最新下級審裁判例

前橋地裁決定平成20年03月17日

【判旨】

 被告人の供述を録取した書面であるが被告人が署名指印を拒否したものは,刑訴法316条の15第1項7号にいう「被告人の供述録取書等」には当たらない(刑訴法316条の14第2号において,「供述録取書等」とは,「供述書,供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの又は映像若しくは音声を記録することができる記録媒体であって供述を記録したもの」とされている。)。

 

さいたま地裁決定平成20年03月17日

【判旨】

 検察官が作成した被告人の取調メモ及び取調ノートが,刑訴法316条の15第1項7号又は8号の類型証拠に該当するか否かについて検討すると,まず,上記7号の被告人の「供述録取書等」とは,刑訴法316条の14第2号で「供述書,供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの又は映像若しくは音声を記録することができる記録媒体であって供述を記録したものをいう」と定義されており,上記取調メモ及び取調ノートがそれに該当しないことは明らかである。
 次に,上記8号の「取調べ状況の記録に関する準則に基づき,検察官が職務上作成することを義務付けられている書面であって,身体の拘束を受けている者の取調べに関し,その年月日,時間,場所その他の取調べの状況を記録したもの」については,「取調べ状況の記録等に関する訓令」(平成15年11月5日法務大臣訓令)に定められた「取調べ状況等報告書」がそれに当たると解されるところ,検察官が作成した被告人の取調メモ及び取調ノートは,「取調べ状況等報告書」とは別異のもので,その作成を義務付ける準則も他に存しないから,結局,上記8号には該当しないというべきである。

 

広島地裁決定平成20年03月26日

【事案】

1.弁護人が,本件で被告人の供述調書の任意性等を争う予定であるところ,その主張との関連性及び証明力が高く,被告人の防御の準備のため開示の必要性があり,かつ,開示による弊害のない,取調警察官作成の備忘録を検察官が開示しないとして,当該備忘録の開示命令を求める事案。

2.本件の経緯

(1) 弁護人は,平成19年11月20日付けの「被告人側の本件に関して予定する認否及び主張並びに検察官証拠請求に対する意見及び証拠開示の請求等」で,殺意の有無を争う旨明らかにするとともに,乙号証の一部を不同意とし,平成19年12月10日の第2回公判前整理手続期日で,各不同意部分の各供述は,被告人の知識不足,理解不足に乗じて捜査官にとって都合の良い供述が引き出された疑いがあるから,任意性及び信用性を争うと主張した。

(2) 弁護人は,平成19年12月27日付け「被告人側の本件に関する主張及び請求等の補足」で,被告人の供述調書の任意性を疑わせる事情として,

ア.弁護人は,被疑者段階から被告人と接見を重ねたが,被告人が,そのいずれにおいても,本件の殺意を否認し,捜査官に対しても同様の供述をしていると述べている,

イ.被告人の供述調書の不同意部分中には,刺しどころが悪ければ死ぬかもしれないと「認識」していましたなどと,被告人の素養からしておよそ使用されるはずのない極めて法律的な用語が記載されている,

ウ.「警察に逮捕された後も,被害者に掴まれた腕に痛みが残っていました」などという記載があるが,これは,その状況を考慮すると極めて不自然な記載である

ことなどを指摘して,これらは捜査官の意図的な作文の疑いがあり,作成された調書の記載事実の持つ意味を深く認識するほどの知識経験に乏しい被告人が,捜査官のいわれるままに迎合的に署名指印した疑いがあると主張した。
 また,弁護人は,この書面で,被告人供述の任意性等を争う防御上の準備のため必要であるとして,取調警察官が被告人の取調べの際に書き留めたはずの備忘録一切について証拠開示の請求を行った。この請求について,弁護人は,後の第3回公判前整理手続期日で主張関連証拠開示請求の趣旨であると釈明した。

(3) 検察官は,平成20年1月18日の第4回公判前整理手続期日で,前記(2)の証拠開示請求について,弁護人が任意性に関する主張を明示していないので応じられないと回答した。

(4) 弁護人は,平成20年1月25日,刑訴法316条の26第1項に基いて,本件申立てを行った。

(5) 弁護人は,平成20年2月26日の第6回公判前整理手続期日で,任意性及び信用性を疑わせる事情として,被告人の取調べ状況に関する具体的な主張を問う裁判長の求釈明に対し,「被告人が捜査官から,おまえの言うようなことを言っとったら話がこれ以上先に進まないやないか,こういうことではないのかとたたみかけるように言われ,話が進まない進まないということで調書を次々と作成され,よく意味がわからないまま署名指印した疑いがあるという意味である」と述べた。

