最新下級審裁判例

富山地裁刑事部決定平成21年07月14日

【事案】

1.本件証拠開示命令請求の趣旨

 検察官が,弁護人に対し,司法警察員Aが被告人に対する取調べ時に作成した取調べメモ,ノート,手控え等備忘録のすべてを開示するよう命じる決定を求める。

2.本件証拠開示命令請求の理由(要旨)

(1) 上記取調べメモ等備忘録(以下,「本件取調べメモ」という。)は,証拠開示の対象となる証拠に該当する。主に被告人の取調べに当たった司法警察員A(以下,「取調官」という。)が異動に際して本件取調べメモを廃棄し,存在しないという検察官の主張は,本件をめぐる手続の経過等に照らして信用することができず,本件取調べメモは現に保管されていると推認される。

(2) 弁護人は,被告人の自白は取調べの経過に照らして信用できないと主張する予定である。すなわち,@被告人があいまいな供述しかすることができず,その内容には客観証拠との間で矛盾が多くあったこと,A取調官は,被告人の供述を正そうとして,取調べが長時間多数回に及んだこと,B被告人の供述には変遷,訂正が多く存在するところ,これは,取調官の誘導により虚偽の供述をしたことが原因であることなどに照らせば,被告人の自白には信用性がない。本件取調べメモは,上記予定主張と高い関連性があり,防御の準備のために必要である上,その開示により弊害が生じるものではない(なお,検察官,弁護人双方より,被告人の取調べ状況に関して,取調官の証人尋問請求がされている。)。

3.検察官の意見(要旨)

 本件に関する備忘録は存在しないから,本件証拠開示命令請求には理由がない。取調官は,本件に関する被告人の取調べ及び供述録取に当たり,私費で購入した大学ノートに被告人の供述内容等を記載したが(本件備忘録),平成21年3月23日ころ,異動の内示を受けてこれを廃棄した。

【判旨】

 いわゆる取調べメモなど取調べ状況に関する記載のある書面は,それが捜査の過程で作成され,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官が容易に入手し得るものである限り,犯罪捜査規範13 条にいう備忘録として証拠開示の対象となる場合がある(最高裁判所第三小法廷平成19年12月25日決定等)。本件では,弁護人の予定主張との関連性のほか,現段階で,取調官の証人尋問請求が実施される予定であることにもかんがみると,同取調官作成に係る本件取調べメモのうち,本件に関連する記載部分の開示は,弁護人の防御の準備に必要であり,かつ,それにより弊害が生じることが想定し難いものであって,相当と認められる。
 しかしながら,検察官は,取調官に対する照会の結果,上記取調べメモは廃棄済みで,現存しないと回答しており,これに疑いを差し挟む余地は乏しい。検察官やその照会を受けた取調官は,その職責や立場を十分認識しながらこのような回答をしたものであろうから,その真実性に疑念を抱かせるような具体的事情がない限り,本件証拠開示命令請求の判断に当たっては,本件取調べメモは存在しないことを前提とせざるを得ない(もっとも,取調官が本件取調べメモを廃棄したことの当否や,そのことが訴訟手続全体においてもつ意味は別論である。すなわち,本件は,遅くとも平成21 年2 月12 日ころまでに,被告人が犯行を否認し,弁護人もこれに沿って事実関係を争うという見通しが明らかになり,公判前整理手続に付されることがほぼ間違いない状況にあった。そうすると,捜査機関は,本件取調べメモの保全に努める必要があったというべきであり,これを怠ったことは,犯罪捜査規範13条の趣旨や,取調べメモ等の証拠開示に関する累次の最高裁決定等の趣旨を軽んじるもので,直ちに容認し得るものとは思われない。)。

 

