最新下級審裁判例

千葉地裁刑事第3部決定平成21年08月28日

【判旨】

 本件は,被告人が妻である被害者を殺害した事案であるところ,弁護人は公訴事実については争わず,重要な情状事実である犯行動機形成に至る事情として,精神疾患の疑いのある被害者に対し,被告人が長年にわたって献身的に接してきたことを主張し,被告人と被害者の生活歴及び関係性を具体的に立証する予定である。そして,弁護人が開示を求める証拠は,被害者の主治医の供述調書及び被害者の症状等に関して被害者の主治医から聴取した内容をまとめた捜査報告書であって,非開示部分は,主治医らの被害者に対する問診の結果等を内容とするものである。したがって,当該非開示部分は,被害者自身の医師に対する申告に基づくものであるから,被告人と被害者の生活歴及び関係性を裏付ける証拠であって,前記弁護人の予定主張と関連する証拠であることは否定できない。しかしながら,前記弁護人の予定主張についての直接の証拠は被告人の供述であるところ,検察官は同主張について積極的に争うことを予定していないのであるから,被告人供述以外の証拠をもって被告人の供述を補強し,あるいはこれに反する証拠を弾劾する必要性は低いというべきである。加えて,弁護人の立証に供しうる証拠が既に検察官から任意に開示されているほか,弁護人自身も多くの証拠を収集し,その請求に至っており,弁護人の予定主張を裏付ける証拠は十分に存在するものと考えられる。したがって,被告人の防御の準備の点から本件開示を認める必要性は乏しいといわざるを得ない。これに対し,弁護人が開示を求める証拠は,前記のとおり,いずれも主治医らの被害者に対する問診内容等であるところ,被害者は,同医師らに対し,当然に自己の秘密が守られるものと信頼して問診に応じたのであり,同医師らは,同問診内容等について,捜査のため必要であり,その内容がみだりに公開されないとの前提で捜査機関に協力したものと考えられる。そうすると,これが広く公開の法廷において取り調べられることを前提に必要な限度を超えて開示されるならば,一般国民の精神科医師に対する信頼を損い,精神科医師による患者の問診が困難となるとともに,医師がそのような事態を危倶し,捜査機関に協力することを躊躇するといった弊害が発生する蓋然性は無視することができない。なお,被害者の主要な遺族が被害者の病状に関する捜査資料一切を裁判に提出するよう要請書を提出しているが,開示について遺族の同意があったとしても前記弊害を払拭できるものではない。したがって,本件開示命令請求にかかる証拠を開示する必要性は乏しいのに対し,開示することによる弊害は無視することができないから,これを開示することは相当であるとは認められない。

 

東京高裁判決平成20年06月19日

【事案】

 (1)本件事業に係る起業地(以下「本件起業地」という。)の一部であって,圏央道と中央道との接続点である八王子ジャンクション(仮称)の建設予定土地(東京都八王子市α2地内)若しくは同土地上の立竹木に所有権若しくは賃借権を有する者,同建設予定土地周辺のα5地区等に居住する者又はα5・高尾山等の自然等を保護しようとする個人若しくは環境保護団体等である甲事件一審原告らが,圏央道は建設の公益性,必要性がなく,かえって,水文環境に悪影響を与え,高尾山の歴史的環境と生態系,α6城跡,オオタカの営巣地,景観等の周辺環境を悪化させ,大気汚染,騒音等による健康被害をもたらし,周辺住民の生活を破壊するなどの不利益を生じさせるものであるから,本件起業地について土地収用法16条所定の本件事業認定を行うことは同法20条2号から4号までの要件を満たしておらず,また,事業の認定に際して周辺住民の意見が十分に反映されていないなど本件事業認定の手続に違法があった旨を主張して,被控訴人国土交通大臣が平成14年4月19日付けで行った本件起業地についての本件事業認定の取消しを求め(原審甲事件),(2)本件事業認定後に被控訴人収用委員会が平成16年5月17日付けで行った本件各裁決について,乙事件及び丙事件一審原告らが,本件事業認定の違法性が承継され,かつ,裁決の手続及び内容にも固有の違法があった旨を主張して,被控訴人収用委員会に対しその取消しを求める事案。

