最新下級審裁判例

東京高裁第6刑事部決定平成19年08月10日

【事案】

1.原決定は,審理不尽の違法の結果,A及びBに関する各不起訴裁定書には刑訴法316条の20第1項に基づき開示をすべき要件が認められるのに,これらに関する事実を誤認し,これらの証拠の開示を命じなかったのであり,不当であるとして,その取消しとこれらの証拠の開示を命じる決定を求める事案。

2.本件の概要及び審理の経緯

 本件公訴事実の要旨は,被告人が,A及び氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,覚せい剤を輸入しようと企て,覚せい剤3kg弱を隠匿したスーツケースをマレーシアの空港で機内預託手荷物として預け,成田空港に到着させて輸入したという覚せい剤取締法違反,関税法違反事件である。公判前整理手続において,検察官は,要旨,Aが,マレーシアにおいて,「D」というイラン人から,本件覚せい剤が隠匿されたスーツケースを日本に運び,成田空港で合い言葉を告げてくるイラン人に渡すように指示され,知人女性のBと共に航空機に搭乗して来日し,成田空港の到着ロビーでこのスーツケースを携帯して待っていたところ,同じ航空機に搭乗して成田空港に到着したイラン人である被告人が,Aに近づき,上記合い言葉を告げた上,同人らを空港駐車場に案内しようとしたことなどを主張している。
 これに対し,弁護人は,公判前整理手続において,要旨,@被告人は,空港内の立体駐車場に車を停めていたが,駐車場に行く道が分からなかったため,Aらにこれを尋ねただけで,覚せい剤の密輸には関わっていないし,Aらが携帯していたスーツケースに覚せい剤が隠匿されていたことも知らなかった旨主張するとともに,A検察官は,A及びBに対する覚せい剤取締法違反の嫌疑が明白かつ十分であり,重大なものであったにもかかわらず,両名を釈放し不起訴処分としているが,両名を釈放すれば両名が早期に国外退去することを十分に認識しながら,殊更そのような事態を利用しようとして,両名を釈放したものであるから,その各検察官面前調書は法321条1項2号前段書面として証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められ,証拠能力が認められず(最高裁平成7年6月20日判決・刑集49巻6号741頁),両名の第1回公判期日前の各証人尋問調書も,この最高裁判例の趣旨にかんがみ証拠能力が認められないと主張している。弁護人は,このAの主張に関連して,A及びBに関する不起訴裁定書の開示を請求したが,検察官がこれを不開示としたことから,裁判所に証拠開示命令を請求し,これを棄却した原決定に対して,本件即時抗告を申し立てたものである。
 なお,AとBは,本件当日である平成18年11月11日に,被告人との共謀による覚せい剤の営利目的所持事実で緊急逮捕されて,その後勾留され,Aについては11月28日に,Bについては同月27日に各検察官調書が作成され,さらに,両名について同月30日に第1回公判期日前の証人尋問が行われた後,翌12月1日に釈放されて入国管理局に引き渡され,同月8日に強制退去となり,同月28日に不起訴処分とされた。両名の各検察官調書と各証人尋問調書は,本件において検察官から証拠請求され(甲31ないし34),弁護人にも開示されている。また,弁護人は,AとBに関する不起訴裁定書のほかに,ア 本件当日の被告人らの成田空港内での行動を撮影したビデオテープ,イ マレーシア当局からの本件に関与している人物に関する情報についての証拠,ウ A及びBの逮捕時の状況に関して記載された逮捕手続書等,エ A及びBが本件犯行時所持していた所持品に関する証拠の開示を検察官に求め,既に検察官から該当する証拠の開示を受けている。

