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最高裁判所第二小法廷決定平成22年03月17日

【事案】

 被告人が,難病の子供たちの支援活動を装って,街頭募金の名の下に通行人から金をだまし取ろうと企て,平成16年10月21日ころから同年12月22日ころまでの間,大阪市,堺市,京都市,神戸市,奈良市の各市内及びその周辺部各所の路上において,真実は,募金の名の下に集めた金について経費や人件費等を控除した残金の大半を自己の用途に費消する意思であるのに,これを隠して,虚偽広告等の手段によりアルバイトとして雇用した事情を知らない募金活動員らを上記各場所に配置した上,おおむね午前10時ころから午後9時ころまでの間,募金活動員らに,「幼い命を救おう!」「日本全国で約20万人の子供達が難病と戦っています」「特定非営利団体NPO緊急支援グループ」などと大書した立看板を立てさせた上,黄緑の蛍光色ジャンパーを着用させるとともに1箱ずつ募金箱を持たせ,「難病の子供たちを救うために募金に協力をお願いします。」などと連呼させるなどして,不特定多数の通行人に対し,NPOによる難病の子供たちへの支援を装った募金活動をさせ,寄付金が被告人らの個人的用途に費消されることなく難病の子供たちへの支援金に充てられるものと誤信した多数の通行人に,それぞれ1円から1万円までの現金を寄付させて,多数の通行人から総額約2480万円の現金をだまし取ったという街頭募金詐欺の事案。

【判旨】

 所論にかんがみ,本件詐欺の罪数関係及びその罪となるべき事実の特定方法につき職権で判断する。
 本件においては,個々の被害者,被害額は特定できないものの,現に募金に応じた者が多数存在し,それらの者との関係で詐欺罪が成立していることは明らかである。弁護人は,募金に応じた者の動機は様々であり,錯誤に陥っていない者もいる旨主張するが,正当な募金活動であることを前提として実際にこれに応じるきっかけとなった事情をいうにすぎず,被告人の真意を知っていれば募金に応じることはなかったものと推認されるのであり,募金に応じた者が被告人の欺もう行為により錯誤に陥って寄付をしたことに変わりはないというべきである。
 この犯行は,偽装の募金活動を主宰する被告人が,約2か月間にわたり,アルバイトとして雇用した事情を知らない多数の募金活動員を関西一円の通行人の多い場所に配置し,募金の趣旨を立看板で掲示させるとともに,募金箱を持たせて寄付を勧誘する発言を連呼させ,これに応じた通行人から現金をだまし取ったというものであって,個々の被害者ごとに区別して個別に欺もう行為を行うものではなく,不特定多数の通行人一般に対し,一括して,適宜の日,場所において,連日のように,同一内容の定型的な働き掛けを行って寄付を募るという態様のものであり,かつ,被告人の1個の意思,企図に基づき継続して行われた活動であったと認められる。加えて,このような街頭募金においては,これに応じる被害者は,比較的少額の現金を募金箱に投入すると,そのまま名前も告げずに立ち去ってしまうのが通例であり,募金箱に投入された現金は直ちに他の被害者が投入したものと混和して特定性を失うものであって,個々に区別して受領するものではない。以上のような本件街頭募金詐欺の特徴にかんがみると,これを一体のものと評価して包括一罪と解した原判断は是認できる。そして,その罪となるべき事実は,募金に応じた多数人を被害者とした上,被告人の行った募金の方法,その方法により募金を行った期間,場所及びこれにより得た総金額を摘示することをもってその特定に欠けるところはないというべきである。

