最新下級審裁判例

東京高裁判決平成21年07月15日

【事案】

 再保険業を営むドイツ連邦共和国(以下「ドイツ」という。)法人である被控訴人が,控訴人に対し,税務官署がした事業税及び都民税法人税割(法人税割とは法人に対して法人税額を課税標準として課せられる住民税)の減額更正により生じた過納金の還付に際し,その際に支払われた還付加算金は起算日を誤って算定されており,正当な金額の一部しか支払われていないと主張して,還付加算金の残額等の支払を求めた事案。

【判旨】

1.還付加算金と民法419条の適用(類推適用)について

(1) 国家と納税義務者との間の租税をめぐる債権債務関係については,国家と国民との間の公法上の関係であること,租税債務は租税法に定められた法定債務であって,私法上の債務のように当事者の合意によってその内容が定まるものではないこと,その確定と徴収は公平,確実かつ迅速に行われなければならないことなど,私法上の債権債務関係とは異なる特質があり,これを反映して,租税の徴収を確保し,かつ納税者相互間の公平を維持するため,私法上の債権者にはみられない種々の特権が留保されている。しかし,租税法律関係は,これらの留保されている特権を除いてみれば,私法上の債権債務関係と何ら異なるところは見いだせないのであり,私法規定が適用されるか否かについては,租税法律関係の上記特質を踏まえ,当該法律関係において公法上の規定のほかに私法規定を適用すべき合理的理由があるか否かをそれぞれの規定の内容及び趣旨を具体的に検討することにより決すべきものと解するのが相当である。

(2) 過誤納金は,申告あるいは更正処分が過大であったため,減額更正あるいは減額再更正の処分がされた場合などに生じ,租税実体法上,納付又は徴収のときから地方団体がこれを保有する正当な理由のない利得であって,これが生じたときには遅滞なく還付されなければならず(地方税法(以下「法」という。)17条),その場合には,法所定の起算日から支出を決定した日の翌日までの期間の日数に応じ,その金額に所定の年率(本則7.3パーセント。なお法附則3条の2第1項,第3項)を乗じて計算した還付加算金をその還付すべき金額に加算しなければならないものとされている(法17条の4第1項,1条2項)。そして,還付加算金の算定の起算日については,地方団体と納税者との公平を勘案して,過誤納金の区分により異なる取扱いをしており(法17条の4第1項,法施行令6条の15第1項参照),この点,民法上の不当利得(民法704条)において,損失者と受益者の公平を図るため,受益者が悪意の場合には利息を付して利得を返還する義務を負っているのと,同一の趣旨にでたものとみることができる。
 そうすると,還付加算金の法律的性質は,過誤納金の支払遅滞によって生じた元本使用の対価たる損害賠償金(遅延損害金)であり,還付加算金制度は,地方団体の徴収金に関する不当利得の返還に伴う民法上の利息の特則であると解される。

(3) 法には,都知事が支出をする決定日までの期間の日数に応じ,本税及び延滞金に法定の割合を乗じて計算した還付加算金をその還付すべき金額に加算しなければならないとのみ規定され,過誤納金の還付が遅滞した場合や必要な還付加算金が加算されていなかった場合の地方団体の責任に関する規定は定められていない。
 そこで,還付加算金に民法419条が適用されるか否かを検討すると,還付加算金は過納金の支払遅滞によって生じた損害賠償金(遅延損害金)としての性質を有するものであることは前記のとおりであり,他方,民法419条は元本たる金銭債務の不履行があった場合の遅延利息を定めたものであり,遅延利息については民法419条は適用はなく,遅延利息の支払を遅滞しても当然には遅延利息を生じないと解されているから,遅延損害金としての法律的性質を有する還付加算金には民法419条の適用の余地はないものと解するのが相当である。
 被控訴人は,還付加算金に民法419条の適用がされないと,納税者が一般私法上の債権者より不利益な扱いを受けることになると主張するが,還付加算金に民法419条の適用を認めることは,かえって納税者をして一般私法上の債権者よりも有利な取扱いをすることになり,還付加算金についてこのような取扱いをする法的根拠も合理的理由も見いだし難いから,被控訴人の上記主張は理由がない。
 また,被控訴人は,還付加算金は利息ではなく,地方団体の支払義務があるものとして法によって定められた公法上の特殊な支払金であり,その支払決定日後は,還付加算金は発生しないとの点でも民法上の利息とは異なると主張するが,その理由がないことは,前記判断したところから明らかである。