【判旨】

1.刑訴法316条の20第1項の要件について

 AとBの各検察官調書と各証人尋問調書に証拠能力が認められるかが,本件における検察官の立証及び被告人側の防御にとって重要な意味を有することは明らかであり,両名が,3kg弱の覚せい剤の営利目的所持の事実で逮捕・勾留されながら,起訴されることなく釈放され,退去強制となっていることからすると,検察官が両名を釈放して入国管理局に引き渡しながら,両名の各検察官調書と各証人尋問調書を証拠請求していることが,手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるかが問題となる。このような本件の争点に照らせば,両名に対する不起訴処分の内容が記載された不起訴裁定書が検察官が両名を釈放した措置の適正を検討する上で意味を有することは否定し得ず,弁護人の上記Aの主張と関連する証拠と認められる(検察官は,裁定請求に対する意見書において,不起訴裁定書は刑事裁判における公訴事実や情状に関する事実等の認定の基礎として用いられる「証拠」ではないから,証拠開示の対象とはならないと主張するが,本件のように不起訴処分に関連する訴訟手続の適正が重要な争点となっている事件等においては,不起訴裁定書も証拠開示の対象となり得るものと解される。)。
 しかしながら,検察官は,被疑事実に関して捜査機関が収集した証拠資料や,両名に対する捜査手続の経緯を明らかにする証拠資料を検討した上で,起訴・不起訴の判断を行うのであるから,A及びBを釈放した措置の適正を検討するためには,むしろ原資料としての証拠資料こそが重要であり,これが十分に開示されているのであれば,検察官が原資料に基づき不起訴処分を相当と判断する理由を記載した不起訴裁定書を開示する必要性は乏しい。この点,検察官は,両名の各検察官調書及び各証人尋問調書や,A及びBの捜査経過等に関する報告書,被告人の成田空港における行動を現認した状況や緊急逮捕した状況に関する数多くの報告書を含む検察官請求証拠を弁護人に開示するとともに,本件捜査に関与した警察官3名と担当検察官の証人尋問を請求し(これらの者が公判期日においてすると思料する内容が明らかになるような供述録取書等が弁護人に開示されていないのであれば,その要旨を記載した書面が弁護人に開示されることになる。),さらに,弁護人の証拠開示請求に応じて,上記アないしエに関する証拠を既に弁護人に開示しているのであるから,これに加えて不起訴裁定書を開示する必要性は乏しい。
 これによれば,その余の点を考慮するまでもなく,A及びBに関する各不起訴裁定書は,刑訴法316条の20第1項の要件を満たさないから,証拠開示を命じなかった原決定は相当である。

2.所論について

 なお,所論は,即時抗告申立書において,「本件公訴は,氏名不詳の検察官の統括の下,捜査開始当初から,違法な刑事免責の手法を捜査に活用するのみならず,その一連の違法取引の結果,収集・作出,派生した証拠を,あたかも証拠能力を有する適法な証拠であるかのごとく装って証拠調べ請求を行い,裁判所をしてその旨誤信させ,当該各証拠の証拠調べを行わせるとともに,当該証拠に基づいた有罪判決をへん取することを目的とした周到かつ綿密な計画に基づいて組織的に敢行された公訴提起であり,高度の違法性を有するから,公訴棄却されるべきである。」旨主張するに至り,この主張を前提として,証拠の関連性と開示の必要性を判断すべきであるのに,これを考慮せずに証拠開示を命じなかった原決定には,審理不尽の違法と事実誤認があると主張する。
 しかし,刑事訴訟法316条の20第1項,316条の26第1項に基づく証拠開示命令は,公判前整理手続において,弁護人が「証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張」(同法316条の17第1項)を明らかにしたことを前提として,これに関連すると認められる証拠について,開示の必要性の程度及び開示によって生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し,相当と認めるときに行うべきものである。
 弁護人は,本案被告事件の公判前整理手続においては,所論のような主張をしていないのであるから,原裁判所が,同手続及び証拠開示命令請求書における弁護人の主張内容を前提として,証拠開示に関する裁定の判断を行ったのは当然のことであり,むしろ,公判前整理手続で明らかにされていない主張を前提として判断することは許されない。したがって,即時抗告申立てに際して新たな主張を追加し,これに基づき原決定の取消しと証拠開示命令を求める所論は,それ自体失当である。

 

