最新下級審裁判例

大阪地裁決定平成19年02月05日

【判旨】

 刑事訴訟法316条の20第1項の主張関連証拠の開示に関する規定は,弁護人にいわゆる証拠あさりを認めるものではないから,同条による証拠開示が認められるためには,主張と開示請求に係る証拠との関連性が具体的に認められる必要があると解すべきところ,弁護人は前記のとおり,A及びBの各供述調書には信用性がないと主張するのみであって,これら供述調書の信用性に疑いを生じさせる具体的な事情については何ら主張していない。従って,弁護人の主張が上記のとおりの抽象的なものにとどまる以上,これと開示請求に係る本件各証拠(とりわけ,任意開示がなされなかった不開示希望調書の有無及び通数の記載部分)との関連性はいまだ明らかにされていないものといわざるをえない。

 

大阪地裁決定平成20年03月26日

【判旨】

1.二つの最高裁決定と残された問題点

 最高裁第三小法廷は,平成19年12月25日付け決定(裁判所時報1451号35頁)において,要旨,以下のとおり説示した(以下「三小決定」という。)。

(1) 証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管している証拠に限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含む。

(2) 公務員がその職務の過程で作成するメモのうち,専ら自己が使用するために作成したもので,他に見せたり提出することを全く想定していないものについては,証拠開示命令の対象とするのは相当でない。

(3) しかし,犯罪捜査規範13条は,警察官が被疑者の取調べを行った場合には,同条により備忘録を作成し,これを保管しておくべきものとしているのであるから,取調警察官が,同条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,個人的メモの域を超え,捜査関係の公文書ということができ,これに該当する備忘録については,当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合には,証拠開示の対象となり得る。

 そして,これに引き続き,最高裁第一小法廷も,平成20年2月26日付け決定において,上記三小決定を踏まえ,上記備忘録のうち任意性が争われている供述調書の最終の作成日までの取調べに関するものに限定して証拠開示命令を発した東京高裁決定に対し検察官が行った特別抗告を棄却した(以下「一小決定」という。)。三小決定に対しては検察官側の抵抗が強いようであった(一小決定の原原審では,検察官は,三小決定は違法であり変更されるべきであるとまで主張していた。)が,これに引き続き,同決定を踏襲する一小決定が出されたことにより,三小決定の説示内容はほぼ確定判例に近い位置付けを得たことになり,今後は,裁判所のみならず,警察・検察においても,両最高裁決定を当然の前提に証拠開示の運用を行っていかねばならないこととなった。
 ただ,三小決定は,次のような問題点も残している。すなわち,同決定によれば,前記(3)の説示にあるとおり,「取調警察官が,犯罪捜査規範13条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面」(以下,取調警察官が取調べの経過その他参考となるべき事項を記録し作成した備忘録を「取調べメモ」といい,このうち犯罪捜査規範13条に基づき作成された備忘録であって捜査機関において保管されている書面を「13条該当取調べメモ」という。)が証拠開示の対象とされることとなったが,犯罪捜査規範13条は,「警察官は,捜査を行うに当り,当該事件の公判の審理に証人として出頭する場合を考慮し,および将来の捜査に資するため,その経過その他参考となるべき事項を明細に記録しておかなければならない。」と抽象的に規定しているのみで,その記録がされる備忘録の様式やその作成時期・頻度等については何ら規定がなく(この点,犯罪捜査規範の権威ある注釈書である刑事法令研究会編『逐条解説犯罪捜査規範(新版第2訂)』(平成14年刊)25頁は,同条の注釈として,「この記録はあくまでも警察官のメモとして保存すべきものであって,他の捜査上の簿冊等の作成とは別個のものとして考えられているのであるが,もちろん,これらの簿冊をメモに利用しても差し支えない。」と述べており,メモの様式自体,あまり厳格なものを求められていないことが窺われる。),記録の対象に「その他参考となるべき事項」と漠然たる内容が含まれていることもあって,理念的には三小決定のように13条該当取調べメモの開示を命じることは容易であったとしても,実際上,警察に保管されている各種のメモ類の中からどれが13条該当取調べメモに当たるのかを選別し判定することは必ずしも容易な作業ではないように思われる。ことに,上記のとおり13条該当取調べメモは特定の様式を求められていないだけに,「その他参考となるべき事項」にどこまでの事項を含めるかの判断いかんでは,判定者によって13条該当取調べメモの範囲が大きく異なってくる可能性も否定できない。そうすると,誰がその最終判断を行うかが極めて重要な意味を持ってくるのであり,その解釈いかんでは,証拠開示命令において単に13条該当取調べメモの開示を命じただけでは開示対象不特定ゆえに違法となる場合が出てこようし,また,本件事案のように警察・検察が「13条該当取調べメモは存在しない。」との回答している場合に,裁判所として具体的にどのような手続を行うべきか―メモ類の提示を求めて裁判所が自ら13条該当性を判断しなければならないか,それとも捜査官側の判断をそのまま前提するだけでよいかなど―という具体的な手続選択にも違いが出てくる可能性がある。

