最新下級審裁判例

名古屋高裁判決平成21年10月23日

【事案】

1.控訴人が,原判決別紙機械目録1及び2の「設置場所」欄記載の各場所に設置された無人の簡易な構造の小屋(本件小屋)に,いわゆるA式通信制御販売システム(本件システム)にかかる商品販売用機械(本件販売機)を設けて図書等を販売しているところ,愛知県青少年保護育成条例(昭和36年愛知県条例第13号。本件条例)が図書類を販売する自動販売機についての届出義務,有害図書類を自動販売機に収納してはならない義務,自動販売機に収納された有害図書類の撤去義務等を規定しており,被控訴人職員が控訴人に対し本件販売機について上記義務が存する旨指導したことから,控訴人が,本件販売機は本件条例4条2号(本件定義規定)にいう「自動販売機」の定義に該当せず,また仮に該当するとすれば上記定義規定(ないし誤った上記定義規定の解釈に基づく義務の賦課)は違憲無効であると主張して,本件販売機につき上記届出義務及び撤去義務を負わない旨の確認を求めた事案。

2.憲法22条1項違反に関する控訴人の第1審における主張

(1) 本件販売機について有害図書類の収納を禁ずる本件条例は,次のとおり,憲法22条1項に反し違憲・無効である。

ア.本件で保障されるべき原告の具体的権利は,憲法22条1項で保障されている営業の自由である。
 憲法22条1項は,「何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する。」と規定し,明示的に職業選択の自由を保障している。そして,ここにいう職業選択の自由には「自ら選択した職業を遂行する自由」としての営業の自由も含まれていると解されている。営業の自由を包含する職業選択の自由は,人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに,分業社会においては,これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性格を有し,各人が自己の持つ個性を全うすべき場として,個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものというべき性質を持った権利である。

イ.営業の自由も,他の人権と同様「公共の福祉」による制限を免れることはできず,具体的には,現実の社会生活における公共の安全・秩序の見地からする消極的な内在的制約(消極目的規制),福祉国家的理念の実現という憲法の目標からする積極的な政策的制約(積極目的規制)に服し得る。このうち消極目的規制については,積極目的規制の審査基準である明白性の原則よりも厳しい厳格な合理性の基準によるべきであり,まず立法目的の必要性と合理性を審査し,次いで規制手段が立法目的との関連でより制限的でないものかどうかを検討すべきである。

ウ.本件条例による規制は,福祉国家的理念の実現という積極的,政策的な目的などではなく,公共の安全や秩序の維持といった消極的,警察目的であることが明らかである。そこで,仮に本件条例が目的において必要性・合理性を有するとしても,消極的,警察的な目的を実現するための規制手段・方法として行き過ぎではないか,より制限的でない規制手段・方法が存在しそれを選択し得るのではないかを検討する必要がある。

エ.本件条例は,本件販売機を「自動販売機」に含めて定義することにより,本件販売機への有害図書類の収納自体を禁じた上,刑事罰を伴った撤去義務まで課するものである。その結果,本件販売機による有害図書類の販売を完全に禁止することになり,成人への商品販売の機会も完全に失われることになる。これは,営業の自由に対する極めて強力な規制である。
 しかし,本件販売機の実態に照らすと,青少年の健全な育成阻害を防止するという本件条例の趣旨・目的による規制を行うに当たっては,通常の有人店舗と同じように販売を規制すれば足りる。現に大阪府では,本件販売機と同じ「遠隔監視装置付き自動販売機」への有害図書類の収納を禁止していないのであるから(大阪府青少年健全育成条例20条3項2号,同条例施行規則13条),本件条例より制限的でない他の選び得る手段が現に存在し,それにより本件条例の目的が十分達成可能であることを実証しているといっても過言ではない。このように青少年への販売を規制するという「より制限的でない」規制手段・方法があるにもかかわらず,本件条例があえて本件販売機への商品の有害図書類の収納自体を禁ずるという強い規制手段・方法を採っていることは,過度に広範囲にわたる販売規制であり,このような規制は,厳格な合理性の基準を逸脱したものである。したがって,本件条例は,営業の自由を保障した憲法22条1項に違反し,違憲無効である(法令違憲)。