【判旨】

1.控訴人らは,事業認定取消の訴えについて,甲事件一審原告らのうち,本件起業地内の不動産や立木等につき権利を有しない者,同じく権利を有しない自然保護団体についても,当事者適格を認めるべきであると主張し,そのうち,別表1記載の控訴人ら21名は,本件事業に係る環境影響評価条例による評価において定める関係地域内に住所を有し居住しているから,本件事業が実施されることにより大気汚染,振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者に当たり,本件事業認定の取消しを求める原告適格を有する旨主張する。

2.甲事件一審原告ら21名に本件事業認定の取消しを求める法律上の利益(行政事件訴訟法9条1項)があるか否かについては,土地収用法が,控訴人らが主張する不利益の前提をなす,公害被害を受けないという利益や自然環境を悪化させないという利益を,一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとするか否かという点につき,土地収用法の文言,趣旨及び目的を考慮して判断する必要がある。さらに,行政事件訴訟法9条2項は,「裁判所は,処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たっては,当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく,当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において,当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては,当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし,当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては,当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。」と定め,処分等の相手方以外の第三者の原告適格を基礎づける「法律上の利益」の有無を判断する際の考慮事項を規定している。そこで,上記の観点から,本件事業認定の取消しを求める訴えについて上記一審原告らが原告適格を有するかを検討する。

3.土地収用法は,憲法29条3項の規定を受けて,「公共の利益の増進と私有財産との調整を図り,もつて国土の適正且つ合理的な利用に寄与することを目的」として制定されたものであり(土地収用法1条),公共の利益となる事業の用に供するため土地を必要とする場合において,その土地を当該事業の用に供することが土地の利用上適正且つ合理的であることを土地の収用又は使用の根拠としている(同法2条)。そして,事業の認定が告示されることで次のような法的効果が生ずる。すなわち,@起業地について明らかに事業に支障を及ぼすような形質の変更を行うことが制限され(同法28条の3),A起業者は,同法の手続により土地の収用,使用をすることができ(同法35条以下),Bそのために,起業者に対し,起業地内の土地調書,物件調書作成のための立入調査権(同法35条1項),裁決申請権(同法39条1項)が与えられる。
 これらの規定によれば,起業地内の不動産又は立竹木等について財産上の権利を有する者は,違法な事業の認定がされると,それによって自己の権利を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれが生ずることになるのであるから,事業の認定の手続や要件等を定めた土地収用法の規定は,起業地内の不動産又は立竹木等につき財産上の権利を有する者の利益を保護することも目的とした規定と解することができる。

4.他方,上記の土地収用法の趣旨,目的からすると,土地収用法は,公共の利益と個々人の具体的な私有財産についての権利の調整を図ることを目的とするものであって,起業地内に私有財産を有しない周辺居住者等の権利・利益を保護する趣旨,目的を有するものではないと解するほかはなく,同法が定める事業の認定の手続も上記の観点から設けられたもので,起業地内に私有財産を有しない周辺居住者等の利益を保護する趣旨ではないと解すべきである。都市計画法が,同法の事業認可の告示があったときは,施行者が,事業の概要について事業地及びその付近地の住民に説明し,意見を聴取する等の措置を講ずることにより,事業の施行についてこれらの者の協力が得られるように努めなければならないと規定している(66条)のに対し,土地収用法は,「起業者は,第26条第1項の規定による事業の認定の告示があつたときは,直ちに,国土交通省令で定めるところにより,土地所有者及び関係人が受けることができる補償その他国土交通省令で定める事項について,土地所有者及び関係人に周知させるため必要な措置を講じなければならない。」と定め(28条の2),周辺住民はその対象とされておらず,周辺住民の個別具体的利益を保護する趣旨でないことは明らかである。

