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最高裁判所第三小法廷判決平成22年03月16日

【事案】

1.破産者a社(以下「破産会社」という。)の破産管財人である上告人が,中小企業金融公庫の申立てにより破産裁判所がした破産債権査定決定を不服として,その変更を求める事案。中小企業金融公庫は,原判決言渡し後の平成20年10月1日に解散し,同日,被上告人が,中小企業金融公庫の権利及び義務を承継した(株式会社日本政策金融公庫法17条参照)。

2.事実関係等の概要

(1) 破産会社は,第1審判決別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)の持分2分の1及び同目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)の所有権を,bは,本件土地の持分2分の1を有していたところ,平成10年9月10日,本件土地及び本件建物につき,中小企業金融公庫との間で,それぞれ根抵当権設定者を破産会社及びb,根抵当権者を中小企業金融公庫,債務者を破産会社,極度額を1億5000万円,債権の範囲を証書貸付取引とする根抵当権を設定する旨の契約を締結し,同月18日,その旨の根抵当権設定登記手続をした。
 破産会社及びbは,上記契約締結の際,中小企業金融公庫との間で,破産会社が債務の履行をしないときは,中小企業金融公庫において,本件土地及び本件建物を法定の手続によらず,一般に適当と認められる方法,時期,価額等により自由に処分することができ,その処分代金を任意の方法により債務の全部又は一部の弁済に充てることができる旨を合意した。

(2) 中小企業金融公庫は,破産会社に対し,次のア〜オのとおり,5口合計1億8000万円を貸し付けた(以下,これらの各貸付けを,それぞれ記載順に「貸付1」などといい,「本件貸付け」と総称する。)。

ア.貸付日  平成10年9月10日,金額  6000万円,償還期限  平成17年8月31日,利息  年2.5%,遅延損害金  年14.5%

イ.貸付日  平成11年2月26日,金額  1500万円,償還期限  平成21年2月28日,利息  年2.9%,遅延損害金  年14.5%

ウ.貸付日  平成11年2月26日,金額  4500万円,償還期限  平成18年2月28日,利息  年2.9%,遅延損害金  年14.5%

エ.貸付日  平成11年9月29日,金額  3500万円,償還期限  平成18年9月30日,利息  年2.3%,遅延損害金  年14.5%

オ.貸付日  平成13年1月17日,金額  2500万円,償還期限  平成19年12月31日,利息  年2.1%,遅延損害金  年14.5%

(3) 大阪地裁堺支部は,平成17年12月12日午後5時,破産会社について破産手続を開始する旨の決定をし,上告人をその破産管財人に選任した。

(4) 中小企業金融公庫は,破産会社の破産手続において,平成18年2月6日付けで,本件貸付けに基づく債権を,次のとおり破産債権として届け出た(以下,この届出に係る債権を「本件破産債権」と総称する。)。

ア.貸付1の貸付金元本   3528万円
イ.貸付2の貸付金元本   1119万4000円
ウ.貸付3の貸付金元本   2978万円
エ.貸付4の貸付金元本   2608万8000円
オ.貸付5の貸付金元本   2244万4000円
カ.本件貸付けの約定利息金合計   35万2815円
キ.本件貸付けの遅延損害金合計(破産手続開始の決定の日の前日までの分)    153万7140円
ク.本件貸付けの遅延損害金合計(破産手続開始の決定の日以降の分)    未定

(5) 本件土地及び本件建物は,平成18年3月28日,任意売却された。中小企業金融公庫は,破産会社に対する別除権の行使により,本件土地の破産会社の持分の売却代金から4817万8443円,本件建物の売却代金から2878万1928円,合計7696万0371円を本件破産債権に対する弁済として受領し,これを本件貸付けに係る同日までの遅延損害金合計684万1398円,本件貸付けに係る約定利息金合計35万2815円,貸付1の貸付金元本3528万円,貸付2の貸付金元本1119万4000円,貸付3の貸付金元本のうちの2329万2158円に充当した。また,中小企業金融公庫は,bに対する根抵当権の行使として,本件土地のbの持分の売却代金から4817万8444円を本件破産債権に対する弁済として受領した。

(6) 中小企業金融公庫は,破産会社の破産手続において,平成18年4月10日付けで,本件破産債権につき別除権行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額が確定したとして,全債権額1億3198万0213円(本件貸付けの貸付金元本合計1億2478万6000円,約定利息金合計35万2815円,同年3月28日までの遅延損害金合計684万1398円の合計額)から別除権の行使により弁済を受けた7696万0371円を控除した残額である5501万9842円を確定不足額とする届出書を提出した。上告人が同年7月6日に行われた債権調査期日で上記の確定不足額全額について異議を述べたため,中小企業金融公庫は,同月28日,破産裁判所に対し,本件破産債権の額の査定を申し立てたところ,同裁判所は,同年10月24日,本件破産債権の額を5501万9842円と査定する旨の決定をした。

