最新下級審裁判例

東京簡裁判決平成21年11月18日

【事案】

1.請求原因

(1) 原告は,訴外株式会社A(以下「A」という。)との間で,平成7年5月26日,同社の経営する「Bクラブ」への入会契約を締結し,同社に,個人正会員資格保証金(以下「保証金」という。)として金120万円を,据置期間10年,同期間経過後退会する際は原告の請求により返還するとの約定で預託し,もって,前同日同クラブの個人正会員資格を取得した。

(2) Aは,訴外株式会社C(以下「C」という。)に対し,平成13年9月ころ,Bクラブの営業を譲渡した。

(3) 原告は,Cに対し,平成17年6月1日到達の内容証明郵便をもって,Bクラブ退会の意思表示をすると共に,内容証明郵便到達後1週間以内に保証金120万円の返還を求めた。

(4) Cは,被告に対し,遅くとも平成20年6月13日までに,Bクラブの営業を譲渡し,若しくは訴外有限会社D(以下「D」という。)を経由して営業譲渡類似の経営移転をした。

(5) 被告は,「Bクラブ」の名称を続用してBクラブの営業を継続している。

(6) よって,原告は,被告に対し,会社法22条1項を類推適用して保証金返還請求権に基づき,金120万円及びこれに対する支払期限の日の翌日である平成17年6月9日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2.請求原因に対する認否

(1) 請求原因(1)ないし(3)は不知。

(2) 請求原因(4)は否認する。Cは,訴外E株式会社(以下「E」という。)から同社が所有していた福岡県田川郡a町bc番外所在の322筆の土地とその土地上の建物(以下「本件不動産」という。)を借り受けてBクラブを営業していたが,平成17年11月21日,EがDに本件不動産を売却し,それに伴いCがBクラブの運営から撤退したために,DがBクラブの営業権も取得したが,Dはゴルフクラブの営業に習熟していないのでゴルフクラブの営業を専門に行っていた被告にBクラブの営業を委託したものである。

(3) 請求原因(5)は認める。

【判旨】

1.請求原因(5)は当事者間に争いがない。

2.成立に争いがない甲第1号証の1,第2,第3号証によれば,請求原因(1)が認められる。

3.前掲甲第1号証の1,成立に争いがない第4,第5号証によれば,請求原因(2)が認められる。

4.成立に争いがない甲第6号証の1,2によれば,請求原因(3)が認められる。

5.請求原因(4)について検討する。

(1) 成立に争いがない乙第1ないし第4号証及び証人Fの証言を総合すると,Bクラブの営業がCから被告に代わった経緯について,次の各事実が認められる。

ア.CはE等(ゴルフ場用地のうち土地の9割はEが所有していたが,残りは他の地権者の所有であった。)から本件不動産等を賃借してBクラブを営業していたところ,平成13年頃E所有の本件不動産について競売開始の申し立てがなされ,同年11月16日d地方裁判所e支部が競売開始決定をし,更に平成14年7月頃Eが破産開始決定を受けた。

イ.CはEの破産管財人からBクラブの経営から撤退して本件不動産を明け渡すように要求されたので,Bクラブの理事会は,本件不動産の競売を阻止しクラブを存続するため,Eの債権者から被担保債権を買い取り,Eから本件不動産を買い取ってくれるスポンサーを捜すことにした。

ウ.Bクラブの理事会では,当時,CがEに地代や家賃を滞納したり収益を上げられない状況を見ていたので,スポンサーがついた後は別の運営会社にBクラブを運営させて再建しようという意見が大勢を占めるようになった。

エ.訴外株式会社G(以下「G」という。)がスポンサーを引き受け,被担保債権と本件不動産を買い取り,平成17年6月2日競売申立を取り下げたが,自社ではBクラブの運営に関与しないことにして,本件不動産をDに転売し,平成17年12月8日,中間を省略してEからDに直接本件不動産の所有権移転登記がなされた。

オ.Gは,主にゴルフクラブを巡る債権の買い取りや転売等の営業活動をしている会社でゴルフ場を経営する被告とは協力関係にあったため,Bクラブの理事会とDに被告を紹介し,理事会も被告による経営を受け入れ,Dも自らBクラブを経営する意図がなかったのでこれを受け入れた。

