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最高裁判所第二小法廷判決平成22年01月29日

【事案】

1.被上告人が上告人に対して保証債務の履行を求めたところ,上告人が,被上告人による保証債務の履行請求は権利の濫用に当たるなどと主張して,これを争う事案。

2.事実関係の概要

(1) A社は,平成4年12月18日に設立され,Bが代表取締役を務める会社であり,建物の内装工事の設計,施工及び請負等を業としている。A社は,平成15年から平成17年にかけて,A社内部の各事業部門の法人化を進め,被上告人(旧商号はC社)のほか,D社(組織変更前の商号はE社),F社,G社,H社を設立した。上記の各社は,いずれも本店所在地がA社と同一であり,F社の代表取締役にIが就任したほかは,いずれもA社の代表取締役であるBがその代表取締役に就任して設立された(以上の各社に後記のJ社を併せた会社の集合体を「A社グループ」という。)。このうち,被上告人は,A社の財務部門が法人化された会社であり,Bが全株式を保有し,A社グループに属する会社やその子会社等への融資業務を行っている。

(2) K社は,Bが代表取締役を務め,Lが関西統括部長等を務めていた会社であり,人材派遣や業務請負を業としていた。K社は,平成16年ころ,同社の支店を別会社として法人化するようになり,同年11月,A社グループに属するD社(代表取締役B,取締役L)が資本金300万円を全額出資することにより,K社の神戸支店を法人化して,M社が設立され,設立時の代表取締役には,Lの指示によりNが就任した。M社のほかにも全国各地において,A社と関連する多くの支店等が法人化された。

(3)ア.M社は,A社との間で,同社に対し軽作業請負業務上の経営顧問全般を依頼することなどを内容とする経営顧問契約を締結し,さらに,D社が全額出資することにより平成17年1月4日に設立されたJ社(代表取締役L)との間でも,同社に対し軽作業請負業務上の経営顧問全般を依頼することなどを内容とする経営顧問契約を締結した。これらの経営顧問契約によれば,M社は,A社に対して1か月25万円の,J社に対して1か月10万円の顧問料を支払うものとされている一方で,M社に将来損失や損害が発生してもA社ないしJ社は一切の責任を負わないものとされていた。M社は,このほかにも,A社グループに属するD社との間で,経理業務,人事労務その他管理業務を委託する内容の管理業務委託契約を,G社との間でコンサルティング委託契約を,H社との間でH社手配管理システム利用契約をそれぞれ締結した。
 M社の第1期事業年度(平成16年11月1日〜平成17年9月30日)の損益計算書によれば,売上高7154万1944円のうち,少なくとも4750万4297円が,A社グループに属する会社に対する支払に充てられる状況の下で,営業損益については512万3798円の,経常損益については560万5529円の欠損を生じた。

イ.また,M社の代表者印,銀行届出印及び預金通帳は,いずれもA社グループに属するF社において保管されており,M社名義の預金口座に係る入出金,登録スタッフへの給与や費用の支払,A社グループに属する会社に対する顧問料の支払等も,F社が行っていた。

ウ.M社は,BあるいはLから,当期予算の事前提出を指示され,売上げや利益についても具体的な目標を設定され,予算の達成率や売上げ等の報告や資料の提出を求められ,資料の提出に応じないと資金移動を止めるなどの警告を受けることがあったほか,メールなどにより,個々の業務に関する指示を受けることもあった。

(4) 上告人(昭和55年9月22日生)は,平成15年6月ころ,K社の神戸支店にアルバイトとして勤務するようになり,平成16年11月に,M社が設立された際には,その正社員となり,営業部長の肩書を与えられた。M社は,設立当時,上告人を含め実働3名で業務が行われており,その中では上告人が中心的な立場にあったが,上告人の勤務場所や勤務実態等は,同社の設立前と変化はなかった。