東京高裁第9刑事部決定平成20年08月19日

【判旨】

1.所論は,原決定は,証拠開示命令の対象とならない個人的メモの開示を命じたものであると主張する。そこで,本件大学ノートのうち,Bの取調べに関する記載部分(以下,「本件メモ」という。)が犯罪捜査規範13条に基づき作成すべき書面(以下,「13条書面」という。)に該当するか否かについて検討する。まず,本件大学ノートは,A警察官が担当ないし関与したと思われる事件について取調べの経過その他参考となるべき事項を専らその都度メモとして記載していたものであり,当時勤務していたD警察署における当番編成表が随所に貼付されるなど,全体として,それ以外の記載は見出せないものであって,本件メモも本件に関連して平成19年6月21日にE警察署でBの取調べを行う前ないしその際にメモとして作成したものである。その記載内容自体は,まさに心覚え的な事柄を書き散らした類のものであって,その証拠価値については疑問の余地があるが,それが13条書面に該当することは,客観的に明らかである。
 所論は,本件メモは個人的メモであり,最高裁平成19年12月25日第3小法廷決定・刑集61巻9号895頁にいう「専ら自己が使用するために作成したもので,他に見せたり提出することを全く想定していないもの」に当たると主張する。しかしながら,その表紙にハート型のシールが貼付されていたり,作成者をいわゆる丸文字体で「A」と記した模様入りのシールが貼付されていることなどは,本件大学ノートの内容に照らして13条書面であることを何ら左右するものではない。その体裁から私物であることが一見明白であるなどとはいえない。所論のとおり,その記載がA警察官以外の者が見てその内容を正確に理解することが困難な箇所もあるが,そのことは,メモである以上,13条書面であっても,大なり小なり起こり得ることであって,13条書面の該当性を否定するに足りる事情とはいえない。A警察官において後日証人になった場合に記憶喚起の手掛かりになればよいのであるから,他の者が見てその記載の意味が多少分からなくとも何ら差し支えないのである。
 さらに,所論は,本件大学ノートないし本件メモは他に見せたり提出することを全く想定していないものであると主張し,それに沿う内容のA警察官からの電話聴取書を提出している。しかし,13条書面か否かは,専らその書面の記載内容のもつ意味から考えるべきであって,客観的にみて13条書面であれば,「個人的メモの域を超え」て,これを職務上保管すべき義務がある「捜査関係の公文書」となるのであり,作成者個人の他に見せたり提出するつもりはないといった主観的な意図にはかかわらないのである。この所論は採用できない。

2.所論は,原決定は,捜査機関において保管中ではないものについて開示を命じたものであると主張する。前記最高裁決定が判示する「捜査機関において保管中のもの」に当たるか否かの点についてであるが,本件大学ノートは,A警察官がD警察署に勤務していた際に同署の自己の机の引出し内に保管して使用し,F警察署に転勤した後は自宅に持ち帰っていたが,本件事件に関連して検事から問い合わせがあったので,盗まれてはいけないと考え,F警察署へ持って行き,自分の机の引出しの中に入れて保管していたものである。
 所論は,本件大学ノートは,A警察官が私費で購入した後に継続的かつ個人的に使用していたものであって,警察が組織として保管していたものとは認められないと主張する。
 しかしながら,13条書面については,警察官においてこれを保管しておかなければならないのであって,そうである以上は,捜査機関において保管中のものということができる。
 13条書面に当たらないような個人的メモであれば,警察署の自分の机の引出しの中に終始保管していたとしても,捜査機関において保管中のものとはなし得ないのは当然であり,他方,13条書面であれば,本件のように,転勤後自宅に持ち帰ったとしても,捜査機関において保管中のものといえるのである。所論は,個人的メモだから,捜査機関において保管中のものに当たらないというにすぎない。この所論も採用の限りではない。

3.所論は,原決定は,本件において,Bの取調べ状況についての証拠調べが行われることが予定されていないのに,本件メモの開示を命じたものであると主張する。
 そこで,前記最高裁決定が判示する「当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合」といえるか否かについて検討する。所論は,現時点において,A警察官の証人尋問その他の証拠調べを行う予定は全くないから,本件開示命令が同決定に違反することは明らかであるという。しかしながら,Bの証人尋問が決定されたことから,検察官が同女の証人テストを行ったところ,突如として,被告人が本件の被害品であるクレジットカードを使用し,「G」とサインしたのを目撃した,その際に,同カードは,本件被害者であるGの家に入って取ってきたと教えられたという従前の取調べでは述べていなかったことを述べ出したというのである。この供述が真実であれば,被告人の弁解を根底から否定し,その犯人性を直接裏付ける重要なものであるから,同女の証人尋問においては,当然のことながら,その供述の信用性が争点となり,A警察官による従前の取調べではどのように述べていたのか,その点に言及していなかったとすれば,何故かなどの点が極めて重要な尋問事項となるといわざるを得ない。そうすると,現段階ではA警察官の証人尋問までは予定されていないけれども,Bの証人尋問において,A警察官による当該取調べ状況が問題となる以上は,「当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合」に当たるといわなければならない。この所論も採用できない。