(2) 本件条例を違憲と断ずることを回避しようとするならば,本件定義規定について合憲限定解釈を行うことによって,本件販売機について収納規制の適用を排除する必要がある。すなわち,実質的には対面販売を実現している通信制御販売システムの一部分にすぎない本件販売機は,本件定義規定にいう「自動販売機」から除外して解釈すべきであり,本件販売機に本件条例を適用すべきではない。本件条例にも,その適用に当たっては国民の権利自由を不当に制限しないようにしなければならない旨の指針が置かれている(2条)。このような合憲的な条例解釈によらずして本件条例を適用し,原告に本件販売機への収納を禁止するのであれば,本件条例はそのような適用の限りにおいて憲法22条1項に違反すると評価すべきである(適用違憲)。

【判旨】

 控訴人は,本件条例による規制は公共の安全や秩序の維持といった消極的目的と解されるところ,その規制手段・方法については,より制限的でないものが存在しそれを選択しうるかを検討する必要があるとし,大阪府の条例(昭和59年大阪府条例第4号)及びその施行規則(昭和59年大阪府規則第78号)を引き合いに本件条例は違憲であると主張する。確かに,本件条例は青少年の健全な育成の阻害要因の除去等を目的としていることから(1条参照),消極的目的とも解される。しかしながら,職業の自由に対する規制措置は事情に応じて各種各様であって,その憲法適合性を一律に論じることはできず,規制の目的,必要性,内容,これによって制限される職業の自由の性質,内容及び制限の程度を検討し,これらを比較考量した上で決するべきであり,規制目的から直ちに憲法適合性の基準を導くことができるとは限らない(最高裁昭和63年(行ツ)第56号平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2829頁等参照)。特に,青少年の健全な育成の阻害要因を除去するには保護者の監督のみでは不十分であり,国や地方公共団体が後見的な観点から積極的な施策を講じる必要があるし,他方でいかなる程度の規制が上記目的達成のために必要にして十分かを検証するのは極めて困難であるから,消極的目的規制の一事をもって厳格な合憲性判断基準を採用するのは適切でないと解される。
 よって,本件条例の合憲性判断基準は,目的達成のために必要かつ合理的な制約であれば足りるというべきである。
 なお,大阪府の前記条例等が存在するとしても,もとよりかかる条例は地域社会の状況,住民の意識,そこでの出版活動の全国的な影響力など多くの事情を勘案した上で制定されるものであって単純に比較しうるものでないし,また上記のとおりより緩やかな規制手段の存在は直ちに本件条例の違憲性の根拠とはなり得ない。

 

大阪地裁判決平成21年08月26日

【罪となるべき事実】

 被告人は,外国語教室の経営等を目的とする株式会社Aの代表取締役であって,株式会社A及び有限会社B等のグループ会社各社の役員及び従業員らが会員となり,会員相互の親睦を深め,共済,福利増進を図ることを目的とする「CグループD会」(以下,「D会」という。)の会長として,D会の銀行預金の出納及び管理等の業務を統括していたものであるが,株式会社Aが経営する外国語教室の受講生に対する中途解約に伴う返戻金(以下,「解約返戻金」という。)の支払のための資金繰りに窮したため,有限会社Bの代表取締役であったY及び株式会社Aの経理課長であったZと共謀の上,株式会社Aにおける解約返戻金の支払の用途に充てるため,平成19年7月20日,大阪市a区bc丁目d番e号株式会社E銀行F支店において,同支店に開設された被告人らがD会のため業務上預かり保管中のCグループD会代表X名義の普通預金口座の預金から,ほしいままに,3億2000万円を同支店別段預金に振替入金して同支店長G振出しに係る同金額の自己宛小切手に取り組んだ上,直ちに同支店に開設された有限会社B名義の普通預金口座に入金し,もって横領したものである。

