平成22年度新司法試験の結果について(3)

得点調整との関係

新試験の足切りは、素点ベースで行われる。
これに対し、法務省の公表する得点別人員は調整後の数字である。
そこで、両者を比較することで、得点調整の影響を推測することができる。
以下は、その比較表である。

 

素点ベース

調整後ベース

公法

130

188

民事

58

336

刑事

160

226

倒産

42

112

租税

10

経済

29

知財

20

39

労働

36

101

環境

21

国際公法

国際私法

18

公法系の採点に変化

旧司法試験では、調整後ベースだったため、平成16年度まで、足切りは生じなかった。
(もっとも、平成17年度以降は、足切りが生じた可能性が高い。)
すなわち、旧試験では得点調整が救済的に働いていた。
他方、新司法試験では、逆に得点調整によって、足切りが増えることが多い。
すなわち、素点ベースとなったことが、かえって救済的に働いている。
民事系はその傾向が強く、今年度でも得点調整後は200人以上足切りが増加する。
上記の基本的な仕組みは、「司法試験得点調整の検討」で詳しく述べた(3章及び4章参照)。

ただ、これまでは、新試験においても公法系だけは例外だった。
素点ベースの方が、調整後ベースより足切りが多かった。
以下は、各年度の公法系における素点ベースと調整後ベースの足切り者の推移である。

年度

素点ベース

調整後ベース

18

10

19

38

29

20

166

98

21

173

146

22

130

188

平成21年度までは、平成18年度を除き、素点ベースの方が多い。
素点が極端に低いか、バラつきが大きいためである(司法試験得点調整の検討第4章参照)。
しかし、今年度は、これが逆転している。
このことは、今年度の公法系の採点傾向に変化がみられたこと。
すなわち、他科目とあまり変わらなくなったことを示している。

他方、今年度足切りが急増した刑事系。
採点傾向に、変化が生じていそうである。
しかし、他科目同様、得点調整により足切りが増えている。
この点では、特に特徴はみられない。
従って、従来の公法系のような極端な採点になったわけではない。

低得点、横並びが生む弊害

上記のように、今年度は全科目において調整後に足切りが増加した。
これは、どの科目も、素点段階ではあまり差が付いていないことを示す。

一方、論文平均点(=素点の全科目平均点)は低下している。
ほとんどの受験生が、底辺で横並びになっている。

この結果の原因は、何か。
受験生の質の低下は、もちろんあるだろう。
しかし、それは低得点の理由になっても、横並びの理由にはならない。
上位陣が、素点段階で下位陣と決定的な差を付けられない。
それは、なぜなのか。
考えられるのは、問題が難しすぎること。
そして、考査委員が救済的採点をしていないことである。
すなわち、本来想定された解答ではないが、思考力はあるから評価する。
そういう善意の採点をしていない、ということである。
新試験の問題は、考査委員が期待するような答案を時間内に書けるようなものではない。
普通に採点すれば、どの答案の得点も底辺に張り付くのは当然である。

丙案導入前後の旧試験は、意図的に簡単な問題を出題していた。
若手でも解けるように、という配慮からである。
そういう問題は、勉強すれば解けるし、していなければ解けない。
それなりに、はっきり差が付く問題となる。
もっとも、それでは若手より長期の受験者の方が解けてしまう、ということもあった。

衆院法務委員会平成03年03月19日鈴木重勝参考人の意見より引用、下線は筆者)