2.取調べメモに関する犯罪捜査規範13条該当性の判断権者等に関する二つの考え方

 そして,捜査機関が保管する取調べメモその他のメモ類が犯罪捜査規範13条に基づく備忘録に該当するか否かの判断を最終的に誰が行うのかについては,大別して次の二つの考え方が成り立ち得るように思われる。
 第1の考え方は,弁護人が証拠開示命令請求書の中で主張するように,第一次的には警察・検察がこれを判断するとしても,証拠開示に紛議が生じた場合には,最終的に,裁判所が,裁定請求に基づき,これを判断すべきであるとするものである。この考え方に従えば,本件のように検察官が13条該当取調べメモは存在しないと回答した場合でも,裁判所は,検察官に対し,検察官が保管し又は警察から容易に入手し得る取調べメモ類の一覧表の提示を命じ,あるいは,これらメモ類自体の提示を命じて,個々のメモが犯罪捜査規範13条に基づくものと認められるか否かを判断した上,これに該当すると認めたものについては,それを具体的に特定して開示命令を発することになるとするのが,その自然な帰結といえよう。
 これに対し,第2の考え方は,検察官が前記意見書の中で主張するように,取調べメモ類が犯罪捜査規範13条に該当する備忘録であるかどうかは,最終的に捜査官において判断が可能な事柄であるから,裁判所は,特段の事情のない限り,その判断を尊重すべきであって,本件のように検察官が13条該当取調べメモが存在しないと回答している場合には,速やかに裁定請求を棄却すべきであるとするものである。

3.上記問題に関する当裁判所の見解

 この問題に関しては,当裁判所は,上記第2説が妥当であると考える。その理由は,以下に述べるとおりである。

(1) まず,犯罪捜査規範13条は,もともと,警察官の作成する捜査書類の証拠能力が公判で争われたりして,当該警察官が公判での証言を求められる場合のことを慮り,その際,捜査経過等の証言を行う可能性のある事項につき記憶を喚起することができるよう,明細な記録を備忘録に残すことを求めるものである(前掲『逐条解説犯罪捜査規範(新版第2訂)』24頁。そのため,同書25頁は,「いったん記載した記録は,不用意に訂正したり,書き換えたりしないよう注意して,保管しておかなければならない。」としている。)。
 このような同規範13条に趣旨に鑑みれば,最終的に,当該事件に関し各種の備忘録が保管されている場合であっても,その備忘録が同条に基づいて作成されたか否かは,その作成を担当した警察官が判断すべきものであって,第三者たる裁判所が客観的に判断するような性質のものではないと解するのが自然な考え方ではないかと思われる。そして,以上の点は,被疑者の取調べに際し作成された取調べメモに関しても,そのまま妥当し得るものである。

(2) 実際的に考えても,前記第1説に従うと,今後,取調べメモに関し当事者間で紛議が生じる都度,裁判所は,裁定判断に先立ち,警察・検察に対し,関連するメモ類一切の提示を求めて,それが13条該当取調べメモに当たるか否かを判断せざるを得ないことになるが,捜査過程の全貌を把握しておらず,かつ,被告人の供述経過や供述内容についても証拠に基づき具体的に接していない裁判所が,そのような判断を容易に行い得るものとは考えられないし,また仮に検察官に対し被告人の供述調書や捜査書類の広範な提示を求めればそれが可能だとしても,裁判所が,いかに裁定請求に対する判断のために必要であるとはいっても,公判前整理手続段階から,捜査関係書類の中味を詳細に検分することが,裁判員制度の施行に向けての今後の実務の在り方として望ましいものとは到底考えられないのである。

