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最高裁判所第一小法廷判決平成21年12月10日

【事案】

1.上告人が設置するA中学校又はB高等学校(以下「本件各学校」という。)に在籍していた生徒の親である被上告人らが,上告人に対し,上告人が,本件各学校の生徒を募集する際,学校案内や学校説明会等において,論語に依拠した道徳教育の実施を約束したにもかかわらず,子の入学後に同教育を廃止したことは,上告人と被上告人らとの間で締結された在学契約上の債務不履行に当たり,また,被上告人らの学校選択の自由を侵害し,不法行為を構成するなどと主張して,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償等を求める事案。

2.事実関係の概要

(1) 当事者等

 上告人は,昭和19年3月に設立された学校法人であり,昭和53年にB高等学校(以下「高等部」という。)を,昭和62年にA中学校(以下「中等部」という。)をそれぞれ設置し,本件各学校においていわゆる中高一貫教育を実施しており,本件各学校は,校長であったC(以下「C前校長」という。)が解任された平成16年7月当時,茨城県下有数の進学校であった。
 原判決別紙控訴人対応一覧表の「生徒」欄記載の者らは,その当時本件各学校に在籍していた中学1年から高校3年までの生徒であり,被上告人らは,各生徒の親である。

(2) 本件各学校の教育の特色等

 本件各学校は,「心の教育」,「情操教育」等をその教育理念として掲げ,これらの教育理念を実践するものとして,C前校長の解任前には,同校長が中心となって,以下のとおり,論語に依拠した道徳授業(以下「本件道徳授業」という。)が行われ,また,ロングホームルーム(以下「LHR」という。)及び合同ホームルーム(以下「合同HR」という。)においても,論語に依拠した道徳教育が行われていた。

ア.本件道徳授業

 本件道徳授業の実施方法は,中等部1年生全員について年間28回,高等部1年生のうち高等部から入学した生徒について年間14回,道徳の時間帯において,C前校長が,35分間論語に依拠した道徳の講話を行い,各生徒は,その講話内容を一言一句漏らさずにノートに記載し,書き漏らした部分を生徒同士で確認した上,上記講話内容を清書するとともに,ノート1頁分の感想文を書いて,上記講話実施日から数日以内にこれらを提出し,校長,副校長,学年部長又は担任教師のいずれかが,上記感想文を読み,ノート1頁分の返事を書いて各生徒に返却するというものであった。上記各回の授業がすべて終了した後には,生徒は,授業を受けた感想,これからの決意,将来の夢等について,「13歳の決心」,「16歳の決心」との表題で4000字程度の作文を書き,これが1冊の本に編集されていた。

イ.LHR,合同HR

 LHRにおいては,本件道徳授業を基礎として,各クラスごとに,週1回,担任教師による70分間の論語に依拠した講話が行われ,生徒はこれをノートに記録した上,感想文を書いて提出し,これに対して教師が各生徒に返事を書いて返却していた。合同HRにおいては,中等部及び高等部のそれぞれにおいて,全学年を対象として,年間10回,教頭,学年部長等による70分間の講話が行われていた。

(3) 上告人による生徒募集の際の説明,宣伝

 上告人は,本件各学校の生徒を募集する際,入学希望者に配布した学校案内や入学希望者を対象として開催した学校説明会等において,本件道徳授業,LHR及び合同HRの内容を具体的に説明し,特に,そこで行われている論語に依拠した道徳教育について,それが他校に類を見ない独特の指導方法で実施され,本件各学校における教育の基礎となっており,「集中力」,「書く力」,「考える力」を養成し,すべての教科の土台として学力の向上に大きな効果をもたらすとともに,仲間づくりの機会としても重要な教育的効果を持っている旨紹介するほか,学校案内に同教育の教育的効果を具体的に述べた在校生や保護者の文章を掲載するなどして,その教育的効果を強調し,積極的にこれを宣伝していた。