(4) 以上によれば,民法419条に基づき遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由がないものというべきである。

2.還付加算金に民法405条の適用(類推適用)があるか。

(1) 過納金の還付は,前記のとおり,地方団体と納税者との公平を勘案し,民法上の不当利得の法理を踏まえたものであって,還付加算金は民法上の不当利得における利息に相当し,その法律関係は私法上の債権債務関係と何ら異なるものではないと解されるから,還付加算金についても民法405条が適用され,これを元本に組み入れることができるものと解するのが相当である。
 控訴人は,還付加算金と裏返しの関係にある延滞金については,民法405条に基づく元本組入れは予定されていないと主張するが,租税の徴収を確保し,かつ納税者相互間の公平を維持するため,私法上の債権者にみられない種々の特権が留保されている租税徴収の場面における延滞金と,地方団体と納税者との公平を勘案し,民法上の不当利得の法理を踏まえての過納金還付の場面における還付加算金とを,同一に論じるのは相当ではなく,延滞金について民法405条が適用されないからといって,還付加算金に民法405条の適用を否定する理由にはならない。
 また,控訴人は,還付加算金に民法405条の適用があるとしても,本件訴訟の経過に照らせば,還付加算金の支払をしないことには合理的理由があり,還付加算金の支払は遅滞していないと主張する。しかしながら,公平の理念に基礎づけられる還付加算金制度の趣旨に照らしても,還付加算金額に争いがあるというだけではその支払をしないことを正当化できないし,還付加算金の支払が遅滞していないということもできないから,控訴人の上記主張は理由がない。

(2) 民法405条の組入権行使の要件は,@ 利息の支払が1年分以上延滞し,債権者が催告をしても,債務者がその利息を支払わないこと,A これを元本に組み入れる旨の意思表示をすることであり,また,元本が弁済されて利息のみが存在する場合においても,元本と利息が存在する場合との均衡上,民法405条に基づき当該利息を元本に組み入れることができるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると,被控訴人は,平成16年3月26日,東京都知事に対する審査請求書を提出したことにより,控訴人に対し,還付金加算金の支払を催告をしたとみることができるから,同催告の日から1年後である平成17年3月26日を経過した時点において,元本組入権が発生したものということができる。
 また,延滞した利息に対する遅延損害金の支払を求めることは,とりもなおさず延滞利息を元本に組み入れて,延滞利息に対する利息の支払を求める旨の意思表示であると解されるところ,本件訴状の請求の趣旨によれば、利息(遅延損害金)に相当する還付加算金に対する遅延損害金を請求していることが明らかというべきであるから、被控訴人は控訴人に対し,本件訴状により,履行遅滞となっている還付加算金を元本に組み入れる旨の意思表示をしたものと認められ,また,本件訴状が平成17年3月4日に控訴人に送達されていることは,当裁判所に顕著な事実である。なお,元本組入れの意思表示の時点で利息が1年分以上延滞していなくとも,1年分以上延滞した時点(支払催告から1年経過した時点)で元本組入れの効果は生じるものと解するのが上記法制度の趣旨に適い,相当であるというべきである。
 そうすると,民法405条の組入権行使の前記要件は,還付加算金の支払を催告した1年後である平成17年3月26日の経過により具備されたことになるから,控訴人は,被控訴人に対し,還付加算金に対する平成17年3月27日から支払済みまで利息金を支払うべき義務がある。

 