(3) 加えて,三小決定は,原審が,開示対象となる取調べメモを具体的に特定することなく(なお,同事件では,検察官が取調べメモの存否についてすら釈明を拒んでいたため,およそ個々の取調べメモを特定することが不可能な状況にあった。),一般的に「被告人の取調べに係るA警部補作成の取調べメモ(手控え),備忘録等」の開示を検察官に命じたのに対し,「(原決定は)取調官であるAが,犯罪捜査規範13条の規定に基づき,被告人の取調べについてその供述内容や取調べの状況等を記録した備忘録であって,捜査機関において保管中のものの開示を命じたものと解することができ,このように解すれば原決定を是認することができる。」として特別抗告を棄却しているが,仮に前記第1説に立てば―前記のとおり検察官が釈明を拒んでいるという特殊事情があったことを前提としても―このような三小決定の処理は開示命令対象不特定の誹りを免れないはずであって,最高裁があえてそのまま特別抗告を棄却したのは,前記第2説に立脚しているものと解するのが素直な理解ではないかと思われる。

(4) ただ,以上のように解すると,三小決定がせっかく13条該当取調べメモについて証拠開示の対象となることを認めたにもかかわらず,その該当性判断を捜査官に委ねたのでは,結局,本件のような消極的な回答しか得られないことが多くなって,三小決定の画期的な判断も画餅に帰してしまうのではないかとの批判が寄せられるかもしれない(現に,本件弁護人はその趣旨の主張を行っている。)。
 しかしながら,これは,後に行われるべき取調警察官の証人尋問に際し,捜査官側が「13条該当取調べメモは存在しない。」などという回答を行ったという事実が,その証言の信用性評価において大きな影響を及ぼす可能性があることを看過した議論であるといわざるを得ない。犯罪捜査規範は,警察法12条に基づいて制定された国家公安委員会規則であり,「警察官が犯罪の捜査を行うに当って守るべき心構え,捜査の方法,手続その他捜査に関し必要な事項」を定めた規範であって(同規範1条),都道府県警察も拘束する,いわば警察官の「憲法」ともいうべき存在であるが,ことに同規範13条は,検察官による将来の適正・円滑な公判立証のためにも,犯罪捜査に携わる警察官にとっては必ず遵守することが求められる規定である。しかも,取調べの可視化が全く行われていない現段階での警察における取調べに関しては,被疑者らの供述の任意性の立証において,取調警察官の証人尋問が検察官側の立証の核となっていることは多言を要しないところであるが,同規範13条に基づく取調べメモは,このようにして取調警察官が取調べ状況等を証言するに際し,事実に即した具体的で正確な証言を行うために不可欠ともいえる存在であって,取調べの適正化が強く指摘されている現下の情勢(虚偽自白を伴う顕著な冤罪事件が続発したことを受けて,警察庁が―本件捜査から約4か月後のことではあるが―平成20年1月24日「取り調べ適正化指針」を公表したことは周知の事実である。)に鑑みれば,一層,同メモの持つ重要性が認識されるのである。
 しかるに,検察・警察の回答によれば,本件の取調警察官らは,本件が児童虐待の色合いを伴う殺人未遂という重大事案であって,しかも,被疑者の供述が逮捕前から短期間に変転している〔提示に係る乙号各証による。〕にもかかわらず,本件の取調べの全期間にわたり,前記のように重要な犯罪捜査規範13条の規定に明らかに反し,13条該当取調べメモを一切作成しなかったというのであるから,そもそも取調警察官らに取調べの適正化を指向する姿勢があったのか,そして,将来行われる可能性のある被疑者の供述の任意性に関する証人尋問に際し,事実に即した具体的で正確な証言を行おうという基本的な心構えを有していたのかについてすら,少なからざる疑念を抱かれる可能性があろう(なお,取調警察官は,個人的メモで記憶を喚起することを予定したと述べるかもしれないが,犯罪捜査規範13条はそのような個人的メモではなく,公的な記録として取調べ経過等の明細な記録を残すことを明確に義務付けているのであって,そのような公的記録を何ら残さないまま,いくら個人的メモが残っていると述べても,そのようなメモの真正や信用性に疑いを持たれることは避け難いように思われる。)。
 未だ行われていない証言の評価に関し必要以上の言及をすることは妥当ではないので,ここではこの程度の指摘に止めておくが,いずれにしても,捜査官側が「13条該当取調べメモは存在しない。」などという回答を行っていることは,証拠開示レベルではこれを尊重すべきものがあるにしても,刑事手続を全体として見た場合,およそ軽々に取り扱われる事柄ではないということを指摘しておかねばならない。