○鈴木参考人 早稲田大学の鈴木と申します。・・・まず、司法試験が過酷だとか異常だとか言われるのは、本当に私ども身にしみて感じているのでありますけれども、何といっても五年も六年も受験勉強しなければ受からないということが、ひどいということよりも、私どもとしますと、本当にできる連中がかなり大勢いまして、それが横道にそれていかざるを得ないというところの方が一番深刻だったのです。
 だんだん申し上げますけれども、初めは試験問題の改革で何とかできないかということで司法試験管理委員会から私ども言われまして、本当はそれを言われるまでもなく私ども常々感じていましたから、何とか改善できないかということで、出題を、必ずしも知識の有無とか量によって左右されるような問題でなく、また採点結果もそれによって左右されないような問題をやったのですけれども、これは先生方ちょっとお考えいただけばわかるのですけれども、例えば三年生と四年生がいましてどっちがよくできるかといえば、これはもう四年生の方ができるに決まっているのです。今度は四年生と三年も浪人した者とどっちができるかといえば、こっちの方ができるに決まっているのです。ですから、逆に言いますと、在学生でも十分な解答ができると思うような問題を一生懸命つくりましても、そうすると、それはその上の方の連中ができるに決まっておる。しかも、単にできるのじゃなくて、公平に見ましても緻密で大変行き届いた答案をつくり上げます。表現も的確です。ですから、これはどう考えても初めから軍配が決まっていた感じはするのです。
 ところが、それでは問題が特別そういうふうに難しいのかと申しますと、これははっきり申し上げますけれども、確かにそういう難しいという批判はございます。例えば裁判官でもあるいは弁護士でも、二度とおれたちはあの試験は受からぬよ、こう言うのですけれども、それはもう大分たたれたからそういうことなんでありまして、現役の学生、現場の受けている学生にとりましては、そんな無理のないスタンダードの問題なんですね。どのくらいスタンダードかと申し上げますと、例えば、まだことしは始まっておりませんけれども、ことし問題が出ます。そうしますと、ある科目の試験問題、大体二問でできておりますから、二問持たせまして、そして基本参考書一冊持たせます。学校で三年、四年ぐらいの、二年間ぐらい終わった連中に基本参考書一冊持たせて、そして一室に閉じ込めて解答してみろとやります。そうすると、ほぼ正解というか、合格答案がほとんど書ける状況なんです。ですから、私ども決して問題が特別難しいとは思っていないわけでありますけれども、やはり長年やっていた学生、いわゆるベテランの受験生はそこのところは大変心得ておりまして、合格できるような答案を物の見事につくり上げるのです。
 その秘密は、見てみますと、大体長年、五年でも六年でもやっている連中は、もちろんうちにいるだけじゃなくて、さっきから何遍も言っておりますように、予備校へ参ります。そうしますと、模擬試験とか答案練習という会がございます。そこで、私どもがどんなに工夫しても、その問題と同じ、あるいは類似の問題を既に練習しているのですね。例えば五年、六年たちました合格者で、模擬試験で書かなかった問題がないと言われるくらい既に書いているわけです。ですから、これはよくできるのは当たり前。しかも、それは解説つきで添削もしてもらっていますから。ところが、そうすると現役の方はどうかといいますと、それほど経験も知識もありませんから、試験場で初めてその問題と直面して、そもそも乏しい知識を全知全能を絞ってやるわけですけれども、やはりこれは知れているものです。差が出てくるという、初めから勝負が決まっているという感じがします。
 こういうところから、私ども何とかできないか、試験の出題とか採点でできないかと思ったのでありますけれども、どうもそれには限界があるということがだんだんわかってきました。時には私どもちょっと絶望していた時期もありますけれども、何とかならないかということで、試験問題もだめ、それから採点の方もうまくいかない・・・(後略)。

(引用終わり)

実際、当時の旧試験において、(調整後ベースの)足切りは生じていなかった。
これは、素点のバラつきが大きかったことを示す。
その時代は、素点段階ではっきり差が付いていた。

しかし、新試験になって、ローで学ばない事項、極端な応用的事項を平気で出題するようになった。
むしろ、一般的な体系書に載っていない事項を、好んで出している。
これでは、基本書を持たせて部屋に閉じ込めても、書けない。
反予備校や、実務との架橋等を重視しすぎたためと思われる。
結果、誰も解けない、ということが起きる。
それでも、考査委員がうまく差をつける採点をすれば、底辺に張り付くことはない。
しかし、そういう採点は、されていない。

そうなると、どういうことが起きるか。
素点が底辺に張り付く場合、得点調整で強制的に得点差が作られる。
結果、ささいな点数差が、大きな点差となる(司法試験得点調整の検討31p参照、但し、全体平均点が低い場合、得点の押上げは生じない)。
そうすると、特に理由のない印象点によって、合否が左右されることになる。
今年度は、その要素が特に強いといえる。
「あの人はできるのに、なぜ不合格なのだろう?」
「なんであんな人が合格できたのだろう?」
今年度は、そういう疑問の残る結果が生じ易い。
昨年度からの短答の比重低下も、これを助長している。
短答は、勉強量がダイレクトに結果に反映する。
短答の比重低下によって、そのような勉強が合否に影響しづらくなってしまった。
その意味で、新試験は運の要素が強くなってきたといえる。

負のサイクル

とはいえ、全く運だけで決まるというわけではない。
実力の差は、数字としては合否にはっきり現れている。
以下は、終了年度別・既修未修別合格率である。

 