大阪高裁判決平成21年07月08日

【判旨】

 一般に,請求の基礎に変更がなく,著しく訴訟手続を遅滞させることにならなければ,控訴審の口頭弁論終結時まで訴えの変更が許される(民事訴訟法143条1項)。このように原則として控訴審でもその口頭弁論終結時まで訴えの変更が許されるのは,新請求について第1審が欠けることになるものの,請求の基礎が同一であることにより,実質的に第1審の審理があったものといえるからである。ところが,第1審判決が訴え却下判決の場合には,この理は当てはまらない。すなわち,第1審判決が訴え却下判決の場合における控訴審の審判の対象は,原則として訴え却下の当否に限られ,控訴審が第1審判決を相当と認めるときは控訴を棄却するにとどまるし,その判断を不当として第1審判決を取り消す場合には,自ら請求の当否について本案判決をすることになれば本案について第1審の審理が欠落し,当事者の審級の利益を害することになるため,原則として自ら請求の当否の審理に入ることなく事件を第1審に差し戻すだけである(同法307条)から,特段の例外的事情のない限り,訴えの変更は相手方の審級の利益を害し,許されないと解すべきである。

 

岐阜地裁判決平成21年12月16日

【判旨】

1.弁論主義及び当事者主義を基調とする我が国の民事訴訟法下では,訴訟手続において当事者が忌憚なく主張を尽くすことが重要であって,その主張行為は,一般の言論活動以上に強く保護されなければならず,民事訴訟は利害の相対立する当事者間の紛争解決の場であることから,ときに当事者の発言や主張に相手方の名誉感情を刺激するものが含まれるのもある程度やむを得ない面がある。
 そうであれば,当事者の発言や主張に相手方の名誉を損なうものがあったとしても,それが訴訟における正当な弁論活動と認められる限り,その違法性は阻却されるものと解すべきである。しかし,弁論活動といっても,内在的制約には服すのであって,当初から相手方当事者の名誉を害する意図でことさらに虚偽の事実若しくは当該事件と何ら関連性のない事実を主張する場合,又は,そのような意図がなくとも,訴訟遂行上の必要性を超えて,著しく不適切で非常識な表現内容,方法による主張をし,相手方の名誉を著しく害する場合等は,その内在的制約を超え,社会的に許容される範囲を逸脱したものとして,違法性を阻却されず,不法行為責任を免れないというべきである。

2.告発とは,捜査機関に対し,犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示であり,刑事訴訟法239条1項は,「何人でも,犯罪があると思料するときは,告発をすることができる。」と規定する。
 およそ一般人が他人の犯罪行為を認知した場合に,直ちに行為者を特定してその犯罪事実を捜査機関に申告することは犯罪の捜査を容易にし,犯人の検挙に協力することになるのであって治安維持上望ましいところであるが,被告発者は,一応犯罪の嫌疑を被りその人権を侵害される危険があるのであるから,特定人を犯罪者として捜査機関に申告するについては特に慎重な注意を要することは勿論であり,告発者が何らの合理的根拠がないのに単なる憶測に基づいて特定人を犯罪者として指摘し,被告発者が後日無実であることが判明したときは,告発者は被告発者が被った損害につき過失による不法行為上の責任を負うべき場合があり得ることは明らかである。しかしながら,告発者は捜査機関と異なり,犯罪の確証を挙げるために捜査する権能も義務も有しないのであるから,犯罪の嫌疑をかけるに足りる相当な根拠を確認した上で,その者を犯人と信じ,その所信に従って捜査機関に犯罪事実及び犯人を申告した場合には,後日犯人と指摘された者が真実の行為者ではなく又はその者の行為が犯罪を構成しないことが判明しても,その者が被った損害につき過失の責を負わないというべきである。

 

福島地裁判決平成21年09月04日

【事案】

1.原告の妻亡丙が,被告甲企画・主催に係るスクーバ・ダイビング(以下単に「ダイビング」という。)のツアー(以下「本件ツアー」という。)に参加した際,被告甲の従業員である被告乙がガイドを務めたダイビングにおいてでき死した事故(以下「本件事故」という。)について,亡丙の相続人である原告が,被告乙に対しては,亡丙がおぼれるのを防ぐ義務を怠った過失があるとして,不法行為に基づき,また,被告甲に対しては,被告乙の不法行為に係る事業の執行者としての使用者責任(主位的請求)又は安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任(予備的請求)に基づき,亡丙の死亡に係る損害賠償請求権のうち原告の相続分及び原告固有の損害についての損害賠償の各請求として合計5812万7154円及びこれに対する平成16年9月12日(本件事故の日。ただし被告甲に対する予備的請求については,訴状送達の日の翌日である平成19年9月9日。)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案。