(6) 検察官は,平成20年3月4日,当裁判所の上記備忘録の提示命令を前提とした求意見に対する回答及び平成20年3月10日付け意見書(補充)で,取調警察官が,犯罪捜査規範13条の規定に基づき,被告人の取調べについてその供述内容や取調べの状況を記録した備忘録であって,捜査機関において保管中のものは存在しない,取調警察官が専ら自己が使用するために作成したもので,他に見せたり提出することを全く想定していないもの以外の備忘録は存在しない,などとして,開示には応じられないと述べた。
 さらに,裁判所からの,当該警察官は犯罪捜査規範13条に基づいて備忘録を作成していないという趣旨かという求釈明に対して,検察官は,最高裁判所平成19年12月25日決定によれば,専ら自己が使用するために作成したもので,他に見せたり提出することを全く想定していないものは,証拠開示の対象とならないので,追加して釈明を行う必要はないと回答した。

(参照条文)犯罪捜査規範13条

 警察官は、捜査を行うに当り、当該事件の公判の審理に証人として出頭する場合を考慮し、および将来の捜査に資するため、その経過その他参考となるべき事項を明細に記録しておかなければならない。

【判旨】

1.検察官は,弁護人の主張について,どのような取調べによってどのような内容の調書が作成されたか,具体的な事情の主張がなく,刑事訴訟法316条の17で要求される主張の明示義務が尽くされていないから,主張と開示を求める証拠との関連性が不明であり,開示の必要性もないと主張する。
 この点,弁護人は,当初は,被告人の供述調書の記載内容及び接見時の被告人の供述内容から,被告人の供述調書が捜査官の作文であると述べるだけで,結果として任意性及び信用性に疑いのある調書が存在していると主張するにとどまっていたが,検察官や裁判所の求釈明に対して,取調警察官が被告人の言い分では話が進まないということでたたみかけるように質問をして調書を作成し,被告人がよく意味がわからないまま署名指印した疑いがある,などと主張するに至った。
 この弁護人の主張は,取調べにおける被告人の供述の自由を破るような違法な圧迫の存在という任意性を疑わせる外部的事情の存在について具体的な主張を行っているといえ,証拠開示請求の前提としての弁護人の主張明示義務は尽くされていると評価できる。
 検察官が主張するように個々の供述調書と取調べとの関係まで弁護人が主張しなければならないとするのは,争点が明確にされる程度以上の主張を弁護人に強いるものであるし,取調べにより調書を作成するのは捜査官であることや弁護人の主張する被告人の素養や知識経験を考えると,弁護人に不当な困難を強いるものであると考えられる。

2.犯罪捜査規範13条は,「警察官は,捜査を行うに当り,当該事件の公判の審理に証人として出頭する場合を考慮し,および将来の捜査に資するため,その経過その他参考となるべき事項を明細に記録しておかなければならない」と規定しており,警察官が取調べを行った場合には,同条に基づいて備忘録を作成し,これを保管すべきとしているのであるから,取調警察官が,捜査機関として被疑者の取調べを行い,同条に基づき作成した備忘録であって,その取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,保管する書面は,捜査関係の公文書であって,検察官がいう「専ら自己が使用するために作成したもので,他に見せたり提出することを全く想定していない」ものということはできない。そこで,当該取調状況に関する証拠調べが予定される場合には,証拠開示の対象となる(最高裁判所平成19年12月25日決定)。
 当裁判所としては,司法警察員Aが犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録の存否及び具体的記載を確認できない。しかし,通常司法警察員が犯罪捜査規範違反の行為を行っているとは考えられず,検察官の回答も備忘録それ自体の存在を否定していないので,当該備忘録が存在するはずであり,その備忘録には,犯罪捜査規範13条の要請に応じた取調べにおける被告人の供述状況,取調中の被告人の様子等が記載されているはずであることを前提に判断せざるを得ない。
 そして,そのような備忘録は,上記のような任意性に関する弁護人の主張の内容に加えて,公判で任意性に関する被告人質問等が行われることが想定されることを考慮すれば,任意性を争うための客観的な証拠として極めて重要と考えられ,弁護人の主張との関連性が強い。現段階では,取調警察官Aの証人請求はされていないものの,検察官が任意性立証のために取調官の証人請求の可能性を示唆していることをも考えると,開示の必要性も高いと認められる。

3.なお,検察官は,取調メモ等には,取調官の感想や一般的捜査手法等に関する記載がこん然一体として記載されていることも少なくないことなどから,開示した場合には,第三者のプライヴァシーが侵害され,将来における円滑適正な捜査の実現が妨げられるおそれが大きく,開示の弊害は重大であると主張するが,具体的弊害については指摘しておらず,当裁判所がその具体的記載を確認できない以上,開示によって重大な弊害を生じる部分を除外して開示を命じることは不可能である。

4.以上から,本件申立ては理由がある。

 

広島地裁決定平成20年03月28日

【判旨】

1.申立ての趣旨及び理由の概要

 本件申立ての趣旨及び理由は,要するに,弁護人らは,被告人が本件の犯人ではなく,被害者を殺害するような動機を持ち得る者は他に存在することを主張することを予定しており,この主張に関連して,被害者の交際・交友関係について作成された証拠や,被告人及び弁護人が上記動機を持ち得ると主張する者4名の本件犯行日等に近接する時期の所在,行動,アリバイ等を調査した証拠の開示を受けることが被告人の防御の準備のために重要であることから,これらの証拠の開示を請求したが,検察官は開示に応じないので,下記(1)・(2)に掲げる証拠の開示命令を求めるというものである。

