最新最高裁判例

最高裁判所第二小法廷判決平成21年12月18日

【事案】

1.被上告人の取締役であった上告人が取締役退任に際し支給を受けた退職慰労金について,被上告人が,株主総会の決議が存在しないことなどを理由に,上告人に対し,不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき上記退職慰労金相当額の支払を求める事案。

2.事実関係の概要等

(1) 被上告人は,昭和36年に亡Aによって設立された株式会社であり,同人が発行済株式総数の約99%を保有していたが,平成18年当時は,同人の子である被上告人代表者が発行済株式総数の99.24%を保有していた。

(2) 上告人は,昭和47年9月,被上告人の常勤取締役に就任し,平成17年12月末日,退任した。

(3) 被上告人の取締役会において,昭和48年11月30日,役員の退職慰労金の算定基準等に係る内規を定める旨の決議がされ,平成4年3月31日,これを改定する旨の決議がされた。上記改定後の内規(以下「本件内規」という。)には,退職慰労金の支給は常勤取締役及び常勤監査役に限り,普通退職(任意退職)の場合の退職慰労金の額は退職時の報酬月額に在任期間の年数を乗じた額とする旨の定めがある。

(4) 被上告人においては,退任取締役に対する退職慰労金は,通常は,事前の株主総会の決議を経ることなく,次の手続により支給されていた。

ア.代表取締役は,経理部の担当者に対し,当該取締役に支給すべき退職慰労金の額の算定を指示する。

イ.代表取締役は,経理部の担当者が本件内規に従って算定した退職慰労金の額を確認し,その支給について決裁する。

ウ.代表取締役は,上記退職慰労金を当該取締役に送金するよう改めて指示する。

エ.代表取締役は,次期の定時株主総会において,支給済みの退職慰労金の額を退任取締役ごとに明らかにして,計算書類の承認を受ける。

(5) 被上告人代表者は,平成18年2月ころ,上告人に対し,退職慰労金を支給しない意向を告げた。そこで,上告人が,弁護士を通じ,同年3月2日付けの内容証明郵便をもって,本件内規に基づく退職慰労金の支給をするよう催告をしたところ,同月13日,被上告人から,本件内規に従って算定された額である4745万6433円が送金されたが(以下,この送金を「本件送金」といい,本件送金に係る金員を「本件金員」という。),本件送金は,株主総会の決議も,被上告人代表者の決裁も経ずにされたものであり,本件送金後に開催された定時株主総会において承認を受けた計算書類においても,上告人に対して支給された退職慰労金の額は明らかにされていない。

(6) 被上告人は,平成18年10月3日,民事再生手続開始の決定を受けた。
 被上告人は,平成19年2月21日,上告人に対し,同月20日付けの内容証明郵便をもって,本件送金は適法な退職慰労金の支給とは認められないとして,本件金員の返還を求めたが,上告人はこれを拒否した。

(7) 上告人は,本訴において,本件請求は信義則に反し,権利の濫用に当たるなどと主張している(以下,この主張を「信義則違反等の主張」という。)。

3.原審は,上記事実関係の下において,上告人に対し退職慰労金を支給する旨の株主総会の決議等は存在せず,上告人が本件金員の支給を受けたことは,法律上の原因を欠き不当利得になるとした上で,上告人の信義則違反等の主張について,次のとおり判断して,被上告人の請求を認容すべきものとした。
 被上告人代表者が,上告人に対し,本件内規に基づく退職慰労金の支給をする旨の意思表示をしたとの事実を認めるに足りる的確な証拠はないし,被上告人は,法の定める手続にのっとって設立された株式会社であり,民事再生手続開始の決定を受けているところ,被上告人の現役員及び元役員を除く再生債権者等との関係を考えれば,本件請求が信義則に反し,権利の濫用に当たるとはいい難い。