カ.そこで,平成17年11月20日ごろまでに,Bクラブの理事会,C,D,被告の4者間で協議が整い,CはE及び他の地権者との本件不動産等の賃貸借契約を合意解除してBクラブの経営から撤退し,被告はD及び他の地権者との間で本件不動産等を新たに賃貸借契約してゴルフ場開設届けを出し,Bクラブの経営を始めた。

キ.被告は,Dとは本件不動産の賃貸借契約書を交わしただけであって,ゴルフ場営業についての業務委託契約書は交わしていない。

(2) 成立に争いがない甲第9号証の1ないし3,前掲乙第4号証及び証人Fの証言を総合すると,被告がBクラブの営業を開始するに当たってとった措置として,次の各事実が認められる。

ア.被告は,理事会からの強い要望によって,Bクラブの名称をそのまま継続使用することにした。

イ.被告は,CがBクラブのコース及び施設管理を委託していた訴外有限会社Hに引き続きコース及び施設管理を委託し,同社がBクラブに備え付けた機械装置,運搬車両,什器備品等をそのまま使用してBクラブの運営を開始した。

ウ.被告は,Bクラブの運営事務をしていたCの従業員の殆どをそのまま再雇用した。

エ.被告は,Cとの間で,Cから個々のクラブ会員に対して運営会社が変わる旨通知することを取り決めたが,実際に通知されたかどうか被告は確認しておらず,会員から被告への問い合わせも何件かあった。

オ.被告は,Bクラブの運営を開始するにあたって,個々の会員について在籍確認を行っておらず,既に退会した原告に対しても漫然とBクラブの名称を用いて平成19年度会費の徴収案内を行った。

(3) 預託金会員制のゴルフクラブの名称がゴルフ場の営業主体を表示するものとして用いられている場合において,ゴルフ場の営業が譲渡され,譲渡人が用いていたゴルフクラブの名称を譲受人が継続して使用しているときは,特段の事情がない限り,商法26条1項(現行会社法22条1項)の類推適用により譲受人は会員に対し預託金の返還義務を負う(最高裁判所平成16年2月20日第二小法廷判決)。本件においては,Cと被告の間には直接営業譲渡契約が締結された事実は認められないのであるから,上記法理がそのまま当てはまるものではない。しかし,会社法22条1項は外部的に同一の営業が継続しているように見える場合には債権者はそのまま営業が引き継がれていると見るのが通常であるので取引相手を保護するために営業の譲受人に債権者に対して譲渡人と共に不真正連帯債務者としての責任を負わす旨の規定であるから,その適用を外部から必ずしも明らかでない営業譲渡契約が締結された場合のみに限定するべきではない。本件について検討するに,上記(1)で各認定したところによれば,ゴルフクラブ理事会が存続している場合には,ゴルフ場の用地及び建物の大部分を所有する者が交代したことによって必ずしもそれに依存していたゴルフ場運営会社が交代しなければならない必然性はない(新たな所有者との間で賃貸借契約を交わせばよいのである。)が,ゴルフクラブ理事会の強い意向により運営会社の交代が行われたというのが実態であり,受け皿となった実質的な営業者はDではなく被告であって,Cと被告との間で実質的な事業引継の打合せはなされており,外観的に見れば営業譲渡があった場合と区別することはできない。そして,上記(2)で各認定したところによれば,被告は,理事会の意向に従って名称,従業員,メンテナンス会社をそのまま維持して自らCの営業を引き継いだような外観を作出し,Cの杜撰なクラブ管理事務をそのまま引き継いで漫然と営業を続け,個々のクラブ会員に対しCとの間で債権債務は引き継いでいない旨の積極的な周知措置をとる等の特段の事情も認められないのであるから,会社法22条1項の類推適用による責任を負うものと解すべきである。

(4) 以上によれば,Cと被告との間で営業譲渡類似の経営移転がなされたという意味において請求原因(4)が認められる。

6.結論

 以上によれば,原告の請求は理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担につき民訴法61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用し,仮執行免脱の宣言は相当ではないのでこれを付さない。

 