(参照判例)最決平20・6・25

 警察官が捜査の過程で作成し保管するメモが証拠開示命令の対象となるものであるか否かの判断は,裁判所が行うべきものであるから,裁判所は,その判断をするために必要があると認めるときは,検察官に対し,同メモの提示を命ずることができるというべきである。

 

広島高裁第1部決定平成20年04月08日

【事案】

1.弁護人からの「司法警察員Aが被告人の取調べの際に書き留めた備忘録の一切を速やかに開示しなければならない」旨の証拠開示命令の請求について,原決定が,検察官に対し,上記司法警察員が,犯罪捜査規範13条に基づき,被告人の取調べについてその供述内容や取調べの状況等を記録した備忘録(以下「本件備忘録」という)であって,捜査機関において保管中のものを平成20年4月9日までに開示することを命じたのは不当であるとして,その取消しと本件証拠開示命令の請求の棄却を求める事案。

2.弁護人は,検察官が証拠調べを請求している被告人の自首調書(検察官請求証拠番号乙1)の自首した事実の立証趣旨を超える部分については同意せず,被告人の警察官調書4通(同番号乙7ないし9,11)の各一部について不同意の意見を述べ,これら自首調書および警察官調書4通(以下,併せて「本件証拠」という)の刑事訴訟法322条1項による取調べ請求に対しては,上記警察官調書4通の不同意部分の各供述が,被告人の知識不足,理解不足に乗じて捜査官にとって都合の良い供述が引き出された疑いがある旨主張して,その任意性および信用性を争っている。また,弁護人は,その任意性に疑いを差し挟むべき事情の主張(以下,これら弁護人の主張を併せて「本件主張」ともいう)をし,第5回公判前整理手続期日において,任意性に関する被告人質問は必要であると考えている旨述べている。

【判旨】

1.所論は,証拠開示請求の前提としての弁護人の主張明示義務が尽くされていないのに,主張明示義務が尽くされている旨判断した原決定には違法がある旨主張する。
 たしかに,弁護人は「取調警察官が被告人の言い分では話が進まないということでたたみかけるように質問をして調書を作成し,被告人がよく意味がわからないまま署名指印した疑いがある」などと主張したのみであり,所論が指摘するように「どの捜査官が,いつ,どこで,どのような場面で,どのような被告人の供述内容について,具体的にどのような話をし,それによって,被告人がどのような心境になり,どのような供述を受け入れ,いつ,どのような内容の調書が作成されたのか」ということまで具体的に主張してはいない。
 ところで,刑事訴訟法316条の17第1項は,被告人または弁護人が,証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上および法律上の主張を明らかにしなければならない旨(主張明示義務)を規定している。そして,その主張には,検察官が請求する被告人の自白(刑事訴訟法319条1項)または不利益事実の承認を内容とする書面(同法322条)についてのいわゆる任意性や,それら書面の信用性を争う根拠となる事実も含まれると解されるところ,主張明示義務は,公判前整理手続において,事件の争点および証拠を整理し,後の公判において取り調べるべき証拠(証拠となる被告人質問を含む)を決定し,明確な審理計画を策定することに資するためのものであるから,その主張は,ある程度具体的であることが望ましいことはいうまでもない。しかし,明確な審理計画を策定するに足りる程度の主張がされていれば,主張明示義務は果たされているというべきであり,検察官が指摘するような個別具体的な事実までをも主張しなければならないとは解されない。
 所論は,弁護人に対し,後の公判において行われる被告人質問の際に,被告人が供述する予定の供述内容を,ほぼそのまま主張することを強いるに等しく,相当とはいい難い。
 そもそも,検察官が主張しているように,弁護人の主張自体が,被告人の供述の任意性や信用性に疑いを生じさせるようなものでないというのであれば,検察官は,そのことを前提に訴訟準備を行えばよいのであるから,本件における弁護人の主張によって,後の公判において取り調べるべき証拠を決定し,審理計画を策定することは,十分可能であると認められる。
 したがって,弁護人は同法316条の17第1項の主張明示義務を尽くしているから,本件主張が主張明示義務を尽くしているとした原決定の判断は相当である。