【判旨】

1.弁護人の主張等

 判示「罪となるべき事実」中の外形的事実,すなわち,被告人がY及びZと順次意思を通じて,判示の日時場所において,株式会社Aが経営する外国語教室の受講生に対する解約返戻金の支払の用途に充てるため,被告人らが管理していたCグループD会代表X名義の普通預金口座(以下,「本件口座」という。)の預金(以下,「本件預金」という。)から3億2000万円を有限会社B名義の普通預金口座に入金するなどした事実は,関係各証拠上優に認めることができ,被告人及び弁護人も概ねこれを争っていない。
 しかし,弁護人は,@本件預金が被告人自身に帰属するものではないことは前提としつつも,D会は,多数決の原則が行われておらず,組織によって団体としての主要な点が確定されていないことなどから,権利能力なき社団ではなく,構成員たる役員及び従業員ら(以下,これらを合わせて単に「社員」ということがある。)による組合ないし組合契約の法理が適用される関係にあり,本件預金は組合契約の当事者たるCグループの社員の準共有となると主張する。その上で,A被告人は,株式会社Aの倒産を防止するため,一時的に解約返戻金の支払に充てるために本件預金を流用したのであり,Cグループの社員としては,株式会社Aの倒産が防止されて流用された預金以上の給与の支払がなされることになるのであれば,本件預金の流用にその過半数が同意したはずであるから,本件預金の流用は委託の趣旨に反しないし,また,B被告人は本件当時そのように信じていたものであり,後に返済する意思で一時的に借用したにすぎないものであるから,不法領得の意思がなく,したがって,被告人に業務上横領罪は成立せず,被告人は無罪であると主張する。
 そこで,当裁判所が,被告人に判示の業務上横領罪が成立すると判断した理由につき,以下,補足して説明する。

2.まず,D会の法的性格について検討する。

(1) 関係各証拠によれば,D会の事業の内容や実際の運営等に関して以下の事実が認められる。

ア.D会は,被告人が,株式会社Aと関連会社を含めたCグループの組織を整備する中で,社員の福利厚生組織が必要であると考えて,その会則である「D会会則」を自ら起案し,平成4年4月ころ発足した。

イ.「D会会則」は,Cグループ各社の各部署や外国語教室に備え付けられていた。

ウ.「D会会則」によれば,その目的は,「会員相互の親睦を深め,共済,福利増進を図ること」とされ,「@会員の慶弔,災害,傷病に対する給付金等の支給,その他会員相互の共済に関する事項,A社内誌の編集,B社員旅行等の旅行の補助に関する事項,C会員に対する不時の出費の際の貸付,Dスポーツの振興および文化教育活動,Eその他,本会の目的を達するのに必要と認める事項」を行うとされていた(2条)。
 これらのうちD会で実際に行われた事業は,主に上記@であった。

エ.D会は,本部をCグループ統括本部内に置き(3条),決議機関として評議員会を(9条),執行機関として理事会をそれぞれ置き,さらに理事会のもとに執行事務機関として事務局を置くことがある(10条)とされていた。
 また,D会の会長は株式会社A代表取締役とするとされ,理事長が理事の互選によって選出され(13条),理事長が会を代表し,理事会の決定に従い会務を統括する(14条)ものとされていた。
 もっとも,実際には,理事,評議員等の役員は選任されたことがなく,評議員会等が開催されたことはなかった。

オ.D会は,Cグループ各社の役員及び正社員をもって会員とし(4条),会員は,前条に定める会員資格を得た時に入会し,失ったときに退会するものとする(5条)とされていた。
 Cグループ各社の役員及び正社員は,入社時や統括会議等の機会にD会についての説明を受け,この規定に基づいて実際にD会に入会あるいは退会をしており,平成19年6月当時におけるD会の会員数は2285名であった。

カ.会費の負担に関しては,会員は,毎月次の給与の総支給額に応じて,毎月1000円ないし3000円の一般会費を負担しなければならないとされていた(6条)。
 そして,実際の会費の徴収は,給与から天引きされる方式で行われ(なお,給与支給明細書にも「D会会費」との控除項目が設けられていた。),天引きされた会費は,平成4年7月27日,株式会社H銀行F支店(後にE銀行F支店に改名)に開設された「CグループD会代表X」名義の普通預金口座にすべて預金されていた。