【判旨】

 信義則違反等の主張に係る原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 上告人に対し退職慰労金を支給する旨の株主総会の決議等が存在しない以上は,上告人には退職慰労金請求権が発生しておらず,上告人が本件金員の支給を受けたことが不当利得になることは否定し難いところである。しかし,被上告人においては,従前から,退任取締役に対する退職慰労金は,通常は,事前の株主総会の決議を経ることなく,上記2(4)記載の支給手続によって支給されており,発行済株式総数の99%以上を保有する代表者が決裁することによって,株主総会の決議に代えてきたというのである。そして,上告人が,弁護士を通じ,平成18年3月2日付けの内容証明郵便をもって,本件内規に基づく退職慰労金の支給をするよう催告をしたところ,その約10日後に本件金員が送金され,被上告人においてその返還を明確に求めたのは,本件送金後1年近く経過した平成19年2月21日であったというのであるから,上告人が,本件送金の担当者と通謀していたというのであればともかく,本件送金について被上告人代表者の決裁を経たものと信じたとしても無理からぬものがある。また,被上告人代表者が,上記催告を受けて本件送金がされたことを,その直後に認識していたとの事実が認められるのであれば,被上告人代表者において本件送金を事実上黙認してきたとの評価を免れない。さらに,上告人は,上告人が従前退職慰労金を支給された退任取締役と同等以上の業績を上げてきたとの事実も主張しており,上記各事実を前提とすれば,上告人に対して退職慰労金を不支給とすべき合理的な理由があるなど特段の事情がない限り,被上告人が上告人に対して本件金員の返還を請求することは,信義則に反し,権利の濫用として許されないというべきである。このことは,被上告人代表者が,上告人に対し,本件内規に基づく退職慰労金を支給する旨の意思表示をしたと認めるに足りず,被上告人が民事再生手続開始の決定を受けているとしても,異なるものではない。
 そうすると,上記催告を受けて本件金員が送金されたことについての被上告人代表者の認識や上告人の業績等の事実について審理判断せず,上記特段の事情の有無についても審理判断しないまま,被上告人代表者が本件内規に基づく退職慰労金を支給する旨の意思表示をしたと認めるに足りず,被上告人が民事再生手続開始の決定を受けていることのみを説示して,本件請求が信義則に反せず,権利の濫用に当たらないとした原審の判断には,審理不尽の結果,法令の適用を誤った違法があるといわざるを得ず,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,信義則違反等の主張の当否について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

【竹内行夫反対意見】

 私は,本件不当利得返還請求は信義則に反せず,権利の濫用に当たらないとした原審の判断は,結論において是認することができ,本件上告を棄却すべきものと考える。その理由は,次のとおりである。

1.会社法361条1項は,取締役の報酬等の額等については,定款に定めのないときは,株主総会の決議によって定めるとしている。同項にいう「報酬等」には退職慰労金も含むものと解され,定款に退職慰労金に関する定めのない場合,退職慰労金請求権は,株主総会の決議によって初めて発生する(最高裁昭和53年(オ)第1299号同56年5月11日第二小法廷判決・裁判集民事133号1頁,最高裁平成11年(受)第948号同15年2月21日第二小法廷判決・金融法務事情1681号31頁参照)。
 原審の確定した事実関係等によれば,被上告人においては,退任取締役に対する退職慰労金は,通常は,株主総会の決議に代えて,発行済株式総数の99%以上を保有する被上告人代表者が決裁することによって支給してきたところ,本件送金は,株主総会の決議はもとより,内規に従った被上告人代表者の決裁も経ずにされたというのである。そうすると,上告人には退職慰労金請求権は発生せず,本件送金は法律上の原因を欠くものであって,被上告人は上告人に対して不当利得返還請求権を有することは明らかである。そして,本件不当利得返還請求が信義則に反し,あるいは権利の濫用に当たるというべき事情は見当たらない。