2.所論は,本件では,証拠開示命令の対象とすることができない個人的メモ以外の備忘録は存在しないのに,本件備忘録の開示を命じた原決定は,対象となり得るものが存在しないにもかかわらず,存在しないものの開示を命じた違法がある旨主張している。
 しかし,最高裁判所平成19年(し)第424号同年12月25日第三小法廷決定(以下「最高裁決定」という)は,取調警察官が犯罪捜査規範13条に基づいて作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,およそ検察官が主張しているような「個人的メモ」とはなり得ない旨説示したものと解される。なお,犯罪捜査規範13条が,警察官は,当該事件の公判の審理に証人として出頭する場合を考慮し,また将来の捜査に資するため,捜査の経過等を明細に記録しておかなければならない旨規定していることに照らすと,「備忘録」は,それを作成した警察官において保存すべきものとされていると解されるから,上記「捜査機関」とは,当該備忘録を作成した警察官を含む趣旨であると解するのが相当である。
 そうすると,本件備忘録は,取調警察官であるAによって作成され,被告人についての取調べの経過その他参考となるべき事項が記録されている以上,犯罪捜査規範13条に基づいて作成された備忘録と解するほかないのであって,証拠開示命令の対象となり得るものと解される。

3.ところで,刑事訴訟法316条の20第1項は,いわゆる主張関連証拠の開示請求があった場合において,「その関連性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度」等を考慮して,相当と認めるときに,検察官において当該証拠を開示すべきことを規定している。
 この点を本件についてみると,弁護人は,「被告人側の本件に関する主張及び請求等の補足」と題する書面において,被告人は殺意を否認しているところ,本件証拠には,刺しどころが悪ければ死ぬかも知れないと「認識」していたなどと,被告人の素養からしておおよそ使用され得べくもない極めて法律的な用語が記載されており,捜査官の意図的な作文が疑われるとか,本件証拠中にある,逮捕された後も,被害者に掴まれた腕に痛みが残っていましたなどという供述の記載も極めて不自然であって,同様の疑いがあり,被告人が任意に述べたものではない疑いがあるなどと主張している。
 しかし,上記弁護人の主張によれば,被告人は,致命的臓器損傷を伴う刺突は敢えて避けているというのである。そうすると,被告人が,刺しどころが悪ければ死ぬかも知れないということを思っていたことは明らかであり,そのことを取調官が「認識」という言葉で表現したとしても,直ちに任意性についての疑いを生じさせるものではない。また,逮捕された後も被害者に掴まれた腕に痛みが残っていたという供述も,それ自体から不自然であるとはいえない。これらの主張は,任意性を疑わせる具体的な事情を主張するものとはいえない。
 また,弁護人は,本件証拠開示命令申立書において,本件証拠の任意性や信用性に疑問を生じさせる事情として,その記載内容から「被告人が真意を理解して任意に述べたものではなく,作成された調書記載事実の持つ意味を深く認識するほどの知識経験に乏しい被告人が,捜査官のいわれるままに迎合的に署名指印した疑いがある」と主張し,第6回公判前整理手続期日において,上記の補足として「被告人が捜査官から,おまえの言うようなことを言っとったら話がこれ以上先に進まないやないか,こういうことではないのかとたたみかけるように言われ,話が進まない進まないということで調書を次々と作成され,よく意味がわからないまま署名指印した疑いがある」と主張している。
 しかし,上記弁護人の主張も,弁護人において,任意性や信用性を問題にしているのが,本件証拠の,被告人の行為に関する部分であるのか,故意等の主観的な面に関する部分であるのか,相手方の行動等に関する部分であるのかということが全く不明であり,かつ,弁護人主張のようなことを捜査官から言われたことにより,どうして,被告人の供述が任意でされたものではないという疑いが生じるのか明らかではない。
 しかも,弁護人の主張に照らしても,本件備忘録の開示が,いかなる意味で,被告人の防御の準備のために必要であるのかについても,何ら明らかにはされていない。
 そうすると,本件備忘録が,一般的には,本件証拠の任意性を争うための客観的な証拠として極めて重要と考えられること,公判で任意性に関する被告人質問が行われることが予定されていること,被告人質問の結果によっては,被告人を取り調べた捜査官の証人尋問が行われる可能性があることなどを十分考慮しても,本件備忘録の開示が,被告人側の訴訟準備と争点整理,証拠整理が十分になされるようにするために必要であるとはいえない。
 したがって,本件証拠開示は,その必要性の程度が十分とはいえず,相当性を欠くから,弁護人は,本件備忘録の開示を求めることはできないといわざるを得ない。

4.よって,本件即時抗告は理由があるから,刑事訴訟法426条2項により,原決定を取り消し,本件証拠開示命令の申立てを棄却する。

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