(7) 上告人は,上記決定を不服とし,本件破産債権の額を2244万4000円(別除権の行使により弁済を受けた7696万0371円の弁済及びbに対する根抵当権の行使により弁済を受けた4817万8444円を充当しても,なお全額が消滅するに至らなかった貸付5の貸付金元本額)と査定することを求めて,本件訴えを提起した。

3.原審は,次のとおり判断して,上記決定を認可すべきものとした。
 債務者の破産手続開始の決定後に,その物上保証人が複数の被担保債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済した場合であっても,これにより被担保債権全部が消滅していない以上,破産法104条5項により準用される同条2項に基づき,破産手続開始の時における被担保債権の総額を破産債権として行使することができる。本件破産債権の額については,全債権額1億3198万0213円から別除権の行使により弁済を受けた7696万0371円を控除した残額である5501万9842円と査定すべきである。

【判旨】

1.原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 同一の給付について複数の者が「各自全部の履行をする義務」を負う場合(以下,全部の履行をする義務を負う者を「全部義務者」という。),全部義務者の破産手続開始の決定後に,他の全部義務者が債権者に対し弁済その他の債務を消滅させる行為(以下「弁済等」という。)をすれば,実体法上は,上記弁済等に係る破産債権は,上記弁済等がされた範囲で消滅する。しかし,破産法104条1項及び2項は,複数の全部義務者を設けることが責任財産を集積して当該債権の目的である給付の実現をより確実にするという機能を有することにかんがみ,この機能を破産手続において重視し,全部義務者の破産手続開始の決定後に,他の全部義務者が弁済等をした場合であっても,破産手続上は,その弁済等により破産債権の全額が消滅しない限り,当該破産債権が破産手続開始の時における額で現存しているものとみて,債権者がその権利を行使することができる旨(いわゆる開始時現存額主義)を定め,この債権額を基準に破産債権者に対する配当額を算定することとしたものである。同条1項及び2項は,上記の趣旨に照らせば,飽くまで弁済等に係る当該破産債権について,破産債権額と実体法上の債権額とのかい離を認めるものであって,同項にいう「その債権の全額」も,特に「破産債権者の有する総債権」などと規定されていない以上,弁済等に係る当該破産債権の全額を意味すると解するのが相当である。そうすると,債権者が複数の全部義務者に対して複数の債権を有し,全部義務者の破産手続開始の決定後に,他の全部義務者が上記の複数債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済等した場合には,弁済等に係る当該破産債権についてはその全額が消滅しているのであるから,複数債権の全部が消滅していなくても,同項にいう「その債権の全額が消滅した場合」に該当するものとして,債権者は,当該破産債権についてはその権利を行使することはできないというべきである。
 そして,破産法104条5項は,物上保証人が債務者の破産手続開始決定の後に破産債権である被担保債権につき債権者に対し弁済等をした場合において,同条2項を準用し,その破産債権の額について,全部義務者の破産手続開始の決定後に他の全部義務者が債権者に対して弁済等をした場合と同様の扱いをしている。したがって,債務者の破産手続開始の決定後に,物上保証人が複数の被担保債権のうちの一部の債権につきその全額を弁済した場合には,複数の被担保債権の全部が消滅していなくても,上記の弁済に係る当該債権については,同条5項により準用される同条2項にいう「その債権の全額が消滅した場合」に該当し,債権者は,破産手続においてその権利を行使することができないものというべきである。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人のその余の主張につき,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

