aは,平成14年5月10日以降,上告人の代表理事として,堆肥センター用地等合計11筆の土地を上記理事会において承認された限度を超える金額で購入し,上告人の資金を支出しながら,理事会に対しては,その購入が理事会において承認された限度内でほぼ完了した旨の虚偽の報告をした上,同年8月8日開催の理事会で,堆肥センター建設工事の入札の実施について組合長等への一任を取り付け,入札を実施し,同月28日開催の理事会で工事費用等の報告をして,同工事を実施に移した。

(6) 被上告人は,平成12年8月19日,上告人の監事に就任し,平成14年5月18日まで監事を務めた後,同日,上告人の理事となったが,その間,Aに対し,B財団への補助金交付申請の内容,補助金の受領見込額,その受領時期等に関する質問をしたり,資料の提出を求めたりしたことはなかった。なお,被上告人以外の監事においても同様であった。

(7) 上告人は,平成14年11月1日,農水産業協同組合貯金保険法に基づき,岡山県知事から管理人による業務及び財産の管理を命じられ,弁護士藤浪秀一,農水産業協同組合貯金保険機構及び岡山県農業協同組合中央会がその管理人に選任された。
 被上告人は,同日,理事を辞任し,Aは,同月6日,管理人らにより理事を解任された。

(8) 管理人らは,堆肥センターの建設事業については,数億円の資金を要し,AがB財団に補助金の交付を働き掛けた事実もなく,その資金調達のめどが立たないため,上告人において同事業を実現することは不可能であるとして,同事業を直ちに中止した。
 その結果,上告人は,Aが締結した堆肥センター用地の売買契約の解消に伴う精算費用,Aが実施した同用地の測量・造成工事費用,堆肥センターの設計費用等合計5689万4900円の損害を被った。
 なお,被上告人と同時期に上告人の監事であった者らは,上告人からの求めに応じ,受給済みの役員報酬を任意に返還するなどした。

3.原審は,上記の事実関係の下で,次のとおり判断し,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 上記事実関係によれば,B財団に堆肥センターの建設事業に係る補助金の交付を働き掛けた旨のAの発言は,虚偽であったと認められるものの,上告人の役員は,代表理事兼組合長のみが常勤であり,上告人においては,代表理事兼組合長が,自ら責任を負担することを前提として,理事会の一任を取り付けた上で様々な事項を処理判断するとの慣行が存在し,その慣行に基づき理事会が運営されてきたものと認められ,代表理事兼組合長であるAは,その慣行に沿った形で,補助金交付の見通しをあいまいにしたまま,なし崩し的に堆肥センター建設工事の実施に向けて理事会を誘導しており,その間のAの一連の言動につき,特に不審を抱かせるような状況もなかったといえるから,このような状況の中で,Aに対して更にその発言の裏付資料を求めなければならないという義務を監事に課すことは,酷であるというべきである。
 したがって,当時,上告人の監事であった被上告人において,Aに対し,B財団に補助金交付を働き掛けた旨の発言の裏付資料の提出を求めなかったからといって,そのことが直ちに上告人に対する忠実義務に違反するものとは認められず,被上告人は,農業協同組合法39条2項,33条2項に基づく責任を負わない。

