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最高裁判所第一小法廷判決平成22年03月25日

【事案】

1.高槻市の住民である被上告人が,同市が職員の福利厚生のための事業を委託している上告補助参加人に対する同市からの補給金の支出が違法であり,上告補助参加人は同市に対して上記支出額に相当する金員を不当利得として返還すべきであるのに,上告人らはその返還請求を違法に怠っているなどと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,上告人らに対し,上告補助参加人に対して上記不当利得の返還請求をすべきこと等を求めている事案。

2.事実関係の概要

(1) 上告補助参加人は,大阪府下の市町村及び一部事務組合の常勤の職員等を会員とし,会員の福利増進,生活の向上を期すること等を目的とする社団法人であり,その給付事業として,退職等によって会員資格を喪失した者に対する退会給付金の給付等を行っていた。
 上告補助参加人は,事業の経費に充てるため,会員から毎月会費を徴収するほか,会員の所属する市町村等から毎月補給金の払込みを受けていた。

(2) 高槻市は,高槻市職員の厚生制度に関する条例(昭和52年高槻市条例第1号)に基づき,上告補助参加人との間で職員の福利厚生事業に係る委託契約を締結し,平成7年度から同16年度まで及び平成17年4月から同年11月までの間,上告補助参加人に対し,補給金(以下「本件補給金」という。)を支出した。

(3) 上告補助参加人は,平成17年11月,退会給付金制度を廃止し,上告補助参加人の流動資産のうち100億円を上記制度の廃止に伴う清算金として各市町村等に返還することとし,高槻市に対しては,同年12月,4億6835万7550円(以下「本件清算金」という。)を返還した。高槻市は,本件清算金について,平成17年度において歳入の調定をし,予算科目を雑入として,4億0531万1683円を一般会計(市長部局)に,2642万6456円を水道事業会計に,3421万6100円を自動車運送事業会計に区分して収納した。

(4) 上告補助参加人は,平成20年6月19日付け書面をもって,上告人らに対し,本件訴訟において本件補給金相当額が不当利得に当たるとされる場合には,本件清算金を平成17年4月分から同年11月分までの返還債務に充当し,その残額については,平成16年度分,同15年度分及び同14年度分の返還債務に順次充当することを申し入れ,上告人らは同20年6月23日これを承諾した(以下,これによる合意を「本件充当合意」という。)。

3.原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断し,被上告人の請求を,上告人らがそれぞれ上告補助参加人に対し下記(1)の各金額の不当利得返還請求をするよう求める限度で認容すべきものとした。

(1) 平成16年8月分から同17年11月分までの本件補給金のうち,退会給付金等の給付に充てられた部分(市長部局につき1億7649万7481円,水道事業につき1110万3988円,自動車運送事業につき1334万0843円)に係る支出は,給与条例主義を潜脱するものとして違法であり,高槻市は,上告補助参加人に対し,上記と同額の不当利得返還請求権(以下「本件請求権」という。)を有する。

(2) 本件清算金の返還は,退会給付金制度の廃止により不要となった補給金を不当利得として清算する趣旨でされたものであるところ,高槻市は,受領した本件清算金につき,平成17年度において歳入の調定をし,予算科目を雑入として収納手続を完了したことが認められるから,その時点で清算金の返還に関する債権債務は消滅したものというべきである。そうすると,それから2年6か月以上が経過した後にされた本件充当合意がその効力を有するということはできない。

【判旨】

1.原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 本件充当合意は,上告補助参加人が高槻市に対して本件清算金を返還した時点でいったん生じていた,清算金の返還に関する債権債務の消滅という効果を排除した上で,改めて本件清算金を本件訴訟において請求すべきことが求められている不当利得返還債務に充当するというものであると解されるところ,いったん弁済によって生じた法律上の効果を当事者双方の合意により排除することは妨げられないものというべきであるから(最高裁昭和33年(オ)第581号同35年7月1日第二小法廷判決・民集14巻9号1641頁参照),本件充当合意が清算金の返還に関する債権債務の消滅後にされたことのみを理由として,その効力を否定することはできない。このことは,本件清算金について歳入の調定及び収納がされたことによって左右されるものではない。
 なお,被上告人は,本件充当合意につき,実質的には債権の放棄を内容とするものであり議会の議決を要するとか,公序良俗に反するなどとも主張するが,前記事実関係の下では,上記各主張のようにいうことはできず,その他,本件充当合意の効力を否定すべき理由は見当たらない。
 したがって,高槻市が上告補助参加人に対して有していた本件請求権は,本件充当合意により,そのすべてが消滅したものというべきである。

2.以上によれば,本件充当合意の効力を否定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求を棄却した第1審判決の結論は正当であるから,同部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。

宮川光治補足意見】

 上告補助参加人が高槻市に本件清算金を返還した後,高槻市は歳入の調定をして収納手続を終えていたところ,返還後約2年6か月を経過した時点で,上告補助参加人と上告人らは,本件訴訟において本件補給金相当額が不当利得に当たるとされる場合には,本件清算金を順次さかのぼって充当するという合意をした。本件充当合意は,本件訴訟を終わらせるという意図の下に行われたとみることができるが,被上告人は,こうした行為は裁判を通じて公金支出の違法性を問おうとする住民訴訟制度の趣旨を損なうものであるとして,公序良俗に反し無効というべきであるとする。
 しかしながら,当事者の合意により,いったん弁済により消滅した債権を復活させ,当該弁済金を他の債権の弁済に充当することは可能である。保証人等の第三者に不利益を及ぼす場合には,その第三者に対しては復活の効力を認めないということが考えられるが,本件は,そのような場合ではない。本件充当合意の効力を否定することはできない。
 本件では,上告補助参加人は,大阪府下の市町村等に対し,退会給付金制度の廃止に伴う清算金として上告補助参加人の流動資産のうち100億円を返還し,会員には残りの流動資産により積立金を返還する等して解散することを予定していたことがうかがわれる。大阪府下の市町村はそれぞれ高槻市と同様に補給金相当額の不当利得返還請求権を本来有していたのであるから,多数の市町村に対する返還処理はそのことをも考慮して公平に行われるべきであり,他方で清算事務を早期に結了することも必要である。こうした事情の下では,本件充当合意を相当でないということはできない。