(5) Lは,平成17年1月ころ,上告人から,M社の資金繰り表の提出を受け,近い将来同社の資金がショートする旨の報告を受けていたにもかかわらず,同月末ころ,同社の経営が成り立っていくかどうか等を含め不安も強かった上告人に対し,同社の代表取締役に就任するよう強く働きかけ,上告人は,同年3月1日付けで同社の代表取締役に就任した。

(6) M社は,平成17年4月末ころ,資金繰りに追われるようになり,上告人が,Lに資金繰りの相談をしたところ,Lから,被上告人から借入れをし,上告人がその保証人になるよう指示を受けた。そこで,上告人は,平成17年5月2日,被上告人との間で,M社の代表者として,M社が被上告人から400万円を,利息の利率を年18%,遅延損害金の利率を年25%とし,同月以降平成18年2月まで各月末日限り,元金の分割弁済として40万円及び経過利息の合計額を支払うなどの約定で借り入れる旨の金銭消費貸借契約を締結するとともに,上告人が上記借入れに係る借入金債務を連帯保証する旨の保証契約(以下「本件保証契約」という。)を締結した。
 被上告人は,F社が管理するM社名義の預金口座に上記400万円を入金し,この400万円は,F社によってM社の負担する債務の支払に充てられた。

(7) 上告人は,弁護士会に相談に赴いて弁護士に依頼してM社の代表取締役を辞任したい旨の平成17年5月6日付け通知書を送付し,同年6月15日にも同様の通知書を送付し,同月中には出社しなくなった。その後,LがM社の代表取締役に就任したが,同社は,同年11月ころ,事業を停止した。

3.原審は,M社とA社グループに属する上記各会社との関係,上告人がM社の代表取締役に就任した経緯や本件保証契約を締結した経緯等を検討しても,被上告人による保証債務の履行請求が権利の濫用に当たるといえるほどの事情は認められないなどとして,上告人の主張を排斥し,被上告人の請求を全部認容した。

【判旨】

1.原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 M社は,Bが代表取締役を,Lが関西統括部長等を務めていたK社の神戸支店を法人化した会社であり,その資本金はA社グループに属するD社が全額を出資して設立されたものであって,その設立後においては,A社を初めとするA社グループに属する各社との間で,経営顧問契約等の各種契約を締結し,顧問料の支払を行うなどして,第1期事業年度には,その支払総額がM社の売上高に占める割合は約66%にも上っていたというのである。しかも,上記経営顧問契約に基づき経営顧問全般の依頼を受けたA社やJ社は,M社に将来損失や損害が発生しても,一切責任を負わないことが約されていたことや,M社の代表者印,銀行届出印及び預金通帳がA社グループに属するF社によって管理され,M社名義の預金口座に係る入出金や同社の費用等の支払もF社によって行われるなど,M社の資金がF社に掌握されていたことをも考慮すると,上記のような資本関係や人的関係等を背景として,A社を初めとするA社グループに属する各社が上記各契約に基づきM社の売上げから顧問料等の名目により確実に収入を得ることができる体制が周到に築かれていたということができる。
 そして,M社は,上記のようにして,F社に資金を掌握されていただけでなく,BあるいはLから,予算の事前提出を指示され,売上げや利益についても具体的な目標を設定され,予算の達成率や売上げ等の報告や資料の提出も求められるほか,個々の業務に関しても相当強力な指示を受けており,これらのことからすれば,M社の業務遂行に関し,その代表取締役にはほとんど裁量の余地はなく,資金繰りを含めその経営の判断は,BやLに依存し,その指示に従わざるを得ない経営体制にあったということができる。他方,上告人は,23歳のときに,A社の代表取締役であるBが代表取締役を務めるK社の神戸支店にアルバイトとして勤務するようになったが,同支店が独立する形でM社が設立された際に,同社の正社員となり,その後わずか数か月後に,Lの働きかけにより同社の代表取締役に就任したもので,同社の設立の前後を通じてその勤務場所や勤務実態等に格別の変化はなかったというのであり,代表取締役に就任したとはいえ,上記経営体制の下にあっては,単なる従業員とほとんど異ならない立場にあったとみることができる。しかるに,Lは,近い将来M社の資金繰りが行き詰まるおそれがあることを認識しながら,上告人に対し,同社の代表取締役に就任するよう強く働きかけた上,上告人の代表取締役就任後間もなくして同社の資金繰りが行き詰まるや,上告人に対し,Bが代表取締役を務め,その全株式を保有する被上告人から融資を受け,上告人においてこの融資に係る債務を保証するよう指示したというのである。
 そして,被上告人は,M社がA社グループの関連会社であるにもかかわらず,利息制限法所定の制限利率を上回る高利で金員を貸し付け,これを上告人に保証させているところ,M社の上記経営体制の下にあっては,上告人がこれを拒むことは事実上困難であったというほかなく,上告人が,本件保証契約を締結した直後に弁護士に相談し,代表取締役を辞任したい旨の通知を送付しているのも,上記のような事態に困惑してのことであるとみることができる。
 以上に説示したところを総合すると,被上告人の上告人に対する保証債務の履行請求は,M社が既に事業を停止している状況の下において,A社グループに属する各社がM社の事業活動から経営顧問契約等の各種契約に基づき顧問料等の名目で確実に収入を得ていた一方で,わずかの期間同社の代表取締役に就任したとはいえ,経営に関する裁量をほとんど与えられていない経営体制の下で,経験も浅く若年の単なる従業員に等しい立場にあった上告人だけに,同社の事業活動による損失の負担を求めるものといわざるを得ず,上告人が同社の代表取締役に就任した当時の同社の経営状況,就任の経緯,被上告人の同社に対する金員貸付けの条件,上告人は本件保証契約の締結を拒むことが事実上困難な立場にあったことなどをも考慮すると,権利の濫用に当たり許されないものというべきである。原審が認定する他の事実を考慮しても,この判断は左右されない。