5.また,事業の認定の要件を定める土地収用法20条1号,2号及び4号は,土地収用の対象事業を定めたり,起業者の事業遂行能力,収用又は使用の公益上の必要をいうものであって,公益的見地から事業の認定要件を定めたものである。もっとも,同条3号は,「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」を規定し,この「土地の適正かつ合理的な利用」の要件を満たしているか否かの判断においては,起業地内の不動産又は立竹木等についての個々の財産価値のほか,起業地の周辺地域等も含んだより広範な地域の都市環境,居住環境,自然環境,景観,文化環境,歴史的環境等の種々の社会的な価値が考慮され,このような多様な価値は,起業地の周辺住民のみならず,起業地内の自然環境,歴史的環境等に深い関心を抱く地域住民や社会全体が享受する価値であり,同法20条3号の規定は,公益的観点からこのような社会的価値を保護しようとしているものと見ることができる。もっとも,このような価値は,事業計画全体の合理性を基礎づける多数の得られるべき利益又は失われるべき利益のうちに含まれるものである。本件事業認定申請について適用のある旧土地収用法は,事業認定機関である被控訴人国土交通大臣又は都道府県知事が,事業の認定に関する処分を行おうとする場合において必要があると認めるときは,公聴会を開いて一般の意見を求めなければならず(旧土地収用法23条1項),事業の認定について利害関係を有する者は,都道府県知事を通じて意見書を提出することができると定めるが(同法25条1項),これは事業の認定を行うに当たり,土地所有者,関係人等にとどまらず,広く地域住民等の意見を求め公正妥当な事業の認定を行おうとする公益目的の規定と解することができる。
 上記各点を斟酌しても,土地収用法が起業地内に私有財産を有しない周辺居住者等の利益をも保護する趣旨と解することはできない。

6.次に,東京都環境影響評価条例は,「環境影響評価及び事後調査の手続に関し必要な事項を定めることにより,計画の策定及び事業の実施に際し,公害の防止,自然環境及び歴史的環境の保全,景観の保持等について適正な配慮がなされることを期し,もつて都民の健康で快適な生活の確保に資することを目的とする。」と規定し(1条),都民の健康で文化的な生活の確保という観点から,良好な環境を保護することを目的としているものと解することができ,土地収用法とは目的を異にしているといわざるを得ない。環境影響評価法あるいは東京都環境影響評価条例が,行政事件訴訟法9条2項にいう「当該法令と目的を共通にする関係法令」に当たるということはできない。
 控訴人らは,本件事業について都市計画法上の都市計画決定がされていることから,事業認定についても都市計画に適合することが当然の前提であり,都市計画事業認可の場合と同様に都市計画への適合が法律上要請されている旨,当該都市について公害防止計画が定められているときは都市計画がこれに適合したものでなければならないことなどから,環境影響評価等の手続を通じて公害の防止等に適正な配慮が図られるようにすることもその趣旨及び目的とするものである旨主張し,都市計画法,公害対策基本法(環境基本法)及び東京都環境影響評価条例を関係法令と位置づけている。
 しかし,土地収用法における事業認定の要件,効果は前記のとおりであり,同法の趣旨,目的を考慮しても,事業認定について都市計画への適合が当然の前提であるということはできないのであり,土地収用法においては公害防止計画への適合を求める規定はなく,控訴人らがいう環境価値に配慮すべきことを具体的に定めた規定も存在しない。本件事業認定は,平成14年4月19日,土地収用法に基づいてなされたものであり,申請に先立って東京都環境影響評価条例に基づく環境影響評価の実施が義務付けられているものではない。もっとも,起業者らは,申請に当たって,本件環境影響評価以降に得られた新たな知見に基づき,本件事業の実施が環境に及ぼす影響について補足的に照査を行っているが,これは,東京都環境影響評価条例や関係法令によって義務付けられたものではなく,本件環境影響評価が基礎とした計画交通量の推計年次が平成12年であり,その推計年次を平成32年と変更し計画交通量の見直しをし,新たな知見を加えて再予測をしたものであって,その結果は参考資料として起業者らから提出されたものである。したがって,東京都環境影響評価条例に基づく環境影響評価は,都市計画法の都市計画決定に当たって行われるべきものであって,上記の都市計画決定がされていることや本件環境影響照査が行われたことを考慮したとしても,都市計画法,公害対策基本法(環境基本法)及び東京都環境影響評価条例が土地収用法と目的を共通にする関係法令であるということはできず,この点に関する控訴人らの主張は理由がない。