【須藤正彦補足意見】

 私は,法廷意見に賛成するものであるが,さらに,被害者の錯誤の介在や被害金額という視点から,以下の点を付言しておきたい。
 詐欺罪は,欺もう行為による被害者の錯誤(瑕疵ある意思)に基づき,財物の交付又は財産上の利益の移転がなされることによって成立する犯罪である。そうすると,詐欺罪において,複数の被害者がある場合には,各別の瑕疵ある意思が介在するから,一般的にはこれを包括評価するのは困難であり,個々の特定した被害者ごとに錯誤に基づき財物の交付又は財産上の利益の移転がなされたことが証明されなければならず,個々の特定した被害者ごとに被告人に反証の機会が与えられなければならないのであるが,犯意・欺もう行為の単一性,継続性,組織的統合性,時や場所の接着性,被害者の集団性,没個性性,匿名性などの著しい特徴が認められる本件街頭募金詐欺においては,包括評価が可能であり,かつ,相当であると考えられる。しかし,被告人が領得した金員の額が詐欺による被害金額であるというためには,その金員は欺もう行為による被害者の錯誤に基づき交付されたものでなければならず,本件の場合も,原判決が認定した約2480万円が被害金額であるというためには,その全額が,寄付者が被告人の欺もう行為によって錯誤に陥り,そのことによって交付した金員でなければならない。そうすると,不特定多数であるにせよ,個々の寄付者それぞれに錯誤による金員の交付の事実が合理的な疑いを差し挟まない程度に証明された場合にのみ,その交付された金員の額が被害金額として認定されるというべきである。本件のように包括一罪と認められる場合であっても,被害金額については可能な限り特定した被害者ごとに,錯誤によって交付された金員の額が具体的に証明されるべきであって,それによって他の被害者の寄付も錯誤によってなされたとの事実上の推定を行う合理性が確保されるというべきである。したがって,例えば,一定程度の被害者を特定して捜査することがさして困難を伴うことなく可能であるのに,全く供述を得ていないか,又はそれが不自然に少ないという場合は,被告人が領得した金員が錯誤によって交付されたものであるとの事実の証明が不十分であるとして,被害金額として認定され得ないこともあり得ると思われる。

【千葉勝美補足意見】

 私は,法廷意見に賛成するものであるが,本件犯罪行為を一体のものと評価し包括一罪として扱うことについて,次の点を補足しておきたい。
 一般に,包括一罪として扱うためには,犯意が単一で継続していること,被害法益が一個ないし同一であること,犯行態様が類似していること,犯行日時・場所が近接していること等が必要であるとされることが多い(犯意の単一性及び被害法益の同一性を挙げるものとして,最高裁昭和29年(あ)第180号同31年8月3日第二小法廷判決・刑集10巻8号1202頁)。このような見解が示されるのは,特定の構成要件に該当する複数の行為を全体として一つの犯罪として評価するのに相応しいものであるかどうかという観点からみると,上記の犯意の単一性・継続性等々が認められれば,通常はそのような評価が可能になるからである。私も,この見解は基本的には堅持されるべきものと考えている。そして,これを基に,多数人に対し欺もう行為を行ったという詐欺罪について考えると,通常の犯行態様を念頭に置く限り,複数の被害者ごとに法益侵害があり,被害法益が一個とはいえないので,これを包括一罪として扱うことはできないということになろう。
 しかし,上記の被害法益が一個であること等は,包括一罪として扱うための「要件」とまで考えるべきではなく,あくまでも,包括一罪としてとらえることができるか否かを判断するための重要な考慮要素と考えるべきであり,これらのどれか一つでも欠ける場合は,それだけで包括一罪としての評価が不可能であるとまで言い切る必要はない。本件のように,通常の詐欺罪とは異なる犯行態様で欺もう行為がされた場合は,原点に立ち返って,全体として一つの犯罪と評価して良いかどうかを,具体的に見ていく必要があろう。
 本件においては,犯意は一個であり,欺もう行為も全体として一連の行為と見ることができよう。問題は,被害法益をどうとらえるかである。詐欺罪の保護法益は,個人の財産権であって,それは被害者ごとに存在するものであり,本件においてもその点は変わらない。集団的・包括的な財産権のような法益概念を想定し,その法益侵害があったというとらえ方は,そのような特殊な被害法益を新たに創設するものであり,これは,立法論としてはあり得なくはないが(もっとも,そのような法益概念は,その内容・外延が不明確であり,立法論としても慎重な検討が求められるところである。),現行刑法の詐欺罪における被害法益概念とは異なるものといわなければならない。法廷意見は,被害法益は被害者個々人ごとに存在することを前提としているものであり,その点では,現行刑法の詐欺罪の従来の概念を一部変更するようなものではない。
 ところで,これを前提に考えた場合,本件街頭募金詐欺の犯行態様,特に,その被害者の被害法益に着目してみると,被害者は,自分が寄付した金額について,明確な認識を有しなかったり(例えば,ポケットに在った小銭をそのまま金額を確認せず募金箱に投入したケースなどが考えられる。),あるいは,認識を有していても,街頭で通りすがりの際の行為であるから,寄付の金額自体に重きを置いておらず,その金額を早期に忘却してしまうこと等があることが容易に推察されるところである。そして,募金箱に投入された寄付金は,瞬時に他と混和し,特定できなくなるのである。このように,本件においては,被害者及び被害法益は特定性が希薄であるという特殊性を有しているのであって,これらを無理に特定して別々なものとして扱うべきではない。
 欺もう行為が不特定多数の者に対して行われる詐欺は,本件のような街頭募金詐欺以外にも存在するところであり,虚偽の情報を広く流して不特定多数から多額の出資を募り,一定の金員を詐取するなどがその例である。しかしながら,このような犯罪は,欺もう行為が不特定多数に対してされたとしても,被害者は,通常は,その出資金額(多くの場合,多額に及ぶものであろう。)を認識しており,その点で,被害者を一人一人特定してとらえ,一つ一つの犯罪の成立を認めて全体を併合罪として処理することが可能であるし,そうすべきものである。
 他方,本件は,前述したように,被害者ないし被害法益の特殊性があり,それを被害者単位に犯罪が成立していると評価して併合罪として処理するのは適当でないと思われる。そして,実際上も,被害者及び被害金額を特定することは,多くの場合不可能であり,例外的に特定できたケースに限ってしか犯罪の成立を認めないという考え方は,街頭募金詐欺の上記の特殊性を無視するものであり,採り得ないところである。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成22年03月18日