【田原睦夫補足意見】

 私は,法廷意見に賛成し,債権者が破産手続開始時に破産者に対して複数の破産債権を有している場合に,開始時現存額主義は,複数の破産債権の総額について適用されるのではなく,各個別の債権ごとに適用されると解すべきものと考える。この点について,第1審及び原審における当事者の主張に見られるように,その議論が複雑化しているのは,弁済による代位と関連づけて論じられているところが大きいと考える。議論を単純化し,保証人の将来の求償権の問題を前提に以下のような事例を想定すれば,法廷意見の結論が是認できることが容易に理解できるものといえる。
 以下,想定する事例をもとに検討する。
 債権者甲は,破産者乙に対して破産手続開始時にA,B,Cの3口の債権を有していて,その各債権につき債権届出をしている。丙は,A,B,Cの債権すべてを連帯保証し,丁はCの債権につき,戊はBの債権につき,それぞれ連帯保証し,丙,丁,戊は,それぞれ将来の求償権につき債権届出をしている。その場合,甲がその破産債権を行使している以上,丙,丁,戊の各債権は,破産法104条3項により,その権利を行使することができないため,債権調査において全額につき異議が述べられることになる。
 しかし,債権調査期間終了までに,丁がその保証債務Cの全額を履行すれば,甲の乙に対するC債権は実体法上消滅し,他方,丁が停止条件付債権として届け出た求償権の停止条件が成就したこととなる。それゆえ,債権調査では,甲の債権は,A,Bのみが認められ,また,届出済みのC債権の求償権が認められることになる。次に,戊がB債権の2分の1を弁済した場合,戊は,破産法104条2項により,その求償権を行使することができない。しかし,丙がB債権の残り2分の1を弁済したときは,甲の乙に対するB債権は実体法上全部消滅し,戊が甲に対して履行すべき債務は存しないから,戊のB債権の2分の1の求償権の行使を妨げる事情は消滅し,債権調査において戊の上記求償債権が認められて然るべきである。その場合に,丙がA債権につき保証債務の履行をしていないことを理由に,丙のB債権の2分の1の現実化した求償権の行使を認めないことは,戊との間で均衡を失するものと言わざるを得ない。
 以上の例において,甲は乙の破産手続開始時には,乙に対するA,B,Cの債権を有しているが,債権調査期間満了までにB,Cの債権が消滅している以上,Aの債権が残存していることをもって,B,Cの全債権をも含めて開始時残存額主義の適用を主張することができないことは明らかである。

 

最高裁判所第三小法廷判決平成22年03月16日

【事案】

1.被上告人の取締役を退任した上告人が,株主総会決議等によって定められたところに従い,当時の被上告人の役員退職慰労金規程(以下「本件内規」という。)に基づき算出された額の退職慰労年金を受給していたところ,その後の取締役会決議で本件内規が廃止されたとして同年金の支給が打ち切られたため,被上告人に対し,未支給の退職慰労年金の支払等を求める事案。
 被上告人は,@ 退職慰労年金における集団性,画一性等の制度的要請から,一定の場合には退任取締役の同意なく契約内容を変更することが許される,A 上告人が取締役に就任した際の委任契約において,本件内規の廃止後は退職慰労年金が支給されないことが黙示的に契約の内容となっていた,B 事情変更の原則により上告人に対する退職慰労年金の支給打切りが許されるなどと主張して,上告人の請求を争っている。

2.事実関係の概要

(1) 上告人は,平成2年6月に被上告人(当時の商号は株式会社A銀行)の常務取締役に就任し,平成11年6月29日までその地位にあった者である。

(2) 被上告人は,平成11年6月29日開催の定時株主総会において,被上告人の定める一定の基準による相当額の範囲内で上告人に退職慰労金を贈呈することとし,その具体的金額,贈呈の時期,方法等については取締役会に一任する旨の決議をした。その後,被上告人の取締役会は,上告人に対する退職慰労金の額,贈呈の時期,方法等の決定を代表取締役に一任する旨の決議をした。

(3) 上告人の退任当時,被上告人においては,役員の退職慰労金の算定基準等を定める本件内規が存在し,これによれば,退職慰労金には退職慰労一時金と退職慰労年金とがあり,退職慰労年金については次のとおり支給するものとされていた。

月額   基本額6万円及び役位別基本額に在任期間を乗じた額の合計額(上限20万円)

支給期間   取締役会決議のあった月(60歳未満の者については60歳に達した月)の翌月から20年間

(4) 被上告人の代表取締役は,本件内規に従い,上告人に対する退職慰労一時金支給額を5683万円,退職慰労年金支給額を月額13万3000円,支給期間を平成13年3月から20年間と決定した(以下,この決定による退職慰労年金を「本件退職慰労年金」という。)。
 被上告人は,上告人に対し,退職慰労一時金5683万円を支給し,平成13年3月分から同16年4月分まで本件退職慰労年金を支給してきた。

(5) 被上告人は,平成9年度に約270億円,平成10年度に約193億円の経常損失を計上し,同年度の不良債権処理額は約314億円に上った。そのため,被上告人は,平成11年9月,「経営の健全化のための計画」を内閣総理大臣に提出し,金融機能の早期健全化のための緊急措置に関する法律に基づき400億円の公的資金の投入を受けた。また,被上告人の株式を保有する持株会社である株式会社Bは,平成15年8月,経営健全化目標の達成が不十分であるとして,金融庁から業務改善命令を受けた。