7.したがって,別表1記載の控訴人ら21名は,本件事業認定取消しの訴え提起の当時,本件事業に係る環境影響評価条例による評価において定める関係地域内に住所を有し居住していた者であるが,本件事業が実施されることにより大気汚染,騒音等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのあると主張するにすぎず,起業地内の不動産,立木等につき権利を有する者ではないから,原告適格を認めることができない。

 

名古屋地裁一宮支部決定平成20年06月09日

【事案】

1.本件請求の趣旨及び理由の要旨は,弁護人が検察官に対し,被告人に関する「取調べメモ(手控え)・取調べ個票・備忘録等取調官(検察官)が被告人に質問した事項・これに対する被告人の回答を記載した紙若しくはパソコン等媒体による記録(以下これらを総称して「取調メモ等」という。)」について,@それらが刑事訴訟法(以下「法」という。)316条の15第1項1号所定の「証拠物」にあたること,あるいは,A法316条の20第1項所定の316条の17第1項の主張に関連するものと認められる証拠(以下「主張関連証拠」ということがある。)にあたることを根拠として開示を求めたところ,検察官が開示を拒否したので,法316条の26第1項に基づいて,検察官に証拠の開示を命じることを請求するというものである。

2.これに対し,検察官の意見の要旨は,被告人に関する取調メモ等(以下「本件取調メモ等」という。)は,法316条の15第1項1号の「証拠物」には該当しない上,本件取調メモ等は,供述録取書等の証拠書類を取りまとめる過程で作成される暫定的なものであって,それ自体証拠開示の対象とすべき独立の証拠としての価値を有するものとは認められず,法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる「証拠」には該当しないから本件請求には理由がないというものである。

【判旨】

1.本件取調メモ等が法316条の15第1項1号の「証拠物」に該当するか

 「証拠物」とは,その存在又は状態が事実認定の資料となる証拠方法をいうものと解すべきところ,弁護人は,本件取調メモ等について,「検察官の質問と被告人の応答の実際をその場で記録した証拠であり,被告人の供述調書中,弁護人が不同意とした部分の証拠の証明力を判断するための客観的な証拠である。」などと主張しているのであるから,本件取調メモ等をその存在ないしは状態を事実認定の資料とするためではなく,その記載ないし記録内容を事実認定の資料として用いるために,本件開示請求に及んでいることは明らかである。よって,本件取調メモ等は,「証拠物」にはあたらず,この点についての弁護人の主張は採用できない。

2.本件取調メモ等が主張関連証拠にあたるか

(1) 一般に,取調メモ等は,供述者の供述内容や供述態度のほか,当該供述内容等に関する取調官の感想,当該供述等との関係において検討すべき別途収集された証拠の内容等の概要,供述者の供述内容等を踏まえた上で今後必要と思われる捜査の内容等が記載ないし記録されているものと推認することができるところ,このような取調メモ等が,供述者を取り調べた際の状況を推知させるための重要な資料となることは明らかである。そして,刑事訴訟規則198条の4第1項が「検察官は,被告人又は被告人以外の者の供述に関し,その取調べの状況を立証しようとするときは,できる限り,取調べの状況を記録した書面その他の取調べ状況に関する資料を用いるなどして,迅速かつ的確な立証に努めなければならない。」と規定していることに鑑みれば,取調状況を推知させる資料となり得る取調メモ等は,単なる個人的メモの領域を超えた捜査関係の公文書とみる余地があり,本件取調メモ等が証拠開示命令の対象となる「証拠」に該当しないとの検察官の主張はこれをたやすく採用することはできない。

(2) そこで,本件取調メモ等が主張関連証拠にあたるかについてさらに検討する。
 弁護人は,平成20年2月13日,検察官の証拠請求に係る被告人の検察官面前調書(乙8,9)中の一部を不同意とした上で,その理由として,刑事訴訟法198条3項の供述録取権を濫用したものであって違法証拠であり,あるいは信用性がない旨主張し,さらに,同月29日付け「意見書」において,上記主張を補充するものとして,各供述調書に関し,概要以下のとおり述べる。