東京簡裁判決平成21年12月04日

【事案】

1.貸金業者である被告とその利用者である原告との間の消費貸借契約上の取引につき,被告から開示された昭和63年5月12日からの取引履歴を利息制限法の制限利率で引き直し計算すると過払金92万2539円が発生し,被告は,これを法律上の原因なく利得し,かつ利得について悪意の受益者であるとして,その利息4048円及び前記過払金の不当利得の返還請求をした事案。

2.(1) 被告は,登録を受けた貸金業者であり,原告は,一般市民であって被告の金銭消費貸借取引の利用者である。

(2) 原告・被告間の金銭消費貸借契約に基づく取引については,別紙計算書1のとおり「年月日」欄記載, の年月日に,原告は,被告から「借入金額」欄記載の金員を借入れ,被告に対し,「弁済額」欄記載の金員の弁済をした(以下「本件取引」という。)。

【判旨】

1.本件取引は一連の取引かについて

 原告は,本件取引が一連の取引である旨主張し,被告は,本件取引が2個の取引により構成される旨主張するので,以下,検討する。
 同一の貸主と借主との間で継続的に貸付と返済が繰返されることを予定した基本契約が締結され,この基本契約に基づく取引に係る債務の各弁済金のうち制限超過部分を元本に充当すると過払金が発生するに至ったが,その後に両者の間で改めて金銭消費貸借に係る基本契約が締結され,この基本契約に基づく取引に係る債務が発生した場合に,両者の契約に基づく取引が一連のものか,個別の取引であるかについては,第1の基本契約に基づく貸付け及び弁済が反復継続して行われた期間の長さやこれに基づく最終の弁済から第2の基本契約に基づく最初の貸付けまでの期間,第1の基本契約についての契約書の返還の有無,借入れ等に際し使用されるカードが発行されている場合にはその失効手続の有無,第1の基本契約に基づく最終の弁済から第2の基本契約が締結されるまでの間における貸主と借主との接触の状況,第2の基本契約が締結されるに至る経緯,第1と第2の各基本契約における利率等の契約条件の異同等の事情を考慮して,判断するのが相当である(平成20年1月18日最高裁平成20年(受)第2268号判決)。これを本件についてみるに,第1取引及び第2取引の基本契約とも,原告・被告間のカードを利用したリボルビング方式による契約であることが認められ,それによると,一応,一連の取引であるとも考えられる。しかしながら,第1取引は,昭和63年5月12日に原告が被告から50万円を借入れ,開始し,平成10年3月31日,原告が被告に7000円を返済し,一旦,そこで取引は終了した。その後,第2契約は,平成20年1月28日に原告が被告から30万円を借入れて第2取引が始まっており,その間約9年10か月の空白期間があること,第1取引の会員番号と第2取引での会員番号を異にすること,第2取引の開始に際し,原告は,被告から第1取引とは,別個のカードの発行を受け,取引をしていることからすると,両者の契約は,一連のものではなく別個の取引であるものと解される。

2.被告は悪意の受益者かについて

 貸金業者が利息制限法を超える利息を有効な弁済として受領したが,その受領につき,貸金業法43条1項が適用が認められないときは,当該貸金業者は,同項の適用があるとの認識を有しており,かつそのような認識を有するに至ったことがやむをえないといえる特段の事情がある場合でない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定されるものというべきである(最高裁平成19年7月13日平成17年(受)1970号判決)。これを本件についてみるに,被告は,貸金業法43条1項みなし弁済について,何ら立証しようとせず,本件取引について,みなし弁済が成立し,成立することを信じて取引をしたのであるから悪意の受益者とはいえない旨主張するが,それだけでは特段の事情があるとはいえないのであって,被告は,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推認され,過払金を取得した時から悪意の受益者として,利息を付して原告に返還する義務を負うこととなる。

(参照条文)貸金業法43条1項

 貸金業者が業として行う金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約に基づき、債務者が利息として任意に支払つた金銭の額が、利息制限法第一条第一項に定める利息の制限額を超える場合において、その支払が次の各号に該当するときは、当該超過部分の支払は、同項 の規定にかかわらず、有効な利息の債務の弁済とみなす。