(1) 被害者の交際・交友関係についての供述録取書,捜査報告書,携帯電話の解析や通話履歴・メール送受信履歴の解析やその調査結果について作成された書面

(2) 被告人,A,B,C及びDについて,平成19年4月29日,同年5月4日及びそれらに近接する前後の時期の所在,行動,アリバイ等を調査した第三者の供述録取書,捜査関係事項照会・回答書,捜査報告書,携帯電話等の通信履歴を解析しその結果を記載した書面

2.本件に関する弁護人の予定主張

(1) 本件に関する弁護人の予定主張は次のとおりである。

ア.弁護人は,平成19年10月31日付け予定主張記載書面で,被告人と犯人の同一性を争うことを明らかにし,被告人は,被害者から,「今交際している人は,Bの他に3人居る」と聞いていたことを主張している(以下「主張ア」)。

イ.弁護人は,平成20年1月21日付け予定主張記載書面(2)で,被告人は被害者とは不倫関係のトラブルに関し短期間相談を受けていただけの関係であり,被害者を殺害するような動機を持ち得るような関係にはなかったこと,特定の5名を挙げ,具体的事情を指摘して被害者を殺害するような動機を持ち得るほどに被害者との関係を有していた人物がいることを主張した(以下「主張イ」)。

(2) 検察官は,弁護人の犯人性に関する主張は,特定の第三者が犯人であると主張するものではなく,単に被害者の交際相手あるいは具体的に名を挙げた者に対する一般的・抽象的な疑いの存在を指摘するにとどまるものであり,このような事実が立証できたとしても,被告人の犯人性に関する防御としては意味がないから,主張として十分ではないと主張している。
 しかし,弁護人は,主張ア及び主張イで,被害者がBのほかにも3名と交際していることや,特定の者が動機を持ち得ることをそれぞれの事情を指摘して主張しており,その主張は証拠開示の対象となるものとの関連性を判断するのに足りる程度に明らかにされている。

3.弁護人主張の関連性と開示の必要性

(1) 本件の争点のひとつは,被告人と犯人の同一性である。検察官は,被告人が犯人であることを推認させる間接事実のひとつとして,被告人が犯行前から被害者と接点を有しており,被害者を殺害する動機を形成する関係が生じ得たことをあげている。
 被害者に複数の交際相手がいたことや,被告人の他に被害者を殺害する動機を持ち得る者が存在することを主張・立証することは,検察官があげる上記の間接事実の推認力を揺るがす可能性があるものであるから,被告人の防御にとって重要であると認められる。

(2) そして,前記1(1)の証拠は,被害者の交際範囲とその関係の深さを示す証拠であって,主張アに関連する程度は高く,開示の必要性もある。

(3) また,前記1(2)の証拠(ただし,「平成19年4月29日,同年5月4日及びそれらに近接する前後の時期」とある部分は,平成19年4月28〜30日,同年5月3〜5日分に限る)は,本件犯行日及び何者かが犯行現場に侵入したとされる日及びこれらに前後する日の所在,行動,アリバイ等を調査したものであって,殺害の動機を持ち得る上記5名について犯行の機会があったことを疑わせる可能性のあるものであり,主張イに関連する程度は高く,開示の必要性も高い。

4. 開示の相当性

(1) 検察官は,前記1(1)・(2)の証拠を開示することにより,被害者及びAらのみならず,その者らと接触を持った第三者の名誉・プライバシーが侵害されるおそれが大であり,開示による弊害が重大であると主張する。

(2) 主張イに関して,検察官が,被害者殺害の動機について明確に主張していないこと,公判前整理手続期日で,弁護人が特定人を犯人であると主張するならその者についてアリバイがあるという主張・立証をすると述べていることを考慮すると,前記3(3)の証拠の開示を受け,被告人以外の犯行動機を持ち得る者についてのアリバイを検討することは,被告人の防御にとって重要であり,これらの証拠が当該人物らのプライバシーに関わるものであることを考慮しても,開示を認めることが相当である。

(3) 一方,主張アに関しては,主張された事実自体は,一般的・抽象的にこれらの交際相手による犯行の可能性があるというにとどまるので,前記3(2)のとおり開示の必要性は認められるものの,開示されることによって被害者やその交友があった者らのプライバシーが侵害されるおそれがあることを考慮すると,これらについては,閲覧の方法による開示だけを認めるのが相当である。

5.当裁判所が,前記1(1)及び3(3)に該当する証拠の標目を記載した一覧表の提示を検察官から受けたところ,具体的には,別紙1の各証拠が1(1)に該当し,別紙2の各証拠が3(3)に該当する。

6.よって,本件申立てはその一部について理由がある。

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