【判旨】

1.原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 監事は,理事の業務執行が適法に行われているか否かを善良な管理者の注意義務(農業協同組合法39条1項,商法〔平成17年法律第87号による改正前のもの。以下「旧商法」という。〕254条3項,民法644条)をもって監査すべきものであり(農業協同組合法39条2項,旧商法274条1項),理事が組合の目的の範囲内にない行為その他法令若しくは定款に違反する行為を行い,又は行うおそれがあると認めるときは,理事会にこれを報告することを要し(農業協同組合法39条3項,旧商法260条ノ3第2項),理事の上記行為により組合に著しい損害を生ずるおそれがある場合には,理事の行為の差止めを請求することもできる(農業協同組合法39条2項,旧商法275条ノ2)。監事は,上記職責を果たすため,理事会に出席し,必要があるときは意見を述べることができるほか(農業協同組合法39条3項,商法〔平成13年法律第149号による改正前のもの〕260条ノ3第1項),いつでも組合の業務及び財産の状況の調査を行うことができる(農業協同組合法39条2項,旧商法274条2項)。
 そして,監事は,組合のため忠実にその職務を遂行しなければならず(農業協同組合法39条2項,33条1項),その任務を怠ったときは,組合に対して損害賠償責任を負う(同条2項)。
 監事の上記職責は,たとえ組合において,その代表理事が理事会の一任を取り付けて業務執行を決定し,他の理事らがかかる代表理事の業務執行に深く関与せず,また,監事も理事らの業務執行の監査を逐一行わないという慣行が存在したとしても,そのような慣行自体適正なものとはいえないから,これによって軽減されるものではない。したがって,原審判示のような慣行があったとしても,そのことをもって被上告人の職責を軽減する事由とすることは許されないというべきである。

(2) Aは,平成13年1月25日開催の理事会において,公的な補助金の交付を受けることにより上告人自身の資金的負担のない形で堆肥センターの建設事業を進めることにつき承認を得たにもかかわらず,同年8月31日開催の理事会においては,補助金交付をB財団に働き掛けたなどと虚偽の報告をした上,その後も補助金の交付が受けられる見込みがないにもかかわらずこれがあるかのように装い続け,平成14年5月には,上告人に費用を負担させて用地を取得し,堆肥センターの建設工事を進めたというのであって,このようなAの行為は,明らかに上告人に対する善管注意義務に反するものといえる。
 そして,Aは,平成13年8月31日開催の理事会において,補助金交付申請先につき,方向転換してB財団に働き掛けたなどと述べ,それまでの説明には出ていなかった補助金の交付申請先に言及しながら,それ以上に補助金交付申請先や申請内容に関する具体的な説明をすることもなく,補助金の受領見込みについてあいまいな説明に終始した上,その後も,補助金が入らない限り,同事業には着手しない旨を繰り返し述べていたにもかかわらず,平成14年4月26日開催の理事会において,補助金が受領できる見込みを明らかにすることもなく,上告人自身の資金の立替えによる用地取得を提案し,なし崩し的に堆肥センターの建設工事を実施に移したというのであって,以上のようなAの一連の言動は,同人に明らかな善管注意義務違反があることをうかがわせるに十分なものである。
 そうであれば,被上告人は,上告人の監事として,理事会に出席し,Aの上記のような説明では,堆肥センターの建設事業が補助金の交付を受けることにより上告人自身の資金的負担のない形で実行できるか否かについて疑義があるとして,Aに対し,補助金の交付申請内容やこれが受領できる見込みに関する資料の提出を求めるなど,堆肥センターの建設資金の調達方法について調査,確認する義務があったというべきである。
 しかるに,被上告人は,上記調査,確認を行うことなく,Aによって堆肥センターの建設事業が進められるのを放置したものであるから,その任務を怠ったものとして,上告人に対し,農業協同組合法39条2項,33条2項に基づく損害賠償責任を負うものというほかはない。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点をいう論旨は理由があり,原判決中,被上告人に関する部分は破棄を免れない。
 そして,被上告人が上記調査,確認を行っていれば,Aが補助金の交付申請をすることなく堆肥センターの建設事業を進めようとしていることが容易に判明し,同事業が進められることを阻止することができたものというべきところ,上告人は,Aによって同事業が進められた後になって,同事業の資金調達のめどが立たず,その中止を余儀なくされた結果,合計5689万4900円の損害を被ったというのであるから,被上告人が任務を怠ったことと,上告人に生じた上記損害との間には相当因果関係がある。
 そうすると,被上告人に対し,農業協同組合法39条2項,33条2項に基づく損害賠償の一部請求として,1000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年7月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人の請求は理由があり,これを認容すべきである。

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