一 (中略) に規定する書面を交付している場合若しくは (中略) に規定するすべての書面を交付している場合におけるその交付をしている者に対する貸付けに係る契約(極度方式貸付けに係る契約を除く。)若しくは当該貸付けに係る契約に係る保証契約に基づく支払又は (中略) に規定するすべての書面を交付している場合若しくは (中略) に規定するすべての書面を交付している場合におけるその交付をしている者に対する極度方式貸付けに係る契約若しくは当該契約に係る保証契約に基づく支払
二 (中略) に規定する書面を交付した場合における同項の弁済に係る支払

3.消滅時効の成否について

(1) 過払金充当合意を含む基本契約に基づく継続的金銭消費貸借取引においては,同取引により発生した過払金返還請求権の消滅時効は,過払金返還請求権の行使についての当事者間の合意が存在するなど特段の事情がない限り,同取引が終了した時点から進行するものと解するのが相当である(平成21年1月22日最高裁平成20年(受)第468号判決)。これを本件についてみるに,証拠によれば,別紙計算書1のとおり,第1取引の終了時点(平成10年3月31日)で過払金82万0246円及びその未収利息合計5万1795円として確定したことが認められる。@原告が平成21年6月4日に当裁判所に訴えを提起したこと,A被告が平成21年9月9日(第2回口頭弁論期日)において,第1取引の過払金債務の消滅時効を援用したことについては,当裁判所に顕著な事実である。原告・被告間に前記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。以上の事実によると,消滅時効は第1取引の終了した平成10年3月31日から進行し,本件の訴え提起までに10年を経過することにより,第1取引の上記過払金及び利息については,時効により消滅したものと解される。

(2) 原告は,第1取引の過払金の発生を知ることがないので,消滅時効が進行しないことを最高裁平成21年7月10日判決を援用して主張する。しかしながら,不当利得返還請求権は,履行期の定めのない債権であって,その消滅時効は,法律上の障害がない限り,権利者が権利の存在やその行使の可能性を知らない場合であっても,その成立したときから進行するものと解される。よって,それと見解を異にする原告の主張は失当である。

(原告の主張)

 債権は10年間「行使しないとき」に消滅するものであり(民法167条1項),「行使しない」ことを不利益に評価するためには「行使できること」が必要であり,「行使できる」というためには,自らが当該債権を有して行使できることを「知っていること」が必要であるところ,平成21年7月10日最高裁第三小法廷判決では,期限の利益喪失特約下で利息制限法の制限超過利息を支払った場合に任意に支払ったということはできないとした平成18年1月13日最高裁小法廷判決の言い渡し以前に支払いを受領した場合とその後とで,貸金業者である債権者の悪意の推定に関して差異を認めている。この論理を反面から考えれば,過払金返還請求権について,その返還を請求できることを債権者が知ったものと推定できるか否かについても同様の基準によって区別すべきである。それによれば,特段の事情がない限り,上記平成18年判決の言渡日までは,債権者は,過払金の不当利得返還請求権を自らが有するものとは知らなかったものと推定すべきであり,それまでの間,過払金の不当利得債権の消滅時効は進行しなかったものと解すべきである。

4.相殺の可否について

 原告は,第1取引の過払金返還請求権(以下,「甲債権」という。)を自働債権として,第2取引の被告の原告に対する平成20年1月28日の30万円,同年1月31日の5万円及び同年2月3日の15万円の3口合計50万円の貸金債権(以下,「乙債権」という。)を受働債権として,相殺(民法508条)を主張をする。確かに,時効により消滅した甲債権を自働債権とし,同債権の消滅時効が完成する前に発生した乙債権を受働債権として,民法508条の相殺することが可能なようにもみえる。しかしながら,以下の理由から,原告のなした相殺の意思表示は不適法なものであって,認められないものと解する。

(1) 相殺の要件の一つとして,対立する双方の債権が弁済期にあることが必要とされているところ,本件にあっては,原告の主張する相殺適状時である平成20年1月28日,同月31日,同年2月3日において,甲債権については,原告は,被告に請求していないので履行期にない。乙債権については,@リボルビング方式の契約により,第2取引途中において発生したものであり,第2取引が終了するまでの間,原告・被告間では,貸付け及び返済が繰り返され,常に変動していくものであること,Aリボルビング方式による契約の弁済期は,取引途中にあっては,債権者の利益(利息の発生)のためにも存在しており,債務者が一方的に期限の利益を放棄することは許されないこと,からすると,原告の主張する日をもって,乙債権の弁済期が当然に到来しているものとは解することはできない。よって,甲債権と乙債権とが相殺適状にあるとはいえない。