キ.D会の預金や小口現金等の資金の管理の方法については,「本会の資金は,本部人事管理課において管理する。」と定められていた(20条)が,上記口座の預金通帳及び「CグループD会印」と刻した銀行届出印の保管・管理を含む実際の資金の管理は,被告人の指示の下,当初より株式会社Aの経理課が行っていた。
 具体的には,D会発足当時,経理課長であったYの指示により,経理課で給与関係を担当していたIが実務を担当することとなり,平成5年に人事管理課に,平成8年に経理課にIが異動した後も引き続きその出納を担当していた。Iは,平成9年に退職するにあたり,YにD会の資金管理を引き継ぎ,平成16年ころ,Yは,当時の経理課長であったZにさらにこれを引き継いだ。

ク.上記ウ@の慶弔金等の支給については,「D会会則」中の「D会給付細則」に,給付を受けようとする者は所定の申請書をD会の事務局に提出する旨定められていた(35条)ものの,実際の申請及び支給は,各会員が株式会社Aの庶務課に申請書を提出し,受給資格や給付額の審査を経た上,D会の資金を管理していた経理課が各会員に対する給付手続を行うという運用がなされていた。

ケ.D会の会計については,「本部長殿」宛ての「C GROUP D会収支報告書」などと題する月ごとの収支報告書及び「本部長殿」宛ての「D会収支報告書」と題する年次ごとの収支報告書が作成され,担当者や監査者がそれぞれ署名して統括本部長である被告人に提出していた。

(2) 検察官は,「権利能力のない社団といいうるためには,団体としての組織をそなえ,そこには多数決の原則が行なわれ,構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し,しかしてその組織によって代表の方法,総会の運営,財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならない」(建物収去土地明渡請求事件に関する最高裁昭和39年10月15日第一小法廷判決,民集18巻8号1671頁)という判例上の要件をD会がみたしているから,権利能力なき社団に当たると主張するところ,権利能力なき社団においては,その資産がその構成員に総有的に帰属することになるとはいえ,社団財産の管理処分権は構成員の全体たる当該団体に帰属することになると解されるから,権利能力なき社団に当たると認められるのであれば,D会は業務上横領罪にいう「他人」に該当するといえる。そこで,上記判例や解釈を踏まえて,D会が権利能力なき社団に当たるかについて検討する。
 前記認定事実によれば,D会は,Cグループ各社の社員という特定の構成員から成り,また,同会においては平成4年4月ころ以降,本件に至るまで約15年間にわたり,Cグループ各社の業務とは独立したかたちで,同会の会長である被告人の指示の下,株式会社Aの経理課及び庶務課により,会費の徴収,資金管理や慶弔費等の支給事務等が継続的に執り行われてきていたものであって,団体としての組織を備えていたということができる。また,D会の構成員の地位の得喪はCグループ各社の役員及び正社員たる地位と一体のものとして前記会則どおりに運用されていたもので,D会が構成員の変更にかかわらず存続していたことは明らかである。
 そして,前記(1)のとおり「D会会則」には,代表の方法,各機関,資金の管理方法等について詳細に規定されており,かつ,多数決の原則を排斥するような規定は一切ないところ,関係各証拠によれば,「D会会則」に関しては,入社時のオリエンテーション,統括会議,通達及び各部署への会則の備付けなどによって各社員に周知されていた上,毎月の会費の給与からの天引きや,会則に従った慶弔金の支給について特段異議を述べる者が出たことはなかったものと認められることから,会員資格を有する社員からそろって承認されていたとみるのが相当である。なるほど,D会の実際の運営に当たっては,評議員や理事等の役員の選任がされたことはなく,評議員会及び理事会が組織されたこともないなど会則の定めるところと実際の運営との間には齟齬する点が存在し,また,これまで総会が開催されて多数決による決議が行われた形跡はないが,これは,従前,D会で行われていた事業が主として「D会会則」に規定されている慶弔費等の支給にとどまっていたほか,同会則上会長とされていた被告人が同会の実質的代表者としての役割を果たす中で,これらの事務が株式会社Aの経理担当者及び庶務担当者により円滑に行われていたことから,被告人が公判廷で供述するように,その必要性がなかったにすぎないことを背景にするものと認めることができる。
 加えて,ことにD会をめぐる財産関係についてみると,本件預金以外にD会にはみるべき資産はないところ,本件預金に関しては,平成4年以降長年にわたり,「D会会則」に基づき,D会会費として毎月会員の給与から天引きの方法で徴収された金銭を大半の原資とし,これをもとに慶弔費の支給等の事業が行われていた。そして,会員資格を有する社員からD会会費として天引きされた金銭は,そのすべてが一貫してD会代表名義の本件口座に振り込まれた後は会員の退会時等に返還されたこともなく,会員からそのような請求がなされた形跡もない。このように,D会は,その構成員とは全く独立した存在の団体としての固有の財産を管理し,これを処分していたことは明らかである。