2.前提事実等

(1)当事者

ア.原告は,亡丙の夫である。

イ.被告甲は,ダイビングに係る用具・用品の製造,販売,ダイビングの指導教室の経営等を目的とする会社であり,福島県e市等に店舗を開設するとともに,ダイビング・ツアーの企画・主催も行っていた。被告乙は,被告甲の従業員であり,同市所在の店舗に勤務していた。

(2)本件ツアー及び本件ダイビングの概要

 被告甲は,平成16年(以下「平成16年」の表記を省略する。)9月10日から同月12日までの静岡県沼津市f地域のダイビングを行う本件ツアーを企画・主催し,被告乙ほか2名がスタッフとして本件ツアーに同行した。
 亡丙は,所定の参加料を支払って被告甲との間で契約を締結し,本件ツアーに参加していた。同月12日午前に実施されたダイビング(以下「本件ダイビング」という。)は,ファンダイビング(資格認定を目的とするような講習ではなく,ダイビングを楽しむことのみを目的としたもの。)であって,被告乙が亡丙ら参加者5名のガイドを務め,亡丙はaらとバディ(ダイビングにおいて常に複数名が同一行動をとり,相互に安全確保を図る組)を組み,fの岬先端付近で実施されたものである。

(3)本件事故の経過

ア.被告乙,亡丙らは,9月12日午前9時6分にエントリー(海に入ること)を開始した。しかしながら,亡丙は,岸からの直線距離約10メートル,水深5メートルの付近で,耳抜き(鼓膜の内外の圧力を等しくするために鼻をつまんで耳から空気を出す動作)が困難になった仕草を見せた。
 そこで,被告乙は,亡丙及びaに対し,共に岸に戻るように指示する一方,両名と離れ,他の参加者と共に予定のコースを潜行した。亡丙は,いったん水面まで浮上したが,沈降してしまい,その後の捜索により,午前9時30分ころ,発見されて引き上げられたものの,午前11時6分に搬送先の病院において死亡が確認され,死因はでき水と判定された。

イ.なお,亡丙は,本件事故当時,BCDジャケット(ベストタイプの浮袋に空気を出し入れして,水中での浮力を調整する器具であり,BCジャケットともいう。)を着用しており,同ジャケットのパワーインフレーターのインフレーションボタン(給気ボタン)を押してエアータンク内の高圧空気を給気して浮力を確保することができたはずであったが,亡丙はこの措置を採らなかった。また,亡丙は,沈降する直前,レギュレーターを口から離していた。

(4)亡丙の技量及び経験等

 亡丙は,6月ころに,被告甲でダイビングの講習を申し込み,そのころからダイビングを始め,被告甲企画・主催に係るダイビング・ツアーに参加するなどしており,7月18日には,PADI(ダイバー教育機関の一つ)のオープン・ウォーターの講習修了の認定を受け,本件事故の前日までのダイビングの経験本数は18本であり,同日夜にナイトダイビングを経験したことにより,アドヴァンスド・オープン・ウォーターの講習修了認定のために必要な講習も終えていた。