2.以上と異なる原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。

【竹内行夫補足意見】

 私は,被上告人の上告人に対する保証債務の履行請求が権利の濫用に当たるとする法廷意見に賛同するものであるが,本件事案にかんがみ,以下のとおり補足意見を述べる。
 M社は,A社グループに属する会社との間で各種の契約を締結することにより,経営についての助言や顧客の紹介を受けることができるほか,人材派遣業務に有益なコンピューターシステムや入出金業務等を定型化した会計システムの利用をすることなどができることになる。また,A社グループの関連会社であるM社は,同グループに属する被上告人から運転資金のつなぎ融資を受けることも可能になる。このようなビジネスシステムは,M社の代表者に経営上の裁量が与えられ,同社が上記グループに属する会社に支払うべき上記各システム等の利用の対価やつなぎ融資に係る利息の定めが合理的なものであったならば,M社の業務(軽作業等の業務請負)の遂行に役立つばかりでなく,経理等の管理事務の合理化・効率化,ひいては,経費の節減にもつながるものであって,このシステム自体を不当なものであると考えるべきではない。したがって,このシステムの不当性を前提として,被上告人の上告人に対する保証債務の履行請求が権利の濫用に当たるということはできない。
 しかし,本件については,上告人は,M社の代表者であるとはいっても,経営に関する裁量がほとんど与えられておらず,経験も浅く若年の単なる従業員に等しい立場にあったのであり,被上告人の上告人に対する保証債務の履行請求を認めることは,このような立場にあった上告人だけに同社の事業活動による損失の負担を求めるものといわざるを得ない上,上告人において,上記貸付けに係る借入金債務を連帯保証することを拒否すること自体困難な立場にあったこと,M社がA社グループの関連会社であるにもかかわらず,同グループに属する被上告人が,利息制限法所定の制限利率を上回る高利による金員の貸付けまで行っていることなど法廷意見が指摘する諸事情にかんがみれば,上記保証債務の履行請求が権利の濫用に当たるということもやむを得ないところである。

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