(3) 以上を総合すれば,D会は,権利能力なき社団に当たると認められ,したがって,業務上横領罪によりその保護の対象とすべき「他人」に該当するといえる。

3.そこで次に,本件預金の解約返戻金の支払への流用が,D会からの委託の趣旨に反しているか,また,被告人にその当時不法領得の意思が認められるかについて検討する。

(1) 本件預金の委託信任関係についてみると,@D会が発足して間もなく開設された本件口座の契約者名義は「CグループD会代表X」とされ,A被告人は,自身の発案でD会を創設し,かつD会の会則上D会の会長とされる者であり,他に同会の業務を司る理事会等の機関の設置が全くなされない中で,唯一の役職就任者としてD会に関する業務を実質的に引き受けており,長年にわたりこのような取扱いに異議を唱える会員もほとんど見当たらず,Bさらに,被告人は,本件口座の銀行通帳及び銀行届出印の管理を経理課に,給付金に関する申請業務の担当を庶務課に指示して,経理課からは月ごと及び年次ごとの会計報告書の提出も受けていた。これらによれば,被告人は,会員の給与から天引きされた会費が集積された本件預金をD会の事業に使用するために預り統括管理していたといえ,したがって,本件預金について,被告人とD会との間には委託信任関係が認められる(同時に,株式会社Aの経理課長でD会の会計を担当していたZとD会との間にも委託信任関係が認められる。なお,前記両名の役務がD会の目的遂行のため反復継続した業務として行われていたことは明らかである。)。

(2) 被告人らは,前記のとおり,本件預金を解約返戻金の支払に流用しているところ,関係各証拠によれば,その処理についてはD会から株式会社Aへの貸付けという形式が採られている(事後的にその旨の金銭消費貸借契約書が作成されている)が,貸付けとして「D会会則」の明文上認められているものは会員に対する不時の出費の際の貸付けのみである上,前記流用は,解約返戻金の支払に充てることを目的としているのであるから,これが会員の福利増進等を図ることを目ざしたD会の目的及び事業の範囲外であることは明らかであり,本来的に委託の趣旨に反する処分と認められる。もっとも,前述のとおり,弁護人は,株式会社Aの倒産を防止するため一時的に解約返戻金の支払に充てることについては会員の過半数の同意が得られたはずであるから,本件預金の流用は委託の趣旨に反しない旨主張するので,以下,さらに説明を加えることとする。