2.これに対し,多数意見は,上告人が本件金員の支給を受けたことが不当利得になることを認めた上で,被上告人が上告人に対し不当利得返還請求権を行使することは,信義則に反し,権利の濫用として許されないとする余地を認める。
 信義則や権利の濫用といった一般条項を適用するに当たっては,法的安定性や法の適用に関する予測可能性を確保するという見地から,既存の法規範の規律やその趣旨に対し十分配慮することが求められるべきものであって,その適用範囲については,事案の個別事情を精査,吟味し,慎重に画する必要がある。さもなければ,既存の法規範の存在意義が薄れてしまう結果をもたらしかねない。ところが,多数意見は,以下のような十分とはいえない事実を根拠として被上告人の不当利得返還請求権の行使を排斥する余地を認めることによって,結果的に,退職慰労金請求権を有しないはずの上告人に対し,株主総会の決議はもとより被上告人代表者の決裁も経ないまま,たやすく退職慰労金を取得させることを認めるものといわざるを得ない。そうだとすると,多数意見は,会社法361条1項の趣旨を没却するに等しく,前記各判例にも実質的に抵触するものであるから,これに賛同することはできない。

(1) まず,多数意見は,上告人が本件送金について被上告人代表者の決裁を経たものと信じたとしても無理からぬものがあるという。しかしながら,仮にそのような事実が認められるとしても,それは上告人が不当利得の善意の受益者であることをいうにすぎない。善意の受益者であっても,法律上の原因を欠く利得を返還する義務を負うのが原則であることからすると,善意の受益者であるという事実が不当利得返還請求権の行使を排斥する余地を認める根拠になるとは考え難い。仮に上告人がそのように信じており,かつ,そのような認識を有するに至ったのが被上告人代表者の言動に起因するものであったという事実があれば格別,原審は,そのような事実を認定していないのである。そうすると,仮に上告人が被上告人代表者の決裁を経て本件送金がされたものと信じていたとしても,それは上告人の一方的な思い込みにすぎず,これをもって本件不当利得返還請求を排斥する根拠とすることはできない。
 多数意見は,被上告人が不当利得返還請求権の行使を1年近く怠っていたことを問題とするが,そのことにより,消滅時効が完成するわけではないことは当然であるし,また,不当利得返還請求権はもはや行使されないものと上告人において信ずべき正当な事由が生じたため権利の失効はやむを得ないといえるほど長期間にわたって,その行使を被上告人が怠っていたわけでもない。
 そもそも,原審の確定した事実関係等によれば,被上告人代表者は,上告人から催告される前に,上告人に対し,退職慰労金を支給しない意向を告げていたところである。また,記録によれば,本件送金は,上告人と同じ支店に常駐し,上告人の退職慰労金について本社経理担当者との間の仲介をし,これを支給するようにと被上告人代表者に掛け合っていた経理部長が,それまで退任取締役に対する退職慰労金の支給手続には一度も関与したことがなかったにもかかわらず,本件に限って,被上告人代表者の決裁を求めることもしないまま,わざわざ同支店の取引先である金融機関に自ら赴いてその手続を執るという異例な形で行われたことがうかがわれる。上告人は被上告人において長年にわたり役員を務めていて,退任取締役に対する退職慰労金は,被上告人代表者の決裁を経たうえで,被上告人の東京本社の取引先である金融機関から送金されていたなどの通常の内部手続についての事情にも精通していたはずであり,その上告人が,上記のような異例な形で行われた本件送金が被上告人代表者の決裁を経たものであると信じたとは考え難い。

(2) また,多数意見は,被上告人代表者が,本件送金がされたことをその直後に認識していたとの事実が認められるのであれば,本件送金を事実上黙認してきたとの評価を免れないという。しかしながら,仮に被上告人代表者において本件送金が行われたとの事実をその直後に知っていたとしても,そのような事実を認識することとそれを黙認することとは全く別である。前記のように,被上告人代表者は,上告人から催告される前に,上告人に対し,退職慰労金を支給しない意向を告げていたことに加え,記録によれば,被上告人代表者は,本件送金の1週間後に上告人と面談し本件金員の返還を求めた旨供述しているのであって,この事実が認められることとなれば,なおのこと上記のような評価をすることは困難となる。