(5)亡丙の収入等

 亡丙の平成15年分の給与収入は414万7700円であった。
 亡丙の法定相続人は,原告及び亡丙の両親である。

(6) 認定事実

ア.本件事故に至る経緯

 本件ダイビングにおいて,被告乙は,本件ツアーに同行した被告甲の他のインストラクターと相談の上,参加者5名のうち,亡丙及びbを,参加者中ダイビングの経験本数が最も多かったa(経験本数85本)と組み合わせて3名のバディとし,5名のうち最もダイビング経験が少なかったc及び直近のダイビング経験が少なかったdの2名をもう1組のバディとして,被告乙を先頭に,c・dのバディ,亡丙・b・aのバディの順番で,エントリーすることにした。亡丙らは,午前9時6分に岬先端付近で前記順番によりエントリーを開始し,沖合に向かった。亡丙は,午前9時13分ころ,岸からの直線距離約10メートル,水深約5メートルの付近で,マスクの上から鼻をつまんで首を横に振る動作をして耳抜きがうまくできない様子を示したため,被告乙は,他の参加者を停止させながら,亡丙に対し,止まってゆっくりと耳抜きをするように指示をした。しかしながら,亡丙は,二,三分後も,なお耳抜きができない様子を示したため,被告乙は,亡丙及びaの両名に対し,バディ同士が近付いて水面に浮上し,岸の方に行って待つようにサインを送った。すると,亡丙は,被告乙とアイコンタクトを取った上,被告乙のサインを了解した旨のサインを返し,亡丙の少し後方にいたaも同様のサインを返した。そして,亡丙及びaは,いずれも,被告乙の指示したとおり,互いに向き合って近付き,水面の方に向かって,フィンキックをしながらゆっくりと浮上していった。被告乙は,亡丙の動作を見守っていたが,亡丙らが水面に近付き,フィンキックが終わったのを見て,亡丙が水面に到着したものと判断し,予定のコースでbら3名と共に水深約30メートルまで潜行を続けた。一方,亡丙は,浮上後,午前9時17分ころ,水面付近で「苦しい。」と言ってレギュレーターを外し,午前9時20分ころまでの間,おぼれて沈降した。その後,亡丙は,前記(3)ア記載のとおり,発見され,死亡が確認された。

イ.本件事故の原因

 亡丙がおぼれた原因は不明であるが,BCDジャケットにエアータンク内の高圧空気を給気して浮力を確保する措置を採らなかったこと,及び,レギュレーターを外したことが,その一因であった。

ウ.亡丙のダイビングの技量及び経験

 亡丙は,本件ツアーに参加するまで,被告甲が行ったダイビングのためのプログラムを受講し,知識開発のほか,7月10日から18日にかけて合計8回福島県猪苗代湖でダイビング(オープン・ウォーターの実技トレーニング)に参加し,オープン・ウォーターの課程を修了した(これにより,受けたトレーニングと経験の範囲内で,インストラクターの付添いなくダイビングを実施することができた。そして,亡丙は,8月15日から翌16日にかけて合計4回新潟県佐渡島でダイビング(アドヴァンスド・オープン・ウォーターの実技トレーニング)に参加し,このほか,同月21日及び同年9月4日に猪苗代湖において,インストラクターの付添いを伴わないファンダイビングに参加するなどしていた。さらに,本件ツアーにおいても,亡丙は,9月11日に3回ダイビング(このうち1回は,アドヴァンスド・オープン・ウォーターの実技トレーニング。)に参加しており,同日までにアドヴァンスド・オープン・ウォーターの課程を修了していた。亡丙が本件ツアーにおいて本件ダイビングに先立ち行ったこれらのダイビングにおいて,特に問題は発生していなかった。これらの事実に照らすと,亡丙は,ダイビングにおける基本的な知識及び技術を修得しており,相応の危険回避,自己防衛を行う技術を身に付けていたことが推認される。

エ.本件ダイビングの性質,環境

 本件ダイビングはファンダイビングであって,本件ツアーは,9月10日の夜から同月12日までの二泊三日ツアーであり,そのスケジュールは,同月10日の夜出発して,同日は車中泊をし,同月11日の朝,いったん休憩をした後,休憩や食事を挟んで3本のダイビングを行い,宿泊施設で宿泊し,同月12日の朝9時ころから,本件ダイビングを行うというものであった。本件ダイビングが行われたf付近は,ダイバーの人気が高い場所として広く知られており,本件事故が発生したfの岬先端付近は,インターネットのダイビングスポット情報では,中級者以上のダイバー向きの場所として知られていた。本件ダイビング当時,海況は良好で天候及び海洋条件(潮流,うねり,波高,透視度・透明度等)には問題がなかった。