ア.関係各証拠によれば,本件前後の株式会社Aの経営状況や資金繰りの状況等について,以下の事実が認められる。

(ア) 被告人は,平成16年ころ,小学校の教育課程における将来の英語教育の義務化などを見据え,株式会社Aに関して年間400の新規拠点開発を行うという方針を決め,以後,急激な店舗展開を行うとともに,マスメディアを使った広告宣伝を積極的に展開するなどした。その結果,株式会社Aの売上高は拡大したものの,一方で収益性等の検討が不十分であったため,多額の経費が発生してそのウエイトが高まり,また,顧客サービスの低下や隣接する拠点校同士で新規受講生を取り合うなど不採算店舗の頻出を招いたことなどにより,株式会社Aは,平成18年3月期に約30億円の赤字決算となった。
 そのため,経費削減等を図るべく,平成18年4月以降は一転,店舗の統廃合,新規拠点開発のほぼ全面停止,広告宣伝費の圧縮等を図っていたが,そのさなかの平成19年2月14日,受講生に対する解約返戻金を過少に算出していたなどとして,経済産業省と東京都から特定商取引に関する法律(以下,「特定商取引法」という。)違反等の嫌疑で立入検査を受けたことが同月16日付の新聞各紙で報道された。その影響もあって,受講生からの中途解約が相次ぎ,多額の解約返戻金の支払が必要になるとともに,例年は新規受講の最も多い3月及び4月の受講申込者が大幅に減少し,受講料収入が激減した。そのため,株式会社Aの資金繰りは急激に悪化し,このころには,同年9月末日の株式会社Aの中間決算日には債務超過に陥る可能性も生じてきた。なお,平成19年3月期は約29億円の赤字決算であった。

(イ) 同年4月3日,株式会社A・受講生間の解約精算金請求訴訟に関し,株式会社Aの解約返戻金の計算方法が特定商取引法に違反するとの最高裁判決が出され,さらに,同年6月13日,株式会社Aは,経済産業省から同法違反を原因として役務提供期間が1年を超える契約などの新規契約締結等につき6か月間の業務停止命令を受けた。これにより,株式会社Aではさらに新規契約が激減する一方で,受講者からの解約の申し出が殺到するといった状況となり,売上げが激しく落ち込むこととなった。

(ウ) こうした中,株式会社Aは,数十億円規模という多額の資本増強を図るため,同年4月ころ,J証券との間でアドバイザリー契約を締結して他社との資本業務提携を模索したもののこれに至らず,同年6月12日,株式会社K銀行と新たにアドバイザリー契約を締結して,さらに資本業務提携先を探すとともに業務提携に至るまでのつなぎ資金として必要な30億円のブリッジローンの融資先を探すようになった。また,資金繰りのために,所有する不動産の売却も行った。
 しかし,同年5月末ころから税金や社会保険料の支払の遅延が始まり,銀行に対する借入金の返済も同年6月上旬を最後に滞るようになった。また,上記(イ)の業務停止命令の影響もあり,株式会社Aの経営状態に懸念を抱いた銀行から新たな担保の提供を求められたり,預金債権と債務を相殺されたりもした。同月ころ以降は,毎月の外国人講師や従業員に対する給与の支払にも窮するようになったほか,受講生に支払うべき解約返戻金の支払も滞るようになった。

(エ) 同月ころ以降,被告人は,上記(ウ)のブリッジローンの実現可能性が低いと考え,個人的に融資先を探すべく東京に滞在し,実際に被告人個人の伝手で融資先を見つけてきたりもしていた。また,被告人は,株式会社Aの外国人講師に対する給与の支払に充てるため,個人資産を提供するなどした。

(オ) しかし,受講生に対する5億2600万円余りの解約返戻金の支払に関しては,その期限の前日である同年7月19日,その資金調達ができない事態に陥り,そのため,被告人らは,本件預金を解約返戻金の支払に充てることとした。

(カ) その後も,社員らの給与等の支払は遅滞し,被告人による個人資産の提供などによって急場をしのいではいたものの,同年8月には他社との資本業務提携の話が破談し,K銀行とのアドバイザリー契約も同月10日に解除された。
 そして,被告人は,同年10月25日の取締役会で株式会社Aの代表取締役を解任され,株式会社Aは同月26日に会社更生法の適用の申請をしたものの棄却され,同年11月26日には株式会社Aの破産手続が開始されるに至った。