(4) C前校長の解任前後の経緯

ア.上告人は,平成14年12月19日に開催された理事会において,本件各学校の校長について65歳定年制を導入する一方,既にその年齢に達していたC前校長が直ちに退任することによって教育現場に混乱が生じないよう,C前校長については平成17年3月末日限りで退任させることを決議したほか,退任後は,C前校長を名誉校長として処遇し,その後任として,副校長であったDを選任することを決定していた。しかし,C前校長が,平成15年ころから,一部の保護者と共に,本件各学校を上告人による運営から分離,独立させることを目指す運動を始めるようになり,平成16年6月ころには,C前校長の金銭的不祥事も発覚したことから,上告人は,同年7月15日,C前校長を急きょ解任した。

イ.上記のとおり,上告人は,C前校長の後任としてD副校長を選任することを予定していたものの,同副校長において,C前校長の解任直前に,健康上の理由により校長就任を辞退する旨通知してきたため,その後任として適切な人材を学内から選任する時間的余裕がなく,学外からE(以下「E新校長」という。)を本件各学校の校長に選任した。

ウ.C前校長の解任後,E新校長の方針に従い,本件道徳授業は廃止され,LHR及び合同HRにおいて道徳教育が行われる回数は減少し,論語に依拠した道徳教育は全く行われなくなったが,C前校長の解任後も,本件各学校の総授業時間数及び授業項目に変更はなく,道徳教育の内容も学習指導要領に沿うものであった。

エ.上告人は,C前校長の解任に不満を抱く保護者との間でトラブルが生ずるなどしたことを受けて,同年8月22日,父母説明会を開催し,保護者に対して,C前校長解任の経緯等について説明するとともに,E新校長が,今後実施する道徳教育の方針や内容について説明した。

3.原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判示して,被上告人らの上告人に対する不法行為に基づく慰謝料請求を一部認容した。
 親が子の入学する学校を選択する際に考慮した事項が事後的に変更された場合には,親の子の教育に対する支配権に由来して認められる親の学校選択の自由は実質的に無意味なものとなるから,上告人が被上告人らにおいて子の入学先として本件各学校を選択した際に考慮した事項を入学後に変更することは,それについて正当な理由があるなどの特段の事情がない限り,被上告人らの学校選択の自由を違法に侵害するものとして,被上告人らに対する不法行為を構成する。上告人は,論語に依拠した道徳教育について,その独自性や学力向上の効果等を説明,宣伝し,被上告人らの子にもその入学後同教育が施されるとの被上告人らの期待,信頼を生じさせたにもかかわらず,突然これを廃止した上,C前校長の解任や論語に依拠した道徳教育の廃止等によって生じた保護者や生徒らの不安を除去し,混乱を収拾しようとする配慮を欠き,C前校長の指導に従いその教育的効果を信じて学習してきた生徒や保護者の不安をあおったものであり,論語に依拠した道徳教育の廃止について正当な理由も認められないから,上告人は,上記のような一連の行動により,被上告人らの学校選択の自由を不当に侵害したものであって,被上告人らに対し,不法行為責任を負う。

【判旨】

1.原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 親は,子の将来に対して最も深い関心を持ち,かつ,配慮をすべき立場にある者として,子の教育に対する一定の支配権,すなわち子の教育の自由を有すると認められ,このような親の教育の自由は,主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられる(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照)。そして,親の学校選択の自由については,その性質上,特定の学校の選択を強要されたり,これを妨害されたりするなど,学校を選択する際にその侵害が問題となり得るものであって,親が子を入学させる学校を選択する際に考慮した当該学校の教育内容や指導方法(以下,両者を併せて「教育内容等」という。)が子の入学後に変更されたとしても,学校が教育内容等の変更を予定しながら,生徒募集の際にそのことを秘して従来どおりの教育を行う旨説明,宣伝したなどの特段の事情がない限り,親の学校選択の自由が侵害されたものということはできない。本件において,上記特段の事情についての主張立証はなく,上告人が,生徒募集の際に説明,宣伝した教育内容等を被上告人らの子の入学後に変更し,その結果学内に混乱が生じたからといって,被上告人らの学校選択の自由が侵害されたものとは認められない。