(3) さらに,多数意見は,上告人が従前退職慰労金を支給された退任取締役と同等以上の業績を上げてきた事実を,信義則違反等の評価を根拠づける事情の一つとして挙げる。長年勤務し業績を上げてきた退任取締役に対しては退職慰労金を支給すべきであるという心情は理解できないではないが,会社の経営状況等によっては多大の業績を上げた退任取締役に対しても退職慰労金が支給されないことがある。多数意見の立場は,業績を上げてきた退任取締役に対しては,株主総会の決議等がなくとも業績によっては退職慰労金を取得させる余地を認めるべきであるというに等しいものと解され,その趣旨において,会社法361条1項や前記各判例と抵触することは避けられない。

3.以上の次第であるから,本件不当利得返還請求は信義則に反せず,権利の濫用に当たらないとして,被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は理由がなく,本件上告を棄却すべきである。

 

最高裁判所第二小法廷判決平成21年12月18日

【事案】

1.プラズマディスプレイパネル(以下「PDP」という。)の製造を業とする株式会社である上告人の工場で平成16年1月からPDP製造の封着工程に従事し,遅くとも同17年8月以降は上告人に直接雇用されて同月から同18年1月末まで不良PDPのリペア作業(端子に付着した異物を除去して不良PDPを再生利用可能にする作業)に従事していた被上告人が,上告人による被上告人の解雇及びリペア作業への配置転換命令は無効であると主張して,上告人に対し,雇用契約上の権利を有することの確認,賃金の支払,リペア作業に就労する義務のないことの確認,不法行為に基づく損害賠償を請求している事案。

2.事実関係等の概要

(1) 上告人は,A(本件当時の商号はB)ほか1社の出資による会社であり,平成16年1月当時,その製造ラインでは,上記2社から出向してきた上告人の従業員と,上告人から業務委託を受けたC(以下「C」という。)等に雇用されていた者とが作業に従事していた。
 Cは,家庭用電気機械器具の製造業務の請負等を目的としており,同社が同14年4月1日以降に上告人との間で締結していた業務委託基本契約によれば,上告人が生産1台につき定められた業務委託料をCに支払い,Cが上告人から設備,事務所等を賃借して,自社の従業員を作業に従事させるものとされていた。なお,上告人とCとの間に資本関係や人的関係があるとか,Cの取引先が上告人に限られているとか,Cによる被上告人の採用面接に上告人の従業員が立ち会ったなどの事情は認められない。

(2) 被上告人は,平成16年1月20日,Cとの間で,契約期間を2か月(更新あり),賃金を時給1350円,就業場所を上告人茨木工場(以下「本件工場」という。)などとする雇用契約を締結した。被上告人は,同日から,本件工場において,上告人の従業員の指示を受けて,PDPの製造業務のうちデバイス部門の封着工程に従事することになった。被上告人とCとの間の契約は,2か月ごとに更新され,被上告人は,同17年7月20日までCから給与等を支給された。
 本件工場にはCの正社員も常駐していたが,封着工程においては,班長と呼ばれる工程管理者とこれを補佐する現場リーダーとはいずれも上告人の従業員であって,クリーンルームから送られてきたPDPの内部に放電ガスを封じ込め,これを次の排気工程へと送る作業を,上告人及びCほか1社の各従業員が混在して共同で行っていた。被上告人は,封着工程での作業について上告人の従業員から直接指示を受け,Cの正社員による指示は受けていなかった。
 被上告人は,休日出勤について,Cの正社員から指示を受けることもあったが,上告人の従業員から直接指示を受けることもあった。また,被上告人らの休憩時間は上告人の従業員が指示した。

(3) 被上告人は,平成17年4月27日,その就業状態が労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)等に違反しているとして,上告人に対し直接雇用を申し入れたが,回答が得られず,同年5月11日,D(以下「本件組合」という。)に加入した。本件組合は,同月19日付け及び同月20日付け各書面により,被上告人が上告人を派遣先とする派遣労働者として1年を超えて製造ラインの業務に従事しており,上告人に労働者派遣法40条の4に基づく直接雇用の申込み義務が発生していると主張し,上告人に対し,被上告人への直接雇用申込みを行うよう団体交渉を申し入れた。上告人は,当初,被上告人との間には雇用関係がないので団体交渉には応じないという姿勢であったが,同月24日,協議自体には応じることとし,その旨回答した。