(2) 相殺の要件として,対立する債権の間に相殺適状があること及び相殺適状は,相殺の意思表示がされたときにも現存することを要するのであって,いったん相殺適状が生じていたとしても,相殺の意思表示がされる前に一方の債権が弁済等により消滅していた場合には,相殺は許されないものと解される(最高裁昭和54年7月10日同53年(オ)第547号判決)。本件にあっては,原告は,甲債権と乙債権が相殺適状にあった旨主張するが,@乙債権は,リボルビング方式の契約により発生したものであり,同債権発生後,原告・被告間では貸付け及び返済が繰返され,取引残高は常に変動し,第2取引の終了した平成20年12月28日に至って,最終的に債権が確定するものであること,A第2取引が終了時点では,甲債権は既に時効により消滅していることからすると,第2取引終了時点において,甲債権と乙債権とは相殺適状にはなく,同様に,原告の相殺の意思表示をした時点においても,両債権は相殺適状にはなく,相殺は認められないことになる。

(3) 民法508条が時効で消滅した自働債権と対立する受働債権との間で相殺を認めるのは,相殺適状時に対立する両債権が差引決済されたものとする当事者間の信頼を保護しようとするものであるところ,本件にあっては,乙債権はリボルビング形式に基づいて発生したものであり,その当時,一見,甲債権と乙債権とは対立状態にあったとしても,そのことから当然に,差引決済されるとの信頼が当事者間に生じたものと解することはできない。

(4) 原告の主張するような相殺を認めることは,乙債権発生以降第2取引終了時まで原告・被告間で繰り返された返済,貸付け及び利息の発生が,相殺の遡求効により全て覆滅することになり,法律関係が極めて錯綜し,法的安定性を欠くことになる。

5.以上によれば,本件取引のうち,第1取引は消滅時効による消滅しており,第2取引について,別紙計算書2のとおり,被告は,原告に対し,未だ46万5819円の貸金債権を有していることになり,原告の本件不当利得返還請求は,理由がないことに帰する。

 

東京簡裁判決平成21年11月26日

【事案】

1.本件は,原告が被告に対し,次の請求をする事案である。

(1) 不当利得返還請求

 原告は,平成4年6月22日に被告との間で金銭消費貸借取引を開始し,別紙計算書に記載のとおり,借入れと弁済を繰り返したが,利息制限法所定の制限利率を超過して利息を支払ったから,これを元本に充当すると過払金が生じていると主張して,被告に対し,不当利得返還請求権に基づき,@過払金元本73万4805円,A被告は悪意の受益者あるとして,民法704条前段に基づき,上記@に対する平成15年12月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求める。

(2) 不法行為による弁護士費用相当額の損害賠償請求

 被告は,本来原告が請求すれば速やかに過払金を返還すべき義務を負うところ,再三にわたる請求にもかかわらず返還しない。そこで,原告はやむを得ず弁護士に依頼して本訴訟を提起した。原告は弁護士に頼まなければ返還を受けられなかったのであるから,弁護士費用相当額の損害を受けた。被告の不法行為と因果関係を有する弁護士費用は8万3013円を下らない。
 よって,原告は,被告に対し,民法709条に基づき,8万3013円及びこれに対する平成21年6月4日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2.基本的事実

 原告は,被告との間で金銭消費貸借取引を行い,別紙計算書の取引日欄,借入額欄,返済額欄に記載のとおり,平成4年6月22日から平成15年12月17日まで金銭の借入れと返済をしてきた(以下「本件取引」という。)。

【判旨】

1.被告は悪意の受益者かについて

 被告が制限利率を超過する利息を債務の弁済として受領したが,その受領につきみなし弁済の適用が認められない場合には,被告は,みなし弁済の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち民法704条の「悪意の受益者」であると推定されるものというべきである(最高裁判所平成19年7月13日判決参照)。本件において,被告は,上記特段の事情について,具体的な証拠に基づく立証はしていない。
 そうすると,被告は貸金業者であり,原告から弁済された利息が制限利率を超過することを知っていたのであるから,みなし弁済の適用を証明していない本件においては悪意の受益者であると解すべきである。