仙台高裁秋田支部決定平成18年08月30日

【事案】

 被告人が,平成17年10月30日施行のA市長選挙に立候補した者の当選を得しめる目的をもって,Bほか1名の選挙人に対し,合計4回にわたり,投票等を依頼して現金合計4万円を供与したという公職選挙法違反(買収,事前運動)の事件について,弁護人らが主張を予定する事実(刑訴法316条の17第1項)である捜査官による不当な取調べによりBらが虚偽の自白をした事実と本件捜査の端緒を記載した書面との関連性,開示の必要性(刑訴法316条の20第1項)につき,客観的証拠の乏しいこの種犯罪では,取調官の推論に依拠して取調べが行われる余地が大きいのであるから,どのような捜査の端緒を得て取調べが行われたのかは,取調状況の態様を推認させるものであることは明らかであり,本件捜査の端緒を記載した書面は,関係者の供述の信用性を左右する取調状況の態様を推認させるものとして,弁護人らの主張する事実との関連性も開示の必要性も非常に高いことを理由に、同書面の開示命令を求める事案。

【判旨】

 一般論としては,客観的証拠に乏しい事件については,関係者の供述が重要な証拠となる可能性が高く,捜査官が誘導,誤導により関係者から誤った供述を引き出してしまう可能性も存在する。また,本件のような選挙における買収の事案では,利益供与を受けた側の関係者にも犯罪が成立し得ること(公職選挙法221条1項4号)から,捜査官が関係者の取調べにおいて強要,利益供与等を行い,誤った供述を引き出す可能性も存在する。
 しかし,このような可能性は,客観的証拠が乏しく,捜査官が関係者の供述を得ようとして無理な取調べをすることそれ自体によって生じるのであり,捜査の端緒となった情報(情報提供者の提供した情報に基づいて本件の捜査が開始されたことは,検察官Fの平成18年8月18日付け「意見」の別紙第1の4項に,本件においても情報提供者が存在し,その者が報復を恐れて秘密の保持の徹底を望んでいる旨記載されていることからもうかがわれる。)が政治的意図をもって流された誤った情報であるか,客観的に正しい情報であるかによって左右されるものではないと考えられる(捜査の端緒となった情報が正しい情報であったとしても,それに合う供述を関係者から得ようとする余り,時として捜査官が無理な取調べに走る可能性があるということは,その情報が誤った情報である場合と基本的に異なるものではない。)。したがって,捜査の端緒となった情報がどのような内容であるかによって,取調状況の態様が推認されるとする所論は採用し難い。
 結局,弁護人らが主張するような不当な取調べによりBらが虚偽の供述をさせられたか否かについては,供述者であるBら,Bらから受供与事実を打ち明けられた旨の供述をしたとされる家族ら,Bらの取調べを担当した捜査官,さらに,他の関係者も不当な取調べを受けたがそれに耐えて虚偽の供述をしなかったというのであれば,同様の取調べを受けた他の関係者らの供述等によって明らかにするしかないと考えられるのであり,捜査の端緒となった情報の内容によってそれが明らかになるとは考え難い。そもそも,当該情報に合わせるために無理な取調べがされ,Bらが虚偽の供述をさせられたというのが真実であるとすれば,その情報の内容は,本件捜査の端緒を記載した書面を開示させるまでもなく,Bらが供述させられた内容(あるいは,取調べの際にBらが捜査官から示唆された内容)に沿ったものであると考えられるから,本件捜査の端緒を記載した書面が開示されないことにより,被告人の防御に支障が生じるとも考えられない(もっとも,公判審理において,Bらの供述と取調べ警察官の供述とが重要な部分で食い違った場合に,本件捜査の端緒を記載した書面の内容を確認する具体的な必要性が生じるというようなことはあり得るが,このような事態をあらかじめ想定し,これを公判前整理手続内での証拠開示の根拠付けとすることは相当とはいい難い。)。
 そうすると,弁護人らが主張する事実と本件捜査の端緒を記載した書面との関連性は,全くなくはないとしても極めて乏しく,これにつれて同書面の開示を求める必要性も極めて小さいといわざるを得ないから,同書面は刑訴法316条の26第1項の「開示をすべき証拠」に該当しないというべきである。したがって,抗告人らの申立てを棄却した原決定は相当であり,本件抗告には理由がない。

 