(4) 被上告人は,平成17年5月26日,大阪労働局に対し,本件工場における勤務実態は業務請負ではなく労働者派遣であり,職業安定法44条,労働者派遣法に違反する行為である旨申告した。上告人は,同年6月1日,同局による調査を受け,同年7月4日,同局から,Cとの業務委託契約は労働者派遣契約に該当し,労働者派遣法24条の2,26条違反の事実があると認定され,上記契約を解消して労働者派遣契約に切り替えるようにとの是正指導を受けた。このため,上告人は,封着工程を含むデバイス部門における請負契約を労働者派遣契約に切り替えることを柱とする改善計画を策定した。これに伴い,Cが同月20日限りでデバイス部門から撤退する一方,上告人は,他社との間で労働者派遣契約を締結し,同月21日から派遣労働者を受け入れ,PDPの製造業務を続けることになった。
 被上告人は,Cの正社員から本件工場の別の部門に移るよう打診されたが,上告人の直接雇用下でデバイス部門の作業を続けたいと考え,同月20日限りでCを退職した。

(5) 被上告人及び本件組合と上告人との間の協議は平成17年6月7日に開始された。本件組合は,上告人が被上告人を直接雇用することを申し入れた。上告人は,同年8月2日,被上告人との雇用契約の条件として,契約期間を同月から同18年1月31日まで(契約更新はしない。ただし,同年3月31日を限度としての更新はあり得る。),業務内容を「PDPパネル製造−リペア作業及び準備作業などの諸業務」と記載した労働条件通知書を被上告人側に交付した。上告人が雇用期間を限定した理由は,上告人が専属の従業員を直接雇用する体制になっておらず,遅くとも同年3月末までには生産体制を適法な請負による作業に切り替えることができると認識していたからであり,本件組合も上告人の上記認識は承知していた。
 また,賃金は上記通知書では空欄であったが,上告人側が口頭で時給1400円を提示したところ,本件組合から,有期雇用としては安いので例えば1600円にならないかとの趣旨の発言があった。
 被上告人と本件組合とは,被上告人がCとの契約関係を解消して収入のない状況であり,従前の交渉の経緯からもこのままでは上告人との雇用契約の締結が困難であると考えた。そこで,被上告人は,上告人に対し,代理人弁護士作成の内容証明郵便において,契約期間及び業務内容について異議をとどめて,当面は,上記通知書記載の業務に就業する旨の通知をした上で,上告人が準備した上記通知書と同旨の雇用契約書(ただし,賃金は時給1600円,雇用期間の始期は同17年8月22日とされていた。以下「本件契約書」という。)に署名押印し,同月19日,これを上告人に交付した。

(6) 被上告人は,平成17年8月22日,上告人に直接雇用された従業員として本件工場に出社し,同月23日から,本件工場内において,不良PDPのリペア作業を一人で担当した。上告人は,同14年3月ころ以降,リペア作業を実施することはなくなっており,不良PDPは廃棄されていた。リペア作業では,ガラスの表面や電極端子間をしゃもじ等で擦る作業を行う過程で静電気が発生し,集じんしやすいため,被上告人の作業場は帯電防止用シートで囲まれていた。

(7) 本件組合は,平成17年8月25日以降,書面により,上告人と被上告人との間の雇用契約を期間の定めのないものとし,被上告人の作業を従前従事していたデバイス部門の封着工程のものとすることを求めて団体交渉を申し入れていたが,上告人は,同年12月28日,同18年1月31日をもって上記雇用契約が終了する旨を通告し,その翌日以降,被上告人の就業を拒否している。なお,上告人は,同年2月以降,残っていたリペア作業について他の従業員に交代で5日間担当させてこれを終え,その後は上記作業を行っていない。

3.原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,被上告人の上告人に対する雇用契約上の権利を有することの確認請求,賃金支払請求,リペア作業に就労する義務のないことの確認請求をいずれも認容し,損害賠償請求を一部認容した。