【判旨】

1.被告乙に要求される注意義務の内容及びその義務履行の有無について

(1)ア.ダイビングは,一般的に危険を伴うスポーツであり,ひとたび危険が生じた場合に生じ得る結果の重大性などに照らすと,ダイビングにおけるガイドは,計画の策定,管理・遂行に際し,参加者の技量及び経験,ダイビングの性質,環境(場所の難易度及び危険度,天候並びに海洋条件)などの具体的状況に応じ,参加者の生命又は身体に対する危険を回避し,その安全を確保するよう配慮する義務を負うというべきである。
 これを本件についてみると,亡丙は,オープン・ウォーターの課程を修了し,ダイビングにおける基本的な知識及び技術を修得していたことが認められる。また,fの岬先端付近は,中級者以上のダイバー向きの場所として知られていたとはいえ,本件事故当日の天候及び海洋条件に問題はなく,本件事故の直前に亡丙が耳抜きがうまくできない動作を示していた水深5メートルの地点までの間においても,亡丙と共にエントリーした他の4名のダイバー全員(この中には亡丙よりもダイビング経験が乏しい者も含まれていた。)が特に問題なく潜行を続けていたことが認められる。したがって,亡丙にとって本件ダイビングそれ自体が格別に困難であり,又は危険なものであったとまでは認め難い。
 しかるところ,原告は,本件ダイビングにおいて,亡丙の耳抜きが困難になっているという事態が生じていたのであるから,被告乙は,@当該事態の発生を認識した時点で,当該事態が解消するまで亡丙に付き添うか,又はAダイビングを中止して全員を浮上させる義務があった旨主張する。
 しかしながら,ダイビングにおいては,その性質上耳抜きは避けて通ることができないものであり,耳抜きの難易は,ダイバーの体調や個人差により異なるのであって,耳抜きができないときは,ダイビングを中止して浮上すれば痛みは解消されるのであるから,亡丙が水深約5メートルの地点で耳抜きができないという動作をしていたからといって,そのこと自体が格別危険な又は異常な事態であったということはできない。また,亡丙は,被告乙のサインを理解して,アイコンタクトを取った上,了解した旨のサインを返し,被告乙の指示どおり,aと向かい合う形で浮上していったのであるから,被告乙が亡丙に対し,浮上して岸の方で待つように指示した時点においても,亡丙について,特に危険な又は異常な事態が発生していたとは認められない(被告乙本人尋問の結果中には,アイコンタクトを取ったとき,亡丙の顔が少しつらそうであった旨の供述部分があるが,同供述部分は,亡丙がサインを返し被告乙の指示どおりaと共に浮上していったことに照らせば,亡丙に危険な又は異常な事態が発生していたことを認めるに足りるものではない。)。そして,本件事故当日の天候などの状況からして,亡丙が水面に浮上した後は,浮力を確保していれば危険な事態に陥ることはなく,浮力の確保自体は,BCDジャケットのインフレーションボタンを操作することにより,容易にすることができ,亡丙は,インストラクターの指示を受けるまでもなく,自らこのような基本的な動作を行うことができるだけのダイビングの技量及び経験を有していたと考えられる。また,亡丙と共に浮上したaは,5名の中では最も経験豊富なダイバーであった。すなわち,被告乙において,亡丙の耳抜きができないことを認識し,ダイビングを中止して水面に浮上するよう指示した際,亡丙の様子には,危険な又は異常な事態が発生していることをうかがわせるものはなく,また,被告乙の指示により,亡丙が水面に浮上することにより,危険な又は異常な事態が発生するおそれがあることをうかがわせるような事情も何ら見当たらなかったことを踏まえると,被告乙に原告が主張するような義務があったということはできない。
 したがって,被告乙が前記のとおり,aと共に浮上するよう指示をして,自らは亡丙に付き添わなかったとしても,これにより被告乙に過失があったということはできない。

イ.もっとも,原告は,亡丙は水面に浮上した際にパニック状態に陥っていたために自ら適切な措置を採ることができなかった可能性が高く,被告乙は,亡丙に岸に戻るよう指示をした時点で,亡丙がパニック状態に陥ることを予測すべきであった旨主張する。
 確かに,亡丙が水面に浮上した後,浮力を確保する措置を採ることができず,レギュレーターも外して再び沈降してしまった事実に照らすと,亡丙は,水面に浮上する間又はその直後,何らかの理由によりパニック状態に陥っていた可能性も否定することができない(ただし,これを認めるに足りる的確な証拠はない。)。しかしながら,仮にそうだとしても,先に認定した事実に照らすと,亡丙には,被告乙から岸に戻るよう指示を受けた時点において,耳抜きが困難な状態にあったことを契機としてパニック状態となって,浮力を確保するなどの措置も採ることができなくなり,レギュレーターを口から離してしまうような状態に陥ることをうかがわせるような様子は見受けられないのであり,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,被告乙が亡丙に対し前記指示をした時点で,亡丙に特段の危険な又は異常な事態が発生することを予見することができたということはできないから,原告の主張に係る前記@他の参加者と共に潜水を続けられる状態になるまで亡丙に付き添う義務又はA亡丙及び他の参加者と全員で浮上して,浮力を確保し,若しくは亡丙自身が独力で浮力を確保できることを確認する義務は,その前提となる予見可能性を欠くものというべきである。