【事案】

1.上告人Y1の理事であった被上告人らが,上告人Y1の理事会において,上告人Y2及び同Y3を上告人Y1の新理事に選任する旨の決議がされたことにつき,@上記決議における理事らの議決権の行使は錯誤により無効である,A上記議決権の行使は詐欺によるものであるから取り消す,B上記決議は解除条件の成就により失効したなどと主張して,上告人らに対し,上記決議が無効であることの確認等を求める事案。

2.事実関係の概要

(1) 上告人Y1は,A学園高等学校を設置する学校法人である。
 その寄附行為によれば,上告人Y1の理事は,@A学園高等学校の学校長,A評議員のうちから評議員会において選任した者,B学識経験者のうちから理事会において選任した者とされている。

(2) 平成10年9月当時の上告人Y1の理事は被上告人らを含む7名(以下「旧理事ら」という。)であり,理事長は被上告人X1であった。被上告人らはBの理事を,被上告人X1はBの理事長をそれぞれ兼ねており,いずれも,Bの意向に従って上告人Y1の理事に就任していたもので,旧理事ら及びBは,上告人Y1の金融機関に対する借入金債務約32億円の全部又は一部について連帯保証をしていた。

(3) 同年10月23日ころ,被上告人X1と上告人Y2との間において,旧理事らは,上告人Y1の理事を辞任し,上告人Y1の理事会において,上告人Y2及びその推薦する者を後任の理事に選任する旨の決議をすること,上告人Y2は,B又はその関係者に対し合計2億1500万円を支払うほか,上告人Y2の責任において,上告人Y1の債権者である金融機関と交渉し,債権者から債務免除を受けるなどの方法により旧理事ら及びBの上記連帯保証債務を免れさせることなどを内容とする合意(以下「本件合意」という。)が成立した。

(4) 本件合意の成立に向けた交渉は,本件合意の数か月前に始まったが,金融機関に対する債務の借換えの約束を上告人Y2が実行できず,いったん取りやめになっていたところ,上告人Y2において,学校法人C大学の前理事長Dらの大物3名の理事への就任が予定され,将来的にはC大学がA学園を経営することなどを説明し,これにより借換えが可能になると被上告人らが信用したため,本件合意が成立したものである。

(5) 本件合意に従い,同年11月2日午前9時開催の上告人Y1の理事会において,被上告人らその他の旧理事らは,上告人Y1の理事をそれぞれ辞任するとともに,寄附行為の規定により後任の理事が選任されるまでの理事としての職務を行う者として,上告人Y2,同Y3ほか4名を新理事に選任する旨の決議案に賛成する旨の議決権の行使(以下,上記の辞任の意思表示と議決権の行使を併せて「本件議決権行使等」という。)をし,その旨の決議(以下「本件理事選任決議」という。)がされた。