(1) 上告人とCとの間の契約は,Cが被上告人を上告人の指揮命令を受けて上告人のために労働に従事させる労働者供給契約であり,被上告人とCとの間の契約は,上記目的達成のための契約と認められる。しかるところ,上告人は,これらが派遣型請負又は労働者派遣として適法であることを何ら具体的に主張立証しない。
 また,上記各契約がされた平成16年1月時点では,特定製造業務(物の製造の業務であって厚生労働省令で定めるもの)への労働者派遣及び受入れは一律に禁止されていた。したがって,上記各契約は,脱法的な労働者供給契約として職業安定法44条等に違反し,公の秩序に反するものとしてその締結当初から無効である。

(2) 上告人がその従業員を通じて被上告人に直接指示してその労務の提供を受けていたこと等からすれば,上告人と被上告人との間には当初から事実上の使用従属関係があったものと認められ,また,被上告人がCから給与等の名目で受領する金員は,上告人がCに業務委託料として支払った金員からCの利益等を控除した額を基礎とするものであるから,被上告人が受領する金員の額を実質的に決定していたのは上告人であったといえる。そして,上記各契約が無効であるにもかかわらず継続した上告人と被上告人との間の上記実体関係を法的に根拠付け得るのは両者間の黙示の雇用契約のほかにはなく,その内容は,被上告人とCとの間の契約における労働条件と同様と認められる。また,被上告人は,上告人の従業員によりPDP製造の封着工程に従事するよう指示されてこれに応じているから,上記工程が被上告人の従事する業務として合意されたものと解すべきである。
 そして,平成17年8月22日作成された本件契約書においては,上記黙示の雇用契約におけるのとは異なる労働条件が記載されているが,そのうち契約期間及び業務内容については異議がとどめられたのであるから,本件契約書どおりの期間の定め,更新方法及び業務内容の合意が成立したとはいえず,他方,期間の定めのないこととする合意や業務内容をPDP製造の封着工程に限る旨の合意があったとも認められない。
 したがって,上記各部分については本件契約書作成前の黙示の雇用契約の内容が引き継がれるから,上告人が被上告人にリペア作業への従事を命じたことは配置転換命令に当たる。そして,同命令は,後記(4)のとおりの事情があるから違法無効である。

(3) 上告人と被上告人との間の雇用契約は,平成17年8月22日の本件契約書による合意以降も2か月ごとに更新されたから,上告人が同年12月28日に同18年1月31日の満了をもって被上告人との雇用契約が終了する旨通告したことは,解雇の意思表示に当たる。そして,封着工程の業務が終了したなどの事情は見当たらないから,上告人の被上告人に対する上記意思表示は,解雇権の濫用として無効であり,仮に雇止めの意思表示としても,更新拒絶権の濫用として同様に無効である。したがって,被上告人は,上告人に対し,雇用契約上の権利を有する地位にある。

(4) リペア作業は,上告人にとってその経営上の必要性には疑問があり,むしろ被上告人に従事させるためにあえて設定されたものと推認される上,封着工程での作業に比べ長時間にわたって孤独な作業を強い,相応の肉体的,精神的負担を与えることなどからみて,被上告人が大阪労働局に偽装請負の事実を申告したことに対する報復等の不当な動機によって命じられたものと推認される。したがって,上告人が被上告人に対してした解雇又は雇止めの意思表示に加えて,上告人が被上告人にリペア作業への従事を命じたことも不法行為を構成する。

【判旨】

1.原審の上記3(4)の判断は結論において是認することができるが,同(1)ないし(3)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 請負契約においては,請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが,請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている。よって,請負人による労働者に対する指揮命令がなく,注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には,たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても,これを請負契約と評価することはできない。そして,上記の場合において,注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば,上記3者間の関係は,労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである。そして,このような労働者派遣も,それが労働者派遣である以上は,職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はないものというべきである。
 しかるところ,被上告人は,平成16年1月20日から同17年7月20日までの間,Cと雇用契約を締結し,これを前提としてCから本件工場に派遣され,上告人の従業員から具体的な指揮命令を受けて封着工程における作業に従事していたというのであるから,Cによって上告人に派遣されていた派遣労働者の地位にあったということができる。そして,上告人は,上記派遣が労働者派遣として適法であることを何ら具体的に主張立証しないというのであるから,これは労働者派遣法の規定に違反していたといわざるを得ない。しかしながら,労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質,さらには派遣労働者を保護する必要性等にかんがみれば,仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても,特段の事情のない限り,そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきである。そして,被上告人とCとの間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから,上記の間,両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。