イ.これに加えて,株式会社Aの経理課長であったZは,本件当時の株式会社Aにおける資金繰りの状況及び本件預金の流用がされた際の状況について,以下のとおり供述する。

(ア) ブリッジローンは,資本業務提携先が見つかるまでのつなぎの資金であるが,株式会社Aには当時担保となるようなめぼしい資産がなく,テレビ電話の在庫を担保に入れようとしたが,評価額は非常に低かった。平成19年7月第1週の金曜日(7月6日)に資本業務提携についてプレス発表することを目標としていたが,提携先と考えていた相手方からの返答は期待できるものではなかった。

(イ) 解約返戻金として支払を必要とするものは,同年6月10日ころの時点で約3億円あったが,経済産業省の業務停止命令の影響もあってその支払を同年7月5日に延期した。同年6月中旬ころには既に株式会社Aの資金は枯渇しており,この延期に当たって資金繰りのあてがあったわけではなかった。そして,同月15日の外国人講師の給与を支払うため,解約返戻金の支払を再度延期して同年7月20日としたが,それ以上は延ばしきれず,どうしてもこれを支払わなければならない状況であった。

(ウ) 本件前日である同月19日,YからD会の金を貸して欲しいと言われたので,誰に貸すのかと聞いたところ,有限会社Bに貸して欲しいと言われた。有限会社Bには返済する資力がないと思ったので,貸すのであれば代表である被告人に対してであると言ったが,Yが有限会社Bにして欲しい,責任を持って被告人から返してもらうなどと言った。この貸付けについてはD会の目的の範囲外のことで,会員からの賛成は得られないと思ったが,被告人から返してもらうというYの言葉を信じるしかなかった。なお,本件預金を解約返戻金の支払に充てたところで,株式会社Aの資金繰りが改善するとは思っていなかった。

 以上のZの供述の信用性についてみるに,Zは,資金繰りについては本件前後にわたる株式会社Aの資金計画についての日繰り表を参照するなどしつつ,経理課長として資金繰り会議に出席するなどして株式会社Aの経済的窮状につき知り得た事実を具体的かつ詳細に供述しており,Yとのやりとりなどについても非常に具体的で迫真性のある供述をしている。そして,Zは,本件の実行行為を担当した共犯者とされる者ではあるが,長年にわたり被告人の部下として株式会社Aやその関連会社に勤務していた者であって,自身は本件につき不起訴処分となっており,本件証言時点において,殊更に被告人に不利益な供述をする動機も認められない。したがって,Zの供述の信用性は高いといえる。

ウ.さらに,Yは,本件当時の株式会社Aにおける資金繰りの状況及び本件預金の流用がされた状況について,次のとおり供述する。すなわち,@30億円のブリッジローンについては,平成19年7月19日の段階でも入ってくるとは認識していなかった,A同日,東京で株式会社Aの資金繰りに当たっていた被告人に対して,解約返戻金の支払原資に関して話し合った際,「D会には3億程度のお金があります。」と報告すると,被告人から,それを使って対応するよう指示があったので,「(本件預金が)営業資金とはニュアンスが違うので,理解をしてもらっているか」などと述べて確認したが,結論は変わらなかった,B(D会から小切手を組み,いったん有限会社Bに入金して,さらに株式会社Aに入金したことについては)D会に決済機能がない状態でD会から直接入金した場合,疑問に思われるかもしれず,緊急的な非常事態においては有限会社Bから入るのが一番自然な形だと認識していたのでそのようにした,被告人に対しては,株式会社Aサイドから見て自然な形で振り込みがされるような方法がよく,本件預金から引き出して有限会社Bの口座に入金し,株式会社Aに振り込む旨説明してその了解を得た,というのである。

 以上のYの供述もそれなりに具体的で,本件証言時にはYは既に起訴猶予となっていて,被告人にその刑責を転嫁しなければならないような事情も見出しがたいことから,これに特段疑いを差し挟むべき点は見当たらず,その信用性は高いといえる。