4.所論は,原決定は,被告人側の主張との関連性や開示の必要性・相当性が認められないのに,本件メモについて開示を命じたものであると主張する。しかしながら,前述したようにB証人の証言内容は被告人にとって致命的ともいえる内容であることが十分予想され,同証人が従前の取調べでどのように述べていたかは重要な争点となるから,本件メモ自体は,その内容からして証拠価値に乏しいものともいえるけれども,今後のB証人の証言内容の如何によっては,その記載が新たな角度から意味をもってくる可能性は否定できず,関連性,必要性及び相当性があるとした原決定は正当である。本件では,原裁判所が検察官から本件大学ノートの提出を受けて,本件メモの開示を命じたものであるが,裁判所においてその内容を見て,開示の必要性や相当性を検討するとしても,弁護人に既に開示された証拠を見ていない裁判所が限られた資料からその内容の必要性や相当性を否定するには慎重であるべきであって,弁護人の観点からする検討の余地を与えることも重要であるというべきである。この所論も採用できない。

 

東京高裁第6刑事部決定平成21年05月28日

【事案】

 検察官は,請求証拠のうち,供述者や被害者の住居,職業,本籍,電話番号(以下,「本件各事項」ともいう。)について,刑訴法316条の14の開示義務を果たしていないとして,同法316条の26第1項による開示命令請求をしたのに対し,原決定は,弁護人が開示を求める証拠は,@書証にそもそも本件各事項の記載がないもの,A原本に本件各事項の記載がされているが,検察官は,原本の一部請求としてマスキングをして本件各事項を除いたその余の部分を証拠請求しているか,本件各事項を除いた部分の抄本を作成して証拠請求しているものと認められるとして,本件各事項が検察官の請求証拠に含まれていないことが明らかであるとし,本件証拠開示命令請求を棄却した。しかし,@の点については,本件各事項の記載がない証拠書類が存在するとは考えられず,Aの点についても,本件各事項を除外し,これを秘匿して証拠請求することはそもそも認められないとして,原決定の取消しと不開示部分の証拠開示命令を求める事案。

【判旨】

 供述録取書について,刑訴法上,署名押印が供述録取書の要件とされているという意味において供述者の氏名の点は必要的な記載事項といえるが,住居,職業等は,取調べを始めるに当たり,確認することが相当な人定事項にとどまり,取調官は,「司法警察職員捜査書類基本書式例」あるいは「事件事務規程(法務省訓令)」に基づく一定の様式の書式に従ってこれら事項を記入することとされているものの,刑訴法上,上記事項を記載すべきものとまではされていない。取調官は,合理的な理由があれば,その一部又は全部を記載しない取扱いをすることも可能であり,その記載がなくとも,刑訴法上は,供述録取書としての性質が失われるものではない。このような本件各事項の性質からすると,検察官が,事案の性質,内容,被告人と供述者との関係,供述者の状況等を踏まえ,証拠請求に当たり,証拠書類の人定事項欄から本件各事項を除外してその余の部分を証拠請求し,あるいは抄本化することも許されるというべきである。
 また,本件各事項が,供述証拠中に記載されている場合においても,上記と同様の観点から,公訴事実について立証責任を負う検察官が,その裁量により,本件各事項を除外して証拠請求することもできるというべきである。これは,供述録取書以外の証拠書類において,供述者の特定に係る事項として本件各事項が記載されている場合や,供述内容の一部として上記事項が記載されている場合においても異なるところはないと考えられる。
 所論は,証人尋問を請求するについては,あらかじめ,相手方に対し,その氏名のほかに,住居を知る機会を与えなければならない(刑訴法299条1項)と規定されていることを挙げ,証拠書類を請求する場合にも,上記規定の趣旨は及ぶ旨を主張する。
 しかし,証人尋問請求に当たり,証人の住居を知る機会を与える旨の上記規定の趣旨と,人定のため住居を供述録取書等に記載する趣旨とは異なると考えられ,証人尋問についての上記規定の趣旨を供述録取書等に及ぼし,住居を必要的な記載事項とした上,証拠開示においてもこれを必要的に開示すべきであるとする所論の解釈は採り得ないというべきである(なお,刑訴法299条の2,3では,証拠書類等の開示により,住居,勤務先等が明らかになる場合を想定し,検察官あるいは弁護人に一定の配慮を求める旨を規定しているが,これらの規定は本件各事項を除外して証拠書類の一部請求をすることを許さないとする趣旨のものでないことも明らかである。)。

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