(2) 次に,上告人と被上告人との法律関係についてみると,上告人はCによる被上告人の採用に関与していたとは認められないというのであり,被上告人がCから支給を受けていた給与等の額を上告人が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれず,かえって,Cは,被上告人に本件工場のデバイス部門から他の部門に移るよう打診するなど,配置を含む被上告人の具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったものと認められるのであって,その他の事情を総合しても,平成17年7月20日までの間に上告人と被上告人との間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない。
 したがって,上告人と被上告人との間の雇用契約は,本件契約書が取り交わされた同年8月19日以降に成立したものと認めるほかはない。

(3) 上記雇用契約の契約期間は原則として平成18年1月31日をもって満了するとの合意が成立していたものと認められる。
 しかるところ,期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合,又は,労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合には,当該雇用契約の雇止めは,客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないときには許されない(最高裁昭和45年(オ)第1175号同49年7月22日第一小法廷判決・民集28巻5号927頁最高裁昭和56年(オ)第225号同61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁参照)。
 しかしながら,上告人と被上告人との間の雇用契約は一度も更新されていない上,上記契約の更新を拒絶する旨の上告人の意図はその締結前から被上告人及び本件組合に対しても客観的に明らかにされていたということができる。そうすると,上記契約はあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたとはいえないことはもとより,被上告人においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合にも当たらないものというべきである。
 したがって,上告人による雇止めが許されないと解することはできず,上告人と被上告人との間の雇用契約は,平成18年1月31日をもって終了したものといわざるを得ない。

(4) もっとも,上告人は平成14年3月以降は行っていなかったリペア作業をあえて被上告人のみに行わせたものであり,このことからすれば,大阪労働局への申告に対する報復等の動機によって被上告人にこれを命じたものと推認するのが相当であるとした原審の判断は正当として是認することができる。これに加えて,被上告人の雇止めに至る上告人の行為も,上記申告以降の事態の推移を全体としてみれば上記申告に起因する不利益な取扱いと評価せざるを得ないから,上記行為が被上告人に対する不法行為に当たるとした原審の判断も,結論において是認することができる。

2.以上によれば,上告人と被上告人との間に平成17年8月22日以前からPDP製造の封着工程への従事を内容とする黙示の雇用契約が成立していたものとし,上告人による被上告人に対するリペア作業への従事を命ずる業務命令及び解雇又は雇止めをいずれも無効であるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決のうち損害賠償請求を除く被上告人の各請求を認容すべきものとした部分は破棄を免れない。この点をいう論旨は理由がある。
 そして,第1審判決のうち雇用契約上の権利を有することの確認請求及び賃金支払請求を棄却し,リペア作業に就業する義務のないことの確認を求める訴えを却下した部分は正当であるから,同部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。
 これに対し,上告人に対する損害賠償請求を一部認容すべきものとした原審の判断は是認することができ,この点に関する論旨は理由がないから,原判決のうち損害賠償請求を一部認容すべきものとした部分に関する上告人の上告は棄却すべきである。