 

最高裁判所第一小法廷判決平成22年03月25日

【事案】

1.被上告人の従業員であった上告人Y1及び同Y2(以下,両者を併せて「上告人Y1ら」という。)が,被上告人を退職後,上告人Y3(以下「上告人会社」という。)を事業主体として競業行為を行ったため,被上告人が損害を被ったとして,被上告人が上告人らに対し,不法行為又は雇用契約に付随する信義則上の競業避止義務違反に基づく損害賠償を請求する事案。

2.事実関係等の概要

(1) 被上告人は,産業用ロボットや金属工作機械部分品の製造等を業とする従業員10名程度の株式会社であり,上告人Y1は主に営業を担当し,上告人Y2は主に製作等の現場作業を担当していた。なお,被上告人と上告人Y1らとの間で退職後の競業避止義務に関する特約等は定められていない。

(2) 上告人Y1らは,平成18年4月ころ,被上告人を退職して共同で工作機械部品製作等に係る被上告人と同種の事業を営むことを計画し,資金の準備等を整えて,上告人Y2が同年5月31日に,上告人Y1が同年6月1日に被上告人を退職した。上告人Y1らは,いわゆる休眠会社であった上告人会社を事業の主体とし,上告人Y1が同月5日付けで上告人会社の代表取締役に就任したが,その登記等の手続は同年12月から翌年1月にかけてされている。

(3) 上告人Y1は,被上告人勤務時に営業を担当していたAほか3社(以下「本件取引先」という。)に退職のあいさつをし,Aほか1社に対して,退職後に被上告人と同種の事業を営むので受注を希望する旨を伝えた。そして,上告人会社は,Aから,平成18年6月以降,仕事を受注するようになり,また,同年10月ころからは,本件取引先のうち他の3社からも継続的に仕事を受注するようになった(以下,本件取引先から受注したことを「本件競業行為」という。)。
 本件取引先に対する売上高は,上告人会社の売上高の8割ないし9割程度を占めている。

(4) 被上告人はもともと積極的な営業活動を展開しておらず,特にAの工場のうち遠方のものからの受注には消極的な面があった。そして,上告人Y1らが退職した後は,それまでに本件取引先以外の取引先から受注した仕事をこなすのに忙しく,従前のように本件取引先に営業に出向くことはできなくなり,受注額は減少した。本件取引先に対する売上高は,従前,被上告人の売上高の3割程度を占めていたが,上告人Y1らの退職後,従前の5分の1程度に減少した。

(5) 上告人Y1らは,本件競業行為をしていることを被上告人代表者に告げておらず,同代表者は,平成19年1月になって,これを知るに至った。

3.原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。

(1) 元従業員等の競業行為が,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には,その行為は元雇用者に対する不法行為に当たるというべきである。

(2) 上告人Y1らは,本件取引先を主たる取引先として事業を運営していくことを企図して本件競業行為を開始し,上告人Y1の上告人会社への代表取締役就任等の登記手続を遅らせるなど被上告人に気付かれないような隠ぺい工作等をしながら,上告人Y1と本件取引先との従前の営業上のつながりを利用して被上告人から本件取引先を奪い,上告人会社の売上げのほぼすべてを本件取引先から得るようになる一方で,これにより被上告人に大きな損害を与えたものであるから,本件競業行為は,社会通念上自由競争の範囲を逸脱したものであり,上告人らによる共同不法行為に当たる。

【判旨】

1.原審の上記3の判断のうち,(2)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 上告人Y1は,退職のあいさつの際などに本件取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの,本件取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて,被上告人の営業秘密に係る情報を用いたり,被上告人の信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったことは認められない。また,本件取引先のうち3社との取引は退職から5か月ほど経過した後に始まったものであるし,退職直後から取引が始まったAについては,被上告人が営業に消極的な面もあったものであり,被上告人と本件取引先との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれず,上告人らにおいて,上告人Y1らの退職直後に被上告人の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいい難い。さらに,代表取締役就任等の登記手続の時期が遅くなったことをもって,隠ぺい工作ということは困難であるばかりでなく,退職者は競業行為を行うことについて元の勤務先に開示する義務を当然に負うものではないから,上告人Y1らが本件競業行為を被上告人側に告げなかったからといって,本件競業行為を違法と評価すべき事由ということはできない。上告人らが,他に不正な手段を講じたとまで評価し得るような事情があるともうかがわれない。
 以上の諸事情を総合すれば,本件競業行為は,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず,被上告人に対する不法行為に当たらないというべきである。なお,前記事実関係等の下では,上告人らに信義則上の競業避止義務違反があるともいえない。

2.以上と異なる見解の下に被上告人の請求を一部認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分に係る被上告人の控訴を棄却すべきである。

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