(2)ア.もっとも,被上告人らの主張は,上告人が生徒募集の際に行った説明,宣伝により,論語に依拠した道徳教育が本件各学校に入学した子に施されると期待,信頼したにもかかわらず,上告人が同教育を廃止したことによって,その期待,信頼が損なわれたことを問題とし,その期待,信頼の侵害が不法行為を構成するとの趣旨をいうものとも解されるので,以下,そのような期待,信頼の侵害による不法行為の成否について,検討する。

イ.親が,学校が生徒募集の際に行った教育内容等についての説明,宣伝により,子にその説明,宣伝どおりの教育が施されるとの期待,信頼を抱いて子を当該学校に入学させたにもかかわらず,その後学校がその教育内容等を変更し,説明,宣伝どおりの教育が実施されなくなった結果,親の上記期待,信頼が損なわれた場合において,上記期待,信頼は,およそ法律上保護される利益に当たらないとして直ちに不法行為の成立を否定することは,子に対しいかなる教育を受けさせるかは親にとって重大な関心事であることや上記期待,信頼の形成が学校側の行為に直接起因することからすると,相当ではない。
 他方,上記期待,信頼は,私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものではない。生徒募集の際に説明,宣伝された教育内容等の受け止め方やどこに重きを置くのかは,個々の親によって様々であり,すべての親が常に同じ期待,信頼を抱くものではないし,同様の期待,信頼を抱いた親であっても,ある教育内容等が変更されたことにより,その期待,信頼が損なわれたと感じるか否かは,必ずしも一様とはいえない。そうすると,特定の親が,子の入学後の教育内容等の変更により,自己の抱いていた期待,信頼が損なわれたと感じたからといって,それだけで直ちに上記変更が当該親に対する不法行為を構成するものということはできない。
 また,学校教育における教育内容等の決定は,当該学校の教育理念,生徒の実情,物的設備・施設の設置状況,教師・職員の配置状況,財政事情等の各学校固有の事情のほか,学校教育に関する諸法令や学習指導要領との適合性,社会情勢等,諸般の事情に照らし,全体としての教育的効果や特定の教育内容等の実施の可能性,相当性,必要性等を総合考慮して行われるものであって,上記決定は,学校教育に関する諸法令や学習指導要領の下において,教育専門家であり当該学校の事情にも精通する学校設置者や教師の裁量にゆだねられるべきものと考えられる。そして,教育内容等については,上記諸般の事情の変化をも踏まえ,その教育的効果等の評価,検討が不断に行われるべきであり,従前の教育内容等に対する評価の変化に応じてこれを変更することについても,学校設置者や教師に裁量が認められるべきものと考えられる。
 したがって,学校による生徒募集の際に説明,宣伝された教育内容等の一部が変更され,これが実施されなくなったことが,親の期待,信頼を損なう違法なものとして不法行為を構成するのは,当該学校において生徒が受ける教育全体の中での当該教育内容等の位置付け,当該変更の程度,当該変更の必要性,合理性等の事情に照らし,当該変更が,学校設置者や教師に上記のような裁量が認められることを考慮してもなお,社会通念上是認することができないものと認められる場合に限られるというべきである。