【今井功補足意見要旨】

 本件契約書による上告人と被上告人との間の雇用契約は,大阪労働局の是正指導を実現するための措置として行われたものである。そして,被上告人が上告人に直接雇用の要求をし,また,大阪労働局に偽装請負であるとの申告をしてから,本件契約書を作成するに至る事実関係からすると,上告人は,被上告人が,大阪労働局に偽装請負であるとの申告をしたことに対する報復として,被上告人を直接雇用することを認める代わりに,業務上必要のないリペア作業を他の従業員とは隔離した状態で行わせる旨の雇用契約を締結したと見るのが相当である。このことは,労働者派遣法49条の3の趣旨に反する不利益取扱いである。被上告人は,本件組合や弁護士と相談の上,その自由意思に基づき本件契約書に署名したとはいうものの,Cとの契約を解消して収入のない状態であり,上告人においても被上告人が収入がなく困窮していた事実を知っていたと認められるのであり,これらの事情を総合すると,上告人が被上告人をリペア作業に従事させたことは,大阪労働局への申告に対する不利益取扱いとして,不法行為を構成する。平成18年1月31日の雇止めについても,これに至る事実関係を全体として見れば,やはり上記申告に対する不利益取扱いといわざるを得ない。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成22年01月19日

【事案】

1.上告人と被上告人との共有に係る不動産から生ずる賃料を被上告人が単独で取得したとして,上告人が被上告人に不当利得返還請求をしたのに対し,被上告人が,上記賃料収入のうち上告人に帰属する部分を含め被上告人の不動産所得に係る収入金額に計上して所得税の確定申告をした結果同税及び市県民税を過大に支払ったことが事務管理に当たるなどとして,事務管理に基づく費用償還請求権との相殺を主張して争う事案。

2.事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 上告人と被上告人は兄弟であり,第1審判決別紙物件目録1記載3〜5の各不動産及び同目録2記載の不動産(以下,併せて「本件各不動産」という。)を,共有持分各2分の1の割合で共有している。

(2) 被上告人は,本件各不動産を第三者に賃貸するなどして管理し,平成元年1月から同18年12月までの間に合計7091万1700円の賃料収入を得た。
 被上告人は,平成元年分〜同18年分の所得税の各確定申告において,上記賃料収入全額を被上告人の不動産所得に係る収入金額として申告をした。

(3) 上記賃料収入の2分の1に当たる3545万5850円は,本件各不動産の共有者である上告人に帰属すべきものであったから,上告人は,被上告人に対し,同額の不当利得返還請求権を取得した。

(4) 他方,被上告人は,本件各不動産に係る固定資産税,修繕費等を支払い,また,父及び母の相続の際に上告人が負担すべき相続税を納付したことなどにより,上告人に対し,事務管理に基づく費用償還請求権等として合計2151万2291円の反対債権を取得した。

(5) 上告人の被上告人に対する不当利得返還請求権の額は,上記(4)の反対債権との相殺の結果,1394万3559円となった。

3.原審は,被上告人が本件各不動産に係る賃料収入のうち上告人に帰属する部分を含めて被上告人の不動産所得に係る収入金額として確定申告した結果過大に支払うこととなった所得税及び市県民税合計230万7800円についても,被上告人は,上告人に対し,事務管理に基づく費用償還請求権を有すると判断して,同請求権と上告人の被上告人に対する不当利得返還請求権との相殺を認め,上告人の請求を1163万5759円の支払を求める限度で認容すべきものとした。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 所得税は,個人の収入金額から必要経費及び所定の控除額を控除して算出される所得金額を課税標準として,個人の所得に対して課される税であり,納税義務者は当該個人である。本来他人に帰属すべき収入を自己の収入として所得金額を計算したため税額を過大に申告した場合であっても,それにより当該他人が過大に申告された分の所得税の納税義務を負うわけではなく,申告をした者が申告に係る所得税額全額について納税義務を負うことになる。また,過大な申告をした者が申告に係る所得税を全額納付したとしても,これによって当該他人が本来負うべき納税義務が消滅するものではない。
 したがって,共有者の1人が共有不動産から生ずる賃料を全額自己の収入として不動産所得の金額を計算し,納付すべき所得税の額を過大に申告してこれを納付したとしても,過大に納付した分を含め,所得税の申告納付は自己の事務であるから,他人のために事務を管理したということはできず,事務管理は成立しないと解すべきである。このことは,市県民税についても同様である。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,前記事実関係の下においては,上告人の請求を1394万3559円の限度で認容した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴は棄却すべきである。

戻る