2.不法行為の成否について

 過払金返還請求訴訟は,弁護士に依頼しなくても本人訴訟によって提起できることは当裁判所に顕著な事実である。そして,仮に被告が原告から過払金の返還請求を再三にわたり受けていたにもかかわらず返還しなかったという事実が認められたとしても,そのことをもって直ちに,故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害したとまでは認められないと解するのが相当である(最高裁判所平成21年9月4日判決参照)。
 原告から,被告の行為が不法行為を構成するような違法な行為であると認めるに足りる具体的な証拠の提出がなく,他にこれを認める証拠がない。そうすると,上記原告の不法行為に基づく弁護士費用の請求は理由がない。

3.和解契約の効力について

(1) 被告の主張

 訴外弁護士A(以下「A弁護士」という。)が原告代理人となり,平成12年2月14日,原被告間で和解契約(以下「本件和解」という。)を締結しており,月1万円ずつの弁済により本件取引は終了している。さらに,債務の支払いに関する申入書(第三書式)(以下「和解の合意書」という。)中には,当事者間に他に債権債務関係がないことを相互に確認する旨のいわゆる清算条項があるのだから,原告の本件請求は失当であり,棄却されるべきである。

(2) 原告の主張

 本件和解の当時,原告の被告に対する借入金は存在せず,反対に23万4805円の過払金が発生していた。それにもかかわらず,A弁護士の取引履歴の開示請求に対し,被告が全取引履歴の開示に応じないで,一部の開示もしくは少なくとも残元金94万8655円,未収利息6万0904円の合計100万9559円の貸金債権がある旨の回答をしていたことから,A弁護士は同金額を前提として利息制限法所定の制限利率に引き直さない金額での和解をしたものであり,本件和解は錯誤により無効である。

(3) 裁判所の判断

 被告は,本件和解当時,A弁護士に対し,原告との取引について貸付残高が残元金94万8655円,未収利息6万0904円の合計100万9559円である旨を告げ,全取引履歴の開示をしていなかったことが認められる。
 和解は,争いとなっている権利関係について,当事者が互譲することにより紛争を解決するものであるから,単に取引経過を利息制限法所定の制限利率で引き直した計算結果と,和解内容が一致しないからといって,直ちに和解契約が無効となるものではない。しかし,利息制限法所定の制限利率を超える利息の支払は,貸金業の規制等に関する法律により,いわゆるみなし弁済が成立するような極めて例外的な場合を除いて,原則として法律上の原因を欠くのであるから,利息制限法所定の制限利率に引き直して計算した結果,過払が生じて被告が不当利得返還債務を負う場合に,和解契約において過払分の不当利得返還請求権を放棄することは,本来的に,同法の趣旨に反し,とりわけ,貸金業者が取引履歴のすべてを開示しないときは,借主において十分な検討をすることができず,その合理的意思にも反する結果となる。
 そうすると,実際の貸付けの取引経過につき利息制限法所定の制限利率で引き直した計算結果と,和解の内容とが大きく乖離しており,かつ,借主がそのことを認識しておらず,認識しなかったことについて貸金業者側に起因する事情がある場合には,法律行為の要素について借主に動機の錯誤があり,かつ,そのことは表示されているというべきであるから,和解契約は無効となると解するのが相当である。
 本件においては,前判示のように,原告は,本件和解の当時,被告に対する借入金は存在せず,反対におよそ23万4805円もの過払金が発生しており,実際の貸付けの取引経過に基づき利息制限法所定の制限利率で引き直した計算結果と,和解の内容とが大きく乖離しており,かつ,被告が,A弁護士に対し,原告との取引について貸付残高が100万9559円である旨を告げ,全取引履歴の開示をしていなかったため,A弁護士において実際に生じている過払金債権の有無や金額を正確に認識できず和解をしたことが認められるのであるから,本件和解は無効というべきである。
 なお,被告は,和解の合意書中に,いわゆる清算条項があることをもって,本件請求は失当であり,棄却されるべきである旨主張するが,当事者間に他に債権債務関係がないことを相互に確認するいわゆる清算条項は,和解が有効であることを前提としてこれと一体をなすものであるから,和解が無効である以上清算条項も無効であり,上記被告の主張は採用することができない。

戻る