ウ.これを本件についてみると,本件で問題とされている教育内容等の変更は,論語に依拠した道徳教育の廃止であるところ,道徳教育それ自体の重要性は否定できないとしても,一般的に,中学校や高等学校における教育全体の中で,道徳教育が他の教科とは異なる格別の重要性を持つとはいえない。また,本件各学校においても,論語に依拠した道徳教育がその特色となっていたとはいえ,本件道徳授業は,1回35分間の講話と感想文の作成等が,中等部からの入学者についてはその1年次に28回,高等部からの入学者についてはその1年次に14回,それぞれ行われていたにすぎず,C前校長の解任後も,LHR及び合同HRにおいては,道徳教育の行われる回数が減少し,また,論語に依拠した道徳教育は行われていないものの,学習指導要領に沿った道徳教育は引き続き行われており,本件各学校の総授業時間数及び授業項目に変更はなかったというのであって,論語に依拠した道徳教育が廃止されたほかには,本件各学校の教育理念が大きく損なわれたり,教育内容等の水準が大きく低下したことはうかがわれない。そうすると,本件における教育内容等の変更は,道徳教育について論語に依拠した独特の手法でこれを行うことを廃止したにとどまり,これが本件各学校の教育内容等の中核,根幹を変更するものとまではいえない。
 しかも,上告人は,論語に依拠した道徳教育の中心的存在であったC前校長を急きょ解任せざるを得なくなり,その後任として適切な人材を学内から選任する時間的余裕もなかったというのであり,同教育を従前同様に継続することの支障となる事態が生じていたものということができる。そのような状況の下で,E新校長の方針に従い,同教育が廃止され,父母説明会でもE新校長から今後実施する道徳教育の方針等について説明されていたものであって,学校設置者や教師に教育内容等の変更について裁量が認められることをも考慮すると,上記廃止について,その必要性,合理性が否定されるものともいえない。
 以上の諸事情に照らすと,上告人が,本件各学校の生徒募集の際,本件道徳授業等の内容を具体的に説明し,そこで行われていた論語に依拠した道徳教育の教育的効果を強調し,積極的にこれを宣伝していたという事情を考慮しても,上告人が同教育を廃止したことは,社会通念上是認することができないものであるとまではいえず,これが,被上告人らの期待,信頼を損なう違法なものとして不法行為を構成するとは認められない。

2.原判決は,被上告人らが選択的に申し立てた不法行為に基づく損害賠償請求と債務不履行に基づく損害賠償請求のうち,前者の請求は,その一部を認容し,その余を棄却すべきであり,後者の請求は,そのうち上記認容額を超える部分を棄却すべきものと判断し,被上告人らの請求をいずれも棄却した第1審判決を上記の趣旨に変更するものであるところ,上記原判決につき,上告人が上告受理の申立てをし,被上告人らは上告及び上告受理の申立て並びに附帯上告及び附帯上告受理の申立てをしていない。しかし,被上告人らの意思は,上記各請求のうち一方が認容されれば他方は撤回するが,一方が棄却されるときは他方についても審判を求めるというものであることは明らかであって,この意思は,全審級を通じて維持されているものというべきである(最高裁昭和57年(オ)第1023号同58年4月14日第一小法廷判決・裁判集民事138号567頁参照)。したがって,当審が,原判決中の被上告人らの不法行為に基づく損害賠償請求の認容部分を破棄し,同部分に係る請求を棄却した第1審判決に対する控訴を棄却すべきものと判断する場合において,当審が自判をするときは,債務不履行に基づく損害賠償請求を棄却した第1審判決中,上記認容部分と選択的併合の関係にある部分についての被上告人らの控訴の当否についても,審理判断することを要するものというべきである。
 私立中学校又は私立高等学校の各学校設置者とその生徒との間の在学関係は,在学契約に基づくものであるところ,前記に認定,判断したところからすれば,本件における教育内容等の変更が在学契約上の債務の不履行に当たるものとまですることは困難である。したがって,被上告人らが在学契約の当事者であるとする被上告人らの主張を前提としても,被上告人らの債務不履行に基づく損害賠償請求は,理由がない。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成21年12月17日

【事案】

1.宮津市(以下「市」という。)が,丹後地区土地開発公社(以下「本件公社」という。)との間で,土地の先行取得の委託契約を締結し,これに基づいて本件公社が取得した同土地の買取りのための売買契約を締結したところ,市の住民である被上告人が,同土地は取得する必要のない土地であり,その取得価格も著しく高額であるから,上記委託契約は地方財政法等に違反して締結されたものであって,これに基づいてされた上記売買契約の締結も違法であると主張して,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの)242条の2第1項4号に基づき,市に代位して,上記売買契約の締結時に市長の職にあった上告人に対し,上記売買契約の代金に相当する額の損害賠償を求めた事案。