大阪高裁第6刑事部決定平成18年09月22日

【事案】

 原決定は,基本事件の期日間整理手続において,弁護人が開示請求した検察官作成の被告人の取調べ状況報告書42通中,すでに開示された部分を除く「被疑者等がその存在及び内容の開示を希望しない旨の意思を表明した被疑者供述調書等(以下「不開示希望調書」という。)の有無及び通数」欄(以下「不開示希望調書欄」という。)の各記載部分(原決定別紙記載のとおり)の各証拠の開示を認めたが,同決定は,刑訴法316条の15第1項8号の規定により開示すべき場合でないのにその判断を誤ってなされた不当な証拠開示決定であるとして,原決定を取り消すとともに,弁護人の上記証拠開示命令請求を棄却する旨の裁判を求める事案。

【判旨】

 各不開示希望調書欄について,被告人の防御の準備のために当該証拠を開示することの必要性の程度(@)並びに当該開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度(A)を考慮し,開示が相当と認められるか否かについて検討すると,@については,弁護人は,被告人の各検察官調書(原審乙第15ないし第19号証,第42ないし第44号証)の証明力を判断するため,身柄拘束中の被告人に係る取調べの客観的状況(日時,場所,調書作成の有無,通数等)を知る必要があり,不開示希望調書欄を含め,開示がなければ,作成された調書の通数その他その取調べの外形的全体像を確認点検できないのであるから,防御の準備のため開示を受ける必要性が認められる。不開示希望調書の有無及び通数は,弁護人が被告人に質せば把握できる可能性が高いことなど,検察官が指摘し,原決定も承認する事情を考慮しても,開示の必要性が失われるものではない。また,検察官は,弁護人の必要性に関する主張は抽象的可能性を述べるのみで,開示の必要性を裏づける具体的主張ではないというが,弁護人は,被告人の特定の供述調書の信用性等を争い,その信用性等判断のために身柄拘束中の被告人に係る取調べの客観的状況を知る必要があると主張しているのであるから,本条(いわゆる類型的証拠開示)の必要性の主張としては十分である。Aについて,検察官は,組織犯罪等では不開示希望をした供述者の保護をはかる必要性は大きく,これが保障できないと,場合によっては供述者の生命,身体に危険が及ぶ深刻な事態も生じかねないが,不開示希望調書がある場合にのみ不開示の扱いをするとすれば,不開示としたことにより不開示希望調書の存在が推認されるから,結局,不開示希望をした供述者の保護を十分にはかることができない,したがって,不開示希望調書制度を維持するためには,原則として,一律に不開示希望調書欄は不開示とすべきであり,これを開示することによる弊害は大きい,と主張する。しかしながら,不開示希望調書制度を維持するためであるとして,本件で検察官が主張する開示による弊害は,事件の具体的事情にかかわらず一般的,抽象的に生じるものである。刑訴法316条の15第1項8号は,取調べ状況の記録に関する準則に基づき作成された取調べ状況報告書(不開示希望調書欄を含む。)について,同条1項の他の証拠と同様に,具体的事案において個別的に開示の相当性を判断すべきものと定めているのであるから,このような弊害をもって,一律に前記法条規定の相当性を失わせる事情と解するのは相当ではない。検察官としては,あくまで具体的事件における不開示を相当とする具体的事情を主張しなければならないというべきであるが,本件においては,これがなされていない。原決定が,開示の対象は法文上被告人に係る取調べ状況報告書に限定されていること,本件において,不開示希望調書制度の直接の保護の対象であるとして検察官の主張する被告人自身が開示を求める意思を有していること,弁護人が被告人の真意によらず開示請求しているとする形跡は全くないこと等に徴して,一般的にも,あるいは本件具体的事案においても,本件証拠開示を認めることの弊害は少ないと説示するところも,おおむね相当として是認できる。
 そうすると,上記の開示の必要性と開示により生じるおそれのある弊害の内容と程度を考慮し,本件証拠の開示を命じた原決定は相当であり,原決定に裁量判断を誤った違法はない。

戻る