受験者数

合格者数

合格率

17年度既修

149

4.02%

18年度既修

155

12

7.74%

18年度未修

538

32

5.94%

19年度既修

412

96

23.3%

19年度未修

940

138

14.6%

20年度既修

870

308

35.4%

20年度未修

1367

249

18.2%

21年度既修

1769

820

46.3%

21年度未修

1963

413

21.0%

今年度も、昨年度同様、以下の二つの法則が成り立っている。

1:同じ年度の修了生については、常に既修が未修より受かりやすい。
2:既修者・未修者の中で比較すると、常に年度の新しい者が受かりやすい。

上記の観点から、まとめ直したものが、下の表である。

修了
年度

既修
合格率

既修
前年度比

未修
合格率

未修
前年度比

既修−未修

18

7.74%

+3.72%

5.94%

---

1.8%

19

23.3%

+15.56%

14.6%

+8.66%

8.7%

20

35.4%

+12.1%

18.2%

+4.4%

17.2%

21

46.3%

+10.9%

21.0%

+2.8%

25.3%

まず、上記1の観点から、既修−未修をみてみる。
年度の新しい修了生ほど、差が開いている。
これは、不合格・受控えという負の選抜による効果と考えられる。
つまり、既修者のうち、実力のある者は合格していく。
そのため、本来の既修者の実力を持っていない者だけが、滞留する。
その結果、未修とあまり差が付かなくなっていく。

次に、上記2の観点から、前年度比に着目する。
平成18年度既修の数字を除けば、年度が新しくなるごとに、差が小さくなっている。
このことは、不合格・受控えが重なると、受かりにくさが加速することを示す。
現在の三振制度は、この数字をみる限り、合理性がある。
確かに、三振してもローに入り直したり、予備試験を受けることはできる。
しかし、それで合格できる可能性は、極めて低いと推測できる。

各年度別の合格者年齢をみると、上記と符合していることがわかる。
以下は、これまでの短答合格者及び論文合格者の平均年齢の推移である。

年度

短答合格者

論文合格者

短答−論文

18

29.92

28.87

1.05

19

30.16

29.20

0.96

20

30.36

28.98

1.38

21

30.4

28.84

1.56

22

30.8

29.07

1.01

短答は概ね30歳、論文は概ね29歳で安定している。
前年度の滞留者が参戦すれば、合格者年齢は上昇するはずである。
滞留者は、確実に1つ歳をとるからである。
にもかかわらず、合格者年齢の上昇傾向はみられない。
このことは、不合格・受控えをした者が合格できていないことを示している。

また、短答から論文になると、概ね1歳若くなる。
論文は、短答よりも勉強量以外の要素が強いことを示している。
受控えて勉強しても、成果に繋がりにくい。

これらのことから言えることは、まず既修を目指せということである。
法学部卒でないから、未修がよいのではないか。
法学部卒だが、まだ実力に自信がないから未修にしておこう。
そういう発想は、誤りということである。
予備校を使ってもよいから、独学で既修合格レベルに達する。
その力がなくては、本試験合格は難しいと思わなければならない。
このことは、法学部卒か、そうでないかにかかわらない。

法学部卒かどうかが重要でないことは、以下のデータからもわかる。
今年度の法学部非法学部・既修未修別合格率である。
(但し、受験者数がわからないため、受験予定者数ベースの数字である。
従って、受控えも不合格扱いとなっている。)

 

受験予定者
合格率

既修法学部

31.5%

既修非法学部

28.7%

未修法学部

13.0%

未修非法学部

10.1%

法学部かどうかは、2〜3%程度影響している。
しかし、既修か未修かによって、決定的な差が付いている。

これまでの本試験問題をみる限り、ローの講義だけでは足りない。
ロー入学後、独学で合格レベルに達する必要がある。
合格に直結しないローの課題をこなしつつ、独学で合格のための勉強をする。
これが、合格に必要なロー生活のイメージである。
そうである以上、独学で既修レベルにも達しない者。
そういう者が未修で入学しても、独学で合格レベルに達するのは無理である。
どうしても既修者試験に受からない場合は、その時点であきらめる。
また、ローを卒業した後、受控えはしない。
そして、最初の一発で受からないと、もう受からない。
そういう覚悟で、入学後は学習計画を立てる。
受控えの選択肢は、ないと思っておく。
そして、3回連続で全力受験し、ダメならあきらめる。

入学の段階で妥協し、未修で入学する。
ロー在学中に妥協し、漫然と講義や課題だけをこなして過ごす。
ロー卒業段階で妥協し、まだ実力が伴わないとして受け控える。
そういうことをやれば、10年単位で時間を失うことになりかねない。
上記のような場合、ロー卒業後になって初めて、独学の必要性に気付く。
しかし、その方法がわからないから、何年経っても伸びることがない。
結果、無為に5年を過ごし、惰性で予備試験に流れることになる。
試験に費やした時間が長くなれば、それを無駄にしたくないという気持ちがつのる。
だんだんと、あきらめることが難しくなる。
次第に歳をとり、他の就職の選択肢も狭まる。
過酷な負のサイクルである。
一度そのサイクルに入ってしまうと、ほとんど抜け出せない。
最悪、受験だけで人生が終わる。
その恐ろしさを、ロー入学前の段階で知っておき、予め回避する計画を練っておくべきである。

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