(6) 次いで,同日午前11時開催の上告人Y1の理事会において,新理事出席の下,上告人Y2を上告人Y1の理事長に選任する旨の決議がされた。上告人Y2については,その後上告人Y1の理事長を辞任した旨の理事会の議事録が作成され,その旨の登記がされたが,同年12月25日開催の上告人Y1の理事会において,改めて,上告人Y1の理事長に選任する旨の決議がされた(以下,上記各理事長選任決議を併せて「本件理事長選任決議」という。)。

(7) 本件合意に従い,上告人Y2は,B又はその関係者に対し,同年11月9日までに合計2億1500万円を支払った。

(8) 上告人Y2は,上告人Y1の金融機関に対する上記借入金債務について連帯保証をしたが,債権者である金融機関は,上告人Y2の資力,信用のみをもってしては,被上告人ら及びBの上記連帯保証債務を免除することはできないとして,その免除に応じなかった。

(9) 上告人Y2が上告人Y1の理事に就任すると述べた大物3名のうち,Dほか1名は理事に就任したが,平成11年4月以降辞任し,他1名の理事就任予定者については,理事選任決議,就任登記がされたものの,平成10年11月登記が抹消された。また,C大学による経営の話については,平成11年5月ころ行われた協議において,Dから債務肩代わりの申出があったが,経営の実権を取り上げようとしているものと考えた上告人Y2は,これを断った。

3.原審は,次のとおり判示して,被上告人らの請求のうち,@上告人らに対し本件理事選任決議及び本件理事長選任決議が無効であることの確認を求める部分,A上告人Y1に対し上告人Y2及び同Y3が上告人Y1の理事でないことの確認を求める部分をいずれも認容した。
 上告人Y1の旧理事らが本件議決権行使等をしたのは,上告人Y2が本件合意に従い金融機関と交渉して旧理事ら及びBの前記連帯保証債務を免れさせる旨の債務(以下「本件債務」という。)を履行することができると信じていたからであったところ,上告人Y2は,金融機関に上記連帯保証債務の免除を承諾させるような資力や信用を自身は有しておらず,そのような資力や信用を有する第三者の協力を確保することもできなかったのであって,これらのことに照らすと,上告人Y2には本件債務を履行する力量がなかったと認められる。したがって,本件議決権行使等には動機の錯誤があり,この動機は表示されていたから,本件議決権行使等は,いずれも錯誤により無効となる。そうすると,本件議決権行使等により成立した本件理事選任決議はもとより,本件理事選任決議を前提とする本件理事長選任決議も無効となる。

【判旨】

 原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 金融機関と交渉して当該金融機関に対する連帯保証人の保証債務を免れさせるという債務を履行する力量についての誤信は,ただ単に,債務者にその債務を履行する能力があると信頼したにもかかわらず,実際にはその能力がなく,その債務を履行することができなかったというだけでは,民法95条にいう要素の錯誤とするに足りず,債務者自身の資力,他からの資金調達の見込み等,債務の履行可能性を左右すべき重要な具体的事実に関する認識に誤りがあり,それが表示されていた場合に初めて,要素の錯誤となり得るというべきである。認定事実によれば,被上告人らが上告人Y2に本件合意を履行する能力があると信じた事情として,上告人Y2から前記の大物3名の上告人Y1の理事への就任が予定され,将来的にはC大学がA学園を経営することになるという説明がされたことがあるが,これらは,本件議決権行使等の当時においては現実に存在した事柄であったということができ,その後同理事らが辞任するなどし,C大学側との協議が成立するに至らなかったとしても,本件議決権行使等の当時においてこれらの点につき錯誤があったことになるものではない。そのほかに,上告人Y2の資力,資金調達の見込み等,債務の履行可能性を左右すべき重要な具体的事実に関して,被上告人らに錯誤があったことをうかがわせる事情は存しないから,上告人Y2が本件債務を履行する力量を備えているものと信頼していたとしても,その信頼が表示されていたか否かにかかわらず,要素の錯誤があったものとはいえない。
 そうすると,旧理事らによる本件議決権行使等が要素の錯誤により無効であるということはできない。

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