2.事実関係等の概要

(1) 京都府は,平成3年3月22日,建設大臣から丹後リゾート大規模公園事業について都市計画事業の認可を受け,事業用地の先行取得業務を京都府土地開発公社に委託した。同公社は,市に対し,同4年12月から同5年11月にかけて,上記事業用地の取得業務を委託した。

(2) 市は,上記委託を受けて,事業区域内の地権者との間で買収交渉を行ったが,平成2年以降に事業区域内の土地11筆を取得したAが,同人が事業区域外に取得した原判決別紙物件目録記載の15筆の土地(以下「本件土地」という。)も合わせて買収するのでなければ買収に応じないとの意向を示し,高額な買取額を要求するなどして交渉が難航した。そのため,市は,他方で代替地を希望していた地権者も3名いたことから,買収業務の支障を避けるためには,同人らに代替地を提供することを理由として本件土地を代替地用地として取得せざるを得ないと判断した。

(3) 市長の職にあった上告人は,市において本件土地を買い取ることとし,平成8年12月19日,本件公社との間で,本件土地につき代金3858万9646円(立木補償費を含む。)で先行取得することを委託する旨の契約(以下「本件委託契約」という。)を締結し,本件公社は,同月24日,本件土地をAから上記金額で買い取った。本件委託契約上,市は,同14年3月末日を期限として,上記代金額に本件公社が取得費を調達するために借り入れた金員の利子相当額等を加算した金額をもって本件土地を買い取るべきものとされており,市はその借入金債務を借入先に保証していた。本件委託契約は,上告人が市及び本件公社の双方を代表して締結したものであるが,上記代金額は本件土地の時価を大幅に超えるものであり,また,本件土地は代替地用地として適当な土地とはいえないものであった。なお,本件委託契約及びその内容を定める「丹後地区土地開発公社業務方法書」において,当事者が自己都合により契約を一方的に解消することができることをうかがわせる条項は存在せず,同様の条項は,本件公社とAとの間の売買契約にも存在しなかった。

(4) その後,平成13年7月ころまでに前記3名の代替地希望者がその取得を希望しなくなったため,市が本件土地を代替地用地として取得する必要はなくなったが,市は,本件委託契約に土地買取義務が定められている上,前記の借入金債務を保証していたことから,買取りが遅滞すればするほど本件公社の金利がかさんで市の負担が増大するとの懸念を有していた。そこで,市は,本件公社との間で,同14年3月18日,市が本件土地を4214万7762円(本件公社による取得額に前記金利相当額を加算した金額)で買い取る契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,同月29日,本件公社にその代金を支払った。なお,本件売買契約は,当時上告人が市長と本件公社の理事長とを兼務していたため,市の助役が市長からの委任に基づき市を代表して締結したものであった。

(5) 本件公社は,市がその周辺の10町と共同して公有地の拡大の推進に関する法律(以下「公拡法」という。)に基づき設立した土地開発公社であり,市の出資割合は基本財産の約14%であった。また,本件公社の定款上,理事長が運営上重要と認める事項は,12名の理事から成る理事会の議決事項とされている。

3.原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり本件売買契約の締結を違法と判断して,本件請求額(市の予算に計上された4214万8000円)のほぼ全額に当たる4214万7762円(現実の支出額)及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で被上告人の請求を認容した。

(1) 本件委託契約は,そもそも代替地用地として取得する必要のない本件土地を不当に高額で買い取ることを委託するものであるから,それが公序良俗に違反し当然に無効であるとか,市に取消権又は解除権が認められるとはいえないものの,著しく合理性を欠き,そのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するものというべきである。