@ 乙8号証の不同意部分のうち,1回目の実行行為のうち,「Aの左脇腹あたりを目がけて上から下に下ろすようにして包丁を刺しました。」との部分,「私は,その包丁がそれ以上刺さらなくなる所まで刺しました。」との部分及び「私は,はっきりとは覚えていませんが,刺さった状態でAが体を動かし,私も包丁の刃をへその方に動かしたので,その時,Aのお腹が横方向にも切れたと思います。」との部分は,被告人が検察官の質問に答えてもいないか,あるいは質問に対する答えを十分確定しないままに,検察官が裁判所に殺意の存在を認めさせるために有利な供述として記載したものである。

A 乙9号証の不同意部分には,

問  腹を刺したらAはどうなると思ったのか。
答  刺したときは,Aがどうなるなどと考える余裕もありませんでした。
問  Aを殺さないようにしようと思う余裕はあったのか。
答  そんなことを考える余裕はありませんでした。
問  余裕がなかったのはなぜか。
答  カッとなってすぐに刺したので,考える余裕もなかったのでした。

との記載がある。この質疑の中心は,「Aを殺さないようにしようと思う余裕はあったのか。」であり,この質問を中心,中核として質疑が構成されている。ここの一連の記載(録取)は検察官において被告人の殺意がないとの弁解を否定するために考え出したものと考える。被告人はその前の「腹を刺したらAはどうなると思ったのか。」という質問に,「刺したときは,Aがどうなるなどと考える余裕もありませんでした。」と答えているから,それで質疑は完結されている。それ以上に「Aを殺さないようにしようと思う余裕はあったのか。」と質問する必要はなく不当な誘導尋問である。実際の取調べの際,上記記載のごとく,「問」と「答」とがあったとは考えにくく,供述調書の作成にあたって検察官が勝手に質問と答えという形で供述を構成したと考えられる。

(3) 弁護人の上記主張は,要するに弁護人が不同意とした部分には,被告人が明確には述べていないこと(乙8),あるいは,被告人と検察官との間で実際にはなかったやりとり(乙9)が記載されていると主張するものであり,本件取調メモ等は,かかる主張と関連する証拠であるというものと解することができる。
 しかしながら,そもそも,基本事件における最大の争点は,被告人が殺意を有していたのかという点にあるところ,一般に,殺意の有無が問題となるような事態の下では,行為者も相当高度の興奮状態にあるのが通常なのであるから,その当時の心理状態を正確に認識し,かつこれを記憶することが困難な場合が多いのであって,殺意の有無に関する行為者の供述には,往々にして記憶に基づくものではなく,行為当時の情況を追想ないし聞知した結果から判断した意見にすぎないものがあるとみるべきである。従って,殺意の有無を認定するにあたっては,行為当時の認識についての行為者の供述よりも,創傷の部位及び程度,凶器の種類及び用法,動機の有無,犯行後の行動等といった情況証拠を重視し,それらを総合して認定することが相当である。そうすると,基本事件の争点に対する判断にあたっては,弁護人が不同意との意見を述べる被告人の供述調書よりも,掲記の情況証拠を重視するべきであり,前記供述調書中の不同意部分が供述録取権の濫用にあたるとか,信用性がないとかということは,被告人側が防禦をするにあたって,さほどの重要性を持つものではないというべきである。
 また,取調メモ等が取調状況を推知させる資料となり得ることは前記のとおりであるものの,それらは,捜査官において,供述調書等の捜査書類を作成する際の備忘録として使用されている面を有しているのであるから,取調べの際の供述者の態度や取調官と供述者との問答を逐一記載したものではないものと推認することができる。そうすると,仮に本件取調メモ等に記載ないし記録されていないことが供述調書中に記載されていたとしても,そのことをもって,直ちに取調べの際に被告人が述べていないこと(乙8)や実際にはなかったやりとり(乙9)が調書に記載されたとの事実を推認することはできないのであり,結局,本件取調メモ等が,弁護人主張に係る事実の認定に資する度合いは極めて乏しいというほかない。
 してみると,検察官は,本件取調メモ等を開示することによって生じるおそれがある弊害の内容及び程度について特段の主張はしていないものの,弁護人の前記主張と本件取調メモ等とは,関連性が乏しく,開示の必要性が認められないから,開示をすることが相当であるとは認められない。

(4) 従って,本件取調メモ等は,法316条の26第1項所定の「開示をすべき証拠」には該当しない。

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