(2) したがって,本件において,被告乙に注意義務違反があったと認めることはできず,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告乙に対する損害賠償請求には理由がない。また,被告甲に対する使用者責任に基づく損害賠償請求にも理由がない。

2.被告甲に要求される安全配慮義務の内容及びその義務履行の有無について

(1)前記1(1)ア記載のダイビングの一般的な危険性,結果の重大性等にかんがみると,被告甲には,ダイビングの企画・主催に際し,参加者の技量及び経験,ダイビングの性質,環境(場所の難易度及び危険度,天候並びに海洋条件)等の具体的な諸事情に応じ,ダイビングを行う上で参加者の生命又は身体に対する危険を回避し,その安全を確保するよう配慮すべき義務がある。

(2)そこで,亡丙の技量及び経験,本件ダイビングの性質,環境等に照らし,原告の主張に係る被告甲の具体的義務及びその違反の有無について検討する。

ア.まず,本件ツアーの日程についてみると,本件ツアーにおいては適宜休憩や宿泊が組み入れられており,本件ツアーにおけるダイビングの回数,時間等に照らし,被告甲が立案した計画に無理があったとまでは認めることはできない。また,本件ダイビングに先立つブリーフィング等において亡丙が特段体調の不良を訴えたり参加に消極的なことを述べたことを認めるに足りる証拠はないから,本件ツアーの日程に無理があったことにより,亡丙が体調を崩し,その結果,本件事故が発生したものとは認められない。
 よって,原告の主張に理由はない。

イ.次に,被告甲のダイビングポイントの選定その他ダイビングの計画についても,本件事故が発生したfの岬先端付近を中級者以上のダイバー向きのダイビング場所に分類するインターネットの情報があることは事実であるが,亡丙のダイバーとしての技量及び経験並びに本件事故の発生態様に照らし,当該場所や被告甲のダイビングの計画が格別の危険を内包していたと認めることや,当該危険が現実化した結果,本件事故が発生したと認めることはできず,他にこれらを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,この点についての原告の主張も採用することができない。

ウ.次に,インストラクターの配置についてみると,本件ダイビングはファンダイビングであり,参加者5名のうち最も経験の少ない参加者のcでも本件ダイビング前に11本のダイビングの経験本数があったことや,前記のとおり,本件ダイビングの場所及び被告甲のダイビングの計画が格別の危険を内包するものではないことに照らすと,被告甲において,被告乙とは別にインストラクターを付き添わせる義務があったとまでは認められない。

エ.最後にバディの組合せについてみると,前記のとおり,亡丙は,本件ダイビングの当初,a及びbとの3名でバディを組んでおり,亡丙の耳抜きが困難になってからは,被告乙の指示により,aと2名でバディを組んでいたと認められる。aが本件ダイビングの参加者の中で最も経験本数の多いダイバーであったことを踏まえると,このバディの組合せが不適切であったと認めることはできない。この点,原告は,亡丙に過去に耳抜きのトラブルがあったと指摘するが,前記のとおり耳抜きに係る対処は,格別困難なものではなく,浮上してからの浮力の確保も通常は容易にすることができるものであり,格別の危険を内包するものではないことなどに照らすと,原告の主張は採用することができない。

(3)以上のとおり,被告甲が前記の安全配慮義務を怠ったと認めるに足りる証拠はなく,被告甲について安全配慮義務違反を理由とする損害賠償義務を認めることはできない。

3.結語

 以上によれば,原告の被告乙及び被告甲に対する各請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,これらをいずれも棄却する。

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