(6) 被上告人は,平成15年8月〜9月,上告人を含む退職慰労年金を受給中の元取締役らに対し,退職慰労年金の支給を停止せざるを得なくなったとして,上記(5)の経緯等を口頭及び書面で説明し,上告人を除く大部分の者から同意を得た。

(7) 被上告人は,平成16年4月12日開催の取締役会において,同月30日をもって本件内規を廃止する旨の決議をし,同年5月1日,退職慰労金として退職慰労一時金だけを支給するものとする「役員退職慰労金内規」を施行して,同月以降の本件退職慰労年金の支給を打ち切った(以下,本件退職慰労年金債権のうち同月以降に支給日の到来するものを「本件未支給年金債権」という。)。

3.原審は,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。

(1) 被上告人の株主総会において,被上告人の定める一定の基準による相当額の範囲内で上告人に退職慰労金を贈呈することとし,その具体的金額,贈呈の時期,方法等については取締役会に一任する旨の決議がされ,その後,被上告人の取締役会において,上告人に対する退職慰労金の額等の決定を代表取締役に一任する旨の決議がされ,次いで,被上告人の代表取締役が,本件内規に従って具体的な退職慰労金の額等を決定したことにより,被上告人と上告人との間に退職慰労年金支給についての契約が成立したことになる。契約が成立した以上,上告人の同意のない限り,被上告人が一方的に契約内容を変更することはできないのが原則である。

(2) しかしながら,被上告人と退任取締役との間の退職慰労年金支給に関する契約は,およそ個別の交渉によって合意に至ることが予定されておらず,同時期の退職者間のみならず,異なる時期に退職する取締役相互間の公平を図るため,本件内規に従い画一的に金額が算出されるようになっている。そして,退職慰労年金の支給期間は20年という長期にわたるところ,その間に社会経済情勢,会社の状況等が大きく変化した場合,既に退任した取締役と将来退任する取締役との間に不公平が生ずるおそれがある。したがって,本件内規に変更又は廃止についての定めが置かれていなくても,退職慰労年金については,集団的,画一的処理を図るという制度的要請から,被上告人は,変更等の必要性,内容の妥当性,手続の相当性を考慮して一定の場合には本件内規を改廃することができ,本件内規が改廃された場合には,これに同意しない者に対してもその効力が及ぶと解すべきである。

(3) 被上告人の経営状況等に照らし,取締役の退職慰労年金制度廃止の必要性は極めて高かったと認められることなどの事情に照らせば,被上告人は,本件内規を廃止する旨の取締役会決議により退職慰労年金制度を廃止することができ,これに同意しない上告人に対してもその効力が及ぶと解するのが相当であるから,上告人は,同決議により本件未支給年金債権を失ったというべきである。

【判旨】

1.原審の上記3の判断のうち,同(1)は是認することができるが,同(2)及び(3)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 被上告人の取締役に対する退職慰労年金は,取締役の職務執行の対価として支給される趣旨を含むものと解されるから,会社法361条1項にいう報酬等に当たる。本件内規に従って決定された退職慰労年金が支給される場合であっても,取締役が退任により当然に本件内規に基づき退職慰労年金債権を取得することはなく,被上告人の株主総会決議による個別の判断を経て初めて,被上告人と退任取締役との間で退職慰労年金の支給についての契約が成立し,当該退任取締役が具体的な退職慰労年金債権を取得するに至るものである。被上告人が,内規により退任役員に対して支給すべき退職慰労金の算定基準等を定めているからといって,異なる時期に退任する取締役相互間についてまで画一的に退職慰労年金の支給の可否,金額等を決定することが予定されているものではなく,退職慰労年金の支給につき,退任取締役相互間の公平を図るために,いったん成立した契約の効力を否定してまで集団的,画一的な処理を図ることが制度上要請されているとみることはできない。退任取締役が被上告人の株主総会決議による個別の判断を経て具体的な退職慰労年金債権を取得したものである以上,その支給期間が長期にわたり,その間に社会経済情勢等が変化し得ることや,その後の本件内規の改廃により将来退任する取締役との間に不公平が生ずるおそれがあることなどを勘案しても,退職慰労年金については,上記のような集団的,画一的処理が制度上要請されているという理由のみから,本件内規の廃止の効力を既に退任した取締役に及ぼすことは許されず,その同意なく上記退職慰労年金債権を失わせることはできないと解するのが相当である。

2.以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,被上告人の主張する黙示的な合意の有無,事情変更の原則の適用の有無等につき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

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