(2) そして,市が本件土地を取得すればその管理のために新たな財政的負担をせざるを得ないこと,本件委託契約は上告人が市及び本件公社の双方を代表して締結したものであり,上告人は本件売買契約締結当時も市長と本件公社の理事長とを兼務していたことなどに照らせば,客観的にみて市が本件委託契約を解消することができる特殊な事情があったというべきである。したがって,上告人は,違法な委託契約に基づく義務の履行として本件土地を買い取ってはならない財務会計法規上の義務を負っており,本件売買契約はその義務に違反して違法に締結されたものと解される。

【判旨】

1.原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 本件公社は市とは別の法人格を有する主体であるところ,本件委託契約及びその内容を定める業務方法書において,市が自己都合により同契約を一方的に解消することができることをうかがわせる条項は存在しない。したがって,市が本件公社に事実上の働きかけを真しに行えば,本件公社において本件委託契約の解消に応ずる蓋然性が大きかったというような事情が認められない限り,客観的にみて市が本件委託契約を解消することができる特殊な事情があったということはできないものと解される。
 確かに,本件委託契約は上告人が市及び本件公社の双方を代表して締結したものであり,上告人は本件売買契約締結当時も市長と本件公社の理事長とを兼務していた。しかしながら,本件公社は公拡法に基づき設立された公共性の高い法人であるところ,仮に本件委託契約を解消して本件公社が本件土地を引き受けることとした場合には,本件公社がその取得金額と時価との差額を損害として被ることとなるのであるから,上告人が本件公社の理事長として本件委託契約解消の申入れに応ずることは,本件公社との関係では職務上の義務違反が問われかねない行為である。しかも,市は,本件公社の設立団体の一つにすぎず,出資割合も基本財産の約14%を占めるにとどまり,また,本件公社の運営上の重要事項は理事会が議決するものとされているのであるから,上告人が本件公社の理事長として上記解消につき他の設立団体や理事の同意を取り付けることは一層の困難が予想されるものというべきである。
 他方,Aが本件売買契約の解消に応ずる見込みが大きいとか,本件土地を第三者に本件売買契約の代金額相当額で売却することが可能であるなどの事情があれば,本件公社においても本件委託契約解消の申入れに応ずる蓋然性が大きいということもできるが,本件においてそのような事情が認められないことは明らかである。
 他に,本件公社が市からの本件委託契約解消の申入れに応ずる蓋然性が大きいと認めるに足りる事情は見いだし難い。
 このように,本件において,客観的にみて市が本件委託契約を解消することができる特殊な事情があったとはいえないのであるから,上告人は,市長として,有効な本件委託契約に基づく義務の履行として本件土地を買い取るほかはなかったのであり,本件土地を買い取ってはならないという財務会計法規上の義務を負っていたということはできない。したがって,本件売買契約が上告人に課されている財務会計法規上の義務に違反して違法に締結されたということはできないものと解するのが相当である。

2.以上と異なる見解の下に,被上告人の請求を一部認容すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は結論において正当であるから,上記部分に係る被上告人の控訴を棄却すべきである。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成21年12月17日

【事案】

1.上告補助参加人及びAを建築主とする建築物(以下「本件建築物」という。)の建築計画に対して建築基準法(平成18年法律第46号による改正前のもの。以下「法」という。)6条1項に基づき新宿区建築主事がした建築確認(以下「本件建築確認」という。)について,本件建築物の敷地の周辺に建物を所有し又は居住する被上告人らが,同建築主事の所属する上告人を相手としてその取消しを求める事案。

2.東京都建築安全条例(昭和25年東京都条例第89号。以下「本件条例」という。)4条1項は,法43条2項に基づき同条1項に関して制限を付加した規定であり,延べ面積が1000uを超える建築物の敷地は,その延べ面積に応じて所定の長さ(最低6m)以上道路に接しなければならないと定めている。ただし,本件条例4条3項は,建築物の周囲の空地の状況その他土地及び周囲の状況により知事が安全上支障がないと認める場合においては,同条1項の規定は適用しないと定めている(以下,同条3項の規定により安全上支障がないと認める処分を「安全認定」という。)。特別区は,特別区における東京都の事務処理の特例に関する条例(平成11年東京都条例第106号)により,安全認定に係る事務を処理することとされ,区長がその管理及び執行をしている。
 本件条例4条1項によれば,延べ面積が約2820uである本件建築物の敷地は8m以上道路に接しなければならないとされており,本件建築物の建築計画につき,Aほか1社は,その申請に基づき新宿区長から平成16年12月22日付けで安全認定(以下「本件安全認定」という。)を受け,その後,上告補助参加人及びAは,その申請に基づき新宿区建築主事から同18年7月31日付けで本件建築確認を受けた。被上告人らは,本件安全認定は違法であるから本件建築確認も違法であるなどと主張している。