エ.以上を前提として検討するに,なるほど,関係各証拠によれば,平成19年7月20日に支払期限を迎える多額の解約返戻金の支払がなされなかった場合,株式会社Aの信用不安が一層悪化し,同日の時点において,その経営が危機的な状況に陥っていた可能性は否定できないといえる。しかし,上記アないしウでみたとおり,株式会社Aの資金繰りは,平成19年7月19日ころには極度に悪化して,ほとんど被告人の個人的な人脈や個人資産に頼るしかない状態に陥っており,しかも,これらを最大限に活用したところでいわゆる自転車操業の状態を脱する見込みは全く立っていなかったものである。
 したがって,本件預金を解約返戻金の支払に流用することにより,同月20日時点での混乱が避けられるのみならず,株式会社Aの経営が大幅に改善し,その後の社員の給与を含めた各種支払が遅滞なく行われるとともに流用された本件預金の返済もごく短期間内に間違いなくなされる蓋然性はおよそ乏しかったものと認められるのであり,こうした状況に照らせば,D会会員の過半数が本件預金の3億2000万円を解約返戻金の支払のために流用することに同意するはずであったなどとみることは到底できない。このことは,Yが上記のような疑問を避けるため「自然な形」での振込みを仮装したり,D会の出納業務に従事していたZが有限会社Bに出金することに当初反対したり,この出金につき会員からの賛成は得られないと思った旨供述したりしていることによっても裏付けられているといえる。
 これに対し,被告人は,公判廷において,被告人個人が調達を試みていた増資あるいは資本業務提携が成立すれば株式会社Aが再建され,流用した本件預金の返済もできると思っていた旨供述するが,本件犯行当時において早急に増資等がなされ株式会社Aの資金繰りが改善される確実な目処があったということまで供述するものではない。また,弁護人は,本件後に被告人が増資引受先を確保し,70億円を増資する内容の書類を同年10月9日にジャスダック及び関東財務局に提出し,同月24日には権利行使金7000万円の払込みを株式会社Aが受けていると主張するところ,Yの公判供述によれば,なるほどYは弁護人の前記主張に沿う供述をしているものの,被告人がこの案件に着手した時期は本件後であると認められる。そうすると,これらの被告人の供述や弁護人の指摘は,前記の結論を何ら左右するものではない。
 したがって,本件預金の流用が委託の趣旨に反しないとの弁護人の主張は,社員の過半数がこれに同意したはずであるという前提自体を欠き,採用できない。

(3) さらに,被告人の不法領得の意思についてみると,被告人は,捜査段階においては,D会資金の無断流用の事実が業務上横領に当たることにつき争うつもりはない旨供述しつつ,公判廷では,これが同罪に当たるか分からないと供述を変え,本件預金の流用に関する認識状況についても明確に語らない(もっとも,本件犯行当時,本件預金の流用につき社員の過半数の同意が得られると考えていたとまでは供述していない。)が,@前記のとおり,被告人が自ら「D会会則」を起案し,長年にわたってD会会長として同会の運営に深く携わるなど,同会の目的と本件預金の性質を十分に理解していたとみることができること,A株式会社Aの代表取締役として本件当時の株式会社Aの経済的窮状を知悉しており,したがって,流用した本件預金の返済の明確な目途がない旨の認識もあったとみることができること,B本件犯行直前,Yから,本件預金が営業資金とは異なるものであり,あえて有限会社Bを介して株式会社Aに振り込むという形式を採る旨の説明を受けていることを総合すれば,被告人は,本件当時,D会会員の過半数の同意を得られる見込みもないのにD会からの委託の趣旨に反して本件預金を株式会社Aの事業資金として流用することにつき十分な認識を有していたことも優に推認できるというべきである。
 なお,弁護人は本件預金の流用が一時使用の目的によるものであったとも主張するが,前述したとおり,本件流用はD会の資金のほとんどに及ぶ多額のものである上,本件犯行当時,返済の確実な目途があったわけではなく,それらについて被告人も認識していたというべきことからすれば,弁護人の主張は採用できない。
 したがって,被告人には,本件預金につき不法領得の意思が認められる。

4.以上の次第で,判示のとおり,被告人がY及びZと共謀の上,業務上預かり保管していたD会の預金3億2000万円を横領したと認定した。

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