3.原審は,本件安全認定は,新宿区長がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してした違法なものであるから,本件建築物の敷地は本件条例4条1項所定の接道義務に違反しており,本件建築確認は違法であると判断して,これを取り消した。

【判旨】

1.所論は,先行処分である安全認定が取り消されていない場合,たとえこれが違法であるとしても,その違法は後続処分である建築確認に承継されないのが原則であり,本件において本件安全認定が違法であるとの主張はできないのであるから,これと異なる原審の判断には,法令解釈の誤りがあるというのである。

2.本件条例4条1項は,大規模な建築物の敷地が道路に接する部分の長さを一定以上確保することにより,避難又は通行の安全を確保することを目的とするものであり,これに適合しない建築物の計画について建築主は建築確認を受けることができない。同条3項に基づく安全認定は,同条1項所定の接道要件を満たしていない建築物の計画について,同項を適用しないこととし,建築主に対し,建築確認申請手続において同項所定の接道義務の違反がないものとして扱われるという地位を与えるものである。
 平成11年東京都条例第41号による改正前の本件条例4条3項の下では,同条1項所定の接道要件を満たしていなくても安全上支障がないかどうかの判断は,建築確認をする際に建築主事が行うものとされていたが,この改正により,建築確認とは別に知事が安全認定を行うこととされた。これは,平成10年法律第100号により建築基準法が改正され,建築確認及び検査の業務を民間機関である指定確認検査機関も行うことができるようになったこと(法6条の2,7条の2,7条の4,77条の18以下参照)に伴う措置であり,上記のとおり判断機関が分離されたのは,接道要件充足の有無は客観的に判断することが可能な事柄であり,建築主事又は指定確認検査機関が判断するのに適しているが,安全上の支障の有無は,専門的な知見に基づく裁量により判断すべき事柄であり,知事が一元的に判断するのが適切であるとの見地によるものと解される。
 以上のとおり,建築確認における接道要件充足の有無の判断と,安全認定における安全上の支障の有無の判断は,異なる機関がそれぞれの権限に基づき行うこととされているが,もともとは一体的に行われていたものであり,避難又は通行の安全の確保という同一の目的を達成するために行われるものである。そして,前記のとおり,安全認定は,建築主に対し建築確認申請手続における一定の地位を与えるものであり,建築確認と結合して初めてその効果を発揮するのである。

3.他方,安全認定があっても,これを申請者以外の者に通知することは予定されておらず,建築確認があるまでは工事が行われることもないから,周辺住民等これを争おうとする者がその存在を速やかに知ることができるとは限らない(これに対し,建築確認については,工事の施工者は,法89条1項に従い建築確認があった旨の表示を工事現場にしなければならない。)。そうすると,安全認定について,その適否を争うための手続的保障がこれを争おうとする者に十分に与えられているというのは困難である。仮に周辺住民等が安全認定の存在を知ったとしても,その者において,安全認定によって直ちに不利益を受けることはなく,建築確認があった段階で初めて不利益が現実化すると考えて,その段階までは争訟の提起という手段は執らないという判断をすることがあながち不合理であるともいえない。

4.以上の事情を考慮すると,安全認定が行われた上で建築確認がされている場合,安全認定が取り消されていなくても,建築確認の取消訴訟において,安全認定が違法であるために本件条例4条1項所定の接道義務の違反があると主張することは許されると解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

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